4月19日は何の日?主な事件・記念日・世界の祝日・今日の暦を紹介

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4月19日、今日は何の日?

2026年4月19日(日曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。

まず注目したいのは、1775年のレキシントン・コンコードの戦い、1943年のワルシャワ・ゲットー蜂起、1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。

早わかり内容
歴史の注目項目1775年のレキシントン・コンコードの戦い/1943年のワルシャワ・ゲットー蜂起/1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件
代表的な記念日飼育の日/地図の日・最初の一歩の日/食育の日(毎月19日)
2026年の暦日曜日・旧暦2026年3月3日・国民の祝日ではありません
目次
  1. 4月19日に起きた主な事件
  2. 4月19日の記念日・世界の祝日
  3. 4月19日が誕生日の有名人
  4. 4月19日が命日の有名人
  5. 4月19日の星座・誕生花・誕生石
  6. 2026年4月19日の暦

4月19日に起きた主な事件

  • 1713年|神聖ローマ皇帝カール6世がハプスブルク領を女性も一括相続できると定めました。
  • 1770年|エンデバー号の一行が欧州人としてオーストラリア東海岸を記録しました。
  • 1775年|英国正規軍と植民地民兵が衝突し、アメリカ独立戦争の武力戦が始まりました。
  • 1782年|オランダ共和国がジョン・アダムズを外交使節として受け入れ、米国独立を正式承認しました。
  • 1839年|欧州列強とオランダがベルギー王国を承認し、国境と永世中立を取り決めました。
  • 1897年|米国で現在まで続く世界最古級の年次マラソン大会が15人の参加で始まりました。
  • 1943年|ナチスによる移送に対し、ゲットーに残ったユダヤ人が武装抵抗を開始しました。
  • 1943年|化学者アルバート・ホフマンがLSDの作用を自己実験で確認し、自転車で帰宅しました。
  • 1960年|不正選挙と警察暴力に抗議する学生・市民のデモが全国へ拡大しました。
  • 1961年|米国が訓練・支援したキューバ亡命者部隊が敗北し、カストロ政権打倒作戦が失敗しました。
  • 1971年|ソ連が世界初の宇宙ステーションを軌道へ投入し、長期滞在時代を開きました。
  • 1975年|インドが設計・製作した初の人工衛星がソ連のロケットで軌道へ運ばれました。
  • 1989年|米海軍戦艦の主砲塔内で爆発が起き、乗員47人が死亡しました。
  • 1993年|米連邦機関が包囲していた宗教団体施設で火災が起き、子どもを含む76人が死亡しました。
  • 1995年|反政府過激思想を持つ実行犯が爆弾を爆発させ、168人を殺害しました。
  • 2005年|コンクラーベがヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿を第265代ローマ教皇に選びました。
  • 2021年|NASAの小型ヘリコプターが、地球以外の天体で初の動力制御飛行に成功しました。

1713年|国事詔書が発布される

1713年4月19日、男子後継者のいないカール6世は、ハプスブルク家領を分割せず女子にも継承させる国事詔書を発布しました。後に娘マリア・テレジアの相続を欧州諸国へ承認させようとしました。

皇帝の死後、承認を翻した諸国が領土を要求し、オーストリア継承戦争が起きました。法的文書だけでは権力均衡を拘束できず、王朝相続が国際戦争へ直結した時代を示します。

1770年|クックがオーストラリア東岸を目視

1770年4月19日、ジェームズ・クック指揮のエンデバー号から、現在のビクトリア州南東部に当たる海岸が確認されました。クックは後に北上し、東岸を英国王領と宣言しました。

大陸には何万年も前からアボリジナルとトレス海峡諸島民が暮らしており、「発見」という言葉は不適切です。航海記録は植民地化の地理情報となり、土地収奪と社会破壊へつながりました。

1775年|レキシントン・コンコードの戦い

1775年4月19日未明、武器押収へ向かう英国軍と植民地民兵がレキシントンで対峙し、誰が撃ったか不明の発砲から戦闘になりました。コンコードでは民兵がノースブリッジで反撃しました。

