3月25日は何の日?主な事件・記念日・世界の祝日・今日の暦を紹介

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3月25日、今日は何の日?

2026年3月25日(水曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。

まず注目したいのは、1911年のトライアングル工場火災、1957年のローマ条約調印、2007年の能登半島地震。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。

早わかり内容
歴史の注目項目1911年のトライアングル工場火災/1957年のローマ条約調印/2007年の能登半島地震
代表的な記念日ギリシャ独立記念日/ギリシャ独立記念日(キプロス)/受胎告知祭
2026年の暦水曜日・旧暦2026年2月7日・国民の祝日ではありません
目次
  1. 3月25日に起きた主な事件
  2. 3月25日の記念日・世界の祝日
  3. 3月25日が誕生日の有名人
  4. 3月25日が命日の有名人
  5. 3月25日の星座・誕生花・誕生石
  6. 2026年3月25日の暦

3月25日に起きた主な事件

  • 940年|関東で新皇を称した平将門が、藤原秀郷・平貞盛らの軍に敗れて戦死しました。
  • 1306年|ロバート・ブルースがスクーンで戴冠し、イングランド支配への独立戦争を率いる王となりました。
  • 1655年|クリスティアーン・ホイヘンスが自作望遠鏡で土星最大の衛星タイタンを見つけました。
  • 1802年|英国とフランスなどが講和し、フランス革命戦争に短い休止期が訪れました。
  • 1807年|大英帝国内で奴隷を売買・輸送する大西洋奴隷貿易を禁止する法律が国王裁可を受けました。
  • 1837年|元大坂町奉行所与力の大塩平八郎が、飢饉と役人の腐敗に抗議して蜂起しました。
  • 1878年|東京・虎ノ門の工部大学校で電気灯が点灯され、後の「電気記念日」の由来となりました。
  • 1911年|ニューヨークの縫製工場で火災が起き、若い移民女性を中心に146人が死亡しました。
  • 1931年|米アラバマ州で黒人少年九人が、根拠の乏しい性暴力容疑で逮捕されました。
  • 1943年|黒澤明の監督デビュー作『姿三四郎』が日本で公開されました。
  • 1957年|西欧六か国が欧州経済共同体と欧州原子力共同体を設立する二条約へ署名しました。
  • 1965年|米公民権運動の参加者がアラバマ州都へ到着し、投票権保障を訴えました。
  • 1975年|ファイサル国王がリヤドの王宮で甥に銃撃され、死亡しました。
  • 1995年|ウォード・カニンガムが、利用者がブラウザーから共同編集できるWikiWikiWebを公開しました。
  • 2005年|2005年日本国際博覧会が愛知県の長久手・瀬戸会場で開幕しました。
  • 2007年|石川県能登地方を震源とするマグニチュード6.9の地震が発生しました。

940年|平将門が討たれる

天慶3年2月14日(940年3月25日)、下総国北山で将門軍と追討軍が戦い、将門は流れ矢を受けて討たれたと伝わります。将門は一族内の争いから勢力を広げ、国府を襲って関東諸国を支配し「新皇」を称していました。

将門の乱は瀬戸内の藤原純友の乱と合わせて承平天慶の乱と呼ばれ、地方武士の軍事力が中央政治を揺るがした早い例です。後世、将門は朝敵として恐れられる一方、東国の守護神としても信仰され、評価が大きく分かれました。

1306年|ロバート・ブルースがスコットランド王に即位

1306年3月25日、ロバート・ブルースはスクーンでロバート1世として戴冠しました。王位を争うジョン・カミンを殺害した直後で、教皇から破門され、イングランド王エドワード1世の軍にも追われる不安定な出発でした。

一度は敗走しましたが勢力を立て直し、1314年のバノックバーンの戦いで大勝します。1328年の条約でスコットランド王国の独立が承認されました。英雄伝説だけでなく、内戦と王位争いを経た国家形成として理解します。

1655年|ホイヘンスが土星の衛星タイタンを発見

1655年3月25日、オランダの数学者・天文学者ホイヘンスは、改良した長焦点望遠鏡で土星のそばを動く光点を観測しました。ガリレオによる木星衛星の発見に続き、地球以外の惑星にも月があることを示す成果です。

タイタンは厚い窒素大気とメタンの湖を持つ特異な天体で、2005年には探査機ホイヘンスが着陸しました。発見時に現在の名称が即座に付いたわけではなく、「タイタン」という名は19世紀に定着しました。

