
9月18日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢32名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】9月18日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月18日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1856年 | 海老名弾正 | キリスト教思想家・教育者 |
| 1864年 | 伊藤左千夫 | 歌人・小説家 |
| 1871年 | 三輪源造 | 教育者・国文学者 |
| 1872年 | 松尾伝蔵 | 陸軍軍人・内閣総理大臣秘書官 |
| 1887年 | 唐橋在知 | 神職・華族 |
| 1890年 | 土屋文明 | 歌人・国文学者 |
| 1891年 | 丹羽鼎三 | 造園学者 |
| 1894年 | 中村勝馬 | 染織作家 |
| 1902年 | 高橋健二 | ドイツ文学者・翻訳家 |
| 1905年 | 大井次三郎 | 植物学者 |
| 1907年 | 関種子 | ソプラノ歌手 |
| 1912年 | 古畑正秋 | 天文学者 |
| 1931年 | 小町昭 | 作曲家・編曲家 |
| 1936年 | 小華和ためお | アニメーター・アニメ監督 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】9月18日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1495年 | ルートヴィヒ10世 | バイエルン公 |
| 1684年 | ヨハン・ゴットフリート・ヴァルター | ドイツの作曲家・音楽理論家 |
| 1709年 | サミュエル・ジョンソン | イギリスの文学者・辞書編纂者 |
| 1711年 | イグナーツ・ホルツバウアー | オーストリアの作曲家 |
| 1728年 | リシャール・ミック | フランスの建築家 |
| 1739年 | ジャン=ジャック・ラグルネ | フランスの画家 |
| 1752年 | アドリアン=マリ・ルジャンドル | フランスの数学者 |
| 1765年 | グレゴリウス16世 | ローマ教皇 |
| 1819年 | レオン・フーコー | フランスの物理学者 |
| 1831年 | ジークフリート・マルクス | ドイツ系オーストリアの発明家 |
| 1895年 | ジョン・ディーフェンベーカー | カナダ首相 |
| 1905年 | グレタ・ガルボ | スウェーデン出身の俳優 |
| 1907年 | エドウィン・マクミラン | アメリカの物理学者 |
| 1910年 | ヨセフ・タル | ドイツ出身のイスラエルの作曲家 |
| 1920年 | ジャック・ウォーデン | アメリカの俳優 |
| 1939年 | ジョルジェ・サンパイオ | ポルトガル大統領 |
| 1942年 | ヴォルフガング・ショイブレ | ドイツの政治家 |
| 1945年 | ジョン・マカフィー | イギリス出身のソフトウェア起業家 |
9月18日生まれの代表的な偉人
海老名弾正
- 生没年:1856年9月18日(安政3年8月20日)~1937年5月22日(昭和12年5月22日)
- 国:日本
- 肩書き:キリスト教思想家・教育者
熊本洋学校で学んだ「熊本バンド」の一人としてキリスト教へ入り、同志社で新島襄の教育を受けました。本郷教会の牧師や同志社総長を務め、神を日本の歴史と倫理の中に理解しようとする自由主義的な神学を説きました。欧米の教義をそのまま移すのではない日本的キリスト教の形成に大きな影響を与えました。一方、その適応は天皇制国家や民族主義との距離を曖昧にし、日清・日露戦争期の国家と戦争を十分に批判できなかったとの評価があります。普遍宗教の土着化が信仰の自立を促した面と、帝国の価値観へ同調した面を同時に見る必要があります。
伊藤左千夫
- 生没年:1864年9月18日(元治元年8月18日)~1913年7月30日(大正2年7月30日)
- 国:日本
- 肩書き:歌人・小説家
千葉の農家に生まれ、上京後は牛乳搾取業を営みながら正岡子規の写生論に学びました。歌誌『馬酔木』、のちの『アララギ』の中心となって斎藤茂吉らを育て、万葉調と日常観察を結ぶ近代短歌を広めました。小説『野菊の墓』は若い恋と家制度の圧力を描き、映画や舞台でも繰り返し受容されました。一方、農村の純朴さや女性の自己犠牲を美化する読みは、家父長制が民子の選択を奪う暴力を見えにくくします。写生を客観的な方法とする評価にも作者の階級・性別の視点が入り、弟子たちとの共同的な雑誌運営を一人の流派創始へ還元できません。
土屋文明
- 生没年:1890年9月18日(明治23年9月18日)~1990年12月8日(平成2年12月8日)
- 国:日本
- 肩書き:歌人・国文学者
伊藤左千夫に師事し、『アララギ』の編集と選歌を長く担い、生活の事実を緊密な言葉で捉える短歌を追究しました。歌集『ふゆくさ』『山谷集』などを残し、『万葉集私注』によって古典研究と現代の作歌を結び付けました。戦後も社会と老いを詠み、20世紀を通じた短歌の制度と教育に大きな影響を与えました。一方、戦時下には国策や戦争を肯定する歌・言説を発表しており、写実主義も政治から中立ではありませんでした。長寿の大家としての権威は選歌を通じて歌壇の基準を固定する力も持ったため、戦争責任と周縁の表現を含めて再検討が必要です。
サミュエル・ジョンソン
- 生没年:1709年9月18日~1784年12月13日
- 国:グレートブリテン王国
- 肩書き:文学者・辞書編纂者
地方の書店の家からロンドンへ出て、困窮のなかで批評、伝記、詩、随筆を執筆しました。1755年の『英語辞典』は用例を文学作品から集め、語義と用法を体系化して、英語の標準化と辞書編纂の規範を大きく前進させました。『ラセラス』『詩人伝』や会話は、ボズウェルの伝記を通じて英文学の中心に置かれました。一方、辞書は一人で英語を固定したのではなく、多数の筆写者・印刷業者と既存辞書に依存し、収録した「標準語」はロンドンの男性文人文化へ偏ります。奴隷制を批判した一方で帝国や階級に関する保守的見解も持ち、機知に富む人物像が女性著述家や使用人の貢献を覆わないよう注意が必要です。
アドリアン=マリ・ルジャンドル
- 生没年:1752年9月18日~1833年1月10日
- 国:フランス
- 肩書き:数学者
革命前後のフランスで数学教育と研究に携わり、楕円積分、数論、幾何学、最小二乗法など広い分野を体系化しました。『数論試論』の平方剰余や素数分布への研究はガウスらを刺激し、楕円積分の表は後のアーベルとヤコビの理論へ橋を架けました。教科書『幾何学原論』も各国の教育へ長く用いられました。一方、最小二乗法や数論ではガウスとの優先権争いがあり、後世の名称だけで発見の順序を単純化できません。長く別人の肖像が本人として流通した事実は、著名な理論に比べ生活史の史料が乏しく、科学者像が制度的に作られることも示しています。
レオン・フーコー
- 生没年:1819年9月18日~1868年2月11日
- 国:フランス
- 肩書き:物理学者
医学から実験物理へ転じ、回転鏡を用いて空気中と水中の光速を比較し、光が水中で遅くなることを示しました。1851年にパンテオンで巨大な振り子を振らせ、地球の自転を市民が目で確認できる現象として示し、ジャイロスコープや渦電流の研究も行いました。精密実験と公開実演を結ぶ方法は科学普及にも影響しました。一方、フーコー振り子は自転を最初に証明した実験ではなく、理論、装置製作、観測施設の協力を必要としました。パリの国家的記念空間で行われた実演は第二共和政から帝政への権威とも結び付き、科学の普遍性と制度的な演出を区別して見る必要があります。
ジョン・ディーフェンベーカー
- 生没年:1895年9月18日~1979年8月16日
- 国:カナダ
- 肩書き:第13代首相・弁護士
地方弁護士から進歩保守党を率い、1957年に首相となって長く続いた自由党政権を交代させました。1960年のカナダ権利章典を成立させ、連邦選挙で先住民が権利放棄なしに投票できるようにし、南アフリカのアパルトヘイト体制にも反対しました。人権を国政の語彙へ押し上げた影響は大きいものです。一方、権利章典は通常法にとどまり裁判所の拘束力が弱く、寄宿学校など同化政策の構造を解体しませんでした。アブロ・アロー計画の中止で大量失職を生み、米国製核弾頭の受け入れをめぐる迷走は政権崩壊の一因となりました。
グレタ・ガルボ
- 生没年:1905年9月18日~1990年4月15日
- 国:スウェーデン・アメリカ合衆国
- 肩書き:俳優
ストックホルムの労働者家庭から映画界に入り、モーリッツ・スティッレルに見いだされてハリウッドへ渡りました。無声映画の表情演技からトーキーへ移行し、『グランド・ホテル』『椿姫』『ニノチカ』などで、欲望と孤独を同時に示すスター像を作りました。契約や役柄への発言力を高め、早い引退と私生活の非公開も現代的なセレブリティ像へ影響しました。一方、「謎の女」という像はスタジオと報道が商品化したもので、本人の沈黙さえ販売戦略に組み込まれました。異国的な女性や悲劇的な恋愛へ固定する役柄、制作現場の男性中心性、同性愛的読解を隠した時代の検閲も含めて評価する必要があります。
エドウィン・マクミラン
- 生没年:1907年9月18日~1991年9月7日
- 国:アメリカ合衆国
- 肩書き:物理学者
カリフォルニア大学バークレー校の放射線研究所で加速器実験に携わり、ウランへ中性子を当てて生じる93番元素ネプツニウムをフィリップ・アベルソンと発見しました。粒子加速器で位相を自動的に合わせる原理を考案し、シンクロトロンなど高エネルギー加速器の発展を可能にしました。超ウラン元素研究により1951年のノーベル化学賞をグレン・シーボーグと受賞しました。一方、研究はマンハッタン計画と核兵器開発にも直結し、基礎科学の成果が大量破壊技術へ転用されました。元素発見も巨大施設、化学分離、技術員の共同作業であり、受賞者だけに信用を集中させない視点が必要です。
ヴォルフガング・ショイブレ
- 生没年:1942年9月18日~2023年12月26日
- 国:ドイツ
- 肩書き:政治家・連邦議会議長
キリスト教民主同盟の政治家として内相を務め、1990年の東西ドイツ統一条約を東ドイツ側と交渉しました。同年の銃撃で下半身まひとなった後も政界へ復帰し、財務相、連邦議会議長として欧州統合と財政規律を推進しました。長い在職は戦後ドイツ政治の連続性を体現しました。一方、ユーロ危機でギリシャなどへ求めた緊縮策は失業と社会保障削減を深め、債権国の論理を優先したと批判されます。CDU不正献金事件で現金受領を認め党首を辞した経歴もあり、統一の功労者という像と政治資金・権力の説明責任を併せて評価すべきです。
9月18日に起きた歴史的な出来事
- 96年9月18日|ネルウァがローマ皇帝に即位
ドミティアヌス帝の暗殺後、元老院がネルウァを皇帝に選び、いわゆる五賢帝時代の端緒となりました。養子による継承で政治を安定させたと評価されますが、暗殺と親衛隊の圧力から生まれた体制であり、帝国の平和は属州支配と奴隷制の上に成り立っていました。 - 324年9月18日|クリュソポリスの戦い
コンスタンティヌス軍がリキニウス軍を破り、ローマ帝国の単独支配を確立しました。帝国統一とキリスト教保護を進める転機となりましたが、内戦の大量殺傷を伴い、のちに降伏したリキニウスを処刑したため、宗教的英雄譚だけで語れません。 - 1810年9月18日|チリで第一回政府評議会が成立
スペイン王権がナポレオン戦争で揺らぐなか、サンティアゴの有力者が自治政府を組織しました。チリ独立過程の起点として祝われますが、当初はスペイン国王への忠誠を掲げ、先住民や庶民の政治参加は限定的で、独立戦争も長い犠牲を伴いました。 - 1851年9月18日|『ニューヨーク・デイリー・タイムズ』創刊
現在の『ニューヨーク・タイムズ』の前身が、廉価で節度ある報道を掲げて創刊されました。調査報道と国際報道へ大きな影響を与えましたが、有力紙としての権威は人種・階級・外交政策の偏りと無縁ではなく、誤報や戦争支持も検証対象です。 - 1863年9月18日|チカマウガの戦いが始まる
