
5月11日、今日は何の日?
2026年5月11日(月曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、868年の金剛般若経、1891年の大津事件、1997年のディープ・ブルー勝利。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 868年の金剛般若経/1891年の大津事件/1997年のディープ・ブルー勝利 |
| 代表的な記念日 | インド国家技術の日/ロシアの振替休日/ミクロネシア連邦憲法記念日の振替休日 |
| 2026年の暦 | 月曜日・旧暦2026年3月25日・国民の祝日ではありません |
- 5月11日に起きた主な事件
- 330年|コンスタンティノポリスが献都される
- 868年|金剛般若経が刊行される
- 1502年|コロンブスが第4回航海へ出発
- 1745年|フォントノワの戦い
- 1812年|英国首相スペンサー・パーシヴァルが暗殺される
- 1846年|ポーク米大統領が対メキシコ戦争を要請
- 1858年|ミネソタが米国32番目の州になる
- 1891年|大津事件
- 1910年|グレーシャー国立公園が成立
- 1943年|米軍がアッツ島へ上陸
- 1949年|イスラエルが国連へ加盟
- 1960年|アイヒマンがアルゼンチンで拘束される
- 1985年|ブラッドフォード・シティ競技場火災
- 1997年|ディープ・ブルーがカスパロフに勝利
- 1998年|インドがポカランII核実験を実施
- 5月11日の歴史を読み解く
- 5月11日の記念日・世界の祝日
- 5月11日が誕生日の有名人
- 5月11日が命日の有名人
- 5月11日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年5月11日の暦
5月11日に起きた主な事件
- 330年|コンスタンティヌス1世がビュザンティオンを帝国の新都として整備し、公式に奉献しました。
- 868年|敦煌で発見された巻子本に、制作年月日を伴う現存最古級の印刷本が残されています。
- 1502年|クリストファー・コロンブスがスペインを離れ、アジアへの海峡を求める最後の航海を始めました。
- 1745年|オーストリア継承戦争でフランス軍が英蘭墺連合軍を破りました。
- 1812年|下院ロビーで銃撃され、在職中に暗殺された唯一の英国首相となりました。
- 1846年|国境地帯の衝突を受け、ポーク大統領が議会へメキシコとの戦争状態を認めるよう求めました。
- 1858年|連邦議会がミネソタの州昇格を認め、合衆国へ加入しました。
- 1891年|訪日中のロシア皇太子ニコライが滋賀県大津で警察官に斬りつけられ負傷しました。
- 1910年|米国モンタナ州北部の山岳・氷河地域が国立公園に指定されました。
- 1943年|アリューシャン列島のアッツ島で、日本軍と米軍の地上戦が始まりました。
- 1949年|国連総会が決議273を採択し、イスラエルを59番目の加盟国として承認しました。
- 1960年|イスラエル情報機関がホロコースト実行に関与したアドルフ・アイヒマンを秘密裏に捕らえました。
- 1985年|英国のサッカー場メインスタンドで火災が急拡大し、56人が死亡しました。
- 1997年|IBMのチェス専用コンピューターが世界王者との6局マッチを制しました。
- 1998年|インド政府がラジャスタン州の実験場で複数の地下核爆発を実施しました。
330年|コンスタンティノポリスが献都される
330年5月11日、拡張された都市が「新ローマ」として献都されました。ボスポラス海峡を押さえる立地は、欧州とアジア、黒海と地中海を結びました。
都市はコンスタンティノポリスと呼ばれ、東ローマ帝国の首都として1453年まで続きました。首都移転はローマ放棄ではなく、複数中心を持つ帝国再編の一段階でした。
都市には元老院、競馬場、宮殿、教会が整備され、ローマの制度と象徴が移植されました。それでも西方のローマは直ちに首都でなくなったわけではなく、帝国の行政中心は時代ごとに複数存在しました。
868年|金剛般若経が刊行される
868年5月11日の日付と、王玠が両親のために作らせたという奥書を持つ『金剛般若経』が木版印刷されました。現在は大英図書館が所蔵します。印刷面を継いだ全長は約5メートルに及びます。
「世界最古の印刷物」ではなく、日付が明記された完全な印刷書として重要です。東アジアにはそれ以前の印刷断片もあり、発明を一冊だけへ還元できません。
