
5月8日、今日は何の日?
2026年5月8日(金曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1945年の欧州戦勝記念日、1980年の天然痘根絶宣言、1902年のプレー山噴火。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1945年の欧州戦勝記念日/1980年の天然痘根絶宣言/1902年のプレー山噴火 |
| 代表的な記念日 | 世界赤十字・赤新月デー/第二次世界大戦で命を失った人々のための追悼と和解の期間/世界卵巣がんデー |
| 2026年の暦 | 金曜日・旧暦2026年3月22日・国民の祝日ではありません |
- 5月8日に起きた主な事件
- 1541年|デ・ソト遠征隊がミシシッピ川へ到達
- 1794年|ラヴォアジエが処刑される
- 1842年|ヴェルサイユ鉄道事故
- 1886年|コカ・コーラが初めて販売される
- 1902年|プレー山が噴火しサン・ピエールが壊滅
- 1927年|白鳥号が大西洋横断飛行へ出発
- 1945年|欧州でドイツの降伏が発効
- 1945年|セティフ・ゲルマ虐殺が始まる
- 1963年|フエの仏誕節発砲事件
- 1970年|ビートルズのアルバム「レット・イット・ビー」発売
- 1972年|米国がハイフォン港への機雷敷設を発表
- 1978年|無酸素でエベレスト初登頂
- 1980年|WHOが天然痘根絶を宣言
- 1984年|ソ連がロサンゼルス五輪不参加を発表
- 2018年|米国がイラン核合意から離脱
- 5月8日の歴史を読み解く
- 5月8日の記念日・世界の祝日
- 5月8日が誕生日の有名人
- 5月8日が命日の有名人
- 5月8日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年5月8日の暦
5月8日に起きた主な事件
- 1541年|スペイン人エルナンド・デ・ソトの遠征隊が、ヨーロッパ人として早期にミシシッピ川を記録しました。
- 1794年|フランス革命期のパリで、近代化学の基礎を築いたアントワーヌ・ラヴォアジエがギロチン刑に処されました。
- 1842年|パリ近郊で列車が脱線・出火し、初期鉄道史上の重大事故となりました。
- 1886年|薬剤師ジョン・ペンバートンが調合した飲料が、アトランタの薬局でグラス販売されました。
- 1902年|カリブ海マルティニークの火山から高温の火砕流が発生し、港町を短時間で破壊しました。
- 1927年|フランスの飛行士ナンジェセールとコリが、パリからニューヨークへの無着陸飛行に挑み消息を絶ちました。
- 1945年|ドイツ軍の無条件降伏が発効し、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の主要戦闘が終わりました。
- 1945年|フランス領アルジェリアで独立を求めるデモと衝突が起き、植民地当局が大規模な弾圧を行いました。
- 1963年|南ベトナムのフエで仏教旗掲揚禁止に抗議する群衆へ治安部隊が発砲し、死者が出ました。
- 1970年|ビートルズ最後期の録音をまとめたアルバムが英国で発売されました。
- 1972年|ニクソン大統領が北ベトナム主要港の封鎖と補給路への攻撃拡大を命じました。
- 1978年|ラインホルト・メスナーとペーター・ハーベラーが、補助酸素なしで世界最高峰の頂上へ達しました。
- 1980年|世界保健総会が、天然痘が地球上から根絶されたとの結論を正式に承認しました。
- 1984年|ソビエト連邦が安全上の懸念を理由に、1984年夏季オリンピックのボイコットを表明しました。
- 2018年|トランプ大統領がJCPOAからの離脱と、対イラン制裁の再発動を表明しました。
1541年|デ・ソト遠征隊がミシシッピ川へ到達
1541年5月8日ごろ、北米南東部を進んでいたデ・ソト遠征隊は、現在のミシシッピ州付近で大河へ到達しました。場所と日付には記録上の幅があり、国立公園局も推定として扱っています。
遠征は「発見」ではなく、すでに多くの先住民社会が利用していた流域への侵入でした。暴力、食料徴発、感染症が地域社会へ深刻な影響を与えた点を含めて捉える必要があります。
ミシシッピ川流域にはミシシッピ文化を継ぐ大規模な首長制社会と交易網がありました。遠征記録は重要資料ですが、侵入者側の視点で書かれ、人口減少後の姿から接触前社会を過小評価しない読み方が必要です。
