8月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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8月20日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢45名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】8月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1720年立花長煕三池藩主
1746年藤堂高嶷津藩主・久居藩主
1788年松平忠学上田藩主
1800年中川久教岡藩主
1835年前田利行大聖寺藩主
1844年陸奥宗光外交官・外務大臣
1877年鳥潟隆三医学者
1888年樋口季一郎陸軍軍人
1889年片岡華江螺鈿師・蒔絵師
1891年金栗四三マラソン選手・体育教育者
1896年重森三玲作庭家・庭園史研究家
1901年宮崎市定東洋史学者
1905年成瀬巳喜男映画監督
1909年三原朝雄政治家
1916年渋谷直蔵政治家
1916年大西巨人小説家・評論家
1920年四代目中村雀右衛門歌舞伎俳優
1922年阿久津哲造医学者・人工心臓研究者
1926年二代目米川文子箏曲家
1928年宮路年雄実業家
1929年池端清一政治家

【海外】8月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1517年アントワーヌ・ペルノ・ド・グランヴェル枢機卿・政治家
1561年ヤコポ・ペーリ作曲家
1710年トーマス・シンプソン数学者
1719年クリスチャン・マイヤー天文学者・イエズス会司祭
1778年ベルナルド・オイギンスチリ独立運動指導者
1779年イェンス・ベルセリウス化学者
1827年ヨーゼフ・シュトラウス作曲家・指揮者
1832年タデウス・ロー発明家・気球技術者
1833年ベンジャミン・ハリソンアメリカ合衆国大統領
1847年ボレスワフ・プルス小説家・ジャーナリスト
1860年レイモン・ポアンカレフランス大統領・首相
1873年エリエル・サーリネン建築家・都市計画家
1884年ルドルフ・ブルトマン新約聖書学者・神学者
1886年パウル・ティリッヒ神学者・哲学者
1890年H・P・ラヴクラフト小説家
1897年タリエイ・ヴェースオース詩人・小説家
1898年レオポルト・インフェルト物理学者
1901年サルヴァトーレ・クァジモド詩人
1905年ジャック・ティーガーデンジャズ・トロンボーン奏者
1907年アナトール・フィストゥラーリ指揮者
1910年エーロ・サーリネン建築家・工業デザイナー
1913年ロジャー・スペリー神経生物学者
1926年フランク・ロソリーノジャズ・トロンボーン奏者
1932年ワシリー・アクショーノフ小説家

8月20日生まれの代表的な偉人

ベルナルド・オイギンス

  • 生没年:1778年8月20日~1842年10月24日
  • 国:チリ
  • 肩書き:独立運動指導者・最高執政官

サン・マルティンらとスペイン軍に戦い、1818年のチリ独立宣言を主導しました。最高執政官として軍隊、学校、国旗など国家制度を整え、南米独立の連携にも関わります。称号の廃止や改革を進めましたが、中央集権的統治と反対派への圧力で保守層・地方勢力の反発を招き、退陣してペルーへ亡命しました。独立の英雄である一方、先住民の土地と庶民の政治参加を十分に保障しない、植民地エリート主導の国家形成だった面があります。

イェンス・ベルセリウス

  • 生没年:1779年8月20日~1848年8月7日
  • 国:スウェーデン
  • 肩書き:化学者

多数の化合物を精密に分析して原子量を測定し、元素記号をアルファベットで表す現在の化学表記法を確立しました。セリウム、セレン、トリウムの発見に関わり、触媒、異性体、同素体などの概念も命名します。測定と共通言語を結びつけ、化学を定量的な学問へ変えました。一方、電気化学的二元論を強く支持して有機化学の新しい理論に抵抗した時期があり、権威ある体系も実験事実によって修正されるという科学史の教訓を示します。

陸奥宗光

  • 生没年:1844年8月20日(弘化元年7月7日)~1897年8月24日(明治30年8月24日)
  • 国:日本
  • 肩書き:外交官・外務大臣

明治政府で外交を担い、1894年の日英通商航海条約によって領事裁判権撤廃への道を開き、不平等条約改正を実現しました。日清戦争時には外務大臣として列強との交渉と下関条約締結を主導し、「陸奥外交」と呼ばれます。藩閥政府に反対して投獄された経験から議会政治にも関わりました。一方、朝鮮の甲午改革への介入、東学農民運動の鎮圧、台湾割譲を伴う帝国拡張の外交を進めたため、国家主権の回復と他国の主権侵害を同時に見なければなりません。

エリエル・サーリネン

  • 生没年:1873年8月20日~1950年7月1日
  • 国:フィンランド・アメリカ
  • 肩書き:建築家・都市計画家

ヘルシンキ中央駅をはじめ、民族的装飾と近代的構造を組み合わせた建築でフィンランドの国家文化形成を象徴しました。シカゴ・トリビューン本社設計競技の案は実現しなかったものの、段状に上昇する高層建築の造形へ大きな影響を与えます。米国移住後はクランブルック教育共同体を設計し、若いデザイナーを育成しました。一方、大規模都市計画は秩序と美を上から与える発想が強く、住民の生活や階級差を計画者の統一像へ従属させる近代都市計画の限界も含みます。

