
5月3日、今日は何の日?
2026年5月3日(日曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1791年のポーランド5月3日憲法、1947年の日本国憲法施行、1978年の最初の迷惑電子メール。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1791年のポーランド5月3日憲法/1947年の日本国憲法施行/1978年の最初の迷惑電子メール |
| 代表的な記念日 | 憲法記念日/ポーランド5月3日憲法記念日/世界報道自由デー |
| 2026年の暦 | 日曜日・旧暦2026年3月17日・憲法記念日 |
5月3日に起きた主な事件
- 1491年|ポルトガルとの接触を進めたコンゴ王がキリスト教へ改宗し、ジョアンの洗礼名を得ました。
- 1715年|天文学者エドモンド・ハレーの予測図に基づき、英国で皆既日食が広く観測されました。
- 1791年|ポーランド・リトアニア共和国の議会が、自由拒否権を抑え統治を改革する憲法を採択しました。
- 1802年|米国議会が首都ワシントンの市政府を設け、市長を大統領任命としました。
- 1837年|近代ギリシャで最初の大学が開校し、東地中海の高等教育拠点となりました。
- 1913年|ダーダーサーヘブ・パールケによる長編劇映画がボンベイで一般公開されました。
- 1921年|アイルランド統治法の発効により、島が北部と南部の二つの自治領域へ分けられました。
- 1928年|北伐中の国民革命軍と山東出兵した日本軍が済南で交戦し、多数の軍民が死傷しました。
- 1937年|マーガレット・ミッチェルの長編小説が小説部門の賞を受けました。
- 1946年|東京の旧陸軍士官学校講堂で、日本の戦争指導者を裁く裁判が始まりました。
- 1947年|国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本原理とする日本国憲法が効力を持ちました。
- 1960年|英国、スウェーデン、スイスなど7か国による欧州自由貿易連合が正式に動き始めました。
- 1968年|ソルボンヌ閉鎖と学生逮捕を契機に、五月危機がパリ中心部へ拡大しました。
- 1978年|DECの販売担当者がARPANET利用者へ新製品説明会の案内を一斉送信しました。
- 1999年|F5級を含む多数の竜巻が米国中南部を襲い、オクラホマシティ都市圏へ甚大な被害を与えました。
1491年|コンゴ王ンジンガ・ンクウが洗礼を受ける
1491年5月3日、コンゴ王国のンジンガ・ンクウは首都ンバンザ・コンゴで洗礼を受け、ジョアン1世を名乗りました。ポルトガルの宣教師と職人が王国に滞在していました。
改宗は単純な欧州化ではなく、王権強化と外交の選択でした。後継者アフォンソ1世の下で教会制度が広がる一方、大西洋奴隷貿易との関係は深刻な矛盾を生みました。
王国の人々はキリスト教を受動的に受け入れただけでなく、既存の権威と儀礼へ翻訳しました。後世のコンゴ・キリスト教は欧州教会の単純な複製ではありません。
1715年|ハレーが予測した皆既日食
1715年5月3日、英国南部を皆既帯が通過し、ロンドンでも皆既日食が見られました。ハレーはニュートン力学を用いて経路図を公表し、市民へ観測報告を求めました。
過去の天文表より高い精度で自然現象を予報できることを示し、参加型観測で皆既帯の境界も改良されました。理論、印刷メディア、市民科学が結び付いた出来事です。
観測者の報告から実際の皆既帯を地図化したことで、予測誤差を次の理論改良へ返す循環が生まれました。科学的予報は一度の正解ではなく、公開検証の仕組みで強くなります。
1791年|ポーランド5月3日憲法が採択される
1791年5月3日、ワルシャワの四年議会は「統治法」を可決しました。王位世襲、三権分立、都市市民の権利を定め、議員一人で立法を止める自由拒否権を廃しました。
欧州最初級の近代成文憲法とされますが、農民の完全な解放には至りませんでした。周辺国の介入と第二次分割で短命に終わっても、主権回復の象徴になりました。
