源氏物語「桐壺」(8)光源氏の元服・結婚|語注・原文・現代語訳

光源氏12歳、御元服の儀式

この君の御童姿、いと変へまうく思せど

原文

 この君の御童姿わらはすがた、いとへまおぼせど、十二にて御元服げんぶくしたまふ。居起ゐたおぼしいとなみて、かぎりあることにことをへさせたまふ。ひととせの春宮とうぐうの御元服げんぶく殿でんにてありししき、よそほしかりし御ひびきにとさせたまはず。所々ところどころきやうなど、内蔵寮くらづかさ穀倉院こくさうゐんなど、おほやけごとにつかうまつれる、おろそかなることもぞと、とりわきおほことありて、きよらをくしてつかうまつれり。

語釈
  • わらは【童】:元服以前の子供。10歳前後の子供。
  • げんぶく【元服】:男子の成人を祝う儀式。髪を大人ふうに改め、冠をかぶり、大人仕立ての服を着る。
  • ゐたつ【居立つ】:じっとしていられず、こまごまと世話をする。
  • おぼしいとなむ【思し営む】:心を尽くしてことにおあたりになる。
  • かぎり【限り】:決まり。規則。おきて。
  • ひととせ【一年】:先年。
  • とうぐう【東宮・春宮】:皇太子の御殿。帝の第一皇子、弘徽殿女御の子のこと。
  • なでん【南殿】:紫宸殿の別名。即位や朝賀、節会などの宮中の公事を行う場所。
  • よそほし【装ほし】:おごそかで盛大である。
  • ひびき【響き】:世間の評判。
  • きやう【饗】:ごちそう。饗宴。
  • くらづかさ【内蔵寮】:中務省に属し、宮中の金銀財宝や装束、祭祀の具などを管理する役所。
  • こくさうゐん【穀倉院】:畿内諸国から調として納めた銭や、官有田などからとれた穀物を保管・貯蔵しておいた倉庫。
  • おほやけごと【公事】:表向きのこと。しきたり。通りいっぺんの役目や仕事。
  • きよら【清ら】:最高の美しさ。善美。華美。ぜいたく。

現代語訳

 この源氏の君のかわいらしい童の御姿を、大人の装いに変えてしまうのが惜しいと帝は思いますが、12歳で御元服されました。帝はそわそわとあれこれお世話を焼かれて、しきたりで定められていることに加えて、それ以上のおもてなしを添えさせます。先年の春宮の御元服、南殿にてとり行われた儀式が実に盛大であったとの世間の評判に、ひけをとらせないようにしているのです。あちらこちら女房たちのご馳走なども、内蔵寮や穀倉院などに向けて、通りいっぺんの用意では行き届かないこともあるやと、とりわけ特別な仰せ言がありましたので、華美の限りを尽くしてご調進されました。

おはします殿の東の廂

原文

 おはします殿でんひむがしひさし東向ひんがしむきに椅子立いしたてて、冠者くわんざの御引入ひきいれ大臣おとどの御、御まへにあり。さるの時にて、源氏まゐりたまふ。みづらひたまへるつらつき、かほのにほひ、さまへたまはむことしげなり。大蔵卿おほくらきやう蔵人仕くらうどつかうまつる。いときよらなるぐしをそぐほど、心苦しげなるをうへは、御息所みやすんどころの見ましかばとおぼづるに、へがたきを、心強くねんじかへさせたまふ。

語釈
  • でん【殿】:清涼殿。天皇の常の御座所。
  • ひさし【廂】:寝殿造りで、母屋の外、簀の子より内側にある細長い部屋。
  • いし【椅子】:天皇が座る椅子。
  • くゎんざ【冠者】:元服をして冠をつける者。源氏の君のこと。
  • ひきいれ【引入】:元服のとき、冠をかぶらせること。また、その役の人。
  • おとど【大臣】:左大臣。
  • さるのとき【申の時】:午後4時頃。
  • みづら【角髪】:平安時代の少年の髪型。髪を左右に分け、耳のあたりでたばねる髪型。
  • つらつき【面付き・頬付き】:顔つき。
  • にほひ【匂ひ】:つやのある美しさ。気品。
  • おほくらきやう【大蔵卿】:大蔵省(諸国の調、財宝などの管理出納をつかさどる役所)の長官。
  • くらうど【蔵人】:理髪役。
  • みやすんどころ【御息所】:源氏の君の母、桐壺更衣。
  • ねんじかへす【念じ反す】:今の気持ちをおさえて、ほかに考えを向ける。

現代語訳

 清涼殿の東側の廂に、東向きに帝がお座りになる御椅子を立てて、元服する源氏の君と加冠役の大臣の御座がその御前にあります。儀式が始まる申の時になりましたので、源氏の君がお入りになりました。角髪を結っていらっしゃる美少年の顔立ち、色つや、かわいらしいさまをお変えになろうことが惜しいようです。大蔵卿が理髪役をお務めになられます。とても清らかで美しい御髪を削いでいくにつれて、心苦しそうになるのを帝は、「亡き更衣が見ていたならば⋯⋯」と思い出されては涙がこみ上げてくるのを、心強く念じておさえています。

かうぶりしたまひて、御休み所に

原文

 かうぶりしたまひて、御休所やすみどころにまかでたまひて、御たてまつりへて、おりてはいしたてまつりたまふさまに、皆人みなひととしたまふ。みかどはた、ましてえ忍びあへたまはず、おぼまぎるるをりもありつる昔のこと、とりかへし悲しくおぼさる。いとかうきびはなるほどは、あげおとりやとうたがはしくおぼされつるを、あさましううつくしげさひたまへり。

語釈
  • かうぶり【冠】:元服して初めて冠をかぶること。
  • やすみどころ【休所】:休憩所。休息する場所。楽屋。控え室。
  • まかづ【罷づ】:退出する。おいとまする。
  • おる【下る・降る】:退出する。
  • はいす【拝す】:頭を下げて礼をする。感謝の意を表すために舞踏する。
  • はた【将】:もまた。それでもやはり。
  • とりかへし【取り返し】:初めに返って。もう一度改めて。
  • きびは:あどけないさま。幼くか弱いさま。
  • あげおとり【上げ劣り】:元服して髪上げをしたとき、顔立ちが以前よりも劣って見えること。
  • あさまし:驚きあきれるばかりだ。

現代語訳

 加冠の儀をお済ませになり、御休み所に下がって成人の御衣装に着替えられて、東庭におりてお礼の舞を拝される御姿に、参列者は皆涙を落とされます。帝はというと、誰よりもまして涙をこらえきれず、思い紛れる折もあった昔のことを引き戻して悲しく思われます。まことにこうも幼い年頃では、元服して髪上げをすると見劣りするのではないかと疑わしくも思っておられましたが、驚き呆れんばかりの輝かしい美しさがさらに増すのでした。

大臣の皇女

引入の大臣の皇女腹に

原文

 引入ひきいれ大臣おとど皇女みこばらに、ただ一人ひとりかしづきたまふ御むすめ、春宮とうぐうよりも御けしきあるを、おぼしわづらふことありける、この君にたてまつらんの御心なりけり。うちにも、御けしきたまはらせたまへりければ、
「さらば、このをり後見うしろみなかめるを、添臥そひぶしにも」
ともよほさせたまひければ、さおぼしたり。

語釈
  • ひきいれ【引入】:元服のとき、冠をかぶらせること。また、その役の人。
  • みこばら【皇女腹】:皇女(帝の妹で、大臣の夫人)の生んだ子。
  • かしづく【傅く】:大切に育てる。
  • とうぐう【東宮・春宮】:皇太子の御殿。帝の第一皇子、弘徽殿女御の子のこと。
  • けしき【気色】:内意。春宮からの入内の御所望。
  • おぼしわづらう【思し煩う】:あれこれと思い悩まれる。思案される。
  • うち【内】:帝。
  • そひぶし【添臥】:添い寝。元服の夜、選ばれた公卿などの娘が添い寝すること。
  • もよほす【催す】:うながす。催促する。
  • さ【然】:そのように。

現代語訳

 加冠役の大臣の夫人である皇女がお生みになった子に、ただ一人、大切にお育てになられていた姫君がいらっしゃいます。春宮から内々に入内の御所望があるのを、大臣に思い悩まれることがありましたのは、この源氏の君に差し上げようという御心からであったのです。帝にも御内意を賜っていたことで、
「さらば、この元服の折の後見がいないようだから、添臥にも」
と、帝が御催促されると、大臣はそのように御決心されました。

さぶらひにまかでたまひて

原文

 さぶらひにまかでたまひて、人々おほ御酒みきなどまゐるほど、親王みこたちの御すゑに源氏着きたまへり。大臣おとどけしきばみ聞こえたまふことあれど、もののつつましきほどにて、ともかくもあへしらひ聞こえたまはず。御まへより、ないせんうけたまはり伝へて、大臣おとどまゐりたまふべきしあれば、まゐりたまふ。御ろくの物、うへ命婦みやうぶ取りてたまふ。しろ大袿おほうちきに御一領ひとくだりれいのことなり。

