
4月17日、今日は何の日?
2026年4月17日(金曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1895年の下関条約調印、1961年のピッグス湾侵攻、1975年のプノンペン陥落。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1895年の下関条約調印/1961年のピッグス湾侵攻/1975年のプノンペン陥落 |
| 代表的な記念日 | 世界血友病デー/シリア独立記念日/アメリカ領サモア旗の日 |
| 2026年の暦 | 金曜日・旧暦2026年3月1日・国民の祝日ではありません |
- 4月17日に起きた主な事件
- 1492年|サンタ・フェ契約が結ばれる
- 1521年|ヴォルムス帝国議会でルターの審問が始まる
- 1524年|ヴェラッツァーノがニューヨーク湾へ到達
- 1861年|バージニア州が連邦離脱を決議
- 1876年|カタルパ号によるフェニアン救出
- 1895年|下関条約が調印される
- 1907年|エリス島で一日の移民受け入れ最多を記録
- 1912年|レナ金鉱虐殺
- 1941年|ユーゴスラビア軍が枢軸国へ降伏
- 1946年|シリアでフランス軍撤退が完了
- 1961年|ピッグス湾侵攻が始まる
- 1964年|ジェリー・モックが女性初の単独世界一周飛行を完了
- 1970年|アポロ13号が無事帰還
- 1975年|クメール・ルージュがプノンペンを制圧
- 1982年|カナダ憲法法が公布される
- 2014年|ケプラー186fの発見が発表される
- 4月17日の記念日・世界の祝日
- 4月17日が誕生日の有名人
- 4月17日が命日の有名人
- 4月17日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年4月17日の暦
4月17日に起きた主な事件
- 1492年|スペイン王室とコロンブスが西回り航海の権限と報酬を定める契約を結びました。
- 1521年|宗教改革者マルティン・ルターが著作撤回を求められる審問へ出席しました。
- 1524年|フランス王の命を受けた航海者が、現在のニューヨーク港周辺を欧州人として詳しく記録しました。
- 1861年|南北戦争勃発後、バージニア州会議が米国からの離脱条例を可決しました。
- 1876年|豪州の流刑地からアイルランド共和主義者6人が米国船で脱出しました。
- 1895年|日清戦争を終結させる講和条約が結ばれ、東アジアの国際秩序が大きく変わりました。
- 1907年|ニューヨークの移民審査施設が1万1747人を処理し、最多記録となりました。
- 1912年|ロシア帝国軍が労働条件改善を求める金鉱労働者へ発砲し、多数を死傷させました。
- 1941年|ドイツ主導の侵攻開始から11日でユーゴスラビア軍が降伏文書へ署名しました。
- 1946年|最後のフランス軍部隊が撤退し、シリアが委任統治から実質的独立を完成させました。
- 1961年|米国が訓練・支援したキューバ亡命者部隊がカストロ政権打倒を狙って上陸しました。
- 1964年|小型機で約29日半を飛び、女性として初めて単独世界一周を達成しました。
- 1970年|酸素タンク爆発で月着陸を断念した宇宙船が、乗組員3人を乗せて地球へ帰還しました。
- 1975年|カンボジア内戦が終結し、ポル・ポト派による大規模な強制移住と虐殺が始まりました。
- 1982年|カナダが英国議会への憲法改正依存を終え、権利と自由の憲章を憲法へ組み込みました。
- 2014年|NASAが恒星のハビタブルゾーンにある地球サイズ系外惑星を初めて確認したと発表しました。
1492年|サンタ・フェ契約が結ばれる
1492年4月17日、カトリック両王の代理人とクリストファー・コロンブスは、グラナダ近郊サンタ・フェで航海事業の条件を取り決めました。到達地の提督・副王職や利益配分などが盛り込まれました。
航海は同年8月に始まり、10月にカリブ海へ到達しました。欧州とアメリカ大陸の恒常的接触を生む一方、征服、疫病、奴隷化を拡大したため、「発見」だけで語れない植民地主義の起点です。
契約文書はコロンブスの要求を大きく認めましたが、到達後には王室と本人・遺族の間で権限と収益をめぐる訴訟が続きました。航海者個人の偉業だけでなく、国家資金と法的特権の事業でした。
1521年|ヴォルムス帝国議会でルターの審問が始まる
1521年4月17日、教皇から破門されたルターは皇帝カール5世の前へ召喚され、並べられた著作が自分のものか、撤回するかを問われました。彼は熟考の時間を求め、回答は翌日に持ち越されました。
翌18日に聖書と理性に反しない限り撤回しないと表明し、ヴォルムス勅令で帝国追放となりました。活版印刷と諸侯の保護を背景に議論は広がり、西方キリスト教世界の分裂を決定づけました。
1524年|ヴェラッツァーノがニューヨーク湾へ到達
1524年4月17日、ジョバンニ・ダ・ヴェラッツァーノの船ラ・ドーフィーヌは、北米東岸を調査中にニューヨーク湾へ入りました。北米を横断するアジア航路を探すフランスの遠征でした。
短時間の停泊ながら港湾と先住民との接触を記録し、後の地図へ反映されました。橋名に名を残しますが、欧州側の「到達」以前から多様な先住民社会が存在した点を忘れてはなりません。
1861年|バージニア州が連邦離脱を決議
1861年4月17日、サムター要塞陥落とリンカーン大統領の兵員召集を受け、バージニア州会議は賛成88、反対55で連邦離脱を決議しました。条例は5月の州民投票で承認されました。
南部連合の首都はリッチモンドへ移り、ロバート・E・リーも州側に立ちました。一方で西部諸郡は離脱に反対し、1863年にウェストバージニア州となり、州内の亀裂も深まりました。
1876年|カタルパ号によるフェニアン救出
1876年4月17日、西オーストラリアのフリーマントル近郊で、英国軍出身のフェニアン囚人6人が作業隊を抜け、沖合の米国捕鯨船カタルパ号へ乗り込みました。米国の支援者が長期間準備した作戦でした。
英国当局は追跡しましたが、公海上で星条旗を掲げる船への砲撃を避け、6人は米国へ到着しました。大英帝国の流刑制度と、国境を越えるアイルランド民族運動を象徴する事件です。
1895年|下関条約が調印される
1895年4月17日、下関の春帆楼で日本全権の伊藤博文・陸奥宗光と清国全権の李鴻章・李経方が講和条約へ調印しました。清は朝鮮の独立承認、台湾・澎湖諸島・遼東半島の割譲、賠償金支払いを約しました。
日本は帝国主義国家として台湾統治へ進みましたが、遼東半島はロシア・ドイツ・フランスの三国干渉で返還しました。清の弱体化、列強の中国分割、日露対立を促し、台湾では割譲への抵抗も起きました。
条約は5月8日に芝罘で批准書を交換して発効しました。調印日、批准日、三国干渉の勧告日を混同せず、4月17日は講和条約へ署名した日として扱います。
1907年|エリス島で一日の移民受け入れ最多を記録
1907年4月17日、エリス島の施設には主に欧州から来た1万1747人が到着し、健康状態や法的資格の審査を受けました。同年は米国への移民が歴史的高水準に達した年でした。
多くは短時間で入国を認められましたが、病気や扶養能力を理由に拘束・送還された人もいました。米国の成長を支えた移住と、国家が人を選別する国境管理の両面を示す記録です。
1912年|レナ金鉱虐殺
1912年4月17日(ロシア旧暦4月4日)、シベリアのレナ金鉱地帯で、逮捕されたスト参加者の釈放を求めて行進した労働者へ兵士が発砲しました。死者数は史料で幅がありますが150人以上とされます。
長時間労働、粗悪な食料、会社商店への依存が抗議の背景でした。事件への怒りは帝国内のストを再燃させ、1905年革命後に抑え込まれていた労働運動が再び政治化する契機となりました。
1941年|ユーゴスラビア軍が枢軸国へ降伏
1941年4月17日、ベオグラードでユーゴスラビア軍代表がドイツ・イタリア側へ無条件降伏しました。3月の政変で親枢軸政権が倒れた後、ドイツは4月6日に空爆と多方向侵攻を始めていました。
国土は枢軸国と傀儡政権に分割され、占領、虐殺、抵抗運動、内戦が重なりました。チトーのパルチザンが勢力を拡大し、戦後の社会主義連邦成立へつながる複雑な戦場となりました。
1946年|シリアでフランス軍撤退が完了
1946年4月17日、フランス軍最後の部隊がシリア領を離れました。シリアは1941年に独立を宣言していましたが、フランスは軍事的影響力を保ち、1945年にはダマスカスを砲撃していました。
この日は独立記念日・撤退記念日として国家の象徴になりました。2026年も大統領令により公式休日です。ただし、その後の政変や戦争を踏まえ、独立国家建設の困難も併せて捉える必要があります。
1961年|ピッグス湾侵攻が始まる
1961年4月17日未明、亡命キューバ人約1400人からなる第2506旅団がキューバ南岸のピッグス湾へ上陸しました。CIAは現地蜂起を期待しましたが、事前空爆は空軍力を破壊できず、作戦の秘匿も崩れていました。
部隊は72時間ほどで敗北し、多数が捕虜となりました。ケネディ政権の威信は傷つき、カストロはソ連へ接近しました。翌年のキューバ危機へ至る冷戦対立をさらに危険な段階へ進めました。
1964年|ジェリー・モックが女性初の単独世界一周飛行を完了
1964年4月17日、米国のジェリー・モックはセスナ180「スピリット・オブ・コロンバス」でオハイオ州コロンバスへ帰還しました。3月19日に出発し、大西洋、アジア、太平洋を横断しました。
無線故障、悪天候、長時間の洋上飛行を乗り越えた記録は、航空分野で女性の能力を制限していた固定観念へ挑みました。同時期に別経路で挑戦したジョーン・メリアム・スミスの存在も重要です。
1970年|アポロ13号が無事帰還
1970年4月17日、アポロ13号の司令船オデッセイが南太平洋へ着水しました。4月13日の酸素タンク爆発後、乗組員は月着陸船を救命艇として使い、限られた電力・水・酸素で軌道修正を続けました。
地上管制と宇宙飛行士は二酸化炭素除去装置の即席接続や再突入手順を共同で作りました。事故は「成功した失敗」と呼ばれ、冗長設計、異常時訓練、組織間協力の価値を宇宙開発史へ刻みました。
1975年|クメール・ルージュがプノンペンを制圧
1975年4月17日、クメール・ルージュ部隊が首都プノンペンへ入り、ロン・ノル政権軍が降伏しました。住民は当初戦争終結を歓迎しましたが、数時間のうちに病人を含む全市民へ退去命令が出されました。
都市住民は農村へ強制移住させられ、通貨・市場・学校・宗教が廃止されました。処刑、飢餓、強制労働、疾病で約170万人が死亡したと推計され、国際社会の対応と加害責任が今も問われます。
後年の特別法廷は、政権幹部を人道に対する罪やジェノサイドで有罪としました。個々の犠牲者記録を残すことは、抽象的な死者数だけに還元しないためにも重要です。
1982年|カナダ憲法法が公布される
1982年4月17日、オタワで女王エリザベス2世が1982年憲法法の公布文書へ署名しました。憲法を国内手続だけで改正できる「本国移管」と、権利と自由の憲章が実現しました。
司法による権利保障を強めた一方、ケベック州政府は合意に参加せず、先住民の権利解釈も法廷と政治交渉で発展してきました。国家統合と多様性の緊張を映す憲法的節目です。
2014年|ケプラー186fの発見が発表される
2014年4月17日、NASAはケプラー宇宙望遠鏡の観測から、赤色矮星ケプラー186を回る惑星ケプラー186fの確認を公表しました。半径は地球の約1.1倍で、約130光年先にあります。
液体の水が存在し得る距離にありますが、大気や表面環境は未確認で「第二の地球」と断定できません。それでも地球程度の大きさの惑星が生命居住可能領域に存在する実例となりました。
4月17日の記念日・世界の祝日
世界血友病デー
世界血友病連盟が1989年から4月17日に実施する国際啓発日です。創設者フランク・シュナーベルの誕生日にちなみ、2026年も血友病だけでなく遺伝性出血性疾患全体への公平な診断・治療を訴えます。
血友病は血液凝固因子の不足により出血が止まりにくくなる遺伝性疾患で、種類や重症度には幅があります。定期補充療法や非凝固因子製剤など治療は進歩しましたが、診断・薬剤へ到達できない地域格差が残ります。この日は患者本人だけでなく家族、医療者、政策担当者が継続治療の基盤を考える機会です。
シリア独立記念日
1946年4月17日に最後のフランス軍が撤退したことを記念します。2025年の大統領令でも公式休日に指定され、2026年は金曜日に当たります。政治的記念日と実際の有給公休日を分けずに確認できる例です。
アメリカ領サモア旗の日
1900年4月17日にトゥトゥイラ島の首長らが米国への割譲証書へ署名した日を記念する地域の祝日です。式典や伝統競技が行われますが、植民地化と自治権をめぐる歴史も伴います。
恐竜の日
1923年4月17日、米国自然史博物館のロイ・チャップマン・アンドリュースらが中国・モンゴル方面の探検へ向け北京を出発したことにちなむ日本の記念日です。恐竜発見日そのものではありません。
クイーンの日
ユニバーサルミュージック合同会社が、英国のロックバンドQueenが1975年4月17日に初来日したことを記念して制定しました。空港に多くのファンが集まった出来事と日本市場との強い結び付きを伝えます。
なすび記念日
冬春なすの主産県でつくる協議会が、4月17日の「よいなす」の語呂と、なすを好んだ徳川家康の命日にちなみ制定しました。旧暦の家康忌と現代の販促記念日を区別して扱います。
職安記念日・ハローワークの日
1947年4月17日に職業安定法に基づく公共職業安定所が発足したことにちなむとされます。現在のハローワークは職業紹介、雇用保険、雇用対策を担う行政機関で、祝日ではありません。
家康忌
徳川家康は元和2年4月17日、現在の暦では1616年6月1日に死去しました。寺社では4月17日に法要を営む例がありますが、歴史上の死亡日をグレゴリオ暦4月17日へ単純変換したものではありません。
減塩の日(毎月17日)
日本高血圧学会が、5月17日の世界高血圧デーにちなみ毎月17日を減塩の日としました。食塩摂取量を見直す継続的な啓発日で、特定企業の商品販売日や公的休日ではありません。
国産なす消費拡大の日(毎月17日)
冬春なすの主産県で構成する団体が、4月17日の「なすび記念日」を広げて毎月17日に設定しました。旬や産地を知る消費促進の日で、なすの栄養や料理文化を紹介する機会です。
五平もち記念日
長野県の五平餅製造・販売会社が、4月を春の行楽期、17日を「いいな」の語呂として制定した企業記念日です。中部山岳地域に伝わる米食文化を伝えますが、起源の日付を示すものではありません。
今日(2026年4月17日)が祝日の国
2026年4月17日は金曜日です。シリアでは独立記念日、アメリカ領サモアでは旗の日が公休日です。世界血友病デーは国際的な啓発日ですが、各国の一斉休業日ではありません。日本は国民の祝日ではありません。
- シリア|独立記念日(公式休日)
- アメリカ領サモア|旗の日(地域の公休日)
- 世界各地|世界血友病デー(啓発日)
- 日本|国民の祝日ではありません
4月17日が誕生日の有名人
ジョヴァンニ・バッティスタ・リッチョーリ(1598年生)
月面地形へ「海」などの名称体系を広め、アルマゲストゥム・ノウムで当時の天文学を集成しました。地球自転への反論も実験的検討を促しました。
マルグリット・ブールジョワ(1620年生)
ヌーベルフランスで学校を開き、修道会ノートルダム会を創設しました。女子と貧しい家庭の子どもの教育を地域社会へ根付かせました。
タークシン(1734年生)
アユタヤ滅亡後に勢力を再統合し、トンブリーを都としてシャムの独立を回復しました。交易を再建した一方、晩年の政変で処刑されました。
サミュエル・チェイス(1741年生)
独立宣言署名者で、最高裁判事として政治的対立の渦中に置かれました。弾劾裁判で無罪となり、司法独立の重要な先例を残しました。
J・P・モルガン(1837年生)
鉄道・鉄鋼・電力企業の再編を主導し、巨大金融資本の象徴となりました。金融恐慌時には中央銀行のない米国で民間救済を組織しました。
アルトゥル・シュナーベル(1882年生)
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲を初めて録音し、技巧の誇示より作品構造と思想を重視する演奏解釈で後世へ影響しました。
カレン・ブリクセン(1885年生)
アイザック・ディネーセン名義でも執筆し、『アフリカの日々』などで語りの入れ子と運命を描きました。植民地的視点への批判的再読も進んでいます。
ソーントン・ワイルダー(1897年生)
『わが町』で舞台装置をそぎ落とし、日常と死を普遍的に描きました。小説と戯曲の双方でピュリツァー賞を受賞した稀有な作家です。
ウィリアム・ホールデン(1918年生)
『サンセット大通り』『第十七捕虜収容所』などで理想と自己欺瞞の間にいる人物を演じ、後者でアカデミー主演男優賞を受賞しました。
マルコム・ブラウン(1931年生)
1963年、サイゴンで焼身抗議する僧侶ティック・クアン・ドックを撮影し、ベトナム情勢を世界へ伝えました。写真報道の力と倫理を示します。
ショーン・ビーン(1959年生)
『ロード・オブ・ザ・リング』『ゲーム・オブ・スローンズ』などで忠誠と葛藤を抱える人物を演じ、舞台から大作映像まで幅広く活動しました。
ジェニファー・ガーナー(1972年生)
テレビシリーズ『エイリアス』で注目され、アクションとコメディを横断しました。子どもの教育・栄養支援でも継続的に活動しています。
4月17日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1277 | ミカエル9世パレオロゴス | 東ローマ帝国共同皇帝 |
| 1497 | ペドロ・デ・バルディビア | 征服者・植民地統治者 |
| 1598 | ジョヴァンニ・バッティスタ・リッチョーリ | 天文学者 |
| 1620 | マルグリット・ブールジョワ | 教育者・修道女 |
| 1734 | タークシン | トンブリー王朝国王 |
| 1741 | サミュエル・チェイス | 米国最高裁判事 |
| 1794 | カール・フリードリヒ・フィリップ・フォン・マルティウス | 植物学者・探検家 |
| 1837 | J・P・モルガン | 銀行家 |
| 1882 | アルトゥル・シュナーベル | ピアニスト |
| 1885 | カレン・ブリクセン | 作家 |
| 1897 | ソーントン・ワイルダー | 劇作家・小説家 |
| 1903 | グレゴール・ピアティゴルスキー | チェロ奏者 |
| 1909 | アラン・ポエール | フランス政治家 |
| 1918 | ウィリアム・ホールデン | 俳優 |
| 1928 | シンシア・オジック | 作家・評論家 |
| 1931 | マルコム・ブラウン | 写真記者 |
| 1937 | フェルディナント・ピエヒ | 自動車技術者・経営者 |
| 1951 | オリヴィア・ハッセー | 俳優 |
| 1954 | リカルド・パトレーゼ | レーシングドライバー |
| 1959 | ショーン・ビーン | 俳優 |
| 1967 | リズ・フェア | シンガーソングライター |
| 1970 | レッドマン | ラッパー・俳優 |
| 1972 | ジェニファー・ガーナー | 俳優 |
| 1974 | ヴィクトリア・ベッカム | 歌手・ファッションデザイナー |
| 1985 | ルーニー・マーラ | 俳優 |
4月17日が命日の有名人
ソル・フアナ=イネス・デ・ラ・クルス(1695年没)
植民地期メキシコの修道女として詩、劇、神学を著し、女性が学問へ参加する権利を論じました。感染症患者を看護中に病没しました。
ヨーゼフ1世(1711年没)
スペイン継承戦争のさなかに皇帝として対仏戦争を継続し、ハプスブルク領内の統治改革にも取り組みました。天然痘で急死し、弟カール6世が継承しました。
ベンジャミン・フランクリン(1790年没)
印刷人から科学者・外交官へ転じ、雷の電気的性質を研究し、独立宣言と合衆国憲法の双方へ署名しました。公共図書館など市民制度も築きました。
死後、フィラデルフィアでは約2万人が葬列に参加しました。遺言でボストンとフィラデルフィアへ資金を残し、長期運用後に職業教育などへ使う仕組みも設けました。
ジャン・ペラン(1942年没)
ブラウン運動の定量的研究で原子・分子の実在を支持し、アボガドロ定数を測定しました。1926年にノーベル物理学賞を受賞しました。
エディ・コクラン(1960年没)
「サマータイム・ブルース」などで若者の不満とギターの推進力を結びました。英国ツアー中の交通事故で21歳で死去しました。
サルヴパッリー・ラーダークリシュナン(1975年没)
インド哲学を英語圏へ紹介し、独立後の副大統領・大統領を務めました。誕生日の9月5日はインドの教師の日です。
ヘンリク・ダム(1976年没)
血液凝固に関わるビタミンKを発見し、1943年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。栄養素と凝固機構の理解を進めました。
マルセル・ダッソー(1986年没)
プロペラ設計から戦後のミラージュ戦闘機やビジネスジェットへ至る航空企業を築き、フランス航空産業の自立を象徴しました。
ルイーズ・ネヴェルソン(1988年没)
廃材を組み合わせ単色に塗った巨大な箱状彫刻で、建築的な影と空間を生みました。女性彫刻家の評価を押し広げました。
ラルフ・アバナシー(1990年没)
キング牧師と南部キリスト教指導者会議を共同設立し、モンゴメリー・バス・ボイコットから貧者の行進まで非暴力運動を組織しました。
リンダ・マッカートニー(1998年没)
ロック写真で自然な表情を捉え、ウイングスの一員として演奏しました。動物福祉と菜食を広め、食品事業にも取り組みました。
エメ・セゼール(2008年没)
ネグリチュード運動を主導し、『帰郷ノート』や植民地主義批判で黒人の尊厳と帝国支配の暴力を言語化しました。
ガブリエル・ガルシア=マルケス(2014年没)
『百年の孤独』で神話、政治、家族史を融合し、魔術的リアリズムを世界文学の共有語にしました。1982年にノーベル文学賞を受賞しました。
バーバラ・ブッシュ(2018年没)
第41代大統領の妻、第43代大統領の母として公的役割を担い、識字教育財団を設けて家族の読書支援を続けました。
4月17日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1695 | ソル・フアナ=イネス・デ・ラ・クルス | 詩人・思想家 |
| 1711 | ヨーゼフ1世 | 神聖ローマ皇帝 |
| 1790 | ベンジャミン・フランクリン | 政治家・科学者 |
| 1892 | アレグザンダー・マッケンジー | カナダ首相 |
| 1942 | ジャン・ペラン | 物理学者 |
| 1960 | エディ・コクラン | ロックンロール歌手 |
| 1961 | エルダ・アンダーソン | 医学物理学者 |
| 1975 | サルヴパッリー・ラーダークリシュナン | 哲学者・インド大統領 |
| 1976 | ヘンリク・ダム | 生化学者 |
| 1986 | マルセル・ダッソー | 航空技術者・実業家 |
| 1988 | ルイーズ・ネヴェルソン | 彫刻家 |
| 1990 | ラルフ・アバナシー | 公民権運動家 |
| 1994 | ロジャー・スペリー | 神経心理学者 |
| 1998 | リンダ・マッカートニー | 写真家・音楽家 |
| 2008 | エメ・セゼール | 詩人・政治家 |
| 2012 | スタンリー・ロジャーズ・リゾー | 米国陸軍長官 |
| 2014 | ガブリエル・ガルシア=マルケス | 作家 |
| 2016 | ドリス・ロバーツ | 俳優 |
| 2018 | バーバラ・ブッシュ | 米国大統領夫人 |
4月17日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡羊座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 4月の誕生石 | ダイヤモンド、モルガナイト |
2026年4月17日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 金曜日 |
| 和暦 | 令和8年4月17日 |
| 旧暦 | 2026年3月1日 |
| 六曜 | 先負 |
| 干支 | 辛酉(かのととり) |
| 二十四節気 | 清明の期間(2026年の清明は4月5日3時40分、穀雨は4月20日10時39分) |
| 七十二候 | 虹始見(にじはじめてあらわる) |
| 月齢 | 29.1(東京・正午) |
| 十二直 | 執(とる) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年4月17日の暦を読む
2026年4月17日は金曜日、旧暦3月1日です。七十二候は「虹始見」、二十四節気は清明の終盤です。東京の正午月齢は29.1で新月直前、六曜は先負、十二直は執です。シリアとアメリカ領サモアでは公休日です。
主な確認資料
- 外務省・下関条約関係資料
- 米国国務省歴史局・Bay of Pigs
- NASA・Apollo 13
- NASA・Kepler-186f
- カナダ司法省・Constitution Acts
- World Federation of Hemophilia・World Hemophilia Day
- シリア公式通信・Official holidays decree
- Ellis Island Foundation・History
- 米国議会図書館・Columbus and the Santa Fe agreement
- 米国ホロコースト記念博物館・Cambodia
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年4月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
