
5月18日、今日は何の日?
2026年5月18日(月曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1896年のプレッシー判決、1969年のアポロ10号打ち上げ、1980年のセント・ヘレンズ山噴火。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1896年のプレッシー判決/1969年のアポロ10号打ち上げ/1980年のセント・ヘレンズ山噴火 |
| 代表的な記念日 | 国際博物館の日/海事における女性のための国際デー/世界エイズワクチンデー |
| 2026年の暦 | 月曜日・旧暦2026年4月2日・国民の祝日ではありません |
- 5月18日に起きた主な事件
- 1291年|アッコンが陥落
- 1565年|マルタ大包囲戦が始まる
- 1803年|英国がフランスへ宣戦布告
- 1804年|ナポレオンがフランス皇帝に推戴される
- 1860年|リンカーンが共和党大統領候補に指名
- 1896年|プレッシー対ファーガソン判決
- 1910年|地球がハレー彗星の尾を通過
- 1917年|米国で選抜徴兵法が成立
- 1927年|バス学校爆破事件
- 1944年|モンテ・カッシーノを連合軍が占領
- 1944年|クリミア・タタール人の強制移住
- 1953年|ジャクリーン・コクランが女性初の音速突破
- 1969年|アポロ10号打ち上げ
- 1974年|インドが初の核実験
- 1980年|セント・ヘレンズ山が大噴火
- 1991年|ソマリランドが独立回復を宣言
- 2009年|スリランカ内戦の政府勝利宣言
- 5月18日の歴史を読み解く
- 5月18日の記念日・世界の祝日
- 5月18日が誕生日の有名人
- 5月18日が命日の有名人
- 5月18日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年5月18日の暦
5月18日に起きた主な事件
- 1291年|マムルーク朝軍が十字軍国家最後の主要拠点アッコンを攻略しました。
- 1565年|オスマン帝国軍が聖ヨハネ騎士団の拠点マルタ島へ上陸しました。
- 1803年|アミアンの和約が破綻し、ナポレオン戦争が再開しました。
- 1804年|元老院の決議でナポレオン・ボナパルトが世襲皇帝となりました。
- 1860年|シカゴの共和党全国大会でエイブラハム・リンカーンが候補者に選ばれました。
- 1896年|米連邦最高裁が人種分離を「分離すれど平等」として容認しました。
- 1910年|地球がハレー彗星の尾の希薄なガス領域を横切り、世界的な注目を集めました。
- 1917年|第一次世界大戦参戦後、連邦政府が大規模徴兵制度を導入しました。
- 1927年|米ミシガン州で学校などが爆破され、子どもを含む多数が死亡しました。
- 1944年|ポーランド第2軍団が修道院跡に入り、長期戦となった会戦が終結しました。
- 1944年|ソ連当局が民族全体を協力者とみなし、中央アジアへの移送を始めました。
- 1953年|米国の女性飛行家がF-86戦闘機で音速を超える公式記録を達成しました。
- 1969年|月面着陸の総合リハーサルを行う有人宇宙船が月へ出発しました。
- 1974年|インドがラジャスタン州ポカランで地下核実験を行いました。
- 1980年|米ワシントン州の火山で山体崩壊と横向きの爆発が起き、57人が死亡しました。
- 1991年|旧英領地域の代表者がソマリアからの分離とソマリランド共和国を宣言しました。
- 2009年|政府がタミル・イーラム解放のトラを打倒し、長期内戦の終結を発表しました。
1291年|アッコンが陥落
1291年5月18日、スルタンのアル=アシュラフ・ハリール率いるマムルーク朝軍がアッコンの城壁を突破しました。数週間の包囲後、市内では戦闘と殺害が続きました。
沿岸の他拠点も放棄され、ラテン・キリスト教勢力による聖地の領域支配は事実上終わりました。ただし十字軍運動そのものや地中海の交易はその後も続いています。
1565年|マルタ大包囲戦が始まる
1565年5月18日、大艦隊と数万の兵がマルタへ到着し、砦群の包囲を開始しました。騎士団、現地住民、スペイン援軍は数か月にわたり抵抗しました。
