
2月12日、今日は何の日?
2026年2月12日(木曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したい出来事は、リンカーンとダーウィンの誕生、『ラプソディ・イン・ブルー』の初演、「ボンカレー」の発売。歴史上の記念日と実際の2026年の休日を区別しながら見ていきましょう。
2月12日に起きた主な事件
- 1554年|イングランドで短期間女王とされたジェーン・グレイが処刑されました。
- 1912年|宣統帝の退位詔書が出され清朝の統治が終わりました。
- 1924年|ジョージ・ガーシュウィンの作品がニューヨークで初演されました。
- 1941年|英国の病院で感染症患者へのペニシリン投与が始まりました。
- 1947年|クリスチャン・ディオールがパリで初のコレクションを発表しました。
- 1968年|世界初期の市販レトルト食品「ボンカレー」が阪神地区で発売されました。
- 1984年|登山家・植村直己が北米最高峰デナリに冬季単独で登頂しました。
- 2001年|探査機NEARシューメーカーが小惑星エロス表面に到達しました。
- 2002年|旧ユーゴ国際戦犯法廷がミロシェビッチの審理を始めました。
- 2013年|北朝鮮で地下核実験とみられる事象が観測されました。
1554年|レディ・ジェーン・グレイが処刑される
エドワード6世の死後、王位継承をめぐる争いでジェーン・グレイは女王とされましたが、支持を失ってメアリー1世が即位します。ジェーンは2月12日にロンドン塔で処刑されました。「9日間の女王」という呼び名でも知られます。
宗教改革、王位継承法、貴族政治が若い女性の運命を左右した事件です。本人の意思だけで王位を奪い合ったかのように描くより、政治勢力の動きと宗教対立を見た方が歴史的背景が分かります。
エドワード6世の死後、彼女を推す勢力とメアリー1世を支持する勢力が王位の正統性を争いました。ジェーンの短い在位と処刑を悲劇としてのみ語ると、宗教上の対立や有力貴族の策略が見えなくなります。後に数多くの絵画や物語の題材になったことと、当時の政治上の位置づけも分けて見たい出来事です。
1912年|清朝最後の皇帝・宣統帝が退位
辛亥革命によって清朝の支配が各地で揺らぎ、宣統帝(溥儀)の退位詔書が2月12日に公布されました。革命派と袁世凱らが共和制への移行を交渉した末の決着です。
中国最後の皇帝による王朝統治が終わり、中華民国の体制へ移ります。ただし共和制がその日に安定したわけではなく、その後も地方軍閥や対外関係をめぐる混乱が続きました。
当時の宣統帝・溥儀は幼く、退位を巡る交渉を主導したのは朝廷の実力者や革命派でした。王朝は終わっても特別な待遇は当面維持され、本人はその後も複雑な政治史を歩みます。退位詔書は帝政の終結を示しますが、新しい共和国での民主的な制度が同日に整ったわけではありません。
1924年|『ラプソディ・イン・ブルー』初演
ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』がニューヨークのエオリアン・ホールで、ポール・ホワイトマンの楽団によって初演されました。クラリネットの滑らかな上行音から始まる作品で、作曲家自身がピアノを弾きました。
ジャズとクラシックの語法を同じ舞台に置く試みとして音楽史に名を残します。初演は現代の標準的な管弦楽版と同じ編成ではなく、後に編曲と録音によって親しまれる形が広がりました。
初演はホワイトマンの企画した新しい音楽を紹介する演奏会の中で行われ、編曲にはファーディ・グローフェも関わりました。後年よく演奏される大編成の管弦楽版から初演の音色を逆算しないことが大切です。都会的なリズムとコンサート音楽が出会った作品として評価されます。
1941年|初期のペニシリン治療が患者に行われる
オックスフォードの病院で重い感染症に苦しむ警察官アルバート・アレグザンダーに対し、精製したペニシリンの治療が行われました。一時は症状が改善しましたが、当時は薬を十分に生産できず、患者はのちに亡くなりました。
1928年のフレミングによる発見と、臨床利用、戦時中の大量生産は別の段階です。「2月12日に初めて治療し完治した」と書かず、研究から安定供給へつながる長い過程を説明します。
培養液から薬を取り出すためには大量の資材と労力が必要で、初期の患者に十分な量を継続投与することは難しい状態でした。患者の状態が一度改善した事実と、生存に至らなかった結果を同じ記事に記すことで、抗生物質の発見から実用化までに必要だった化学と生産技術の距離が伝わります。
1947年|ディオールが「ニュー・ルック」を発表
戦後のパリでクリスチャン・ディオールが、細いウエストと豊かなスカートを特徴とする最初のオートクチュール・コレクションを披露しました。「ニュー・ルック」の名で広がり、戦時の衣料統制から装いが変わる象徴となります。
一方、布地を大量に使うデザインには戦後の物資不足の中で批判もありました。ファッションの価値観、産業、女性の身体をどう表現するかという問いが重なる出来事です。
1968年|大塚食品「ボンカレー」が発売
大塚食品が2月12日、加熱して食べられる「ボンカレー」を阪神地区で発売しました。持ち運び・保存のしやすさと家庭での調理時間を短縮する技術を結び、レトルトカレーの市場を開きました。
最初から全国一斉に発売されたわけではなく、包装の素材も現在のものとは異なります。家庭の生活時間や食品工業を変えた商品の発売日として、企業の資料で販売地域を確認します。
公式の開発史によれば、当初は半透明のパウチを使ったため光と酸素で風味が落ちやすく、流通での破損も課題でした。その後アルミ箔を使ったパウチへ変更し、保存性と輸送性を改善して1969年に全国へ広がります。新商品が家庭の定番になるまでに、容器の技術と販売網の改良が必要でした。
1984年|植村直己が冬のデナリに単独登頂
冒険家・植村直己が43歳の誕生日に、アラスカのデナリ(当時の一般的な呼称はマッキンリー)への冬季単独登頂に成功したと無線で伝えました。極寒と悪天候の中で成し遂げた挑戦でした。
しかし下山中に連絡が途絶え、その後の捜索でも発見されませんでした。「誕生日に登頂し帰還した」という結末にはしないで、達成と遭難を切り離さずに記します。
2001年|NEARシューメーカーが小惑星に着陸
NASAの探査機NEARシューメーカーが、小惑星エロスの周回観測を終えて2月12日に表面へ降下しました。小惑星に着陸した初の探査機として知られます。
当初は周回探査が主な目的でしたが、降下後も信号を送り、表面近くの情報が得られました。小惑星を遠くから眺めるだけでなく、その地形や物質を近接して調べる探査の発展につながりました。
観測対象のエロスは地球近傍小惑星の一つです。軌道から表面を撮影したうえで降下したことで、小さな天体にも着陸できることを示しました。後のサンプルリターン探査と同じ任務だったわけではありませんが、天体へ近づき物質や地形を調べる技術の進歩に結びつきます。
2002年|ミロシェビッチの国際法廷での裁判が始まる
オランダ・ハーグの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で、セルビアや旧ユーゴスラビアの指導者スロボダン・ミロシェビッチの裁判が始まりました。コソボ、クロアチア、ボスニアでの戦争犯罪や人道に対する罪などが審理対象になりました。
被告が2006年に拘置中に死亡したため有罪・無罪の最終判決は出ていません。裁判が始まったことと、有罪判決が確定したことを混同せず、国際刑事司法の成果と限界を理解します。
2013年|北朝鮮が3回目の核実験
包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)の監視網が2月12日に朝鮮民主主義人民共和国の地下で人工的な地震波を検出し、同国は核実験の実施を発表しました。2006年、2009年に続く3回目の実験です。
国連安全保障理事会は追加の制裁決議を採択しました。観測された事実と、装置の詳しい種類や威力について当事国が示す主張は分けて記します。
CTBTOは各地の監視施設で検出した信号を分析し、人工的な地下爆発とみられる事象を記録しました。一方で装置の種類や核物質の詳細は、観測だけでは容易に断定できません。国際的な監視制度と、その情報に基づく安保理の外交対応を結びつけて理解する出来事です。
2月12日の記念日・世界の祝日
ダーウィンの日
1809年2月12日のチャールズ・ダーウィンの誕生日にちなみ、進化の研究と科学的な探究を考える日。国連や日本政府の公休日ではなく、研究・教育に携わる人々が広める記念日です。
リンカーン誕生日(米国の一部州)
米国第16代大統領エイブラハム・リンカーンの誕生日。州によって記念日・休日の扱いが異なり、米国全体の連邦休日は2月第3月曜日の「ワシントン誕生日」です。2026年2月12日は連邦休日ではありません。
「大統領の日(Presidents’ Day)」と俗称される連邦休日の正式名称はワシントン誕生日で、2026年は2月16日です。2月12日のリンカーン誕生日を全米で連邦機関が休む日と誤って書かないため、州ごとの扱いを別に示します。
ミャンマーの連邦の日
1947年のパンロン協定を記念するミャンマーの国の祝日。2026年の外務省の休日一覧では2月12日(木)がUnion Dayです。政府の別の休日情報では翌2月13日も関連休業日と案内されています。
レッドハンドデー(子ども兵士反対の日)
武力紛争での子どもの徴兵・利用に反対する国際的な啓発活動。子どもの権利条約の関連議定書が2002年2月12日に発効したことにちなみます。国連総会が設けた世界一律の休日ではありません。
この日は子どもの兵士利用を禁止する条約の関連議定書が発効した日付にちなみます。紛争下での徴兵だけでなく、武装集団に組み込まれた子どもが教育と生活を取り戻すことへの支援も取り組みの対象です。
ブラジャーの日
ワコールが制定。メアリー・フェルプス・ジェイコブが1914年2月12日にブラジャーの原型について米国で特許を申請したという同社の説明に由来します。申請日と特許取得日を混同しません。
メーカーが由来とするのは特許の「申請」であり、技術が認められて「登録・発効」する日付ではありません。衣服のデザインや身体の自由を巡る歴史を見る機会ですが、ある一人の考案だけで現在の製品形態が完成したという説明は避けます。
ペニシリンの日
1941年2月12日に英国で行われた初期の臨床投与に由来。ただし治療を受けた患者は一時回復した後に亡くなり、この日に感染症治療が完成したという意味ではありません。
ボンカレーの日・レトルトカレーの日
1968年2月12日に大塚食品が「ボンカレー」を阪神地区で発売したことから企業が定めた日。温めて食べられる包装食品の発展を伝えます。
大塚食品の記録では2007年に二つの日の登録を進めています。商品が初めて阪神地区で販売された1968年2月12日と、記念日を後年登録した年を区別します。パッケージも発売当初の半透明型から、その後のアルミ製へ改良されました。
黄ニラ記念日
JA全農おかやまが、2月が旬の時期であることと「に(2)っこりいい(1)ニ(2)ラ」の語呂で制定。岡山の黄ニラの地域ブランドを広めます。
乳酸菌のくすりの日
ビオフェルミン製薬が1917年2月12日の創立日にちなんで制定。乳酸菌の医薬品について知る機会ですが、健康効果を個別の病気への効能として断定しません。
オートファジーの日
日本オートファジーコンソーシアムが制定。1963年2月12日にド・デューブが公式の場でオートファジーという用語を使ったことにちなみ、細胞内の分解・再利用の研究を伝えます。
菜の花忌
1996年2月12日に亡くなった作家・司馬遼太郎の忌日。小説『菜の花の沖』と本人が好んだ花に由来します。命日と誕生日の記念を混同しません。
立春の次候「黄鶯睍睆」
ウグイスの声に春の兆しを重ねた七十二候です。2月12日も立春の期間にあり、次の二十四節気「雨水」が当日到来したわけではありません。
今日(2026年2月12日)が祝日の国
2026年2月12日(木)、日本では前日の建国記念の日の翌日ですが振替休日ではなく、通常の平日です。ミャンマー政府の2026年の休日一覧は同日を連邦の日の公休日としており、一部案内では2月13日の関連休業も記します。米国のリンカーン誕生日は連邦全体の休日ではありません。
- ミャンマー:連邦の日(政府資料で2026年2月12日・木曜日の公休日)
- 米国:リンカーン誕生日は一部州で休日・記念日、連邦共通休日ではありません
- 日本:2月11日の翌日だが振替休日ではありません
2月12日が誕生日の有名人
エイブラハム・リンカーン(1809年生)
第16代米国大統領。南北戦争下の奴隷解放宣言と、合衆国の存続を訴えたゲティスバーグ演説で知られます。
1863年の奴隷解放宣言は反乱中の州に対象を限定した戦時措置で、米国の奴隷制が一日で完全に終わったわけではありません。憲法修正第13条の成立と南北戦争後の制度改革まで視野に入れると、合衆国を守る指導者としての仕事の射程と限界が見えてきます。
チャールズ・ダーウィン(1809年生)
自然選択による進化の理論を『種の起源』で発表。リンカーンと同じ1809年2月12日生まれで、社会と科学にそれぞれ異なる転機をもたらしました。
ビーグル号での航海や長年の標本・育種の観察を経て、1859年に『種の起源』を刊行しました。生物が時とともに変化するという考えだけでなく、自然選択の働きを豊富な例から論じた点が重要です。同じ誕生日のリンカーンとは業績の分野を混同せず並べて読むことができます。
アンナ・パヴロワ(1881年生)
『瀕死の白鳥』で知られ、世界各地の公演でクラシック・バレエの魅力を広めました。当時のロシアの旧暦を新暦へ換算した誕生日です。
ミハイル・フォーキン振付の『瀕死の白鳥』は彼女の象徴的な小品となりました。劇場の常連だけでなく、バレエを見たことのない各地の観客へ作品を届けた巡業の意義も大きいものです。旧ロシア暦1月31日の誕生日を現行の暦で2月12日と示します。
ビル・ラッセル(1934年生)
ボストン・セルティックスで数多くの優勝を経験し、守備とチームプレーを変えた名選手。人種差別に抗う行動でも知られます。
セルティックスでの優勝回数は11回に及び、そのうち選手兼監督としてチームを率いた時期もあります。得点記録だけでは分からない守備、リバウンド、味方を生かす動きでバスケットボールを変えました。公民権運動への姿勢もスポーツ史上の重要な側面です。
ジュディ・ブルーム(1938年生)
『神さま、わたしマーガレットです』などで思春期の疑問を率直に描き、禁書の問題も議論してきました。
思春期の身体や家族の変化を、子ども自身の疑問に寄り添う言葉で描きました。作品がしばしば図書館や学校で議論の対象になったことも、若い読者の知る権利や文学の役割を考える材料になります。
植村直己(1941年生)
世界各地の山と極地に挑み、1984年2月12日の冬季デナリ登頂後に行方不明となりました。誕生日と登頂の日が重なります。
ジョシュ・ブローリン(1968年生)
『ノーカントリー』『アベンジャーズ』シリーズなどに出演し、様々なジャンルで個性的な役を演じています。
ダーレン・アロノフスキー(1969年生)
『レクイエム・フォー・ドリーム』『ブラック・スワン』などを監督し、人物の心理を強い映像表現で描きます。
クリスティーナ・リッチ(1980年生)
『アダムス・ファミリー』のウェンズデー役などで知られ、子役から大人の役へ活動を広げました。
2月12日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1809 | エイブラハム・リンカーン | 米国大統領 |
| 1809 | チャールズ・ダーウィン | 博物学者 |
| 1881 | アンナ・パヴロワ | バレエダンサー |
| 1934 | ビル・ラッセル | バスケットボール選手 |
| 1938 | ジュディ・ブルーム | 児童文学作家 |
| 1941 | 植村直己 | 登山家・冒険家 |
| 1968 | ジョシュ・ブローリン | 俳優 |
| 1969 | ダーレン・アロノフスキー | 映画監督 |
| 1980 | クリスティーナ・リッチ | 俳優 |
2月12日が命日の有名人
イマヌエル・カント(1804年没)
『純粋理性批判』で人間の認識の条件を問い、倫理学では自律的な道徳法則を探究したドイツの哲学者です。
『純粋理性批判』では経験による認識がどのように成り立つかを問い、道徳哲学では人を単なる手段として扱わない考えを示しました。抽象的な理論に見えて、科学的知識と人間の自由や尊厳の関係を今も考えさせる哲学者です。
ジャン・ルノワール(1979年没)
『大いなる幻影』『ゲームの規則』などで人々の階級や戦争を複雑な視点から描いたフランスの監督です。
『大いなる幻影』は第一次世界大戦を題材に国家や階級の境界を、『ゲームの規則』はフランス上流社会の人間関係を描きました。単純に善悪を決めず、同じ場面にいる複数の人物へ視線を配る演出は後世の映画監督にも影響しています。
フリオ・コルタサル(1984年没)
『石蹴り遊び』で知られるアルゼンチンの作家。小説の読む順序を変える実験的な文学を展開しました。