巻頭の精緻な仏画と長い本文を木版で刷るには、彫師、紙、墨、校正、資金が必要でした。印刷技術は発明の瞬間だけでなく、宗教的功徳を求める寄進と流通の需要によって発展しました。
1502年|コロンブスが第4回航海へ出発
1502年5月11日、4隻の船団がカディスを出帆しました。コロンブスはカリブ海から中米沿岸を探査しましたが、インド洋へ抜ける海路は発見できませんでした。
航海は暴風、船の損傷、先住民との衝突に苦しみました。「探検」の語だけでは、スペインの征服、強制労働、疫病が先住社会へ与えた影響を覆い隠します。
一行はパナマ地峡近くまで達し、金交易の拠点建設を試みましたが抵抗を受けました。難破後ジャマイカで約1年救援を待ち、月食予報を利用して先住民から食料を得た逸話も支配的関係を示します。
1745年|フォントノワの戦い
1745年5月11日、現在のベルギーにあるフォントノワ付近で、ルイ15世のフランス軍が要塞化した陣地を守りました。連合軍歩兵は突破を試みましたが後退しました。
勝利によりフランスはオーストリア領ネーデルラントで優位に立ちました。「まず諸君から撃ちたまえ」という礼儀正しい逸話は後世の脚色を含み、戦場の現実とは分けます。
戦場にはアイルランド旅団など亡命者部隊も参加し、王朝戦争が国籍だけでは整理できないことを示します。勝利後も講和では征服地の多くを返還し、兵士の犠牲と外交成果の差が不満を残しました。
1812年|英国首相スペンサー・パーシヴァルが暗殺される
1812年5月11日、商取引上の補償を政府に拒まれたジョン・ベリンガムがパーシヴァルを射殺しました。犯人は現場で拘束され、短い裁判後に処刑されました。
政治思想を持つ組織的テロというより個人的怨恨が中心でした。事件後の遺族扶助と議会警備は、国家が公務中の政治家の死へどう対応するかという先例になりました。
ベリンガムの精神状態について弁護側は準備時間を求めましたが、裁判は迅速に進みました。現代の適正手続から見れば、重大事件ほど世論に流されず防御権を保障する必要性が浮かびます。
1846年|ポーク米大統領が対メキシコ戦争を要請
1846年5月11日、ポークはメキシコ軍が「米国領で米国人の血を流した」と議会へ報告しました。しかし国境をリオグランデ川とする米国の主張自体が係争中でした。
戦争で米国は広大な西部領土を得ましたが、奴隷制拡大をめぐる対立も激化しました。リンカーンらは衝突地点の根拠を問い、大統領の戦争説明を批判しました。
「マニフェスト・デスティニー」は領土拡張を使命として正当化しましたが、メキシコ住民と先住民族の自己決定を否定しました。戦争反対派の存在は、拡張政策が国内でも自明でなかったことを示します。
1858年|ミネソタが米国32番目の州になる
1858年5月11日、ミネソタ州加入法が成立しました。州域はミシシッピ川上流とプレーリー地帯に広がり、移民入植と鉄道建設が急速に進みました。
州形成はダコタ、オジブワなど先住民族との条約と土地割譲の上に進みました。1862年の米ダコタ戦争と大量処刑へつながる不公正な支払い・飢餓も背景にあります。
州名はダコタ語に由来し、州の象徴は先住民文化を借用してきました。名称や観光イメージを称賛するだけでなく、条約不履行と強制移住の歴史に向き合うことが必要です。
1891年|大津事件
1891年5月11日、巡査津田三蔵が人力車で移動中の皇太子へサーベルで襲いかかりました。政府は対露関係悪化を恐れ、大逆罪による死刑適用を司法へ求めました。
大審院は一般人への謀殺未遂として無期徒刑を言い渡し、司法権の独立を示す事件と評価されます。ただし児島惟謙一人の英雄物語ではなく、裁判官間の議論と法解釈の結果です。
ロシア側が判決を理由に直ちに戦争を始める状況ではなかったものの、日本政府の危機感は強烈でした。司法の独立という評価と、国際的圧力への恐怖を併せて読みます。
1910年|グレーシャー国立公園が成立
1910年5月11日、タフト大統領が設置法へ署名し、グレーシャー国立公園が誕生しました。カナダ側のウォータートン・レイクス国立公園と後に国際平和公園を構成します。
保護地域化は景観を守る一方、ブラックフィートなど先住民族の利用と主権を制限しました。氷河後退は気候変動を可視化し、公園名と現在の環境の差を広げています。
公園内の氷河数は測定基準で変わるため、単純な数の比較には注意が要ります。それでも写真と長期観測は著しい縮小を示し、保護区も地球規模の温室効果ガス増加から隔離できません。
1943年|米軍がアッツ島へ上陸
