11月25日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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11月25日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢35名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】11月25日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月25日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1579年毛利秀元長府藩初代藩主
1609年山内忠豊土佐藩第2代藩主
1618年大村純信大村藩第3代藩主
1750年松平勝全多古藩第4代藩主
1758年石川総純伊勢亀山藩世嗣
1798年関成煥新見藩第7代藩主
1891年大錦卯一郎大相撲第26代横綱
1891年米川正夫ロシア文学者・翻訳家
1901年宮崎奕保僧侶・曹洞宗大本山永平寺第78世貫首
1916年佐藤進一歴史学者・日本中世史研究者
1921年佐々木喜久治警察官僚・秋田県知事
1924年吉本隆明思想家・詩人・文芸評論家
1936年坂本スミ子歌手・俳優

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】11月25日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1562年ロペ・デ・ベガスペインの劇作家・詩人
1738年トーマス・アプトドイツの哲学者・著述家
1814年ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤードイツの医師・物理学者
1835年アンドリュー・カーネギースコットランド生まれの実業家・慈善家
1844年カール・ベンツドイツの技術者・自動車製造者
1856年セルゲイ・タネーエフロシアの作曲家・音楽教育者
1857年フィリッポ・トゥラーティイタリアの社会主義政治家
1870年モーリス・ドニフランスの画家・美術理論家
1876年ヴィクトリア・メリタイギリス王族・ロシア大公妃
1881年ヨハネ23世第261代ローマ教皇
1887年ニコライ・ヴァヴィロフロシア・ソ連の植物学者・遺伝学者
1895年ヴィルヘルム・ケンプドイツのピアニスト・作曲家
1895年アナスタス・ミコヤンソ連の政治家
1896年ヴァージル・トムソンアメリカの作曲家・音楽評論家
1900年ルドルフ・ヘスドイツの親衛隊将校・アウシュヴィッツ所長
1901年ティボール・シェルイハンガリー生まれの作曲家・ヴィオラ奏者
1904年巴金中国の小説家
1915年アウグスト・ピノチェトチリの軍人・大統領
1924年ポール・デスモンドアメリカのジャズ・サクソフォーン奏者
1926年ポール・アンダースンアメリカのSF作家
1931年ナット・アダレイアメリカのジャズ・コルネット奏者
1939年マーティン・フェルドスタインアメリカの経済学者

11月25日生まれの代表的な偉人

米川正夫

  • 生没年:1891年11月25日(明治24年11月25日)~1965年12月29日(昭和40年12月29日)
  • 国:日本
  • 肩書き:ロシア文学者・翻訳家

岡山県に生まれ、ロシア革命と二度の世界大戦を挟む時代に東京外国語学校でロシア語を学び、早稲田大学などで教えました。ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』をはじめ、トルストイやツルゲーネフの大作を日本語へ移し、全集翻訳にも力を注ぎました。緻密で格調ある訳文は日本のロシア文学受容を支え、戦後まで読者と研究者が原典へ近づく重要な橋となりました。一方、古い訳語や男性中心の文学観には時代的制約があり、単独訳者の権威を強調すると編集者や後続翻訳者の更新を見えにくくするため、現在の研究と照合して読む必要があります。

宮崎奕保

  • 生没年:1901年11月25日(明治34年11月25日)~2008年1月5日(平成20年1月5日)
  • 国:日本
  • 肩書き:僧侶・曹洞宗大本山永平寺第78世貫首

兵庫県に生まれ、九歳で得度し、戦争と高度成長で社会が大きく変わる一世紀を禅僧として歩みました。永平寺で修行と教育に携わり、1993年に貫首へ就任して、日常の作法そのものを修行とする道元の教えを平明な言葉で伝えました。百歳を超えても坐禅と勤労を続ける姿は、宗派の外にも禅の実践性を知らせ、映像記録や法話を通じて広く影響しました。一方、長寿や質素な逸話だけを理想化すると、巨大教団の制度、女性僧侶の位置、寺院運営が抱える現代的課題を覆うため、個人の徳と組織評価は分けて考えるべきです。

佐藤進一

  • 生没年:1916年11月25日(大正5年11月25日)~2017年11月9日(平成29年11月9日)
  • 国:日本
  • 肩書き:歴史学者・日本中世史研究者

新潟県に生まれ、戦前の国史学を経験した後、史料に基づく中世政治史を戦後の大学教育で再構築しました。『鎌倉幕府訴訟制度の研究』『日本の中世国家』などで幕府の法、文書行政、朝廷との関係を分析し、古文書学の標準的な教科書も整えました。権力を制度と文書の運用から読む方法は、武士政権を英雄物語から切り離し、日本中世史研究と史料読解教育へ長く影響しました。一方、中央政治と男性支配層の公文書を中心にする方法では、女性、地域社会、非文字資料の経験が薄くなりやすく、後続研究による社会史・ジェンダー史からの補完が必要です。

吉本隆明

  • 生没年:1924年11月25日(大正13年11月25日)~2012年3月16日(平成24年3月16日)
  • 国:日本
  • 肩書き:思想家・詩人・文芸評論家

東京に生まれ、戦中の技術教育と敗戦を経験し、戦後左翼運動の党派性へ距離を取りながら在野の思想家として活動しました。『共同幻想論』『言語にとって美とはなにか』『転向論』で国家、家族、言語、知識人の責任を独自の概念から論じ、詩作と大衆文化論も展開しました。既成組織に依存しない批評の姿勢は一九六〇年代以降の学生、作家、批評家へ強く作用し、日本の戦後思想の語彙を変えました。一方、晩年の政治的発言や消費社会の肯定には批判が多く、難解な概念と強い断定は検証可能性を弱める場合があるため、影響力と理論的妥当性を同一視できません。

大錦卯一郎

  • 生没年:1891年11月25日(明治24年11月25日)~1941年5月13日(昭和16年5月13日)
  • 国:日本
  • 肩書き:大相撲第26代横綱

大阪府に生まれ、常陸山らが近代大相撲の人気と制度を整えた時代に出羽海部屋へ入りました。均整の取れた体格と堅実な取り口で優勝五回を重ね、1917年に横綱となって栃木山らと大正期の土俵を支えました。引退後は年寄山科として後進を指導し、興行から国民的競技へ移る相撲の歴史を体現しました。一方、勝負記録は現在ほど統一的でなく、横綱像の称揚は徒弟制度の厳しさや力士の健康負担を隠しやすいため、競技上の功績と当時の興行構造を併せて見る必要があります。

ロペ・デ・ベガ

  • 生没年:1562年11月25日~1635年8月27日
  • 国:スペイン
  • 肩書き:劇作家・詩人

マドリードに生まれ、スペイン帝国の繁栄と宗教的統制が併存した黄金世紀に、軍務や宮廷生活を経て膨大な作品を書きました。『羊の泉』『オルメードの騎士』などで悲劇と喜劇、貴族と民衆を一つの舞台に組み合わせ、三幕構成の新喜劇を定着させました。観客の感情と社会秩序を巧みに結ぶ劇作術はスペイン語演劇を国民的文化へ押し上げ、後世の欧州演劇にも影響しました。一方、現存作の帰属や総数には不確定さがあり、名誉観、女性像、イスラム教徒の描写には家父長制と帝国の価値観が強く、人気だけで批判性を過大評価できません。

ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー

  • 生没年:1814年11月25日~1878年3月20日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:医師・物理学者

ヴュルテンベルク王国に生まれ、船医として熱帯へ航海した経験から、人体の代謝と熱の関係を物理学的に考察しました。血液の色の差を手掛かりに仕事と熱が相互に転換すると考え、1840年代にエネルギー保存則と熱の仕事当量を独立に提示しました。当初は理解されにくかったものの、ジュールらの実験と並び熱力学第一法則の成立を支え、医学と物理学をつなぐ発想を残しました。一方、数値計算や論証には誤りもあり、優先権争いで孤立して心身を損なったため、単独の発見者という物語では複数研究者の実験的貢献と科学共同体の摩擦を捉えられません。

アンドリュー・カーネギー

  • 生没年:1835年11月25日~1919年8月11日
  • 国:スコットランド・アメリカ
  • 肩書き:実業家・慈善家

スコットランドの織工家庭から移住し、電信係、鉄道会社員を経て、南北戦争後のアメリカで鉄鋼事業を拡大しました。ベッセマー法、垂直統合、大量輸送を用いてカーネギー鉄鋼を巨大企業へ育て、売却後は図書館、大学、平和事業へ資産を投じました。公共図書館網と教育研究基金は知識へのアクセスを広げ、富裕者が財産を社会へ還元すべきだという慈善思想に長い影響を与えました。一方、富は低賃金と苛酷な労働管理の上に築かれ、ホームステッド・ストライキでは死者を伴う弾圧が起きたため、寄付が労働争議と格差の責任を相殺するわけではありません。

カール・ベンツ

  • 生没年:1844年11月25日~1929年4月4日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:技術者・自動車製造者

バーデンの鉄道技師の家に生まれ、蒸気機関と内燃機関が輸送を変え始めた工業化期に機械工学を学びました。軽量ガソリン機関、電気点火、差動装置などを組み合わせた三輪車を1886年に特許化し、妻ベルタの長距離走行が実用性を示しました。ベンツ社の量産は自動車産業の出発点の一つとなり、ダイムラー系企業との統合を経て世界の交通と都市生活を変えました。一方、自動車普及は事故、道路支配、石油依存、温室効果ガスを拡大し、発明を一人の天才へ帰すとベルタや工員、同時期の複数技術者の役割が隠れます。

モーリス・ドニ

  • 生没年:1870年11月25日~1943年11月13日
  • 国:フランス
  • 肩書き:画家・美術理論家

ノルマンディーに生まれ、印象派後の若い画家が象徴性と装飾性を探った一九世紀末パリでナビ派の中心となりました。平坦な色面と輪郭、宗教的・家庭的主題を用い、絵画は何より色彩を一定の秩序で配した平面だとする理論を文章と制作で示しました。その定式は絵画を再現から自律した構成として考える近代美術の基礎語彙となり、壁画、ステンドグラス、装飾芸術にも影響しました。一方、カトリック的家族観と理想化された女性像は保守的で、反ユダヤ主義が広がる環境への姿勢も問われるため、形式上の革新と政治・宗教的立場を切り離せません。

ヨハネ23世

  • 生没年:1881年11月25日~1963年6月3日
  • 国:イタリア・バチカン市国
  • 肩書き:第261代ローマ教皇

北イタリアの小作農家に生まれ、司祭、従軍司祭、教皇外交官を経て、冷戦と脱植民地化の最中に教皇へ選出されました。第二バチカン公会議を招集して典礼、他宗教との対話、教会と現代社会の関係を刷新し、回勅『地上の平和』で人権と核軍縮を訴えました。カトリック教会の開放とエキュメニズムを加速し、対立する大国へ対話を促す道徳的権威として宗派を越えて影響しました。一方、改革は本人の死後も激しい解釈対立を生み、教会内の女性の地位、性倫理、聖職者権力を根本から変えたわけではないため、親しみやすい人物像だけで成果を過大評価できません。

ニコライ・ヴァヴィロフ

  • 生没年:1887年11月25日~1943年1月26日
  • 国:ロシア・ソ連
  • 肩書き:植物学者・遺伝学者

モスクワの商人家庭に生まれ、飢饉を防ぐ作物改良が国家的課題となる中で世界各地の栽培植物を調査しました。作物の起源中心説を提唱し、五大陸から種子を集めて巨大な遺伝資源コレクションを築き、病害抵抗性の法則も研究しました。多様な在来品種を保存して育種に用いる考えは、現在の遺伝資源保全と食料安全保障の礎となりました。一方、スターリンに支持されたルイセンコ学説へ反対して逮捕され獄死し、採集活動自体も地域農民の知識を国家資源へ取り込んだ面があるため、殉教者像と科学実践の権力性を共に見る必要があります。

アウグスト・ピノチェト

  • 生没年:1915年11月25日~2006年12月10日
  • 国:チリ
  • 肩書き:軍人・大統領

港町バルパライソに生まれ、冷戦下で社会主義政権と保守勢力の対立が激化したチリで陸軍司令官となりました。1973年の軍事クーデターでアジェンデ政権を倒し、軍政を率いて新自由主義的な民営化と市場改革を強行しました。一部の支持者は物価安定や後の成長基盤を評価しますが、その政策実験はラテンアメリカの政治経済論争へ大きな影響を残しました。一方、政権下では処刑、失踪、拷問、亡命強制が組織的に行われ、格差と社会保障の弱体化も進んだため、経済指標を人権侵害と切り離して成功として称賛できません。

11月25日に起きた歴史的な出来事

  • 1120年11月25日|ホワイトシップ遭難
    イングランド王ヘンリー一世の嫡男ウィリアム・アデリンらを乗せた船がノルマンディー沖で沈没し、多数の貴族が死亡しました。王位継承者の喪失はヘンリー死後の内戦『無政府時代』を招く遠因となり、王朝と国家秩序を揺るがしました。なお、事故の細部や飲酒の逸話は後世の年代記に依存し、政治史の転機として語る際も、名の残らない乗員や従者の犠牲を忘れてはなりません。
  • 1177年11月25日|モンジザールの戦い
    十字軍国家エルサレム王国のボードゥアン四世軍が、侵攻してきたサラーフッディーン軍をラムラ近郊で破りました。兵力差を覆した勝利は王国を一時的に救い、若い王の軍事的名声を高めました。なお、キリスト教側の英雄譚に偏ると、捕虜殺害、宗教戦争による住民被害、数年後に再燃した戦闘の連鎖が見えなくなります。
  • 1554年11月25日(天文23年11月1日)|新宮党粛清
    出雲の戦国大名尼子晴久が、尼子国久ら有力一門の新宮党を月山富田城内で殺害し、軍事派閥を排除しました。当主権力を集約する一方で尼子氏の有力な軍事基盤を失わせ、後の毛利氏との抗争に影響したと論じられます。なお、事件の動機には家中対立や毛利元就の謀略説など異なる説明があり、単一の策謀で断定せず、粛清による一族と家臣の犠牲を重く見る必要があります。
  • 1795年11月25日|スタニスワフ2世が退位
    第三次ポーランド分割で国家が消滅する中、最後の国王スタニスワフ二世アウグストがロシア皇帝の圧力下で退位文書へ署名しました。ポーランド・リトアニア共和国は地図上から姿を消し、独立回復まで百年以上に及ぶ分割支配が続きました。なお、国王の改革努力とロシアへの依存の双方を考える必要があり、分割は周辺三大国による主権侵害と住民統治の強制でした。
  • 1863年11月25日|ミッショナリー・リッジの戦い
    南北戦争のチャタヌーガ方面作戦で北軍がミッショナリー・リッジの南軍陣地を突破し、包囲状態を解きました。北軍は深南部へ進む補給拠点を確保し、翌年のアトランタ攻略とシャーマンの海への進軍へ道を開きました。なお、戦術的勝利の記憶だけで多数の死傷者を抽象化せず、戦争の根本に奴隷制の存廃があったことと、進軍地域の民間被害を併せて見る必要があります。
  • 1876年11月25日(明治9年11月25日)|『学問のすゝめ』最終編刊行
    福澤諭吉が近代社会の自立、実学、権利と責任を説いた『学問のすゝめ』の第十七編を刊行し、連続刊行を完結させました。平易な文体で広く読まれ、身分制から国民国家へ移る日本の教育観と自己形成に大きな影響を与えました。なお、独立自尊の思想には啓蒙性がある一方、西洋中心の文明観や国家・帝国との関係も含まれ、冒頭句だけで平等思想へ単純化できません。
  • 1892年11月25日|クーベルタンがオリンピック復興を提唱
    パリのソルボンヌで教育者ピエール・ド・クーベルタンが、国際的な競技大会として古代オリンピックを復興する構想を公に訴えました。二年後の国際オリンピック委員会創設と1896年アテネ大会へつながり、近代スポーツの国際制度を形づくりました。なお、初期大会は男性、欧州上層階級、帝国国家を中心とし、アマチュアリズムも労働者を排除したため、平和理念と実態の隔たりを検討する必要があります。
  • 1921年11月25日(大正10年11月25日)|皇太子裕仁親王が摂政に就任
    大正天皇の病状悪化を受け、皇太子裕仁親王が摂政となり、国務を代行する体制が正式に始まりました。大正末から昭和への権力移行を制度的に進め、後の昭和天皇即位へ直結する政治上の節目となりました。なお、宮中の意思決定は限定的に公表され、摂政期にも植民地支配と軍備拡張が続いたため、安定的継承という説明だけでは統治責任の問題を捉えられません。
  • 1934年11月25日(昭和9年11月25日)|松島炭鉱水没事故
    長崎県の松島炭鉱第四坑で海水が坑内へ流入し、地下で働いていた五十四人が死亡しました。海底炭鉱の採掘が持つ浸水危険と、燃料需要を優先した安全管理の弱さを示す重大な労働災害となりました。なお、事故を不可抗力と片付けると、危険区域の掘進、救助体制、下請けを含む労働者の発言力の弱さが見えず、遺族の長期的被害も取り残されます。
  • 1936年11月25日|日独防共協定締結
    日本とナチス・ドイツがコミンテルンへの共同対処を名目とする協定へベルリンで署名しました。秘密付属協定を伴う反ソ連枠組みは後のイタリア参加と三国同盟へつながり、日本外交を枢軸側へ傾けました。なお、『防共』は国内弾圧と侵略協力を正当化する語として働き、ユダヤ人迫害を進める政権との連携を安全保障上の選択だけで中立的に扱えません。
  • 1947年11月25日|ハリウッド・テンが議会侮辱罪で訴追
    米下院非米活動委員会で共産党員かどうかの証言を拒んだ脚本家・監督十人が、議会侮辱罪で起訴されました。映画会社は十人を解雇し、赤狩り期のブラックリストが制度化され、表現者の雇用と政治的自由を長く制限しました。なお、冷戦下の機密保護という主張があっても、思想信条を理由とする排除、偽名労働、家族への圧力は深刻な人権侵害でした。
  • 1952年11月25日|『ねずみとり』初演
    アガサ・クリスティ作の推理劇『ねずみとり』がロンドンのアンバサダーズ劇場で開幕しました。観客に結末を明かさないよう求める慣行とともに長期上演を続け、商業演劇史を代表する作品となりました。なお、長寿記録は文化的人気を示す一方、作品の階級観や時代的類型、劇場産業の低賃金労働を検討せず、記録だけを価値の尺度にすることはできません。
  • 1960年11月25日|ミラバル姉妹殺害
    ドミニカ共和国の独裁者トルヒーヨへ抵抗したパトリア、ミネルバ、マリア・テレサのミラバル姉妹が秘密警察に殺害されました。事件は独裁への反発を強め、後にこの日が国連の『女性に対する暴力撤廃の国際デー』となる契機を作りました。なお、姉妹を象徴だけへ変えると個別の政治活動や家族の苦痛が薄れ、国家暴力とジェンダー暴力が結び付いていた構造を見失います。
  • 1965年11月25日|モブツがコンゴでクーデター
    政治危機が続くコンゴ共和国で陸軍司令官モブツ・セセ・セコが無血クーデターを実行し、権力を掌握しました。中央集権化と国名変更を進めて三十年以上支配し、冷戦下で西側諸国の支援を受ける体制を築きました。なお、表面的な安定の裏で反対派弾圧、腐敗、国家資産の私物化が進み、植民地支配後の混乱だけを独裁の免罪理由にはできません。
  • 1970年11月25日(昭和45年11月25日)|三島事件
    作家三島由紀夫と『楯の会』会員が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で東部方面総監を拘束し、隊員に憲法改正を呼び掛けた後に自決しました。戦後日本の天皇制、再軍備、政治的暴力をめぐる矛盾を劇的に可視化し、文学者の公共的責任を問う事件となりました。なお、美学的な最期として消費すると人質への暴力とクーデター扇動が薄れ、本人の思想を自衛隊全体や保守思想一般へ短絡させることも避ける必要があります。
  • 1975年11月25日|スリナム独立
    南米北東部のスリナムがオランダから独立し、ヨハン・フェリエが初代大統領となりました。植民地統治から主権国家へ移行し、多民族・多言語社会が自らの政治制度を築く節目となりました。なお、独立前後には人口の大きな割合がオランダへ移住し、経済依存、軍政、人権侵害が続いたため、法的独立だけで植民地の影響が解消したわけではありません。

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