鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(6)
また、養和のころとか
原文・語釈
また、養和のころとか、久しくなりておぼえず。二年が間、世の中飢渇して、あさましき事侍りき。或は春、夏日照り、或は秋、大風、洪水などよからぬ事どもうち続きて、五穀ことごとくならず。夏植うるいとなみありて、秋刈り、冬収むるぞめきはなし。
- けかつ【飢渇】:飢えと渇き。飢饉。
- あさまし:驚きあきれるさまだ。ひどい。嘆かわしい。
- ごこく【五穀】:米・麦・粟・黍・豆。
- いとなみ【営み】:仕事。とくに、生活のための仕事。
- ぞめき【騒き】:うかれ騒ぐこと。にぎわうこと。
現代語訳
また、養和の頃であったか、昔のことではっきり思い出せない。2年もの間、世の中が飢え渇き、あさましいことがありました。ある年は春、夏日照り、ある年は秋、大風、洪水など良くないことがうち続き、五穀ことごとく実らず。夏に植え付けはしたものの、秋に刈り取り、冬に倉へ収める活況はなかった。
これによりて、国々の民
原文・語釈
これによりて、国々の民、或は地を捨てて境を出で、或は家を忘れて山に住む。さまざまの御祈りはじまりて、なべてならぬ法ども行はるれど、さらにそのしるしなし。
- なべてならず【並べてならず】:並みひととおりではない。格別だ。
- さらに【更に】:全然。まったく。
- しるし【験】:神仏の霊験。御利益。効果。
現代語訳
この飢饉の影響で、諸国の民、ある者は土地を捨てて国境を越え、ある者は家を忘れて山に住む。さまざまな祈祷が始まり、並々ならぬ修法なども行われるけれど、まったくその効果はない。
京のならひ、何わざにつけても
原文・語釈
京のならひ、何わざにつけても、みなもとは田舍をこそ頼めるに、絶えて上るものなければ、さのみやは操もつくりあへん。念じわびつつ、さまざまの財物、かたはしより捨つるがごとくすれども、さらに目見立つる人なし。たまたま交ふるものは、金を軽くし、粟を重くす。乞食、路のほとりに多く、憂へ悲しむ声、耳に満てり。
- のぼる【上る】:上京する。地方から都へ行く。
- さのみやは【然のみやは】:そうばかり⋯か、いや⋯でない。
- みさをつくる【操作る】:平気なふりをする。いつもと変わらぬふりをする。
- ねんじわぶ【念じ侘ぶ】:我慢しきれなくなる。
- めみたつ【目見立つ】:目をとめて見る。
現代語訳
平安京は昔から、何事につけても供給源は田舎をこそ頼りにしているのに、その供給が途絶えて都に上がってくる物がなければ、そうそう平静を装ってはいられないだろう。我慢できなくなると、さまざまな家財を片っぱしから捨てるように売り払おうとするけれども、まったく目をとめる人はいない。まれに物々交換に応じる者は、金目のものを軽く扱い、食糧を重宝する。乞食が道端にあふれ、嘆き悲しむ声がそこら中から聞こえてくる。
前の年、かくのごとく、からうじて暮れぬ
原文・語釈
前の年、かくのごとく、からうじて暮れぬ。明くる年は、立ち直るべきかと思ふほどに、あまりさへ疫癘うちそひて、まさざまにあとかたなし。世人、みなけいしぬれば、日を経つつきはまりゆくさま、少水の魚のたとへにかなへり。
- あまりさへ【剰へ】:そればかりか。それどころか。そのうえ。
- えきれい【疫癘】:疫病。
- うちそふ【打ち添ふ】:付け加わる。追加される。
- まさざま【増様】:ふえていくさま。はなはだしいさま。
- けいし:諸説あり。「飢す(けいす)」の連用形で、「飢えにせめられて」の意味か。「やみ死にければ」、「飢え死にければ」とする諸本もあり。
- きはまる【極まる・窮まる】:極限に達する。限度に行きつく。困窮に陥る。
- かなふ【適ふ】:適合する。合致する。そのとおりになる。
現代語訳
前の年はこのようにして、やっとのことで暮れた。明くる年は立ち直るだろうと願っていたところ、それどころか疫病がうち重なり、ますます悪化して形跡もない。世の人々がみな飢えに苦しみ、日が経つごとに困窮していくさまは、少水の魚の例えの通りである。
果てには、笠うち着、足ひきつつみ
原文・語釈
果てには、笠うち着、足ひきつつみ、よろしき姿したるもの、ひたすらに家ごとに乞ひ歩く。かくわびしれたるものどもの、歩くかと見れば、すなはち倒れ伏しぬ。築地のつら、道のほとりに、飢ゑ死ぬるもののたぐひ、数も知らず。取り捨つるわざも知らねば、くさき香、世界に満ち満ちて、変はりゆくかたち、ありさま、目もあてられぬ事多かり。いはむや、河原などには、馬、車のゆき交ふ道だになし。
- うちきる【打ち着る】:衣服などを体にまとう。着る。かぶる。
- よろしきすがた【宜しき姿】:ととのった服装。ふつうの身なり。
- わぶ【侘ぶ】:落ちぶれる。貧乏になる。
- しる【痴る】:心の働きがにぶる。ぼうっとする。愚かになる。
- とりすつ【取り捨つ】:取りのぞく。片づける。
現代語訳
しまいには笠をかぶり、足に脛巾を巻き、それなりに整った身なりの者が、ひたすら家を一軒一軒まわって物乞いをしながら歩く。このように困窮して頭が真っ白になってしまった者どもは、歩くかと見ればすぐに倒れ伏してしまう。築地のそば、道のほとりに、餓え死にした者のたぐいは数も知らず。死体を処理する方法もわからなければ、悪臭が世界に満ち満ちて、腐乱して変わり果てていく死体のありさまは、目も当てられないことが多かった。もっと言うと、賀茂川の河原などでは、死体があふれて馬や車が行き来する道さえない。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

- 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
- 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
- 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
- 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
- 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
- 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
- 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
- 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
- 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
- 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
- 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
- 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
- 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
- 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
- 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
- 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
- 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
- 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪
