原文・意味・現代語訳
春はあけぼの
原文・語釈
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、すこし明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
- あけぼの【曙】:夜がほのぼのと明けるころ。夜明け。
- やうやう【漸う】:だんだん。しだいに。
- 山際:山の稜線に接する空のあたり。
- 明かる:明るくなる。
- 紫だつ:紫色になる。紫がかる。当時の紫は、赤みがかかった古代紫。
- たなびく【棚引く】:雲や霞などが横に長く連なる。
現代語訳
春は曙。だんだん白んでゆく山際の空が、ほのぼのと明るくなって、紫がかった雲が細く長く、横に連なっている。
夏は夜
原文・語釈
夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りてゆくもをかし。雨など降るもをかし。
- さら【更】:言うまでもない。もちろんである。
- 闇:月の出ない夜。闇夜。
- 飛びちがふ:乱れ飛ぶ。飛びかう。
- をかし:趣がある。風情がある。
現代語訳
夏は夜。月の出る頃は言うまでもない。月の出ない闇夜もなお、蛍が多く飛びかっている。また、たった一匹二匹などが、ほのかにちらついて飛んでゆくのも趣がある。雨なんかが降るのも趣がある。
秋は夕暮れ
原文・語釈
秋は夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへゆくとて、三つ、四つ、二つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
- 山の端:山と空とが接して見える山側。空側は「山際」。
- あはれ:しみじみとした風情がある。
- つらぬ【連る・列る】:連なる。並ぶ。
現代語訳
秋は夕暮れ。夕日がさして、山の端に間もなく近づこうという頃に、カラスがねぐらへ帰ろうと、三羽、四羽、二羽など、ばらばらに飛び急ぐ様子でさえ風情がある。まして、雁などが並んで飛んでいるのが、とても小さく見えるのは趣が深い。すっかり日が沈んで、風の音、虫の音など、もはや言葉にならない。
冬はつとめて
冬はつとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに火など急ぎおこして、炭持て渡るもいとつきづきし。昼になりてぬるくゆるびもていけば、炭櫃、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。
- つとめて:早朝。
- さらでも【然らでも】:そうでなくても。
- 持て渡る:(広い屋敷の長い廊下を渡って)持って行く。
- つきづきし【付き付きし】:しっくりしている。ふさわしい。
- ぬるし【温し】:なまあたたかい。
- ゆるびもていく【緩びもて行く】:だんだんやわらいでいく。
- 炭櫃:床を切って作ったいろり。また、部屋に据え置かれている角火鉢。
- 火桶:丸火鉢。側面や内側に絵が描かれており、芸術品としての価値もあった。
- わろし【悪し】:好ましくない。見た目がよくない。美しくない。
現代語訳
冬は早朝。雪が降っている時は、わざわざ言うまでもない。霜が真っ白におりているのも、またそうでなくても、ひどく寒い朝一番に火など急いで起こして、炭を持って長い廊下を渡っていくのも冬にふさわしい。昼になって寒さがだんだんやわらいでいくと、炭櫃の火も火桶の火も、白い灰ばかりになって美しくない。
原文全文(ふりがな有り)
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、すこし明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りてゆくもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへゆくとて、三つ、四つ、二つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに火など急ぎおこして、炭持て渡るもいとつきづきし。昼になりてぬるくゆるびもていけば、炭櫃、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。
現代語訳全文(意訳)
春は明け方が好き。だんだん白んでゆく山際の空がほんのり明るくなって、紫がかった雲が細く伸びているのが素敵。
夏は夜。月の出る頃は言うまでもないでしょ。月の出ない闇夜だって、蛍が多く飛びかっているのはもちろん、ほんの一匹二匹の蛍が、ちらちら光ったり消えたりしながら飛んでゆくのも良い感じ。雨が降る夜も好き。
秋は夕暮れしか勝たん。夕日がさして、山の端に間もなく近づこうって時に、カラスがおうちへ帰ろうと、三羽、四羽、二羽とか、ばらばらに急いで飛んでゆく風景がもうそれだけで素晴らしい。もっと言うと、雁が並んで飛んでいるのがとても小さく見えるのなんて、超風情ある。すっかり日が暮れて、風の音や虫の音が聴こえてくるのはもう、言葉で表せないよね。
冬は早朝かな。雪が降っている時は当たり前に最高。霜が真っ白におりているのも、別にそうでなくったって、超寒い朝に火を急いで起こして、炭を持って廊下を渡るのも冬って感じで好き。でも昼になって、寒さがだんだんやわらぐと、火鉢の火が白い灰ばかりになるのは好きくない。