
4月18日、今日は何の日?
2026年4月18日(土曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1906年のサンフランシスコ地震、1942年のドーリットル空襲、1955年のバンドン会議開幕。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1906年のサンフランシスコ地震/1942年のドーリットル空襲/1955年のバンドン会議開幕 |
| 代表的な記念日 | 国際記念物遺跡デー・世界遺産の日/世界アマチュア無線の日/ジンバブエ独立記念日 |
| 2026年の暦 | 土曜日・旧暦2026年3月2日・国民の祝日ではありません |
- 4月18日に起きた主な事件
- 1506年|現在のサン・ピエトロ大聖堂が着工
- 1521年|ルターがヴォルムスで撤回を拒否
- 1775年|ポール・リビアらが警報を伝える
- 1864年|デュッペル要塞が陥落
- 1902年|グアテマラ地震
- 1906年|サンフランシスコ地震
- 1912年|カルパチア号がタイタニック生存者とニューヨークへ到着
- 1923年|ヤンキー・スタジアムが開場
- 1938年|スーパーマンがコミックに初登場
- 1942年|ドーリットル空襲
- 1943年|山本五十六が戦死
- 1946年|国際司法裁判所が初会合
- 1946年|ジャッキー・ロビンソンがマイナーリーグ公式戦に出場
- 1949年|アイルランド共和国法が発効
- 1955年|バンドン会議が開幕
- 1980年|ジンバブエが独立
- 4月18日の記念日・世界の祝日
- 4月18日が誕生日の有名人
- 4月18日が命日の有名人
- 4月18日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年4月18日の暦
4月18日に起きた主な事件
- 1506年|ローマでルネサンス期の新しい大聖堂の礎石が置かれ、長期建設が始まりました。
- 1521年|マルティン・ルターが皇帝の前で、確信に反して著作を撤回できないと表明しました。
- 1775年|英国軍の進軍を植民地側へ知らせる騎行が行われ、独立戦争最初の戦闘へつながりました。
- 1864年|第二次シュレースヴィヒ戦争でプロイセン軍がデンマークの防衛線を攻略しました。
- 1902年|グアテマラ西部で大地震が起き、ケツァルテナンゴなどに壊滅的被害を与えました。
- 1906年|大地震とその後の火災が市街地を破壊し、3000人以上が死亡しました。
- 1912年|救助船が生存者705人を乗せて入港し、沈没事故の全容が社会へ伝わりました。
- 1923年|ニューヨークで巨大な野球場が開場し、ベーブ・ルースが初戦で本塁打を放ちました。
- 1938年|「アクション・コミックス」第1号が発売され、現代的スーパーヒーロー像を確立しました。
- 1942年|米陸軍のB-25爆撃機16機が空母から発進し、日本本土を初めて空襲しました。
- 1943年|米軍が暗号情報を基に山本五十六連合艦隊司令長官の搭乗機を待ち伏せ撃墜しました。
- 1946年|国連の主要司法機関がハーグの平和宮で正式に活動を開始しました。
- 1946年|モントリオール・ロイヤルズで開幕戦に出場し、組織野球の人種障壁を崩す過程が始まりました。
- 1949年|アイルランドが共和国であることを宣言し、英連邦との最後の制度的結び付きを終えました。
- 1955年|アジア・アフリカ29か国が集まり、植民地主義、平和共存、経済協力を議論しました。
- 1980年|白人少数支配下のローデシアから、ジンバブエ共和国として国際的独立を達成しました。
1506年|現在のサン・ピエトロ大聖堂が着工
1506年4月18日、教皇ユリウス2世がブラマンテ設計による新サン・ピエトロ大聖堂の礎石を置きました。老朽化した4世紀の旧聖堂を置き換える巨大計画で、使徒ペトロの墓所とされる地に建てられました。
建設はミケランジェロ、マデルノ、ベルニーニらへ引き継がれ、完成まで1世紀以上を要しました。資金調達の贖宥状販売は宗教改革の火種となり、芸術史と宗教史が交差する建築です。
1521年|ルターがヴォルムスで撤回を拒否
1521年4月18日、前日に回答を猶予されたルターはヴォルムス帝国議会へ再び出席しました。聖書または明白な理性によって誤りを示されない限り、著作を一括して撤回しないと述べました。