1794年|ラヴォアジエが処刑される
1794年5月8日、徴税請負人でもあったラヴォアジエは革命裁判所で有罪とされ、同僚らとともに処刑されました。質量保存の定量実験や酸素を用いた燃焼理論で化学を変えた人物です。
科学者としての功績が政治的・財政的地位から切り離されなかった事例です。「共和国に学者は不要」と裁判官が言ったという逸話は確証が弱く、事実として断定しない注意も要ります。
ラヴォアジエの実験は妻マリー=アンヌの記録、翻訳、図版制作にも支えられました。偉人一人の発見として閉じず、器具製作者や共同研究者を含む知識生産と、徴税制度への社会的反発を同時に見ます。
1842年|ヴェルサイユ鉄道事故
1842年5月8日、ヴェルサイユからパリへ向かう列車の機関車がムードン付近で脱線し、後続車両が衝突して火災となりました。当時は客車の扉が外から施錠され、多数が逃げられませんでした。
死者数は資料に幅がありますが、数十人が死亡しました。事故は車軸の金属疲労研究、扉の施錠方法、鉄道運行の安全基準を見直す契機となり、技術拡大に制度整備が必要だと示しました。
事故後の検視では焼損が激しい遺体の個人識別が難しく、歯科所見が利用されたことでも知られます。大量輸送の発展は、事故調査、遺体識別、事業者責任という近代的制度も必要にしました。
1886年|コカ・コーラが初めて販売される
1886年5月8日、米国ジョージア州アトランタのジェイコブス薬局で、ペンバートンのシロップを炭酸水で割った飲料が1杯5セントで売られました。名称と筆記体ロゴはフランク・ロビンソンが考案しました。
当初は薬局のソーダファウンテン商品でしたが、瓶詰めとフランチャイズ、広告によって世界的ブランドになりました。初期処方と現在の製品は同じではなく、企業史と商品史を区別します。
初年度の販売は一日平均わずか数杯とされます。成功は秘密の処方だけでなく、商標、瓶の形、販売網、広告、冷蔵設備を組み合わせた結果であり、甘味飲料の健康・水資源問題も現在の企業史に含まれます。
1902年|プレー山が噴火しサン・ピエールが壊滅
1902年5月8日朝、プレー山の大規模噴火に伴う火砕流がサン・ピエールを襲い、住民約2万8千人が死亡したとされます。選挙を控えた行政判断や避難情報の不足も被害を拡大しました。
ほぼ全滅という衝撃は、火山学が爆発的噴火と火砕流を研究する重要な契機になりました。少数の生存者にまつわる物語には脚色もあり、災害記録と伝説を分けて読む必要があります。
火砕流は溶岩流とは異なり、高温の火山灰・ガス・岩片が斜面を高速で流れ下ります。見た目が穏やかな噴煙でも避難判断を遅らせない火山防災の教訓です。
1927年|白鳥号が大西洋横断飛行へ出発
1927年5月8日、複葉機「ロワゾー・ブラン(白鳥号)」はパリ郊外を離陸しました。西向き大西洋横断の成功を目指しましたが、目的地へ到着せず、機体も確実には発見されていません。
12日後にリンドバーグが逆方向の単独無着陸飛行を成功させました。白鳥号の行方には諸説があるため、北米へ到達したと断定せず、未解決の航空史として扱います。
機体は軽量化のため無線機を積まず、離陸用車輪も投棄しました。挑戦の大胆さは遭難時の捜索可能性を下げる設計でもあり、記録競争が安全余裕をどこまで削るかという航空史の課題を示します。
1945年|欧州でドイツの降伏が発効
1945年5月8日23時01分(中央ヨーロッパ時間)、前日にランスで署名された降伏文書が発効しました。ロンドンやパリではVEデーとして祝われましたが、戦争そのものはアジアで続きました。
ベルリン郊外での再署名はモスクワ時間で5月9日となり、ロシアなどは9日を戦勝記念日とします。解放の喜びと同時に、占領、難民、報復、ホロコースト被害の全容把握が始まりました。
VEデーはナチズムへの勝利を祝う日であると同時に、被占領地域の抵抗者、強制労働者、捕虜、植民地兵を誰まで記憶に含めるかを問い続ける日でもあります。
1945年|セティフ・ゲルマ虐殺が始まる
1945年5月8日、セティフの戦勝記念デモでアルジェリア旗が掲げられ、警察との衝突から欧州系住民への襲撃が起きました。フランス軍と植民者民兵は広域で苛烈な報復を行いました。
死者数の推計には大きな幅がありますが、植民地支配への不信を決定的にし、1954年からの独立戦争へつながる記憶となりました。欧州の「解放の日」が植民地では弾圧の日でもありました。
