
3月20日、今日は何の日?
2026年3月20日(金曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1995年の地下鉄サリン事件、1602年のオランダ東インド会社設立、2003年のイラク戦争開始。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1995年の地下鉄サリン事件/1602年のオランダ東インド会社設立/2003年のイラク戦争開始 |
| 代表的な記念日 | 春分の日(日本)/春彼岸の中日/チュニジア独立記念日 |
| 2026年の暦 | 金曜日・旧暦2026年2月2日・春分の日 |
- 3月20日に起きた主な事件
- 3月20日の記念日・世界の祝日
- 3月20日が誕生日の有名人
- オウィディウス(紀元前43年生)
- マルカム4世(1142年生)
- ラーマ1世(1737年生)
- ジャン=アントワーヌ・ウードン(1741年生)
- フリードリヒ・ヘルダーリン(1770年生)
- ナポレオン2世(1811年生)
- ヘンリック・イプセン(1828年生)
- 高橋由一(1828年生)
- エドワード・ポインター(1836年生)
- エルネスト・ナザレー(1863年生)
- 西郷四郎(1866年生)
- 曽我量深(1875年生)
- モード・メンテン(1879年生)
- ベニャミーノ・ジーリ(1890年生)
- B・F・スキナー(1904年生)
- マイケル・レッドグレイヴ(1908年生)
- アルフォンソ・ガルシア・ロブレス(1911年生)
- スヴャトスラフ・リヒテル(1915年生)
- ヴェラ・リン(1917年生)
- フレッド・ロジャース(1928年生)
- ジェリー・リード(1937年生)
- ウィリアム・ハート(1950年生)
- スパイク・リー(1957年生)
- チェスター・ベニントン(1976年生)
- 3月20日生まれの有名人一覧
- 3月20日が命日の有名人
- 平清盛(1181年没)
- 平敦盛(1184年没)
- ヤン・ネポムツキー(1393年没)
- ヘンリー4世(1413年没)
- マティアス(1619年没)
- ロベール・カブリエ・ド・ラ・サール(1687年没)
- 大石良雄(1703年没)
- マリア1世(1816年没)
- ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー(1878年没)
- コシュート・ラヨシュ(1894年没)
- フェルディナン・フォッシュ(1929年没)
- C・ライト・ミルズ(1962年没)
- カール・テオドア・ドライヤー(1968年没)
- レフ・ヤシン(1990年没)
- ポリカプ・クッシュ(1993年没)
- ユリアナ(2004年没)
- いかりや長介(2004年没)
- ケニー・ロジャース(2020年没)
- 3月20日が命日の有名人一覧
- 3月20日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年3月20日の暦
3月20日に起きた主な事件
- 1184年|源範頼・義経の軍が摂津国一ノ谷の平氏軍を破り、源平合戦の流れを大きく変えました。
- 1602年|オランダ諸会社が統合され、アジア貿易を担う連合東インド会社が特許を受けました。
- 1703年|江戸幕府が吉良邸討ち入りに参加した赤穂浪士46人へ切腹を命じました。
- 1754年|薩摩藩が幕府の命を受け、木曽三川下流の大規模治水工事に着手しました。
- 1815年|エルバ島を脱出したナポレオンがパリへ入り、「百日天下」が本格的に始まりました。
- 1852年|ハリエット・ビーチャー・ストウの反奴隷制小説が単行本として出版されました。
- 1882年|日本初の近代的動物園として、東京の上野公園に博物館付属動物園が開かれました。
- 1883年|特許・商標などを国境を越えて保護するパリ条約が、11か国により署名されました。
- 1890年|ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が、初代帝国宰相ビスマルクの辞任を受理しました。
- 1913年|中国国民党の中心政治家・宋教仁が上海駅で撃たれ、二日後に死亡しました。
- 1933年|ナチ政権がミュンヘン郊外ダッハウに政治犯収容所を設けると発表しました。
- 1956年|フランスとチュニジアが独立議定書に調印し、保護領体制が終わりました。
- 1969年|ジョン・レノンとオノ・ヨーコが英領ジブラルタルで婚姻手続きを行いました。
- 1995年|オウム真理教が東京の地下鉄車内でサリンを散布し、多数の死傷者を出しました。
- 2003年|米国主導の有志連合がイラクへの軍事作戦を開始し、バグダッドを攻撃しました。
1184年|一ノ谷の戦い
寿永3年2月7日(グレゴリオ暦1184年3月20日)、源範頼と源義経が率いる源氏軍は、福原周辺に陣を敷いた平氏軍を東西から攻めました。『平家物語』で名高い「鵯越の逆落とし」は後世の軍記的脚色も含むため、史実と物語を分けて扱う必要があります。
平氏は多くの将を失って屋島へ退き、源氏は畿内での主導権を強めました。若い平敦盛と熊谷直実の逸話などが能・幸若舞・歌舞伎へ受け継がれ、戦闘の勝敗だけでなく、敗者への哀惜を表す文化的記憶を形成した合戦です。
1602年|オランダ東インド会社が設立
1602年3月20日、ネーデルラント連邦共和国の議会は、競合していた遠隔地貿易会社を統合したオランダ東インド会社(VOC)へ21年間の独占特許を与えました。会社は株式による大規模資金調達を行い、条約締結、要塞建設、軍事行動まで認められました。
VOCはバタヴィアを拠点に香辛料貿易を支配し、長崎・平戸を経て出島でも対日交易を続けました。近代株式会社の先駆として語られる一方、植民地支配、強制栽培、暴力を伴った存在でもあり、企業史と帝国史を一体で見る必要があります。
1703年|赤穂浪士に切腹命令
元禄16年2月4日(1703年3月20日)、幕府は大石内蔵助ら赤穂浪士46人に切腹を命じました。浪士たちは前年12月、主君浅野長矩の仇として吉良義央邸へ討ち入り、四家の大名屋敷へ預けられていました。寺坂吉右衛門は討ち入り後に一行を離れ、処分対象には含まれません。
幕府は主従の忠義を評価する世論と、私闘を禁じる法秩序の間で判断を迫られました。事件は『仮名手本忠臣蔵』などで物語化され、史実の赤穂事件とは異なる設定も広まりました。日付は旧暦2月4日を現行暦へ換算したものです。
1754年|宝暦治水が始まる
宝暦4年2月27日(1754年3月20日)、薩摩藩は美濃・尾張を流れる木曽川、長良川、揖斐川の洪水対策に着手しました。幕府による御手伝普請で、遠隔地の薩摩藩には巨額の費用と多数の人員負担が課されました。
工事は堤防改修などを進めたものの、疫病や事故、藩士の自害を含む大きな犠牲を伴いました。治水技術史の節目であると同時に、幕藩関係と領民生活への負担を示す出来事です。後世の「薩摩義士」顕彰には史料批判も欠かせません。
1815年|ナポレオンがパリへ帰還
1815年3月20日、ナポレオンは南フランス上陸から約三週間でパリへ到着しました。迎撃を命じられた兵士の多くが彼に合流し、ルイ18世は前夜に首都を離れました。復古王政への不満と、旧皇帝への軍の支持が急速な帰還を可能にしました。
ナポレオンは憲法的な統治を約束しましたが、欧州列強は再び連合して対決します。6月のワーテルロー敗北と二度目の退位までの期間は「百日天下」と呼ばれ、革命後のフランスと王政復古、列強の勢力均衡がなお不安定だったことを示します。
1852年|『アンクル・トムの小屋』刊行
1852年3月20日、米国で『アンクル・トムの小屋』が二巻本として刊行されました。作品は前年から新聞連載され、逃亡奴隷法の下で家族を引き裂かれる人びとの苦難を、北部の幅広い読者へ伝えました。発売後すぐ大きな反響を呼び、舞台化も相次ぎました。
奴隷制反対世論を広げた文学として重要ですが、黒人像の類型化や後世の舞台版が生んだ偏見も批判されています。歴史的影響を評価すると同時に、誰が語り手となり、表象がどのように変質したかまで読むべき作品です。
1882年|上野動物園が開園
1882年3月20日、農商務省博物局の施設として上野動物園が開園しました。博覧会施設の動物展示を引き継ぎ、当初は国内動物を中心とした比較的小規模な施設でしたが、都市の教育・娯楽空間として来園者を集めました。
その後、海外動物の収集や繁殖研究を進める一方、戦時中の猛獣処分という重い歴史も経験しました。現在は野生生物の保全・教育・研究を担います。3月20日は「動物園の誕生日」に当たり、単なる語呂合わせの記念日ではありません。
1883年|工業所有権の保護に関するパリ条約が成立
1883年3月20日、パリで工業所有権の保護に関する条約が署名されました。発明者が複数国へ出願する際、最初の出願日を基準にできる優先権や、外国人にも自国民と同等の保護を与える内国民待遇が柱です。
条約はその後改正を重ね、世界知的所有権機関が管理する知的財産制度の基盤となりました。世界共通の一つの特許を作る制度ではなく、各国制度を尊重しながら国際出願を支える共通原則を定めた点が重要です。
1890年|ビスマルクの辞任が受理される
社会主義者鎮圧法や外交方針をめぐり若い皇帝ヴィルヘルム2世と対立したビスマルクは、1890年3月18日に辞表を提出し、20日に受理されました。プロイセン首相とドイツ帝国宰相を兼ね、統一以来の政治を主導した人物の退場です。
皇帝は親政を強め、ビスマルクが築いた複雑な同盟網も次第に組み替えられました。第一次世界大戦を辞任だけで説明することはできませんが、欧州外交の安定装置とされた体制が転換する象徴的な節目です。提出日と受理日を区別します。
1913年|宋教仁が上海駅で狙撃
1913年3月20日、国会選挙で勝利した国民党の宋教仁は、北京へ向かうため上海北駅に着いたところを銃撃されました。議院内閣制によって袁世凱の権力を抑えようとしていた宋は、22日に31歳で亡くなりました。
事件の背後関係は完全には解明されていませんが、袁政権関係者への疑いが強まりました。国民党と袁世凱の対立は第二革命へ進み、辛亥革命後に議会政治を根づかせる機会が失われていく転機となりました。狙撃日と死亡日は別です。
1933年|ダッハウ強制収容所の設置が発表
1933年3月20日、バイエルン州の警察長官ハインリヒ・ヒムラーは、ダッハウに政治犯を収容する施設を設けると記者会見で発表しました。最初の囚人が到着して収容所が稼働したのは3月22日であり、この二つの日付は分ける必要があります。
ダッハウは親衛隊が管理する強制収容所のモデルとなり、政治的反対者からユダヤ人、ロマ、同性愛者などへ迫害対象が広がりました。設置発表は、法的手続きを外した拘禁が国家制度として組織化される過程を示します。
1956年|チュニジアが独立
1956年3月20日、パリでフランス・チュニジア議定書が調印され、1881年以来のフランス保護領体制が終了しました。民族運動ネオ・デストゥールを率いたハビーブ・ブルギーバは帰国後、首相として新国家の形成を主導しました。
翌1957年には君主制が廃止され共和国となります。独立は北アフリカの脱植民地化を進めた一方、長期政権下の権威主義という課題も残しました。3月20日は現在もチュニジアの独立記念日で、2026年も公休日です。
1969年|ジョン・レノンとオノ・ヨーコが結婚
1969年3月20日、ビートルズのジョン・レノンと前衛芸術家オノ・ヨーコは、ジブラルタルの英国領事館で結婚しました。二人はその後アムステルダムのホテルで「ベッド・イン」を行い、結婚を平和運動の発信機会へ変えました。