『石蹴り遊び』では章を読む順序を変えることができ、小説を一本の道筋だけで受け取る習慣を揺さぶりました。幻想的な短編も多く、ラテンアメリカ文学の新しい読み手を世界に広げた書き手として知られます。
ドナルド・ジャッド(1994年没)
反復される立体と素材を使ったミニマル・アートの中心人物。作品と展示空間の関係を問い直しました。
司馬遼太郎(1996年没)
『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『街道をゆく』などを通じ歴史を物語と紀行で伝えました。命日は「菜の花忌」とも呼ばれます。
歴史小説によって近代日本の人物像を広く伝えた一方、取材紀行『街道をゆく』では各地の地形、道、暮らしに歴史を見る姿勢を示しました。小説の巧みな人物描写と、史料から確定できる歴史的事実を区別して読むことも大切です。
チャールズ・M・シュルツ(2000年没)
コミック『ピーナッツ』の作者。チャーリー・ブラウンやスヌーピーを生んだ人物で、死去は米国現地の2月12日です。
『ピーナッツ』は子どもたちの日常を通して友情、失敗、孤独を表現し、何世代にもわたる読者を得ました。米国で2月12日に亡くなり、翌13日に最後の日曜版が掲載されました。最終回の掲載日と本人の命日は隣り合っていますが別の日です。
アル・ジャロウ(2017年没)
ジャズ、ポップス、R&Bを横断し、声を楽器のように扱う歌唱で知られた米国の音楽家です。
ゴードン・バンクス(2019年没)
1966年W杯で優勝したイングランド代表のゴールキーパー。1970年大会でのペレのヘディングのセーブも有名です。
1966年のイングランド代表の優勝を守備から支えました。1970年のブラジル戦ではペレのヘディングを防いだ場面が広く知られますが、一つの好プレーだけでなく、位置取りや判断で代表チームを支えた長い仕事が重要です。
2月12日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1804 | イマヌエル・カント | 哲学者 |
| 1979 | ジャン・ルノワール | 映画監督 |
| 1984 | フリオ・コルタサル | 作家 |
| 1994 | ドナルド・ジャッド | 美術家 |
| 1996 | 司馬遼太郎 | 小説家 |
| 2000 | チャールズ・M・シュルツ | 漫画家 |
| 2017 | アル・ジャロウ | 歌手 |
| 2019 | ゴードン・バンクス | サッカー選手 |
2月12日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 水瓶座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 2月の誕生石 | アメシスト(紫水晶) |
2026年2月12日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 木曜日 |
| 和暦 | 令和8年2月12日 |
| 旧暦 | 2025年12月25日 |
| 六曜 | 赤口 |
| 干支 | 丁巳(ひのとみ) |
| 二十四節気 | 立春の期間(2026年の立春は2月4日5時02分) |
| 七十二候 | 黄鶯睍睆(うぐいすなく) |
| 月齢 | 24.3(東京・正午) |
| 十二直 | 平(たいら) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年2月12日の暦を読む
旧暦12月25日、六曜は赤口です。2月11日の祝日は水曜日だったため、2月12日には日本の振替休日が生じません。七十二候は黄鶯睍睆。月齢24.3は東京正午の概数で、月面が24.3%輝いているという意味ではありません。
主な確認資料
- ミャンマー外務省・2026年の公休日
- ミャンマーeVisa・2026年休日追加情報
- 大塚食品・ボンカレーの歴史(発売日と発売地域)
- ワコール・ブラジャーの日
- 国連条約・子どもの権利条約の関連議定書
- NASA・小惑星探査機NEAR
- CTBTO・2013年北朝鮮の核実験観測
- 司馬遼太郎記念財団
- ビオフェルミン製薬・企業史
- 日本オートファジーコンソーシアム
- ブリタニカ百科事典・リンカーン
- 国立天文台・2026年暦要項
- 内閣府・国民の祝日
