鴨長明『方丈記』の原文と現代語訳を、語釈付きで全17回に分けて掲載しています。

鴨長明『方丈記』原文と現代語訳(13)
また、ふもとに一つの柴の庵あり
原文・語釈
また、ふもとに一つの柴の庵あり。すなはち、この山守が居る所なり。かしこに小童あり。時々来たりて、あひとぶらふ。もし、つれづれなる時は、これを友として遊行す。
- やまもり【山守】:山の番人。
- かしこ【彼処】:あそこ。あちら。
- こわらは【小童】:幼い子供。
- あひ【相】:互いに。
- とぶらふ【訪ふ】:訪問する。訪ねる。見舞う。
- つれづれ【徒然】:何もすることがないこと。退屈なこと。
- ゆぎやう【遊行】:ぶらぶら歩くこと。散歩。
現代語訳
また、麓に一軒の柴の庵がある。すなわち、この山守がいる所である。そこに小さな子供がいて、時々やって来てはお互いを見舞う。もし、退屈な時は、この子を友としてぶらぶら歩く。
かれは十歳、これは六十
原文・語釈
かれは十歳、これは六十。その齢、ことの外なれど、心を慰むる事、これ同じ。或は茅花を抜き、岩梨を取り、零余子を盛り、芹を摘む。或はすそわの田居にいたりて、落穂を拾ひて、穂組を作る。
- つばな【茅花】:ちがやの花。食用になる。
- いはなし【岩梨】:ツツジ科イワナシ属の常緑小低木。梨のような甘味のある実がなる。
- ぬかご【零余子】:山芋などの葉のつけ根に生じる小芋のような小さなかたまり。むかご。
- せり【芹】:せり。春の七草の一つ。
- すそわ【裾回・裾廻】:山のふもと。山すそのまわり。
- たゐ【田居】:田。田んぼ。
- ほぐみ【穂組み】:刈り取った稲の穂を乾燥させるために組み重ねたもの。
現代語訳
彼は10歳、これは60。その齢はかけ離れているけれど、心を慰めることは同じである。ある日は茅花を抜き、岩梨を取り、零余子を盛り、芹を摘む。ある日は山裾の田んぼに行き、落穂を拾って穂組みを作る。
もし、うららかなれば、峰によぢのぼりて
原文・語釈
もし、うららかなれば、峰によぢのぼりて、はるかに故郷の空を望み、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。勝地は主なければ、心を慰むるにさはりなし。
- うららか【麗らか】:日ざしがやわらかで、穏やかに晴れていさま。
- こはたやま【木幡山】:現在の京都府宇治市の北部にある丘陵。
- ふしみ【伏見】:現在の京都府伏見区の一帯。
- とば【鳥羽】:現在の京都市南区と伏見区にかかる一帯。
- はつかし【羽束師】:現在の京都市伏見区にある地名。
- しようち【勝地】:景色の素晴らしい地。
- さはり【障り】:障害。さしつかえ。
現代語訳
もし、うららかな天気であれば、峰によじ登ってはるか遠くの故郷の空を眺め、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見渡す。景勝地は誰の持ち物でもないから、心を慰めるのに邪魔するものはない。
歩み、わづらひなく
原文・語釈
歩み、わづらひなく、心、遠くいたる時は、これより峰つづき、炭山を越え、笠取を過ぎて、或は石間に詣で、或は石山を拝む。
- あゆみ【歩み】:歩くこと。歩行。
- わづらひ【煩ひ】:苦労。めんどう。
- すみやま【炭山】:現在の京都府宇治市、日野の奥にある山。
- かさとり【笠取】:現在の京都府宇治市、北東部にある山。
- いはま【石間】:現在の滋賀県大津市、岩間寺。
- いしやま【石山】:現在の滋賀県大津市、石山寺。
現代語訳
歩くのがきつくなく、心が遠くへ至る時は、ここから峰つづきに炭山を越え、笠取を過ぎて、岩間寺に詣でたり、あるいは石山寺を拝んだりする。
もしはまた、粟津の原をわけつつ
原文・語釈
もしはまた、粟津の原をわけつつ、蝉歌の翁があとをとぶらひ、田上河をわたりて、猿丸大夫が墓をたづぬ。帰るさには、折につけつつ、桜を狩り、紅葉を求め、蕨を折り、木の実を拾ひて、かつは仏に奉り、かつは家づととす。
- あはづのはら【粟津の原】:現在の滋賀県大津市、瀬田川河畔にあった松原。木曽義仲最期の地。
- せみうたのおきな【蝉歌の翁】:蝉丸。平安時代初期の歌人。
- たなかみがは【田上河】:瀬田川の支流。
- さるまろまうちぎみ【猿丸太夫】:平安時代初期の歌人。
- をりにつく【折に付く】:時節・場所がらなどに応じる。
- いへづと【家苞】:わが家へのみやげ。
現代語訳
もしくはまた、粟津の原を分け入って蝉歌の翁の旧跡を訪れたり、田上川を渡って猿丸太夫の墓を参ったりする。帰り道では、季節によって桜を狩り、紅葉を求め、蕨を折り、木の実を拾って、一部は仏にお供えし、一部は自分へのお土産とする。
もし、夜、静かなれば
原文・語釈
もし、夜、静かなれば、窓の月に故人をしのび、猿の声に袖をうるほす。草むらの蛍は、遠く槙の篝火にまがひ、暁の雨は、おのづから木の葉吹く嵐に似たり。山鳥のほろと鳴くを聞きても、父か母かと疑ひ、峰の鹿の近く馴れたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る。
- しのぶ【偲ぶ】:思い慕う。懐かしく思う。
- まき【槙】:槙島。現在の京都府宇治市、巨椋池の東岸近くにあった島。
- かがりび【篝火】:鉄かごに松の薪をたいて照明としたもの。
- まがふ【紛ふ】:見えちがえたり、聞きちがえたりするほどよく似ている。見まちがえる。聞きまちがえる。
- あかつき【暁】:夜明け前の、まだ暗い時分。未明。
- ほろほろ:雉や山鳥などの鳴き声を表す語。
現代語訳
もし、夜が静かな時は、窓の月を眺めて故人をしのび、猿の声に袖を濡らす。草むらの蛍は遠く槙島の篝火に見間違えるほどで、暁の雨は自然と木の葉を吹き散らす嵐に似ている。山鳥がホロと鳴く声を聞いても、父か母かと思い、峰の鹿が慣れて近寄ってくるにつけても、世間から遠ざかっている身の程を知る。
或いはまた、埋火をかきおこして
原文・語釈
或いはまた、埋火をかきおこして、老の寝覚の友とす。恐ろしき山ならねば、梟の声をあはれむにつけても、山中の景気、折につけて尽くる事なし。いはむや、深く思ひ、深く知らむ人のためには、これにしも限るべからず。
- うづみび【埋み火】:灰の中にうずめてある炭火。
- おいのねざめ【老いの寝覚め】:年老いて、夜中や明け方早くに目覚めがちになること。
- あはれむ:しみじみと趣深いものと感じる。
- けいき【景気】:景色。風景。
現代語訳
ある時はまた、灰の中に埋めた火をかきおこして、年老いて目覚めがちな夜の友とする。恐ろしい深山ではないので、梟の鳴き声をしみじみ聞くことにつけても、山中の風景は四季折々で飽きることはない。ましてや、情緒をもっと深く感じ、もっと深い感性を持っている人にとっては、これだけに限らないだろう。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

- 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
- 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
- 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
- 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
- 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
- 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
- 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
- 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
- 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
- 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
- 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
- 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
- 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
- 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
- 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
- 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
- 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
- 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪
