
6月21日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢54名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】6月21日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1730年 | 本居宣長 | 国学者・医師 |
| 1832年 | 寺島宗則 | 外交官・外務卿 |
| 1850年 | 柴田承桂 | 薬学者 |
| 1884年 | 大妻コタカ | 教育者・大妻学院創立者 |
| 1891年 | 野田哲造 | 銀行家・住友銀行社長 |
| 1893年 | 村岡花子 | 翻訳家・児童文学者 |
| 1898年 | 渋沢信雄 | 実業家 |
| 1901年 | 内海清 | 政治家・衆議院議員 |
| 1904年 | 中山善三郎 | ジャーナリスト・劇作家 |
| 1905年 | 小川佐助 | 競馬騎手・調教師 |
| 1908年 | 島秀之助 | プロ野球審判員 |
| 1909年 | 大杉久雄 | 編集者 |
| 1912年 | 水野忠夫 | 実業家・三井製糖社長 |
| 1920年 | 楠安夫 | プロ野球選手 |
| 1926年 | 相沢忠洋 | 考古学研究者 |
| 1930年 | 下山一二三 | 作曲家 |
| 1931年 | 井田恵子 | 弁護士 |
| 1932年 | 中西章一 | エッセイスト・ラジオパーソナリティ |
| 1935年 | 内山安二 | 漫画家 |
| 1936年 | 市川治 | 声優 |
| 1938年 | 下谷二三子 | 民謡歌手・演歌歌手 |
| 1942年 | 青地清二 | スキージャンプ選手 |
【海外】6月21日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1002年 | レオ9世 | ローマ教皇 |
| 1226年 | ボレスワフ5世 | ポーランド大公 |
| 1528年 | マリア・デ・アウストリア | 神聖ローマ皇后 |
| 1640年 | アブラハム・ミグノン | 画家 |
| 1676年 | アンソニー・コリンズ | 哲学者 |
| 1710年 | ジェームズ・ショート | 望遠鏡製作者・数学者 |
| 1732年 | ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハ | 作曲家 |
| 1764年 | シドニー・スミス | イギリス海軍軍人 |
| 1766年 | ラス・カーズ | 歴史家・ナポレオン随員 |
| 1774年 | ダニエル・トンプキンズ | 第6代アメリカ副大統領 |
| 1781年 | シメオン・ドニ・ポアソン | 数学者・物理学者 |
| 1811年 | カルロ・マテウッチ | 物理学者 |
| 1825年 | ウィリアム・スタッブス | 歴史家・聖職者 |
| 1839年 | マシャード・デ・アシス | 小説家・詩人 |
| 1850年 | エンリコ・チェケッティ | バレエダンサー・教育者 |
| 1859年 | ヘンリー・オサワ・タナー | 画家 |
| 1862年 | ダムロンラーチャーヌパープ | タイ王族・歴史家 |
| 1863年 | マックス・ヴォルフ | 天文学者 |
| 1864年 | ハインリヒ・ヴェルフリン | 美術史家 |
| 1870年 | クララ・イマーヴァール | 化学者 |
| 1880年 | アーノルド・ゲゼル | 心理学者・小児科医 |
| 1882年 | リュイス・クンパニィス | カタルーニャ自治政府首相 |
| 1882年 | ロックウェル・ケント | 画家・版画家 |
| 1887年 | ノーマン・ボウエン | 地質学者 |