憲法は理想だけでなく、隣接するロシア、プロイセン、オーストリアから国家を守る制度改革でした。短命だったから影響が小さいのではなく、喪失後の国民統合の象徴になりました。
1802年|ワシントン市が法人化される
1802年5月3日、米国議会はワシントン市法人化法を成立させ、首都に市長と選挙制評議会を置きました。ただし市長は当初、大統領が任命しました。
連邦直轄地の住民がどこまで自治と議会代表を持つかという問題は現在まで続きます。首都の特別な地位と民主的権利の緊張が、建設初期から制度化されました。
首都住民は連邦税を納めながら、現在も連邦議会で州と同等の投票権を持ちません。1802年の限定自治は、ワシントンD.C.州昇格論まで続く代表権問題の源流です。
1837年|アテネ大学が設立される
1837年5月3日、ギリシャ王オソンの名を冠したオソン大学がアテネで開校しました。神学、法学、医学、哲学の4学部から出発しました。開学は新国家の首都整備と人材育成を象徴しました。
後のアテネ国立カポディストリアス大学で、独立国家が行政官と専門家を育成する基盤となりました。古代の権威だけでなく近代国家建設の教育機関として重要です。
開学時の名称や学部構成は後の統合・改称で変わりました。現代大学の成立年を示す際は、現在の組織名が1837年からそのまま使われていたと誤解させない配慮が必要です。
1913年|映画「ラージャ・ハリシュチャンドラ」が公開
1913年5月3日、『ラージャ・ハリシュチャンドラ』がボンベイのコロネーション・シネマで公開されました。現存部分を持つインド初の国産長編劇映画と位置づけられます。
女性役も男性が演じる小規模制作でしたが、神話物語と新技術を結び、巨大なインド映画産業の起点になりました。「最初」の定義は上映形態や現存性を区別して扱います。
フィルムの全編は現存せず、保存される断片と制作記録から初期映画史が再構成されています。映画遺産では「作られた作品」と「今日見られる作品」の差も重要です。
1921年|北アイルランドが制度上成立
1921年5月3日、1920年アイルランド統治法が発効し、アルスター9県のうち6県で北アイルランド制度が始まりました。南側の制度は独立戦争のため実質的に機能しませんでした。
北部の連合維持派多数を前提に引かれた境界は、カトリック少数派の差別と長い紛争の背景になりました。1998年和平合意後も統合か連合維持かは政治課題です。
北アイルランド議会の正式開会は6月22日です。本記事の5月3日は統治法の発効日であり、制度成立、議会選挙、開会式を一つの日にまとめないよう区別しています。
1928年|済南事件で日中両軍が衝突
1928年5月3日、中国山東省済南で国民革命軍と日本軍の衝突が拡大しました。邦人保護を掲げた日本軍と北伐軍の緊張に、発砲と交渉失敗が重なりました。
日本軍は市街を攻撃・占領し、中国側軍民に大きな被害が出ました。責任をめぐる主張は対立し、事件は中国の反日感情と日本の大陸軍事介入を強めました。
死者数や発端をめぐる日中の記録には差があります。そのため数字を断定して対立の責任を単純化せず、日本軍の占領と中国側被害が関係悪化を加速した点を中心に据えます。
1937年|「風と共に去りぬ」がピュリツァー賞を受賞
1937年5月3日、ピュリツァー賞委員会は『風と共に去りぬ』を小説部門受賞作と発表しました。南北戦争と再建期を南部白人女性の視点から描いたベストセラーです。
物語性と文化的影響は大きい一方、奴隷制を美化し黒人を類型化する「失われた大義」の歴史観を広めました。評価には作品の力と人種表象の批判を併記する必要があります。
作品が生まれた1930年代は人種隔離が制度化され、黒人による歴史叙述が主流市場から排除されていました。人気だけを普遍的な歴史像とみなさない読解が求められます。
1946年|極東国際軍事裁判が開廷
1946年5月3日、連合国11か国の判事で構成する極東国際軍事裁判が開廷しました。東条英機らが平和に対する罪、通常の戦争犯罪、人道に対する罪で起訴されました。
1948年まで続き7人が死刑となりました。侵略責任を司法で問う意義と、事後法、天皇不訴追、連合国側行為を裁かなかった「勝者の裁き」という問題を併せ持ちます。
被告は国家ではなく個人で、裁判は日本のすべての戦争被害を扱ったわけではありません。BC級戦犯裁判、各地の被害調査、国内の責任論と合わせて位置づけます。
1947年|日本国憲法が施行
1947年5月3日、前年11月3日に公布された日本国憲法が施行されました。天皇を象徴とし、国会を国権の最高機関、内閣を国会に責任を負う機関としました。
女性参政権や法の下の平等を制度化し、9条は戦争放棄を定めました。制定過程の占領影響と日本側協議、解釈改憲、明文改正をめぐる議論が続いています。
2026年は施行79年です。改憲手続を定める96条の下で一度も明文改正されていませんが、自衛隊、緊急事態、家族、デジタル権利などをめぐる解釈と改正論は続きます。
1960年|EFTA条約が発効
1960年5月3日、ストックホルム条約が発効し、欧州自由貿易連合が成立しました。欧州経済共同体に参加しなかった7か国が工業製品の関税撤廃を進めました。
後に多くの加盟国がEUへ移りましたが、現在もノルウェー、スイス、アイスランド、リヒテンシュタインが参加します。欧州統合が一つの制度だけで進まなかったことを示します。
EFTA加盟国とEUの関係は一様ではありません。ノルウェーなどは欧州経済領域へ参加し、スイスは二国間協定を用います。非EUという一語でも統合の深さは異なります。
1968年|パリで学生と警察が衝突
1968年5月3日、ナンテール校から移った抗議集会を受け、大学当局がソルボンヌを閉鎖しました。警察の構内介入と逮捕に学生が反発し、カルチェ・ラタンで衝突しました。
抗議は大学改革から権威、労働、消費社会への異議へ広がり、全国ストライキへ発展しました。政権は選挙で持ち直しても、教育、職場、文化の規範を揺さぶりました。
五月危機では学生だけでなく、約1000万人規模の労働者がストライキへ参加しました。文化的反乱としての記憶に、賃金、労働条件、工場統制の要求を重ねる必要があります。
1978年|最初の大規模な迷惑電子メールが送信される
1978年5月3日、ゲイリー・サークが米西海岸のARPANET利用者約400人へ広告メールを送りました。受信者の許可を得ない商用一斉送信として、最初のスパムメールと呼ばれます。
ネットワークの共有資源を私的広告へ使ったことが強く批判されました。電子メールの低コストと到達性は利点である一方、迷惑行為と規制の問題を早くから生みました。
「スパム」という呼称が定着するのは後年です。1978年の送信はまだ違法と定められていませんでしたが、利用者共同体の規範を無視した広告として即座に批判されました。
1999年|オクラホマで巨大竜巻災害
1999年5月3日、オクラホマ州と周辺で竜巻群が発生し、ブリッジクリーク―ムーア竜巻などで多数が死亡しました。ドップラーレーダーが極端な風速を観測しました。
警報と報道で多くの避難が行われた一方、住宅の脆弱性と避難場所の不足が露呈しました。後の建築基準、セーフルーム、予報伝達の改善を促しました。個人の判断だけに依存しない避難環境の整備が教訓です。
F5は被害から推定する旧藤田スケールの区分です。レーダーで測った上空の風速を地上被害の等級と直接同一視しないことが、災害情報を正確に読む上で重要です。
5月3日の記念日・世界の祝日
憲法記念日
1947年5月3日の日本国憲法施行を記念する国民の祝日です。2026年は日曜日に当たり、祝日法により最も近い祝日でない5月6日が休日になります。
2026年は日曜日です。翌4日・5日も祝日のため、祝日法第3条第2項により、最も近い祝日でない5月6日水曜日が休日となります。単純に「翌日が振替」と書かない点が重要です。
ポーランド5月3日憲法記念日
1791年の憲法採択を記念するポーランドの国民の祝日です。2026年は日曜日ですが、歴史的日付そのものを祝います。 首都ワルシャワなどで国家式典が行われます。
世界報道自由デー
ユネスコ総会の勧告を受け国連総会が定めた国際デーです。報道の独立、安全、情報へのアクセスを確認し、職務中に命を落とした記者を追悼します。
リトアニア憲法記念日
1791年5月3日のポーランド・リトアニア共和国憲法を記憶する日です。リトアニアでは記念日ですが、2026年の法定公休日一覧上の休日とは区別します。
博多どんたく港まつり
福岡市で例年5月3日・4日に行われる市民祭りです。博多松囃子を源流とし、花自動車、演舞台、パレードで街を巡ります。 雨天を含む開催情報は主催者発表で確認します。
浜松まつり
静岡県浜松市で例年5月3日から5日に開催される行事です。昼の凧揚げ合戦と夜の御殿屋台引き回しで、子どもの誕生と地域の結び付きを祝います。
そうじの日
日本そうじ協会が「ご(5)み(3)」の語呂から制定した啓発記念日です。単なる片付けでなく、職場や家庭の環境を整え、物を生かす習慣を広げます。
五三焼カステラの日
長崎の菓子会社・和泉屋が、卵黄と卵白を「五対三」の配合で用いるとされる五三焼にちなみ5月3日に制定した企業記念日です。 一般のカステラより卵黄を多く使う製法です。
リカちゃんの誕生日
タカラトミーの着せ替え人形「リカちゃん」は公式プロフィールで5月3日生まれとされています。1967年の発売以来、服飾と家族像の変化を映してきました。
国際ヒョウの日
生息地の分断、密猟、人との衝突で減少するヒョウと地域個体群の保全を訴える国際的な啓発日です。国連の法定国際デーや公休日ではありません。
ゴールデンウィーク後半
2026年は5月3日から6日まで日本の休日が連続します。5月6日は独立した名称の祝日ではなく、日曜と重なった憲法記念日に由来する祝日法上の休日です。
今日(2026年5月3日)が祝日の国
2026年5月3日は日曜日で、日本では憲法記念日です。ポーランドも5月3日憲法記念日の国民の祝日とし、キルギスでは5月1日から8日までの連続休日中です。国連・ユネスコは世界報道自由デーを実施します。日本では日曜重複により5月6日が休日になります。
- 日本|憲法記念日(国民の祝日・日曜日)
- ポーランド|5月3日憲法記念日(国民の祝日)
- キルギス|メーデー連休(2026年は5月1~8日が休日)
- 国連・ユネスコ|世界報道自由デー
- 福岡市|博多どんたく港まつり(3~4日)
- 浜松市|浜松まつり(3~5日)
5月3日が誕生日の有名人
ニッコロ・マキャヴェッリ(1469年生)
『君主論』『政略論』で権力、制度、市民軍を現実の歴史から考察し、近代政治思想へ大きな影響を与えました。
目的のために手段を選ばない思想家という通俗像だけでは不十分です。彼は共和国の制度、法、軍事、市民的徳も重視し、分裂したイタリアの政治的自立を考えました。
ジェイコブ・リース(1849年生)
ニューヨークの貧困地区を写真と文章で記録し、住宅衛生改革を促しました。撮影者の視線と表象の問題も検討されます。
ジョージ・パジェット・トムソン(1892年生)
電子回折を実験で示し、電子の波動性を確認しました。父J・J・トムソンの粒子発見と対照的な成果です。
ドディー・スミス(1896年生)
児童文学『百一匹わんちゃん』と小説『カサンドラの城』で、家族、階級、動物への愛を描きました。
ゴルダ・メイア(1898年生)
イスラエル第4代首相として第四次中東戦争に直面しました。建国指導者としての役割とパレスチナ人に関する発言が論争的です。
首相在任期を女性指導者の先駆けとして評価するだけでなく、占領政策、パレスチナ人の存在を否定する趣旨の発言、第四次中東戦争への備えを批判的に検証します。
アルフレッド・カストレル(1902年生)
光ポンピング法を開発し原子のエネルギー状態を精密制御しました。1966年ノーベル物理学賞受賞者です。
ビング・クロスビー(1903年生)
マイクを生かした親密な歌唱で録音・ラジオ・映画を横断し、「ホワイト・クリスマス」などを世界へ広めました。
ピート・シーガー(1919年生)
民謡を社会運動へ結び、労働、公民権、反戦、環境保護を歌いました。赤狩りで放送から排除された経験も持ちます。
シーガーは古い歌を保存するだけでなく、聴衆が一緒に歌う場を政治参加へ変えました。ハドソン川の環境保全では帆船クリアウォーターを使い、音楽と地域運動を結びました。
シュガー・レイ・ロビンソン(1921年生)
ウェルター級・ミドル級で長く活躍し、速度、連打、足運びを統合した技術でパウンド・フォー・パウンドの基準となりました。
ジェームス・ブラウン(1933年生)
強い一拍目、反復リズム、掛け合いでファンクを確立し、ソウル、ヒップホップ、ダンスへ決定的な影響を与えました。
ステージ上の掛け声や即興に聞こえる部分も、バンドへ厳密なリズム規律を求めた結果でした。その音源はヒップホップで大量にサンプリングされ、新しい著作権問題も生みました。
5月3日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1469 | ニッコロ・マキャヴェッリ | 外交官・思想家 |
| 1678 | アマロ・パルゴ | 商人・私掠船長 |
| 1764 | エリーザベト・ド・フランス | フランス王族 |
| 1849 | ジェイコブ・リース | 写真家・社会改革家 |
| 1877 | カール・アブラハム | 精神分析家 |
| 1892 | ジョージ・パジェット・トムソン | 物理学者 |
| 1896 | ドディー・スミス | 作家・劇作家 |
| 1898 | ゴルダ・メイア | イスラエル首相 |
| 1902 | アルフレッド・カストレル | 物理学者 |
| 1903 | ビング・クロスビー | 歌手・俳優 |
| 1906 | メアリー・アスター | 俳優 |
| 1913 | ウィリアム・インジ | 劇作家 |
| 1917 | ベティ・コムデン | 脚本家・作詞家 |
| 1919 | ピート・シーガー | フォーク歌手 |
| 1921 | シュガー・レイ・ロビンソン | ボクサー |
| 1928 | ジュリアン・シトコヴェツキー | ヴァイオリニスト |
| 1933 | ジェームス・ブラウン | 歌手 |
| 1934 | フランキー・ヴァリ | 歌手 |
| 1946 | グレッグ・ガンベル | スポーツキャスター |
| 1947 | ダグ・ヘニング | 奇術師 |
| 1949 | ケン・ホム | 料理人・料理研究家 |
| 1950 | メリー・ホプキン | 歌手 |
| 1951 | クリストファー・クロス | 歌手 |
| 1959 | 竹内和憲 | 元プロ野球選手 |
| 1961 | スティーヴ・マクラーレン | サッカー指導者 |
| 1975 | クリスティナ・ヘンドリックス | 俳優 |
| 1975 | デュレ・ヒル | 俳優 |
| 1976 | 乙武洋匡 | 作家・教育活動家 |
| 1977 | エリック・チャーチ | 歌手 |
| 1984 | ナム・サンミ | 俳優 |
| 1996 | ノア・マンク | 俳優 |
5月3日が命日の有名人
ベーラ4世(1270年没)
モンゴル侵攻後に城塞都市と石造城を整備し、荒廃した王国の再建を進めたため「第二の建国者」と呼ばれます。
メフメト2世(1481年没)
1453年にコンスタンティノープルを攻略し、行政・宗教共同体を整えながら帝国を拡大しました。
「征服者」は東ローマ帝都を破壊しただけでなく、正教会総主教座を存続させ、旧都を多宗教・多言語の帝国首都へ再編しました。征服と都市再生の両面があります。
ハインリヒ・ビーバー(1704年没)
特殊調弦を用いた「ロザリオのソナタ」などで、バロック期ヴァイオリン技法と描写表現を拡張しました。
ペール・ヘンリク・リング(1839年没)
解剖学と運動を結び付けたスウェーデン体操を体系化し、学校体育、理学療法、マッサージへ影響しました。
アドルフ・アダン(1856年没)
バレエ『ジゼル』とクリスマス歌曲「さやかに星はきらめき」の旋律で知られます。
パトリック・ピアース(1916年没)
イースター蜂起の共和国宣言を読み上げ、英軍の軍法会議後に処刑されました。処刑は独立支持を拡大しました。
ロベルト・ミヘルス(1936年没)
組織が少数指導者へ権力を集中させる「寡頭制の鉄則」を論じ、政党・官僚制研究へ影響しました。
リチャード・ホフスタッター(1970年没)
米国政治の反知性主義、改革運動、陰謀的思考を分析し、政治文化史の議論を形成しました。
ダリダ(1987年没)
イタリア出身でフランス語圏を中心に多言語で歌い、シャンソンからディスコまで大衆音楽を横断しました。
ナルシソ・イエペス(1997年没)
10弦ギターを用い、映画『禁じられた遊び』の音楽と古楽復興でクラシックギターを広めました。
カレル・アペル(2006年没)
芸術家集団CoBrAの共同創設者として、鮮烈な色と自発的な線で戦後欧州美術に反アカデミズムを示しました。
ウォルター・シラー(2007年没)
マーキュリー、ジェミニ、アポロの3計画全てで飛行し、アポロ7号で有人飛行再開を成功させました。
ゲーリー・ベッカー(2014年没)
教育、家族、犯罪、差別へ経済学的選択モデルを広げました。説明力と同時に、人間行動の単純化も論争を呼びました。
スタニスラフ・シュシケビッチ(2022年没)
ベロヴェーシ合意へ署名しソ連解体を決定づけました。独立後は権威主義政権への反対を続けました。
5月3日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1152 | マティルダ・オブ・ブローニュ | イングランド王妃 |
| 1270 | ベーラ4世 | ハンガリー王 |
| 1481 | メフメト2世 | オスマン帝国皇帝 |
| 1704 | ハインリヒ・ビーバー | 作曲家・ヴァイオリニスト |
| 1758 | ベネディクトゥス14世 | ローマ教皇 |
| 1839 | ペール・ヘンリク・リング | 体育教育者 |
| 1856 | アドルフ・アダン | 作曲家 |
| 1916 | パトリック・ピアース | アイルランド独立運動家 |
| 1916 | トーマス・クラーク | アイルランド独立運動家 |
| 1916 | トーマス・マクドナー | 詩人・独立運動家 |
| 1936 | ロベルト・ミヘルス | 社会学者 |
| 1969 | ザキール・フセイン | インド大統領 |
| 1970 | リチャード・ホフスタッター | 歴史家 |
| 1987 | ダリダ | 歌手 |
| 1989 | クリスティーン・ジョーゲンセン | 俳優・活動家 |
| 1991 | イェジー・コシンスキ | 作家 |
| 1997 | ナルシソ・イエペス | ギタリスト |
| 2002 | バーバラ・キャッスル | 英国政治家 |
| 2006 | カレル・アペル | 画家 |
| 2007 | ウォルター・シラー | 宇宙飛行士 |
| 2014 | ゲーリー・ベッカー | 経済学者 |
| 2016 | カール・フレドリック・ロイテルスワルト | 芸術家 |
| 2022 | スタニスラフ・シュシケビッチ | ベラルーシ最高会議議長 |
5月3日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月3日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 日曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月3日 |
| 旧暦 | 2026年3月17日 |
| 六曜 | 先勝 |
| 干支 | 丁丑(ひのとうし) |
| 二十四節気 | 穀雨の期間(2026年の穀雨は4月20日10時39分、立夏は5月5日20時49分) |
| 七十二候 | 牡丹華(ぼたんはなさく) |
| 月齢 | 15.6(東京・正午) |
| 十二直 | 納(おさん) |
| 日本の祝日 | 憲法記念日 |
2026年5月3日の暦を読む
2026年5月3日は日曜日、憲法記念日、旧暦3月17日です。二十四節気は穀雨、七十二候は「牡丹華」。東京の正午月齢は15.6、六曜は先勝、干支は丁丑、十二直は納です。5月6日が祝日法上の休日になります。
主な確認資料
- 内閣府・国民の祝日について
- 衆議院・日本国憲法
- ユネスコ・World Press Freedom Day
- ポーランド大統領府・Constitution of 3 May
- 国立国会図書館・日本国憲法の誕生
- 東京大学・極東国際軍事裁判記録
- EFTA・History
- Computer History Museum・First Spam Email
- NOAA・May 3 1999 tornado outbreak
- 福岡市・博多どんたく港まつり
- キルギス労働省発表・2026年の休日
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
