
11月26日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢37名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】11月26日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月26日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1288年 | 後醍醐天皇 | 第96代天皇 |
| 1623年 | 市橋政信 | 仁正寺藩第2代藩主 |
| 1640年 | 戸沢正誠 | 新庄藩第2代藩主 |
| 1706年 | 小出英持 | 園部藩第5代藩主 |
| 1760年 | 牧野忠精 | 長岡藩第9代藩主・老中 |
| 1837年 | 井上正直 | 浜松藩主・鶴舞藩主・老中 |
| 1871年 | 副島道正 | 実業家・政治家・IOC委員 |
| 1876年 | 上杉憲章 | 米沢上杉家第15代当主・伯爵 |
| 1882年 | 鈴木富士彌 | 弁護士・政治家 |
| 1883年 | 林家とみ | 寄席囃子演奏家 |
| 1892年 | 三杦磯善七 | 大相撲力士・年寄花籠 |
| 1915年 | 林田悠紀夫 | 政治家・京都府知事・法務大臣 |
| 1922年 | 宮城千賀子 | 俳優 |
| 1922年 | 元永定正 | 現代美術家・絵本作家 |
| 1927年 | 奥田敬和 | 政治家・運輸大臣 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】11月26日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1810年 | ウィリアム・アームストロング | イギリスの技術者・実業家 |
| 1811年 | 曽国藩 | 清の官僚・軍人 |
| 1817年 | シャルル・アドルフ・ヴュルツ | フランスの化学者 |
| 1847年 | マリア・フョードロヴナ | ロシア皇后 |
| 1857年 | フェルディナン・ド・ソシュール | スイスの言語学者 |
| 1862年 | オーレル・スタイン | ハンガリー生まれの考古学者・探検家 |
| 1885年 | ハインリヒ・ブリューニング | ドイツの政治家・首相 |
| 1888年 | フランシスコ・カナロ | ウルグアイ生まれのタンゴ音楽家 |
| 1894年 | ノーバート・ウィーナー | アメリカの数学者 |
| 1895年 | ビル・ウィルソン | アメリカの社会運動家・AA共同創設者 |
| 1895年 | ベルティル・リンドブラッド | スウェーデンの天文学者 |
| 1898年 | カール・ツィーグラー | ドイツの化学者 |
| 1909年 | ウジェーヌ・イヨネスコ | ルーマニア生まれの劇作家 |
| 1913年 | マーティン・ワイト | イギリスの国際政治学者 |
| 1915年 | アール・ワイルド | アメリカのピアニスト・作曲家 |
| 1918年 | パトリシオ・エイルウィン | チリの政治家・大統領 |
| 1919年 | フレデリック・ポール | アメリカのSF作家・編集者 |
| 1922年 | チャールズ・M・シュルツ | アメリカの漫画家 |
| 1923年 | ロバート・ハインド | イギリスの動物行動学者 |
| 1924年 | ジョージ・シーガル | アメリカの彫刻家 |
| 1925年 | ユージン・イストミン | アメリカのピアニスト |
| 1929年 | スラヴコ・アヴセニク | スロベニアの作曲家・アコーディオン奏者 |
11月26日生まれの代表的な偉人
後醍醐天皇
- 生没年:1288年11月26日(正応元年11月2日)~1339年9月19日(延元4年・暦応2年8月16日)
- 国:日本
- 肩書き:第96代天皇
大覚寺統の皇子として生まれ、鎌倉幕府が皇位継承へ介入する両統迭立の状況で即位し、天皇親政の回復を目指しました。倒幕計画の失敗と隠岐配流を経て足利尊氏らと幕府を滅ぼし、1333年から建武の新政を行い、のち吉野で南朝を開きました。武家政権から天皇中心の政治へ転換しようとした試みは、南北朝内乱とその後の王権観を理解する核心となりました。一方、恩賞配分と制度改革は武士や地方社会の期待に十分応えず、内乱を長期化させた責任もあるため、忠臣史観の理想的君主としてのみ描くことはできません。
副島道正
- 生没年:1871年11月26日(明治4年10月14日)~1948年10月13日(昭和23年10月13日)
- 国:日本
- 肩書き:実業家・政治家・IOC委員
副島種臣の子として東京に生まれ、ケンブリッジ大学で学び、明治国家が欧米との外交・文化交流を制度化する時期に宮内官僚となりました。貴族院議員、企業役員を歴任し、国際オリンピック委員として1940年東京大会の招致に尽力して国際スポーツ外交を担いました。アジア初の五輪開催を構想した活動は戦後の東京大会にもつながる経験を残し、日本スポーツ界の国際組織参加を進めました。一方、1940年大会は日中戦争の拡大で返上され、植民地帝国の威信を示す国家事業でもあったため、平和の祭典を招いた功績だけで政治的文脈を消せません。
林田悠紀夫
- 生没年:1915年11月26日(大正4年11月26日)~2007年11月11日(平成19年11月11日)
- 国:日本
- 肩書き:政治家・京都府知事・法務大臣
京都府舞鶴に生まれ、農林官僚を経て参議院議員となり、高度成長後の地方行政と保守政治に長く関わりました。京都府知事を二期務めて文化財行政、産業振興、基盤整備を進め、のち竹下内閣の法務大臣として入管行政や司法政策を担当しました。中央官僚、国会、地方自治をまたいだ経験は、京都府政と国の農林・法務政策の接続に影響しました。一方、長期の自民党政治と官僚主導の枠内での実績であり、大規模開発、政治資金、外国人処遇など当時の政策課題を含め、肩書の多さだけで評価してはなりません。
元永定正
- 生没年:1922年11月26日(大正11年11月26日)~2011年10月3日(平成23年10月3日)
- 国:日本
- 肩書き:現代美術家・絵本作家
三重県上野に生まれ、戦後の関西で既成美術の権威を越えようとした具体美術協会へ1955年に参加しました。色水を袋へ入れて吊るす作品や、重力で絵具を流す抽象画、鮮やかな形と擬音を生かす絵本を制作し、偶然と計画を結び付けました。物質と行為を作品化する実験は日本の戦後美術を国際的に再評価する際の重要な柱となり、子どもの視覚文化にも広がりました。一方、『具体』の革新を西洋美術への先行性だけで競うと地域の共同制作や女性会員が見えにくくなり、市場価格の上昇も作品の歴史的価値と同一ではありません。
奥田敬和
- 生没年:1927年11月26日(昭和2年11月26日)~1998年7月16日(平成10年7月16日)
- 国:日本
- 肩書き:政治家・運輸大臣
石川県に生まれ、新聞記者と県議を経て1969年に衆議院議員となり、自民党田中・竹下派の地方組織を基盤に活動しました。郵政、自治、運輸各大臣を務め、選挙制度改革期には羽田派、新生党、新進党、太陽党、民主党へ移り、政界再編を推進しました。中央集権的な利益配分と二大勢力化の両局面を経験し、1990年代の連立政治と保守勢力再編を示す人物となりました。一方、頻繁な党派移動は政策理念より権力配置を優先したとの批判があり、地域への事業誘導も利益代表と透明性の観点から功罪を検討する必要があります。
ウィリアム・アームストロング
- 生没年:1810年11月26日~1900年12月27日
- 国:イギリス
- 肩書き:技術者・実業家
ニューカッスルの法律家家庭に生まれ、産業革命で水力と機械工学の需要が拡大する中、弁護士から発明家へ転じました。水圧クレーンと蓄圧器を実用化し、兵器・造船企業アームストロング社を築いて後装式大砲や軍艦を各国へ供給しました。油圧工学は港湾、橋梁、工場設備を変え、邸宅クラッグサイドでは水力発電と電灯を早期に導入して技術生活の未来を示しました。一方、企業の繁栄は世界的軍拡と帝国競争に依存し、日本を含む諸国への兵器輸出が戦争能力を高めたため、発明と慈善だけで『近代化の恩人』と評価できません。
曽国藩
- 生没年:1811年11月26日~1872年3月12日
- 国:清
- 肩書き:官僚・軍人
湖南の地主層に生まれて科挙官僚となり、太平天国の反乱で清朝正規軍が崩れる中、郷里の紳士と農民から湘軍を組織しました。長江流域の軍事・財政を統合して南京を攻略し、洋務運動では兵器工場、翻訳、留学生派遣を支援して西洋技術の導入を進めました。地方軍と漢人官僚の台頭を促し、清末の軍政、教育改革、政治思想に長い影響を残しました。一方、湘軍による南京攻略では大規模な殺戮と略奪が起き、儒教的自己修養の名声だけを強調すると、反乱鎮圧と地方軍閥化がもたらした暴力を隠すことになります。
フェルディナン・ド・ソシュール
- 生没年:1857年11月26日~1913年2月22日
- 国:スイス
- 肩書き:言語学者
ジュネーヴの学者家庭に生まれ、比較言語学が印欧祖語の音変化を体系化していた時代に若くして研究へ入りました。印欧語の母音体系を論じた後、ジュネーヴ大学の講義でラングとパロール、記号表現と記号内容、共時態と通時態を区別しました。死後に学生のノートから編まれた『一般言語学講義』は構造言語学を生み、人類学、文学、記号論、思想へ広範な影響を与えました。一方、同書は本人の完成原稿ではなく編集者の再構成であり、言語共同体を均質に捉えやすく、権力、話者の差、植民地状況を十分扱わない限界があります。
オーレル・スタイン
- 生没年:1862年11月26日~1943年10月26日
- 国:ハンガリー・イギリス領インド
- 肩書き:考古学者・探検家
ブダペストに生まれ、英国籍を得てインド考古局で働き、中央アジアが帝国間競争と古代交易研究の対象となる時代に探検しました。タクラマカン砂漠の遺跡を調査し、敦煌莫高窟の文書・絵画を大量に購入して写本研究とシルクロード史の資料を世界へ紹介しました。地図測量、発掘、言語資料の記録はユーラシア交流史を飛躍させ、散逸寸前の資料を保存した面もあります。一方、取得には現地側との情報格差と植民地権力が働き、文化財を欧州へ移した行為は現在も返還と所有権をめぐる批判の中心であるため、探検英雄像だけでは語れません。
ノーバート・ウィーナー
- 生没年:1894年11月26日~1964年3月18日
- 国:アメリカ
- 肩書き:数学者
ミズーリ州に生まれた早熟な研究者で、数学、通信工学、生理学が戦時研究を通じて接近した二十世紀前半にMITで活動しました。確率過程のウィーナー過程を整備し、対空射撃制御の研究からフィードバック、通信、制御を統合するサイバネティックスを提唱しました。機械、生命、社会を情報と制御の観点で結ぶ枠組みは計算機科学、ロボット工学、神経科学、組織論へ深い影響を与えました。一方、社会現象を情報モデルへ還元すると権力と価値判断を見失い、軍事研究に由来する技術への本人の倫理的警告も、後の監視や自動化による失業問題を防ぎ切れませんでした。
カール・ツィーグラー
- 生没年:1898年11月26日~1973年8月12日
- 国:ドイツ
- 肩書き:化学者
ヘッセンに生まれ、有機金属化学と高分子化学が産業材料を変え始めた時代に研究を進め、戦中から戦後にかけて研究所を率いました。有機アルミニウム化合物を用いる低圧重合法を発見し、ナッタの立体規則性触媒研究とともに高密度ポリエチレン製造を可能にしました。ツィーグラー=ナッタ触媒は軽量で丈夫なプラスチックの大量生産を支え、化学工業と現代生活を根本から変えました。一方、製品普及は廃棄物、微小プラスチック、化石資源依存を深刻化させ、研究機関のナチ体制下での継続と特許利益についても、純粋な科学成功から切り離さず検討すべきです。
ウジェーヌ・イヨネスコ
- 生没年:1909年11月26日~1994年3月28日
- 国:ルーマニア・フランス
- 肩書き:劇作家
ルーマニア人の父とフランス人の母の間に生まれ、両国を往来し、全体主義と戦争が日常言語を空洞化させる経験をしました。『禿の女歌手』『授業』『犀』で会話の反復、論理の崩壊、集団への変身を用い、社会の同調圧力と存在の不安を喜劇化しました。ベケットらと不条理演劇を代表し、写実的筋立てに頼らず言葉そのものの暴力と無意味を舞台化する方法を世界へ広げました。一方、本人は特定の政治寓話へ還元されることを嫌い、後年の強い反共姿勢や人物造形の単純さも批判されたため、『不条理』という一語で多様な作品を固定してはいけません。
チャールズ・M・シュルツ
- 生没年:1922年11月26日~2000年2月12日
- 国:アメリカ
- 肩書き:漫画家
ミネソタ州に生まれ、第二次世界大戦への従軍後、新聞漫画が大衆の日常へ浸透した時代に描き始めました。1950年から『ピーナッツ』を半世紀近く一人で描き、チャーリー・ブラウン、スヌーピーらを通じて失敗、孤独、友情、競争を簡潔な線と会話で表しました。子どもの世界へ大人の不安と哲学を持ち込み、新聞連載、アニメ、商品展開を横断する世界的キャラクター文化の基準を作りました。一方、商品化の巨大さは作品の繊細さを覆い、初期の人種的多様性や女性像には時代的偏りもあるため、普遍性を語る際には編集環境と商業システムを含めて読む必要があります。
11月26日に起きた歴史的な出来事
- 1351年11月26日(観応2年11月7日)|崇光天皇の廃位
南朝方へ転じた足利尊氏の意向で北朝の崇光天皇が廃され、光厳上皇の院政も停止されました。正平一統と呼ばれる一時的な南北朝統合へ進みましたが、皇統と室町幕府内部の争いはまもなく再燃しました。なお、政治権力が天皇の地位を動かした事件であり、正統論だけに還元すると、公家・武士・寺社と戦乱下の住民が被った不安定さが見えません。 - 1778年11月26日|クック隊がマウイ島を視認
ジェームズ・クックの第三回航海で、欧州人の船団がハワイ諸島のマウイ島を初めて記録上視認しました。太平洋航路と地図情報を欧州へもたらし、その後の交易、宣教、植民地的接触を加速しました。なお、『発見』という語は既に暮らしていたハワイ先住民の社会と航海知識を消し、疫病、土地喪失、主権侵害へ続く接触の負の側面を覆います。 - 1868年11月26日(明治元年10月13日)|明治天皇が江戸城へ入城
東京への行幸を進めた明治天皇が江戸城へ入り、同城は東京城と改称されて新政府の政治的中心となりました。京都の宮廷と徳川の首都を結び付け、東京奠都と近代中央政府の形成を象徴する出来事となりました。なお、法的な遷都宣言は明確でなく、都市改造と官有地化で旧住民や旧幕臣の生活が変わったため、平穏な首都移転としてのみ描けません。 - 1906年11月26日(明治39年11月26日)|南満洲鉄道株式会社設立
日露戦争後に得た鉄道権益を運営するため、日本政府主導で南満洲鉄道株式会社が東京に設立されました。鉄道、鉱山、都市、調査機関を統合し、日本の中国東北部支配と工業化を支える準国家機関となりました。なお、事業は現地社会の土地と資源を帝国へ組み込み、軍事侵略と植民地統治を支えたため、交通・技術開発の成果だけを切り離して評価できません。 - 1917年11月26日|ナショナル・ホッケー・リーグ創設
カナダのプロチーム経営者がモントリオールで会合し、従来リーグの対立を整理してNHLを設立しました。北米アイスホッケーの競技規則、興行、選手市場を統合し、国境を越える主要プロリーグへ成長しました。なお、初期の商業化は経営者主導で、選手の労働権、脳震盪、暴力性、女性や人種的少数者の排除が長く課題となりました。 - 1924年11月26日|モンゴル人民共和国成立宣言
ボグド・ハーン死後、モンゴルの人民大会がソ連の強い影響下で人民共和国の成立と憲法を宣言しました。アジアで早期の社会主義国家となり、清朝崩壊後のモンゴル国家形成と近代化を方向づけました。なお、独立維持の一方で一党支配、宗教弾圧、粛清、遊牧社会の強制的再編が進み、ソ連への従属を含む主権の限界がありました。 - 1930年11月26日(昭和5年11月26日)|北伊豆地震
伊豆半島北部を震源とする大地震が発生し、静岡県を中心に家屋倒壊と火災で二百七十人余りが死亡しました。丹那断層の地表変位が詳しく調査され、活断層と内陸地震を結び付ける地震学・防災研究を進めました。なお、科学的知見の進歩は犠牲の上に得られ、山間集落の孤立、住宅耐震性、復旧格差など地域社会の長期的負担を忘れてはなりません。 - 1935年11月26日(昭和10年11月26日)|日本ペンクラブ創立
島崎藤村を初代会長として作家、詩人、評論家らが日本ペンクラブを結成し、国際PENへ加わりました。文学を通じた国際交流と言論の自由を掲げ、戦後は表現者の権利擁護と文化交流の主要組織となりました。なお、創立後まもなく戦時統制が強まり、会員や文学界には翼賛協力もあったため、自由の伝統を戦前から一貫したものとして美化できません。 - 1939年11月26日|マイニラ砲撃事件
ソ連はフィンランド国境のマイニラで自軍が砲撃を受けたと発表し、不可侵条約を破棄する口実としました。四日後の冬戦争開戦へ直結し、小国フィンランドへのソ連侵攻を国際社会が非難する契機となりました。なお、現在はソ連側の捏造とみるのが通説で、情報操作が戦争正当化へ使われた典型であり、戦闘による双方の膨大な死傷を忘れられません。 - 1941年11月26日|ハル・ノート提示
日米交渉でアメリカ国務長官コーデル・ハルが、中国・仏印からの日本軍撤退などを求める原則案を日本側へ示しました。交渉妥結の余地が急速に狭まり、日本指導部が真珠湾攻撃へ進む最終局面の重要文書となりました。なお、最後通牒だったとの主張だけで開戦責任を外部へ転嫁できず、日本の中国侵略、資源封鎖、米側の強硬姿勢を時系列で検討する必要があります。 - 1942年11月26日|映画『カサブランカ』公開
第二次世界大戦中のニューヨークで、亡命者が集う仏領モロッコを舞台にした映画『カサブランカ』が先行公開されました。恋愛劇と反ファシズムを結び付け、ハリウッド古典映画を代表する作品として台詞、音楽、亡命者像に長い影響を残しました。なお、制作は戦時宣伝の文脈にあり、植民地モロッコの住民を背景化し、白人欧米人の政治選択へ焦点を絞った限界があります。 - 1948年11月26日|ポラロイド・ランドカメラ発売
撮影後その場で現像できるポラロイド社のランドカメラが、ボストンの百貨店で一般販売されました。現像所を介さず写真を得る体験は家庭記録、芸術、科学、身分証明などの写真利用を変えました。なお、高価な消耗材と化学廃棄物を伴い、企業が市場を独占する方式でもあったため、即時性の革新だけで環境負荷と利用格差を見落とせません。 - 1965年11月26日|フランス初の人工衛星アステリックス打ち上げ
フランスがアルジェリアのアマギール基地からディアマンロケットで人工衛星アステリックスを軌道へ投入しました。自国ロケットで衛星を打ち上げた三番目の国となり、後の欧州宇宙機関とアリアン計画へつながる技術基盤を示しました。なお、射場は独立後のアルジェリア領内に旧宗主国が暫定使用した施設であり、宇宙開発の成功は植民地軍事施設の継承と切り離せません。 - 1974年11月26日(昭和49年11月26日)|田中角栄首相が辞意表明
金脈問題への批判が高まる中、田中角栄首相が退陣する意向を自民党幹部へ伝え、内閣総辞職への流れが決まりました。高度成長型の公共事業と派閥政治を象徴した政権の終幕となり、政治資金の透明性が国政の主要争点になりました。なお、辞任は説明責任を十分果たさず、後のロッキード事件も含め、地域開発の成果と政官財の癒着を同時に検証する必要があります。 - 2008年11月26日|ムンバイ同時多発テロ
武装集団がインドのムンバイで駅、ホテル、ユダヤ人施設などを襲撃し、三日間で百六十人以上が死亡しました。都市型テロへの警備、印パ関係、国際的な過激派ネットワークをめぐる政策を大きく変えました。なお、犠牲者は宗教や国籍を問わず、事件を特定集団全体への偏見や報復へ利用すると新たな人権侵害を生むため、実行組織と市民を峻別しなければなりません。