1802年|アミアンの和約が調印

1802年3月25日、英国、フランス、スペイン、バタヴィア共和国の代表がフランス北部アミアンで条約に署名しました。英国は占領植民地の多くを返還し、フランスはナポリや教皇領から撤兵することなどを約束しました。

欧州に約一年の平和をもたらしましたが、植民地・通商・マルタをめぐる対立は解けず、1803年5月に英仏戦争が再開しました。恒久和平ではなく、革命戦争からナポレオン戦争へ移る短い休戦でした。

1807年|英国で奴隷貿易法が成立

1807年3月25日、長年の廃止運動を経てSlave Trade Actが成立しました。英国船による奴隷輸送と植民地への新規移入を違法とし、海軍は後に違法船の取り締まりを進めました。ウィリアム・ウィルバーフォースらの議会運動と、被奴隷者の抵抗が背景です。

法律は奴隷制度そのものを直ちに廃止したものではなく、大英帝国の多くの地域での奴隷解放は1833年法以後です。違法取引も続きました。段階的な廃止の成果と限界、英国がそれ以前に得た利益の双方を見る必要があります。

1837年|大塩平八郎の乱

天保8年2月19日(1837年3月25日)、大塩は門弟や農民らと大坂で挙兵しました。天保の飢饉で餓死者が出るなか、豪商に救済を求めても進まず、自らの蔵書を売って施した後、奉行所の不正を告発しました。

蜂起は半日ほどで鎮圧され、市街の大火で多くの家屋が焼けました。大塩は潜伏後に自害しましたが、元幕吏による反乱は幕府へ大きな衝撃を与え、各地の一揆にも影響しました。正義の反乱という評価と、都市被害を併せて考えます。

1878年|日本で初めてアーク灯が点灯

1878年3月25日、中央電信局の開業祝賀会場となった工部大学校で、英国人教師ウィリアム・エアトンらがグローブ電池とアーク灯を用いて電灯をともしました。日本で公の場に電気の光が示された初期の実演です。

発電所から家庭へ電力を供給する電灯事業の開始は後年であり、この日は商用電力の誕生日ではありません。それでも電気技術を社会に紹介した節目として、日本電気協会が3月25日を「電気記念日」としています。

1911年|トライアングル・シャツウェスト工場火災

1911年3月25日、マンハッタンのアッシュ・ビル上層階にある工場で火災が発生しました。出口の一部が施錠され、狭い階段と届かない消防はしごのため逃げ場を失い、多くの労働者が炎を避けて窓から飛び降りました。

惨事は工場検査、防火設備、避難経路、労働時間を定めるニューヨーク州法の強化につながり、労働組合運動にも影響しました。安全規則は事故後の犠牲から作られるのではなく、危険を予見して実施されるべきだという教訓を残します。

1931年|スコッツボロ・ボーイズ事件が始まる

1931年3月25日、貨物列車内のけんかをきっかけに黒人少年九人が拘束され、白人女性二人への強姦罪で起訴されました。敵対的な群衆と人種偏見のなか、十分な弁護準備がない短い裁判で死刑判決が相次ぎました。

連邦最高裁は適切な弁護を受ける権利や陪審選定の人種差別をめぐり重要判決を出しました。被告らは長期拘禁を強いられ、全面的な名誉回復には数十年を要しました。司法制度に組み込まれた人種差別を示す事件です。

1943年|黒澤明監督『姿三四郎』公開

1943年3月25日、富田常雄の小説を原作とする映画『姿三四郎』が封切られました。柔術から柔道へ目覚める青年の成長を、風に飛ぶ下駄、蓮池、決闘場面など視覚的な演出で描きました。

戦時下の検閲を受け、一部フィルムが失われた状態で伝わりましたが、動き、天候、編集で人物の内面を示す黒澤の方法はすでに現れています。後の世界的作品群へつながる出発点であり、柔道史そのものとは区別されるフィクションです。

1957年|ローマ条約が調印

1957年3月25日、フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの代表がローマで条約に調印しました。関税同盟と共同市場を目指すEEC、原子力の平和利用を協力するEuratomの設立を定めました。

条約は1958年1月1日に発効し、機構統合と加盟拡大を経て現在の欧州連合へつながりました。EUそのものが1957年に成立したわけではなく、主権国家が法と共通制度を通じて段階的に統合する基盤が置かれた日です。

1965年|セルマからモンゴメリーへの行進が到着

1965年3月25日、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアら数万人が州議会議事堂前へ到着しました。3月7日の「血の日曜日」に州警察が行進者を暴力的に阻止した後、連邦裁判所の許可と連邦保護を得て21日に再出発していました。

運動は同年8月の投票権法成立を後押しし、人種差別的な識字試験などを連邦監督の対象としました。その夜、参加者を送った白人活動家ヴィオラ・リウッツォがKKKに殺害され、非暴力運動が直面した危険も示しました。

1975年|サウジアラビア国王ファイサルが暗殺

1975年3月25日、謁見中のファイサル国王がファイサル・ビン・ムサーイド王子に至近距離から撃たれました。国王は行政改革と石油政策を進め、1973年の第四次中東戦争では対米石油禁輸を主導して国際的影響力を高めていました。

後継には異母弟ハーリドが即位し、王家の統治は継続しました。動機を外交政策だけに結びつける確証はなく、王子は裁判後に処刑されました。石油危機期の中東政治を象徴する衝撃的な事件です。

1995年|最初のWikiが公開

1995年3月25日、カニンガムはソフトウェア設計パターンを共有するPortland Pattern Repository上でWikiWikiWebを稼働させました。ハワイ語のwiki wiki(速い)から名づけ、ページ同士を簡単にリンクし誰でも更新できる仕組みを実装しました。

共同知識を迅速に育てる発想は、多数の企業内システムや2001年創設のWikipediaへ受け継がれました。同時に誤編集、荒らし、合意形成という課題も生み、開放性を履歴・監視・出典で支える情報設計が重要になりました。

2005年|愛・地球博が開幕

2005年3月25日、「自然の叡智」をテーマに愛知万博が一般公開を始めました。121か国と複数の国際機関が参加し、環境技術、ロボット、マンモス標本などを展示しました。会期は9月25日までの185日間でした。

会場輸送のリニモは日本初の常設磁気浮上式鉄道として開業し、跡地は愛・地球博記念公園へ転用されました。大規模イベントの環境負荷への批判も踏まえ、計画変更と市民参加を重ねた博覧会です。

2007年|能登半島地震

2007年3月25日9時41分、深さ約11キロを震源とする地震が起き、輪島市、七尾市、穴水町で最大震度6強を観測しました。1人が死亡し、300人以上が負傷、住宅倒壊や道路・港湾、文化財に大きな被害が出ました。

活断層が海域へ延びる地域の地震リスクを示し、古い木造住宅の耐震化、集落の孤立対策、地域文化の復旧が課題となりました。2024年の能登半島地震とは別の災害ですが、復興経験と備えを継承する意味があります。

3月25日の記念日・世界の祝日

ギリシャ独立記念日

1821年の独立革命を記念するギリシャの国家祝日です。蜂起は地域ごとに先行していましたが、受胎告知の祝日と重なる3月25日が象徴的な開始日とされます。2026年も公休日で、軍事・学校パレードが行われます。

ギリシャ独立記念日(キプロス)

キプロスでもギリシャ系住民の歴史・文化と結びつき、3月25日が法定の公休日です。キプロス共和国の独立記念日10月1日とは別で、名称が似た祝日を混同しないようにします。

受胎告知祭

キリスト教で天使ガブリエルがマリアへイエスの受胎を告げたことを記念する祝日です。クリスマスの九か月前に当たり、正教会・カトリックなどで礼拝されます。国によって公休日かどうかは異なります。

ナウルーズ振替休日(カザフスタン)

2026年のカザフスタンでは、ナウルーズの週末重複に伴い3月25日水曜日も振替休日です。固定の祭日3月21〜23日とは別の代替休日であり、毎年必ず25日が休みになるわけではありません。

奴隷制及び大西洋間奴隷取引犠牲者追悼国際デー

国連総会が2007年に定め、何百年にも及ぶ奴隷貿易の犠牲者を追悼し、人種差別の継続的影響を学ぶ日です。歴史を抽象化せず、被奴隷者の抵抗と記憶を中心に据える啓発日です。

拘束中・行方不明の国連職員との連帯デー

取材中に拉致された国連職員アレック・コレットの事件を背景に、拘束・行方不明となった国連職員と家族へ連帯を示す国際デーです。危険地域で働く人員の安全と法的保護を訴えます。

電気記念日

日本電気協会が、1878年3月25日に工部大学校でアーク灯が点灯されたことを記念して1927年に制定しました。電力事業開始日ではなく、電気の光が公の場で実演された技術史上の節目です。

トールキン読書の日

トールキン協会が2003年から、作品を声に出して読む日として3月25日を提唱しています。『指輪物語』で指輪が滅びる日付にちなむ文学ファンの記念日で、著者の誕生日・命日ではありません。

みんなでニッコリみんなで健康長寿の日

ユニ・チャームが「散歩にゴー」の語呂から、歩くことと健康寿命への関心を促す企業記念日として制定しました。運動量は年齢や体調で適切さが異なるため、無理のない活動を考える日です。

サガミのみそ煮込の日

和食麺処サガミを展開する企業が「み(3)そに(2)こ(5)み」の語呂から制定しました。名古屋圏の味噌煮込みうどん文化を紹介する企業記念日で、郷土料理全体の起源日ではありません。

プリンの日(毎月25日)

オハヨー乳業が、プリンを食べて「ニッコリ」の語呂から毎月25日を記念日にしています。特定企業の販促日であり、プリンの発祥日や菓子業界共通の祝日ではありません。

天神様の縁日(毎月25日)

毎月25日は菅原道真を祭る天満宮の縁日です。道真の誕生が6月25日、死去が2月25日と伝わることにちなみます。各地の天満宮で市や祭典が行われますが、行事規模は月・地域で異なります。

七十二候「桜始開」

2026年3月25日は春分の次候「桜始開」に入ります。「さくらはじめてひらく」と読み、桜が咲き始める頃という意味です。実際の開花は品種、標高、気温で異なり、東京の開花日を全国へ当てはめるものではありません。

今日(2026年3月25日)が祝日の国

2026年3月25日はギリシャとキプロスで独立記念日・受胎告知祭に関連する公休日、カザフスタンではナウルーズの振替休日です。日本は国民の祝日ではありません。国連の二つの国際デーや電気記念日は追悼・啓発・技術史上の日であり、法定休日ではありません。

  • 日本|国民の祝日ではありません
  • ギリシャ|独立記念日・受胎告知祭(公休日)
  • キプロス|ギリシャ独立記念日(公休日)
  • カザフスタン|ナウルーズ振替休日(2026年固有)

3月25日が誕生日の有名人

コンラディン(1252年生)

シュタウフェン家最後の正統男系としてシチリア王位を求めましたが敗北し、16歳で処刑されました。中世ドイツ・イタリア政治の王朝対立を象徴します。

シエナのカタリナ(1347年生)

教皇へ書簡を送りアヴィニョンからローマへの帰還を促し、宗教的著作『対話』を残しました。カトリック教会博士に列せられています。

ジョアシャン・ミュラ(1767年生)

ナポレオン軍の騎兵指揮官として大胆な突撃で名を上げ、妹婿としてナポリ王となりました。王位維持を図る中で敗れ処刑されました。

ヤーコプ・ブルクハルト(1818年生)

『イタリア・ルネサンスの文化』で政治・芸術・個人意識を総合的に描き、文化史という見方を広めました。

寺内正毅(1852年生)

韓国統監・朝鮮総督を経て首相となり、シベリア出兵を進めました。米騒動の広がりを受けて内閣は退陣しました。

アルトゥーロ・トスカニーニ(1867年生)

精密な合奏と楽譜への厳格な姿勢でスカラ座、ニューヨーク・フィル、NBC交響楽団を率い、録音時代の指揮者像を確立しました。

ガットスン・ボーグラム(1867年生)

ラシュモア山の四大統領像を設計・指揮しました。壮大な公共彫刻の功績と、先住民聖地への建設や政治的関係への批判が併存します。

島崎藤村(1872年生)

『若菜集』で浪漫主義詩を代表し、『破戒』『夜明け前』では近代化、差別、家族と社会を描きました。生年月日は旧暦明治5年2月17日の換算です。

ベーラ・バルトーク(1881年生)

東欧各地の民謡を採集・分析し、そのリズムと旋法を現代音楽へ統合しました。『管弦楽のための協奏曲』などを残しました。

荻野久作(1882年生)

排卵時期と月経周期の関係を研究し、荻野学説を確立しました。後の避妊法への単純転用には誤差と限界があります。

南雲忠一(1887年生)

真珠湾攻撃時の機動部隊を指揮し、ミッドウェー海戦の敗北後も中部太平洋で戦い、サイパンで自決しました。

清水善造(1891年生)

1920年ウィンブルドンで決勝進出を争い、デビスカップでも日本の世界進出を支えた草創期の名選手です。

A・J・P・テイラー(1906年生)

19・20世紀欧州外交史を明快で挑発的に論じ、第二次世界大戦の起源をめぐる解釈で大きな論争を呼びました。

デヴィッド・リーン(1908年生)

『逢びき』『戦場にかける橋』『アラビアのロレンス』で、親密な心理と壮大な風景を結びつけました。

ノーマン・ボーローグ(1914年生)

高収量・耐病性小麦の開発と普及で「緑の革命」を推進し、1970年ノーベル平和賞を受賞しました。農薬・灌漑依存などの課題も議論されます。

シモーヌ・シニョレ(1921年生)

『年上の女』でアカデミー主演女優賞を受賞し、フランス映画で知性と現実味のある女性像を演じました。

京マチ子(1924年生)

『羅生門』『雨月物語』『地獄門』などで多面的な役を演じ、日本映画の国際的評価を支えました。

グロリア・スタイネム(1934年生)

雑誌Ms.の共同創刊や全米女性政治会議を通じ、米国第二波フェミニズムの議論と組織化を進めました。

アレサ・フランクリン(1942年生)

ゴスペルを土台に『Respect』などを歌い「クイーン・オブ・ソウル」と呼ばれました。公民権運動とも深く結びついた声です。

エルトン・ジョン(1947年生)

バーニー・トーピンとの共作で多数の名曲を生み、華やかな舞台と幅広い作風で半世紀以上活動しました。AIDS支援にも尽力しています。

小曽根真(1961年生)

即興とクラシック双方の技術を生かし、ソロ、ビッグバンド、オーケストラ共演で日本のジャズを国際的に発信しています。

サラ・ジェシカ・パーカー(1965年生)

ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』で都市女性の友情・仕事・恋愛を描き、制作面でもシリーズを支えました。

ウラジミール・クリチコ(1976年生)

五輪金メダル後、世界ヘビー級王座を長期保持し、距離とジャブを生かす戦術で一時代を築きました。

福士加代子(1982年生)

長距離走とマラソンで五輪四大会に出場し、2013年世界選手権マラソンで銅メダルを獲得しました。

3月25日生まれの有名人一覧

生年名前職業・分野
1252コンラディンホーエンシュタウフェン家の王族
1347シエナのカタリナ神秘家・聖人
1767ジョアシャン・ミュラナポリ王・軍人
1818ヤーコプ・ブルクハルト文化史家
1852寺内正毅陸軍軍人・内閣総理大臣
1867アルトゥーロ・トスカニーニ指揮者
1867ガットスン・ボーグラム彫刻家
1872島崎藤村詩人・小説家
1881ベーラ・バルトーク作曲家・民族音楽学者
1882荻野久作産婦人科医
1887南雲忠一海軍軍人
1891清水善造テニス選手
1906A・J・P・テイラー歴史家
1908デヴィッド・リーン映画監督
1914ノーマン・ボーローグ農学者
1921シモーヌ・シニョレ俳優
1924京マチ子俳優
1934グロリア・スタイネムジャーナリスト・女性運動家
1942アレサ・フランクリン歌手
1947エルトン・ジョンシンガーソングライター
1961小曽根真ジャズピアニスト
1965サラ・ジェシカ・パーカー俳優・プロデューサー
1976ウラジミール・クリチコプロボクサー
1982福士加代子陸上競技選手

3月25日が命日の有名人

平将門(940年没)

関東諸国を制圧して「新皇」を称しましたが追討軍に敗れました。反逆者と地域の守護神という相反する記憶を持つ人物です。

ノヴァーリス(1801年没)

『青い花』に象徴される無限への憧れを表し、ドイツ初期ロマン主義を代表しました。29歳で病没しました。

岩崎弥之助(1908年没)

三菱の第2代社長として海運以外の鉱山、金融、造船へ事業を広げ、近代財閥形成を進めました。

青木繁(1911年没)

『海の幸』『わだつみのいろこの宮』で神話と生命感を大胆な色彩に表しました。28歳で没し、後に評価が高まりました。

フレデリック・ミストラル(1914年没)

プロヴァンス語の復興運動フェリブリージュを率い、『ミレイオ』などで1904年ノーベル文学賞を受賞しました。

クロード・ドビュッシー(1918年没)

『牧神の午後への前奏曲』『海』で音色・和声・時間感覚を刷新し、20世紀音楽への扉を開きました。

辰野金吾(1919年没)

