方丈記(10)わかかみ、父方の祖母の家を伝へて|原文・語釈・現代語訳

 鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

目次

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(10)

わかかみ、父方の祖母の家を伝へて

原文・語釈

わかかみ、ちちかたおほの家を伝へて、久しくかの所に住む。その後、縁けて、身おとろへ、しのぶかたがたしげかりしかど、つひに屋とどむる事を得ず。三十みそぢ余りにして、さらにわが心と、ひとつのいほりを結ぶ。

語釈
  • わかかみ:若いころ。「わが身」とする諸本あり。
  • おとろふ【衰ふ】:落ちぶれる。
  • しのぶ【偲ぶ】:思い慕う。懐かしく思う。
  • しげし【繁し】:たくさんある。多い。
  • さらに【更に】:新しく。改めて。
  • こころと【心と】:自分の心から。自分からすすんで。
  • いほり【庵】:僧や世捨て人などが住む、草木などでつくった粗末な家。草庵。

現代語訳

若いころ、父方の祖母の家を受け継いで、長らくその場所に住んでいた。その後、縁が切れ、身は落ちぶれて、思い慕う方々も多かったけれど、とうとう家にとどまることができなかった。三十路余りにして、新たに自分の心と一つの庵を結んだ。

これを、ありし住まひにならぶるに

原文・語釈

これを、ありし住まひにならぶるに、十分が一なり。ばかりをかまへて、はかばかしくをつくるに及ばず。わづかについひぢけりといへども、かどをたつるたづきなし。竹を柱として、車を宿やどせり。雪降り、風吹くごとに、あやふからずしもあらず。所、河原近ければ、水難も深く、はくの恐れもさわがし。

語釈
  • ありし【有りし・在りし】:過去の。以前の。
  • ならぶ【並ぶ】:比べる。比較する。
  • ゐや【居屋】:住む家。住居。
  • はかばかし【果果し・捗捗し】:しっかりしている。本格的である。きちんとしている。
  • たづき【方便】:手だて。手段。方法。すべ。
  • はくは【白波】:盗賊。『後漢書』の「白波賊(はくはぞく)」の故事から。

現代語訳

これを以前の住まいと比べると、10分の1である。生活するだけの居屋だけを構えて、立派な家屋を造るには及ばない。わずかに築地を築いたとは言っても、門を立てる手立てがない。竹を柱として、車を入れた。雪が降ったり、風が吹いたりする度に、危なくないわけではない。その場所は河原に近いので、水難も深く、盗賊の恐れも多い。

すべて、あられぬ世を念じすぐしつつ

原文・語釈

すべて、あられぬ世を念じすぐしつつ、心を悩ませる事、三十余年なり。そのあひだをりをりのたがひめ、おのづから短き運をさとりぬ。

語釈
  • あられぬよ【有られぬ世】:住みにくい世の中。
  • ねんじすぐす【念じ過ぐす】:じっと堪え忍んで月日を過ごす。
  • をりをり【折折】:そういう時々。その場合場合。
  • たがひめ【違ひ目】:意に反する事態。
  • おのづから【自ら】:しぜんに。ひとりでに。

現代語訳

 すべて、生きづらい世をじっと耐えて過ごしながら、心を悩ませること、30年あまりである。その間、事あるごとにつまづき、自然とつたない運命を悟った。

すなはち、五十の春を迎へて

原文・語釈

すなはち、五十いそぢの春を迎へて、家をで、世をそむけり。もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。身に官禄くわんろくあらず、何につけてかしふをとどめん。むなしく大原山の雲にして、またいつかへりのしゆんしうをなんにける。

語釈
  • よをそむく【世を背く】:出家する。
  • よすが【縁・因・便】:たよりとする縁者。
  • くわん【官】:官位。官職。
  • ろく【禄】:某禄。官に任じられている人に与えられる給与。
  • むなし【空し・虚し】:空っぽである。中に何もない。むだである。
  • ふす【伏す・臥す】:ひっそりと住む。かくれ住む。
  • かへり:回数を表す。回。たび。

現代語訳

そういうわけで、五十路の春を迎えて、家を出て、世を捨てた。もともと妻子がいなければ、捨てがたい身寄りもない。身に官禄もないのだから、何につけて執着をとどめようか。むなしく大原山の雲に隠れ住んで、また5周の春秋をただ過ごした。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

  • 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
  • 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
  • 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
  • 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
  • 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
  • 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
  • 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
  • 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
  • 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
  • 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
  • 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
  • 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
  • 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
  • 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
  • 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
  • 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
  • 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
  • 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)

 実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪

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この記事を書いた人

『方丈記』に感銘を受けて古典文学にのめり込み、辞書を片手に原文を読みながら、自分の言葉で現代語に訳すことを趣味としています。2024年9月から10年計画で『源氏物語』の全訳に挑戦中です。

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