フランス側民間人も殺害されましたが、それに対する国家の報復は軍、航空機、艦砲まで用いた圧倒的規模でした。犠牲者数の不一致を理由に事件全体の植民地暴力を曖昧にしてはなりません。
1963年|フエの仏誕節発砲事件
1963年5月8日、ゴ・ディン・ジエム政権の旗規制へ抗議する仏教徒が放送局前に集まり、爆発と発砲で子どもを含む市民が死亡しました。政府は責任を否定しました。
カトリック優遇への不満と結び付き、僧侶ティック・クアン・ドックの焼身抗議など仏教徒危機へ発展しました。政権の正統性を損ない、同年11月のクーデターの背景となりました。
旗規制がカトリック行事では緩く運用されたとの認識が、差別への怒りを増幅しました。宗教対立だけでなく、政権の縁故主義、地方統治、米国支援という政治構造の中で危機を理解します。
1970年|ビートルズのアルバム「レット・イット・ビー」発売
1970年5月8日、『レット・イット・ビー』が英国で発売されました。録音の多くは1969年初めで、フィル・スペクターが編集・追加録音を施し、同名映画とともに公開されました。
録音順では『アビイ・ロード』が後ですが、発売順では本作が最後です。バンド解散が公になった直後のため「最後のアルバム」と呼ばれますが、何を基準に最後とするかを示す必要があります。
スペクターのオーケストラ追加をポール・マッカートニーが批判し、2003年には別編集盤も出ました。同じ録音素材でも編集が作品の意味を変えるため、アルバムを演奏の透明な記録とはみなしません。
1972年|米国がハイフォン港への機雷敷設を発表
1972年5月8日、ニクソンはハイフォン港などへ機雷を敷設する「ポケット・マネー作戦」をテレビ演説で発表しました。北ベトナムの春季攻勢へ対抗し、海上補給を遮断する狙いでした。
米ソ首脳会談直前の強硬策でしたが、ソ連は会談を中止しませんでした。軍事圧力とパリ和平交渉が並行し、1973年の協定後に米軍は機雷除去を行いました。
港へいた中立国船舶には退避猶予が与えられましたが、封鎖は民生物流にも影響しました。軍事目標への圧力と市民生活への波及を分けず、作戦の効果と人道的負担を比較します。
1978年|無酸素でエベレスト初登頂
1978年5月8日、メスナーとハーベラーは南東稜から標高8848メートル級の頂上へ到達しました。当時は人体が極低酸素環境で行動できるか医学的にも疑問視されていました。
成功は高所登山の可能性を広げましたが、補助酸素を使う登山の価値を否定するものではありません。シェルパを含む遠征隊の補給・ルート工作に支えられた成果でもあります。
8000メートルを超える「デスゾーン」では判断力と身体機能が急速に低下します。成功例が危険を消したわけではなく、現在も無酸素登山は経験、順応、天候、救助可能性を厳しく問う選択です。
1980年|WHOが天然痘根絶を宣言
1980年5月8日、第33回世界保健総会は天然痘根絶を宣言しました。最後の自然感染例は1977年のソマリアで確認され、その後の国際委員会が各国の監視資料を検証しました。
人に感染する病気を世界規模で根絶した最初の例です。ワクチンだけでなく、患者発見、接触者追跡、封じ込め接種、地域社会との信頼が組み合わさった公衆衛生の成果でした。
根絶後も研究用ウイルスは厳重な管理下で保管され、検査・ワクチン技術の維持やバイオセキュリティが課題です。「病気が消えた」後にも国際的な管理は続きます。
1984年|ソ連がロサンゼルス五輪不参加を発表
1984年5月8日、ソ連オリンピック委員会はロサンゼルス大会へ選手団を送らないと発表しました。東欧諸国の多くも追随しましたが、ルーマニアなどは参加しました。
1980年モスクワ大会を米国などがボイコットしたことへの報復という側面が強く、冷戦政治が選手の競技機会を奪いました。代替大会「フレンドシップ・ゲームズ」も開催されました。
東側の有力選手が欠場した一方、開催国米国は最多メダルを獲得しました。メダル表を純粋な国力比較として読む危うさと、選手が国家間対立の交渉材料にされた現実が表れています。
2018年|米国がイラン核合意から離脱
2018年5月8日、米国はイラン核計画を制限する多国間合意JCPOAへの参加を終了すると発表しました。国際原子力機関は当時、イランの履行状況を継続検証していました。
欧州参加国は合意維持を試みましたが、米制裁再開後にイランも段階的に制限を超えました。外交合意が国内政権交代に左右される脆弱さと、検証制度の重要性を示します。