私生活が世界的報道の対象となるなか、音楽、パフォーマンス、政治的メッセージを結びつけた活動は大衆文化の表現領域を広げました。一方、ビートルズ解散の原因をオノ一人へ帰す見方は、複数の内部要因を無視した単純化です。
1995年|地下鉄サリン事件
1995年3月20日の朝、営団地下鉄三路線を走る五列車で、実行犯が液体サリン入りの袋を傘先で突きました。霞ケ関周辺へ向かう通勤客や駅員が被害を受け、14人が死亡し、6千人を超える人びとが負傷しました。救護者の二次被害も起きました。
無差別化学テロは都市交通と救急医療の脆弱性を突きつけ、地下鉄の安全対策、化学災害医療、警察・消防の連携を見直す契機となりました。被害者には現在も後遺症を抱える人がいます。事件を奇異な教団の物語に縮めず、被害と社会的教訓を中心に記憶する必要があります。
2003年|イラク戦争が始まる
2003年3月20日、米国はイラク指導部を狙う空爆を開始し、クウェートから地上部隊が侵攻しました。米政府は大量破壊兵器計画とテロの危険を主要理由に挙げましたが、国連安全保障理事会で武力行使を明示的に承認する新決議は得られませんでした。
フセイン政権は短期間で崩壊したものの、主張された大量破壊兵器の備蓄は見つからず、占領統治の混乱、反乱、宗派対立、過激派の台頭が長期化しました。開始は米東部時間では19日夜ですが、イラク現地日付と日本の一般的年表では3月20日とされます。
3月20日の記念日・世界の祝日
春分の日(日本)
2026年3月20日は国民の祝日「春分の日」です。祝日法は趣旨を「自然をたたえ、生物をいつくしむ」とし、日付は固定ではなく前年2月の官報で確定します。天文学上の春分は同日23時46分で、祝日の日付と瞬間を区別します。
春彼岸の中日
春分の日を中日とする前後三日間が春彼岸です。2026年は3月17日が彼岸入り、20日が中日、23日が彼岸明け。墓参りや寺院の法要が行われますが、仏教国共通の休日ではなく、日本で発達した年中行事です。
チュニジア独立記念日
1956年3月20日のフランスとの独立議定書を記念するチュニジアの国家祝日です。2026年も3月20日が公休日です。植民地支配の終結を祝う日で、単なる建国日というより主権回復の歴史を振り返る機会です。
イード・アル=フィトル(2026年・湾岸諸国など)
ラマダン明けを祝うイスラム教の大祭です。月の観測により国ごとに日付が分かれ、2026年はサウジアラビア、UAEなどの湾岸諸国とフィリピンが3月20日を祝日と公式決定しました。毎年の推算だけで固定しない行事です。
国際幸福デー
国連総会が2012年に定め、2013年から毎年3月20日に実施する国際デーです。経済成長だけでなく、幸福と福祉を政策目標として捉える重要性を示します。法定休日ではなく、各国・団体が啓発活動を行う日です。
フランス語の日
国連が多言語主義を促す言語デーの一つで、フランコフォニー国際機関の前身が発足した3月20日に置かれています。フランス語圏の文化的多様性と国際機関での言語の公平を考える日で、公休日ではありません。
世界口腔保健デー
FDI世界歯科連盟が、口腔の健康と全身の健康のつながりを伝えるため3月20日に展開する国際啓発日です。「高齢者が生涯20本の天然歯を保つ」といった数字にちなむ説明があり、歯科受診や予防行動を促します。
世界スズメの日
インドのNature Forever Societyなどが2010年から提唱する啓発日です。都市化や建築様式の変化で身近な鳥の生息環境が変わることに目を向けます。国連制定日でも休日でもなく、市民保全運動としての記念日です。
上野動物園開園記念日
1882年3月20日に日本初の近代的動物園として開園した史実に基づく記念日です。現在の上野動物園は東京都が運営し、展示だけでなく希少種の保全・繁殖・教育を担います。語呂合わせではなく施設の開園日に由来します。
電卓の日
日本事務機械工業会(現在のビジネス機械・情報システム産業協会)が、国産電卓の生産が世界一になったことなどを記念して1974年に制定しました。日付は春分の日に合わせたもので、特定製品の発売日ではありません。
