
5月9日、今日は何の日?
2026年5月9日(土曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1950年のシューマン宣言、1945年の対独戦勝記念日、1960年の経口避妊薬承認。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1950年のシューマン宣言/1945年の対独戦勝記念日/1960年の経口避妊薬承認 |
| 代表的な記念日 | ヨーロッパ・デー/ロシア・対独戦勝記念日/世界渡り鳥の日 |
| 2026年の暦 | 土曜日・旧暦2026年3月23日・国民の祝日ではありません |
- 5月9日に起きた主な事件
- 1386年|ウィンザー条約が結ばれる
- 1671年|トマス・ブラッドが王冠宝器を盗もうとする
- 1877年|ルーマニアが独立を宣言
- 1901年|オーストラリア連邦議会が初開会
- 1926年|バードが北極点飛行を主張
- 1927年|キャンベラの国会議事堂が開館
- 1945年|ソ連で対独戦勝記念日
- 1950年|シューマン宣言が発表される
- 1955年|西ドイツがNATOへ加盟
- 1960年|米FDAが経口避妊薬を承認
- 1974年|米下院司法委員会が弾劾審議を開始
- 1978年|アルド・モーロの遺体が発見される
- 2002年|カスピスク爆弾事件
- 2004年|グロズヌイでアフマド・カディロフが暗殺される
- 2018年|マレーシア総選挙で初の政権交代
- 5月9日の歴史を読み解く
- 5月9日の記念日・世界の祝日
- 5月9日が誕生日の有名人
- 5月9日が命日の有名人
- 5月9日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年5月9日の暦
5月9日に起きた主な事件
- 1386年|イングランドとポルトガルが相互支援を定め、現存する最古級の同盟関係を制度化しました。
- 1671年|アイルランド生まれの冒険家がロンドン塔へ入り、英国王冠宝器の強奪を試みました。
- 1877年|オスマン帝国との戦争下で、ルーマニア議会が国家独立を宣言しました。
- 1901年|メルボルンでオーストラリア連邦の第1回議会開会式が行われました。
- 1926年|リチャード・バードとフロイド・ベネットがスピッツベルゲンから飛び、北極点上空を通過したと発表しました。
- 1927年|オーストラリアの新首都で、後に旧国会議事堂と呼ばれる建物が開かれました。
- 1945年|ベルリンでの降伏文書再署名がモスクワ時間の5月9日となり、ソ連圏で戦勝が祝われました。
- 1950年|フランス外相ロベール・シューマンが、仏独の石炭・鉄鋼生産を共同管理する構想を提案しました。
- 1955年|主権回復直後のドイツ連邦共和国が北大西洋条約機構の正式加盟国となりました。
- 1960年|米国食品医薬品局がエノヴィッドを避妊目的で承認し、初の経口避妊薬が一般利用へ進みました。
- 1974年|ウォーターゲート事件をめぐり、ニクソン大統領の弾劾理由を検討する正式な公聴手続が始まりました。
- 1978年|赤い旅団に55日間拉致されたイタリア元首相アルド・モーロが殺害され、ローマで見つかりました。
- 2002年|ロシア南部ダゲスタンの戦勝記念日パレード近くで爆弾が爆発し、多数が死傷しました。
- 2004年|チェチェン共和国の戦勝記念式典会場で爆弾が爆発し、大統領らが死亡しました。
- 2018年|野党連合が独立以来政権を担ってきた国民戦線を破り、連邦レベルで初の政権交代が実現しました。
1386年|ウィンザー条約が結ばれる
1386年5月9日、ウィンザーで両王国の代表が友好、通商、相互防衛を定める条約を締結しました。前年のアルジュバロータの戦いでポルトガル独立が守られた後の合意です。
翌年のジョアン1世とフィリパ・オブ・ランカスターの婚姻で関係は強化されました。同盟は常に自動参戦を意味したわけではなく、各時代の利害に応じて再確認・運用されました。
同盟は第二次世界大戦のアゾレス基地協力などで改めて用いられましたが、中立政策との調整もありました。「世界最古の同盟」という称号は、断絶なく同じ義務が自動適用されたという意味ではありません。
1671年|トマス・ブラッドが王冠宝器を盗もうとする
