
8月21日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢41名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】8月21日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1535年 | 島津義弘 | 戦国大名 |
| 1717年 | 醍醐経胤 | 公卿 |
| 1764年 | 伊東長寛 | 岡田藩主 |
| 1783年 | 丹羽氏昭 | 三草藩主 |
| 1835年 | 橋本雅邦 | 日本画家 |
| 1883年 | 岩村通世 | 司法官僚・政治家 |
| 1895年 | 木村荘八 | 洋画家・随筆家 |
| 1904年 | 奥野高廣 | 歴史学者 |
| 1909年 | 遠山啓 | 数学者・教育者 |
| 1911年 | 小林正 | フランス文学者 |
| 1911年 | 今村太平 | 映画評論家 |
| 1916年 | 五島昇 | 実業家 |
| 1916年 | 早川崇 | 政治家 |
| 1925年 | 篠原一 | 政治学者 |
| 1930年 | 芦田淳 | ファッションデザイナー |
| 1932年 | 村上正邦 | 政治家 |
| 1933年 | 越部信義 | 作曲家 |
【海外】8月21日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1165年 | フィリップ2世 | フランス王 |
| 1567年 | フランシスコ・サレジオ | カトリック聖職者・著述家 |
| 1643年 | アフォンソ6世 | ポルトガル王 |
| 1665年 | ジャコーモ・フィリッポ・マラルディ | 天文学者 |
| 1670年 | ジェームズ・フィッツジェームズ | フランス軍人 |
| 1725年 | ジャン=バティスト・グルーズ | 画家 |
| 1735年 | トバイアス・フルノー | 航海者・海軍将校 |
| 1754年 | ウィリアム・マードック | 技術者・発明家 |
| 1765年 | ウィリアム4世 | イギリス王 |
| 1789年 | オーギュスタン=ルイ・コーシー | 数学者 |
| 1798年 | ジュール・ミシュレ | 歴史家 |
| 1811年 | ジョゼフ・ドランブール | 言語学者・ヘブライ学者 |
| 1816年 | シャルル・ジェラール | 化学者 |
| 1871年 | レオニド・アンドレーエフ | 小説家・劇作家 |
| 1872年 | オーブリー・ビアズリー | イラストレーター |
| 1893年 | リリ・ブーランジェ | 作曲家 |
| 1894年 | クリスチャン・シャド | 画家 |
| 1904年 | カウント・ベイシー | ジャズピアニスト・バンドリーダー |
| 1917年 | レオニード・ハーヴィッツ | 経済学者・数学者 |
| 1920年 | クリストファー・ロビン・ミルン | 著述家 |
| 1930年 | マーガレット王女 | イギリス王族 |
| 1938年 | ケニー・ロジャース | 歌手・作曲家 |
| 1947年 | ルーシャス・シェパード | 小説家 |
| 1952年 | ジョー・ストラマー | ミュージシャン |
8月21日生まれの代表的な偉人
フィリップ2世
- 生没年:1165年8月21日~1223年7月14日
- 国:フランス王国
- 肩書き:国王
カペー朝の王としてイングランド王家が大陸に持つ領地の多くを奪い、フランス王領と中央権力を大きく拡大しました。官僚と都市を利用して統治を整え、ブーヴィーヌの戦いの勝利によって王権の威信を高めます。パリの城壁や大学の発展にも関わりました。一方、十字軍への参加、領土征服、ユダヤ人の追放と財産没収を行っており、「尊厳王」という国家形成の英雄像は宗教的迫害と戦争被害を覆い隠してはなりません。
島津義弘
- 生没年:1535年8月21日(天文4年7月23日)~1619年8月30日(元和5年7月21日)
- 国:日本
- 肩書き:戦国大名・武将
兄義久を支えて九州各地を転戦し、木崎原の戦いなどで島津氏の勢力拡大を担いました。豊臣政権下では朝鮮出兵に参加し、関ヶ原の戦いでは敵中を突破する退却で名を残します。薩摩藩成立後の島津家存続にも大きな影響を与えました。一方、武勇伝の背景には朝鮮での侵略、住民殺害、捕虜連行があり、関ヶ原の「島津の退き口」も兵の大きな犠牲を伴ったため、郷土英雄としての称揚だけで評価できません。
フランシスコ・サレジオ
- 生没年:1567年8月21日~1622年12月28日
- 国:サヴォイア公国・フランス
- 肩書き:カトリック司教・著述家