1943年5月11日、米軍は濃霧と寒冷の中で上陸しました。日本軍は山地に防御陣地を築き、補給を絶たれながら約3週間抵抗しました。アリューシャンの天候は航空・艦砲支援も妨げました。
最後の大規模突撃で日本守備隊のほぼ全員が死亡しました。北米領土で行われた稀な地上戦であり、戦闘前に島のウナンガン住民が強制移住させられた被害も重要です。
「玉砕」という語は戦死を美化し、生還や降伏の選択肢を見えにくくします。米軍側にも戦闘死だけでなく凍傷・病気が多く、環境そのものが兵士を消耗させた戦場でした。
1949年|イスラエルが国連へ加盟
1949年5月11日、総会は賛成37、反対12、棄権9で加盟を認めました。イスラエルは国連憲章の義務受諾と、難民・エルサレムに関する国連決議への言及を行いました。
前年の建国と戦争で多数のパレスチナ人が難民となり、帰還・国家承認問題は未解決です。加盟決議を紛争解決の完成ではなく、国際制度への参加開始として捉えます。
決議は国境やエルサレムの最終地位を確定していません。国連加盟という法的地位と、占領地・難民・パレスチナ国家承認をめぐる未解決問題を混同しないことが重要です。
1960年|アイヒマンがアルゼンチンで拘束される
1960年5月11日、モサド要員はブエノスアイレス郊外で偽名生活をしていたアイヒマンを拘束しました。その後イスラエルへ移送し、翌年公開裁判が始まりました。
裁判は生存者の証言を世界へ広く伝えました。一方、主権国アルゼンチンでの拉致は国際法上の問題となり、安全保障理事会で審議されました。司法と国家主権の緊張を示します。
ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」は、犯罪が軽微だったという意味ではありません。官僚的役割と言葉によって巨大な加害への責任を回避する思考停止を問題にしました。
1985年|ブラッドフォード・シティ競技場火災
1985年5月11日、木造スタンド床下のごみへ火が燃え移り、強風で屋根沿いに広がりました。一部の出口は施錠され、避難を困難にしました。試合はリーグ優勝を祝う最終節として行われていました。
映像は数分で安全な祝賀の場が災害へ変わる過程を記録しました。英国の競技場防火、木造スタンド、出口管理の規制強化を促しました。犠牲者追悼は両クラブと地域で現在も続いています。
観客が撮影した映像は防火教育に使われましたが、犠牲者の最期を含むため利用には倫理的配慮が要ります。災害映像は衝撃を消費するのでなく、出口確保と初期避難へ結び付けます。
1997年|ディープ・ブルーがカスパロフに勝利
1997年5月11日、第6局でガルリ・カスパロフが19手で投了し、ディープ・ブルーが3.5対2.5で再戦に勝ちました。前年の対戦ではカスパロフが勝っていました。
計算機が現役世界王者を公式マッチで破った象徴的事件です。ただし現代の機械学習とは異なり、大規模探索、評価関数、専門家による調整を組み合わせたシステムでした。
対局後カスパロフは人間の介入を疑いましたが、決定的証拠は示されませんでした。勝利は知能全般の克服ではなく、明確な規則を持つ領域で計算資源が優位を得た節目です。
1998年|インドがポカランII核実験を実施
1998年5月11日、インドは3回の地下核実験を発表し、13日にも追加実験を行いました。政府は核兵器国としての抑止力と技術力を強調しました。
各国の制裁と地域的緊張を招き、パキスタンも同月末に核実験を実施しました。爆発規模には独立分析との相違があり、政府発表値を無条件に採用しない注意が必要です。
5月11日はインドで国家技術の日となりましたが、核兵器を技術的達成としてのみ祝うことには異論があります。抑止論と、誤算・事故・軍拡による人道的危険を同じ記事内で扱います。
5月11日の歴史を読み解く
5月11日は、知識を保存する技術と権力を行使する制度が交差する日です。868年の『金剛般若経』は印刷技術の発展を示し、1891年の大津事件は国際圧力の中で刑法をどう適用するかを日本の司法へ突き付けました。1997年のディープ・ブルーは、計算能力が専門家の知的権威へ挑む象徴になりました。
「最古」「初」「勝利」といった強い見出しには条件があります。『金剛般若経』はあらゆる印刷物の最古ではなく、日付入りで完全に残る印刷書として重要です。ディープ・ブルーも人間一般の知能を超えたのではなく、チェスという規則が明確な領域で、探索と評価を組み合わせ世界王者とのマッチを制しました。