後世有名になった「ここに私は立つ」という文言は同時代記録で確実ではありません。それでも審問は良心、教会権威、世俗権力の関係を象徴し、宗教改革の分岐点となりました。
1775年|ポール・リビアらが警報を伝える
1775年4月18日夜、英国軍がコンコードの軍需品押収へ向かうとの情報を受け、ポール・リビア、ウィリアム・ドーズらがボストン周辺へ警報を伝えました。教会の灯火も進軍経路を知らせました。
翌19日にレキシントンとコンコードで戦闘が始まりました。物語はリビア一人の英雄譚として広まりましたが、実際には女性や黒人を含む広い情報網と複数の騎手が動いた集団行動でした。
1864年|デュッペル要塞が陥落
1864年4月18日、長期砲撃後のプロイセン軍がデュッペル堡塁へ総攻撃を行い、デンマーク軍を敗走させました。後装式ドライゼ銃や周到な塹壕接近が攻撃側の優位を支えました。
デンマークはシュレースヴィヒとホルシュタインを失い、国民国家の方向を内向きに変えました。両公国の処理をめぐるプロイセンとオーストリアの対立は、ドイツ統一戦争の次段階へつながりました。
1902年|グアテマラ地震
1902年4月18日夜、推定マグニチュード7.5の地震がグアテマラ西部を襲いました。石造・日干しれんが建物が崩れ、死者は800人から2000人と史料に幅があります。
同年にはサンタ・マリア火山の大噴火も起き、地域社会は複合災害に直面しました。正確な統計が乏しい時代の災害では、単一の死者数を断定せず推計幅を示すことが重要です。
1906年|サンフランシスコ地震
1906年4月18日午前5時12分ごろ、サンアンドレアス断層が約470キロにわたり破壊し、推定マグニチュード7.8の地震が起きました。建物倒壊に加え、水道管破損で消火できず火災が3日間拡大しました。
市人口の半数を超える約25万人が住居を失いました。地表変位の調査から弾性反発説が発展し、近代地震学の基礎となりましたが、中国系住民などへの差別的復興計画もありました。
当時の公式死者数は大幅に過小集計され、現在は3000人以上と考えられています。保険金を得るため損壊家屋へ放火した例もあり、地震と火災の被害区分は復興金融にも影響しました。
1912年|カルパチア号がタイタニック生存者とニューヨークへ到着
1912年4月18日夜、キュナード社のカルパチア号がタイタニック号生存者を乗せ、雨のニューヨークへ到着しました。4月15日未明の沈没後、救命艇から705人を収容していました。
家族と報道陣が埠頭へ集まり、救命艇不足や無線運用、氷山情報の扱いが議会調査で検証されました。事故は海上人命安全条約や国際氷山監視など、安全制度の強化を促しました。
1923年|ヤンキー・スタジアムが開場
1923年4月18日、ブロンクスのヤンキー・スタジアムでヤンキース対レッドソックスの開幕戦が行われました。約7万4000人が詰めかけ、ベーブ・ルースの3点本塁打などでヤンキースが勝ちました。
「ルースが建てた家」と呼ばれ、球団の全国的人気とプロスポーツの大規模興行化を象徴しました。旧球場は改修を経て2008年まで使用され、隣接地の新球場へ役割を譲りました。
1938年|スーパーマンがコミックに初登場
1938年4月18日、表紙日付を6月とする「アクション・コミックス」第1号がニューススタンドへ出荷・発売され、ジェリー・シーゲル原作、ジョー・シャスター作画のスーパーマンが登場しました。
移民の子として正体を隠し、弱者を守る設定は大恐慌期の不安へ応えました。出版文化と映画・テレビ・商品展開を変えた一方、作者と出版社の権利・報酬をめぐる長い争いも残しました。
1942年|ドーリットル空襲
1942年4月18日、ジェームズ・ドーリットル中佐率いるB-25が空母ホーネットから発進し、東京、横浜、名古屋、神戸などを爆撃しました。軍事的損害は限定的でしたが、日本本土が攻撃可能だと示しました。
米国では真珠湾攻撃後の士気を高め、日本軍は防衛圏拡大を急ぎミッドウェー作戦へ傾きました。搭乗員を助けた中国住民に対して日本軍が大規模報復を行った点も作戦の代償です。
16機はいずれも中国方面へ向かい、燃料不足や悪天候で不時着・脱出しました。80人の搭乗員の多くは帰還しましたが、捕虜となった8人のうち3人が処刑されました。
1943年|山本五十六が戦死