1671年5月9日、聖職者を装って宝器管理人へ近づいたブラッド一味は、王冠を潰して持ち出そうとしました。警報によりロンドン塔内で捕らえられました。
チャールズ2世は不可解にも彼を赦免し、土地収入まで与えました。事件は王権の象徴が公開展示と警備の対象へ変わる過程、宮廷政治と恩赦の不透明さを伝えます。
当時の王冠は王政復古後に新造された宝器で、内戦期に旧王冠の多くが溶かされた後の国家再建を象徴していました。盗難未遂は単なる奇談ではなく、復活した王権の物質的象徴を狙った事件です。
1877年|ルーマニアが独立を宣言
1877年5月9日、外相ミハイル・コガルニチャヌは議会でオスマン帝国への従属関係が終わったと表明し、議会が独立を決議しました。翌10日にカロル1世が承認しました。
独立は露土戦争への参戦と軍事的犠牲を経て、1878年のベルリン条約で国際承認されました。宣言日、君主の裁可日、国際承認日が異なるため区別が必要です。
現在の独立記念日を5月10日とする政治的選択には、王政期の宣言・裁可、共産期の5月9日、現代の欧州の日という重なる記憶があります。暦の日付は国家がどの物語を強調するかでも変わります。
1901年|オーストラリア連邦議会が初開会
1901年5月9日、ヨーク公(後のジョージ5世)が王立展示館で連邦議会を開きました。1月1日の連邦成立後に行われた初の総選挙を受けた式典でした。
首都キャンベラの国会議事堂が使われるまで、議会はメルボルンで開催されました。連邦化は植民地間協力を進める一方、先住民排除と白豪主義を含む国家建設でもありました。
議会開会は民主的連邦の象徴でしたが、同年には非欧州系移民を排除する移民制限法が成立しました。議会制の確立と人種的国民像の制度化が同時進行した点を見落とせません。
1926年|バードが北極点飛行を主張
1926年5月9日、フォッカー機ジョセフィン・フォード号はニーオーレスンを離陸し、約15時間半後に帰還しました。2人は北極点到達を主張し英雄として迎えられました。
後に飛行日誌と速度を分析した研究者から、北極点へ届かなかった可能性が示されました。公式記録をそのまま「初飛行」と断定せず、主張と検証の差を明記します。
日誌の消去や後年の訂正をどう読むかについて研究者の結論は一致していません。疑義があるから詐欺と即断するのでも、当時の認定だけで成功とするのでもなく、測位資料の限界を示します。
1927年|キャンベラの国会議事堂が開館
1927年5月9日、ヨーク公アルバートがキャンベラの暫定国会議事堂を開館しました。連邦議会はメルボルンから移り、新首都が政治中枢として本格稼働しました。
建物は当初50年程度の使用を想定しましたが、1988年に現在の国会議事堂が開くまで使われました。都市計画と国家象徴が長い暫定期間を経て定着した例です。
キャンベラ建設地はンガンブリ、ングナワルなど先住民族の国です。首都をシドニーとメルボルンの妥協で選んだ説明だけでなく、国有地化以前の土地関係も国家中枢の歴史に含めます。
1945年|ソ連で対独戦勝記念日
1945年5月8日夜、カールスホルストでドイツ軍代表が降伏文書へ再署名し、モスクワでは日付が9日に変わっていました。ソ連政府は5月9日を勝利の日としました。
ソ連は対独戦で極めて大きな犠牲を払い、記念日は家族の追悼と国家儀礼の双方を持ちます。現代ロシアでは軍事的正統性の演出にも使われ、歴史記憶の政治化が問題となります。
第二次世界大戦の欧州戦線終結は5月8日と9日のどちらか一方が誤りなのではありません。署名場所、発効時刻、時差、各国の記憶政策が異なる日付を生みました。
1950年|シューマン宣言が発表される
1950年5月9日、シューマンはパリの外務省で、石炭と鉄鋼を共通の高等機関の管理下へ置く計画を発表しました。構想は官僚ジャン・モネらが準備しました。
戦争に不可欠な産業を共同管理し、仏独戦争を「考えられないだけでなく物理的に不可能」にする狙いでした。欧州石炭鉄鋼共同体を経てEU統合へつながり、5月9日はヨーロッパ・デーです。
宣言は理念だけでなく、参加国を拘束する超国家機関を提案した点が革新的でした。石炭・鉄鋼という具体的分野から統合を積み上げる方法が後の共同市場へ広がりました。
1955年|西ドイツがNATOへ加盟
1955年5月9日、西ドイツはNATOへ加盟しました。再軍備をめぐり国内外に強い懸念がありましたが、西側は冷戦下の集団防衛へ組み込みました。