9月にオスマン軍は撤退し、キリスト教圏では大勝利として宣伝されました。宗教対立だけでなく、地中海航路、帝国間競争、捕虜と奴隷化の歴史も背景にあります。
1803年|英国がフランスへ宣戦布告
1803年5月18日、英国はマルタ撤兵や欧州秩序をめぐる対立からフランスへ正式に宣戦しました。わずか1年余り続いた英仏間の休戦が終わりました。
戦争は同盟の組み替えを伴い1815年まで続き、欧州だけでなく植民地と海上交易へも広がりました。講和条約が根本的対立を解決できなかった例です。
1804年|ナポレオンがフランス皇帝に推戴される
1804年5月18日、フランス元老院は共和暦12年憲法を採択し、第一統領ナポレオンを「フランス人の皇帝」としました。12月の戴冠式とは日付を区別します。
革命後の法と行政の一部を維持しながら、権力は世襲君主へ集中しました。共和政の成果と帝政の権威主義が同居するナポレオン体制の根本的な矛盾を示します。
1860年|リンカーンが共和党大統領候補に指名
1860年5月18日、リンカーンは3回目の投票でウィリアム・スワードらを破り指名を獲得しました。党は奴隷制の新領土への拡大阻止を掲げました。
11月の当選は南部諸州の脱退を加速し、南北戦争へつながりました。リンカーンを当初から即時全面廃止論者とみなさず、戦争中に政策が変化した過程を見る必要があります。
1896年|プレッシー対ファーガソン判決
1896年5月18日、最高裁はルイジアナ州の鉄道車両分離法を7対1で合憲と判断しました。ホーマー・プレッシーは計画的に白人専用車へ乗り、法を争っていました。
判決は南部のジム・クロウ体制を法的に支え、学校や公共施設の差別を固定しました。1954年のブラウン判決で公教育について覆されるまで、半世紀以上の被害を生みました。
1910年|地球がハレー彗星の尾を通過
1910年5月18日から19日にかけ、地球は彗星の尾を通過しました。分光観測でシアンが検出されたという報道から毒ガスへの恐怖が広まり、商品やデマも生まれました。
尾の物質密度は極めて低く、地上で有害な影響は確認されませんでした。新しい科学知識が大衆メディアを通して誤解と過度な商業化まで生む典型例です。
1917年|米国で選抜徴兵法が成立
1917年5月18日、ウィルソン大統領が選抜徴兵法へ署名し、一定年齢の男性へ登録を義務づけました。志願だけでは欧州派遣軍に必要な兵力を確保できませんでした。
制度は約280万人を軍務へ動員しましたが、人種差別的な配属、良心的兵役拒否、移民の市民権をめぐる問題を伴いました。総力戦が国家と個人の関係を変えた例です。
1927年|バス学校爆破事件
1927年5月18日、学校委員だった男がバス統合学校の地下に仕掛けた爆薬を起爆し、さらに自動車を爆破しました。子ども38人を含む45人が死亡しました。
個人的な財政難と学校税への恨みが背景とされ、米国史上最悪級の学校大量殺人となりました。事件を犯人の異常性だけでなく、危険物管理と学校安全の課題として考えます。
1944年|モンテ・カッシーノを連合軍が占領
1944年5月18日、ドイツ軍が撤退した後、ポーランド兵がモンテ・カッシーノ修道院跡へ国旗を掲げました。連合軍は1月以来4回の攻勢で甚大な損害を出していました。
ローマへの進路は開かれましたが、事前の修道院爆撃は軍事的必要性をめぐり論争が続きます。文化財保護、情報判断、多国籍軍の犠牲を考える戦場です。
1944年|クリミア・タタール人の強制移住
1944年5月18日、内務人民委員部はクリミア各地のタタール人を短時間で貨車へ乗せ、主にウズベキスタンへ移送しました。女性、子ども、赤軍兵士の家族も対象でした。
輸送と移住先の飢餓・病気で多数が死亡し、帰還は長く禁じられました。個人の責任を調べず民族全体へ集団罰を科した国家犯罪として記憶されています。
1953年|ジャクリーン・コクランが女性初の音速突破
1953年5月18日、ジャクリーン・コクランはカリフォルニア州上空でカナディア製F-86を操縦し、女性として初めて音速を突破しました。チャック・イェーガーも訓練を支援しました。
コクランは速度・高度記録を多数樹立し、戦時中の女性飛行隊組織にも関わりました。一方で女性宇宙飛行士候補をめぐる彼女の立場には複雑な評価があります。
1969年|アポロ10号打ち上げ
1969年5月18日、アポロ10号はケネディ宇宙センターから打ち上げられました。月着陸船は月面約15キロメートルまで降下し、着陸以外の主要手順を検証しました。
飛行は着陸地点候補、通信、航法、ランデブーを確認し、2か月後のアポロ11号を可能にしました。「着陸しなかった任務」ではなく、危険を段階的に減らす試験工程です。
1974年|インドが初の核実験
1974年5月18日、インドは「平和的核爆発」と称する実験、通称スマイリング・ブッダを実施しました。米英ソ中仏以外で初めて核爆発能力を示した国となりました。
実験は核技術輸出管理を強化する原子力供給国グループ設立を促し、南アジアの軍拡競争へ影響しました。「平和利用」という説明と兵器能力の境界が問われました。
1980年|セント・ヘレンズ山が大噴火
1980年5月18日午前8時32分、マグニチュード5.1の地震をきっかけに北側斜面が崩壊し、記録的な岩屑なだれと側方爆発が発生しました。噴煙は上空高く達しました。
森林、河川、道路が広範囲に破壊されましたが、長期観測は火山の膨張と地震活動を記録していました。災害後の研究は火山監視、危険地図、避難政策を大きく前進させました。
1991年|ソマリランドが独立回復を宣言
1991年5月18日、北部の氏族会議が1960年に短期間独立した旧英領ソマリランドの主権回復を宣言しました。シアド・バーレ政権崩壊と内戦が背景でした。
比較的安定した政府と選挙制度を築きましたが、国際的な国家承認は限られています。事実上の統治能力と国際法上の承認が一致しない現代国家の問題を示します。
2009年|スリランカ内戦の政府勝利宣言
2009年5月18日、政府軍は北東部の最後の支配地域を制圧し、LTTE指導部の死亡と軍事的勝利を発表しました。1983年以来の戦争は終結しました。
最終局面では多数の民間人が狭い地域に閉じ込められ、双方の国際人道法違反が指摘されています。戦闘終結後も真相究明、行方不明者、少数派の権利が課題です。
5月18日の歴史を読み解く
5月18日は、法が差別を固定した日と、国家が人を集団として扱った日が重なります。プレッシー判決とクリミア・タタール人強制移住は制度も状況も異なりますが、個人の権利を属性で奪う危険を共通して示します。
アポロ10号とジャクリーン・コクランの飛行は、記録達成の背後に訓練、試験、支援者、既存技術の蓄積があることを教えます。「初」の人物だけでなく、失敗を許容し危険を減らす仕組みに注目すると技術史が立体的になります。
セント・ヘレンズ山噴火とバス学校事件は原因がまったく異なりますが、被害を防ぐには警報、規制、教育、避難といった事前の制度が重要です。発生後の記憶が次の安全対策へつながったかまで検証します。
戦争の区切りも単純ではありません。アッコン陥落、モンテ・カッシーノ占領、スリランカ政府勝利は軍事的節目ですが、住民の移動、捕虜、戦後の権利回復はその日で終わりません。
プレッシー判決の「分離すれど平等」は、実際には施設も資源も平等ではありませんでした。法が現実の差別を追認しただけでなく、差別を合法的な日常へ変えた点が重要です。後の判決で覆されても、住宅や教育の格差は制度の慣性として残りました。
クリミア・タタール人の移送は戦時協力者への処罰と説明されましたが、対象は老人や子どもを含む民族全体でした。国家が安全保障の名で個人審査を放棄し、集団責任を適用したとき、移動、財産、文化、故郷を同時に奪う結果になります。
アポロ10号は月面に降りなかったため、アポロ11号ほど記憶されません。しかし本番直前の装置を実環境で動かし、異常時の手順を確認する試験は、安全な技術開発の中心です。成功の前段階を評価する視点は現代の宇宙開発にも通じます。
セント・ヘレンズ山では膨張と地震が観測され、立入制限も行われていましたが、噴火の正確な時刻と側方爆発の規模までは予測できませんでした。監視の目的は完全な予言ではなく、不確実性の中で被害可能性を下げる判断材料を提供することです。
ハレー彗星の尾をめぐる恐怖では、専門家の観測結果に含まれた「シアン」という語だけが切り取られました。危険性は物質名だけでなく濃度と曝露量で決まります。科学報道が量と条件を省くと、不安を増幅する好例です。
インドの核実験は「平和的」という名称でしたが、爆発技術は兵器能力と切り離せません。国家が付けた公式名称をそのまま事実認定に使わず、技術の転用可能性、周辺国の反応、輸出管理強化まで追うことが必要です。