1943年4月18日、ブーゲンビル島上空で米陸軍航空隊のP-38戦闘機が山本の一式陸上攻撃機を撃墜しました。日本海軍の暗号解読で視察日程を得た「ヴェンジェンス作戦」でした。
真珠湾攻撃を指揮した象徴的司令官の死は日本軍の士気へ打撃となり、発表は5月まで伏せられました。情報戦の重要性と、暗号解読能力を秘匿しながら利用する難しさを示します。
1946年|国際司法裁判所が初会合
1946年4月18日、国際司法裁判所がオランダ・ハーグで開廷式を行いました。国際連盟の常設国際司法裁判所を引き継ぎ、国家間紛争の裁判と国連機関への勧告的意見を担います。
当事国の同意が管轄の基礎で、個人を裁く国際刑事裁判所とは別組織です。判決の履行には政治的限界がありますが、領土、海洋、外交関係など国際法を具体化してきました。
裁判所は15人の裁判官で構成され、同じ国籍の裁判官を2人置けません。国家だけが訴訟当事者になれる点、判決は当事国を拘束する点を、個人の戦争犯罪を扱う裁判所と区別します。
1946年|ジャッキー・ロビンソンがマイナーリーグ公式戦に出場
1946年4月18日、ロビンソンはジャージーシティでロイヤルズの二塁手として公式戦へ出場し、本塁打を含む4安打を記録しました。20世紀の組織野球で人種統合を進める重要な一歩でした。
翌1947年にブルックリン・ドジャースでメジャーリーグへ昇格しました。功績は一人の勇気だけでなく、黒人リーグの選手、記者、地域活動家が築いた長い反差別運動の上にあります。
1949年|アイルランド共和国法が発効
1949年4月18日、1948年アイルランド共和国法が発効し、大統領が対外的国家代表を担うことが明確になりました。復活祭蜂起の記念日に近いイースターマンデーが発効日に選ばれました。
英国はアイルランドを共和国として扱い、英連邦加盟は終わりました。一方、北アイルランドは英国に残り、その地位は住民多数の同意なしに変えないとする英国法も同年成立しました。
1955年|バンドン会議が開幕
1955年4月18日、インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議が始まりました。スカルノ、ネルー、周恩来、ナセルらの政府が参加し、冷戦二大陣営とは異なる外交空間を模索しました。
最終声明は主権尊重、内政不干渉、人種差別反対、平和的紛争解決など十原則を掲げました。参加国の利害は多様でしたが、脱植民地化と1961年の非同盟運動形成へ大きな力を与えました。
会議は24日に十原則を採択して閉幕しました。「第三世界」が一枚岩だったのではなく、親西側国、社会主義国、中立主義国が植民地主義反対という共通点を探った場でした。
1980年|ジンバブエが独立
1980年4月18日、ランカスター・ハウス協定と選挙を経てジンバブエが独立し、ロバート・ムガベが首相となりました。首都ソールズベリーの式典で英国旗が降ろされ、新国旗が掲げられました。
長い解放闘争と制裁を終え、多数支配へ移行した歴史的達成です。その後はグクラフンディ虐殺、権力集中、土地改革と経済危機が起き、独立の理想と統治の検証を分けて考える必要があります。
4月18日の記念日・世界の祝日
国際記念物遺跡デー・世界遺産の日
ICOMOSが1982年に提案し、ユネスコ総会が翌年承認した文化遺産の国際デーです。英語ではInternational Day for Monuments and Sitesとされ、世界遺産だけに限定されません。
世界アマチュア無線の日
国際アマチュア無線連合が1925年4月18日にパリで設立されたことを記念します。実験、技術教育、災害時通信に携わる無線愛好家の国際的な活動を伝える日です。
ジンバブエ独立記念日
1980年4月18日の独立を記念する国の祝日です。2026年は土曜日に当たり、式典や追悼が行われます。独立の達成と、その後の政治・経済史を切り分けずに紹介します。
発明の日
特許庁などが、1885年4月18日に専売特許条例が公布されたことを記念して1954年に制定しました。発明を社会へ生かす知的財産制度を考える日で、日本の国民の祝日ではありません。
専売特許条例は同年7月1日に施行され、初の特許は8月14日に付与されました。公布日・施行日・最初の登録日を混同せず、4月18日は条例が公布された日を記念しています。日本の近代的な特許制度が形を整え始めた節目として位置づけられます。
よい歯の日
