鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(15)
それ、人の友とあるものは
原文・語釈
それ、人の友とあるものは、富めるを尊み、ねんごろなるを先とす。必ずしも、情あると、素直なるとをば愛せず。ただ、糸竹花月を友とせんにはしかじ。
- ねんごろ【懇ろ】:親しいようす。仲むつまじいようす。
- なさけ【情け】:思いやり。いたわり。人情。
- すなほ【素直】:ありのままで素朴なさま。心がまっすぐであるさま。
- しちく【糸竹】:楽器の総称。「糸」は琴・琵琶などの弦楽器、「竹」は笙・笛などの管楽器を表す。
- くわげつ【花月】:美しい自然の風物。
- しかじ【如かじ】:⋯に及ぶまい。⋯にまさることはあるまい。⋯のほうがましだ。
現代語訳
そもそも、人の友というものは、裕福な人を尊敬し、しきりと親密そうにする人を第一とする。必ずしも思いやりのある人や、心がまっすぐな人を愛するわけではない。ただもう、音楽と自然を友にした方がましだ。
人の奴たるものは
原文・語釈
人の奴たるものは、賞罰はなはだしく、恩顧あつきを先とす。さらに、はぐくみあはれむと、やすく静かなるとをば願はず。ただ、わが身を奴婢とするにはしかず。
- やつこ【奴】:召使い。
- しやうばつ【賞罰】:賞与。「罰」は賞に添えた語。
- はぐくむ【育む】:養い育てる。世話をする。
- あはれむ:いつくしむ。愛する。
- やすし【安し】:心が安らかである。穏やかである。
- しづか【静か】:穏やかなようす。平静なようす。
- ぬひ【奴婢】:召使い。
現代語訳
人の召使いというものは、賞与が格別に多く、恩恵をたくさん受けられることを第一とする。決して、面倒見がよく、心が安らかで穏やかな主人を求めるわけではない。それならただ、自分の身を召使いとした方がましだ。
いかが奴婢とするならば
原文・語釈
いかが奴婢とするならば、もし、なすべき事あれば、すなはち、おのが身を使ふ。たゆからずしもあらねど、人をしたがへ、人をかへりみるよりやすし。もし、歩くべき事あれば、みづから歩む。苦しといへども、馬、鞍、牛、車と、心を悩ますにはしかず。
- たゆし【弛し・懈し】:疲れて力がない。だるい。
- かへりみる【顧みる】:気にかける。心配する。目をかける。世話をする。
現代語訳
どのようにして召使いにするかと言うと、もし何かしなければならない事があれば、まずは自分の体を使う。疲れてだるいと思うこともあるけど、人を使って、世話をするよりは楽である。もし、歩かないといけない時は、自分の足で歩く。苦しいと言っても、馬、鞍、牛、車と、心を悩ますほどではない。
今、一身をわかちて、二つの用をなす
原文・語釈
今、一身をわかちて、二つの用をなす。手の奴、足の乗り物、よくわが心にかなへり。身、心の苦しみを知れれば、苦しむ時は休めつ、まめなれば使ふ。使ふとても、たびたびすぐさず、もの憂しとても、心を動かす事なし。
- かなふ【適ふ・叶ふ】:思い通りになる。
- まめ【忠実・実】:健康なようす。丈夫なようす。
- すぐす【過ぐす】:度を越す。
- ものうし【物憂し】:なんとなく心が重い。おっくうだ。つらい。苦しい。いやだ。
- こころうごく【心動く】:動揺する。思い乱れる。
現代語訳
今、我が身一つを分けて、二つの働きをする。手を召使い、足を乗り物とすれば、自分の思い通りに動く。体は心の苦しみをわかっているから、苦しい時は休めて、元気な時は使う。使うと言っても、酷使することはない。疲れておっくうな時も、心が動揺することはない。
いかにいはむや、常に歩き
原文・語釈
いかにいはむや、常に歩き、常に働くは、養性なるべし。なんぞ、いたづらに休みをらん。人を悩ます、罪業なり。いかが、他の力を借るべき。
- やうじやう【養生】:健康を保ち、増進させること。
- いたづら【徒ら】:むだである。無益である。
- さいごふ【罪業】:〘仏教語〙(来世で報いを受ける)罪深い行い。
- いかが【如何】:どうして⋯であろうか、いや⋯でない。
現代語訳
それにしても、毎日歩き、毎日働くのは養生となる。どうして無駄に休んでいられようか。他人を苦しめるのは罪深い行いである。どうして他人の力など借りられようか。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

- 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
- 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
- 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
- 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
- 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
- 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
- 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
- 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
- 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
- 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
- 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
- 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
- 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
- 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
- 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
- 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
- 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
- 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
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