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【じわじわ来る】オイディプス王のあらすじをわかりやすく解説
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、それは何?」 このなぞなぞが解けたら、あなたは国王になれます。 ギリシャ神話の中でも有名なエピソードの一つ、『オイディプス王』。 そのあらすじは、山道で出会った老人をカッとなって殺害したヤバい若者オイデ... -
鴨長明『方丈記』のあらすじをわかりやすく解説
「人も住まいも消えては生まれ、水の泡のようにはかない」「現世は仮の世に過ぎないのに、何に執着しようというのか」「生きづらい都を離れて、山中で独り穏やかに暮らすのが一番だ」 とか言いつつ、都のことが気になって仕方がない鴨長明。俗世が嫌にな... -
『方丈記』の終章「自ら心に問ひていわく」現代語訳
そもそも、一期の月影傾きて 原文 抑なき楽しみを述べて、あたら時をすぐさむ。 現代語訳 さて、私の生涯も月が沈むように終わりに近づき、残り少ない命は山の端に近づいている。すぐにでも暗く苦しい死後の世界へと向かおうとしている。いったい何事... -
それ三界はただ心一つなり|方丈記「我が身一つ」現代語訳
それ、人の友とあるものは 原文 夫とするにはしかず。 現代語訳 そもそも、人の友というものは、裕福な人を尊敬し、しきりと親密そうにする人を第一とする。必ずしも思いやりのある人や、心がまっすぐな人を愛するわけではない。ただもう、音楽と自然... -
草庵への愛着|方丈記「仮の庵もやや故郷となり」現代語訳
おほかた、この所に住みはじめし時は 原文 おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに、五へるもあまた聞こゆ。まして、その数ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。 現代語訳 そもそも、この場所に住み始めた時... -
自ら休み自ら怠る|方丈記「気ままな暮らし」現代語訳
もし、念仏もの憂く、読経まめならぬ時は 原文 もし、念仏もの憂なければ何につけてか破らん。 現代語訳 もし、念仏をするのがおっくうで、読経にも気が進まない時は、気ままに休み、気ままにサボる。それを邪魔する人もいなければ、恥ずかしいと思う... -
大豪邸から山小屋へ|方丈記「方丈の庵」の現代語訳
ここに、六十の露消えがたに及びて 原文 ここに、六十し。 現代語訳 さて、60歳という露の消えかかるころになって、改めて葉先の露のようにはかない余生を送る家を造ることになった。言ってみれば、旅人が一夜を過ごすための宿を造り、年老いた蚕がま... -
方丈記「長明の過去と住まい」大原に隠れ住み出家するまで
わかがみ、父方の祖母の家を伝へて 原文 わかがみ、父ぶ。 現代語訳 私は若いころ、父方の祖母の家を受け継いで、長らくその場所に住んでいた。その後、縁が切れ、身は落ちぶれて、思いを寄せる方々も多かったけれど、とうとう家を持ち続けることがで... -
『方丈記』後編の始まり「生きづらい世の中」の現代語訳
すべて、世の中のありにくく 原文 すべて、世の中のありにくく、わが身と栖ふべからず。 現代語訳 総じて、世の中が生きづらく、我が身と住まいとがはかなく仮めなさまは、重ねて述べてきたとおりである。ましてや、場所によって、境遇を受け入れ続け... -
元暦の大地震とは?『方丈記』の現代語訳と地震の規模を考察
元暦の大地震とは、元暦2(1185)年7月9日の午刻(正午頃)に平安京を襲った大地震です。翌月の8月14日に元暦から文治へと改元されたため、文治地震とも呼ばれます。地震の推定規模はマグニチュード7.4。平成7(1995)年1月17日に発生した兵庫県南部地震...