日本歯科医師会が「よ(4)い(1)歯(8)」の語呂から設定した歯科保健の啓発日です。11月8日の「いい歯の日」とともに、日常の口腔ケアと定期受診を促します。
お香の日
全国薫物線香組合協議会が制定しました。『日本書紀』に香木が4月に淡路島へ漂着した記述があることと、「香」の字を一・十・八に分けられることを日付の由来とします。
三重県民の日
1876年4月18日に安濃津県と度会県が合併して現在の三重県がおおむね成立したことを記念し、県条例により1976年に制定されました。県施設の無料開放などが行われることがあります。
ガーベラ記念日
全国ガーベラ生産者交流会が、国産ガーベラの出荷最盛期であり、1958年4月に国内初の品種登録が行われたことから制定しました。4・1・8を「よい花」と読む意味も重ねます。
ウッドデッキの日
木製エクステリアを扱う中川木材産業が制定した企業記念日です。4月が販売期で、「ウッド」の濁点を4、「デッキ」を18と見立てる由来があり、建築上の制定日ではありません。
毛穴の日
化粧品会社ドクターシーラボが「よ(4)い(1)は(8)だ」の語呂から制定した企業記念日です。洗浄し過ぎを避け、紫外線や乾燥も含めた皮膚の健康を考える機会とされます。
成人病予防の日
健康管理関連企業が「し(4)あわせ、いっぱい(18)」の語呂から提唱した啓発日です。現在は生活習慣病という語が一般的で、健診、運動、食事を継続的に見直す契機とします。
今日(2026年4月18日)が祝日の国
2026年4月18日は土曜日です。ジンバブエでは独立記念日の公休日です。国際記念物遺跡デーと世界アマチュア無線の日は国際的啓発日で、一律の休日ではありません。日本は国民の祝日ではありません。
- ジンバブエ|独立記念日(公休日)
- 世界各地|国際記念物遺跡デー(文化遺産の国際デー)
- 世界各地|世界アマチュア無線の日(啓発日)
- 日本・三重県|県民の日(記念日、国民の祝日ではない)
- 日本|国民の祝日ではありません
4月18日が誕生日の有名人
ルクレツィア・ボルジア(1480年生)
政略結婚と反ボルジア宣伝により毒婦像が作られましたが、フェラーラでは文化を保護し、統治実務も担いました。史料に基づく再評価が進んでいます。
アフメト1世(1590年生)
若くして即位し、イスタンブールのスルタンアフメト・モスク建設を命じました。王位継承で兄弟殺しを回避したことも後の慣行へ影響しました。
ジャコモ・カリッシミ(1605年生)
ラテン語オラトリオを発展させ、明瞭な語りと合唱の劇的対比でバロック宗教音楽へ大きく影響しました。代表作に『イェフタ』があります。
デヴィッド・リカード(1772年生)
比較優位の理論により、各国が相対的に得意な生産へ特化する貿易利益を説明しました。地代論と分配論も古典派経済学の柱です。
ジェームズ・マキューン・スミス(1813年生)
米国で医学学位を得た最初のアフリカ系米国人となり、診療と統計的論考で人種差別的疑似科学へ反論しました。
フランツ・フォン・スッペ(1819年生)
ウィーン・オペレッタの基礎を築き、『軽騎兵』『詩人と農夫』の序曲は演奏会でも広く親しまれています。劇場音楽を多数残しました。
クラレンス・ダロウ(1857年生)
労働運動家の弁護やスコープス裁判で知られ、死刑反対と思想・教育の自由を訴えました。法廷弁論を社会改革へ結び付けました。
レオポルド・ストコフスキー(1882年生)
オーケストラ配置と音色を大胆に工夫し、映画『ファンタジア』でクラシック音楽を大衆へ届けました。新作と現代作曲家も積極的に紹介しました。
ジョージ・ヒッチングス(1905年生)
代謝拮抗物質を合理的に設計し、白血病、移植、感染症の治療薬開発へ道を開きました。1988年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。
アンドレ・バザン(1918年生)
長回しと深い焦点を重視するリアリズム論を展開し、「カイエ・デュ・シネマ」創刊を通じてヌーヴェルヴァーグの監督たちを育てました。
映画を現実の痕跡として尊重する議論は、編集を否定する単純な教義ではありません。観客が画面内の関係を選び取る余地を重視した理論として読まれます。『カイエ』の若い批評家たちが監督へ転じ、作家主義を世界へ広げました。
橋本忍(1918年生)