大津事件を司法独立の美談として読むだけでは、政府が死刑適用を強く求めた恐怖と、裁判官たちの法解釈過程が見えません。ロシア皇太子への犯罪でも、日本の皇室を対象とする大逆罪を類推適用しないという判断は、危機時に法律の文言を守れるかという法治の問題でした。
2026年5月11日は、日本では平日ですが、ロシアとミクロネシア連邦では振替休日です。それぞれ5月9日と10日の祝日が週末に重なったためで、記念日の日付が11日に変わったわけではありません。移動祝日・振替休日は、名称、記念対象、実際の休業日を三つに分けて確認します。
この日にはアッツ島の地上戦、イスラエルの国連加盟、アイヒマン拘束、インド核実験も重なります。いずれも国家安全保障の言葉で説明されますが、先住民の強制移住、難民、他国主権、核軍拡という負担を伴いました。国家の決定を政府発表だけでなく、影響を受けた人々の側から再点検します。
長良川鵜飼の開幕は、戦争や国家制度とは異なる季節の歴史を伝えます。伝統行事も古代から同じ形で続いたのではなく、漁業、観光、河川環境、鵜の飼育をめぐり姿を変えてきました。開催日を確認するだけでなく、文化を現在支える労働と生態環境まで紹介することで年中行事の説明が具体的になります。
また、人物史ではファインマンやワイルズのような著名研究者だけでなく、パルサーの信号を発見したジョスリン・ベルのように、受賞制度からこぼれた貢献者を意識します。誕生日一覧を名声の序列にせず、知識が指導者、若手研究者、技術者、観測装置の協働で作られることを示します。
5月11日の記念日・世界の祝日
インド国家技術の日
1998年5月11日のポカラン核実験と国産技術の成果を記念してインド政府が定めました。科学技術の振興日ですが、核軍拡の地域的影響も考える必要があります。
ロシアの振替休日
2026年は5月9日の対独戦勝記念日が土曜日と重なるため、政府の休日表で5月11日が振替休日です。記念日そのものは5月9日です。
ミクロネシア連邦憲法記念日の振替休日
5月10日の法定祝日が日曜日に重なるため、2026年は5月11日が公休日です。制定日と実際の休業日を分けて記載します。政府機関の2026年日程でも11日の休業が案内されています。
長良川鵜飼開き
岐阜市の長良川鵜飼は例年5月11日に開幕し、10月15日まで行われます。鵜匠が鵜を操る漁法を観覧船から見る伝統行事です。
ご当地キャラの日
日本ご当地キャラクター協会が「ご(5)とう(10)ち(1)」の語呂から制定しました。自治体・団体の地域発信と知的財産管理を考える日です。
エベレスト日本人初登頂記念日
1970年5月11日に日本山岳会隊の松浦輝夫と植村直己が日本人として初めてエベレストへ登頂したことにちなみます。登頂は日本山岳会のエベレスト登山隊による成果でした。
鵜飼開きの日
長良川だけでなく各地の鵜飼シーズンを伝える日として紹介されます。開催日は河川や年によって異なるため、全国一律の固定行事とは扱いません。
麺の日
全国製麺協同組合連合会が細長い麺を数字の1に見立て、毎月11日と11月11日に設けた業界記念日です。多様な製麺文化を紹介します。
ロールちゃんの日
山崎製パンがロールケーキ商品「ロールちゃん」の長い両耳を数字の11に見立て、毎月11日に設けた企業記念日です。商品を通じてロールケーキを楽しむ日で、法定休日ではありません。
おかあちゃん同盟の日
福島県の市民団体が東日本大震災の月命日である毎月11日に、子どもの命と平和を考える活動日として提唱しています。福島から平和と原発問題を考える継続的な市民活動です。
今日(2026年5月11日)が祝日の国
2026年5月11日は月曜日です。ロシアでは5月9日の戦勝記念日が土曜日だったため振替休日、ミクロネシア連邦では5月10日の憲法記念日が日曜日だったため振替の公休日です。インドの国家技術の日、日本の長良川鵜飼開きは記念日・行事であり、日本の国民の祝日ではありません。
- ロシア|対独戦勝記念日の振替休日
- ミクロネシア連邦|憲法記念日の振替休日
- インド|国家技術の日(通常の全国公休日ではない)
- 岐阜県岐阜市|長良川鵜飼開き
- 日本|国民の祝日ではない
5月11日が誕生日の有名人
カール・フリードリヒ・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン(1720年生)
誇張した冒険談が他者により「ほら吹き男爵」の物語へ加工され、実在人物と文学的人物が分離しました。
チャン&エン・ブンカー兄弟(1811年生)
