9月23日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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9月23日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢46名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】9月23日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月23日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1640年伊達綱宗仙台藩第3代藩主
1740年後桜町天皇第117代天皇
1771年光格天皇第119代天皇
1878年青山士土木技師・内務技監
1882年田中萬逸政治家・衆議院副議長
1887年下村定陸軍軍人・陸軍大臣
1896年森信三哲学者・教育者
1901年細川一医師・水俣病研究者
1904年村田正志日本史学者
1913年吉田秀和音楽評論家・随筆家
1914年東條輝雄航空技術者・実業家
1919年金子兜太俳人

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】9月23日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1215年クビライモンゴル帝国第5代皇帝・元朝初代皇帝
1597年フランチェスコ・バルベリーニイタリアの枢機卿・美術収集家
1598年エレオノーラ・ゴンザーガ神聖ローマ皇后
1642年ジョヴァンニ・マリア・ボノンチーニイタリアの作曲家・ヴァイオリニスト
1650年ジェレミー・コリアイングランドの聖職者・演劇批評家
1713年フェルナンド6世スペイン国王
1728年カルロ・アリオーニイタリアの医師・植物学者
1782年マクシミリアン・ツー・ヴィート=ノイヴィートドイツの博物学者・民族学者
1791年ヨハン・フランツ・エンケドイツの天文学者
1819年アルマン・フィゾーフランスの物理学者
1838年ヴィクトリア・ウッドハルアメリカの女性参政権運動家・出版人
1846年アーサー・ヘスケス・グルームイギリス出身の実業家・六甲山開発者
1849年フーゴ・フォン・ゼーリガードイツの天文学者
1851年エレン・ヘイズアメリカの数学者・天文学者
1861年ロバート・ボッシュドイツの技術者・実業家
1863年メリー・チャーチ・テレルアメリカの教育者・公民権運動家
1865年シュザンヌ・ヴァラドンフランスの画家
1865年ペッカ・ハロネンフィンランドの画家
1865年バロネス・オルツィハンガリー出身のイギリスの作家
1871年フランティセック・クプカチェコ出身の画家
1880年ジョン・ボイド・オアイギリスの栄養学者・FAO初代事務局長
1883年グリゴリー・ジノヴィエフソ連の政治家
1889年ウォルター・リップマンアメリカのジャーナリスト・政治思想家
1890年フリードリヒ・パウルスドイツの陸軍軍人
1897年ポール・デルヴォーベルギーの画家
1899年トム・C・クラークアメリカの司法長官・連邦最高裁判事
1899年ルイーズ・ネヴェルソンウクライナ出身のアメリカの彫刻家
1901年ヤロスラフ・サイフェルトチェコスロバキアの詩人
1902年蘇歩青中国の数学者
1912年トニー・スミスアメリカの彫刻家・建築家
1915年クリフォード・シャルアメリカの物理学者
1920年ミッキー・ルーニーアメリカの俳優
1926年ジョン・コルトレーンアメリカのジャズ・サクソフォーン奏者
1930年レイ・チャールズアメリカの歌手・ピアニスト

9月23日生まれの代表的な偉人

青山士

  • 生没年:1878年9月23日(明治11年9月23日)~1963年3月21日(昭和38年3月21日)
  • 国:日本
  • 肩書き:土木技師・内務技監

東京帝国大学で広井勇に学び、卒業後に単身渡米してパナマ運河の測量やガトゥン閘門の設計に携わりました。帰国後は荒川放水路と大河津分水路の工事を指揮し、洪水から都市と農地を守る近代治水の基盤を築きました。記念碑に自分の名を刻まず労働者を顕彰した姿勢は、公共技術者の倫理を考える手掛かりとして受け継がれています。一方、大規模河川工事は土地収用や生活環境の改変を伴い、成果は多数の技師・工夫・地域住民の労働によるものです。英雄的な「唯一の日本人技師」像だけでなく、植民地化されたパナマの労働格差や内務省土木行政の強い権限まで含めて評価する必要があります。

森信三

  • 生没年:1896年9月23日(明治29年9月23日)~1992年11月21日(平成4年11月21日)
  • 国:日本
  • 肩書き:哲学者・教育者

師範学校を経て京都帝国大学で西田幾多郎らに学び、教育実践と哲学を結ぶ生涯を送りました。講義録『修身教授録』や「全一学」を通じ、立腰、清掃、あいさつなど日常の行為から人格を整える考えを広めました。学校教員や企業研修へ長く影響し、抽象的な哲学を生活規律へ翻訳した点が特色です。一方、規範を個人の姿勢へ集中させる教えは、貧困や差別、学校制度の構造的問題を自己責任へ置き換える危険があります。満洲国の建国大学に勤務した経歴もあり、徳育思想と帝国の教育政策との関係を切り離さず検討しなければなりません。