LPレコードの日
1951年3月20日に日本コロムビアが国内で初めてLPレコードを発売したことにちなむ記念日です。長時間再生できるLPはアルバム文化を支えました。現在のレコード人気と結びつけられますが、公的な休日ではありません。
はらぺこあおむしの日
絵本『はらぺこあおむし』日本語版の刊行元である偕成社が、作者エリック・カールの作品世界を伝える日として制定しました。原書が1969年3月20日に刊行されたことに由来し、日本記念日協会に登録されています。
サブレの日
菓子メーカーの日清シスコが主力商品「ココナッツサブレ」をPRするため制定した企業記念日です。3・2・0を「サブレ」と読む語呂合わせに由来します。食文化の話題として紹介し、公休日や業界全体の制定日とは区別します。
七十二候「雀始巣」
2026年3月20日は春分の初候「雀始巣」の期間に入ります。「すずめはじめてすくう」と読み、雀が巣作りを始める頃という意味です。実際の繁殖時期は地域・気候で異なり、暦上の季節表現として扱います。
今日(2026年3月20日)が祝日の国
2026年3月20日は日本の春分の日、チュニジアの独立記念日が公休日です。サウジアラビア、UAEなどの湾岸諸国とフィリピンでは、月の観測後にイード・アル=フィトルの祝日と確定しました。国際幸福デーなどの啓発日とは法的扱いが異なります。イラン暦1405年の元日は春分後の判定により翌21日です。
- 日本|春分の日(国民の祝日)
- チュニジア|独立記念日(公休日)
- サウジアラビア・UAEなど|イード・アル=フィトル(公休日)
- フィリピン|イード・アル=フィトル(2026年3月20日を全国の通常休日に指定)
- 国際幸福デー・フランス語の日|国際的記念日であり公休日ではありません
3月20日が誕生日の有名人
オウィディウス(紀元前43年生)
『変身物語』『恋の技法』などを残し、神話の変身譚を流麗な叙事詩へまとめました。後世の欧州文学・絵画・音楽に膨大な題材を提供し、追放後の哀歌もローマ文学の重要作品です。
マルカム4世(1142年生)
12世紀スコットランド王として若くして即位し、国内諸侯とイングランド王権の圧力の間で統治しました。宗教的敬虔さから「乙女王」と呼ばれましたが、25歳で没し弟ウィリアム1世が継承しました。
ラーマ1世(1737年生)
チャクリー王朝を開き、1782年に首都をバンコクへ移しました。法制・仏教・王宮制度を整え、現在のタイ王朝へ続く政治文化の基礎を築いた国王です。
ジャン=アントワーヌ・ウードン(1741年生)
ヴォルテール、ルソー、ワシントンら18世紀の人物像を写実的な胸像・立像で残しました。理想化と精密な観察を結びつけ、啓蒙時代の知識人の姿を今日へ伝えています。
フリードリヒ・ヘルダーリン(1770年生)
古代ギリシャへの憧憬と近代人の分裂を高密度の抒情詩に表し、『ヒュペーリオン』を残しました。生前の評価は限られましたが、20世紀文学・哲学に大きな影響を与えました。
ナポレオン2世(1811年生)
ナポレオン1世とマリー・ルイーズの子で、父の二度目の退位時に名目上皇帝とされました。実権を持たずウィーン宮廷で育ち、若くして没したため「鷲の子」として伝説化されました。
ヘンリック・イプセン(1828年生)
『人形の家』『幽霊』『民衆の敵』で家庭、道徳、社会の偽善を問い、近代写実劇を確立しました。個人の自立を舞台上の対話と葛藤で示し、世界の演劇に決定的影響を与えました。
高橋由一(1828年生)
油彩技法を日本で本格的に学び広め、『鮭』など身近な対象を迫真的に描きました。近代日本洋画の先駆者として、美術教育や展覧会活動にも足跡を残しました。
エドワード・ポインター(1836年生)
古代世界を精緻に描く歴史画で知られ、ロイヤル・アカデミー会長やナショナル・ギャラリー館長を務めました。英国ヴィクトリア朝美術の制度面も支えた人物です。
