
3月21日、今日は何の日?
2026年3月21日(土曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1804年のナポレオン法典公布、1960年のシャープビル虐殺、1990年のナミビア独立。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1804年のナポレオン法典公布/1960年のシャープビル虐殺/1990年のナミビア独立 |
| 代表的な記念日 | ナミビア独立記念日/南アフリカ人権の日/人種差別撤廃の国際デー |
| 2026年の暦 | 土曜日・旧暦2026年2月3日・国民の祝日ではありません |
- 3月21日に起きた主な事件
- 3月21日の記念日・世界の祝日
- 3月21日が誕生日の有名人
- 趙匡胤(927年生)
- アンジェラ・メリチ(1474年生)
- ジョゼフ・フーリエ(1768年生)
- ベニート・フアレス(1806年生)
- モデスト・ムソルグスキー(1839年生)
- 若槻禮次郎(1866年生)
- ハンス・ホフマン(1880年生)
- ジョージ・デビッド・バーコフ(1884年生)
- M・N・ロイ(1887年生)
- 柳宗悦(1889年生)
- サン・ハウス(1902年生)
- フォレスト・マース・シニア(1904年生)
- ジョン・D・ロックフェラー3世(1906年生)
- ビスミッラー・カーン(1916年生)
- エリック・ロメール(1920年生)
- アルテュール・グリュミオー(1921年生)
- ニザール・カッバーニー(1923年生)
- ピーター・ブルック(1925年生)
- ハルトン・アープ(1927年生)
- ウォルター・ギルバート(1932年生)
- ブライアン・クラフ(1935年生)
- ゲイリー・オールドマン(1958年生)
- 植松伸夫(1959年生)
- アイルトン・セナ(1960年生)
- 3月21日生まれの有名人一覧
- 3月21日が命日の有名人
- トマス・クランマー(1556年没)
- ジョン・ロー(1729年没)
- ニコラ=ルイ・ド・ラカーユ(1762年没)
- ロバート・サウジー(1843年没)
- グアダルーペ・ビクトリア(1843年没)
- ジョセフ・E・ジョンストン(1891年没)
- フレデリック・テイラー(1915年没)
- アレクサンドル・グラズノフ(1936年没)
- コーネリア・フォート(1943年没)
- 田中絹代(1977年没)
- マイケル・レッドグレイヴ(1985年没)
- レオ・フェンダー(1991年没)
- ウィルバート・オードリー(1997年没)
- ガリーナ・ウラノワ(1998年没)
- 鄭周永(2001年没)
- ヴォルフガング・ワーグナー(2010年没)
- チヌア・アチェベ(2013年没)
- ジョージ・フォアマン(2025年没)
- 3月21日が命日の有名人一覧
- 3月21日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年3月21日の暦
3月21日に起きた主な事件
- 1556年|英国宗教改革を主導した元カンタベリー大主教トマス・クランマーが、オックスフォードで処刑されました。
- 1804年|フランスで民法典が公布され、革命後の私法原則が統一的に整理されました。
- 1871年|ドイツ統一を主導したオットー・フォン・ビスマルクが、帝国初代宰相に任命されました。
- 1907年|小学校令改正が公布され、尋常小学校の修業年限が四年から六年へ延長されました。
- 1918年|第一次世界大戦の西部戦線で、ドイツ軍が「ミヒャエル作戦」を発動しました。
- 1919年|共産主義者と社会民主党が政権を組織し、ハンガリーに評議会共和国が成立しました。
- 1921年|ロシア共産党大会の方針を受け、穀物徴発を現物税へ改める法令が成立しました。
- 1934年|強風下の火災が函館市街を焼き、二千人を超える死者・行方不明者を出しました。
- 1945年|英空軍がデンマーク抵抗運動の要請でシェルハウスを攻撃する「カルタゴ作戦」を実施しました。
- 1951年|木下惠介監督の日本初の国産長編カラー劇映画が公開されました。
- 1960年|南アフリカ警察が人種隔離法へ抗議する群衆に発砲し、69人が死亡しました。
- 1963年|サンフランシスコ湾のアルカトラズ島にあった連邦刑務所が運用を終えました。
- 1965年|NASAが月面の高解像度画像を送る無人探査機レンジャー9号を打ち上げました。
- 1972年|奈良県明日香村の高松塚古墳で、極彩色の人物・星宿壁画が確認されました。
- 1990年|南アフリカの統治を終え、ナミビア共和国が独立国家として発足しました。
1556年|トマス・クランマーが火刑
1556年3月21日、メアリー1世治下で異端とされたトマス・クランマーが火刑に処されました。ヘンリー8世の離婚を認め、英語礼拝と『共通祈祷書』の整備を進めた人物ですが、カトリック復興政策のなかで地位を奪われ、いったん撤回文へ署名しました。
処刑直前に撤回を翻し、信仰を公にした姿はプロテスタント殉教者像として語られました。彼の礼拝文は後の英語と聖公会に深く影響します。一部年表に1566年とする誤記がありますが、正しくは1556年です。
1804年|ナポレオン法典が公布
1804年3月21日、フランス人の民法典、後にナポレオン法典と呼ばれる法典が公布されました。封建的身分制を廃した法の前の平等、財産権、契約の自由などを体系化し、地域ごとに異なっていた慣習法と成文法を統一しました。
法典は欧州、ラテンアメリカ、日本を含む各国の民法編纂に影響しました。一方で家父長権を強め、既婚女性の法的能力を制限するなど、平等原則には明確な限界もありました。近代化の成果とジェンダー上の制約を併せて見る必要があります。
1871年|ビスマルクが初代ドイツ帝国宰相に就任
1871年3月21日、オットー・フォン・ビスマルクは新成立のドイツ帝国で帝国宰相に就任しました。すでにプロイセン首相としてデンマーク、オーストリア、フランスとの戦争を通じて統一を進め、皇帝の下で連邦国家を運営する中心となりました。
在任中は議会と対立しながら社会保険制度を導入し、欧州では同盟網を築いてフランスの孤立を図りました。1890年の退任まで帝国政治を規定しましたが、反カトリック政策や社会主義者弾圧も含む強権的な統治でした。
1907年|日本の義務教育が六年制へ
1907年3月21日、改正小学校令が公布され、翌1908年度から尋常小学校の義務教育年限が四年から六年へ延びました。就学率の上昇と近代産業・軍隊が求める基礎教育を背景に、従来の尋常科に高等小学校の初め二年を組み込みました。
全国で教育機会が広がった一方、地域や家計による就学継続の格差、国家主義的教育内容という問題もありました。現在の六・三制とは制度目的も学校構成も異なり、戦前教育制度の段階的整備として位置づけます。
1918年|ドイツ軍が春季大攻勢を開始
1918年3月21日、ドイツ軍はソンム方面で大砲撃を行い、浸透戦術を用いた大攻勢を始めました。ロシア革命後の東部戦線終結で移した兵力を使い、米軍が本格展開する前に英仏軍を分断しようとした作戦です。
序盤は大きく前進しましたが、補給と予備兵力が追いつかず決定的突破には至りませんでした。連合国は統一指揮を強め、夏以降反攻へ転じます。同日に長距離砲「パリ砲」の砲撃も始まりましたが、攻勢全体とは区別されます。
1919年|ハンガリー評議会共和国が成立
第一次世界大戦後、領土要求と経済崩壊に直面したハンガリーでカーロイ政権が退陣し、1919年3月21日にクン・ベーラらが評議会共和国を宣言しました。産業国有化や土地政策を急進的に進め、赤軍を組織しました。
政権はルーマニアなどとの戦争、国内反対派への「赤色テロ」、農村支持の弱さから133日で崩壊しました。その後はホルティ体制と「白色テロ」が続き、戦後中東欧で革命と反革命が連鎖した例となりました。
1921年|ソビエト政権が新経済政策を導入
内戦期の戦時共産主義は農民からの強制徴発と生産低下を招き、各地で反乱が起きました。1921年3月21日、全ロシア中央執行委員会の法令により穀物徴発が現物税へ置き換えられ、余剰作物の私的取引が認められました。
この新経済政策(NEP)は市場要素を一時的に復活させ、荒廃した経済の回復を促しました。しかし国家は大工業と金融を握り続け、1920年代末にスターリンが農業集団化と五か年計画へ転換します。社会主義体制内の政策修正でした。
1934年|函館大火
1934年3月21日夕方、函館市の住吉町付近から出た火は、発達した低気圧による強風で市街へ拡大しました。水道の断水、飛び火、避難の混乱が重なり、死者・行方不明者は2,100人を超え、約2万4千戸が焼失しました。
被災後は道路拡幅、防火帯となる緑地、耐火建築、消防・水道の整備を含む復興計画が進められました。都市火災への備えが建築だけでなく、避難路、気象情報、ライフラインの冗長性を必要とすることを示した災害です。
1945年|コペンハーゲンのゲシュタポ本部を空襲
1945年3月21日、英空軍のモスキート爆撃機が、コペンハーゲンにあるゲシュタポ本部シェルハウスを低空攻撃しました。拘束者の記録を破壊し、上階に収容された抵抗運動員を救うことが目的で、多くの囚人が脱出しました。
一方、先行機の墜落を目標と誤認した後続機がフランス学校を爆撃し、児童86人を含む多数の民間人が死亡しました。抵抗運動支援の軍事的成果と、誤爆の取り返しのつかない代償を併せて記憶すべき作戦です。
1951年|『カルメン故郷に帰る』公開
1951年3月21日、松竹映画『カルメン故郷に帰る』が公開されました。高峰秀子演じるストリッパーが故郷の農村へ帰る喜劇で、国産カラーフィルムを用いた日本初の長編カラー劇映画として制作されました。
戦後の解放感と都市・農村の価値観のずれを、浅間山麓の色彩豊かな風景の中で描きました。カラー映画の技術的試みであるだけでなく、敗戦後の社会が「新しい文化」をどう受け止めたかを映す作品です。
1960年|シャープビル虐殺
1960年3月21日、シャープビルでパン・アフリカニスト会議が通行証法への非暴力抗議を呼びかけました。警察署前に集まった群衆へ警官が発砲し、69人が死亡、180人以上が負傷しました。犠牲者の多くは背後から撃たれていました。
政府は非常事態を宣言し、アフリカ民族会議などを非合法化しました。反アパルトヘイト運動が武装闘争へ向かう転機となり、国際的非難も強まりました。国連は犠牲を記憶し、3月21日を人種差別撤廃の国際デーとしています。
1963年|アルカトラズ連邦刑務所が閉鎖
1934年から凶悪犯・脱走常習者を収容したアルカトラズ連邦刑務所は、1963年3月21日に最後の囚人を移送して閉鎖されました。海に囲まれた立地から脱走困難とされましたが、施設維持と物資輸送に本土刑務所より高い費用がかかりました。
閉鎖後の1969年には先住民活動家が島を占拠し、条約権と先住民政策を訴えました。現在は国立公園局が管理する史跡で、犯罪者の伝説だけでなく、軍事施設、刑務所、先住民運動の歴史を伝えます。
1965年|月探査機レンジャー9号打ち上げ
1965年3月21日、レンジャー9号はアトラス・アジェナロケットでケープ・ケネディから打ち上げられました。月へ衝突する直前までテレビカメラで画像を送り、映像は米国のテレビで生中継されました。
24日にアルフォンソス・クレーターへ衝突するまでに約5,800枚の画像を取得し、月面地形の理解と有人着陸候補地の評価に役立ちました。着陸機ではなく、観測後に計画的に衝突する探査方式だった点が重要です。
1972年|高松塚古墳の壁画を発見
1972年3月21日、発掘調査中の高松塚古墳石室で、女子群像、四神、星宿図などの彩色壁画が見つかりました。飛鳥時代末から奈良時代初めのものとみられ、鮮やかな服装や東アジア文化との結びつきが大きな反響を呼びました。
壁画は国宝となりましたが、保存施設内でカビや劣化が進み、石室を解体して修理する異例の措置が取られました。発見は考古学上の成果であると同時に、発掘後の文化財を長期保存する難しさを社会へ示しました。
1990年|ナミビアが独立
1990年3月21日、首都ウィントフックで独立式典が行われ、SWAPO指導者サム・ヌジョマが初代大統領に就任しました。旧ドイツ植民地だった地域は第一次世界大戦後に南アフリカの委任統治下へ置かれ、アパルトヘイト政策も適用されていました。
長い独立戦争と国連仲介を経て、国連監視下の選挙と憲法制定により主権を得ました。独立はアフリカ脱植民地化の最終段階を象徴し、3月21日は現在もナミビアの独立記念日として公休日です。
3月21日の記念日・世界の祝日
ナミビア独立記念日
1990年3月21日の独立を祝うナミビアの国家祝日です。2026年は土曜日ですが、政府の年間休日表に別日の振替は掲げられていません。南アフリカ統治から主権を得た歴史を記憶する日です。
南アフリカ人権の日
1960年のシャープビル虐殺を記憶し、憲法が保障する人権を確認する南アフリカの祝日です。2026年3月21日は土曜日で、公休日として扱われます。祝賀だけでなくアパルトヘイトの犠牲を追悼する性格があります。
人種差別撤廃の国際デー
国連総会がシャープビル虐殺を受けて1966年に定めました。人種差別撤廃条約の実施と差別の解消を促す国際デーで、法定休日ではありません。事件名だけでなく、現在の構造的差別やヘイトへの対応を考える日です。
世界詩歌記念日
ユネスコが1999年に採択し、言語の多様性、詩の創作・朗読・出版を支える日としました。少数言語の表現を守り、詩人と読者をつなぐ文化的な国際デーです。国民の休日ではありません。
国際森林デー
国連総会が2012年に制定し、森林と樹木の重要性を伝える日です。植樹だけでなく、生物多様性、水循環、地域の生計、気候変動との関係を扱います。各年にテーマが設けられる啓発日です。
世界ダウン症の日
21番染色体が3本あることを表す「3月21日」にちなみ、国連総会が国際デーとして認定しました。当事者の権利、包摂、意思決定への参加を促します。医学的特徴だけで人を捉えない視点が大切です。
国際ノウルーズ・デー
国連がペルシャ語文化圏などで祝われる春の新年ノウルーズを文化遺産として尊重し、3月21日に国際デーを置いています。2026年のイラン暦1405年元日も3月21日で、国や地域により休日の長さは異なります。
イード・アル=フィトル(2026年・南アジアなど)
月の見え方と宗教当局の判断により、2026年はインドやシンガポールなどで3月21日にラマダン明けの祭礼が行われました。湾岸諸国の20日とは一日ずれます。イスラム暦の行事を世界一律の日付に固定しないことが重要です。
世界氷河の日
国連が2025年から3月21日を「世界氷河の日」とし、氷河の融解と水資源への影響を伝えています。同時に2025年から始まった「氷河保全の国際年」の流れを継ぐ日で、休日ではありません。
ナウルーズ(カザフスタン)第1日
カザフスタンでは3月21日から23日がナウルーズの法定休日です。2026年は週末と重なるため、政府休日表では24日・25日にも振替休日が続きます。固定の祭日と2026年の実際の休日配置を分けて記します。
世界人形劇の日
国際人形劇連盟UNIMAが2003年から広げる文化記念日です。人形劇の芸術性、教育・地域交流での役割、各地に残る伝統を紹介します。国連の国際デーや公休日ではなく、専門文化団体の制定日です。
ランドセルの日
ランドセルをミニサイズへ加工する事業者が、卒業期と「3+2+1=6」の語呂から制定した記念日です。学校制度上の公式日ではありません。企業由来を明記し、卒業記念品の再利用という文脈で紹介します。
カラー映画の日
1951年3月21日に国産初の長編カラー劇映画『カルメン故郷に帰る』が公開されたことにちなむ呼称です。法令や業界団体が定めた休日ではなく、日本映画技術史の節目を振り返る日です。
弘法大師御影供
真言宗寺院では弘法大師空海が入定した旧暦3月21日にちなみ、御影供が営まれます。新暦3月21日に行う寺院と旧暦・月遅れで行う寺院があり、全国一律の日程ではありません。宗派の法要として区別します。
七十二候「雀始巣」の期間
2026年3月21日は春分の初候「雀始巣」です。雀が巣を作り始める頃を表す言葉で、季節の変化を生き物の行動から捉えます。実際の営巣は地域差があり、観察結果を固定する日ではありません。
今日(2026年3月21日)が祝日の国
2026年3月21日はナミビアの独立記念日、南アフリカの人権の日、カザフスタンのナウルーズ、シンガポールのハリ・ラヤ・プアサなどが公休日です。インドでも月の観測を受けてイードが祝われましたが、休日の適用は州・機関で異なります。日本では国民の祝日ではありません。
- 日本|国民の祝日ではありません
- ナミビア|独立記念日(公休日)
- 南アフリカ|人権の日(公休日)
- カザフスタン|ナウルーズ第1日(公休日)
- イランなど|ノウルーズの新年休暇。期間は国ごとに異なります
- シンガポール|ハリ・ラヤ・プアサ(公休日)
- インド|イード・アル=フィトル。休日の適用は州・機関により異なります
3月21日が誕生日の有名人
趙匡胤(927年生)
宋の太祖として五代十国の分裂を収束へ導き、文官を重視する中央集権体制を築きました。軍人勢力を抑えた統治は宋代政治文化の基盤となりました。
アンジェラ・メリチ(1474年生)
聖ウルスラ会を創設し、家庭や地域で女性を教育する新しい宗教共同体を形づくりました。女子教育史とカトリック改革の重要人物です。
ジョゼフ・フーリエ(1768年生)
熱伝導方程式とフーリエ級数を発展させ、複雑な波形を三角関数へ分解する方法を示しました。現代の信号処理、画像、量子物理まで広く使われます。
ベニート・フアレス(1806年生)
先住民出身の法律家として自由主義改革を進め、フランス干渉とマクシミリアン帝政に抗して共和国を再建しました。メキシコ国家形成の象徴です。
モデスト・ムソルグスキー(1839年生)
『展覧会の絵』『ボリス・ゴドゥノフ』でロシア語の抑揚と民衆の声を音楽へ取り込みました。大胆な和声は後世の作曲家へ影響しました。
若槻禮次郎(1866年生)
二度首相を務め、ロンドン海軍軍縮会議では全権として条約成立に関わりました。満州事変への対応をめぐり第二次内閣は退陣しました。
ハンス・ホフマン(1880年生)
欧州モダニズムを米国へ伝え、色面の「プッシュ・アンド・プル」理論で抽象表現主義の画家たちを育てました。
ジョージ・デビッド・バーコフ(1884年生)
エルゴード定理や力学系研究で知られ、20世紀前半の米国数学を国際水準へ押し上げました。
M・N・ロイ(1887年生)
インド独立運動、メキシコ共産党、コミンテルンで活動した後、権威主義を批判して急進的人文主義を唱えました。
柳宗悦(1889年生)
無名の職人が生む日用品の美を「民藝」として見いだし、河井寛次郎や濱田庄司らと運動を展開しました。日本民藝館の設立者です。
サン・ハウス(1902年生)
デルタ・ブルースの強烈な歌唱とスライドギターで知られ、ロバート・ジョンソンらへ影響しました。1960年代の再発見で新世代にも聴かれました。
フォレスト・マース・シニア(1904年生)
マース社の国際展開を進め、M&M’sなど大量生産菓子のブランド形成に関わりました。
ジョン・D・ロックフェラー3世(1906年生)
人口、芸術、アジア文化交流の財団活動を推進し、アジア・ソサエティ創設にも関わりました。
ビスミッラー・カーン(1916年生)
婚礼・儀礼の楽器だったシェーナイをクラシック音楽の独奏楽器として国際舞台へ広げ、インド最高位勲章を受けました。
エリック・ロメール(1920年生)
フランス・ヌーヴェルヴァーグを代表し、『六つの教訓話』などで会話、欲望、自己欺瞞を精密に描きました。
アルテュール・グリュミオー(1921年生)
端正な音色と均衡ある解釈でモーツァルトやバッハを録音し、ベルギー楽派を代表しました。
ニザール・カッバーニー(1923年生)
恋愛、女性の自由、アラブ政治を平明で鋭いアラビア語詩に表し、広い読者を得ました。
ピーター・ブルック(1925年生)
『真夏の夜の夢』『マハーバーラタ』などで空間を簡素化し、俳優と観客の関係を問い直した現代演劇の巨匠です。
ハルトン・アープ(1927年生)
特異銀河のアトラスを編纂し、クエーサーの赤方偏移解釈へ異論を唱えました。主張は支持を失いましたが観測資料は重要です。
ウォルター・ギルバート(1932年生)
DNA塩基配列決定法の開発で1980年ノーベル化学賞を受賞し、遺伝子解析の基盤形成に貢献しました。
ブライアン・クラフ(1935年生)
ノッティンガム・フォレストを欧州王者へ導き、選手管理と率直な発言で英国サッカー史に名を残しました。
ゲイリー・オールドマン(1958年生)
変幻自在の役作りで映画・舞台に活躍し、『ウィンストン・チャーチル』でアカデミー主演男優賞を受賞しました。
植松伸夫(1959年生)
『ファイナルファンタジー』シリーズの音楽で、ゲーム音楽を物語体験とコンサート文化へ広げました。
アイルトン・セナ(1960年生)
F1世界選手権を三度制し、雨天での速さと予選の集中力で伝説となりました。安全問題を抱えた1994年サンマリノGPで事故死しました。
3月21日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 927 | 趙匡胤 | 北宋の初代皇帝 |