ソマリランドは安定した行政を持ちながら広い国際承認を得ていません。国家を領土、住民、政府、外交承認のどこで判断するかという問いを突きつけます。地図上の国境と現地の統治実態が一致しない例です。
5月18日の記事では、記念日の由来と歴史事件の発生日が偶然重なる項目も区別しました。博物館の日は国際博物館会議による啓発日であり、特定の博物館開館記念日ではありません。公休日、国際機関の啓発日、企業記念日を同列に扱わないことが重要です。
旧暦はこの日が4月2日で、新月直後の月齢1.3です。六曜は旧暦月の番号を基に進むため、前日の新月で周期が切り替わっています。西暦の日付だけを一日ずつ足して六曜を推測せず、旧暦との対応を確認しています。
モンテ・カッシーノの修道院爆撃は、建物内にドイツ軍がいたかという情報判断をめぐり今も議論されます。破壊後に廃墟が防御陣地として利用されたため、予防的な破壊がかえって戦闘を難しくした可能性も考えられます。
女性初の音速突破は性別の壁を破りましたが、同時代の女性飛行士が宇宙飛行士選抜から排除された事実もあります。個人の記録が制度全体の平等を意味しないことを、航空史の成功と制約の双方から示します。
国際博物館の日には、展示を見る楽しさだけでなく、収蔵品の入手経緯、植民地期の持ち出し、返還、地域住民との共同管理が問われます。博物館は過去を保存する倉庫ではなく、現在の社会が記憶を交渉する場です。
5月18日の記念日・世界の祝日
国際博物館の日
国際博物館会議(ICOM)が1977年に設け、博物館が文化交流、教育、平和、地域社会に果たす役割を考える日です。毎年テーマを定め、各地で催しが行われます。
海事における女性のための国際デー
国際海事機関(IMO)が、海運分野のジェンダー平等と女性の採用・定着・昇進を進めるため定めた国際デーです。船上だけでなく港湾や行政も対象です。
世界エイズワクチンデー
1997年5月18日のクリントン米大統領演説を契機に、HIV予防ワクチン研究の必要性と研究参加者への敬意を示す啓発日です。現在も研究は続いています。
ナウル憲法記念日の振替休日
2026年の憲法記念日5月17日は日曜日に当たるため、ナウル政府の休日運用により18日月曜日が公休日です。記念日の日付と振替休日を分けて記載します。
ハイチ国旗と大学の日
1803年5月18日にアルカエで独立運動の旗が作られたとされることを記念するハイチの公休日です。国旗と教育、国家形成を祝う行事が行われます。
トルクメニスタン憲法・国旗の日
同国の憲法と国旗を記念する国家の祝日です。国家行事の日付や休日扱いは、2026年の政府公表カレンダーと区別して確認します。
国際親善デー
1899年5月18日に第1回ハーグ平和会議が開会したことにちなみ、日本では国際的な友好と平和を考える日として紹介されています。国連の公休日ではありません。
ことばの日
「こ(5)と(10)ば(8)」の数字の読み方から5月18日とし、言葉の大切さや適切なコミュニケーションを考える民間の記念日です。
ファイバーの日
食物繊維に関する情報発信を目的に、「ファイ(5)バー(18)」の語呂から制定された記念日です。特定食品だけでなく、多様な食事全体で摂取を考えます。
18リットル缶の日
全国十八リットル缶工業組合連合会が、従来の「5ガロン缶」と「一斗缶」の数字を組み合わせ5月18日に制定し、容器の再利用と資源循環を伝えます。
防犯の日(毎月18日)
警備会社セコムが「1」を棒、「8」を犯に見立てる発想から毎月18日に設けた企業記念日です。家庭や地域で防犯対策を見直す機会としています。
今日(2026年5月18日)が祝日の国
2026年5月18日は月曜日で、日本の国民の祝日ではありません。ナウルでは前日の憲法記念日が日曜日だったため振替休日です。ハイチでは国旗と大学の日、トルクメニスタンでは憲法・国旗の日に当たります。
- 日本|国民の祝日ではありません
- ナウル|憲法記念日の振替休日
- ハイチ|国旗と大学の日(公休日)
- トルクメニスタン|憲法・国旗の日
- ICOM|国際博物館の日
- IMO|海事における女性のための国際デー
5月18日が誕生日の有名人
ウマル・ハイヤーム(1048年生)
生年月日は伝承的ですが、三次方程式の分類と暦法に貢献し、『ルバイヤート』で世界的に知られます。
ニコライ2世(1868年生)
最後のロシア皇帝として工業化と政治危機、第一次世界大戦、革命の時代を統治し、1917年に退位しました。
バートランド・ラッセル(1872年生)
論理学と分析哲学を発展させ、戦争と核兵器への反対、教育、自由思想について広く発言しました。
ヴァルター・グロピウス(1883年生)
バウハウスを創設し、芸術、工芸、工業生産を統合する近代デザイン教育を形づけました。
フランク・キャプラ(1897年生)
『或る夜の出来事』『素晴らしき哉、人生!』などで個人、共同体、民主主義を娯楽映画に描きました。
フレッド・ペリー(1909年生)
四大大会すべてを制した最初期の選手の一人で、後に名を冠した衣料ブランドも広まりました。
マーゴ・フォンテイン(1919年生)
英国ロイヤル・バレエを代表し、ルドルフ・ヌレエフとのパートナーシップで古典作品を世界へ伝えました。
ヨハネ・パウロ2世(1920年生)
ポーランド出身初の教皇として東欧民主化、人権、宗教間対話へ影響する一方、教会統治には批判もあります。
レジー・ジャクソン(1946年生)
ワールドシリーズでの勝負強い本塁打から「ミスター・オクトーバー」と呼ばれました。
ジョージ・ストレイト(1952年生)
伝統的なホンキートンクを現代のカントリー市場へ結び、多数のヒットを送り出しました。
チョウ・ユンファ(1955年生)
香港ノワール作品で国際的な人気を得て、アジア映画のスター像を広げました。
ティナ・フェイ(1970年生)
『サタデー・ナイト・ライブ』『30 ROCK』で風刺と職場コメディを刷新しました。
5月18日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1048 | ウマル・ハイヤーム | 詩人・数学者・天文学者 |
| 1852 | ガートルード・ケーゼビア | 写真家 |
| 1868 | ニコライ2世 | ロシア皇帝 |
| 1872 | バートランド・ラッセル | 哲学者・数学者 |
| 1883 | ヴァルター・グロピウス | 建築家 |
| 1891 | ルドルフ・カルナップ | 哲学者 |
| 1897 | フランク・キャプラ | 映画監督 |
| 1902 | メレディス・ウィルソン | 作曲家・劇作家 |
| 1909 | フレッド・ペリー | テニス選手 |
| 1912 | ペリー・コモ | 歌手・司会者 |
| 1914 | ピエール・バルマン | ファッションデザイナー |
| 1919 | マーゴ・フォンテイン | バレエダンサー |
| 1920 | ヨハネ・パウロ2世 | ローマ教皇 |
| 1934 | ドウェイン・ヒックマン | 俳優 |
| 1937 | ブルックス・ロビンソン | 野球選手 |
| 1941 | ミリアム・マーゴリーズ | 俳優 |
| 1944 | アルバート・ハモンド | シンガーソングライター |
| 1946 | レジー・ジャクソン | 野球選手 |
| 1949 | リック・ウェイクマン | キーボード奏者 |
| 1950 | マーク・マザーズボー | 音楽家・作曲家 |
| 1952 | ジョージ・ストレイト | 歌手 |
| 1955 | チョウ・ユンファ | 俳優 |
| 1958 | トーヤ・ウィルコックス | 歌手・俳優 |
| 1960 | ヤニック・ノア | テニス選手・歌手 |
| 1970 | ティナ・フェイ | 俳優・脚本家 |
| 1975 | ジャック・ジョンソン | シンガーソングライター |
| 1988 | SOL | 歌手 |
| 1996 | ヴァイオレット・ビーン | 俳優 |
5月18日が命日の有名人
ボーマルシェ(1799年没)
『セビリアの理髪師』『フィガロの結婚』で身分制を風刺し、著作権保護にも取り組みました。
アレクサンドル・スヴォーロフ(1800年没)
機動力と訓練を重視し数多くの戦役で勝利しましたが、帝国拡張と戦争被害の側面もあります。
イサーク・アルベニス(1909年没)
組曲『イベリア』などでスペイン各地の舞曲と近代的和声を高度なピアノ音楽へ昇華しました。
グスタフ・マーラー(1911年没)
巨大な交響曲に民謡、行進曲、哲学的問いを組み込み、後期ロマン派から現代音楽への橋を架けました。
アニバル・トロイロ(1975年没)
歌を支える深い間合いと洗練された編曲で、ブエノスアイレスのタンゴ黄金期を代表しました。
イアン・カーティス(1980年没)
ジョイ・ディヴィジョンで孤独と不安を低い声と切迫した言葉にし、ポストパンクへ大きな影響を与えました。
エリザベス・モンゴメリー(1995年没)
テレビドラマ『奥さまは魔女』で現代家庭と女性の自立を軽やかに演じ、長く親しまれました。
エルヴィン・ジョーンズ(2004年没)
ジョン・コルトレーンのカルテットで多層的なリズムを作り、ドラム演奏の語法を広げました。
クリス・コーネル(2017年没)
サウンドガーデンやオーディオスレイヴで幅広い音域と重いロック表現を示しました。
ジム・ブラウン(2023年没)
NFL屈指のランニングバックとして活躍し、公民権運動と黒人経済支援にも関わりました。
5月18日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1551 | ドメニコ・ベッカフーミ | 画家 |
| 1799 | ボーマルシェ | 劇作家 |
| 1800 | アレクサンドル・スヴォーロフ | ロシア軍人 |
| 1909 | イサーク・アルベニス | 作曲家 |
| 1911 | グスタフ・マーラー | 作曲家・指揮者 |
| 1975 | アニバル・トロイロ | バンドネオン奏者・作曲家 |
| 1980 | イアン・カーティス | 歌手・作詞家 |
| 1981 | ウィリアム・サローヤン | 作家・劇作家 |
| 1981 | アーサー・オコンネル | 俳優 |
| 1988 | ドーズ・バトラー | 声優 |
| 1990 | ジル・アイアランド | 俳優 |
| 1995 | エリザベス・モンゴメリー | 俳優 |
| 2002 | デイビー・ボーイ・スミス | プロレスラー |
| 2004 | エルヴィン・ジョーンズ | ジャズドラマー |
| 2009 | ウェイン・オルウィン | 声優 |
| 2017 | クリス・コーネル | 歌手 |
| 2017 | ロジャー・エイルズ | テレビ局経営者 |
| 2023 | ジム・ブラウン | アメリカンフットボール選手・俳優 |
5月18日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月18日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 月曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月18日 |
| 旧暦 | 2026年4月2日 |
| 六曜 | 大安 |
| 干支 | 壬辰(みずのえたつ) |
| 二十四節気 | 立夏の期間(2026年の立夏は5月5日20時49分、小満は5月21日9時37分) |
| 七十二候 | 竹笋生(たけのこしょうず) |
| 月齢 | 1.3(東京・正午) |
| 十二直 | 閉(とづ) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年5月18日の暦を読む
2026年5月18日は月曜日、旧暦4月2日です。新月翌日で東京の正午月齢は1.3、六曜は大安、干支は壬辰、十二直は閉。二十四節気は立夏の期間、七十二候は「竹笋生」です。日本の国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 米国国立公文書館・Plessy v. Ferguson
- NASA・Apollo 10
- NASA・Apollo 10 Mission Details
- 米国地質調査所・1980 eruption
- 米国国立公園局・Lincoln nomination
- ICOM・International Museum Day
- IMO・International Day for Women in Maritime
- Britannica・Crimean Tatar deportation
- スリランカ国連・war aftermath
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