ルドルフ・ブルトマン

  • 生没年:1884年8月20日~1976年7月30日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:新約聖書学者・神学者

新約聖書を成立した共同体の語りの型から分析する様式史を発展させ、歴史的イエス研究と信仰告白を区別しました。近代人が聖書の神話的世界像をそのまま受け入れるのではなく、実存的な問いとして解釈する「非神話化」を提唱します。ナチ体制下では告白教会を支持し、人種主義的な教会支配に反対しました。一方、個人の実存決断を重視する方法は社会構造、帝国支配、ジェンダーを弱く扱い、聖書の多様な歴史経験を近代ヨーロッパの哲学へ回収するとの批判があります。

H・P・ラヴクラフト

  • 生没年:1890年8月20日~1937年3月15日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:小説家

人間の理解を超える宇宙的存在と知識への恐怖を描き、クトゥルフ神話と呼ばれる共有可能な物語世界を形成しました。生前はパルプ雑誌の作家として貧困に苦しみましたが、死後に怪奇小説、映画、ゲームへ世界的な影響を与えます。書簡を通じて多くの若い作家を励まし、共同創作的な文化も生みました。一方、作品と手紙には黒人、移民、ユダヤ人への露骨な人種差別と優生思想があり、「未知への恐怖」が他者嫌悪と結びつく構造を批判的に読む必要があります。

重森三玲

  • 生没年:1896年8月20日(明治29年8月20日)~1975年3月12日(昭和50年3月12日)
  • 国:日本
  • 肩書き:作庭家・庭園史研究家

全国の古庭園を実測調査して体系的な記録を残し、日本庭園史研究の基盤を築きました。東福寺方丈庭園や松尾大社庭園では石組、苔、砂紋を大胆な幾何学へ組み替え、伝統を模倣せず現代の空間として再生します。茶道といけばなの研究・改革にも取り組みました。一方、「永遠のモダン」を掲げる強い作家性は地域の植生や日常利用より造形を優先する場合があり、古典的日本庭園を一つの系譜へ整理する方法にも選択と排除が伴いました。

宮崎市定

  • 生没年:1901年8月20日(明治34年8月20日)~1995年5月24日(平成7年5月24日)
  • 国:日本
  • 肩書き:東洋史学者

中国史を政治制度だけでなく、都市、科挙、社会階層、経済の長期変化から捉え、京都学派の東洋史学を代表しました。宋代を近世の始まりとみる時代区分や、世界史の中でアジアを比較する視点は広い議論を生みます。専門研究を読みやすい文章で一般読者へ伝えた功績も大きいです。一方、文明発展を共通段階で説明する枠組みは地域差を単純化し、日本の大陸経験と植民地期学問の影響を十分に問い直していないとの批判もあります。

成瀬巳喜男

  • 生没年:1905年8月20日(明治38年8月20日)~1969年7月2日(昭和44年7月2日)
  • 国:日本
  • 肩書き:映画監督

不安定な仕事、家計、家族関係の中で生きる女性を、抑制された演出と日常の細部で描きました。『浮雲』『晩菊』『流れる』などでは、林芙美子作品や女性俳優の身体表現を通じて、戦前・戦後の都市生活と経済的依存を可視化します。派手な様式より人物間の距離と諦念を積み重ね、世界的に再評価されました。一方、女性の苦境を鋭く示しながら解放への集団的道筋は乏しく、監督中心の評価が原作者、脚本家、俳優の共同制作を見えにくくする点にも注意が必要です。

ロジャー・スペリー

  • 生没年:1913年8月20日~1994年4月17日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:神経生物学者

視神経の再生実験から神経回路が化学的な標識に従って接続するという考えを示し、脳の発達研究を変えました。てんかん治療で脳梁を切断した患者を調べ、左右の大脳半球が異なる情報処理を行うことを実証して1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞します。心を脳の単純な機械作用へ還元しない立場も唱えました。一方、「左脳型・右脳型」という俗説は研究を過度に単純化したもので、動物実験や患者研究には同意と尊厳をめぐる倫理的検討も必要です。

8月20日に起きた歴史的な出来事

  • 636年8月20日|ヤルムークの戦い
    正統カリフ軍が東ローマ帝国軍を破り、シリアとパレスチナにおける支配を決定的にしました。イスラム勢力拡大の転換点でしたが、長い戦争と統治交代は地域住民に徴税、移住、宗教秩序の変化をもたらしました。
  • 672年8月20日(天武天皇元年7月22日)|壬申の乱・瀬田川の戦い
    大海人皇子軍が近江朝廷軍を瀬田川で破り、大友皇子側の敗北を決定づけました。中央集権国家形成の転換点となりましたが、皇位継承を軍事力で決着させ、多数の兵と地域社会を内戦へ動員しました。
  • 917年8月20日|アケロオスの戦い
    ブルガリア皇帝シメオン1世の軍が東ローマ帝国軍を大破し、バルカン半島での優位を確立しました。ブルガリア文化の繁栄を支える一方、両国の覇権争いは都市と農村へ長期の戦争負担を課しました。
  • 1672年8月20日|デ・ウィット兄弟虐殺
    オランダ共和国の指導者ヨハン・デ・ウィットと兄コルネリスが、戦争敗北への怒りをあおられた群衆に殺害されました。オラニエ公権力の復活を促し、政治宣伝と集団暴力が共和政を崩す危険を示しました。
  • 1794年8月20日|フォールン・ティンバーズの戦い
    米軍が北西部先住民連合を破り、翌年のグリーンヴィル条約で現在のオハイオ州の大部分を獲得しました。米国の西方拡大を進めましたが、条約と軍事力による先住民の土地収奪を決定づけました。
  • 1864年8月20日(元治元年7月19日)|禁門の変
    長州藩勢力が京都へ進軍し、会津・薩摩など幕府側諸藩と御所周辺で戦いました。長州は敗れて朝敵となり、京都では大火が起きました。政局の転換点であると同時に、市民の住居と生活を広く破壊した市街戦でした。
  • 1900年8月20日(明治33年)|第3次小学校令公布
    尋常小学校を4年制に統一し、義務教育の授業料を原則無料とする制度改革が行われました。就学普及を支えましたが、教育内容は国家への忠誠と画一的規律を強く求め、地域・階級間の格差も残しました。
  • 1905年8月20日(明治38年)|中国同盟会結成
    孫文らが東京で複数の革命団体を統合し、清朝打倒と共和国樹立を掲げる中国同盟会を結成しました。辛亥革命の組織的基盤となりましたが、民族主義、地方軍事勢力、民衆運動の利害は統一されませんでした。
  • 1920年8月20日|商業ラジオ局WWJ開局
    デトロイトで定期放送を行う初期の商業ラジオ局WWJが開設されました。ニュースと娯楽を家庭へ同時に届ける大衆媒体を発展させましたが、広告主と免許制度による情報支配も拡大しました。
  • 1926年8月20日(大正15年)|日本放送協会設立
    東京・大阪・名古屋の放送局を統合し、社団法人日本放送協会が設立されました。全国放送網と公共的な情報基盤を整えましたが、戦時期には政府統制の下で大本営発表と国民動員を伝える装置にもなりました。
  • 1930年8月20日(昭和5年)|日本初の3色自動信号機設置
    東京の銀座や京橋など34か所に赤・黄・青の自動交通信号機が設置されました。自動車交通の増加に対応する都市安全策でしたが、道路整備は歩行者や路面電車中心の空間を自動車優先へ変える契機にもなりました。
  • 1940年8月20日|トロツキー襲撃
    メキシコへ亡命していたレフ・トロツキーが、スターリン派の工作員にピッケルで襲撃され、翌日死亡しました。国外まで及ぶ政治暗殺は、ソ連の大粛清と異論排除が国境を越えたことを示しました。
  • 1944年8月20日|ヤッシー=キシナウ攻勢開始
    ソ連軍がルーマニア北東部で枢軸軍の防線を突破し、ドイツ第6軍を壊滅させました。ルーマニアの枢軸離脱を促しましたが、兵士と民間人の大量死、占領、強制移動を伴う大攻勢でした。
  • 1945年8月20日(昭和20年)|真岡郵便電信局事件
    ソ連軍が南樺太の真岡へ侵攻する中、郵便局の女性電話交換手9人が自決しました。戦争末期の混乱を象徴しますが、後世の「職務殉職」美談だけでなく、退避を困難にした軍・行政と死を選ばせた社会規範を問う必要があります。
  • 1960年8月20日|セネガルがマリ連邦から離脱
    セネガルが結成から約2か月のマリ連邦を離脱し、独立国家として歩み始めました。フランス植民地支配後の連邦構想は短命に終わり、指導者間の権限争いと旧宗主国への経済依存が残りました。
  • 1968年8月20日|ワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキア侵攻
    ソ連など5か国軍が「プラハの春」の改革を止めるため侵攻し、政治自由化を武力で押しつぶしました。市民は非暴力で抵抗しましたが死傷者が出て、主権を制限するブレジネフ・ドクトリンを体現しました。
  • 1975年8月20日|バイキング1号打ち上げ
    NASAが火星着陸機を搭載したバイキング1号を打ち上げました。翌年に火星表面から画像と科学データを送り、生命探査を進めましたが、実験結果の解釈は決着せず、宇宙開発が冷戦の国家競争に依存した面もあります。
  • 1977年8月20日|ボイジャー2号打ち上げ
    外惑星探査機ボイジャー2号が打ち上げられ、木星、土星、天王星、海王星を訪れて衛星や環の詳細な観測を行いました。人類の知識を飛躍させましたが、巨大科学計画の費用配分と宇宙空間の利用責任も問い続けられています。
  • 1988年8月20日|イラン・イラク戦争停戦
    国連決議を受けて8年間のイラン・イラク戦争の停戦が発効しました。双方で数十万人が死亡し、化学兵器も使用されました。国境はほぼ戦前へ戻り、地域大国と外国の武器供与が犠牲を拡大した戦争でした。

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