英国軍はボストンへ退却する途中で各地の民兵から攻撃され、多数の損害を受けました。独立宣言は翌年ですが、この日から政治対立が長期の革命戦争へ変わり、ボストン包囲が始まりました。

レキシントンの最初の一発を誰が撃ったかは確定していません。「世界を揺るがした一発」という表現は後世の詩に由来します。民兵は政治的組織と地域ネットワークを通じて急速に集まりました。

1782年|オランダが米国を承認

1782年4月19日、ハーグでオランダ政府がジョン・アダムズを米国の全権公使として認証しました。フランスに続く重要な承認で、アダムズの購入した邸宅は米国最初期の在外公館となりました。

オランダの金融市場から米国への融資が開かれ、戦争継続と新国家の信用を支えました。現在は「オランダ・アメリカ友好の日」として、軍事同盟だけでない外交・金融関係を記念します。

1839年|ロンドン条約でベルギーの独立と中立が確定

1839年4月19日、英国、フランス、プロイセン、オーストリア、ロシア、オランダ、ベルギーが条約へ署名しました。1830年革命で成立したベルギーの独立をオランダが受け入れました。

列強はベルギーの中立を保証しましたが、1914年にドイツが侵攻し、英国参戦の法的・政治的理由となりました。小国の地位を国際保証で守る仕組みと、その限界を示す条約です。

1897年|第1回ボストンマラソン

1897年4月19日、前年のアテネ五輪に刺激を受けたボストン体育協会が、アッシュランドからボストンまで約24.5マイルのロードレースを開催しました。ジョン・マクダーモットが優勝しました。

距離は後に26マイル385ヤードへ統一され、コースもホプキントン発へ変更されました。長く女性の公式参加を拒みましたが、ボビー・ギブやキャサリン・スウィッツァーらの挑戦で門戸が開かれました。

1943年|ワルシャワ・ゲットー蜂起が始まる

1943年4月19日、過越祭前夜にドイツ軍と警察がワルシャワ・ゲットーの最終撤去へ入ると、ユダヤ人戦闘組織などが手製爆弾と少数の銃で反撃しました。住民は地下壕網で抵抗を支えました。

蜂起は約1か月続きましたが、地区は焼き払われ、生存者の多くが強制収容所へ送られました。軍事的勝利ではなくても、絶滅政策に主体的に抗った行動としてホロコースト記憶の中心です。

蜂起をポーランド全土のワルシャワ蜂起と混同してはいけません。前者は1943年4月、後者はポーランド国内軍が1944年8月に始めた別の抵抗です。

1943年|ホフマンがLSDを意図的に摂取

1943年4月19日、4月16日の偶発的な作用経験を確かめるため、ホフマンはLSD-25を0.25ミリグラム摂取しました。現在では極めて多い量で、知覚の変容と強い不安を経験しました。

助手と自転車で帰宅したため「自転車の日」と呼ばれます。精神医学研究を刺激した一方、無秩序な使用と政治的反発から厳しく規制されました。医学的可能性と危険性の双方を誇張なく見る必要があります。

1960年|韓国四月革命の大規模デモ

1960年4月19日、ソウルをはじめ韓国各地で学生と市民が李承晩政権へ抗議し、警察の発砲で多数が死傷しました。3月の大統領選挙不正と、馬山で学生の遺体が発見されたことが怒りを広げました。

戒厳下でも抗議は止まらず、李承晩は4月26日に辞任しました。短命の第二共和国を経て軍事政権へ移りますが、市民が権威主義を退けた民主化運動の原点として記憶されています。

1961年|ピッグス湾侵攻が失敗に終わる

1961年4月19日までに、第2506旅団はキューバ政府軍に包囲され、主要部隊が降伏しました。17日の上陸から2日で敗れ、米政府が期待した現地蜂起も起こりませんでした。

捕虜は後に医薬品・食料との交換で釈放されました。失敗は米国の秘密工作への不信を広げ、キューバのソ連接近と翌年のミサイル危機へつながりました。

1971年|サリュート1号打ち上げ

1971年4月19日、サリュート1号がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。最初の乗組員はドッキングに失敗しましたが、ソユーズ11号の3人が6月に入り23日余り滞在しました。

帰還時の減圧事故で3人全員が死亡し、宇宙船設計と宇宙服運用が見直されました。計画は後のサリュート、ミール、国際宇宙ステーションへ続く長期有人宇宙活動の基礎となりました。

1975年|インド初の人工衛星アーリヤバタ打ち上げ

1975年4月19日、科学衛星アーリヤバタがソ連のカプースチン・ヤールから打ち上げられました。X線天文学、太陽物理学、大気研究を目的とし、衛星技術を国内で学ぶ計画でもありました。

電源障害で観測は数日で止まりましたが、設計、試験、追跡の経験がインド宇宙研究機関の自立へつながりました。現在の通信・測位・月惑星探査へ至る国家宇宙計画の出発点です。

1989年|戦艦アイオワ砲塔爆発事故

1989年4月19日、プエルトリコ沖で射撃訓練中の戦艦アイオワ第2砲塔が爆発しました。火災は火薬庫への延焼を免れましたが、砲塔内部の47人が死亡しました。

海軍は当初、死亡乗員による故意の爆発説を示しましたが、証拠不足と捜査手法が批判され、後に撤回しました。老朽兵器の安全管理だけでなく、組織が犠牲者へ責任を転嫁する危険を示します。

1993年|ウェーコ包囲が火災で終結

1993年4月19日、テキサス州ウェーコ近郊でFBIが催涙ガスを投入した後、ブランチ・ダビディアン施設から出火しました。2月28日の銃撃戦から51日続いた包囲の終結でした。

出火責任や作戦判断をめぐり長い論争が続き、政府への不信を過激派が利用しました。信教の自由、児童保護、武装捜査、危機交渉の失敗を複合的に検証すべき事件です。

1995年|オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件

1995年4月19日午前9時2分、オクラホマシティのアルフレッド・P・マラー連邦政府ビル前で、肥料原料などを用いたトラック爆弾が爆発しました。保育所の子ども19人を含む168人が死亡しました。

実行犯ティモシー・マクベイはウェーコ事件などへの報復を主張しました。事件は国外勢力だけでなく国内の反政府過激主義が大規模テロを起こす現実を示し、被害者支援と記憶の継承が続いています。

国立記念館の空の椅子は犠牲者一人ひとりを表し、救助者と生存者の物語も保存しています。加害者の名声化を避け、被害の具体性と過激化予防へ焦点を置くことが大切です。

2005年|ベネディクト16世が選出される

2005年4月19日、教皇ヨハネ・パウロ2世死去後のコンクラーベ2日目に白煙が上がり、教理省長官ラッツィンガーがベネディクト16世を名乗りました。ドイツ出身教皇は約500年ぶりでした。

信仰と理性の対話を重視しましたが、聖職者性虐待への対応や教会統治は厳しく検証されています。2013年には高齢を理由に自発的退位し、近代教皇制の前例を変えました。

2021年|インジェニュイティが火星で初飛行

2021年4月19日、火星探査車パーサヴィアランスが運んだインジェニュイティが高度約3メートルへ上昇し、約39秒飛行しました。薄い火星大気で揚力を得るため高速回転するローターを用いました。

当初5回の技術実証予定でしたが、72回飛行して探査経路の偵察も担いました。2024年にローター損傷で飛行を終え、将来の火星探査で航空機を使う可能性を実証しました。

地球からの無線指示には往復で時間がかかるため、機体は搭載センサーとコンピューターで自律飛行しました。火星の重力は小さい一方、大気密度は地球の約1%で揚力確保が難しい環境です。

4月19日の記念日・世界の祝日

飼育の日

日本動物園水族館協会が「し(4)いく(19)」の語呂から制定しました。飼育員の仕事を通じ、動物福祉、繁殖、保全、環境教育を知る日で、単に動物へ餌を与える催事の日ではありません。

地図の日・最初の一歩の日

伊能忠敬が寛政12年閏4月19日に蝦夷地測量へ出発したことにちなみます。グレゴリオ暦では1800年6月11日であり、4月19日を史実の新暦日とするのではなく記念日慣行として扱います。