エルネスト・ナザレー(1863年生)
ショーロやタンゴ・ブラジレイロに欧州舞曲の技法を融合し、ブラジル都市音楽の発展を支えました。『オデオン』などはクラシックと大衆音楽の境界を越えて演奏されます。
西郷四郎(1866年生)
講道館草創期の柔道家で、山嵐などの技で名を上げました。富田常雄の小説『姿三四郎』の主人公モデルの一人とされ、黎明期柔道の象徴的人物です。
曽我量深(1875年生)
近代教学の立場から親鸞思想を読み直し、阿頼耶識と如来蔵の議論を通じて浄土真宗の思想的可能性を広げました。
モード・メンテン(1879年生)
酵素反応速度を表すミカエリス・メンテン式に名を残しました。病理学、染色法、がん研究にも取り組み、女性研究者が少なかった時代に多分野で成果を挙げました。
ベニャミーノ・ジーリ(1890年生)
甘く柔らかな声とレガートでイタリア・オペラを代表し、メトロポリタン歌劇場などで活躍しました。録音を通じて20世紀前半のベルカント唱法を広く伝えました。
B・F・スキナー(1904年生)
行動の結果によって反応が変化するオペラント条件づけを体系化しました。スキナー箱を用いた実験は学習理論、教育、行動療法へ大きな影響を与えました。
マイケル・レッドグレイヴ(1908年生)
英国の舞台と映画でシェイクスピア劇からサスペンスまで幅広く演じ、レッドグレイヴ俳優一家の中心人物となりました。
アルフォンソ・ガルシア・ロブレス(1911年生)
ラテンアメリカ核兵器禁止条約の成立に尽力し、1982年ノーベル平和賞を受賞しました。非核地帯という地域安全保障モデルを国際社会へ示しました。
スヴャトスラフ・リヒテル(1915年生)
巨大なレパートリーと厳格な作品解釈で20世紀を代表するピアニストとなりました。録音と演奏会の双方で、作曲家ごとに異なる音色と構築力を示しました。
ヴェラ・リン(1917年生)
第二次世界大戦期に『We’ll Meet Again』などを歌い、英国軍人と家族を励ました「軍隊の恋人」として親しまれました。
フレッド・ロジャース(1928年生)
子ども番組『Mister Rogers’ Neighborhood』で感情、他者への尊重、困難な出来事を穏やかな言葉で扱い、米国の幼児教育に長く影響しました。
ジェリー・リード(1937年生)
カントリー音楽の技巧的ギタリストとして活動し、作曲や映画出演でも人気を得ました。
ウィリアム・ハート(1950年生)
『蜘蛛女のキス』でアカデミー主演男優賞を受賞し、知性と脆さを併せ持つ人物像を映画で表現しました。
スパイク・リー(1957年生)
『ドゥ・ザ・ライト・シング』などで人種、都市、政治を鋭く描き、米国映画における黒人の視点と自主制作の可能性を広げました。
チェスター・ベニントン(1976年生)
リンキン・パークのボーカルとして、激しいシャウトと繊細な歌声を往復し、2000年代ロックの世界的な支持を得ました。
3月20日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 紀元前43 | オウィディウス | 古代ローマの詩人 |
| 1142 | マルカム4世 | スコットランド王 |
| 1737 | ラーマ1世 | シャム国王 |
| 1741 | ジャン=アントワーヌ・ウードン | 彫刻家 |
| 1770 | フリードリヒ・ヘルダーリン | 詩人 |
| 1811 | ナポレオン2世 | ローマ王・ライヒシュタット公 |
| 1828 | ヘンリック・イプセン | 劇作家 |
| 1828 | 高橋由一 | 洋画家 |
| 1836 | エドワード・ポインター | 画家・美術行政家 |
| 1863 | エルネスト・ナザレー | 作曲家・ピアニスト |
| 1866 | 西郷四郎 | 柔道家 |
| 1875 | 曽我量深 | 真宗大谷派の僧・仏教学者 |
| 1879 | モード・メンテン | 医学者・生化学者 |
| 1890 | ベニャミーノ・ジーリ | テノール歌手 |
| 1904 | B・F・スキナー | 心理学者 |
| 1908 | マイケル・レッドグレイヴ | 俳優 |
| 1911 | アルフォンソ・ガルシア・ロブレス | 外交官 |
| 1915 | スヴャトスラフ・リヒテル | ピアニスト |
| 1917 | ヴェラ・リン | 歌手 |
| 1928 | フレッド・ロジャース | テレビ司会者・教育者 |
| 1937 | ジェリー・リード | 歌手・ギタリスト・俳優 |
| 1950 | ウィリアム・ハート | 俳優 |
| 1957 | スパイク・リー | 映画監督 |
| 1976 | チェスター・ベニントン | 歌手 |
3月20日が命日の有名人
平清盛(1181年没)
武士として初めて太政大臣となり、日宋貿易と平氏政権を推進しました。治承・寿永の内乱中に没し、その後平氏は急速に劣勢へ向かいます。日付は旧暦治承5年閏2月4日の換算です。
平敦盛(1184年没)
一ノ谷の戦いで熊谷直実に討たれた若武者として『平家物語』に描かれました。史実以上に、戦乱の無常と敗者への哀惜を象徴する文化的存在となっています。
ヤン・ネポムツキー(1393年没)
ボヘミア王ヴァーツラフ4世との対立の末に殺害され、後にカトリックの聖人となりました。告解の秘密を守ったという伝承から橋や水難除けの守護聖人として信仰されています。
ヘンリー4世(1413年没)
リチャード2世を退位させランカスター朝を開きました。王位の正統性をめぐる反乱に対処し、その治世は後の薔薇戦争へつながる王朝対立の背景となりました。
マティアス(1619年没)
弟ルドルフ2世からハプスブルク領の実権を奪い皇帝となりました。宗派対立を抑えられず、晩年に三十年戦争が始まりました。
ロベール・カブリエ・ド・ラ・サール(1687年没)
ミシシッピ川流域をフランス領ルイジアナと宣言しました。河口植民地の再探索中、テキサスで部下の反乱により殺害されました。
大石良雄(1703年没)
赤穂藩筆頭家老として主君浅野長矩の死後、浪士をまとめて吉良邸討ち入りを実行しました。切腹後、史実と創作が交錯する忠臣蔵文化の中心人物となりました。
マリア1世(1816年没)
ポルトガル初の女性君主として即位し、ナポレオン軍侵攻後は宮廷とともにブラジルへ移りました。リオデジャネイロで没し、大西洋帝国の転換期を生きた君主です。
ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー(1878年没)
熱と仕事の等価性を独立に論じ、エネルギー保存則の成立へ寄与しました。生前は評価を得にくかったものの、熱力学史の重要人物です。
コシュート・ラヨシュ(1894年没)
1848年革命でハンガリー独立運動を指導し、敗北後は長い亡命生活を送りました。民族主権の象徴として記憶されています。
フェルディナン・フォッシュ(1929年没)
第一次世界大戦末期の連合軍総司令官として西部戦線の作戦を統括し、休戦交渉にも関わりました。
C・ライト・ミルズ(1962年没)
『パワー・エリート』『社会学的想像力』で、個人の問題を社会構造と歴史へ結びつけて考える視点を示しました。
カール・テオドア・ドライヤー(1968年没)
『裁かるるジャンヌ』『奇跡』などで簡潔な画面と精神的緊張を追究し、映画表現の可能性を押し広げました。
レフ・ヤシン(1990年没)
黒いユニホームから「黒蜘蛛」と呼ばれ、ゴールキーパーとして唯一バロンドールを受賞しました。近代的守備範囲と統率力の先駆者です。
ポリカプ・クッシュ(1993年没)
電子の磁気能率を精密測定し、量子電磁力学の発展につながる成果で1955年ノーベル物理学賞を受賞しました。
ユリアナ(2004年没)
第二次世界大戦後の復興期から1980年まで在位し、親しみやすい王室像で知られました。
いかりや長介(2004年没)