JCPOAは核問題だけを扱い、弾道ミサイルや地域紛争を包括しない限定合意でした。対象を絞ることで成立した合意へ別問題の未解決を理由に離脱した結果、核計画への監視可能性も低下しました。
5月8日の歴史を読み解く
5月8日は、同じ日が「解放」と「弾圧」の双方を記憶することを端的に示します。欧州ではナチス・ドイツの降伏発効を祝う一方、フランス領アルジェリアのセティフでは独立を求めた人々への植民地弾圧が始まりました。戦勝記念日を普遍的な自由の到来として語るだけでは、帝国の外側へ置かれた人々の経験が抜け落ちます。
科学技術の面では、ラヴォアジエの定量化学、初期鉄道事故、無線・航空・登山、天然痘根絶まで、知識が社会制度と結び付く過程が見えます。発見や記録達成だけでなく、事故調査、安全基準、国際監視、現地協力が成果を持続可能にしました。
企業史ではコカ・コーラの一杯の販売が世界的なブランドへ発展しましたが、商品が自然に普及したわけではありません。商標、広告、瓶詰め、物流、冷蔵、現地生産を組み合わせた仕組みが市場を作り、同時に糖分摂取や水利用という現在の課題も生みました。
2026年の祝日を確認する際は、VEデーを祝う国と5月9日を戦勝記念日とする国の違いに注意します。これはどちらかの日付が誤りなのではなく、降伏文書の再署名と時差に由来します。歴史上の日付、毎年の記念日、実際の休業日を分けることが正確な「今日は何の日」につながります。
5月8日の記念日・世界の祝日
世界赤十字・赤新月デー
赤十字の創設者アンリ・デュナンの誕生日にちなみ、国際赤十字・赤新月運動の原則と人道活動を伝える日です。国連の法定祝日ではありません。
第二次世界大戦で命を失った人々のための追悼と和解の期間
国連総会が5月8日と9日を追悼と和解の期間と定めました。戦勝だけでなく、すべての民間人・軍人の犠牲を記憶する国際的な機会です。
世界卵巣がんデー
卵巣がんの症状、早期相談、患者支援への理解を広げる国際啓発日です。一般的な一律検診で早期発見できるとは限らず、症状が続く場合の受診を促します。
フランス・1945年戦勝記念日
ナチス・ドイツの降伏発効を記念するフランスの法定祝日です。2026年5月8日も公休日で、追悼式典と無名戦士墓への献花が行われます。
チェコ・戦勝記念日
第二次世界大戦の欧州での終結を記念するチェコの法定祝日です。プラハ解放の経過とソ連支配の後世史を含め、複数の記憶が重なります。
ゴーヤーの日
沖縄県とJA沖縄経済連が「ゴー(5)ヤー(8)」の語呂と出荷期にちなみ提唱しました。沖縄料理と野菜の消費拡大を伝える地域・業界記念日です。
松の日
日本の松の緑を守る会が1989年5月8日の全国大会を契機に制定しました。松林の景観、松くい虫被害、防災林としての役割を考える日です。
紙飛行機の日
日本紙飛行機協会が「GO(5)HIGH(8)」の語感にちなみ提唱した記念日です。競技用紙飛行機は設計、重心、投げ方を科学的に工夫します。
小鉢の日
フジッコが「こ(5)ばち(8)」の語呂から制定した企業記念日です。副菜を一品加え、多様な食材を取り入れる食習慣を提案しています。
生パスタの日
全国製麺協同組合連合会が「な(7)まパ(8)スタ」の語呂から毎月7日と8日に設けた業界記念日です。乾燥パスタと異なる製法や食感を伝えます。
童画の日
武井武雄が1925年5月8日に初の個展を開き、「童画」という言葉で子どものための絵を独立した芸術として示したことにちなみます。
今日(2026年5月8日)が祝日の国
2026年5月8日は金曜日です。フランスの1945年戦勝記念日、チェコの戦勝記念日は法定公休日です。キルギスでは政府決定による春の連続休日の最終日に当たります。国連の追悼期間や世界赤十字・赤新月デーは重要な国際記念日ですが、公休日とは区別します。
- フランス|1945年戦勝記念日(公休日)
- チェコ|戦勝記念日(公休日)
- キルギス|春の連続休日(2026年は5月1~8日)
- 国連|追悼と和解の期間(5月8・9日)
- 国際赤十字・赤新月運動|世界赤十字・赤新月デー
- 日本|国民の祝日ではない
5月8日が誕生日の有名人
アンリ・デュナン(1828年生)
ソルフェリーノの戦場で負傷兵救護を経験し、赤十字国際委員会とジュネーブ条約につながる提案を行いました。
ハリー・S・トルーマン(1884年生)
第二次世界大戦末期から冷戦初期を指導し、国連創設、マーシャル・プラン、朝鮮戦争など重大な決定を担いました。