語釈
  • さぶらひ【侍】:侍所の略。ここでは御休所(控え室)。
  • まかづ【罷づ】:退出する。おいとまする。
  • おほみき【大御酒】:神や天皇、皇族などに差し上げる酒。
  • まゐる【参る】:「食ふ」「飲む」などの尊敬語。召し上がる。
  • けしきばむ【気色ばむ】:意中をほのめかす。
  • つつまし【慎まし】:気後れのするさま。恥ずかしい。
  • ともかくも:なんとも。
  • あへしらふ:受けこたえする。あいさつする。
  • ないし【内侍】:内侍司(天皇の伝宣や後宮の礼式をつかさどる役所)の女官。
  • せんじ【宣旨】:帝の言葉。
  • ろく【禄】:加冠役を務めたことによる大臣への褒美。
  • おほうちき【大袿】:禄として賜った、大きめの寸法の袿。着用する際に仕立て直す。
  • うちき【袿】:男子が直衣・狩衣の下に着た衣服。平安時代の貴婦人の服。裳・唐衣の下に着たもの。
  • れい【例】:慣例。

現代語訳


 源氏の君が御休所へ退出されて、御祝宴が始まります。参列者たちが大御酒などを召し上がっている間に、親王たちが並ぶ御座の末席に源氏の君は着かれました。大臣はそれとなく姫君とのことを申し上げますが、もの恥ずかしいお年頃でございますので、なんともお答えできずにおられます。帝の御前より、内侍が大臣の席へ来て、帝の御言葉を承り伝えました。大臣に参られるようにとのお召しでありますので、大臣は帝の御前へとお進みになります。加冠役を務めたことへの御禄の品物を、帝付きの命婦が取り次いで賜ります。白い大袿に御衣装一式、慣例のとおりでございました。

御盃のついでに

原文

 御さかづきのついでに、

 いときなきはつもとひに長き世をちぎる心は結びこめつや

御心ばへありて、おどろかさせたまふ。

  結びつる心も深きもとひにむらさきいろしあせずは

そうして、長橋ながはしよりおりてたふしたまふ。

語釈
  • いときなし【幼きなし・稚きなし】:幼い。あどけない。
  • もとゆひ【元結ひ】:髪の髻を結ぶもの。
  • はつもとゆひ【初元結ひ】:元服の時に髪を結んだ紫色の組ひも。
  • ちぎる【契る】:夫婦の縁を結ぶ。
  • こころばへ【心映へ】:思いやり。心づかい。
  • おどろかす【驚かす】:注意をうながす。気をひく。
  • そうす【奏す】:天皇または院に申し上げる。奏上する。
  • ながはし【長橋】:清涼殿から紫宸殿へ通じている廊下。
  • ぶたふ【舞踏】:拝礼の作法の一つ。

現代語訳

 帝は御盃を賜るついでに、

  いときなきはつもとひに長き世をちぎる心は結びこめつや

と、御心をこめて念をおされます。

  結びつる心も深きもとひにむらさきいろしあせずは

と、大臣は奏上し、長橋よりおりて返礼の舞踏を拝されます。

左馬寮の御馬

原文

 左馬寮ひだりのつかさの御馬、蔵人所くらうどどころたかすゑてたまはりたまふ。はしのもとに親王みこたち上達部かむだちめつらねて、ろくども品々にたまはりたまふ。その日のまへ折櫃物をりひつものものなど、大弁だいべんなんうけたまはりてつかうまつらせける。屯食とんじきろく唐櫃からひつどもなど、ところせきまで、春宮とうぐうの御元服げんぶくをりにも数まされり。なかなかかぎりもなくいかめしうなむ。

語釈
  • ひだりのつかさ【左馬寮】:宮中の馬、馬具などをつかさどる役所。
  • くらうどどころ【蔵人所】:令外の官(律令に規定のない官職)の詰める役所。さまざまな雑務を担っていた。
  • みはし【御階】:清涼殿正面の東庭におりる階段。
  • かむだちめ【上達部】:三位以上の者。
  • をりひつもの【折櫃物】:檜の箱に肴などを盛ったもの。元服する源氏の君から帝への献上品。
  • こもの【籠物】:籠の中に五菓(柑・橘・栗・柿・梨)を入れたもの。
  • うだいべん【右大弁】:太政官の右弁局の長官。高麗人に若宮の相を見させた時に後見役として登場した人。
  • とんじき【屯食】:強飯を握って卵形にしたもの。握り飯。下々の役人に与える弁当。
  • からひつ【唐櫃】:足のついた櫃。下々の者に与える禄が入れてある。
  • ところせし【所狭し】:その場が狭く感じるほどにたくさんある。いっぱいにある。
  • なかなか【中中】:かえって。むしろ。
  • いかめし【厳し】:立派である。盛大である。

現代語訳

 左馬寮の御馬、蔵人所の鷹を据えて賜りました。御階の下に親王たちや上達部が連なり、御祝の禄の品々をそれぞれに賜ります。その日の帝の御前に供された折櫃物や籠物などは、あの右大弁が承って調進されたのでした。屯食、禄を入れた唐櫃など、所狭しといっぱいに並び、春宮の御元服の折にも数が勝っていました。むしろ規定もないことが、これまでにないほど盛大になったのでしょう。