
9月19日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢42名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】9月19日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月19日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1854年 | 高橋是清 | 第20代内閣総理大臣・蔵相 |
| 1857年 | 植木元太郎 | 実業家・政治家 |
| 1868年 | 木檜三四郎 | 政治家 |
| 1901年 | 沢田美喜 | 社会事業家 |
| 1908年 | 島袋龍夫 | 空手家 |
| 1912年 | 古武弥正 | 心理学者・生理学者 |
| 1919年 | 加藤周一 | 評論家・医師 |
| 1921年 | 利根山光人 | 画家 |
| 1923年 | 土屋哲 | アフリカ文学者・翻訳家 |
| 1925年 | 大城立裕 | 小説家 |
| 1926年 | 小柴昌俊 | 物理学者・天文学者 |
| 1927年 | 寿岳潤 | 天文学者 |
| 1928年 | 小島千加子 | 編集者・文芸評論家 |
| 1929年 | 成田豊 | 実業家・電通会長 |
| 1932年 | 上原康助 | 労働運動家・政治家 |
| 1934年 | 山元護久 | 放送作家・児童文学者 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】9月19日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 86年 | アントニヌス・ピウス | ローマ皇帝 |
| 1377年 | アルブレヒト4世 | オーストリア公 |
| 1426年 | マリー・ド・クレーヴ | オルレアン公妃 |
| 1551年 | アンリ3世 | フランス国王 |
| 1721年 | ウィリアム・ロバートソン | スコットランドの歴史家 |
| 1737年 | チャールズ・キャロル・オヴ・カロルトン | アメリカの政治家 |
| 1749年 | ジャン=バティスト・ジョゼフ・ドランブル | フランスの天文学者 |
| 1759年 | ウィリアム・カービー | イギリスの昆虫学者 |
| 1802年 | コシュート・ラヨシュ | ハンガリーの政治家・革命家 |
| 1813年 | クリスチャン・H・F・ピーターズ | ドイツ出身の天文学者 |
| 1843年 | チャールズ・バレンタイン・ライリー | イギリス出身の昆虫学者 |
| 1864年 | カール・エーリヒ・コレンス | ドイツの植物学者・遺伝学者 |
| 1867年 | アーサー・ラッカム | イギリスの挿絵画家 |
| 1883年 | メイベル・ヴァーノン | アメリカの女性参政権運動家 |
| 1889年 | セイディー・L・デラニー | アメリカの公民権活動家・教育者 |
| 1901年 | ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ | オーストリア出身の理論生物学者 |
| 1908年 | ミカ・ワルタリ | フィンランドの小説家 |
| 1909年 | フェリー・ポルシェ | オーストリア出身の自動車設計者 |
| 1911年 | ウィリアム・ゴールディング | イギリスの小説家 |
| 1912年 | クルト・ザンデルリング | ドイツ出身の指揮者 |
| 1917年 | アマリア・エルナンデス | メキシコの舞踊家・振付家 |
| 1921年 | パウロ・フレイレ | ブラジルの教育思想家 |
| 1922年 | エミール・ザトペック | チェコスロバキアの陸上競技選手 |
| 1922年 | ダナ・ザトペコワ | チェコスロバキアの陸上競技選手 |
| 1922年 | デーモン・ナイト | アメリカのSF作家・編集者 |
| 1934年 | ブライアン・エプスタイン | イギリスの音楽マネージャー |
9月19日生まれの代表的な偉人
高橋是清
- 生没年:1854年9月19日(嘉永7年閏7月27日)~1936年2月26日(昭和11年2月26日)
- 国:日本
- 肩書き:政治家・第20代内閣総理大臣・蔵相
仙台藩の足軽の家に養子入りし、米国での被雇用体験、官僚、日銀総裁を経て、日露戦争では海外公債の募集に当たりました。世界恐慌後の蔵相として金輸出を再禁止し、財政支出と低金利で需要を支える「高橋財政」を進め、日本経済を比較的早く回復させました。軍事費の膨張を抑えようとして二・二六事件で殺害されました。一方、景気回復は軍需と植民地市場にも依存し、赤字財政は統制を失えばインフレと戦争動員を助長しました。「日本のケインズ」と称えるだけでは、朝鮮・台湾を含む帝国金融と、軍拡を初期に支えた責任を見落とします。
沢田美喜
- 生没年:1901年9月19日(明治34年9月19日)~1980年5月12日(昭和55年5月12日)
- 国:日本
- 肩書き:社会事業家
三菱財閥の岩崎家に生まれ、外交官沢田廉三との結婚で海外生活を経験した後、敗戦後の混乱で遺棄された占領軍兵士と日本人女性の子どもたちを保護しました。1948年にエリザベス・サンダース・ホームを設立し、教育、医療、海外養子縁組を通じて人種差別にさらされた子どもの生活を支えました。問題を公に可視化した活動は戦後福祉史に大きな意味を持ちます。一方、「混血孤児」という呼称や海外養子縁組は、子どもの出自と本人の意思、母親との分離をめぐる倫理的問いを残しました。財閥家出身者の慈善という枠だけでなく、占領下の性暴力、貧困、父親と国家の責任を問う必要があります。
加藤周一
- 生没年:1919年9月19日(大正8年9月19日)~2008年12月5日(平成20年12月5日)
- 国:日本
- 肩書き:評論家・医師
血液学を学んだ医師でありながら、戦後直後から文学、思想、美術、政治を横断する評論を発表しました。『雑種文化』『日本文学史序説』では、日本文化を外来要素との混交と捉え、古代から現代までを社会構造と表現形式の関係から描き直しました。晩年は「九条の会」の呼びかけ人となり、戦争責任と立憲主義を公共の場で論じました。一方、広大な領域を一人で総合する方法は、地域差、女性や植民地の書き手、専門研究の細部を平板化する危険があります。明晰な公共知識人という権威も政治的立場と無縁ではなく、普遍的教養の範囲を誰が決めるのか検討が必要です。
小柴昌俊
- 生没年:1926年9月19日(大正15年9月19日)~2020年11月12日(令和2年11月12日)
- 国:日本
- 肩書き:物理学者・天文学者
東京大学で素粒子実験を進め、岐阜県神岡鉱山の地下に巨大な水チェレンコフ検出器カミオカンデを建設しました。1987年の超新星SN 1987Aから飛来したニュートリノを世界で初めて検出し、星の内部過程をニュートリノで観測する天文学を開きました。この業績により2002年のノーベル物理学賞を受賞し、後継のスーパーカミオカンデにも道をつなぎました。一方、成果は数百人規模の研究者、技術者、鉱山労働者と国際観測網の共同作業です。巨大装置には公費、環境・安全管理、研究分野間の資源配分が伴うため、「一人の受賞者が宇宙を見た」という物語だけでは科学の実態を表せません。
コシュート・ラヨシュ
- 生没年:1802年9月19日~1894年3月20日
- 国:ハンガリー王国
- 肩書き:政治家・革命家
ハプスブルク支配下で議会報道と改革運動を進め、1848年革命では財務相、国防委員会議長を経てハンガリー独立を宣言し、執政総裁となりました。ロシア軍の介入で革命が敗れると亡命し、英国と米国で民族自決と立憲政治を訴えました。その演説と象徴性は後世のハンガリー国民運動へ強い影響を与えました。一方、彼の自由主義はマジャル人中心で、クロアチア人、ルーマニア人、スロバキア人など王国内諸民族の自治要求と衝突しました。農奴解放を進めた功績と、単一国民国家を優先して内戦を深めた責任を同時に見る必要があります。
カール・エーリヒ・コレンス
- 生没年:1864年9月19日~1933年2月14日
- 国:ドイツ
- 肩書き:植物学者・遺伝学者
エンドウやトウモロコシを交配し、形質が一定の比率で現れることを実験して、1900年にメンデルの研究を再評価する論文を発表しました。オシロイバナの斑入りが花粉ではなく母系を通じて伝わることも示し、核遺伝だけではない細胞質遺伝への道を開きました。遺伝学が独立分野になる過程で重要な役割を果たしました。一方、「メンデル法則の再発見」はド・フリース、チェルマクらとの同時的な競争で、先行研究をどの時点で知ったかは科学史上の論点です。単純な形質比を人間社会へ拡張した時代の遺伝学は優生思想とも近接しており、植物実験の有効範囲を越えた適用に注意が必要です。
ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ
- 生没年:1901年9月19日~1972年6月12日