南北戦争の西部戦線で北軍と南軍がジョージア州北西部に集結し、三日間の激戦となりました。南軍の大勝でしたが戦略的成果を生かせず、双方に三万人を超える死傷者が出て、地域住民と負傷兵の救護にも深刻な負担を残しました。 - 1898年9月18日|ファショダ事件
ナイル川上流のファショダでフランス遠征隊とイギリス軍が対峙し、アフリカ分割をめぐる両国の危機が表面化しました。英仏戦争は回避されましたが、交渉の対象となった土地に住むスーダンの人々の意思は無視され、植民地帝国同士の妥協として国境が形作られました。 - 1899年9月18日|朝鮮初の鉄道・京仁線が開業
仁川と鷺梁津を結ぶ京仁線が開業し、朝鮮半島の近代的鉄道輸送が始まりました。人と物の移動を変えた一方、建設・経営には日本や米国の資本と利権競争が深く関わり、その後の日本の植民地支配と資源・軍隊輸送へ組み込まれました。 - 1914年9月18日|アイルランド自治法が成立
第三次自治法が国王の裁可を受け、アイルランドへ限定的自治を認める法律となりました。長年の自治運動の成果でしたが、第一次世界大戦を理由に施行が延期され、北部の反対と武装化も解けず、独立戦争と島の分割へつながりました。 - 1931年9月18日|柳条湖事件
関東軍が南満洲鉄道の線路を爆破し、中国軍の行為と偽って軍事行動を開始しました。満洲事変と傀儡国家・満洲国建設の口実となり、日本の侵略拡大と国際的孤立を招きました。小規模な爆破を自衛として宣伝した情報操作と現地住民への暴力を明確にする必要があります。 - 1944年9月18日|順陽丸が撃沈
日本軍が捕虜とインドネシア人労務者を移送していた貨物船・順陽丸が、英潜水艦の魚雷攻撃でスマトラ沖に沈み、数千人が死亡しました。攻撃側は積荷を把握しておらず、標識のない「地獄船」に過密収容した日本側の非人道的移送が被害を拡大しました。 - 1947年9月18日|米国の国家安全保障体制が発足
国家安全保障法に基づき空軍、国家安全保障会議、中央情報局などが正式に発足し、冷戦期の軍事・情報機構が整えられました。政策調整と情報収集を強めた一方、秘密工作、政権転覆、監視、巨額の軍事費を制度化した負の遺産も残しました。 - 1948年9月18日(昭和23年)|全日本学生自治会総連合が結成
各大学の学生自治会が全国組織として全学連を結成し、学費、教育、平和、政治をめぐる学生運動の基盤となりました。戦後民主主義を下から押し広げた一方、党派対立、内部暴力、組織による個人の統制が運動への支持を失わせた面もあります。 - 1961年9月18日|ハマーショルド国連事務総長が墜落死
コンゴ動乱の停戦交渉へ向かうダグ・ハマーショルドらの航空機が北ローデシアで墜落し、搭乗者全員が死亡しました。国連平和活動の象徴的損失で、事故か攻撃かの調査は現在も論点を残し、植民地利権と大国介入の影を示しています。 - 1973年9月18日|東西ドイツが国連加盟
ドイツ連邦共和国とドイツ民主共和国が同時に国連へ加盟し、相互の存在を認める東方外交が国際制度に反映されました。緊張緩和の成果でしたが、ベルリンの壁と移動制限、東独の監視・弾圧は続き、加盟が市民の自由を直ちに保障したわけではありません。 - 1988年9月18日|ミャンマー軍がクーデター
8888民主化運動が広がるなか、ソウ・マウン国防相を中心とする軍が国家権力を掌握し、デモを武力で鎮圧しました。軍政は選挙結果を無視して長期化し、多数の死者、拘禁、亡命を生みました。秩序回復という説明は市民への組織的暴力を正当化するものでした。 - 1997年9月18日|対人地雷禁止条約文を採択
オスロ会議で対人地雷の使用、貯蔵、生産、移譲を禁じる条約文が採択され、同年12月の署名へ進みました。被害者とNGOが軍縮外交を動かした画期ですが、米国、ロシア、中国など主要国が参加せず、残存地雷と被害者支援の負担は紛争地に残っています。 - 2014年9月18日|スコットランド独立住民投票
英国からの独立の是非を問う投票が行われ、反対55.3%、賛成44.7%で残留が決まりました。高い投票率で自己決定を平和的に争った一方、地域・世代・階級の分断が可視化され、EU離脱後には当時の前提が変わったとの再投票要求が続きました。