
5月10日、今日は何の日?
2026年5月10日(日曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1857年のインド大反乱開始、1869年の大陸横断鉄道完成、1994年のマンデラ大統領就任。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1857年のインド大反乱開始/1869年の大陸横断鉄道完成/1994年のマンデラ大統領就任 |
| 代表的な記念日 | 母の日/メキシコの母の日/ミクロネシア連邦憲法記念日 |
| 2026年の暦 | 日曜日・旧暦2026年3月24日・国民の祝日ではありません |
- 5月10日に起きた主な事件
- 1774年|ルイ16世がフランス王に即位
- 1796年|ロディの戦い
- 1857年|インド大反乱が始まる
- 1869年|米国大陸横断鉄道が完成
- 1872年|ヴィクトリア・ウッドハルが大統領候補に指名
- 1908年|母の日の公的礼拝が行われる
- 1924年|J・エドガー・フーバーが捜査局長に就任
- 1933年|ナチスによる焚書
- 1940年|ドイツが西方侵攻を開始
- 1941年|ルドルフ・ヘスが英国へ単独飛行
- 1960年|潜水艦トライトンが潜航世界一周を完了
- 1994年|ネルソン・マンデラが南アフリカ大統領に就任
- 1997年|イラン・カーエン地震
- 2013年|ワン・ワールド・トレード・センターの尖塔設置
- 2017年|文在寅が韓国大統領に就任
- 5月10日の歴史を読み解く
- 5月10日の記念日・世界の祝日
- 5月10日が誕生日の有名人
- 5月10日が命日の有名人
- 5月10日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年5月10日の暦
5月10日に起きた主な事件
- 1774年|祖父ルイ15世の死去により、19歳のルイ16世がブルボン朝の国王となりました。
- 1796年|イタリア遠征中のナポレオン軍がオーストリア軍を破り、ミラノへの道を開きました。
- 1857年|メーラトのインド人兵士が英国東インド会社へ反乱し、デリーへ進軍しました。
- 1869年|ユニオン・パシフィックとセントラル・パシフィックの線路がユタ州で接続されました。
- 1872年|平等権党が女性参政権活動家ウッドハルを米大統領候補に選びました。
- 1908年|アンナ・ジャービスの働きかけで、米国ウェストバージニア州の教会が母をたたえる礼拝を開きました。
- 1924年|フーバーが司法省捜査局の局長となり、後のFBIを約48年間率いました。
- 1933年|ドイツ各地で学生らが「非ドイツ的」とされた書籍を公然と焼きました。
- 1940年|ドイツ軍がオランダ、ベルギー、ルクセンブルクへ侵攻し、フランス戦が始まりました。
- 1941年|ナチ党副総統ヘスが和平を仲介しようとしてスコットランドへ飛び、拘束されました。
- 1960年|米原子力潜水艦USSトライトンが、海面へ浮上せず地球を一周する航海を終えました。
- 1994年|全人種参加選挙を経て、マンデラが同国初の黒人大統領として宣誓しました。
- 1997年|イラン東部ホラーサーン地方を強い地震が襲い、村落に大きな被害が出ました。
- 2013年|ニューヨークの超高層ビルで最上部の尖塔が取り付けられ、象徴的な高さに達しました。
- 2017年|朴槿恵大統領の罷免後に行われた選挙で当選し、翌日を待たず任期を開始しました。
1774年|ルイ16世がフランス王に即位
1774年5月10日、ルイ15世が天然痘で死去し、孫のルイ16世が王位を継承しました。国家財政は七年戦争の負債と不公平な課税制度で悪化していました。
改革派を登用しながら特権層の抵抗を克服できず、米独立戦争支援で財政負担も増えました。革命を王個人の性格だけで説明せず、制度と国際競争の危機を見る必要があります。
王妃マリー・アントワネットへの浪費批判には事実と女性嫌悪・外国人嫌悪が混在しました。王室消費だけで国家財政破綻を説明せず、戦費、徴税請負、免税特権、信用制度の構造を確認します。
1796年|ロディの戦い
1796年5月10日、フランス軍はアッダ川のロディ橋を正面突破し、撤退中のオーストリア軍を退けました。砲撃と歩兵突撃が後世に劇的に語られました。
戦略上の決定的勝利ではありませんが、ナポレオン自身が大人物になる確信を得た戦いと回想しました。宣伝と軍事的実態の差が「英雄」の形成を示します。