- 国:オーストリア出身・カナダ
- 肩書き:理論生物学者
生物を部品の総和ではなく、環境と物質・エネルギーを交換する「開放系」として捉え、機械論と単純な還元主義を批判しました。戦後に一般システム理論を提唱し、階層、相互作用、自己調整という考えを生物学から心理学、社会科学、組織論へ広げました。異分野が共通の構造を比較する言語を与えた点で大きな影響があります。一方、抽象度が高いため反証可能な予測を作りにくく、「何にでも当てはまる」比喩へ薄まる危険があります。社会をシステムとして扱うと権力、対立、歴史的責任を機能の問題へ還元しかねず、自然科学の概念を社会へ移す際の限界が問われます。
ウィリアム・ゴールディング
- 生没年:1911年9月19日~1993年6月19日
- 国:イギリス
- 肩書き:小説家
教師と海軍軍人の経験を経て、無人島の少年たちが秩序を失う『蠅の王』を発表し、文明と暴力の脆い境界を描きました。『後継者たち』『通過儀礼』などでは、歴史、宗教、階級、知覚の限界を異なる語りから探り、1983年にノーベル文学賞を受賞しました。学校教材と大衆文化に広く影響し、人間本性をめぐる議論の参照点となりました。一方、『蠅の王』は英国の男子寄宿学校と植民地冒険小説を人類一般の模型にし、女性や非欧州社会をほぼ排除しています。暴力を普遍的本性へ還元する読みは、制度と歴史的条件を隠すため、作品内の階級・帝国批判とともに吟味する必要があります。
パウロ・フレイレ
- 生没年:1921年9月19日~1997年5月2日
- 国:ブラジル
- 肩書き:教育思想家
貧困と非識字が政治参加を妨げる状況で成人識字教育に携わり、学習者の生活語から社会を読み解く対話型の方法を作りました。軍事政権による投獄と亡命を経て刊行した『被抑圧者の教育学』は、知識を教師が預け入れる「銀行型教育」を批判し、意識化と実践を結び付けました。民衆教育、開発、社会運動へ世界的な影響を与えました。一方、「抑圧者/被抑圧者」の二分法や抽象的な文体は、ジェンダー、人種、学習者内部の差異を捉えにくいとの批判があります。対話を掲げる教育も指導者の理論を上から適用すれば権威化するため、現場の成果と失敗を検証する必要があります。
エミール・ザトペック
- 生没年:1922年9月19日~2000年11月21日
- 国:チェコスロバキア
- 肩書き:長距離陸上競技選手
靴工場で働きながら走り始め、速走と緩走を大量に繰り返す過酷なインターバルトレーニングを発展させました。1952年ヘルシンキ五輪で5000メートル、1万メートル、初挑戦のマラソンをすべて制し、長距離走の練習と戦術へ大きな影響を与えました。プラハの春を支持したため、ソ連軍介入後に軍と公職から追われ、肉体労働へ送られました。一方、軍人選手としての成功は国家スポーツ制度と宣伝にも支えられ、後年の「抵抗の英雄」像には体制への自己批判文書をめぐる複雑さがあります。苦痛を笑顔で耐える逸話を美化し、健康を損なう過剰練習の模範にしてはなりません。
9月19日に起きた歴史的な出来事
- 1356年9月19日|ポワティエの戦い
百年戦争でイングランドの黒太子エドワード軍がフランス軍を破り、国王ジャン2世を捕虜にしました。身代金と政争がフランス社会を揺さぶりましたが、騎士の武勇物語の背後で農村は略奪され、徴税と戦災を負った民衆の被害が長期化しました。 - 1777年9月19日|フリーマン農場の戦い
アメリカ独立戦争のサラトガ方面作戦で英軍と大陸軍が衝突し、英軍は戦場を保ったものの大きく消耗しました。のちの英軍降伏とフランス参戦への転機となりましたが、戦場周辺の農地は破壊され、先住民部隊も帝国間の争いへ動員されました。 - 1796年9月19日|ワシントンの辞任挨拶を掲載
退任を決めたジョージ・ワシントンが国民へ宛てた文章が新聞に掲載され、党派対立と恒常的な対外同盟へ警戒を示しました。平和的な政権移行の規範となりましたが、奴隷所有者であった本人の「自由」と統合の訴えには明白な排除がありました。 - 1859年9月19日(安政6年8月23日)|グラバーが長崎へ到着
スコットランド出身のトーマス・グラバーが開港直後の長崎へ到着し、先に進出していたマッケンジーの貿易商社で働き始めました。のちに独立して武器、船舶、機械の取引と産業技術の導入へ関わりましたが、列強の不平等な通商秩序と内戦から利益を得た側面を「維新の支援者」という美談だけで扱えません。 - 1870年9月19日|パリ包囲戦が始まる
