
5月5日、今日は何の日?
2026年5月5日(火曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1789年のフランス三部会開会、1949年の欧州評議会創設、1961年の米国初有人宇宙飛行。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1789年のフランス三部会開会/1949年の欧州評議会創設/1961年の米国初有人宇宙飛行 |
| 代表的な記念日 | こどもの日/端午の節句/韓国・こどもの日 |
| 2026年の暦 | 火曜日・旧暦2026年3月19日・こどもの日 |
- 5月5日に起きた主な事件
- 553年|第2コンスタンティノポリス公会議が開会
- 1260年|クビライがモンゴル皇帝位を宣言
- 1640年|短期議会が解散
- 1789年|フランス三部会が開会
- 1821年|ナポレオンがセントヘレナ島で死去
- 1862年|プエブラの会戦でメキシコ軍が勝利
- 1891年|カーネギー・ホールが開場
- 1945年|プラハ蜂起が始まる
- 1945年|マウトハウゼン強制収容所が解放
- 1949年|欧州評議会が創設される
- 1955年|西ドイツの主権が回復
- 1961年|アラン・シェパードが米国初の有人宇宙飛行
- 1980年|駐英イラン大使館人質事件が終結
- 1981年|ボビー・サンズがハンガーストライキで死亡
- 2018年|火星探査機インサイトが打ち上げ
- 2023年|WHOがCOVID-19緊急事態の終了を宣言
- 5月5日の記念日・世界の祝日
- 5月5日が誕生日の有名人
- 5月5日が命日の有名人
- 5月5日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年5月5日の暦
5月5日に起きた主な事件
- 553年|東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世の主導で、キリスト論をめぐる公会議が始まりました。
- 1260年|開平府のクリルタイでクビライが大ハーンに選出され、弟アリクブケとの内戦へ入りました。
- 1640年|チャールズ1世が課税承認を得られないまま、召集から約3週間で英国議会を解散しました。
- 1789年|財政危機を受け、聖職者・貴族・平民の代表がヴェルサイユへ集まりました。
- 1821年|ワーテルロー敗北後に流刑となった元フランス皇帝が51歳で亡くなりました。
- 1862年|数で劣るメキシコ共和国軍が、侵攻したフランス軍をプエブラ近郊で退けました。
- 1891年|チャイコフスキー指揮の演奏会を含む開場音楽祭がニューヨークで始まりました。
- 1945年|チェコの抵抗組織と市民が、ドイツ占領軍に対して首都で蜂起しました。
- 1945年|米軍部隊がオーストリアの収容所へ到達し、生存者を解放しました。
- 1949年|ロンドン条約に10か国が署名し、人権・民主主義・法の支配を掲げる国際機関が成立しました。
- 1955年|パリ諸条約の発効により占領体制が終了し、ドイツ連邦共和国がNATOへ加盟する前提が整いました。
- 1961年|マーキュリー宇宙船フリーダム7が弾道飛行し、米国人が初めて宇宙へ到達しました。
- 1980年|英国特殊空挺部隊SASがロンドンの大使館へ突入し、人質を救出しました。
- 1981年|北アイルランドの刑務所で政治犯待遇を求め断食していたIRA受刑者が死亡しました。
- 2018年|NASAが火星内部構造を地震計などで調べる探査機をカリフォルニアから打ち上げました。
- 2023年|世界保健機関が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を終了しました。
553年|第2コンスタンティノポリス公会議が開会
553年5月5日、コンスタンティノポリスで第2回公会議が開かれました。カルケドン公会議後も続く対立を収めるため、いわゆる「三章」を批判しました。
教義上の統一を目指しましたが、西方教会との新たな緊張を生みました。神学論争が純粋な思想だけでなく、帝国統治、地域教会、言語差と結び付いていた例です。
教皇ウィギリウスは会議への参加を拒み、後に決定を受け入れました。公会議の権威も最初から一枚岩ではなく、皇帝、教皇、東西の司教の交渉で定着しました。
1260年|クビライがモンゴル皇帝位を宣言
1260年5月5日、クビライは支持者を集めたクリルタイで大ハーンへの即位を宣言しました。しかしモンゴル本土では弟アリクブケも即位し、正統性を争いました。
内戦に勝ったクビライは1271年に国号を大元とし、中国王朝型の統治を進めました。一方、モンゴル帝国の一体性は弱まり、複数ハン国への分権が決定的になりました。
クビライのクリルタイは全モンゴル有力者の合意を欠き、アリクブケ側も正統性を主張しました。即位宣言の日を、帝国全体が直ちに承認した日とは扱いません。
1640年|短期議会が解散
1640年5月5日、チャールズ1世はスコットランドとの戦費を求めて招集した議会を解散しました。議員が課税より先に専制統治への不満を審議したためです。
戦費不足で同年11月に長期議会を招かざるを得ず、国王と議会の対立は内戦へ進みました。「短さ」自体より、課税と統治の同意をめぐる制度危機が重要です。
国王は議会なしで約11年統治していました。スコットランド主教戦争が臨時課税を必要とし、回避してきた代表制との交渉を再開させたことで憲政危機が表面化しました。
1789年|フランス三部会が開会
1789年5月5日、ルイ16世は1614年以来開かれていなかった三部会を召集しました。第三身分は人口を反映した議決を求めましたが、身分別投票との対立が解けませんでした。
第三身分は6月に国民議会を宣言し、主権の根拠を国王から国民へ移しました。革命は一日の暴発でなく、国家財政と代表制度の行き詰まりから進んだことが分かります。
第三身分の代表数は倍増されましたが、一人一票か身分ごとの一票かが決まっていませんでした。人数を増やしても議決制度が変わらなければ政治的影響力が増えないという制度問題です。
1821年|ナポレオンがセントヘレナ島で死去
1821年5月5日、ナポレオン・ボナパルトは南大西洋のセントヘレナ島で死去しました。英国の監視下でロングウッド・ハウスに暮らし、回想を口述していました。
死因は胃がんとする病理解剖記録が有力で、毒殺説は決定的証拠を欠きます。回想録は自らを革命の継承者として描く「ナポレオン伝説」を形成しました。
遺体は1840年にフランスへ移され、アンヴァリッドへ改葬されました。遺骨帰還は七月王政が国民的英雄像を政治的に利用した国家儀礼でもありました。
1862年|プエブラの会戦でメキシコ軍が勝利
1862年5月5日、イグナシオ・サラゴサ将軍率いるメキシコ軍はロレト、グアダルーペ両要塞を守り、フランス軍の攻撃を撃退しました。戦闘はフランス出兵への抵抗を象徴しました。
フランス軍は翌年プエブラと首都を占領したため戦争全体の勝利ではありません。それでも主権防衛の象徴となり、米国ではメキシコ系文化を祝うシンコ・デ・マヨとして広まりました。
メキシコ本国で5月5日は主にプエブラ州などの記念日で、独立記念日は9月16日です。米国での大規模な祝祭を、メキシコ最大の国民祝日と誤解しないよう区別します。
1891年|カーネギー・ホールが開場
1891年5月5日、当時「ミュージック・ホール」と呼ばれた会場の正式開場演奏会が行われました。実業家アンドリュー・カーネギーが建設を支援しました。
クラシック、ジャズ、演説、社会運動の舞台となり、音響で高く評価されました。1960年代には解体計画を市民運動が阻止し、文化施設保存の先例にもなりました。
建設資金を出したカーネギーの慈善は文化基盤を残しましたが、その富は鉄鋼労働と労使対立から生まれました。芸術支援と富の形成過程を別々に評価しません。
1945年|プラハ蜂起が始まる
1945年5月5日、プラハのラジオ放送をきっかけに市民がバリケードを築き、チェコ国民評議会が抵抗を指揮しました。欧州戦争終結直前の市街戦です。
ドイツ軍との停戦後、赤軍が5月9日に入城しました。解放の物語にはチェコ抵抗、ソ連軍、ロシア解放軍の複雑な役割があり、冷戦期には記憶が政治化されました。
1945年|マウトハウゼン強制収容所が解放
1945年5月5日、米陸軍部隊がマウトハウゼンとグーゼン収容所群へ入りました。苛酷な採石場労働、飢餓、処刑で多数の収容者が死亡していました。
解放後も栄養失調と病気で亡くなる人が続きました。政治犯、捕虜、ユダヤ人、ロマなど多様な被害者の記録と、企業・行政を含む強制労働網の責任が検証されています。
1949年|欧州評議会が創設される
1949年5月5日、英国、フランス、イタリアなど10か国が欧州評議会規程へ署名しました。第二次世界大戦の破局を受け、共通の民主的基準を築くことが目的でした。
後に欧州人権条約と欧州人権裁判所を形成しました。EUとは別組織で、旗や欧州歌の共有が混同を招きます。欧州の日も評議会は5月5日、EUは5月9日です。
欧州評議会はEU加盟国以外も含む人権機関で、EUの立法・通貨機構ではありません。ロシアはウクライナ全面侵攻後の2022年に除名され、加盟基準の実効性が問われました。
1955年|西ドイツの主権が回復
1955年5月5日、改定ドイツ条約が発効し、米英仏の占領法令による統治が原則終了しました。連合国はベルリンとドイツ全体に関する一部権限を保持しました。
西ドイツは翌9日にNATOへ加盟し再軍備を進めました。主権回復は冷戦の西側統合と表裏一体で、東ドイツとの分断を固定する結果にもなりました。ドイツ統一まで連合国の留保権限は一部残りました。
主権回復後も西側軍の駐留はNATOと関連条約に基づき続きました。「占領の終了」は外国軍が全て撤退したという意味ではなく、法的根拠が変わったことを指します。
1961年|アラン・シェパードが米国初の有人宇宙飛行
1961年5月5日、アラン・シェパードはフリーダム7で高度約187キロへ上がり、約15分後に大西洋へ着水しました。軌道周回ではなく弾道飛行でした。
ソ連のガガーリン飛行から23日後でしたが、米国の有人計画を前進させ、ケネディ政権の月着陸目標を後押ししました。「米国初」と「世界初」を区別する必要があります。
飛行時間が短くても、姿勢制御を宇宙飛行士が操作し、有人回収と追跡を実証しました。シェパードは後にアポロ14号船長として月面へ立ちました。
1980年|駐英イラン大使館人質事件が終結
1980年5月5日、占拠6日目に武装犯が人質を殺害したため、SASは建物へ突入しました。残る人質の大半を救出し、犯人5人を射殺、1人を拘束しました。
作戦はテレビ中継され、対テロ部隊のモデルとして注目されました。一方、致死力行使と生存犯の扱い、英国とイランの外交関係を含む法的・政治的検証も必要です。
占拠犯はイラン南西部のアラブ系住民の自治と囚人釈放を要求しました。作戦映像だけに注目すると、イラン革命後の少数民族問題と亡命政治の背景が抜け落ちます。
1981年|ボビー・サンズがハンガーストライキで死亡
1981年5月5日、ボビー・サンズは66日間のハンガーストライキの末に死亡しました。断食中に英国下院議員へ当選し、国際的な注目を集めました。
同年に計10人が死亡しました。英国政府は政治犯資格を認めませんでしたが、待遇の多くは後に緩和されました。武装闘争、国家対応、殉教の記憶が交錯する事件です。
2018年|火星探査機インサイトが打ち上げ
2018年5月5日、インサイトはアトラスVロケットで打ち上げられ、11月に火星へ着陸しました。火星の地震、内部温度、自転の微細な揺れを測ることが目的でした。
多数の火震を検出し、地殻・マントル・核の推定を更新しました。熱流量計は十分に埋設できませんでしたが、失敗を含むデータが将来の惑星探査設計へ残りました。
太陽電池へ積もる塵で発電量が低下し、2022年に運用を終えました。故障ではなく、限られた電力と環境条件の中で観測優先順位を組み替えた探査運用の成果です。
2023年|WHOがCOVID-19緊急事態の終了を宣言
2023年5月5日、WHO事務局長は専門委員会の勧告を受け、COVID-19に関するPHEICを終了すると発表しました。パンデミック自体や感染症の消滅宣言ではありません。
ワクチンと免疫で死亡率は低下しましたが、後遺症、医療格差、変異監視は残りました。危機対応から長期管理へ移る制度上の節目として理解する必要があります。
PHEICは国際保健規則上の法的警報です。その解除は各国の国内非常措置を自動終了させる命令ではなく、検査、医療、ワクチン政策は各国が状況に応じて判断しました。
5月5日の記念日・世界の祝日
こどもの日
子どもの人格を重んじ幸福を図るとともに母に感謝する日本の国民の祝日です。2026年は火曜日で、端午の節句と重なります。 祝日法で趣旨が定められています。
祝日法の文言には「母に感謝する」も含まれます。現代の記事では家族の形やケア役割を一つに決めつけず、すべての子どもの権利、安全、成長環境を考える日として説明します。
端午の節句
五節句の一つで、菖蒲、こいのぼり、五月人形、柏餅などの習俗があります。男児だけの行事として固定せず、子どもの成長と健康を願う文化として受け継がれます。
韓国・こどもの日
子どもの人格と幸福を重視した方定煥らの運動に由来する韓国の国の祝日です。2026年も5月5日が公休日です。 家族向け行事が各地で行われます。
エチオピア愛国者勝利の日
1941年に皇帝ハイレ・セラシエがアディスアベバへ帰還し、イタリア占領からの解放を象徴する公休日です。 首都では記念式典が行われます。
キルギス憲法記念日
1993年5月5日に独立後最初の憲法が採択されたことを記念する国の祝日です。後の憲法改正とは区別して歴史日を祝います。 2026年も5月5日の祝日です。
オランダ解放記念日
1945年のドイツ占領からの解放を祝い、5月4日の追悼に続いて自由の価値を考える日です。公務員等を除き毎年一律の有給休日とは限りません。
欧州の日(欧州評議会)
1949年5月5日の欧州評議会創設を記念します。欧州連合がシューマン宣言を記念する5月9日の「ヨーロッパ・デー」とは別です。
世界ポルトガル語デー
ユネスコが2019年に国際デーとして採択しました。複数大陸の話者を結ぶ言語の文学、教育、多様性を伝えます。 公休日ではありません。
アフリカ世界遺産の日
ユネスコ総会が、アフリカの文化・自然遺産の保全と持続可能な活用への理解を高めるため制定した国際的な記念日です。 公休日ではありません。
国際助産師の日
国際助産師連盟が推進し、妊娠・出産・産後を支える助産師の専門性と、安全で尊重されるケアへのアクセスを訴える日です。 2026年も固定日の5月5日です。
わかめの日
日本わかめ協会が、成長期の子どもにわかめを食べてもらう趣旨と、新わかめの季節にちなみ5月5日に制定した業界記念日です。 公的な祝日ではありません。
かずの子の日
北海道水産物加工協同組合連合会が、子孫繁栄を象徴する数の子を子どもの日に味わう日として制定した業界記念日です。 公的な祝日ではありません。
ゴーフルデー
神戸風月堂が、数字の5が重なる5月5日に制定した企業記念日です。薄い生地でクリームを挟む同社の代表菓子の歴史を伝えます。
今日(2026年5月5日)が祝日の国
2026年5月5日は火曜日で、日本と韓国ではこどもの日の祝日です。エチオピアは愛国者勝利の日、キルギスは憲法記念日で、同国では5月1日から8日まで連続休日です。オランダの解放記念日は国家的記念日ですが、全労働者の休日扱いは雇用協約等で異なります。
- 日本|こどもの日(国民の祝日)
- 韓国|こどもの日(公休日)
- エチオピア|愛国者勝利の日(公休日)
- キルギス|憲法記念日・5月連続休日(公休日)
- オランダ|解放記念日
- ユネスコ|世界ポルトガル語デー・アフリカ世界遺産の日
5月5日が誕生日の有名人
セーレン・キェルケゴール(1813年生)
個人の選択、不安、信仰の跳躍を論じ、体系哲学へ対して単独者の実存を重視しました。
カール・マルクス(1818年生)
資本主義の価値、階級、蓄積を分析し、労働運動と社会科学へ巨大な影響を与えました。後世の国家体制と本人の議論は区別されます。
『資本論』は市場価格の予測書ではなく、商品、労働力、剰余価値、蓄積が社会関係をどう形づくるかを批判的に分析した未完の大著です。
ウジェニー・ド・モンティジョ(1826年生)
ナポレオン3世の皇后として宮廷と慈善活動に関わり、摂政も務めました。帝政崩壊後は英国で亡命生活を送りました。
ヘンリク・シェンキェヴィチ(1846年生)
歴史小説『クォ・ヴァディス』などで分割下ポーランドの読者へ文化的連帯を与え、ノーベル文学賞を受賞しました。
ネリー・ブライ(1864年生)
精神病院へ潜入して虐待を報道し、世界一周取材も行いました。調査報道と女性記者の活動領域を広げました。
潜入取材は施設の改善を促しましたが、患者を観察対象として描く権力も持ちました。調査報道の勇気と、取材される人の尊厳・同意という現代的課題を併せて考えます。
ダグラス・モーソン(1882年生)
オーストラリア南極探検隊を率い、仲間を失った過酷な単独帰還と長期科学調査で知られます。
ダグラス・フェアバンクス(1883年生)
活劇スターとして無声映画を代表し、ユナイテッド・アーティスツと映画芸術科学アカデミーの創設に関わりました。
ドロシー・ギャロッド(1892年生)
旧石器時代研究とカルメル山洞窟発掘を進め、ケンブリッジ大学初の女性教授となりました。
アーサー・ショーロー(1921年生)
レーザーの原理と分光学を発展させ、1981年ノーベル物理学賞を受賞しました。
タミー・ワイネット(1942年生)
「スタンド・バイ・ユア・マン」などでカントリー音楽を代表し、女性の自立と伝統的役割の緊張を歌いました。
マイケル・ペイリン(1943年生)
モンティ・パイソンで不条理な喜劇を作り、旅行番組では歴史と地域の日常を丁寧に紹介しました。
工藤公康(1963年生)
長い現役生活で日本シリーズに多数出場し、投手としての自己管理と、監督としての日本一で知られます。
高山みなみ(1964年生)
『名探偵コナン』など多様な少年役で知られ、声の演技と音楽活動を長く続けています。
アデル(1988年生)
失恋と自己理解を力強い声で歌い、アルバム単位の作品でストリーミング時代にも大規模な支持を得ました。
5月5日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1210 | アフォンソ3世 | ポルトガル王 |
| 1813 | セーレン・キェルケゴール | 哲学者 |
| 1818 | カール・マルクス | 思想家・経済学者 |
| 1826 | ウジェニー・ド・モンティジョ | フランス皇后 |
| 1846 | ヘンリク・シェンキェヴィチ | 作家 |
| 1864 | ネリー・ブライ | ジャーナリスト |
| 1869 | ハンス・プフィッツナー | 作曲家 |
| 1882 | ダグラス・モーソン | 地質学者・南極探検家 |
| 1883 | ダグラス・フェアバンクス | 俳優・映画製作者 |
| 1892 | ドロシー・ギャロッド | 考古学者 |
| 1892 | オーガスト・ダーレス | 作家・編集者 |
| 1892 | アーチボルド・マクリーシュ | 詩人・図書館長 |
| 1914 | タイロン・パワー | 俳優 |
| 1915 | アリス・フェイ | 俳優・歌手 |
| 1921 | アーサー・ショーロー | 物理学者 |
| 1926 | アン・B・デイヴィス | 俳優 |
| 1927 | パット・キャロル | 俳優・声優 |
| 1942 | タミー・ワイネット | 歌手 |
| 1943 | マイケル・ペイリン | 俳優・作家 |
| 1944 | ジョン・リス=デイヴィス | 俳優 |
| 1959 | ブライアン・ウィリアムズ | ニュースキャスター |
| 1963 | 工藤公康 | プロ野球選手・監督 |
| 1964 | 高山みなみ | 声優・歌手 |
| 1966 | ショーン・ドローヴァー | ドラマー |
| 1976 | フアン・パブロ・ソリン | サッカー選手 |
| 1980 | ヨッシ・ベナユン | サッカー選手 |
| 1983 | ヘンリー・カヴィル | 俳優 |
| 1985 | 中川翔子 | タレント・歌手 |
| 1985 | P・J・タッカー | バスケットボール選手 |
| 1987 | ジョン・オビ・ミケル | サッカー選手 |
| 1988 | アデル | 歌手 |
| 1989 | クリス・ブラウン | 歌手・ダンサー |
| 1991 | ラウル・ヒメネス | サッカー選手 |
5月5日が命日の有名人
フリードリヒ3世(1525年没)
ルターを保護し、ヴォルムス帝国議会後にヴァルトブルク城へ匿い、宗教改革が存続する政治空間を作りました。
レオポルト1世(1705年没)
オスマン帝国、フランスとの戦争を戦い、ハプスブルク君主国の中央集権化を進めました。
ナポレオン・ボナパルト(1821年没)
革命後の法と行政を再編し欧州へ支配を広げました。ナポレオン法典の遺産と、戦争・占領の犠牲を併せて評価します。
民法典や行政制度は各地に残りましたが、征服地への徴兵、略奪、奴隷制復活も伴いました。近代化の英雄か侵略者かという二者択一を越えた評価が必要です。
ペーター・グスタフ・ディリクレ(1859年没)
解析的整数論を開き、関数の現代的定義やフーリエ級数の収束条件に重要な成果を残しました。
アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・ホフマン(1892年没)
アニリン染料と有機化学教育を発展させ、英国・ドイツの化学研究組織を築きました。
ヨーカイ・モール(1904年没)
ハンガリーの国民的作家として、革命、歴史、冒険を題材に膨大な小説を残しました。
アルフレート・ヘルマン・フリート(1921年没)
国際協調を制度で築く平和主義を唱え、1911年ノーベル平和賞を受賞しました。
カルロス・サアベドラ・ラマス(1955年没)
チャコ戦争の和平仲介に尽力し、ラテンアメリカ初のノーベル平和賞受賞者となりました。
モーリス・メルロー=ポンティ(1961年没)
身体を世界認識の基盤とする現象学を展開し、知覚、芸術、政治を関係の中で考えました。
ルートヴィヒ・エアハルト(1977年没)
通貨改革と社会的市場経済を推進し「経済の奇跡」と結び付けられますが、成長には国際環境も寄与しました。
ミハイル・ボトヴィニク(1995年没)
競技と電気工学を両立し、体系的準備と選手養成でソ連チェス学派の基盤を築きました。
冨田勲(2016年没)
シンセサイザーで『月の光』『惑星』などを再構成し、電子音楽と立体音響を日本から世界へ広げました。
ミリー・スモール(2020年没)
「マイ・ボーイ・ロリポップ」を国際的にヒットさせ、ジャマイカのスカを世界のポップ市場へ広めました。
セサル・ルイス・メノッティ(2024年没)
1978年W杯でアルゼンチンを初優勝へ導き、創造性と攻撃性を重視する指導思想を示しました。
5月5日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 311 | ガレリウス | ローマ皇帝 |
| 1194 | カジミェシュ2世 | ポーランド公 |
| 1525 | フリードリヒ3世 | ザクセン選帝侯 |
| 1705 | レオポルト1世 | 神聖ローマ皇帝 |
| 1821 | ナポレオン・ボナパルト | フランス皇帝 |
| 1859 | ペーター・グスタフ・ディリクレ | 数学者 |
| 1883 | エヴァ・ゴンザレス | 画家 |
| 1892 | アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・ホフマン | 化学者 |
| 1904 | ヨーカイ・モール | 作家 |
| 1916 | ジョン・マクブライド | アイルランド独立運動家 |
| 1921 | アルフレート・ヘルマン・フリート | 平和運動家 |
| 1955 | カルロス・サアベドラ・ラマス | 外交官 |
| 1961 | モーリス・メルロー=ポンティ | 哲学者 |
| 1977 | ルートヴィヒ・エアハルト | 西ドイツ首相 |
| 1981 | ボビー・サンズ | 北アイルランド活動家 |
| 1995 | ミハイル・ボトヴィニク | チェス世界王者 |
| 2002 | ウゴ・バンセル | ボリビア大統領 |
| 2010 | ウマル・ヤラドゥア | ナイジェリア大統領 |
| 2011 | クロード・チョールズ | 第一次世界大戦従軍者 |
| 2012 | カール・ヨハン・ベルナドッテ | スウェーデン王族 |
| 2016 | 冨田勲 | 作曲家 |
| 2020 | ミリー・スモール | 歌手 |
| 2024 | セサル・ルイス・メノッティ | サッカー指導者 |
5月5日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月5日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 火曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月5日 |
| 旧暦 | 2026年3月19日 |
| 六曜 | 先負 |
| 干支 | 己卯(つちのとう) |
| 二十四節気 | 立夏(2026年5月5日20時49分) |
| 七十二候 | 蛙始鳴(かわずはじめてなく) |
| 月齢 | 17.6(東京・正午) |
| 十二直 | 開(ひらく) |
| 日本の祝日 | こどもの日 |
2026年5月5日の暦を読む
2026年5月5日は火曜日、こどもの日、旧暦3月19日です。20時49分に立夏となり、七十二候も「蛙始鳴」へ移ります。東京の正午月齢は17.6、六曜は先負、干支は己卯、十二直は開です。
主な確認資料
- 内閣府・国民の祝日について
- 国立天文台・令和8年暦要項
- 欧州評議会・Our History
- NASA・Freedom 7
- WHO・COVID-19 PHEIC statement
- ユネスコ・World Portuguese Language Day
- ユネスコ・African World Heritage Day
- Mauthausen Memorial・Liberation
- メキシコ国防省・Battle of Puebla
- International Confederation of Midwives・International Day
- キルギス労働省発表・2026年の休日
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