黒澤明『羅生門』『七人の侍』などで共同脚本を担い、多視点構成と緊密なドラマ設計を日本映画へ定着させました。『砂の器』も代表作です。
エスター・アファ・オクロ(1919年生)
ガーナで食品事業を起こし、女性の小規模融資と技能育成を進めました。女性世界銀行の共同創設者としてマイクロファイナンスを広げました。
コナン・オブライエン(1963年生)
深夜番組で自己言及的な笑い、即興、リモート企画を発展させました。脚本家出身で、テレビからポッドキャストへ活動領域を広げました。
4月18日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1480 | ルクレツィア・ボルジア | フェラーラ公妃 |
| 1580 | トマス・ミドルトン | 劇作家 |
| 1590 | アフメト1世 | オスマン帝国スルタン |
| 1605 | ジャコモ・カリッシミ | 作曲家 |
| 1772 | デヴィッド・リカード | 経済学者 |
| 1813 | ジェームズ・マキューン・スミス | 医師・奴隷制度廃止運動家 |
| 1819 | カルロス・マヌエル・デ・セスペデス | キューバ独立運動家 |
| 1819 | フランツ・フォン・スッペ | 作曲家 |
| 1838 | ポール・エミール・ルコック・ド・ボアボードラン | 化学者 |
| 1857 | クラレンス・ダロウ | 弁護士 |
| 1882 | レオポルド・ストコフスキー | 指揮者 |
| 1905 | ジョージ・ヒッチングス | 薬理学者 |
| 1907 | ミクロス・ローザ | 作曲家 |
| 1918 | アンドレ・バザン | 映画批評家 |
| 1918 | 橋本忍 | 脚本家 |
| 1919 | エスター・アファ・オクロ | 実業家・女性支援活動家 |
| 1924 | クラレンス・ゲイトマウス・ブラウン | 音楽家 |
| 1941 | マイケル・D・ヒギンズ | アイルランド大統領 |
| 1942 | ヨッヘン・リント | レーシングドライバー |
| 1946 | ヘイリー・ミルズ | 俳優 |
| 1947 | ジェームズ・ウッズ | 俳優 |
| 1956 | エリック・ロバーツ | 俳優 |
| 1963 | コナン・オブライエン | 司会者・コメディアン |
| 1971 | デイヴィッド・テナント | 俳優 |
| 1976 | メリッサ・ジョーン・ハート | 俳優 |
| 1979 | コートニー・カーダシアン | メディア出演者 |
| 1984 | アメリカ・フェレーラ | 俳優・プロデューサー |
4月18日が命日の有名人
ジョン・グラント(1674年没)
ロンドンの死亡表を数量的に分析し、死亡原因、性比、都市人口を推計しました。公衆衛生統計と人口学の創始者の一人です。
エラズマス・ダーウィン(1802年没)
詩と科学書で生物の共通起源や変化を推測し、発明家・医師としても活動しました。孫チャールズ以前の進化思想史で重要です。
ユストゥス・フォン・リービッヒ(1873年没)
有機化学の分析法と実験教育を発展させ、植物栄養を化学的に説明しました。肥料利用を促した一方、単純化された農業応用には限界もありました。
ギュスターヴ・モロー(1898年没)
神話と聖書を宝石のような色彩・細部で描き、象徴主義の先駆となりました。美術学校教師としてマティスやルオーを育てました。
オットリーノ・レスピーギ(1936年没)
『ローマの噴水』『ローマの松』『ローマの祭り』で巨大な管弦楽色彩を用い、古楽への関心と近代オーケストレーションを結び付けました。
山本五十六(1943年没)
連合艦隊司令長官として真珠湾攻撃を指揮しました。対米戦の長期化へ懸念を持ちながら作戦を遂行した責任も含め、神話化せず評価する必要があります。
ジョン・アンブローズ・フレミング(1945年没)
熱電子二極管を発明し、無線信号の検波と真空管電子工学の発展へ道を開きました。電気工学教育と標準化にも貢献しました。
アーニー・パイル(1945年没)
名もない兵士の生活と恐怖を平易に伝え、ピュリツァー賞を受賞しました。沖縄近くの伊江島で日本軍の銃撃により死亡しました。
アルベルト・アインシュタイン(1955年没)
相対性理論と光量子仮説で時空・重力・量子の理解を変えました。核兵器への警告、難民支援、人種差別反対にも発言しました。
一般相対性理論は重力を時空の曲がりとして捉え、ブラックホール、宇宙膨張、重力波研究の基盤になりました。本人は量子力学の確率解釈へ生涯批判的でした。
マルセル・パニョル(1974年没)
南フランスの言葉と生活を戯曲・映画へ移し、『マリウス』三部作や自伝的作品で舞台と映画の語りを結びました。
トール・ヘイエルダール(2002年没)
コンティキ号で太平洋を横断し古代航海の可能性を実験しました。学説には批判がある一方、実験考古学と海洋文化への関心を広げました。
ブルーノ・サンマルチノ(2018年没)
長期間のWWWF王座保持で移民社会の英雄となり、力強いベビーフェース像を確立しました。引退後は薬物問題への批判でも知られます。
4月18日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1674 | ジョン・グラント | 人口統計学者 |
| 1802 | エラズマス・ダーウィン | 医師・博物学者 |
| 1859 | タチヤ・トーペー | インド反乱指導者 |
| 1873 | ユストゥス・フォン・リービッヒ | 化学者 |
| 1898 | ギュスターヴ・モロー | 画家 |
| 1936 | オットリーノ・レスピーギ | 作曲家 |
| 1943 | 山本五十六 | 海軍軍人 |
| 1945 | ジョン・アンブローズ・フレミング | 電気技術者 |
| 1945 | アーニー・パイル | 従軍記者 |
| 1955 | アルベルト・アインシュタイン | 理論物理学者 |
| 1964 | ベン・ヘクト | 脚本家・作家 |
| 1974 | マルセル・パニョル | 作家・映画監督 |
| 1995 | アルトゥーロ・フロンディシ | アルゼンチン大統領 |
| 2002 | トール・ヘイエルダール | 探検家 |
| 2004 | カミセセ・マラ | フィジー首相・大統領 |
| 2012 | ディック・クラーク | テレビ司会者・プロデューサー |
| 2018 | ブルーノ・サンマルチノ | プロレスラー |
4月18日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡羊座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 4月の誕生石 | ダイヤモンド、モルガナイト |
2026年4月18日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 土曜日 |
| 和暦 | 令和8年4月18日 |
| 旧暦 | 2026年3月2日 |
| 六曜 | 仏滅 |
| 干支 | 壬戌(みずのえいぬ) |
| 二十四節気 | 清明の期間(2026年の清明は4月5日3時40分、穀雨は4月20日10時39分) |
| 七十二候 | 虹始見(にじはじめてあらわる) |
| 月齢 | 0.6(東京・正午) |
| 十二直 | 破(やぶる) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年4月18日の暦を読む
2026年4月18日は土曜日、旧暦3月2日です。東京の正午月齢は0.6で、17日から18日にかけて新月を迎えた直後です。二十四節気は清明、七十二候は「虹始見」、六曜は仏滅、十二直は破です。ジンバブエでは独立記念日の公休日です。
主な確認資料
- USGS・1906 San Francisco Earthquake
- 米空軍国立博物館・Doolittle Raid
- 国際司法裁判所・History
- MLB・Jackie Robinson history
- アイルランド法令集・Republic of Ireland Act
- インドネシア外務省・Asian-African Conference
- ジンバブエ政府・Public holidays
- ICOMOS・International Day for Monuments and Sites
- IARU・World Amateur Radio Day
- 特許庁・発明の日
- 三重県・県民の日
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年4月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