胸部で結合した双生児で、「シャム双生児」という旧称の由来になりました。人間展示と自己決定の歴史を考えさせます。
アーヴィング・バーリン(1888年生)
移民として米国へ渡り、『ホワイト・クリスマス』など大量のスタンダード曲で20世紀大衆音楽を形づくりました。
マーサ・グレアム(1894年生)
呼吸と収縮・解放を軸にした技法でモダンダンスを革新し、神話や女性の内面を身体表現へ変えました。
サルバドール・ダリ(1904年生)
精密な写実で夢や無意識の奇景を描き、シュルレアリスムを大衆文化へ広げました。自己演出と政治姿勢も論争的です。
カミーロ・ホセ・セラ(1916年生)
内戦後スペインの暴力と貧困を実験的な語りで描き、1989年にノーベル文学賞を受賞しました。政治的立場と検閲協力には批判もあります。
リチャード・ファインマン(1918年生)
量子電磁力学を再定式化し、ファインマン図で計算と直観を結びました。チャレンジャー事故調査でも知られます。
卓越した説明者像だけでなく、同時代の女性への振る舞いやマンハッタン計画参加も含めて読むと、科学者の才能と社会的責任を分けずに考えられます。
アントニー・ヒューイッシュ(1924年生)
パルサー発見につながる観測計画を率いノーベル物理学賞を受賞しましたが、実際の信号を見いだしたジョスリン・ベルの貢献も重要です。
アンドリュー・ワイルズ(1953年生)
楕円曲線とモジュラー形式を結ぶ研究によりフェルマーの最終定理を証明し、数論の長年の課題を解決しました。
アンドレス・イニエスタ(1984年生)
FCバルセロナとスペイン代表の中盤を支え、2010年W杯決勝の決勝点で初優勝へ導きました。
5月11日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1720 | カール・フリードリヒ・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン | 軍人・物語のモデル |
| 1811 | チャン&エン・ブンカー兄弟 | 興行師・農園主 |
| 1888 | アーヴィング・バーリン | 作詞作曲家 |
| 1894 | マーサ・グレアム | 舞踊家・振付家 |
| 1904 | サルバドール・ダリ | 画家 |
| 1911 | フィル・シルヴァース | コメディアン・俳優 |
| 1916 | カミーロ・ホセ・セラ | 小説家 |
| 1918 | リチャード・ファインマン | 物理学者 |
| 1924 | アントニー・ヒューイッシュ | 電波天文学者 |
| 1927 | モート・サール | コメディアン |
| 1941 | エリック・バードン | 歌手 |
| 1943 | レス・チャドウィック | ベーシスト |
| 1947 | ブッチ・トラックス | ドラマー |
| 1948 | 泉谷しげる | シンガーソングライター・俳優 |
| 1952 | フランセス・フィッシャー | 俳優 |
| 1952 | ショーレ・アグダシュルー | 俳優 |
| 1953 | アンドリュー・ワイルズ | 数学者 |
| 1954 | ジョン・グレゴリー | サッカー選手・監督 |
| 1960 | 松尾貴史 | タレント・俳優 |
| 1963 | ナターシャ・リチャードソン | 俳優 |
| 1963 | 浜田雅功 | お笑い芸人・司会者 |
| 1968 | ジェフリー・ドノヴァン | 俳優 |
| 1975 | コビー・ベル | 俳優 |
| 1982 | ジョナサン・ジャクソン | 俳優・音楽家 |
| 1984 | アンドレス・イニエスタ | サッカー選手 |
| 1984 | SHELLY | タレント・司会者 |
| 1988 | ブラッド・マーチャンド | アイスホッケー選手 |
| 1999 | サブリナ・カーペンター | 歌手・俳優 |
5月11日が命日の有名人
マテオ・リッチ(1610年没)
中国語を学び、世界地図や西洋科学を紹介しつつ儒学知識人と対話しました。文化適応型布教の先駆であり論争の源でもあります。
大ピット(1778年没)
七年戦争期に英国の世界戦略を主導しました。帝国拡大の成功は植民地支配と財政負担を伴いました。
スペンサー・パーシヴァル(1812年没)
ナポレオン戦争期の政府を率い、下院で暗殺されました。在職中に殺害された唯一の英国首相です。
ジョン・ハーシェル(1871年没)
南天の星雲・二重星を観測し、写真術の定着にも貢献しました。父ウィリアムの研究を独自の全球観測へ広げました。
フアン・グリス(1927年没)
