方丈記(16)衣食のたぐひ、また同じ|原文・語釈・現代語訳

 鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

目次

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(16)

衣食のたぐひ、また同じ

原文・語釈

衣食いしよくのたぐひ、また同じ。ふぢころもあさふすまるにしたがひてはだへをかくし、のおはぎ、峰の、わづかに命をつぐばかりなり。人にまじはらざれば、姿を恥づるいもなし。

語釈
  • ふぢのころも【藤の衣】:藤や葛の繊維で作った粗末な服。
  • あさのふすま【麻の衾】:麻布で造った寝具。
  • おはぎ:ヨメナの古名。食用になる。

現代語訳

衣服や食事もまた同じである。藤の衣装や麻の寝具は、得られたものを使えばいいし、野原のヨメナや峰の木の実だけでも、かろうじて命をつなぐぐらいはできる。他人と交流することがないから、自分の姿が恥ずかしいと後悔することもない。

糧乏しければ

原文・語釈

かてともしければ、おろそかなるをあまくす。すべて、かやうの楽しみ、富める人に対して言ふにはあらず。ただ、わが身一つにとりて、昔、今とをなぞらふるばかりなり。

語釈
  • かて【糧】:食糧。
  • おろそか【疎か】:粗末だ。簡素だ。
  • ほ【哺】:口に含んだ食物。
  • あまくす【甘くす】:おいしいものにする。おいしく感じさせる。
  • なぞらふ【準ふ・准ふ・擬ふ】:比べる。

現代語訳

食糧が乏しいので、粗末な物も美味しく感じられる。すべて、このような楽しみは裕福な人に対して言っているのではない。ただ、我が身一つについて、昔と今とを比べているだけである。

それ、三界は、ただ心一つなり

原文・語釈

それ、さんがいは、ただ心一つなり。心、もし、やすからずは、ざうしつちんよしなく、くう殿でんろうかくも望みなし。

語釈
  • さんがい【三界】:〘仏教語〙すべての衆生が生死をくりかえす3つの迷いの世界。欲界・色界・無色界のこと。
  • ざうめ【象馬】:象や馬のような貴重な家畜。経典の中で宝物とされる。
  • しつちん【七珍】:〘仏教語〙七種の宝物。金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・瑪瑙・珊瑚。七宝。
  • よしなし【由無し】:つまらない。取るに足りない。無益だ。無用だ。
  • ろうかく【楼閣】:高層の建物。
  • のぞむ【望む】:欲しいと思う。

現代語訳

おおよそ、この三界は心の持ちようである。心がもし安らかでなければ、象や馬、珍しい宝物があってもつまらなく感じ、宮殿や楼閣を欲しいと思うこともない。

今、さびしき住まひ、一間の庵

原文・語釈

今、さびしき住まひ、ひといほり、みづからこれを愛す。おのづから都にでて、身のこつがいとなれる事を恥づといへども、帰りて、ここにる時は、ほかぞくぢんする事をあはれむ。

語釈
  • おのづから【自ら】:たまたま。まれに。
  • こつがい【乞丐】:物もらい。こじき。
  • ぞくぢん【俗塵】:俗世のちり。俗世間のわずらわしい諸事。
  • はす【馳す】:あくせくとかけまわる。
  • あはれむ:かわいそうに思う。気の毒だと思う。

現代語訳

今、この物寂しい住まい、一間の庵、自分はこれを愛する。たまに都へ出て、我が身が乞食となっていることを恥ずかしく思うことはあるけれども、帰宅してここに居る時は、他人が俗世間の煩悩にまみれていることを気の毒に思う。

もし、人、この言へる事を疑はば

原文・語釈

もし、人、この言へる事をうたがはば、いをと鳥とのありさまを見よ。魚は、水にかず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は、林を願ふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。かんきよも、また同じ。住まずして、たれかさとらむ。

語釈
  • あく【飽く】:十分すぎていやになる。あきあきする。
  • かんきよ【閑居】:俗世間を離れて静かに暮らすこと。
  • きび【気味】:趣。味わい。
  • さとる【悟る・覚る】:深く理解する。詳しく知る。わかる。

現代語訳

もし、この発言を疑う人がいるならば、魚と鳥の様子を見てほしい。魚は水にあきあきすることはないが、魚になってもないとその気持ちはわからない。鳥は林を望むが、鳥になってみないとその気持ちはわからない。俗世間を離れて静かに暮らす味わいもこれと同じで、住んでみないことには誰にもわからない。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

  • 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
  • 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
  • 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
  • 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
  • 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
  • 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
  • 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
  • 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
  • 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
  • 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
  • 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
  • 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
  • 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
  • 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
  • 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
  • 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
  • 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
  • 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)

 実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪

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この記事を書いた人

『方丈記』に感銘を受けて古典文学にのめり込み、辞書を片手に原文を読みながら、自分の言葉で現代語に訳すことを趣味としています。2024年9月から10年計画で『源氏物語』の全訳に挑戦中です。

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