広島・長崎への原爆投下を承認した責任は、戦争終結の説明だけで完結しません。民間人被害、ソ連参戦、降伏条件、核時代の開始を含めて評価が続きます。
エドマンド・ウィルソン(1895年生)
文学を社会・思想史と結び付けて論じ、20世紀米国の批評文化へ大きな影響を与えました。
フリードリヒ・ハイエク(1899年生)
分散した知識と価格の役割を論じ、計画経済を批判しました。1974年にノーベル経済学賞を共同受賞しました。
ロベルト・ロッセリーニ(1906年生)
『無防備都市』などで戦後イタリアの現実をロケ撮影と非職業俳優も交えて描き、ネオレアリズモを代表しました。
メアリー・ルー・ウィリアムス(1910年生)
スウィングからビバップまで世代を横断し、編曲家・教育者として多くの演奏家を支えました。
ロバート・ジョンソン(1911年生)
少数の録音が後世のブルースとロックへ巨大な影響を与えました。十字路の伝説と実際の音楽技法は分けて評価されます。
ソール・バス(1920年生)
映画タイトルデザインと企業ロゴを簡潔な形へ統合し、映像が本編前から物語を始めるという発想を定着させました。
デイヴィッド・アッテンボロー(1926年生)
BBCの大規模自然史シリーズを通じ、生物多様性と気候変動を世界の視聴者へ伝えました。
ゲイリー・スナイダー(1930年生)
禅、先住民文化、自然観を詩と生活実践へ結び、米国のビート文学と環境思想を橋渡ししました。
トマス・ピンチョン(1937年生)
『重力の虹』などで科学、陰謀、戦争、情報社会を多声的かつ実験的な物語へ組み込みました。
5月8日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1828 | アンリ・デュナン | 赤十字創設者 |
| 1884 | ハリー・S・トルーマン | 第33代米国大統領 |
| 1895 | エドマンド・ウィルソン | 文芸批評家 |
| 1899 | フリードリヒ・ハイエク | 経済学者・思想家 |
| 1906 | ロベルト・ロッセリーニ | 映画監督 |
| 1910 | メアリー・ルー・ウィリアムス | ジャズピアニスト・作曲家 |
| 1911 | ロバート・ジョンソン | ブルース歌手・ギタリスト |
| 1920 | ソール・バス | グラフィックデザイナー |
| 1926 | デイヴィッド・アッテンボロー | 放送作家・自然史番組制作者 |
| 1926 | ドン・リックルズ | コメディアン・俳優 |
| 1930 | ゲイリー・スナイダー | 詩人・環境思想家 |
| 1937 | トマス・ピンチョン | 小説家 |
| 1940 | リッキー・ネルソン | 歌手・俳優 |
| 1943 | パット・バーカー | 小説家 |
| 1953 | アレックス・ヴァン・ヘイレン | ドラマー |
| 1953 | ノラ・オノール | 俳優・歌手 |
| 1958 | ロビー・スミス | アメリカンフットボール指導者 |
| 1959 | ロニー・ロット | アメリカンフットボール選手 |
| 1964 | メリッサ・ギルバート | 俳優 |
| 1965 | さくらももこ | 漫画家 |
| 1969 | 曙太郎 | 大相撲力士・第64代横綱 |
| 1972 | ダレン・ヘイズ | 歌手 |
| 1975 | エンリケ・イグレシアス | 歌手 |
| 1983 | マット・ウィリス | 音楽家・俳優 |
| 1992 | オリヴィア・カルポ | モデル・俳優 |
| 1995 | ジョンファ | 歌手・俳優 |
5月8日が命日の有名人
アントワーヌ・ラヴォアジエ(1794年没)
精密な質量測定により燃焼の酸素理論と化学命名法を確立し、錬金術的説明から近代化学への転換を進めました。
ジョン・スチュアート・ミル(1873年没)
自由論、功利主義、女性の権利を論じ、個人の自由と社会的害の境界を近代政治思想の中心課題にしました。
ギュスターヴ・フローベール(1880年没)
『ボヴァリー夫人』で語りの距離と文体を徹底して磨き、近代小説の表現と写実主義へ大きな影響を与えました。
ポール・ゴーギャン(1903年没)
強い色面と象徴的構成で後世へ影響しましたが、植民地タヒチでの未成年女性との関係も批判的検証が必要です。
作品が西洋美術を変えた一方、「楽園」の表象は植民地支配と性的搾取を覆い隠しました。美術的革新と行動への倫理的評価を同時に扱う必要があります。