| 1474 | アンジェラ・メリチ | 修道女・教育者 |
| 1768 | ジョゼフ・フーリエ | 数学者・物理学者 |
| 1806 | ベニート・フアレス | メキシコ大統領 |
| 1839 | モデスト・ムソルグスキー | 作曲家 |
| 1866 | 若槻禮次郎 | 政治家・内閣総理大臣 |
| 1880 | ハンス・ホフマン | 画家・美術教育者 |
| 1884 | ジョージ・デビッド・バーコフ | 数学者 |
| 1887 | M・N・ロイ | 革命家・政治思想家 |
| 1889 | 柳宗悦 | 思想家・美術評論家 |
| 1902 | サン・ハウス | ブルース歌手・ギタリスト |
| 1904 | フォレスト・マース・シニア | 実業家 |
| 1906 | ジョン・D・ロックフェラー3世 | 慈善家 |
| 1916 | ビスミッラー・カーン | シェーナイ奏者 |
| 1920 | エリック・ロメール | 映画監督 |
| 1921 | アルテュール・グリュミオー | ヴァイオリニスト |
| 1923 | ニザール・カッバーニー | 詩人・外交官 |
| 1925 | ピーター・ブルック | 演出家 |
| 1927 | ハルトン・アープ | 天文学者 |
| 1932 | ウォルター・ギルバート | 分子生物学者 |
| 1935 | ブライアン・クラフ | サッカー監督 |
| 1958 | ゲイリー・オールドマン | 俳優 |
| 1959 | 植松伸夫 | 作曲家 |
| 1960 | アイルトン・セナ | レーシングドライバー |
3月21日が命日の有名人
トマス・クランマー(1556年没)
ヘンリー8世とエドワード6世期の宗教改革を支え、『共通祈祷書』の英語礼拝を形づくりました。メアリー1世期に異端として処刑され、聖公会史の中心人物となりました。
ジョン・ロー(1729年没)
紙幣と信用を用いてフランス財政を再建しようとしましたが、ミシシッピ会社への投機が崩壊しました。金融革新とバブルの両面を象徴します。
ニコラ=ルイ・ド・ラカーユ(1762年没)
喜望峰から南天を精密観測し、多数の恒星位置と新しい星座を整理しました。南半球天文学の基礎資料を残しました。
ロバート・サウジー(1843年没)
ワーズワース、コールリッジと湖畔詩人に数えられ、英国桂冠詩人を務めました。伝記・評論も多数執筆しました。
グアダルーペ・ビクトリア(1843年没)
独立戦争に参加し、共和国成立後の初代大統領として諸外国との関係と連邦制度の定着を進めました。
ジョセフ・E・ジョンストン(1891年没)
南北戦争で南軍の主要指揮官を務めました。シャーマンと戦った後に降伏し、戦後は和解を象徴する行動でも知られます。
フレデリック・テイラー(1915年没)
作業を計測・標準化する科学的管理法を唱え、生産性向上に影響しました。一方で労働の細分化と人間性軽視への批判も招きました。
アレクサンドル・グラズノフ(1936年没)
ロシア国民楽派と西欧的形式を結び、交響曲やバレエを残しました。サンクトペテルブルク音楽院長としてショスタコーヴィチらを支えました。
コーネリア・フォート(1943年没)
真珠湾攻撃を空中で目撃した民間教官で、米国女性航空部隊の先駆けとなりました。輸送任務中の衝突事故で死亡しました。
田中絹代(1977年没)
日本映画の無声期から戦後まで溝口健二、小津安二郎らの作品に出演し、女性監督としても六作品を残しました。
マイケル・レッドグレイヴ(1985年没)
英国舞台と映画で古典劇から現代劇まで演じ、繊細な心理表現で高く評価されました。
レオ・フェンダー(1991年没)
テレキャスター、ストラトキャスター、プレシジョンベースなど量産型電気楽器を設計し、ポピュラー音楽の音を変えました。
ウィルバート・オードリー(1997年没)
息子へ語った物語から『汽車のえほん』を生み出し、「きかんしゃトーマス」へ続く世界を築きました。
ガリーナ・ウラノワ(1998年没)
キーロフ、ボリショイ両バレエで『ジゼル』『ロメオとジュリエット』を踊り、劇的表現と抒情性で20世紀バレエを代表しました。
鄭周永(2001年没)
