方丈記(7)あやしき賊、山賊も力尽きて|原文・語釈・現代語訳

 鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

目次

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(7)

あやしき賊、山賊も力尽きて

原文・語釈

あやしきしづやまがつも力尽きて、たきぎさへともしくなりゆけば、頼む方なき人は、みづからが家をこぼちて、いちでて売る。一人が持ちて出でたるあたひ、一日が命にだに及ばずとぞ。

語釈
  • あやし【奇し・怪し】:普通と違っている。異様だ。不審だ。けしからん。
  • やまがつ【山賤】:山里に住む身分の低い者。木こり。

現代語訳

身分の低い者も、山里の木こりも力尽きて、薪さえ乏しくなってくると、頼る所のない人は自分の家を解体し、市場に出して売る。一人が持ち出した物の価値は、たった一日の命にさえ及ばないという。

あやしき事は、薪の中に赤き丹つき

原文・語釈

あやしき事は、薪の中に赤きつき、はくなど所々に見ゆる木、あひまじはりけるをたづぬれば、すべきかたなきもの、ふるでらにいたりて、仏を盗み、堂の物の具を破り取りて、割りくだけるなりけり。濁悪世ぢよくあくせにしも生まれあひて、かかる心きわざをなん見はべりし。

語釈
  • に【丹】:赤色の顔料。
  • はく【箔】:金銀の箔。
  • すべきかたなし【為べき方無し】:救いようがない。どうしようもない。
  • ぢよくあくせ【濁悪世】:〘仏教語〙さまざまな汚れや罪悪に満ちている世界。

現代語訳

不審なことに、薪の中に赤い丹がつき、金箔などが所々に見える木が混じっていた。その出所を調べてみると、救いようのない者が古寺に侵入して仏像を盗み、堂内の仏具を奪い取って、割り砕いたものであった。汚れや罪悪にまみれた世にあろうことか生まれ合わせてしまったことで、こんなにも胸糞悪い行いを見てしまったのです。

いとあはれなる事もはべりき

原文・語釈

いとあはれなる事もはべりき。さりがたき、をとこ持ちたるものは、その思ひまさりて深きもの、必ず先ちて死ぬ。そのゆゑは、わが身はつぎにして、人をいたはしく思ふあひだに、まれまれ得たる食ひ物をも、かれにゆづるによりてなり。されば、親子あるものは定まれる事にて、親ぞ先立ちける。また、母の命尽きたるを知らずして、いとけなき子の、なおを吸ひつつせるなどもありけり。

語釈
  • あはれ:かわいそうだ。気の毒だ。
  • さりがたし【去り難し】:離れがたい。捨てられない。
  • さきだつ【先立つ】:前に立つ。先に行く。先に死ぬ。
  • いたわし【労し】:大事にしたい。大切にしたい。
  • あひだ【間】:⋯ゆえ。⋯から。⋯ので。
  • いとけなし【幼けなし】:幼い。

現代語訳

非常にあわれなこともありました。離れがたい妻、夫のいる者は、その愛する想いがまさって深い者が、必ず相手に先立って死んでしまう。その本質は、自分の身は二の次にして、相手を大事にしたいと思う間柄であり、ごくまれに得た食べ物をも相手に譲る行為によるものである。そういうことであれば、親子の関係である者は決まって、親が先立っていった。また、母親の命が尽きてしまったことがわからないまま、幼い子供がなお乳を吸いながら臥せっていることなどもあった。

仁和寺に隆暁法印といふ人

原文・語釈

にん隆暁法印りうげうほふいんといふ人、かくしつつ、数も知らず死ぬる事を悲しみて、そのかうべの見ゆるごとに、ひたひを書きて、縁を結ばしむるわざをなんせられける。ひとかずを知らむとて、四五両月を数へたりければ、京のうち、一条よりは南、九条より北、京極きやうごくよりは西、しゆじやくよりは東の、みちのほとりなるかしら、すべて四万二千三百余りなんありける。

語釈
  • にんなじ【仁和寺】:京都市右京区御室にある寺。真言宗御室派の総本山。仁和4年(888年)創建。
  • りうげうほふいん【隆暁法印】:源俊隆の子。大僧正寛暁の弟子。
  • あじ【阿字】:〘仏教語〙梵語の第1番目の文字。事物の始まり、万物の根源を意味する。
  • きゃうごく【京極】:東京極大路。現在の寺町通。
  • しゆざく【朱雀】:朱雀大路。現在の千本通。

現代語訳

仁和寺の隆暁法印りゅうぎょうほういんという人は、このように飢饉が続いて、数え切れないほど多くの人々が死んでいくことを悲しんで、その死者の首が目に入るたびに、額に阿字を書いて、仏縁を結ばせる施しをなさったという。死者数を調べようと、4月と5月の両月を数えたところ、平安京のうち一条より南、九条より北、京極より西、朱雀より東の、道のほとりにある頭は、全部で4万2千3百余りもあったそうだ。

いはむや、その前後に死ぬるもの多く

原文・語釈

いはむや、その前後に死ぬるもの多く、また、河原、白河、西の京、もろもろのへんなどを加へていはば、際限もあるべからず。いかにいはむや、しちだうしよこくをや。

語釈
  • かはら【河原】:賀茂川の河原。
  • しらかは【白河】:平安京の東北にある外辺地域。
  • にしのきゃう【西の京】:平安京の朱雀大路から西の部分。
  • しちだう【七道】:東海道、東山道、山陽道、山陰道、北陸道、南海道、西海道。当時の日本全域をさす。

現代語訳

いわんや、この前後に死んだ者も多く、また、賀茂川の河原、白河、西の京、その他もろもろの郊外などを加えれば際限もないだろう。いかにいわんや、七道諸国をや。

崇徳院の御位の時、長承のころとか

原文・語釈

とくゐん御位みくらゐの時、長承ちやうしようのころとか、かかるためしありけりと聞けど、その世のありさまは知らず。まのあたり、めづらかなりし事なり。

語釈
  • ためし【例し】:例。

現代語訳

崇徳院の御位の時、長承のころとか、このような前例があったと聞くけれど、その世のありさまはわからない。目の当たりは、めったにないことである。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

  • 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
  • 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
  • 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
  • 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
  • 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
  • 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
  • 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
  • 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
  • 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
  • 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
  • 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
  • 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
  • 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
  • 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
  • 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
  • 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
  • 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
  • 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)

 実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪

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この記事を書いた人

『方丈記』に感銘を受けて古典文学にのめり込み、辞書を片手に原文を読みながら、自分の言葉で現代語に訳すことを趣味としています。2024年9月から10年計画で『源氏物語』の全訳に挑戦中です。

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