エドワード・マイブリッジ(1904年没)
連続写真で馬や人体の運動を分解し、科学的観察と映画前史をつなぐ視覚技術を発展させました。
アベリー・ブランデージ(1975年没)
IOC会長としてアマチュア主義を守りましたが、1936年五輪や人種・政治問題への姿勢は厳しく批判されています。
ジョン・ファンテ(1983年没)
移民家庭と作家志望者を描く『塵に訊け』などが後世に再評価され、ロサンゼルス文学の系譜へ影響しました。
ルイジ・ノーノ(1990年没)
電子音響、空間配置、政治的主題を組み合わせ、戦後前衛音楽に聴取と沈黙の倫理を持ち込みました。
モーリス・センダック(2012年没)
『かいじゅうたちのいるところ』で子どもの怒り、不安、想像力を過度に教訓化せず描き、絵本表現を広げました。
ペマ・ツェテン(2023年没)
チベット語映画を通じ、現代化の中で揺れる言語、信仰、生活を内部から描き、世界映画へ新しい視点を開きました。
5月8日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1794 | アントワーヌ・ラヴォアジエ | 化学者 |
| 1873 | ジョン・スチュアート・ミル | 哲学者・経済学者 |
| 1880 | ギュスターヴ・フローベール | 小説家 |
| 1903 | ポール・ゴーギャン | 画家 |
| 1904 | エドワード・マイブリッジ | 写真家 |
| 1936 | オスヴァルト・シュペングラー | 歴史哲学者 |
| 1975 | アベリー・ブランデージ | スポーツ行政家 |
| 1983 | ジョン・ファンテ | 小説家 |
| 1990 | ルイジ・ノーノ | 作曲家 |
| 1991 | ルドルフ・ゼルキン | ピアニスト |
| 1999 | ダーク・ボガード | 俳優・作家 |
| 1999 | ダナ・プラトー | 俳優 |
| 2008 | フランソワ・ステルシェル | サッカー選手 |
| 2012 | モーリス・センダック | 絵本作家 |
| 2013 | ジャンヌ・クーパー | 俳優 |
| 2018 | ジョージ・デュークメジアン | 政治家 |
| 2023 | ペマ・ツェテン | 映画監督・作家 |
5月8日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月8日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 金曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月8日 |
| 旧暦 | 2026年3月22日 |
| 六曜 | 赤口 |
| 干支 | 壬午(みずのえうま) |
| 二十四節気 | 立夏の期間(2026年の立夏は5月5日20時49分、小満は5月21日9時37分) |
| 七十二候 | 蛙始鳴(かわずはじめてなく) |
| 月齢 | 20.6(東京・正午) |
| 十二直 | 除(のぞく) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年5月8日の暦を読む
2026年5月8日は金曜日、旧暦3月22日です。二十四節気は立夏、七十二候は「蛙始鳴」。東京の正午月齢は20.6、六曜は赤口、干支は壬午、十二直は除です。日本では国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- WHO・Smallpox eradication
- 米国国立公文書館・Surrender of Germany
- 国連・Time of Remembrance and Reconciliation
- フランス政府・2026年の祝日
- International Red Cross・World Red Cross Day
- スミソニアン・Mount Pelée
- NPS・Hernando de Soto expedition
- Nobel Prize・Friedrich Hayek
- Coca-Cola Company・History
- IAEA・Iran verification and monitoring
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