現代グループを創業し、建設・造船・自動車を世界企業へ育てました。晩年には牛を伴って軍事境界線を越えるなど南北経済交流にも関わりました。
ヴォルフガング・ワーグナー(2010年没)
祖父リヒャルト・ワーグナーの作品を上演するバイロイト音楽祭を半世紀以上運営し、戦後の再建を担いました。
チヌア・アチェベ(2013年没)
『崩れゆく絆』で植民地化以前と以後のイボ社会を描き、アフリカ文学を世界文学の中心へ押し出しました。
ジョージ・フォアマン(2025年没)
五輪金メダルと二度の世界ヘビー級王座を獲得し、45歳での王座返り咲きはスポーツ史上の大復活として知られます。
3月21日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1556 | トマス・クランマー | カンタベリー大主教 |
| 1729 | ジョン・ロー | 財政家 |
| 1762 | ニコラ=ルイ・ド・ラカーユ | 天文学者 |
| 1843 | ロバート・サウジー | 詩人 |
| 1843 | グアダルーペ・ビクトリア | メキシコ初代大統領 |
| 1891 | ジョセフ・E・ジョンストン | 軍人 |
| 1915 | フレデリック・テイラー | 経営学者 |
| 1936 | アレクサンドル・グラズノフ | 作曲家 |
| 1943 | コーネリア・フォート | 飛行士 |
| 1977 | 田中絹代 | 俳優・映画監督 |
| 1985 | マイケル・レッドグレイヴ | 俳優 |
| 1991 | レオ・フェンダー | 楽器製作者 |
| 1997 | ウィルバート・オードリー | 聖職者・児童文学作家 |
| 1998 | ガリーナ・ウラノワ | バレエダンサー |
| 2001 | 鄭周永 | 実業家 |
| 2010 | ヴォルフガング・ワーグナー | 舞台演出家 |
| 2013 | チヌア・アチェベ | 小説家 |
| 2025 | ジョージ・フォアマン | プロボクサー・実業家 |
3月21日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡羊座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 3月の誕生石 | アクアマリン、サンゴ、ブラッドストーン、アイオライト |
2026年3月21日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 土曜日 |
| 和暦 | 令和8年3月21日 |
| 旧暦 | 2026年2月3日 |
| 六曜 | 仏滅 |
| 干支 | 甲午(きのえうま) |
| 二十四節気 | 春分の期間(2026年の春分は3月20日23時46分、清明は4月5日3時40分) |
| 七十二候 | 雀始巣(すずめはじめてすくう) |
| 月齢 | 2.1(東京・正午) |
| 十二直 | 平(たいら) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年3月21日の暦を読む
2026年3月21日は土曜日、旧暦2月3日です。二十四節気は春分の期間、七十二候は「雀始巣」。東京の正午月齢は2.1で、日没後に細い月を探せる時期です。六曜は仏滅、十二直は平。日本の国民の祝日ではありませんが、ナミビア、南アフリカ、カザフスタンなどでは国家祝日・公休日です。ノウルーズは文化圏と国により暦・休日期間が異なります。
主な確認資料
- Legifrance・Code civil
- 国連・人種差別撤廃の国際デー
- UNESCO・World Poetry Day
- 国連・International Day of Forests
- 国連・World Down Syndrome Day
- 国連・International Day of Nowruz
- NASA・Ranger 9
- 米国国立公園局・Alcatraz History
- シンガポール人材開発省・Public Holidays
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年3月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