東側諸国は同月14日にワルシャワ条約機構を結成しました。ドイツ分断が欧州の軍事同盟構造へ固定され、再統一後の1990年には旧東独地域もNATOの範囲に入りました。
西ドイツ軍は文民統制と「制服を着た市民」の理念を掲げ、旧国防軍との断絶を目指しました。しかし人材継承や再軍備への市民反対もあり、民主国家の軍をどう作るかが大きな課題でした。
1960年|米FDAが経口避妊薬を承認
1960年5月9日、FDAはすでに月経障害治療薬として販売されていたエノヴィッドについて、避妊適応を承認しました。ホルモン量は現代の低用量薬より大きい製剤でした。
妊娠時期を自ら選ぶ可能性を広げ、教育、就労、性規範へ大きな影響を与えました。同時に臨床試験の倫理、説明の不足、副作用、アクセス格差も歴史の重要部分です。
薬の普及は女性解放の唯一の原因ではありませんが、避妊の失敗率を下げる選択肢を女性側が管理しやすくしました。処方規制や宗教的反対をめぐる争いも続きました。
1974年|米下院司法委員会が弾劾審議を開始
1974年5月9日、下院司法委員会はテレビ中継される弾劾審議を開始しました。証拠提出を拒むホワイトハウスと議会の権限が正面から争われました。
委員会は司法妨害、権力乱用、議会侮辱の条項を可決し、最高裁も録音テープ提出を命じました。ニクソンは本会議採決前の8月に辞任しました。弾劾案が上院裁判へ進む前に辞任した点が重要です。
弾劾は刑事裁判ではなく、大統領が公職にとどまれるかを議会が判断する憲法手続です。ニクソン辞任後のフォードによる恩赦は社会の区切りを目指した一方、法の平等への不信も残しました。
1978年|アルド・モーロの遺体が発見される
1978年5月9日、モーロの遺体はローマ中心部の車のトランクから発見されました。キリスト教民主党と共産党の協力を探る政治過程の最中に誘拐されていました。
政府が囚人交換へ応じなかった判断、捜査機関の不備、事件の背後関係をめぐる議論は現在も続きます。「鉛の時代」の政治暴力を象徴する事件です。国家と武装組織の双方への社会的不信も深まりました。
遺体を置いた場所はキリスト教民主党と共産党の本部の中間付近で、赤い旅団の政治的演出でした。暴力はモーロの構想を止めただけでなく、民主政治の妥協そのものへ恐怖を植え付けました。
2002年|カスピスク爆弾事件
2002年5月9日、カスピスクで軍楽隊と家族が通る道路脇の爆弾が爆発し、子どもを含む40人以上が死亡しました。爆発物には破片が詰められていました。
北カフカスの武装勢力との関連が捜査されましたが、責任関係には未解明部分があります。追悼行事を標的にした攻撃は、地域紛争が市民生活へ及ぼす危険を示しました。
戦勝記念式典には退役軍人、兵士、家族が参加していました。軍に関係する行事であっても、子どもを含む無差別な参加者を標的にする攻撃は国際人道上の正当化を受けません。
2004年|グロズヌイでアフマド・カディロフが暗殺される
2004年5月9日、グロズヌイのディナモ・スタジアムの貴賓席下に仕掛けられた爆弾が爆発し、アフマド・カディロフ大統領を含む複数人が死亡しました。
カディロフは独立派からロシア側へ転じた指導者でした。後に息子ラムザンが権力を継承し、治安回復と引き換えに深刻な人権侵害が報告される統治体制が形成されました。
爆発物は改修工事中に長期間かけて設置された可能性が指摘され、厳重警備の盲点を突きました。暗殺後の権力継承は選挙だけでなく、モスクワとの忠誠関係と治安部隊の支配に支えられました。
2018年|マレーシア総選挙で初の政権交代
2018年5月9日の第14回総選挙で、マハティール・モハマド率いる希望連盟などが下院過半数を獲得しました。汚職疑惑、生活費、選挙制度への不満が結果を動かしました。
平和的な政権交代は民主主義の節目でしたが、連立内部の対立で2020年に政権は崩壊しました。一度の選挙結果と制度の長期的定着は別に評価する必要があります。
選挙区割りや報道環境で与党が有利とされる中でも、投票率の高さと都市・農村の不満が政権交代を生みました。制度上の不公平があることと、選挙が変化を生む可能性は両立します。
5月9日の歴史を読み解く
5月9日は欧州統合と軍事的戦勝という二つのヨーロッパ像が並びます。シューマン宣言は石炭と鉄鋼を共同管理し、戦争の物質的基盤を共有する構想でした。一方、ロシアの戦勝記念日は甚大な対独戦犠牲を追悼しつつ、現在の国家的軍事儀礼にも使われます。記憶は同じ大戦から異なる政治的意味を作ります。
北極点飛行のような記録達成は、当時の報道だけで確定しません。速度、燃料、航法、日誌を後世の研究が再検討し、評価が変わることがあります。歴史記事では「到達した」と「到達したと発表した」を使い分け、英雄を否定するためでなく証拠の強さを示します。
経口避妊薬の承認は、医薬品が社会構造を変える例です。妊娠時期を選びやすくしたことは女性の教育・就労へ影響しましたが、初期の高用量、副作用情報、プエルトリコでの試験倫理、処方へのアクセス格差も同時に記録すべきです。技術の解放的効果と負担は別々の人へ配分され得ます。
2026年は戦勝記念日が土曜日に当たるため、ロシアでは5月11日が振替休日です。5月9日の記念日を11日へ移したのではなく、祝日は9日のまま休業日を補っています。ジャージーの解放記念日、EUのヨーロッパ・デー、世界渡り鳥の日も、法的な公休日か啓発日かを区別して掲載します。
オーストラリアでは1901年の初議会開会と1927年のキャンベラ議事堂開館が同じ日に重なります。連邦成立そのものは1901年1月1日で、首都移転も一度の式典で完了したのではありません。国家制度の節目を、成立、選挙、開会、移転という別々の日付へ分解すると誤解を避けられます。
5月9日の記念日・世界の祝日
ヨーロッパ・デー
1950年5月9日のシューマン宣言を記念する欧州連合の公式記念日です。EU機関の公開行事などが行われますが、加盟国一律の法定公休日ではありません。
ロシア・対独戦勝記念日
1945年のナチス・ドイツ降伏を記念するロシアの法定祝日です。2026年は土曜日のため、政府休日表では5月11日が振替休日となります。
世界渡り鳥の日
移動性水鳥条約などが支える国際啓発キャンペーンで、2026年の春の日程は5月9日です。渡り鳥と生息地、光害などの脅威を伝えます。
国連・追悼と和解の期間
5月8日と9日に、第二次世界大戦で命を失ったすべての人を追悼します。戦勝国だけの物語にせず、民間人と被占領地域の経験も記憶します。
ジャージー解放記念日
1945年5月9日にドイツ占領から解放されたことを記念するジャージーの公休日です。チャンネル諸島は英国王室属領で、英国本土とは法制度が異なります。
アイスクリームの日
東京アイスクリーム協会が1964年5月9日に記念事業を行ったことにちなむ業界記念日です。1869年の「あいすくりん」販売日とする説は慎重に扱います。
黒板の日
全国黒板工業連盟が「こ(5)く(9)ばん」の語呂と、米国から黒板が伝わった時期にちなみ制定しました。学校設備と板書文化を考える日です。
メイクの日
日本メイクアップアーティスト協会が「May(メイ)9(ク)」の語呂から制定しました。化粧技術と職業としてのメイクアップを伝える団体記念日です。
呼吸の日
日本呼吸器学会が「こ(5)きゅう(9)」の語呂から制定しました。肺の健康、禁煙、呼吸器疾患の早期相談を呼びかける医学啓発日です。
口腔ケアの日
日本口腔ケア学会が「こう(5)くう(9)」の語呂から制定しました。歯磨きだけでなく、口腔機能と全身状態を支える専門的ケアを伝えます。
悟空の日
東映が「ご(5)くう(9)」の語呂から『ドラゴンボール』の孫悟空を記念して日本記念日協会へ登録した企業・作品記念日です。
今日(2026年5月9日)が祝日の国
2026年5月9日は土曜日です。ロシア、ベラルーシなどでは対独戦勝記念日の公休日で、ロシアは週末と重なるため5月11日を振替休日としています。ジャージーでは解放記念日の公休日です。ヨーロッパ・デーと世界渡り鳥の日は公休日ではなく、政治統合・自然保全の記念日です。
- ロシア|対独戦勝記念日(公休日、5月11日に振替)
- ベラルーシ|戦勝記念日(公休日)
- ジャージー|解放記念日(公休日)
- 欧州連合|ヨーロッパ・デー
- 国際的啓発日|世界渡り鳥の日(2026年春)
- 日本|国民の祝日ではない
5月9日が誕生日の有名人
ジョン・ブラウン(1800年生)
武装蜂起で奴隷制を終わらせようとし、ハーパーズ・フェリー襲撃後に処刑されました。英雄視と暴力への批判が併存します。
J・M・バリー(1860年生)
『ピーター・パン』を創作し、子ども時代への憧れと喪失を舞台と物語で描きました。権利収益は小児病院へ寄贈されました。