| 1891年 | ピエール・ルイージ・ネルヴィ | 構造家・建築家 |
| 1892年 | ラインホルド・ニーバー | 神学者 |
| 1899年 | パヴェル・ハース | 作曲家 |
| 1903年 | アル・ハーシュフェルド | 似顔絵画家 |
| 1905年 | ジャン=ポール・サルトル | 哲学者・作家 |
| 1908年 | 尹奉吉 | 朝鮮独立運動家 |
| 1912年 | メアリー・マッカーシー | 作家・批評家 |
| 1953年 | ベーナズィール・ブットー | パキスタン首相 |
6月21日生まれの代表的な偉人
レオ9世
- 生没年:1002年6月21日~1054年4月19日
- 国:神聖ローマ帝国・教皇領
- 肩書き:ローマ教皇
教皇庁の聖職売買と聖職者の結婚を抑える改革を進め、各地の教会会議を巡回してローマ教皇の指導権を強めました。コンスタンティノープル総主教との対立の中、1054年に使節が相互破門へ至り、後に東西教会分裂の象徴とされます。南イタリアではノルマン人と戦って捕らえられました。改革教皇の国際的行動が教会を刷新する一方、東西の溝も深めた時代の人物です。
本居宣長
- 生没年:1730年6月21日(享保15年5月7日)~1801年11月5日(享和元年9月29日)
- 国:日本
- 肩書き:国学者・医師
京都で医学を学んだ後、松坂で診療を続けながら『古事記』を三十年以上かけて注釈し、『古事記伝』を完成させました。漢意に覆われる前の日本語と感情を探り、『源氏物語』から「もののあはれ」を文学の核心として捉えます。古典本文の用例を丹念に比べる方法は国語学と古代史研究を前進させました。一方、その日本観は近代の国民思想にも利用され、受容の歴史を含めて検討されています。
シメオン・ドニ・ポアソン
- 生没年:1781年6月21日~1840年4月25日
- 国:フランス
- 肩書き:数学者・物理学者
微分方程式、確率論、力学、電磁気学に幅広く取り組み、重力や電位を記述するポアソン方程式を整えました。一定時間にまれな出来事が何回起こるかを表すポアソン分布は、放射線計数、通信、交通、保険などに用いられます。数学を抽象的な計算にとどめず、物理現象の予測へ一貫して結びつけました。現代科学で連続場とランダム事象を扱う基本語彙に名を残しています。
寺島宗則
- 生没年:1832年6月21日(天保3年5月23日)~1893年6月6日(明治26年6月6日)
- 国:日本
- 肩書き:外交官・外務卿
薩摩藩の医家に生まれ、蘭学と英語を学んで遣欧使節に参加しました。明治政府では外務卿として条約改正交渉にあたり、外国人の国内旅行権を認める代わりに関税自主権の一部回復を目指しましたが、列国の足並みがそろわず実現しませんでした。電信の整備にも早くから関わり、海外の制度と技術を日本の行政へ移す役割を担いました。近代外交が直面した不平等条約の壁を示す人物です。
マシャード・デ・アシス
- 生没年:1839年6月21日~1908年9月29日
- 国:ブラジル
- 肩書き:小説家・詩人
貧しい混血の家庭に生まれ、独学で出版界に入り、『ブラス・クーバスの死後の回想』『ドン・カズムーロ』などを著しました。語り手が読者へ話しかけ、記憶の矛盾や自己欺瞞を露呈する構成で、奴隷制と階級社会を直接的な説教ではなく鋭い皮肉として描きます。ブラジル文学アカデミーの初代会長となり、周縁とされた社会から普遍的な心理小説を生み出した国民的作家です。
ヘンリー・オサワ・タナー
- 生没年:1859年6月21日~1937年5月25日
- 国:アメリカ・フランス
- 肩書き:画家
アメリカで人種差別に直面してパリへ移り、サロンで評価を得た最初期のアフリカ系アメリカ人画家です。『バンジョーの授業』では黒人親子の日常を尊厳と親密さをもって描き、戯画的な表象に対抗しました。その後は青や黄の光を用いる宗教画を多く制作します。人種的主題だけに作家を限定する見方を拒みながら、黒人芸術家が国際的な美術制度へ入る道を開きました。
ハインリヒ・ヴェルフリン
- 生没年:1864年6月21日~1945年7月19日
- 国:スイス
- 肩書き:美術史家
ルネサンスとバロックの造形を、線的と絵画的、平面と奥行き、閉じた形式と開いた形式など対になる概念で比較しました。作品を逸話や作者の生涯だけで説明せず、見える形そのものの変化から美術史を組み立てます。講義で二台の幻灯機を使って作品を並べた方法は、比較図版による美術教育の標準となりました。形式分析の明快さは影響力を持つ一方、社会や権力を捨象する限界も議論されています。
クララ・イマーヴァール
- 生没年:1870年6月21日~1915年5月2日
- 国:ドイツ
- 肩書き:化学者
ブレスラウ大学で物理化学の博士号を得た最初の女性となりましたが、結婚後は大学での職を得られず、講演や夫フリッツ・ハーバーの研究補助に活動を限られました。第一次世界大戦で夫が毒ガス開発を主導する中、自ら命を絶ちます。その動機を反戦抗議と断定する史料には議論があります。女性研究者の制度的排除と、科学者が大量殺傷兵器へ関与する倫理を考える象徴的存在です。
大妻コタカ
- 生没年:1884年6月21日(明治17年6月21日)~1970年1月3日(昭和45年1月3日)
- 国:日本
- 肩書き:教育者・大妻学院創立者
裁縫と手芸を教える私塾を開き、働く女性や主婦が生活技能を学べる学校へ発展させました。女性の高等教育機会が限られていた時代に実務と人格教育を結び、大妻女子大学の基礎を築きます。戦時下の教育への関与を理由に戦後は公職追放を受けましたが、解除後に復帰しました。「恥を知れ」という校訓は他者への体面ではなく、自律的に行動を省みる姿勢として説きました。
ピエール・ルイージ・ネルヴィ
- 生没年:1891年6月21日~1979年1月9日
- 国:イタリア
- 肩書き:構造家・建築家
鉄筋コンクリートの薄い殻、折板、リブを用い、少ない材料で大空間を覆う構造を実現しました。ローマのパラロットマティカやトリノ展示ホールでは、力の流れそのものが天井の美しい模様となります。細かな金網を使うフェロセメントとプレキャスト部材を組み合わせ、施工の合理化も進めました。構造計算を隠すのではなく、荷重を支える仕組みを建築表現へ変えた20世紀の代表的技術者です。
村岡花子
- 生没年:1893年6月21日(明治26年6月21日)~1968年10月25日(昭和43年10月25日)
- 国:日本
- 肩書き:翻訳家・児童文学者
東洋英和女学校で英語を学び、編集者と作家を経て、モンゴメリ『赤毛のアン』を日本語へ翻訳しました。戦時中に訳稿を守り、1952年の刊行後、孤児アンが言葉と想像力で居場所を作る物語は広く読まれます。ラジオ番組で子ども向けニュースを語り、女性と子どものための文学・教育活動にも携わりました。翻訳を直訳ではなく、日本の読者が物語へ入るための創造的な言葉の仕事にしました。
ジャン=ポール・サルトル
- 生没年:1905年6月21日~1980年4月15日
- 国:フランス
- 肩書き:哲学者・作家
人間には先に決められた本質がなく、選択と行為によって自らを作るという実存主義を『存在と無』『実存主義とは何か』で展開しました。小説、戯曲、評論を通じて自由には他者と歴史への責任が伴うと説き、植民地主義やベトナム戦争に反対します。共産主義との距離や政治判断には批判もあります。1964年のノーベル文学賞を辞退し、知識人が制度から独立して発言する姿を貫きました。
ベーナズィール・ブットー
- 生没年:1953年6月21日~2007年12月27日
- 国:パキスタン
- 肩書き:政治家・首相
軍事政権に処刑されたズルフィカール・アリー・ブットー元首相の娘として民主化運動を率い、イスラーム圏の国で初めて女性の首相となりました。二度政権を担いましたが、軍、官僚、政敵との対立や汚職疑惑によっていずれも任期途中で解任されます。亡命後に帰国し、選挙運動中の自爆攻撃で暗殺されました。民主政治への期待、世襲政治、女性指導者への暴力が交差する生涯でした。
6月21日に起きた歴史的な出来事
- 1339年6月21日|ラウペンの戦い
ベルンを中心とする同盟軍が、周辺の貴族連合軍を破りました。都市と農村共同体の軍事協力が強まり、後のスイス盟約者団拡大へつながる重要な戦いとなりました。 - 1467年6月21日(応仁元年5月20日)|応仁の乱の両軍が京都で対峙
細川勝元方の東軍と山名宗全方の西軍が京都に陣を構え、大規模な戦闘へ入りました。市街の多くが焼け、幕府権威の低下と全国的な戦国争乱を促しました。 - 1582年6月21日(天正10年6月2日)|本能寺の変
明智光秀が京都の本能寺に滞在する織田信長を襲い、信長は自害しました。統一事業の主導者が突然失われ、羽柴秀吉が政権を掌握する急速な再編が始まりました。 - 1669年6月21日(寛文9年6月4日)|シャクシャインの戦いが始まる
日高の首長シャクシャインが、交易を支配する松前藩に対して蜂起しました。和人側の武力と謀略で鎮圧され、アイヌ社会への松前藩の統制がさらに強まりました。 - 1788年6月21日|アメリカ合衆国憲法が発効条件を満たす
ニューハンプシャーが9番目の州として憲法を批准しました。必要な州数に達し、連合規約より強い連邦政府を持つ新しい統治制度の発足が決まりました。 - 1813年6月21日|ビトリアの戦い
ウェリントン率いる英・葡・西連合軍が、スペインのフランス軍を破りました。ナポレオンの兄ジョゼフは退却し、フランスによるイベリア半島支配の終わりが決定的になりました。 - 1868年6月21日(慶応4年5月2日)|大阪府設置
新政府が大坂裁判所を改めて大阪府を設置しました。幕府直轄の商都は新たな地方行政へ組み込まれ、近代的な府県制度の整備が進みました。 - 1876年6月21日(明治9年)|軍艦清輝が竣工
横須賀造船所で、日本が設計・建造した初期の本格的軍艦、清輝が完成しました。後に日本海軍艦として初のヨーロッパ遠航を行い、造船技術の自立を示しました。 - 1892年6月21日(明治25年)|鉄道敷設法公布
全国の幹線鉄道網について建設予定線を定める法律が公布されました。地域間交通を国家事業として計画し、その後の国有鉄道網と地方開発の骨格を作りました。 - 1895年6月21日|キール運河開通
北海とバルト海を結ぶドイツの運河が開通しました。ユトランド半島を迂回せずに商船と軍艦が移動でき、貿易とドイツ海軍戦略の双方で重要な水路となりました。 - 1900年6月21日|清が列強へ宣戦布告
義和団事件の中で清朝が列強へ宣戦を布告しました。北京公使館区域の包囲と八カ国連合軍の侵攻が激化し、清は翌年に巨額の賠償を負います。 - 1919年6月21日|スカパ・フローでドイツ艦隊自沈
抑留されていたドイツ大洋艦隊が、連合国に接収されるのを防ぐため自ら艦を沈めました。多くの主力艦が海底へ消え、第一次世界大戦後の海軍力再編に影響しました。 - 1934年6月21日(昭和9年)|東京地下鉄が銀座―新橋間を延伸
東京地下鉄道が銀座から新橋まで開業し、浅草から新橋が地下鉄で結ばれました。都心の大量輸送網が伸び、後の銀座線の骨格が形づくられました。 - 1948年6月21日|マンチェスター・ベビーがプログラムを実行
記憶装置に保存したプログラムを電子的に読み出して動く実験計算機が、初めて計算を成功させました。現代のストアドプログラム方式コンピューターの実証となりました。 - 2004年6月21日|スペースシップワンが民間初の有人宇宙飛行
民間資金で開発されたスペースシップワンが高度100キロを越えました。国家機関以外による有人宇宙飛行の可能性を示し、商業宇宙開発の節目となりました。