ザ・ドリフターズのリーダーとして『8時だョ!全員集合』を支え、後年は俳優としても重厚な役柄を演じました。
ケニー・ロジャース(2020年没)
『The Gambler』などでカントリーとポップを結び、物語性のある歌唱で世界的な人気を得ました。
3月20日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1181 | 平清盛 | 武将・公卿 |
| 1184 | 平敦盛 | 平安時代の武将 |
| 1393 | ヤン・ネポムツキー | 司祭・殉教者 |
| 1413 | ヘンリー4世 | イングランド王 |
| 1619 | マティアス | 神聖ローマ皇帝 |
| 1687 | ロベール・カブリエ・ド・ラ・サール | 探検家 |
| 1703 | 大石良雄 | 赤穂浪士の指導者 |
| 1816 | マリア1世 | ポルトガル女王 |
| 1878 | ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー | 物理学者・医師 |
| 1894 | コシュート・ラヨシュ | ハンガリーの政治家 |
| 1929 | フェルディナン・フォッシュ | フランスの軍人 |
| 1962 | C・ライト・ミルズ | 社会学者 |
| 1968 | カール・テオドア・ドライヤー | 映画監督 |
| 1990 | レフ・ヤシン | サッカー選手 |
| 1993 | ポリカプ・クッシュ | 物理学者 |
| 2004 | ユリアナ | オランダ女王 |
| 2004 | いかりや長介 | コメディアン・俳優 |
| 2020 | ケニー・ロジャース | 歌手 |
3月20日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 魚座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 3月の誕生石 | アクアマリン、サンゴ、ブラッドストーン、アイオライト |
2026年3月20日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 金曜日 |
| 和暦 | 令和8年3月20日 |
| 旧暦 | 2026年2月2日 |
| 六曜 | 先負 |
| 干支 | 癸巳(みずのとみ) |
| 二十四節気 | 春分(2026年は3月20日23時46分。清明は4月5日3時40分) |
| 七十二候 | 雀始巣(すずめはじめてすくう) |
| 月齢 | 1.1(東京・正午) |
| 十二直 | 満(みつ) |
| 日本の祝日 | 春分の日 |
2026年3月20日の暦を読む
2026年3月20日は金曜日、旧暦2月2日です。23時46分に太陽が春分点を通過し、二十四節気は春分へ入ります。七十二候は「雀始巣」、東京の正午月齢は1.1で、新月直後の細い月です。六曜は先負、十二直は満。日本では国民の祝日「春分の日」で、春彼岸の中日にも当たります。暦注の吉凶は伝統的な目安で、科学的因果を示すものではありません。
主な確認資料
- 東京都恩賜上野動物園・歴史
- WIPO・Paris Convention
- 国連・International Day of Happiness
- UNESCO・World French Language Day
- FDI・World Oral Health Day
- 米国ホロコースト記念博物館・Dachau
- 国立警察大学校・地下鉄サリン事件の教訓
- Encyclopaedia Britannica・Iraq War
- フィリピン大統領広報室・2026年イード休日
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年3月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
