方丈記（11）ここに、六十の露消えがたに及びて｜原文・語釈・現代語訳

　鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳（11）

ここに、六十の露消えがたに及びて

原文・語釈

ここに、六十むそぢの露消えがたに及びて、さらに、末すゑ葉はの宿やどりを結べる事あり。いはば、旅人の一いち夜やの宿をつくり、老いたる蚕かひこのまゆをいとなむがごとし。これを、中ごろの住みかにならぶれば、また百分が一に及ばず。とかく言ふほどに、齢よはひは歳々としどしに高く、住みかは折をり々をりに狭せばし。

現代語訳

さて、六十路の露消え時に及んで、さらに末葉の宿りを結ぶことがあった。いわば、旅人が一夜を過ごすだけの宿を造り、年老いた蚕がまゆを編むようなものだ。この家を、生涯の中ごろの住まいと比べると、また100分の1に及ばない。とか言っているうちに、齢は年々高くなり、住まいは折々狭くなる。

その家のありさま、世の常にも似ず

原文・語釈

その家のありさま、世の常にも似ず。広さはわづかに方はう丈ぢやう、高さは七尺がうちなり。所を思ひ定めざるがゆゑに、地を占めてつくらず。土つち居ゐを組み、うちおほひを葺ふきて、継つぎ目めごとにかけがねをかけたり。

現代語訳

その家のありさまは、世間一般的な家とは違う。広さはわずかに方丈（約5畳）、高さは7尺（約2.1m）もない。造る場所を定めていないがゆえに、土地を占有して造るわけではない。土台を組み、簡単な屋根を付けて、継ぎ目ごとに掛け金をかけた。

もし、心にかなはぬ事あらば

原文・語釈

もし、心にかなはぬ事あらば、やすく他ほかへ移さむがためなり。その改めつくる事、いくばくのわづらひかある。積むところ、わづかに二両。車の力を報むくふ外ほかには、さらに他の用よう途とういらず。

現代語訳

もし、その土地で気に入らないことがあったら、簡単に他の土地へ引っ越せるようにするためである。家を改めて造り直すことは、いくらかの面倒はある。積むものは、わずかに車2台分。車代の報酬のほかには、さらにかかる費用はない。

今、日野山の奧にあとをかくして後

原文・語釈

今、日野山の奧にあとをかくして後のち、東に三尺余りの庇ひさしをさして、柴折りくぶるよすがとす。南、竹のすのこを敷き、その西に閼あ伽か棚だなをつくり、北に寄よせて障子をへだてて、阿あ弥み陀だの絵像を安あん置ぢし、そばに普ふ賢げんをかき、前に法ほ花経けきやうを置けり。

現代語訳

今、日野山の奥に隠れ住んだ後、東側に三尺余り（1m弱）のひさしを差して、柴を折って焚き火をする場所とする。南側には竹のすのこを敷き、その西側に閼伽棚を作り、北側に寄せて障子をへだてて、阿弥陀の絵像を安置した。そのそばに普賢菩薩の絵像をかけ、前に法華経を置いてた。

東の際に蕨のほとろを敷きて

原文・語釈

東の際きはに蕨わらびのほとろを敷きて、夜の床ゆかとす。西南に竹の吊つり棚だなをかまへて、黒き皮かは籠ご三合を置けり。すなはち、和歌、管絃くわんげん、往生要集わうじやうえうしふごときの抄せう物もつを入れたり。かたわらに琴、琵琶、おのおの一張ちやうを立つ。いはゆる折をり琴ごと、継つぎ琵び琶はこれなり。仮かりの庵いほりのありやう、かくのごとし。

現代語訳

東側の端に蕨のほどろを敷いて、夜の寝床とする。西南に竹の吊り棚を取り付けて、黒い皮籠を三つ置いた。その中には、和歌、音楽、往生要集などを写し書きしたものを入れている。そのそばに琴、琵琶、それぞれ一張ずつ立てかける。いわゆる折り琴、継ぎ琵琶とはこれのことだ。仮の庵のありようは、このようである。