忠敬の第1次測量は江戸から蝦夷地までの子午線1度の長さを求める目的もありました。後の全国測量は幕府事業となり、地図完成は忠敬の没後、弟子たちに引き継がれました。出発日を記念する4月19日と、全国図の完成時期は区別して紹介しています。

食育の日(毎月19日)

国の食育推進基本計画などで毎月19日を食育の日とし、「食育」の「育」を19と読む語呂を重ねています。6月の食育月間とともに、食の選択、生産、健康、共食を考えます。

良いきゅうりの日

きゅうりの主要産県の団体が「よ(4)いきゅう(19)り」の語呂から制定しました。春の出荷期に、鮮度や保存、地域ごとの品種・食文化を伝える農産物の販促記念日です。

養育費の日

母子家庭支援団体が、2004年4月19日に民事執行法改正法が成立し、養育費の将来分も差し押さえやすくなったことにちなみ制定しました。子どもの権利としての継続支払いを考える日です。

収育の日

収納・片付けに関する団体が「しゅう(4)いく(19)」の語呂から制定しました。物をしまう技術だけでなく、子どもが選択・管理する力を育てるという教育的な整理習慣を提唱します。

自転車の日・バイシクルデー

1943年4月19日にアルバート・ホフマンがLSDを自己投与し、自転車で帰宅した出来事にちなむ国際的なカウンターカルチャーの記念日です。日本の5月5日の自転車の日とは別です。

オランダ・アメリカ友好の日

1782年4月19日にオランダが米国を承認し、ジョン・アダムズを公使として受け入れたことを記念します。米国大統領布告に由来する友好記念日で、連邦公休日ではありません。

ベネズエラ独立運動開始記念日

1810年4月19日にカラカスでスペイン総督を退け自治評議会を樹立した出来事を記念する公休日です。最終的な独立宣言の1811年7月5日とは別の歴史段階です。

ウルグアイ33人の東方人上陸記念日

1825年4月19日に「33人の東方人」がブラジル帝国支配へ対抗して上陸したことを記念する祝日です。2026年は日曜日で、独立過程の始まりを象徴します。

エスワティニ国王誕生日

ムスワティ3世が1968年4月19日に生まれたことを記念する国の公休日です。2026年も固定日の祝日ですが、絶対王政下の政治状況や市民の評価とは区別して説明します。

今日(2026年4月19日)が祝日の国

2026年4月19日は日曜日です。ベネズエラでは独立運動開始記念日、ウルグアイでは33人の東方人上陸記念日、エスワティニでは国王誕生日が公休日です。日本は国民の祝日ではありません。

  • ベネズエラ|独立運動開始記念日(公休日)
  • ウルグアイ|33人の東方人上陸記念日(公休日)
  • エスワティニ|国王誕生日(公休日)
  • 米国・オランダ|友好記念日(通常の公休日ではない)
  • 日本|国民の祝日ではありません

4月19日が誕生日の有名人

ロジャー・シャーマン(1721年生)

米国の大陸同盟規約、独立宣言、連合規約、憲法の4文書すべてへ署名した唯一の人物です。二院制の基礎となるコネティカット妥協を提案しました。

グスタフ・フェヒナー(1801年生)

刺激量と感覚量の関係を測る精神物理学を築き、心的現象を数量的実験の対象にしました。フェヒナーの法則は現代心理測定の出発点です。

ホセ・エチェガライ(1832年生)

数学者・政治家として近代化へ関わり、劇作で1904年ノーベル文学賞を受賞しました。文学的評価をめぐる論争もスペイン文化史の一部です。

ジェトゥリオ・ヴァルガス(1882年生)

労働法と工業化を進めた一方、エスタード・ノヴォ独裁で言論を抑圧しました。社会政策と権威主義が併存するブラジル政治の中心人物です。

ジェルメーヌ・タイユフェール(1892年生)

フランス六人組の唯一の女性として、明快で機知ある管弦楽・室内楽・映画音楽を作曲しました。女性作曲家への偏見の中で長く活動しました。

木村次郎右衛門(1897年生)

確実な記録で116歳54日まで生きた男性最高齢者です。戸籍などによる年齢検証が、極端な長寿研究では不可欠であることを示します。

エリオット・ネス(1903年生)

禁酒法時代のシカゴでアル・カポネの酒類事業を捜査する班を率いました。後世の映画・テレビが作った「アンタッチャブルズ」像との差も重要です。

グレン・シーボーグ(1912年生)

プルトニウムを含む超ウラン元素の発見とアクチノイド概念に貢献し、1951年ノーベル化学賞を受賞しました。科学政策と核管理にも関わりました。

元素106は存命中の本人にちなみシーボーギウムと命名されました。周期表の構造を実験成果から組み替えた科学史上まれな業績です。

ジェームズ・ヘックマン(1944年生)

個人差と選択を扱う計量経済学的手法を発展させ、教育・幼児期投資の長期効果を研究しました。2000年にノーベル経済学賞を受賞しました。

マリア・シャラポワ(1987年生)

四大大会すべてを制する生涯グランドスラムを達成しました。競技復帰後を含め、ドーピング規則と選手責任の議論にも関わる経歴です。

シム・リウ(1989年生)

カナダのテレビからマーベル映画『シャン・チー』主演へ進み、アジア系俳優の表象と機会について発言してきました。

4月19日生まれの有名人一覧

生年名前職業・分野
1721ロジャー・シャーマン政治家
1793フェルディナント1世オーストリア皇帝
1801グスタフ・フェヒナー物理学者・心理学者
1832ホセ・エチェガライ劇作家・数学者
1882ジェトゥリオ・ヴァルガスブラジル大統領
1883リヒャルト・フォン・ミーゼス数学者・工学者
1892ジェルメーヌ・タイユフェール作曲家
1897木村次郎右衛門長寿者
1903エリオット・ネス法執行官
1912グレン・シーボーグ化学者
1922エーリヒ・ハルトマン戦闘機操縦士
1933ジェーン・マンスフィールド俳優
1935ダドリー・ムーア俳優・音楽家
1937ジョセフ・エストラーダフィリピン大統領
1944ジェームズ・ヘックマン経済学者
1946ティム・カリー俳優・歌手
1957ムケシュ・アンバニ実業家
1960グスタボ・ペトロコロンビア政治家
1968アシュレイ・ジャッド俳優・人道活動家
1978ジェームズ・フランコ俳優・映画人
1979ケイト・ハドソン俳優
1981ヘイデン・クリステンセン俳優
1987マリア・シャラポワテニス選手
1989シム・リウ俳優

4月19日が命日の有名人

フィリップ・メランヒトン(1560年没)

ルターの協力者としてアウクスブルク信仰告白を起草し、人文主義教育とルター派神学の体系化を進めました。教派間調停も試みました。

上杉謙信(1578年没)

越後を基盤に関東・北信濃へ進出し、武田信玄との川中島合戦で知られます。死去日は旧暦天正6年3月13日で、4月19日は換算後の日付です。

旧暦の日付をそのまま現代の3月13日へ置く資料もありますが、本記事はグレゴリオ暦換算の4月19日として命日一覧に掲載し、基準を明記します。川中島合戦も一度の決戦ではなく、複数回の対陣をまとめた呼称です。

パオロ・ヴェロネーゼ(1588年没)

華麗な色彩と壮大な宴席画でヴェネツィア派を代表しました。宗教画の世俗的表現をめぐり異端審問所から説明を求められました。

クリスティーナ(1689年没)

学芸を保護し、退位・改宗してローマへ移住しました。自ら統治した女性君主として、宗教・ジェンダー規範を越える生涯を送りました。

カナレット(1768年没)

ヴェネツィアの都市景観を精密かつ演出的に描き、グランドツアー旅行者へ広まりました。建築記録と理想化された眺望を融合しました。

バイロン卿(1824年没)

『チャイルド・ハロルドの巡礼』などで反抗的な「バイロニック・ヒーロー」を生み、ギリシャ独立戦争支援中にミソロンギで病没しました。

ベンジャミン・ディズレーリ(1881年没)

保守党を大衆政治へ適応させ、社会改革と帝国政策を進めました。ユダヤ系出自を持つ小説家政治家としてヴィクトリア女王と緊密でした。

チャールズ・ダーウィン(1882年没)

自然選択による進化理論を『種の起源』で提示し、生物学の枠組みを変えました。人種・社会への誤用と本人の科学的議論を区別する必要があります。

進化の発想はダーウィン一人だけの突然の着想ではなく、アルフレッド・ラッセル・ウォレスが独立に自然選択を考え、1858年に両者の論文が共同発表されました。

ピエール・キュリー(1906年没)

圧電効果、磁性、放射能を研究し、マリー・キュリーらと1903年ノーベル物理学賞を受賞しました。パリで馬車事故に遭い急死しました。

コンラート・アデナウアー(1967年没)

戦後西ドイツ初代首相として民主制度、西側統合、仏独和解を推進しました。再軍備や東西分断の固定化をめぐる論争もあります。

パーシー・ジュリアン(1975年没)

植物由来物質から医薬品を合成し、ステロイド薬の大量生産へ貢献しました。人種差別を乗り越えた米国科学界の先駆者です。

ダフニ・デュ・モーリエ(1989年没)

『レベッカ』『鳥』などで不安、記憶、欲望を描き、ヒッチコック作品の原作も提供しました。ジャンル文学の枠を越えて再評価されています。

オクタビオ・パス(1998年没)

メキシコの歴史と孤独、言語、近代性を詩と評論で考察し、1990年にノーベル文学賞を受賞しました。

エリザベス・スレイデン(2011年没)

テレビシリーズ「ドクター・フー」のサラ・ジェーン・スミス役で長く親しまれ、後年の復帰と主演スピンオフにより世代を越えて作品世界を結びました。

田中カ子(2022年没)

119歳107日まで生き、確実な記録で世界最高齢だった日本人です。長寿記録は出生資料と継続的な本人確認に基づき検証されます。

ダニエル・デネット(2024年没)

心、意識、自由意志を進化論と認知科学から論じ、「複数草稿モデル」などで意識を単一の内的劇場として捉える見方を批判しました。

4月19日が命日の有名人一覧

没年名前職業・分野
1560フィリップ・メランヒトン宗教改革者
1578上杉謙信戦国大名
1588パオロ・ヴェロネーゼ画家
1689クリスティーナスウェーデン女王
1768カナレット画家
1824バイロン卿詩人
1881ベンジャミン・ディズレーリ英国首相
1882チャールズ・ダーウィン博物学者
1906ピエール・キュリー物理学者
1955ジム・コーベット博物学者・著述家
1967コンラート・アデナウアー西ドイツ首相
1975パーシー・ジュリアン化学者
1989ダフニ・デュ・モーリエ作家
1998オクタビオ・パス詩人・思想家
2011エリザベス・スレイデン俳優
2012レヴォン・ヘルム音楽家
2021ウォルター・モンデール米国副大統領
2022田中カ子長寿者
2024ダニエル・デネット哲学者

4月19日の星座・誕生花・誕生石

項目内容
星座牡羊座
誕生花日付ごとの花は資料によって異なります
4月の誕生石ダイヤモンド、モルガナイト

2026年4月19日の暦

項目内容
曜日日曜日
和暦令和8年4月19日
旧暦2026年3月3日
六曜大安
干支癸亥(みずのとい)
二十四節気清明の期間(2026年の清明は4月5日3時40分、穀雨は4月20日10時39分)
七十二候虹始見(にじはじめてあらわる)
月齢1.6(東京・正午)
十二直危(あやぶ)
日本の祝日国民の祝日ではありません

2026年4月19日の暦を読む

2026年4月19日は日曜日、旧暦3月3日です。東京の正午月齢は1.6で、日没後に細い月が見え始める時期です。二十四節気は清明の最終日、七十二候は「虹始見」、六曜は大安、十二直は危です。

主な確認資料