日本銀行本店、東京駅などを設計し、日本人建築家の教育と近代公共建築の形成を主導しました。

アイダ・B・ウェルズ(1931年没)

米国南部のリンチを統計と取材で告発し、女性参政権と黒人の権利のため活動しました。

マリー・クロー(1943年没)

糖尿病と代謝を研究し、酸素拡散を論じた夫アウグスト・クローの研究にも重要な協働者として関わりました。

川島芳子(1948年没)

日本で育ち満州国建国期に活動しました。戦後、中国で漢奸として裁かれ処刑されました。虚実の入り交じる人物像に注意が必要です。

エドワード・スタイケン(1973年没)

ピクトリアリズムから商業・報道写真まで活動し、MoMAの展覧会『人間家族』を企画しました。

ファイサル(1975年没)

近代化と外交的自立を進め、1973年の石油政策で世界政治へ影響しました。王宮で甥に暗殺されました。

ヨーゼフ・アルバース(1976年没)

『正方形へのオマージュ』と色彩教育で、色が周囲との関係で変化して見えることを体系的に示しました。

安藝ノ海節男(1979年没)

1939年に双葉山の69連勝を止めた力士として知られ、後に横綱へ昇進しました。

ミルトン・エリクソン(1980年没)

催眠と会話を柔軟に用い、患者固有の資源を生かす短期療法へ影響しました。方法の一般化には批判的検討も必要です。

ロバート・ジョフリー(1988年没)

ジョフリー・バレエを共同設立し、古典と米国現代作品を同じ舞台で上演してレパートリーを広げました。

マルセル・ルフェーブル(1991年没)

第2バチカン公会議後の典礼改革に反対し聖ピオ十世会を設立しました。無許可司教叙階で教会と深刻に対立しました。

リチャード・フライシャー(2006年没)

『海底二万哩』『ミクロの決死圏』などジャンルを横断し、職人的な映像演出でハリウッドを支えました。

バック・オーウェンズ(2006年没)

鋭い電気ギターと簡潔なリズムによるベーカーズフィールド・サウンドを確立し、ナッシュビル主流と異なる道を示しました。

ビバリー・クリアリー(2021年没)

ラモーナ・クインビーら日常的で生き生きした子どもを描き、読書に親しめない子にも届く物語を残しました。

3月25日が命日の有名人一覧

没年名前職業・分野
940平将門武将
1801ノヴァーリス詩人・思想家
1908岩崎弥之助実業家
1911青木繁洋画家
1914フレデリック・ミストラル詩人
1918クロード・ドビュッシー作曲家
1919辰野金吾建築家
1931アイダ・B・ウェルズジャーナリスト・公民権運動家
1943マリー・クロー医師・生理学者
1948川島芳子清朝王族・諜報活動家
1973エドワード・スタイケン写真家・キュレーター
1975ファイサルサウジアラビア国王
1976ヨーゼフ・アルバース画家・美術教育者
1979安藝ノ海節男大相撲第37代横綱
1980ミルトン・エリクソン精神科医・心理療法家
1988ロバート・ジョフリー振付家
1991マルセル・ルフェーブルカトリック大司教
2006リチャード・フライシャー映画監督
2006バック・オーウェンズカントリー歌手
2021ビバリー・クリアリー児童文学作家

3月25日の星座・誕生花・誕生石

項目内容
星座牡羊座
誕生花日付ごとの花は資料によって異なります
3月の誕生石アクアマリン、サンゴ、ブラッドストーン、アイオライト

2026年3月25日の暦

項目内容
曜日水曜日
和暦令和8年3月25日
旧暦2026年2月7日
六曜友引
干支戊戌(つちのえいぬ)
二十四節気春分の期間(2026年の春分は3月20日23時46分、清明は4月5日3時40分)
七十二候桜始開(さくらはじめてひらく)
月齢6.1(東京・正午)
十二直危(あやぶ)
日本の祝日国民の祝日ではありません

2026年3月25日の暦を読む

2026年3月25日は水曜日、旧暦2月7日です。二十四節気は春分、七十二候はこの日から「桜始開」。東京の正午月齢は6.1で、上弦へ向かう月が夕方から夜に見えます。六曜は友引、十二直は危。日本の国民の祝日ではありません。ギリシャとキプロスでは独立・受胎告知に関わる公休日、カザフスタンでは2026年の振替休日です。

主な確認資料