橋上突撃をナポレオン自身が先頭で指揮したという絵画的イメージには誇張があります。戦勝報告、新聞、版画によって司令官の個人的勇気が強調され、軍全体の行動が一人の物語へ圧縮されました。
1857年|インド大反乱が始まる
1857年5月10日、宗教的禁忌を侵すと疑われた弾薬筒の使用拒否で処罰された兵士を仲間が解放し、メーラト駐屯地で蜂起しました。翌日デリーへ入りました。
軍人反乱から農民、旧支配層、都市民を巻き込む広域の戦争へ発展しました。地域ごとの目的は異なり、「セポイの反乱」「第一次独立戦争」という名称にも歴史観が表れます。
反乱鎮圧後、英国政府は東インド会社を廃してインドを直接統治しました。軍編成や藩王国政策も変更され、1857年は植民地国家の再編点となりました。
1869年|米国大陸横断鉄道が完成
1869年5月10日、プロモントリー・サミットで最後の犬釘を打つ式典が行われ、電信で全米へ完成が伝えられました。東西の移動時間は数か月から約一週間へ縮まりました。
建設は中国系移民、アイルランド系労働者らの危険な労働に依存し、先住民族の土地とバイソンの生態を破壊しました。技術的統合と植民地化が同時に進んだ事業です。
有名な記念写真には中国系労働者がほとんど写っていません。歴史的成果を伝える際は、記念式典から排除された建設主体を記録へ戻す必要があります。
1872年|ヴィクトリア・ウッドハルが大統領候補に指名
1872年5月10日、平等権党の大会がウッドハルを候補に指名しました。女性に連邦選挙権が認められる約半世紀前で、黒人指導者フレデリック・ダグラスも副大統領候補に指名されました。
ダグラスが指名を受諾した証拠はなく、ウッドハルは憲法上の年齢要件にも議論があります。それでも選挙政治から排除された女性が公職資格を主張した象徴的挑戦でした。
彼女は女性参政権に加え、離婚の自由と労働改革を唱えたため運動内部でも論争を呼びました。先駆者を現在の価値観へ単純に重ねず、急進的主張と当時の政治的孤立を併せて見ます。
1908年|母の日の公的礼拝が行われる
1908年5月10日、グラフトンのアンドリュース・メソジスト監督教会で母の日礼拝が行われました。ジャービスは亡き母アン・リーヴス・ジャービスを追悼し、白いカーネーションを配りました。
1914年に5月第2日曜日が米国の記念日となりましたが、商業化を見たジャービス本人は後に記念日産業を批判しました。起源と現在の消費文化には緊張があります。
アン・リーヴス・ジャービスが南北戦争前後に行った母親の衛生教育と和解活動も起源にあります。個人的な贈り物の日へ縮小すると、地域の公衆衛生と平和運動という背景が抜け落ちます。
1924年|J・エドガー・フーバーが捜査局長に就任
1924年5月10日、29歳のフーバーが捜査局長に任命されました。指紋台帳、犯罪研究所、専門職採用など捜査機関の近代化を進めました。現在のFBIという名称になったのは1935年です。
一方で政治家や活動家の秘密情報を蓄積し、公民権運動や反戦運動を違法・過剰に監視しました。組織能力の向上と民主的統制の欠如を同時に見る必要があります。
終身に近い長期在任を許した反省から、現在のFBI長官任期は原則10年と定められました。強力な捜査機関には専門性だけでなく、任期、議会監督、司法審査が必要だという制度的教訓です。
1933年|ナチスによる焚書
1933年5月10日夜、ベルリンのオペルンプラッツをはじめ各大学都市で、ユダヤ人、社会主義者、平和主義者らの著作が炎へ投じられました。宣伝相ゲッベルスも演説しました。
焚書は自発的な学生行動に見せつつ国家権力と大学組織が支えた文化排除でした。本を焼く象徴行為は、後の著者追放、検閲、人への迫害へ連なる警告として記憶されます。
焼かれた本にはハインリヒ・ハイネの戯曲も含まれ、彼の「本を焼くところでは、やがて人も焼く」という19世紀の一節が後世に想起されました。ただしこの言葉は1933年を直接予言した発言ではありません。
1940年|ドイツが西方侵攻を開始
1940年5月10日、ドイツ軍は空挺部隊と機甲部隊を用いて低地諸国へ侵攻しました。連合軍主力を北へ誘い、アルデンヌから突破する作戦でした。空挺攻撃は要塞と橋の確保にも用いられました。
同日チャーチルが英国首相に就任しました。数週間でフランスは敗北しましたが、勝因は単純な技術差だけでなく、作戦、通信、指揮判断の非対称にありました。
マジノ線は無意味だったのではなく、ドイツ軍をベルギー方面へ迂回させる役割を果たしました。問題は連合軍が想定した迂回経路と、機甲部隊が実際に突破したアルデンヌの差でした。
1941年|ルドルフ・ヘスが英国へ単独飛行
1941年5月10日、ヘスはドイツからメッサーシュミット機を操縦して英国へ向かい、燃料切れ前に脱出しました。接触を望んだ公爵には会えず、英当局の捕虜となりました。
ヒトラーは独断行為と否定し、英国も和平提案を採用しませんでした。動機と精神状態には議論がありますが、政府間の秘密和平任務だったとの断定には根拠がありません。
ヘスは戦後ニュルンベルク裁判で終身刑となり、1987年にシュパンダウ刑務所で死亡しました。単独飛行の奇怪さが、ナチ政権中枢で担った人種政策・党組織への責任を薄めてはなりません。
1960年|潜水艦トライトンが潜航世界一周を完了
1960年5月10日、トライトンはマゼランの航路をおおむねたどる約60日間の潜航を終え、米国へ帰投しました。航海中は乗員1人の病気搬送時を除き船体を浮上させませんでした。
原子力推進の航続力と冷戦期の海軍能力を示す実証でした。科学観測も行われましたが、記録航海は軍事技術と国威発揚の性格を併せ持ちました。海中での長期居住能力を測る航海でもありました。
航路はマゼランの世界周航を記念しつつ、冷戦下で原潜が位置を秘匿したまま長距離行動できる能力を誇示しました。科学探検の語彙が軍事的抑止の宣伝にも利用された航海です。
1994年|ネルソン・マンデラが南アフリカ大統領に就任
1994年5月10日、プレトリアでマンデラの就任式が行われ、デクラークらを含む国民統合政府が発足しました。式典には旧敵対陣営と各国代表が参加しました。
アパルトヘイト法制の終結は歴史的転換でしたが、土地、所得、教育の格差は残りました。政治的民主化を完成点でなく、社会経済的正義をめぐる長期過程として捉えます。
就任演説は融和を掲げましたが、真実和解委員会は忘却ではなく証言と責任の記録を目指しました。和解は不正義を語らないことではありません。
1997年|イラン・カーエン地震
1997年5月10日、マグニチュード7.2前後の地震がカーエンとビールジャンド周辺を襲い、1500人を超える死者と多数の負傷者が出ました。日干しれんが住宅の倒壊が相次ぎました。
乾燥地域の分散した集落へ救援を届ける難しさと、耐震性の低い伝統建築の課題が明らかになりました。建材だけでなく貧困、交通、医療体制が被害規模を左右します。
被災地はアフガニスタン国境に近く、余震と高温が救助を妨げました。土造住宅を一律に否定するのでなく、地域で入手できる材料を補強し、住民が維持できる耐震技術へつなぐ視点が重要です。
2013年|ワン・ワールド・トレード・センターの尖塔設置
2013年5月10日、クレーンが尖塔の最後の部分を屋上へ設置しました。建物の公式高さは1776フィートで、米独立宣言の年を象徴します。建設は2006年に本格化し、開業は2014年でした。
高さの判定では尖塔を建築要素とみなすかアンテナとみなすかが争点となり、国際機関は尖塔を含めました。9・11跡地の追悼、再建、安全、商業利用が重なる建築です。
1776フィートという高さは象徴的ですが、使用可能な最上階の高さとは異なります。建築ランキングは測定規則で変わるため、「最も高い」という表現には屋根、尖塔、アンテナの基準を明示します。
2017年|文在寅が韓国大統領に就任
2017年5月10日、中央選挙管理委員会の当選確定を受け、文在寅が第19代大統領へ就任しました。弾劾による欠位選挙のため、通常の政権移行期間はありませんでした。
ろうそく集会が求めた政治改革を背景に、南北対話、検察改革、雇用政策を掲げました。外交の一時的緊張緩和と国内分断の継続という両面があります。任期は憲法に基づき2022年までの5年間でした。
文政権は最低賃金引き上げや労働時間短縮を進めましたが、住宅価格や若者の雇用、検察改革で批判も受けました。就任時の民主化期待と任期中の政策結果を分けて評価します。
5月10日の歴史を読み解く
5月10日の出来事には、国家の拡張と、それを可能にした見えにくい労働が繰り返し現れます。米国大陸横断鉄道は国土を一体化しましたが、中国系移民らの危険な労働と先住民族の土地喪失を伴いました。完成式典の写真に誰が写り、誰が外されたかまで見ると、技術史は社会史になります。
インド大反乱は、一つの原因や統一指導部による運動ではありません。弾薬筒をめぐる宗教的不安、東インド会社の併合政策、土地税、旧支配層の不満が地域ごとに異なる形で結び付きました。「反乱」と「独立戦争」のどちらを選ぶかは、誰の主権を正統と見るかという歴史観も含みます。
マンデラの就任は法的アパルトヘイトを終わらせた選挙の成果ですが、民主化は式典の日に完了しません。政治参加の平等を、土地、住宅、教育、雇用の実質的平等へどう結び付けるかがその後の課題です。歴史的和解は過去を忘れることではなく、証言と制度改革を続けることを意味します。
2026年5月10日は第2日曜日で、日本や米国などの母の日です。メキシコは曜日に関係なく固定日の5月10日で、ミクロネシア連邦は憲法記念日の法定祝日です。後者は日曜日と重なるため翌11日が公休日となります。同じ日付でも、家族行事、国際デー、法定祝日では制度上の扱いが異なります。
1933年の焚書と1940年の西方侵攻は、言論の排除と軍事侵略が別々の段階で進んだことを示します。独裁は本を焼いた一夜だけで成立せず、大学、報道、警察、司法を順に従属させました。象徴的な写真を見て終わらず、その行為を可能にした組織と、抵抗した人々をたどることが大切です。
5月10日の記念日・世界の祝日
母の日
日本や米国などでは5月第2日曜日に母へ感謝を伝えます。2026年は5月10日です。家族形態や喪失にも配慮し、感謝を一つの型へ強制しない視点も大切です。
メキシコの母の日
メキシコでは曜日にかかわらず毎年5月10日に祝われます。学校行事や家族の集まりが盛んですが、法定の全国公休日とは区別されます。
ミクロネシア連邦憲法記念日
1979年5月10日に憲法が発効し自治政府が発足したことを記念する法定祝日です。2026年は日曜のため、5月11日が公休日として扱われます。
国際アルガンの日
国連総会がモロッコ原産のアルガン樹を、地域の生計、生物多様性、気候への適応と結び付けて定めた国際デーです。2021年に国連総会が5月10日の国際デーとして採択しました。
世界ループスデー
自己免疫疾患の全身性エリテマトーデスなどへの理解、診断、治療、患者支援を促す国際啓発日です。症状の現れ方には個人差があります。
地質の日
1876年5月10日に日本初の広域地質図作成へ向けた調査が始まったことなどにちなみ、地質関係の学会・機関が2007年に定めました。
愛鳥週間の初日
日本では5月10日から16日までを愛鳥週間とし、野鳥と生息環境の保全を考えます。野鳥をむやみに捕獲・給餌せず、距離を保つ観察が基本です。
コットンの日
日本紡績協会が「コッ(5)トン(10)」の語呂と綿製品の需要期にちなみ制定した業界記念日です。天然繊維の生産と労働・環境も考えます。
五島の日
長崎県五島市が「ご(5)とう(10)」の語呂から地域の自然、歴史、食文化を発信する日として定めました。自治体による地域記念日です。
黒糖の日
沖縄県黒砂糖協同組合が「こく(5)とう(10)」の語呂と生産期後の流通時期にちなみ制定しました。さとうきびと離島産業を伝えます。
リプトンの日
ユニリーバ・ジャパンが創業者トーマス・リプトンの誕生日と最初の食料品店開店時期にちなみ制定した企業記念日です。ブランドの歴史と紅茶文化を紹介する日で、祝日ではありません。
今日(2026年5月10日)が祝日の国
2026年5月10日は日曜日です。ミクロネシア連邦では憲法記念日の法定祝日ですが、日曜と重なるため翌11日が公休日となります。日本、米国などでは母の日、メキシコでは固定日の母の日ですが、いずれも通常は法定公休日ではありません。日本では国民の祝日ではありません。
- ミクロネシア連邦|憲法記念日(法定祝日、5月11日に振替)
- 日本・米国など|母の日(2026年は5月10日)
- メキシコ|母の日(毎年5月10日)
- 国連|国際アルガンの日
- 国際的啓発日|世界ループスデー
- 日本|愛鳥週間開始・地質の日(祝日ではない)
5月10日が誕生日の有名人
テュルゴー(1727年生)
穀物取引自由化と財政改革を試み、特権への課税を構想しました。革命前の改革可能性と抵抗を示す人物です。
ルジェ・ド・リール(1760年生)
フランス国歌となる「ラ・マルセイエーズ」の詞と旋律を革命戦争期に作りました。
ベニート・ペレス・ガルドス(1843年生)
マドリード社会と19世紀スペイン史を写実的に描き、セルバンテス以後の同国を代表する小説家と評価されます。
グスタフ・シュトレーゼマン(1878年生)
第一次大戦後の通貨安定とロカルノ条約を進め、仏独和解への貢献でノーベル平和賞を受賞しました。
マックス・スタイナー(1888年生)
『風と共に去りぬ』『キング・コング』などで主題動機を用いるハリウッド映画音楽の語法を確立しました。
フレッド・アステア(1899年生)
カメラが全身の動きを捉える映画ダンスを洗練し、ジンジャー・ロジャースとの作品などでミュージカル史を変えました。
踊りを細かな編集で分断せず、長いショットで身体全体を見せる演出を好みました。共演者の貢献、とりわけジンジャー・ロジャースの技量も同時に評価されます。
メイベル・カーター(1909年生)
カーター・ファミリーで独特のギター奏法を広め、米国カントリー音楽の録音と演奏へ長い影響を残しました。
ドノヴァン(1946年生)
フォーク、ジャズ、インド音楽、サイケデリアを柔らかな歌声と結び、1960年代の英米ポップへ東洋的な音色と内省的な詞を広げました。
ボノ(1960年生)
U2のボーカルとしてスタジアム・ロックを代表し、債務救済やHIV対策の国際キャンペーンにも関わりました。
デニス・ベルカンプ(1969年生)
精密なボールコントロールと創造的な得点でアーセナルの攻撃を変え、イングランド・サッカーの国際化を象徴しました。
5月10日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1727 | テュルゴー | フランス財務総監・経済思想家 |
| 1760 | ルジェ・ド・リール | 軍人・作曲家 |
| 1838 | ジョン・ウィルクス・ブース | 俳優・リンカーン暗殺犯 |
| 1843 | ベニート・ペレス・ガルドス | 小説家 |
| 1878 | グスタフ・シュトレーゼマン | ドイツ首相・外相 |
| 1888 | マックス・スタイナー | 映画音楽作曲家 |
| 1890 | アルフレート・ヨードル | ドイツ軍人 |
| 1899 | フレッド・アステア | ダンサー・俳優 |
| 1902 | デヴィッド・O・セルズニック | 映画プロデューサー |
| 1908 | カール・アルバート | 米下院議長 |
| 1909 | メイベル・カーター | カントリー音楽家 |
| 1916 | ミルトン・バビット | 作曲家・音楽理論家 |
| 1922 | ナンシー・ウォーカー | 俳優 |
| 1923 | ヘイダル・アリエフ | アゼルバイジャン大統領 |
| 1930 | パット・サマロール | スポーツ選手・放送者 |
| 1933 | バーバラ・テイラー・ブラッドフォード | 小説家 |
| 1946 | ドノヴァン | 歌手 |
| 1946 | デイヴ・メイスン | ギタリスト・歌手 |
| 1957 | シド・ヴィシャス | 音楽家 |
| 1960 | ボノ | 歌手・社会活動家 |
| 1965 | リンダ・エヴァンジェリスタ | モデル |
| 1967 | ヤングMC | ラッパー |
| 1969 | デニス・ベルカンプ | サッカー選手 |
| 1978 | キーナン・トンプソン | コメディアン・俳優 |
| 1981 | ウンベルト・スアソ | サッカー選手 |
| 1985 | オデット・アナブル | 俳優 |
| 1995 | ミッシー・フランクリン | 競泳選手 |
5月10日が命日の有名人
ルイ15世(1774年没)
長い治世で王権の権威が低下し、戦争と財政危機が後継者へ残されました。個人的放蕩だけで国家危機を説明するのは不十分です。
ジョージ・バンクーバー(1798年没)
北米太平洋岸を精密に測量しましたが、その地図化は英国の領有拡大と先住民族の土地への侵入にも結び付きました。
ポール・リビア(1818年没)
英国軍接近を知らせた騎行で知られますが、複数の伝令が行動しており、後世の詩が一人の英雄像を強めました。
トマス・ヤング(1829年没)
光の干渉実験で波動説を強め、視覚研究とロゼッタ・ストーン解読にも貢献した学際的研究者です。
ストーンウォール・ジャクソン(1863年没)
南北戦争の戦術家として知られますが、奴隷制を守る連合国の軍を率いた歴史的文脈から切り離せません。
軍事的才能の顕彰が南部連合の目的を曖昧にしてはなりません。記念像をめぐる現代の議論は、公共空間が誰の自由を記憶するかという問題です。
ヘンリー・モートン・スタンリー(1904年没)
アフリカ横断で名声を得ましたが、コンゴでの活動はレオポルド2世の苛烈な植民地支配を準備しました。
スタニズラオ・カニッツァーロ(1910年没)
アボガドロ仮説を用いて原子量と分子量を整理し、19世紀化学の共通基準づくりに貢献しました。
シェル・シルヴァスタイン(1999年没)
『おおきな木』などの絵本と詩、歌曲で、簡潔な線と言葉にユーモアと解釈の余地を残しました。
フランク・フラゼッタ(2010年没)
力強い人体と幻想世界の表現でファンタジー、コミック、ゲームのビジュアルへ決定的影響を与えました。
レオニード・クラフチュク(2022年没)
ソ連解体期に独立を主導し、ベラヴェーシ合意へ署名しました。独立国家の制度づくりと核軍縮の初期を担いました。
ジム・シモンズ(2024年没)
幾何学研究から定量投資へ移り、統計モデルを市場運用へ大規模に応用しました。研究・教育への慈善支援でも知られます。
5月10日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1774 | ルイ15世 | フランス王 |
| 1798 | ジョージ・バンクーバー | 海軍士官・探検家 |
| 1818 | ポール・リビア | 銀細工師・独立運動家 |
| 1829 | トマス・ヤング | 物理学者・医師 |
| 1863 | ストーンウォール・ジャクソン | 南軍将軍 |
| 1904 | ヘンリー・モートン・スタンリー | 探検家・植民地行政協力者 |
| 1910 | スタニズラオ・カニッツァーロ | 化学者 |
| 1915 | カール・ランプレヒト | 歴史家 |
| 1945 | コンラート・ヘンライン | ナチス政治家 |
| 1977 | ジョーン・クロフォード | 俳優 |
| 1994 | ジョン・ウェイン・ゲイシー | 連続殺人犯 |
| 1999 | シェル・シルヴァスタイン | 作家・詩人・音楽家 |
| 2002 | イヴ・ロベール | 映画監督・俳優 |
| 2008 | レイラ・ゲンチェル | オペラ歌手 |
| 2010 | フランク・フラゼッタ | イラストレーター |
| 2012 | キャロル・シェルビー | レーサー・自動車設計者 |
| 2014 | パトリック・ルーシー | 政治家 |
| 2018 | デイヴィッド・グドール | 生態学者 |
| 2020 | ベティ・ライト | 歌手 |
| 2022 | レオニード・クラフチュク | ウクライナ初代大統領 |
| 2024 | ジム・シモンズ | 数学者・投資家 |
5月10日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月10日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 日曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月10日 |
| 旧暦 | 2026年3月24日 |
| 六曜 | 友引 |
| 干支 | 甲申(きのえさる) |
| 二十四節気 | 立夏の期間(2026年の立夏は5月5日20時49分、小満は5月21日9時37分) |
| 七十二候 | 蚯蚓出(みみずいづる) |
| 月齢 | 22.6(東京・正午) |
| 十二直 | 平(たいら) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年5月10日の暦を読む
2026年5月10日は日曜日、旧暦3月24日です。二十四節気は立夏、七十二候は「蚯蚓出」。東京の正午月齢は22.6で、5月10日6時10分に下弦を迎えます。六曜は友引、干支は甲申、十二直は平です。
主な確認資料
- 南アフリカ政府・Mandela inauguration
- 米国議会図書館・Transcontinental Railroad
- 国連・International Day of Argania
- FSM Government・Constitution Day
- 米国国立公文書館・Indian Mutiny
- 米国議会図書館・Mother’s Day
- USHMM・Nazi book burnings
- US Navy・USS Triton
- USGS・1997 Iran earthquake
- 全国地質調査業協会連合会・地質の日
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