普仏戦争でプロイセンを中心とするドイツ軍がパリを包囲し、翌年1月まで食料と燃料の供給を断ちました。フランス第二帝政崩壊後の共和国を追い込みましたが、市民は飢餓と砲撃に苦しみ、降伏後の政治対立はパリ・コミューンと流血の弾圧へ続きました。 - 1893年9月19日|ニュージーランドで女性参政権法が成立
総督が選挙法へ裁可し、女性が国政選挙で投票できる世界初の自治領となりました。ケイト・シェパードらの長い請願運動の成果でしたが、被選挙権は直ちには認められず、マオリ女性を含む権利の実質的行使には植民地主義と社会格差の壁が残りました。 - 1899年9月19日|ドレフュスが特赦で釈放
反ユダヤ主義的な軍事裁判で再び有罪とされたアルフレド・ドレフュス大尉が、大統領特赦によって釈放されました。社会の分断を一時収めましたが、特赦は無罪の確認ではなく、完全な名誉回復は1906年まで待たねばなりませんでした。 - 1939年9月19日(昭和14年)|価格・賃金の凍結を閣議決定
国家総動員法の下で物価、地代、家賃、賃金などをこの日の水準へ固定する諸令が決定されました。戦時インフレ抑制を狙いましたが、生活物資の不足と闇市場を広げ、労働者の交渉力と市民の経済活動を国家が強く統制する仕組みとなりました。 - 1940年9月19日|ピレツキがアウシュヴィッツへ潜入
ポーランド地下軍のヴィトルト・ピレツキが意図的に逮捕され、アウシュヴィッツ強制収容所内の抵抗組織と情報網を作りました。報告は大量殺害を連合国へ伝えましたが救援は実現せず、英雄的潜入を称えるだけで、犠牲者の多様な抵抗と国際社会の不作為を薄めてはなりません。 - 1944年9月19日|モスクワ休戦協定
フィンランドとソ連・イギリスが休戦協定を結び、継続戦争を終わらせました。フィンランドは領土割譲、賠償、ドイツ軍排除を受け入れ、独立を維持しましたが、住民の強制移住とラップランド戦争を招き、戦時の対独協力と占領地政策の責任も残りました。 - 1945年9月19日(昭和20年)|GHQがプレスコードを指令
連合国軍総司令部が日本の新聞・放送へ検閲基準を示し、軍国主義の宣伝を禁じる一方、占領軍への批判や原爆被害なども検閲対象にしました。民主化を掲げる占領政策が秘密検閲を用いた矛盾を示し、報道機関の自己検閲にも長い影響を残しました。 - 1957年9月19日|世界初の地下核実験
米国がネバダ核実験場でプラムボブ作戦のレイニア実験を行い、核爆発を地下で実施しました。大気中への降下物を減らす技術や核実験探知研究を進めましたが、放射能漏れ、先住民の土地利用、作業員と周辺住民の被曝という問題は解消されませんでした。 - 1978年9月19日(昭和53年)|稲荷山古墳鉄剣銘を解読
埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣のX線撮影で115文字の金象嵌銘が判読され、「獲加多支鹵大王」などの名が確認されました。5世紀の王権と地方豪族の関係を考える重要資料ですが、大王を誰と同定するか、支配の範囲をどう読むかには学説上の幅があります。 - 1982年9月19日|電子掲示板で顔文字を提案
カーネギーメロン大学のスコット・ファールマンが掲示板上の冗談と真面目な投稿を区別するため「:-)」「:-(」を提案しました。文字だけのオンライン対話を補う慣行へ発展しましたが、顔文字の発明を一人に帰すと、それ以前の印刷記号や他文化の表現史を無視します。 - 1985年9月19日|メキシコ地震
マグニチュード8級の地震がメキシコ中部を襲い、遠く離れたメキシコ市で多数の建物が倒壊して数千人以上が死亡しました。軟弱地盤、建築不正、政府対応の遅れが被害を拡大し、市民の自発救援は後の民主化運動の基盤にもなりました。 - 1991年9月19日|氷河でアイスマンを発見
アルプスの氷河で約5300年前の男性の遺体が見つかり、衣服、道具、食事、病気を高精度で調べる考古学研究が進みました。発見場所をめぐる国境・所有権争い、遺体展示と尊厳、遺伝情報の扱いは、科学資料化の倫理的問題も提起しました。 - 2005年9月19日|六者会合が共同声明
北朝鮮がすべての核兵器と既存の核計画を放棄し、関係国が安全保証とエネルギー協力を進める原則で合意しました。外交的な到達点でしたが、検証、制裁、軽水炉、信頼醸成の順序で対立し、合意は履行されず核開発が続きました。 - 2015年9月19日(平成27年)|安全保障関連法が成立
集団的自衛権の限定行使などを可能にする安全保障関連法が参議院で可決されました。政府は日米同盟と抑止力の強化を主張しましたが、憲法9条の解釈を法律で大きく変更した手続、国会審議、将来の武力行使拡大をめぐり強い批判と市民抗議が起きました。