方丈記(12)その所のさまをいはば|原文・語釈・現代語訳

 鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

目次

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(12)

その所のさまをいはば

原文・語釈

その所のさまをいはば、南にかけあり。岩を立てて、水をためたり。林、のき近ければ、つまを拾ふにともしからず。

語釈
  • かけひ【懸け樋・筧】:地上にかけ渡して水を引く、竹や木の樋。
  • たつ【立つ】:設置する。置く。
  • つまぎ【爪木】:薪にする小枝。
  • ともし【乏し・羨し】:不足している。とぼしい。少ない。

現代語訳

その所のさまをいえば、南側に水を引く桶がある。岩を立てて水を溜めている。林が庵の近くにあるので、薪を拾い集めるのに不足はない。

名を外山といふ

原文・語釈

名をやまといふ。まさきのかづら、あとうづめり。谷しげけれど、西晴れたり。くわんねんのたより、なきにしもあらず。

語釈
  • とやま【外山】:大福光寺本では「音羽山(をとはやま)」。
  • まさきのかづら【柾木の葛・真拆の葛】:つる性の植物である葛の一種。
  • しげし【繁し】:木が生い茂っている。
  • はれ【晴れ】:広々とした晴れやかな場所。見晴らしがよい場所。
  • くわんねん【観念】:〘仏教語〙心を静かにして、仏の教えの深さに思いをいたすこと。
  • たより【頼り・便り】:よりどころ。便宜。

現代語訳

名を外山という。まさきのかづらが道を覆い隠し、谷は草木が生い茂っているけれど、西の方は見晴らしが良い。観念に集中できるところがないわけではない。

春は、藤波を見る

原文・語釈

春は、ふぢなみを見る。うんのごとくして、西さいはうににほふ。夏は、郭公ほととぎすを聞く。語らふごとに、やまちぎる。秋は、ひぐらしの声、耳に満てり。うつせみの世を悲しむほど聞こゆ。冬は、雪をあはれぶ。積もり、消ゆるさま、ざいしやうにたとへつべし。

語釈
  • ふぢなみ【藤波・藤浪】:藤の花房が風になびいて波のように見えるようす。
  • しうん【紫雲】:紫色の雲。めでたいこと、よいことの前ぶれという。念仏行者が極楽往生するとき、阿弥陀仏がこの雲に乗って浄土に連れていくという。
  • にほふ【匂ふ】:何かの色に染まる。美しく染まる。美しく照り輝く。
  • ほととぎす【時鳥・郭公・子規・杜鵑・霍公鳥】:「死出の田長(しでのたをさ)」と呼ばれ、冥途へ通うと考えられた。
  • しでのやま【死出の山】:冥土にあるという険しい山。
  • うつせみ【現せみ・空蝉】:はかないこの世。
  • ざいしやう【罪障】:〘仏教語〙往生や成仏の妨げとなる行い。

現代語訳

春は藤波を見る。紫雲のごとく、西方に美しく映える。夏はホトトギスを聞く。語り合う度に、死出の山路を約束する。秋はひぐらしの声が耳を満たす。うつせみの世を悲しんでいるように聞こえる。冬は雪を鑑賞する。積もり、消えてゆくさまは、人間の罪障にたとえられる。

もし、念仏もの憂く、読経まめならぬ時は

原文・語釈

もし、念仏ものく、読経どきやうまめならぬ時は、みづから休み、みづからおこたる。さまたぐる人もなく、また、恥づべき人もなし。ことさらにごんをせざれども、独りれば、ごうをさめつべし。必ずきんかいを守るとしもなくとも、境界きやうがいなければ何につけてか破らん。

語釈
  • ものうし【物憂し】:なんとなく心が重い。おっくうだ。
  • ことさら【殊更】:故意に。わざわざ。
  • むごん【無言】:〘仏教語〙無言の行。一定の期間、無言で過ごす修行のこと。
  • くごふ【口業】:〘仏教語〙善悪の報いのもととなる3つの行為(意業・身業・口業)の一つで、言語行為に関すること。
  • をさむ【治む・修む】:行いや態度をよくする。
  • きやうがい【境界】:〘仏教語〙因果応報によって、各自に与えられた境遇。身の上。

現代語訳

もし、念仏がおっくうで、読経にも気が進まない時は、自ら休み、自ら怠る。邪魔する人もいなければ、恥ずかしいと思う相手もいない。わざわざ無言の修行をしなくても、一人で居れば口業を修められるだろう。必ず禁戒を守ろうとしなくても、心を惑わすような環境がないのだから、何によって破られようか。

もし、あとの白波に

原文・語釈

もし、あとのしらなみに、この身をするあしたには、をかにゆきふ船をながめて、まんしやぜいをぬすみ、もし、かつらの風、葉を鳴らすゆふべには、じんやうを思ひやりて、げんとくおこなひをならふ。

語釈
  • よす【寄す】:まかせる。ゆだねる。心を傾ける。向ける。
  • をかのや【岡の屋】:現在の京都府宇治市に当時あった巨椋池の池畔。港としてさかえた。
  • まんしやみ【満沙弥】:7、8世紀の歌人。沙弥満誓。
  • ふぜい【風情】:風流や風雅の趣。情趣。
  • ぬすむ【盗む】:ひそかにまねて学ぶ。
  • じんやうのえ【潯陽の江】:中国江西省北部の九江付近を流れる長江の称。
  • げんととく【源都督】:源経信。平安時代の歌人、音楽家。琵琶の名手。
  • ならふ【倣ふ】:模倣する。見習う。まねる。

現代語訳

もし、航跡の白波にこの身を寄せる朝には、岡の屋にゆき交う船を眺めて、満沙弥の風情をこっそり真似る。もし、桂の木が風に吹かれ、葉を鳴らす夕方には、潯陽の江に思いをはせて、源都督になりきって琵琶を奏でる。

もし、余興あれば

原文・語釈

もし、きようあれば、しばしば松のひびきしうふうらくをたぐへ、水の音にりうせんの曲をあやつる。芸はこれつたなけれども、人の耳をよろこばしめむとにはあらず。ひとり調べ、ひとりえいじて、みづからこころやしなふばかりなり。

語釈
  • よきよう【余興】:興趣が残っていること。興趣がつきないこと。
  • しうふうらく【秋風楽】:雅楽の曲名。
  • たぐふ【類ふ・比ふ・副ふ】:適合する。似せる。なぞらえる。
  • りうせん【流泉】:琵琶の曲名。「啄木(たくぼく)」、「楊真操(やうしんさう)」とともに三秘曲の一つ。
  • あやつる【操る】:演奏する。奏でる。
  • つたなし【拙し】:技芸が劣っている。じぇただ。未熟だ。
  • しらぶ【調ぶ】:楽器を演奏する。

現代語訳

もし、興趣が尽きなければ、何度も松風の響きに秋風楽の曲を合わせ、水の音に流泉の曲を演奏する。芸はこれつたないけれども、人の耳を喜ばせようというわけではない。一人で弾いて、一人で歌って、自ら心を養うばかりである。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

  • 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
  • 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
  • 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
  • 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
  • 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
  • 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
  • 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
  • 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
  • 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
  • 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
  • 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
  • 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
  • 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
  • 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
  • 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
  • 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
  • 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
  • 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)

 実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪

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この記事を書いた人

『方丈記』に感銘を受けて古典文学にのめり込み、辞書を片手に原文を読みながら、自分の言葉で現代語に訳すことを趣味としています。2024年9月から10年計画で『源氏物語』の全訳に挑戦中です。

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