宗教改革後のジュネーヴ周辺でカトリック宣教に従事し、論争より穏やかな説得と日常生活の信仰を重視しました。『信心生活入門』は聖職者だけでなく一般の職業人にも霊的生活が可能だと説き、広く読まれます。ジャンヌ・ド・シャンタルと聖母訪問会を設立し、宗教著述と教育へ影響を与えました。一方、その活動は対抗宗教改革の一部であり、異なる信仰を「回復」すべき対象とみなしたため、寛容な語り口と宗派競争の権力性を併せて見る必要があります。
オーギュスタン=ルイ・コーシー
- 生没年:1789年8月21日~1857年5月23日
- 国:フランス
- 肩書き:数学者
極限、連続性、収束を厳密に定義し、微積分を直観的計算から論証可能な解析学へ作り替えました。複素解析の積分定理、行列式、弾性理論など多くの分野に基本概念を残し、現代数学の記法と証明方法へ影響します。膨大な論文を発表し教育にも力を注ぎました。一方、王党派・保守的カトリックとして革命後の政権への宣誓を拒み、若い研究者との優先権争いでは不公正と批判されることもあり、数学的厳密さと制度内の権力行使は別に評価すべきです。
ジュール・ミシュレ
- 生没年:1798年8月21日~1874年2月9日
- 国:フランス
- 肩書き:歴史家
大部の『フランス史』『フランス革命史』で王侯だけでなく「人民」を歴史の主体として描き、共和国の国民的物語を作りました。公文書館の史料を活用しながら、自然、感情、日常生活を生き生きと叙述する文体で歴史学と文学を結びつけます。自由と革命を擁護し、第二帝政に抵抗しました。一方、「人民」や「フランス」を一つの人格のように語る方法は階級、地域、植民地の差異を均し、女性を象徴的な母性へ押し込める面があるため、民主的歴史観にも排除が含まれます。
橋本雅邦
- 生没年:1835年8月21日(天保6年7月21日)~1908年1月13日(明治41年1月13日)
- 国:日本
- 肩書き:日本画家・教育者
狩野派で学び、明治維新後に西洋画の遠近法と写実を取り入れながら伝統的な筆墨を再編しました。フェノロサや岡倉天心と東京美術学校創設に関わり、横山大観、下村観山らを育てて近代日本画の制度化を進めます。代表作『白雲紅樹』は新旧技法の統合を示しました。一方、「日本画」という区分は国家が西洋に対して固有文化を組み立てる過程で作られ、狩野派中心の正統観が他の地域・民衆表現を周縁化した面もあります。
オーブリー・ビアズリー
- 生没年:1872年8月21日~1898年3月16日
- 国:イギリス
- 肩書き:イラストレーター
黒と白の強い対比、流麗な線、空白を生かした挿絵で世紀末美術の視覚言語を作りました。ワイルド『サロメ』の挿絵や雑誌『イエロー・ブック』の美術編集を通じ、出版デザインとアール・ヌーヴォーへ大きな影響を与えます。結核を抱えながら短期間に膨大な作品を残しました。一方、性的挑発と異形の身体はヴィクトリア朝道徳への批判であると同時に、女性や障害を退廃の記号として消費する場合があり、反抗性だけで無条件に称賛できません。
リリ・ブーランジェ
- 生没年:1893年8月21日~1918年3月15日
- 国:フランス
- 肩書き:作曲家
1913年にカンタータ『ファウストとエレーヌ』で女性として初めてローマ賞を受賞し、男性中心の作曲界に道を開きました。合唱、管弦楽、宗教的テキストを繊細な和声と色彩で結びつけ、短い生涯に独自の作品群を残します。慢性疾患と戦いながら第一次世界大戦中の音楽家支援にも取り組みました。一方、「病弱な天才女性」という物語は厳格な訓練と作曲技術を感傷へ還元しやすく、姉ナディアを含む女性音楽家の制度的排除を見えにくくします。
カウント・ベイシー
- 生没年:1904年8月21日~1984年4月26日
- 国:アメリカ
- 肩書き:ジャズピアニスト・バンドリーダー
カンザスシティのジャズ文化から楽団を組織し、簡潔なピアノ、反復するリフ、柔軟なリズムでスウィングを刷新しました。レスター・ヤングらの即興を生かす編曲と強いリズム・セクションは、ビッグバンドの模範となります。人種隔離下でも長期に楽団を維持し、黒人音楽家の国際的な活動を広げました。一方、興行界では黒人演奏家が低賃金、隔離施設、白人業者の管理にさらされ、華やかなスウィング史はその労働条件を忘れてはなりません。
レオニード・ハーヴィッツ
- 生没年:1917年8月21日~2008年6月24日
- 国:ロシア・ポーランド・アメリカ
- 肩書き:経済学者・数学者
個人が私的情報を持つ状況で、どのような制度なら望ましい結果を実現できるかを考えるメカニズムデザイン理論を創始しました。誘因両立性という考えはオークション、投票、公共財、規制制度の設計へ応用され、2007年にノーベル経済学賞を共同受賞します。市場を自然な仕組みではなく設計対象として分析しました。一方、形式モデルは権力格差、差別、歴史的な所有関係を所与として扱いやすく、数理的に効率的な制度が社会的に公正とは限りません。
8月21日に起きた歴史的な出来事
- 1192年8月21日(建久3年7月12日)|源頼朝が征夷大将軍に就任
源頼朝が後白河法皇の死後、征夷大将軍に任じられました。鎌倉の武家政権を象徴する地位となりましたが、幕府成立をこの一日だけに置く見方は、守護・地頭設置など長い制度形成を単純化します。 - 1810年8月21日|ベルナドットがスウェーデン王太子に選出
スウェーデン議会がフランス軍人ジャン=バティスト・ベルナドットを王位継承者に選びました。彼はのちにカール14世ヨハンとなり、現在の王家の祖となりますが、ナポレオン戦争下の外交と王朝維持を優先した選択でした。 - 1831年8月21日|ナット・ターナーの反乱
奴隷とされた説教師ナット・ターナーらがバージニア州で蜂起し、白人住民50人以上を殺害しました。鎮圧後、無関係の黒人を含む多数が殺され、南部諸州は教育と移動をさらに厳しく禁じ、奴隷制の暴力を強めました。 - 1856年8月21日(安政3年7月21日)|タウンゼント・ハリスが下田へ到着
米国初代駐日総領事ハリスが下田港に入り、通商条約交渉を始めました。日本の国際関係を大きく変えましたが、軍事的圧力と領事裁判権を背景にした交渉は幕府へ不平等な条件を受け入れさせました。 - 1876年8月21日(明治9年)|第2次府県統合
明治政府が府県を大幅に再編し、多くの県が現在に近い境界となりました。行政の中央集権化と効率化を進めましたが、地域の歴史的まとまりや住民の意思より国家管理を優先した再編でもありました。 - 1877年8月21日(明治10年)|第1回内国勧業博覧会開幕
東京・上野公園で産業製品、機械、工芸、農産物を集めた内国勧業博覧会が開かれました。技術移転と市場形成を促しましたが、国家が産業と地域文化を序列化し、植民地的な展示へつながる枠組みも作りました。 - 1898年8月21日(明治31年)|共和演説事件
尾崎行雄文相が金権政治を批判するため共和国を仮定した演説を行い、不敬として辞任へ追い込まれました。立憲政治が始まっても天皇制への批判的言及を許さない言論統制の強さを示しました。 - 1904年8月21日(明治37年)|普通鉄道初の電車運転
甲武鉄道の飯田町―中野間で、日本の普通鉄道として初めて電車運転が始まりました。都市近郊輸送を高速・高頻度化しましたが、沿線開発と用地取得は都市構造と住民生活を大きく変えました。 - 1911年8月21日(明治44年)|特別高等警察課設置
警視庁に社会主義運動などを監視する特別高等警察課が設けられました。のちに全国へ拡大し、治安維持法の下で思想、労働運動、宗教を監視・弾圧する制度となり、拷問と転向強要を生みました。 - 1913年8月21日(大正2年)|帝国大学初の女子学生合格
東北帝国大学が黒田チカ、丹下ウメ、牧田らくの3人を合格者として発表し、女性が初めて帝国大学へ入学しました。高等教育の門を開く画期でしたが、女性の進学と研究職への制度的障壁はその後も長く残りました。 - 1937年8月21日|中ソ不可侵条約調印
日中戦争の拡大を背景に、中国とソ連が不可侵条約を結び、ソ連は航空機や軍事顧問を中国へ送りました。対日抵抗を支えましたが、支援はソ連の安全保障戦略に左右され、中国内戦の政治関係にも影響しました。 - 1942年8月21日|イル川渡河戦
ガダルカナル島で一木支隊が米海兵隊陣地へ正面攻撃を行い、ほぼ壊滅しました。情報不足と火力軽視、日本軍の逐次投入を象徴する戦闘で、兵士の生命を精神主義へ従属させた指揮の問題を示しました。 - 1944年8月21日|ダンバートン・オークス会議開幕
米英中ソの代表が戦後の国際平和機構を設計する会議を始め、国際連合憲章の原案を作りました。集団安全保障の基盤となりましたが、大国の拒否権を中心とする構造は国家間の不平等を制度化しました。 - 1959年8月21日|ハワイが米国50番目の州に
ハワイ準州が州へ昇格し、住民は連邦議会で完全な代表を得ました。一方、成立過程には米国人入植者による王国転覆と併合があり、先住ハワイ人の土地、主権、文化回復をめぐる問題は残っています。 - 1983年8月21日|ベニグノ・アキノ暗殺
亡命から帰国したフィリピン反政府指導者アキノがマニラ空港で射殺されました。事件はマルコス独裁への怒りを広げ、1986年の民衆革命へつながりましたが、政治王朝と社会格差は政権交代後も続きました。 - 1986年8月21日|ニオス湖の湖水爆発
カメルーンの火口湖から大量の二酸化炭素が噴出し、低地へ流れ込んで約1,700人と多数の家畜が窒息死しました。まれな自然災害の危険を示し、湖からガスを抜く設備と住民監視体制の整備を促しました。 - 1991年8月21日|ラトビアが独立を回復
モスクワのクーデター失敗が明らかになる中、ラトビア議会がソ連からの完全独立を宣言しました。1940年の併合から主権を回復しましたが、ロシア語系住民の国籍と権利をめぐる課題も生じました。 - 2017年8月21日|皆既日食が米国大陸を横断
皆既日食が太平洋岸から大西洋岸まで米国本土を横断し、数百万人が観測しました。市民科学と天文学への関心を高めましたが、大規模移動による安全管理や、観測情報へアクセスできる地域差も明らかになりました。