ハワード・カーター(1874年生)
1922年にツタンカーメン王墓を発見しました。発掘成果とともに、植民地期の権利配分や遺物所有も検証されています。
ホセ・オルテガ・イ・ガセット(1883年生)
『大衆の反逆』などで近代大衆社会と自由主義の危機を論じ、スペイン思想を国際的議論へ接続しました。
マイク・ウォレス(1918年生)
米CBS『60ミニッツ』の厳しいインタビューでテレビ調査報道の型を作りました。取材手法をめぐる批判も受けました。
リチャード・アダムズ(1920年生)
『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』で動物社会の冒険を通じ、権力、共同体、自由を描きました。
ゾフィー・ショル(1921年生)
白バラ抵抗運動で反戦ビラを配布し、兄ハンスらと処刑されました。良心にもとづく市民的抵抗の象徴です。
白バラのビラは大量運動を起こせませんでしたが、独裁下で事実と言葉を共有する行為自体が抵抗でした。戦後の顕彰では仲間や支援者の存在も忘れないことが重要です。
ブラート・オクジャワ(1924年生)
ギターによる自作歌で戦争、都市生活、個人の良心を静かに歌い、ソ連の吟遊詩人文化を代表しました。
グレンダ・ジャクソン(1936年生)
映画と舞台で高く評価された後、英国下院議員として約23年間活動し、再び演技へ復帰しました。
ビリー・ジョエル(1949年生)
ニューヨークの生活と人物をピアノ中心のポップ曲に描き、『ピアノ・マン』などを世界的ヒットにしました。
トニー・グウィン(1960年生)
精密な打撃でナショナルリーグ首位打者を8度獲得し、サンディエゴ・パドレス一筋で殿堂入りしました。
5月9日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1800 | ジョン・ブラウン | 奴隷制廃止運動家 |
| 1860 | J・M・バリー | 劇作家・小説家 |
| 1874 | ハワード・カーター | 考古学者 |
| 1883 | ホセ・オルテガ・イ・ガセット | 哲学者 |
| 1918 | マイク・ウォレス | ジャーナリスト |
| 1920 | リチャード・アダムズ | 小説家 |
| 1921 | ゾフィー・ショル | 反ナチ抵抗運動家 |
| 1924 | ブラート・オクジャワ | 詩人・歌手 |
| 1936 | アルバート・フィニー | 俳優 |
| 1936 | グレンダ・ジャクソン | 俳優・政治家 |
| 1940 | ジェームズ・L・ブルックス | 映画・テレビ制作者 |
| 1946 | キャンディス・バーゲン | 俳優 |
| 1949 | ビリー・ジョエル | シンガーソングライター |
| 1951 | アリー・ミルズ | 俳優 |
| 1960 | トニー・グウィン | 野球選手 |
| 1961 | ジョン・コーベット | 俳優 |
| 1962 | デイヴ・ガーン | 歌手 |
| 1965 | スティーブ・アイザーマン | アイスホッケー選手・球団経営者 |
| 1979 | ロザリオ・ドーソン | 俳優 |
| 1979 | ピエール・ブーヴィエ | 歌手 |
| 1984 | プリンス・フィルダー | 野球選手 |
| 1985 | オードリナ・パトリッジ | テレビ出演者 |
| 1986 | グレイス・ガマー | 俳優 |
| 1993 | 山田涼介 | 歌手・俳優 |
| 1996 | ノア・センティネオ | 俳優 |
5月9日が命日の有名人
フリードリヒ・シラー(1805年没)
『群盗』『ウィリアム・テル』で自由と道徳的葛藤を描き、ゲーテとともにヴァイマル古典主義を築きました。
アルバート・マイケルソン(1931年没)
光速度の精密測定と干渉計を発展させ、米国人初の科学分野ノーベル賞受賞者となりました。
ウルリケ・マインホフ(1976年没)
社会批評から西ドイツ赤軍派の武装闘争へ移り、拘禁中に死亡しました。国家暴力批判と無差別暴力の責任を分けて検証します。
アルド・モーロ(1978年没)
中道左派連立と共産党との協力を模索した政治家で、赤い旅団による誘拐・殺害がイタリア政治へ深い傷を残しました。
誘拐期間中の手紙を本人の意思でないとして無視する見方もありましたが、現在は極限状態に置かれた政治家の言葉として読み直されています。被害者の主体性を消さない検証です。
テンジン・ノルゲイ(1986年没)
1953年にエドモンド・ヒラリーとエベレスト初登頂を達成し、シェルパ登山者の技能と役割を世界へ可視化しました。
アニ・アルバース(1994年没)
バウハウスから米国へ移り、織物を建築、工業デザイン、抽象芸術と結ぶ現代的な媒体へ高めました。
レナ・ホーン(2010年没)
ハリウッドで人種差別的な役を拒み、公民権運動にも参加しながら、ジャズと舞台で長く活躍しました。
ヴィダル・サスーン(2012年没)
幾何学的で手入れしやすいカットを普及させ、戦後女性の生活様式と美容産業の変化を象徴しました。
リトル・リチャード(2020年没)
激しい歌唱と演奏、舞台表現でロックンロールの基礎を築き、後の黒人・白人音楽家とクィア表現へ影響しました。
ロジャー・コーマン(2024年没)
低予算映画を迅速に制作し、多数の若い監督・俳優へ機会を与え、米国独立系映画の育成者となりました。
5月9日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1805 | フリードリヒ・シラー | 劇作家・詩人 |
| 1931 | アルバート・マイケルソン | 物理学者 |
| 1949 | ルイ2世 | モナコ公 |
| 1968 | マリオン・ローン | 俳優 |
| 1976 | ウルリケ・マインホフ | ジャーナリスト・武装組織メンバー |
| 1978 | アルド・モーロ | イタリア首相 |
| 1986 | テンジン・ノルゲイ | 登山家 |
| 1994 | アニ・アルバース | 織物作家・美術家 |
| 1998 | アリス・フェイ | 俳優・歌手 |
| 2010 | レナ・ホーン | 歌手・俳優 |
| 2011 | ワウテル・ウェイラント | 自転車競技選手 |
| 2012 | ヴィダル・サスーン | ヘアスタイリスト |
| 2014 | メル・パットン | 陸上競技選手 |
| 2015 | ケナン・エヴレン | トルコ大統領・軍人 |
| 2017 | ロバート・マイルズ | 音楽家 |
| 2017 | 銭其琛 | 中国外交官 |
| 2020 | リトル・リチャード | 歌手・ピアニスト |
| 2024 | ロジャー・コーマン | 映画監督・プロデューサー |
5月9日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月9日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 土曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月9日 |
| 旧暦 | 2026年3月23日 |
| 六曜 | 先勝 |
| 干支 | 癸未(みずのとひつじ) |
| 二十四節気 | 立夏の期間(2026年の立夏は5月5日20時49分、小満は5月21日9時37分) |
| 七十二候 | 蛙始鳴(かわずはじめてなく) |
| 月齢 | 21.6(東京・正午) |
| 十二直 | 満(みつ) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年5月9日の暦を読む
2026年5月9日は土曜日、旧暦3月23日です。二十四節気は立夏、七十二候は「蛙始鳴」。東京の正午月齢は21.6、六曜は先勝、干支は癸未、十二直は満です。日本では国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- European Union・Europe Day
- European Union・Schuman Declaration
- ロシア政府・2026年休日
- 国連・Second World War remembrance
- World Migratory Bird Day・2026 campaign
- オーストラリア議会・First Parliament
- FDA・The Pill
- NATO・Germany and NATO
- 英国王室・Crown Jewels
- マレーシア選挙委員会
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
