方丈記(14)おほかた、この所に住みはじめし時は|原文・語釈・現代語訳

 鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

目次

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(14)

おほかた、この所に住みはじめし時は

原文・語釈

おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに、いつとせたり。かりいほりもややふるさととなりて、のきくち深く、つちこけむせり。

語釈
  • おほかた【大方】:そもそも。
  • あからさま:ほんのしばらく。
  • やや【稍・漸】:しだいに。だんだん。
  • ふるさと【故郷】:住みなれた所。
  • くちば【朽ち葉】:枯れて腐った落ち葉。
  • つちゐ【土居】:家の柱を立てる土台。

現代語訳

そもそも、この場所に住み始めた時はほんの少しの間と思っていたけれど、もうすでに5年も経ってしまった。仮の庵もしだいに住みなれた家となり、軒には落ち葉が深く積もり、土台には苔が生えてきた。

おのづから、事のたよりに都を聞けば

原文・語釈

おのづから、事のたよりに都を聞けば、この山にこもりのち、やむごとなき人のかくれたまへるもあまた聞こゆ。まして、その数ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。

語釈
  • おのづから【自ら】:たまたま。まれに。
  • ことのたより【事の便り】:何かの用事のついで。
  • やむごとなし:家柄や身分が高貴だ。
  • かくる【隠る】:(身分の高い人が)死ぬ。亡くなる。
  • あまた【数多】:数多く。たくさん。
  • かずならず【数ならず】:とるに足りない。

現代語訳

たまたま、何かのついでに都の様子を聞くと、この山に籠もって以後、身分の高い人がお亡くなりになったという話もたくさん耳にする。まして、とるに足りない身分の人々は、すべてを数え知ることはできない。

たびたび炎上にほろびたる家

原文・語釈

たびたび炎上えんしやうにほろびたる家、また、いくそばくぞ。ただ、仮の庵のみ、のどけくして恐れなし。ほどせばしといへども、よるゆかあり、昼る座あり。一身を宿やどすに不足なし。

語釈
  • いくそばく【幾十許】:どれほどたくさん。
  • のどけし【長閑けし】:平穏だ。
  • おそれ【恐れ・畏れ】:心配。
  • ほど【程】:広さ。
  • ふす【臥す・伏す】:寝る。
  • ゐる【居る】:座る。
  • ざ【座】:すわる場所。

現代語訳

たびたびの火災で滅んだ家はまた、どれほどであろうか。ただただ、仮の庵だけが平穏で、何の心配もない。広さが狭いとは言え、夜寝る場所も、昼に生活する場所もある。我が身一つを宿らせるのに不足はない。

かむなは小さき貝を好む

原文・語釈

かむなは小さき貝をこのむ。これ、事知れるによりてなり。みさごはあらいそる。すなはち、人を恐るるがゆゑなり。われ、また、かくのごとし。事を知り、世を知れれば、願はず、わしらず。ただ、静かなるを望みとし、うれへなきを楽しみとす。

語釈
  • かむな【寄居】:やどかり
  • こと【事】:事情。わけ。
  • みさご【鶚・雎鳩】:水辺に住み、魚を捕る鳶に似た鳥の名。
  • ゆゑ【故】:理由。
  • わしる【走る】:あくせくする。
  • うれへ【憂へ】:心配。不安。

現代語訳

ヤドカリは小さな貝殻を好む。これはそうすべき事情をよく知っているからである。ミサゴは荒磯に棲む。それは人が近づくのを恐れているからである。私もまたこのようである。身の程を知り、世のむなしさがわかっているから、欲しがらず、あくせくせず、ただ静かであることを望み、不安のないことを楽しみとしている。

すべて、世の人の栖をつくるならひ

原文・語釈

すべて、世の人のすみかをつくるならひ、必ずしも事のためにせず。あるいは妻子、けんぞくのためにつくり、或はしんぢつぼういうのためにつくる。或は主君、師匠、および財宝、牛馬のためにさへこれをつくる。

語釈
  • ならひ【習ひ・慣らひ】:慣例。
  • けんぞく【眷属・眷族】:親族。一族。
  • しんぢつ【親昵】:親しい人。
  • ほういう【朋友】:親友。友人。

現代語訳

だいたいにおいて、世の人が家を建てるのは、必ずしも事情があるわけではない。ある人は妻子や一族のために建て、ある人は親しい人や友人のために建てる。ある人は主君、師匠、さらには財宝や牛馬のためにまで建物を建てる。

われ今、身のために結べり

原文・語釈

われ今、身のために結べり。人のためにつくらず。ゆゑいかんとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、頼むべきやつこもなし。たとひ、広くつくれりとも、たれを宿し、誰をかゑん。

語釈
  • ゆゑ【故】:理由。
  • いかん【如何】:どうしてか。
  • ともなふ【伴ふ】:連れ添う。
  • やつこ【奴】:召使い。
  • すう【据う】:住まわせる。

現代語訳

私は今、自分の身のために庵を造った。誰か人のために作ったのではない。理由は何かと言うと、今の世の状況からしても、我が身の境遇からしても、連れ添う人もければ、頼りにしている召使いもいない。たとえ広く造ったとしても、誰を泊めて、誰を住まわせようというのか。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

  • 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
  • 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
  • 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
  • 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
  • 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
  • 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
  • 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
  • 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
  • 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
  • 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
  • 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
  • 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
  • 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
  • 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
  • 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
  • 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
  • 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
  • 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)

 実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪

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この記事を書いた人

『方丈記』に感銘を受けて古典文学にのめり込み、辞書を片手に原文を読みながら、自分の言葉で現代語に訳すことを趣味としています。2024年9月から10年計画で『源氏物語』の全訳に挑戦中です。

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