鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(17)
そもそも、一期の月影傾きて
原文・語釈
そもそも、一期の月影傾きて、余算の山の端に近し。たちまちに、三途の闇に向かはんとす。何のわざをか託たむとする。
- そもそも【抑】:さて。
- いちご【一期】:一生。生涯。
- つきかげ【月影】:月の光。月明かり。
- かたぶく【傾く】:(太陽や月が)西へ沈みかける。終わりに近づく。
- よさん【余算】:残っている寿命。余命。
- やまのは【山の端】:山の稜線。山と空とが接して見える山側。空側は山際。
- さんづのやみ【三途の闇】:〘仏教語〙死後の暗く苦しい世界。冥土。
- なにのわざ【何の業】:どんなこと。何事。
- かこつ【託つ】:ぐちをこぼす。嘆く。不平を言う。
現代語訳
さて、私の生涯も月が沈むように終わりに近づき、残り少ない命は山の端に近づいている。すぐにでも暗く苦しい死後の世界へと向かおうとしている。いったい何事についてぐちぐち不平を言おうというのか。
仏の教へたまふおもむきは
原文・語釈
仏の教へ給ふおもむきは、事にふれて執心なかれとなり。今、草庵を愛するも、閑寂に着するも、さばかりなるべし。いかが、要なき楽しみを述べて、あたら時をすぐさむ。
- おもむき【趣】:意向。趣旨。
- ことにふれて【事に触れて】:何かにつけて。ものごとに関して。
- しふしん【執心】:〘仏教語〙執着すること。
- さうあん【草庵】:草ぶきの庵。粗末な家。
- かんせき【閑寂】:俗世間から遠ざかり、ひっそりと物静かなこと。
- ぢやくす【着す】:〘仏教語〙執着する。とらわれる。
- さばかり【然許り】:その程度。それほど。そのくらい。
- えうなし【要無し】:役に立たない。無用である。つまらない。
- あたら【惜】:もったいない。惜しい。大切な。
現代語訳
仏がお教えになる言葉の趣旨は、何事においても執着心を持ってはいけないということである。今、草庵を愛することも、俗世間から遠ざかりひっそりと暮らすことにとらわれていることも、このぐらいにしておくべきであろう。どうして無用な楽しみを述べて、もったいない時を過ごそうか。
静かなる暁
原文・語釈
静かなる暁、このことわりを思ひつづけて、みづから心に問ひていはく、世をのがれて、山林に交はるは、心を修めて道を行はむとなり。
- ことわり【理】:ものごとの道理。
- みづから【自ら】:自分自身。自分自身で。自分から進んで。
- のがる【遁る・逃る】:さけて遠ざかる。
- まじる【交じる】:(野山に)分け入る。
- をさむ【修む・治む】:落ち着かせる。行いや態度をよくする。
- みちをおこなふ【道を行ふ】:仏道の修業をする。
現代語訳
静かな明け方、この道理を考え続けて、自分自身の心に問う。世間をさけて遠ざかり山林に分け入ったのは、心を落ち着かせて仏道の修行をするためではなかったのか。
しかるを、汝、姿は聖人にて
原文・語釈
しかるを、汝、姿は聖人にて、心は濁りに染めり。栖はすなはち、浄名居士の跡をけがせりといへども、たもつところは、わづかに周梨槃特が行にだに及ばず。
- しかるを【然るを】:そうであるのに。それなのに。ところが。
- にごり【濁り】:修行を妨げる欲望。煩悩。
- しむ【染む】:染める。執着する。熱中する。
- じやうみやうこじ【浄名居士】:インドの修行者、維摩詰のこと。方丈の小室で修行した。
- けがす【穢す・汚す】:神聖なものを不浄にする。けがす。
- しゆりはんどく【周梨槃特】:釈尊の弟子の一人。我が名を忘れるほどの愚鈍であったが、のちに大悟した。
- ぎやう【行】:〘仏教語〙僧侶や修験者などが、悟りを得るために、仏の教えを実践すること。修行。
現代語訳
それなのに、お前は姿こそ僧であっても、心は煩悩にまみれている。住まいはつまり、浄名居士の跡をまねているとは言え、維持できていることはわずかに周梨槃特の修行にすら及ばない。
もし、これ、貧賤の報のみづから悩ますか
原文・語釈
もし、これ、貧賤の報のみづから悩ますか、はたまた妄心のいたりて狂せるか。その時、心、さらに答ふる事なし。ただ、かたはらに舌根をやとひて、不請阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ。
- むくい【報い】:(前世での所業の結果として、現世で受ける)因果応報。
- まうしん【妄心】:〘仏教語〙煩悩にとらわれた心。迷いの心。
- ぜつこん【舌根】:〘仏教語〙六根の一つ。味覚の能力、またそれをつかさどる器官。舌。
- ふしやう【不請】:〘仏教語〙仏や菩薩が、その求めがなくても慈悲で衆生を済度すること。転じて、自分からの望みでないこと。いやいやながら承知すること。
- あみだ【阿弥陀】:西方極楽浄土の教主。
- りやうさん【両三】:二度三度。
現代語訳
もしかして、これは前世の行いによる貧賤の報いが自らを悩ませているのか、それとも煩悩にとらわれた心が極まって狂ってしまったのか。こうして心に問うも、これ以上の答えは出てこない。ただそばに舌を動かして、不請阿弥陀仏を2、3遍唱えて終わった。
時に、建暦の二年
原文・語釈
時に、建暦の二年、弥生のつごもりころ、桑門の蓮胤、外山の庵にして、これをしるす。
- つごもり【晦日】:月の下旬。月末の数日。
- さうもん【桑門】:僧。出家して仏道を修行する人。
- れんいん【蓮胤】:長明の法名。
- とやま【外山】:日野山の総称。
現代語訳
時に、建暦の二年、三月の末頃、沙門の蓮胤、外山の庵にてこれを記す。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

- 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
- 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
- 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
- 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
- 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
- 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
- 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
- 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
- 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
- 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
- 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
- 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
- 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
- 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
- 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
- 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
- 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
- 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪
