鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(5)
その時、おのづから事のたよりありて
原文・語釈
その時、おのづから事のたよりありて、津の国の今の京にいたれり。所のありさまを見るに、その地、ほど狭くて、条里を割るにたらず。北は山に沿ひて高く、南は海近くて下れり。波の音、常にかまびすしく、潮風、ことにはげし。内裏は山の中なれば、かの木の丸殿もかくやと、なかなか様変はりて、優なるかたも侍り。
- おのづから【自ら】:たまたま。偶然。
- ことのたより【事の頼り】:何かの用事のついで。
- つのくに【津の国】:摂津国の古名。現在の大阪府北部と兵庫県東部にあたる地域。
- かまびすし【喧し・囂し】:うるさい。やかましい。
現代語訳
その時、たまたま用事ができたついでに、摂津の国の新しい都へ行く機会があった。その場所のようすを見たところ、土地の面積が狭く、区画を割り当てるには足りない。北は山に沿って高く、南は海に近くて下り坂になっている。波の音は常に騒がしく、潮風はことのほか激しい。皇居は山の中にあり粗末でしたが、かの木の丸殿もこんな感じだったのかと思うと、なかなか風変わりで優れている点もあると思えました。

日々にこぼち、川も狭に運び下す家
原文・語釈
日々にこぼち、川も狭に運び下す家、いづくにつくれるにかあるらむ。なほ空しき地は多く、つくれる屋は少なし。古京はすでに荒れて、新都はいまだならず。ありとしある人は、みな浮雲の思ひをなせり。
- ありとしある【有りとし有る】:あるかぎりすべての。
- ふうん【浮雲】:落ち着かず不安なさま。
現代語訳
来る日も来る日も解体され、川も狭くなるほど一杯に運ばれた家々は、いったいどこに建てられたのだろうか。今もまだ空いている土地が多く、建った家は少ない。旧都はすでに荒れて、新都はいまだ成らず。ありとあらゆる人々が、みな浮き雲のような漠然とした不安を抱えている。
もとよりこの所に居るものは
原文・語釈
もとよりこの所に居るものは、地を失ひて憂ふ。今移れる人は、土木のわづらひある事を歎く。道のほとりを見れば、車に乗るべきは馬に乗り、衣冠、布衣なるべきは多く直垂を着たり。都の手振り、たちまちに改まりて、ただひなびたる武士にことならず。
- いくわん【衣冠】:衣服と冠。公卿の略式の礼装。
- ほい【布衣】:布製の狩衣。貴族の普段着。
- ひたたれ【直垂】:武士の礼服。
- てぶり【手振り】:風俗。風習。ならわし。
- ひなぶ【鄙ぶ】:田舎じみる。田舎風になる。
現代語訳
もともとこの土地に住んでいた者は、土地を奪い取られて嘆く。新しく移り住む人は、土木工事の苦労にため息をついている。道のほとりを見れば、車に乗るべき人が馬に乗り、衣冠や布衣を着るべき人の多くが、直垂を着ている。都の品位はあっという間に変わってしまい、ただもう田舎くさい武士と変わらない。
世の乱るる瑞相とか聞けるもしるく
原文・語釈
世の乱るる瑞相とか聞けるもしるく、日を経つつ世の中浮き立ちて、人の心もをさまらず。民の憂へ、つひに空しからざりければ、同じき年の冬、なほこの京に帰り給ひにき。されど、こぼちわたせりし家どもは、いかになりにけるにか、ことごとくもとのやうにしもつくらず。
- ずいさう【瑞相】:めでたいきざし。吉兆。前ぶれ。予兆。
- しるし【著し】:はっきりしている。予想通りだ。ぴったり符合する。
- ゆるす【許す・赦す・緩す】:(義務を)免除する。
- なずらふ【準ふ・准ふ・擬ふ】:準ずる。比べる。
現代語訳
世が乱れる前兆だと聞いていた通り、日が経つにつれて世の中が浮き足立ち、人の心も落ち着かない。民の訴えはついにむなしいものではなくなり、同じ年の冬、再びこの平安京へお帰りになった。けれども、軒並み解体してしまった家々は、いったいどうなってしまったのか。すべての家がもと通りに、必ずしも建て直されたわけではない。
伝へ聞く、いにしへの賢き御世には
原文・語釈
伝へ聞く、いにしへの賢き御世には、あはれみをもつて国を治め給ふ。すなわち、殿に茅葺きても、軒をだにととのへず。煙の乏しきを見給ふ時は、限りある貢物をさへゆるされき。これ、民を恵み、世を助け給ふによりてなり。今の世のありさま、昔になぞらへて知りぬべし。
- つたへ【伝へ】:言い伝え。伝説。
- かぎり【限り】:決まり。規則。おきて。
- みつきもの【貢物】:租税。
- ゆるす【許す・赦す・緩す】:(義務を)免除する。
現代語訳
伝え聞くに、いにしえの賢き帝の御代では、民をいつくしむ心をもって国を治められたという。すなわち、宮殿に茅の屋根をふいても、その先端の軒まで整えることはしない。かまどの煙が乏しいのをご覧になった時は、義務である租税さえも免除された。これは民を恵み、世を救いなさる御心からである。今の世のありさま、昔の世と比べれば見えてくるだろう。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

- 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
- 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
- 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
- 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
- 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
- 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
- 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
- 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
- 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
- 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
- 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
- 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
- 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
- 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
- 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
- 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
- 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
- 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪
