11月24日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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11月24日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢47名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】11月24日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月24日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1602年鍋島元茂初代小城藩主
1748年佐竹義敦第8代久保田藩主・画家
1812年前田利極第10代大聖寺藩主
1840年名村泰蔵判事・政治家・実業家
1849年安藤信勇第7代磐城平藩主
1857年名和靖昆虫学者・名和昆虫研究所創設者
1873年川合玉堂日本画家
1875年阿部信行陸軍軍人・内閣総理大臣・朝鮮総督
1903年邦創典俳優
1904年大橋武夫官僚・政治家・弁護士
1906年鈴木真砂女俳人
1910年前田佳都男政治家・科学技術庁長官
1912年清川虹子喜劇俳優
1918年鵜澤昌和経営学者
1919年高梨健吉英語学者
1922年加藤治子俳優
1926年小田部通麿俳優・僧侶
1927年松井旭官僚・千葉市長
1931年鈴木三重子歌手
1932年三原憲三法学者・弁護士
1932年加茂喜久俳優・声優・装丁家
1934年鈴木銀一郎作家・ゲームデザイナー
1934年松本正彦漫画家
1935年中野三敏日本文学者・書誌学者
1937年布施晶子社会学者・大学学長
1940年山内ジョージ漫画家・文字絵作家
1942年三井辨雄政治家・厚生労働大臣
1943年クニヲ・ナカムラパラオ共和国大統領

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】11月24日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1632年バールーフ・デ・スピノザオランダの哲学者
1712年シャルル・ミシェル・ド・レペーフランスの聴覚障害教育者
1784年ザカリー・テイラー第12代アメリカ大統領
1821年ヘンリー・トーマス・バックルイギリスの歴史家
1826年カルロ・コッローディイタリアの児童文学作家
1849年フランシス・ホジソン・バーネットイギリス生まれの小説家
1862年ベルンハルト・シュターフェンハーゲンドイツのピアニスト・作曲家
1864年アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックフランスの画家
1876年ウォルター・バーリー・グリフィンアメリカの建築家・都市計画家
1877年アルバン・W・バークリー第35代アメリカ副大統領
1887年エーリッヒ・フォン・マンシュタインドイツの陸軍軍人
1891年マリアーノ・オスピナ・ペレスコロンビア大統領
1895年ルドヴィーク・スヴォボダチェコスロバキア大統領
1898年劉少奇中華人民共和国主席
1911年ジョー・メドウィックアメリカの野球選手
1924年レオニード・コーガンソ連のヴァイオリニスト
1926年李政道中国・アメリカの物理学者
1927年アマドゥ・クルマコートジボワールの小説家
1927年アルフレード・クラウススペインのオペラ歌手

11月24日生まれの代表的な偉人

名和靖

  • 生没年:1857年11月24日(安政4年10月8日)~1926年8月30日(大正15年8月30日)
  • 国:日本
  • 肩書き:昆虫学者

美濃国に生まれ、学校教員として博物学を教えながら、近代農業が害虫分類と防除の知識を必要とした明治期に昆虫研究へ進みました。ギフチョウを記載し、1896年に名和昆虫研究所を設立して害虫研究、標本収集、雑誌『昆虫世界』による知識普及を行いました。専門家だけでなく農家と子どもへ昆虫学を開き、現存する名和昆虫博物館と日本の地域博物学の基盤を残しました。一方、採集・命名中心の研究は在来知識や生息環境の変化を捉えにくく、害虫と益虫を人間の農業利益だけで分ける見方にも現代的な再検討が必要です。

川合玉堂

  • 生没年:1873年11月24日(明治6年11月24日)~1957年6月30日(昭和32年6月30日)
  • 国:日本
  • 肩書き:日本画家

愛知県に生まれ、京都で望月玉泉・幸野楳嶺に学んだ後、東京で橋本雅邦に師事し、日本画の近代制度が形成される時代に活動しました。『行く春』『二日月』『彩雨』などで山村、川、雨雪とそこで働く人々を柔らかな筆墨と色彩で描き、東京美術学校でも後進を育てました。狩野派・円山四条派・写生を融合し、近代日本人が「故郷の自然」を見る代表的な視覚様式を作りました。一方、穏やかな風景は小作、林業、治水など自然を支える労働と社会矛盾を美的調和へ包み、官展中心の地位が別系統の日本画を周辺化した点にも注意が必要です。

阿部信行

  • 生没年:1875年11月24日(明治8年11月24日)~1953年9月7日(昭和28年9月7日)
  • 国:日本
  • 肩書き:陸軍軍人・内閣総理大臣・朝鮮総督

金沢の旧藩士家庭に生まれ、陸軍士官学校と陸軍大学校を経て、日清・日露戦争後に軍部の政治的影響が拡大する中で軍務官僚となりました。陸軍次官、台湾軍司令官を務め、1939年に首相となって日中戦争継続下の挙国一致を模索し、戦争末期には最後の朝鮮総督を務めました。短命内閣は欧州大戦勃発期の外交転換と軍部・政党関係を示す重要な事例で、植民地統治の終末にも立ち会いました。一方、侵略戦争を終えられず翼賛政治会総裁として戦時体制を支え、朝鮮総督として植民地支配と動員に責任を負ったため、穏健な軍人という評判で加害を薄めてはなりません。

大橋武夫

  • 生没年:1904年11月24日(明治37年11月24日)~1981年10月3日(昭和56年10月3日)
  • 国:日本
  • 肩書き:官僚・政治家・弁護士

島根県に生まれ、東京帝国大学卒業後に内務官僚となり、戦時行政から占領改革、保守政党政治へ移る中で政策実務を担いました。法務総裁、労働大臣、運輸大臣などを歴任し、治安・労働・交通制度の立案と自由民主党の政策調整へ関わりました。官僚経験を国会と内閣へ接続し、高度成長期の労使関係と運輸行政を形作る保守政治家の一人となりました。一方、警察・治安行政を重視する姿勢は市民運動や労働争議への抑圧と隣り合わせで、成長政策の利益が公害被害者や非正規労働者へ均等に届かなかった点も評価に含める必要があります。

鈴木真砂女

  • 生没年:1906年11月24日(明治39年11月24日)~2003年3月14日(平成15年3月14日)
  • 国:日本
  • 肩書き:俳人

千葉県鴨川の旅館に生まれ、家業、結婚、恋愛と女性の役割に揺れながら句作を続け、戦後は東京銀座で小料理屋を営みました。久保田万太郎に師事し、『夕蛍』『都鳥』『紫木蓮』などで恋、別離、老い、料理屋の日常を平明で切れのある俳句にしました。生活者・職業女性の欲望を隠さず詠み、男性中心の俳壇で高齢まで創作を続ける女性俳人像を広げました。一方、奔放な恋の物語に作品が回収されやすく、店の労働や家族への負担、伝統的な女性性を利用する自己演出を切り分けて読む必要があります。

バールーフ・デ・スピノザ

  • 生没年:1632年11月24日~1677年2月21日
  • 国:オランダ共和国
  • 肩書き:哲学者

アムステルダムのセファルディ系ユダヤ人共同体に生まれ、宗教戦争後の商業共和国で聖書解釈と哲学の自由を追究しました。『エチカ』で神と自然を同一の唯一実体として捉え、感情と自由を因果の理解から説明し、『神学政治論』で言論の自由を擁護しました。近代合理論、聖書批判、民主主義、心身論へ大きな影響を与え、後世の啓蒙思想・ドイツ観念論・現代哲学に再評価されました。一方、共同体から破門された孤独な自由思想家という像は支援者ネットワークを隠し、幾何学的体系も身体、ジェンダー、植民地交易の具体的不平等を直接扱わない限界があります。

シャルル・ミシェル・ド・レペー

  • 生没年:1712年11月24日~1789年12月23日
  • 国:フランス
  • 肩書き:聴覚障害教育者・司祭

ヴェルサイユに生まれ、聴覚障害者が理性と教育能力を否定されがちだった十八世紀に、パリで貧しいろう児の教育へ取り組みました。既存の手話を観察して教授用の体系へ組み込み、無償学校を開いて集団教育と教師養成を広げました。ろう者が言語と知性を持つことを公に示し、フランス手話と世界各地のろう教育制度形成へ大きな影響を与えました。一方、「方法的手話」は自然なろう者の言語へフランス語文法を押し付ける面があり、聴者教育者を唯一の発明者とする物語が、ろう共同体自身の創造を隠してきました。

劉少奇

  • 生没年:1898年11月24日~1969年11月12日
  • 国:中国
  • 肩書き:中国共産党指導者・中華人民共和国主席

湖南省の農家に生まれ、労働運動と国共内戦を経て中国共産党の組織指導者となり、1949年の中華人民共和国成立後は国家建設の中枢を担いました。全国総工会での活動、党理論の整備を進め、1959年に国家主席へ就任し、大躍進政策で混乱した経済の調整と農業生産の回復を図りました。実務重視の政策は毛沢東路線との対立を深め、文化大革命で失脚・拘禁され、死後の名誉回復は同運動の違法な迫害を検証する象徴となりました。一方、本人も一党独裁体制の形成と大躍進期の政策決定に参加しており、後に迫害された事実によって、それ以前の政治的抑圧や飢饉への統治責任まで免責することはできません。

ザカリー・テイラー

  • 生没年:1784年11月24日~1850年7月9日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:第12代大統領・軍人

バージニアの奴隷所有農園主家庭に生まれ、西方拡張と先住民排除が進む中で陸軍士官となりました。米墨戦争のパロ・アルト、ブエナ・ビスタなどで勝利して国民的英雄となり、1849年に政歴のないまま大統領へ就任しました。在任中はカリフォルニアとニューメキシコの州昇格を支持し、奴隷制拡大をめぐる南北対立へ一定の抑制を図りました。一方、本人は多数の奴隷を所有し、軍歴は先住民戦争とメキシコ領土侵略に支えられ、短い在任を反奴隷制的指導者として過大評価してはなりません。

カルロ・コッローディ

  • 生没年:1826年11月24日~1890年10月26日
  • 国:イタリア
  • 肩書き:児童文学作家・ジャーナリスト

本名カルロ・ロレンツィーニとしてフィレンツェに生まれ、イタリア統一運動に参加し、検閲と国民教育が課題となる時代に風刺記者として活動しました。新聞連載『ピノッキオの冒険』で嘘をつく木の人形が失敗と労働を通じて成長する物語を描きました。口語、民話、社会風刺を結ぶ作品は世界各地で翻訳・翻案され、児童文学と大衆文化の最も持続的な物語の一つとなりました。一方、勤勉な「よい子」への変化は貧困を個人道徳の問題へ置き換え、映画化が原作の暴力性と統一後イタリアの階級批判を弱めてきた点にも注意が必要です。

フランシス・ホジソン・バーネット

  • 生没年:1849年11月24日~1924年10月29日
  • 国:イギリス・アメリカ
  • 肩書き:小説家・劇作家

マンチェスターに生まれ、父の死と家業不振で一家がアメリカへ移住し、家計を支えるため雑誌小説を書き始めました。『小公子』『小公女』『秘密の花園』で階級、孤児、病、庭園と子どもの自己回復を感傷性と社会観察から描きました。大西洋両岸の出版・舞台・商品文化を横断する国際的児童作家となり、子どもの想像力と環境の関係を描く物語へ長く影響しました。一方、貧困や障害が善良さと自然によって克服される展開は構造的不平等を単純化し、植民地インドや使用人の表象にも帝国・階級的な固定観念があります。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック

  • 生没年:1864年11月24日~1901年9月9日
  • 国:フランス
  • 肩書き:画家・版画家

南フランスの貴族家庭に生まれ、骨折と遺伝性疾患で身体成長に障害を負い、ベル・エポック期のパリで美術家となりました。モンマルトルの劇場、ダンスホール、娼館の人物を大胆な輪郭と平面的色彩で描き、ムーラン・ルージュなどの石版ポスターを制作しました。広告と純粋美術の境界を崩し、瞬間的な身振りと都市夜生活をとらえる構図はグラフィックデザインへ大きな影響を与えました。一方、親密な観察は夜の労働者を可視化した一方、特権的男性客として女性を商品化する場に参加し、障害と飲酒を「呪われた芸術家」の見世物へする受容にも注意が必要です。

ウォルター・バーリー・グリフィン

  • 生没年:1876年11月24日~1937年2月11日
  • 国:アメリカ・オーストラリア
  • 肩書き:建築家・都市計画家

シカゴ郊外に生まれ、フランク・ロイド・ライトの事務所で働き、プレーリー派が建築と景観の統合を目指す時代に独立しました。妻マリオン・マホニー・グリフィンと応募した計画でオーストラリア新首都キャンベラの国際設計競技に勝ち、地形と幾何学軸を結ぶ都市案を示しました。自然地形を尊重する都市計画と住宅・景観設計はオーストラリア、インドを含む近代建築へ影響しました。一方、キャンベラの功績はマリオンの図面と設計貢献を夫へ集約してきた歴史があり、首都建設が先住民ンガンブリの土地を無主地として扱った問題も見落とせません。

11月24日に起きた歴史的な出来事

  • 1629年11月24日(寛永6年10月10日)|春日局が天皇へ拝謁
    徳川家光の乳母お福が、武家女性として異例の形で後水尾天皇へ拝謁し、「春日局」の称号を受けました。幕府と朝廷の交渉で将軍乳母が政治的役割を果たし、江戸城大奥と徳川権力の権威を高める出来事となりました。なお、女性の政治的上昇として注目される一方、幕府が朝廷儀礼へ介入する権力関係と、大奥の身分秩序を支えた面を忘れられません。
  • 1833年11月24日|スマトラ沖地震
    スマトラ島西岸沖のスンダ海溝で巨大地震が発生し、大津波が沿岸集落とインド洋各地へ達しました。古記録と地質痕跡は沈み込み帯が繰り返す巨大地震の間隔を推定する重要資料となり、現代の津波防災にも用いられています。なお、マグニチュードと死者数は観測以前の推定で幅があり、後世のモデル値を当時の確定値として扱うべきではありません。
  • 1859年11月24日|ダーウィン『種の起源』刊行
    チャールズ・ダーウィンが自然選択による進化を論じた『種の起源』をロンドンで刊行し、初版は短期間で売り切れました。生物種を固定された存在でなく共通祖先から変化する歴史的存在として説明し、生物学、地質学、人間観を根本から変えました。なお、ウォレスを含む先行・共同研究を一人へ集約してはならず、進化論が社会ダーウィニズム、優生思想、人種主義へ誤用された歴史も科学理論と区別して検証すべきです。
  • 1894年11月24日(明治27年11月24日)|東京音楽学校でオペラ上演
    東京音楽学校でグノー作曲『ファウスト』の一部が上演され、明治期日本における初期の本格的オペラ公演となりました。西洋声楽、舞台演技、器楽伴奏を教育機関で統合し、その後の日本語オペラと劇場音楽の発展へ出発点を作りました。なお、外国人教師とエリート学校中心の受容は伝統芸能を「旧いもの」と位置付け、欧州音楽を文明化の尺度にした不均衡を伴いました。
  • 1909年11月24日(明治42年11月24日)|大之浦炭鉱爆発事故
    福岡県の大之浦桐野炭鉱で坑内爆発が起き、二百五十九人が死亡する大惨事となりました。石炭が鉄道・工業を支えた時代の保安設備、換気、企業責任、鉱夫の救護制度を厳しく問う労働災害となりました。なお、産業発展の犠牲として不可避だったとせず、危険作業を担った労働者と家族、後遺症を負った生存者の補償を中心に記憶する必要があります。
  • 1919年11月24日(大正8年11月24日)|新婦人協会設立を発表
    平塚らいてう、市川房枝らが女性の政治参加と母子保護を求める新婦人協会の設立を公表しました。女性の政治集会参加を禁じた治安警察法第5条の改正運動を組織し、1922年の法改正と後の婦人参政権運動へつながりました。なお、母性保護を基盤とする主張は既婚女性中心になりやすく、階級、植民地女性、性の多様性を十分包摂しなかった限界もあります。
  • 1944年11月24日(昭和19年11月24日)|B-29による東京本格空襲
    マリアナ諸島から飛来したB-29爆撃機が東京の航空機工場を主目標に攻撃し、ドーリットル空襲以来の首都空襲となりました。日本本土への継続的戦略爆撃の開始を示し、翌年の都市焼夷弾攻撃と生産・生活基盤の破壊へつながりました。なお、軍需工場攻撃でも爆弾は住宅地へ落ち市民が死傷し、戦争短縮論だけで無差別性と民間人保護の問題を消せません。
  • 1945年11月24日(昭和20年11月24日)|GHQがサイクロトロンを破壊
    占領軍が理化学研究所、京都帝国大学、大阪帝国大学のサイクロトロンを核兵器研究設備と誤認し、解体して海へ投棄しました。日本の原子核研究を中断させ、占領下の科学管理と非軍事化が研究基盤を直接左右した象徴的事件となりました。なお、日本の戦時科学の責任を検証する必要はあるものの、民生研究設備を十分調査せず破壊した行為は学術資料と公共資産の損失でした。
  • 1950年11月24日(昭和25年11月24日)|電気事業再編成令公布
    占領下の政府が日本発送電と配電会社を解体し、発電・送電・配電を地域独占の九電力会社へ再編する命令を公布しました。戦時統制型の全国一社体制を改め、地域別民営会社を戦後電力供給と高度成長の基盤にしました。なお、地域独占は安定供給に寄与する一方、競争と透明性を弱め、原発立地負担や料金決定を地域住民が十分統制しにくい構造も生みました。
  • 1961年11月24日|国連総会が核兵器使用禁止宣言を採択
    国連総会が核兵器の使用を国連憲章と人道の法則に反するものと位置付ける宣言を採択しました。核実験と軍拡が続く冷戦下で、非核国と被爆国の世論を国際規範へ反映し、後の核兵器禁止をめぐる議論へつながりました。なお、宣言に法的拘束力はなく核保有国の反対も強かったため、採択を実際の使用禁止や軍縮達成と同一視できません。
  • 1963年11月24日|リー・ハーヴェイ・オズワルド射殺
    ケネディ大統領暗殺容疑で拘束されていたオズワルドが、警察署から移送される最中にジャック・ルビーに銃撃され死亡しました。被疑者本人への公判が不可能となり、暗殺の動機と関係者をめぐる疑念が残って多数の陰謀論を生む要因となりました。なお、テレビ中継された殺害は捜査当局の警備失敗であり、推定無罪と事実検証を飛び越えて被疑者を確定犯または英雄にする語りは避けるべきです。
  • 1969年11月24日|アポロ12号帰還
    月面探査を終えたアポロ12号司令船が太平洋へ着水し、三人の宇宙飛行士が地球へ帰還しました。精密着陸、月面実験装置、サーベイヤー3号部品回収を含む二回目の有人月着陸を完遂し、継続探査能力を示しました。なお、着水衝撃で船内カメラが乗員に当たる事故もあり、宇宙飛行の危険と、冷戦競争に巨額資源を投じる優先順位への批判を忘れられません。
  • 1971年11月24日|D・B・クーパー事件
    米国内線機を乗っ取った男が身代金二十万ドルを受け取り、飛行中のボーイング727からパラシュートで脱出しました。航空機の後部階段と保安手続の弱点を示し、手荷物検査や機体改修などハイジャック対策強化へ影響しました。なお、犯人の正体と生死は未解決で、伝説化が乗客・乗員への脅迫を娯楽に変え、根拠の乏しい容疑者説で実在人物を傷つける危険があります。
  • 1989年11月24日|チェコスロバキア共産党指導部総辞職
    ビロード革命の大規模デモとゼネストの圧力を受け、ミロシュ・ヤケシュを含む共産党幹部が一斉に辞任しました。一党支配が事実上崩れ、ハヴェル大統領選出と自由選挙へ向かう非暴力的な体制転換の決定的段階となりました。なお、平和的成功の陰で旧体制の被害補償は不十分で、市場経済移行は失業と地域格差を生み、後の国家分離もすべての市民が選んだわけではありません。
  • 1997年11月24日(平成9年11月24日)|山一證券が自主廃業を決定
    巨額の簿外損失が明らかになった山一證券が営業継続を断念し、自主廃業を発表しました。北海道拓殖銀行破綻と並んで金融危機を可視化し、会計開示、証券監督、金融再生政策を大きく見直す契機となりました。なお、経営陣の損失隠しで顧客と従業員が負担を負い、「社員は悪くありません」という会見だけで組織的責任を個人の涙へ縮小できません。
  • 2000年11月24日(平成12年11月24日)|ストーカー規制法施行
    執拗なつきまといと無言電話などを規制し、警察の警告・禁止命令と刑事罰を定めるストーカー規制法が施行されました。桶川ストーカー殺人事件などで露呈した警察対応の遅れを受け、親密関係の暴力を私事でなく公的保護の対象へ位置付けました。なお、対象行為や恋愛感情要件が被害を取りこぼす問題があり、警察介入だけでは避難、住居、経済支援と加害者対策を十分保障できません。
  • 2016年11月24日|コロンビア和平合意調印
    コロンビア政府とFARCが、国民投票で否決された初案を修正し、五十年以上の内戦を終える新たな和平協定へ署名しました。武装解除、政治参加、農村改革、被害者への真実・正義・補償を組み合わせる移行期正義の枠組みを設けました。なお、元戦闘員と社会運動家の殺害、土地改革の遅れ、他の武装組織の活動が続き、署名だけで農村住民の安全と平等が実現したわけではありません。
  • 2017年11月24日|ビール・アルアベドのモスク襲撃
    エジプト・シナイ半島のスーフィー系モスクを武装集団が爆発物と銃で襲い、礼拝者三百人以上が死亡しました。同国近代史上最悪級のテロとして、シナイの武装反乱と住民保護、宗教的少数派への暴力の深刻さを示しました。なお、対テロ名目の軍事作戦も住民の移動制限、家屋破壊、情報統制を伴い、被害をさらなる無差別な弾圧の正当化に使うべきではありません。

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