新聞挿絵からキュビスムへ進み、日用品を明晰な幾何学と色彩へ組み直して分析的絵画を発展させました。
ボブ・マーリー(1981年没)
ジャマイカのレゲエを世界へ広げ、植民地主義、人種的不正、精神的解放を歌いました。政治勢力に回収されない統合も訴えました。
ダグラス・アダムズ(2001年没)
『銀河ヒッチハイク・ガイド』で科学、官僚制、人間の自負を軽妙なSFコメディへ変えました。
シリーン・アブアクレ(2022年没)
ヨルダン川西岸で取材中に銃撃され死亡しました。複数調査はイスラエル軍側からの発砲を示し、報道者保護と説明責任が問われました。
葬儀でも警察が参列者へ実力を行使し、世界的批判を受けました。誰が撃ったかの技術的検証と、記者が安全に取材できる制度的条件の双方が必要です。
5月11日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 912 | レオーン6世 | 東ローマ皇帝 |
| 1304 | ガザン・ハン | イルハン朝君主 |
| 1610 | マテオ・リッチ | イエズス会宣教師・学者 |
| 1778 | 大ピット | 英国首相 |
| 1812 | スペンサー・パーシヴァル | 英国首相 |
| 1849 | ジュリエット・レカミエ | 社交界人物 |
| 1871 | ジョン・ハーシェル | 天文学者・写真研究者 |
| 1881 | アンリ=フレデリック・アミエル | 哲学者・日記作家 |
| 1916 | マックス・レーガー | 作曲家 |
| 1927 | フアン・グリス | 画家 |
| 1960 | ジョン・D・ロックフェラー・ジュニア | 慈善家 |
| 1963 | ハーバート・ガッサー | 生理学者 |
| 1973 | レックス・バーカー | 俳優 |
| 1979 | バーバラ・ハットン | 相続人・慈善家 |
| 1981 | ボブ・マーリー | レゲエ音楽家 |
| 1988 | キム・フィルビー | 英国情報将校・ソ連スパイ |
| 1996 | ンナムディ・アジキウェ | ナイジェリア初代大統領 |
| 2001 | ダグラス・アダムズ | 作家 |
| 2002 | ジョゼフ・ボナンノ | 犯罪組織指導者 |
| 2003 | ノエル・レディング | 音楽家 |
| 2019 | ペギー・リプトン | 俳優 |
| 2020 | ジェリー・スティラー | 俳優・コメディアン |
| 2022 | シリーン・アブアクレ | ジャーナリスト |
| 2024 | スーザン・バックリニー | 俳優・スタントパーソン |
5月11日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月11日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 月曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月11日 |
| 旧暦 | 2026年3月25日 |
| 六曜 | 先負 |
| 干支 | 乙酉(きのととり) |
| 二十四節気 | 立夏の期間(2026年の立夏は5月5日20時49分、小満は5月21日9時37分) |
| 七十二候 | 蚯蚓出(みみずいづる) |
| 月齢 | 23.6(東京・正午) |
| 十二直 | 定(さだん) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年5月11日の暦を読む
2026年5月11日は月曜日、旧暦3月25日です。二十四節気は立夏、七十二候は「蚯蚓出」。東京の正午月齢は23.6、六曜は先負、干支は乙酉、十二直は定です。日本では国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 大英図書館・Diamond Sutra
- 外務省・大津事件
- IBM・Deep Blue
- NPS・Glacier National Park history
- 国連・Israel admission resolution 273
- USHMM・Eichmann trial
- インド政府・National Technology Day
- ロシア政府・2026年休日
- ミクロネシア連邦政府
- 岐阜市・長良川鵜飼
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