吉田秀和

  • 生没年:1913年9月23日(大正2年9月23日)~2012年5月22日(平成24年5月22日)
  • 国:日本
  • 肩書き:音楽評論家・随筆家

東京帝国大学でフランス文学を学び、戦後の演奏会・レコード文化の成長とともに音楽評論を確立しました。『主題と変奏』『マネの肖像』などで、作品の構造、演奏の身体感覚、文学や美術との連関を明晰な日本語で論じました。桐朋学園の前身となる音楽教室の創設やNHK-FM『名曲のたのしみ』にも関わり、専門知を一般の聴き手へ開きました。一方、その批評は西欧クラシックの正典と巨匠中心の価値観を強く前提とし、女性・非西欧圏・大衆音楽の創造を周縁化した面があります。個人の審美眼を絶対的基準とせず、録音産業や放送制度が生んだ権威として読み直す必要があります。

クビライ

  • 生没年:1215年9月23日~1294年2月18日
  • 国:モンゴル帝国・元
  • 肩書き:モンゴル帝国第5代皇帝・元朝初代皇帝

チンギス・ハンの孫として華北統治を担い、兄モンケの死後に帝位を争って大ハーンとなりました。大都を都とし、国号を元と定め、南宋を滅ぼして中国の広域支配を完成させました。駅伝制、紙幣、海上交易、多言語官僚制を活用した統治はユーラシアの人・物・知識の移動を促しました。一方、日本・ベトナム・ジャワなどへの遠征は失敗と大量の犠牲を生み、征服地では厳しい徴税と身分的区分が行われました。交流の拡大を「寛容な世界帝国」だけで説明せず、内戦、強制動員、南宋住民への差別を同時に見る必要があります。

アルマン・フィゾー

  • 生没年:1819年9月23日~1896年9月18日
  • 国:フランス
  • 肩書き:物理学者

写真技術の研究から光学へ進み、歯車と遠方の鏡を用いて1849年に地上装置だけで光速を測定しました。運動する水中の光を測ったフィゾーの実験は、光を運ぶ媒質の理論を揺さぶり、後の特殊相対性理論が説明すべき重要な結果となりました。恒星の運動による光の波長変化も早く論じ、天体分光学へ道を開きました。一方、測定値は現在値より誤差があり、光速測定や干渉実験はフーコーらとの競争・共同的技術発展の中で成立しました。装置製作者、測地技術、国家的観測網を除いて一人の天才的着想として語ると、精密科学の社会的基盤が見えなくなります。

ヴィクトリア・ウッドハル

  • 生没年:1838年9月23日~1927年6月9日
  • 国:アメリカ合衆国・イギリス
  • 肩書き:女性参政権運動家・出版人

貧しい巡業家族に生まれ、姉妹で株式仲買会社と新聞を開き、女性が金融と出版へ進出する先例となりました。1872年には平等権党の大統領候補となり、女性の投票権、離婚の自由、労働改革を公然と主張しました。議会委員会で合衆国憲法修正条項が女性にも投票権を保障すると論じ、参政権運動の論争範囲を広げました。一方、投票日には猥褻物郵送容疑で拘禁され、年齢要件や選挙人団を満たせず、現在の意味で正式な全国候補だったかには制度上の注意が要ります。心霊術、優生学的発言、私生活暴露を利用した新聞経営もあり、先駆性を無批判な英雄像へ変えてはなりません。

ロバート・ボッシュ

  • 生没年:1861年9月23日~1942年3月12日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:技術者・実業家

精密機械工房を創業し、内燃機関用マグネトー点火装置を改良して自動車産業の国際的な部品企業を築きました。八時間労働制や従業員福祉を早く導入し、病院・教育・研究への寄付も行いました。標準化と大量生産を結ぶ技術経営は、現在のボッシュ・グループと財団活動へ続いています。一方、会社はナチ体制下で軍需生産に組み込まれ、戦時中には強制労働者も使用しました。本人が反ナチ関係者を支援した事実だけで企業の加担を相殺せず、発明を担った技術者・労働者の共同性と自動車化の環境負荷まで含めて評価すべきです。

メリー・チャーチ・テレル

  • 生没年:1863年9月23日~1954年7月24日
  • 国:アメリカ合衆国
  • 肩書き:教育者・公民権運動家

奴隷制から解放された両親のもとに生まれ、オーバリン大学で学んでワシントンの公立学校教師となりました。全米黒人女性協会の初代会長としてリンチ反対、教育、女性参政権を結び付け、NAACPの創設にも参加しました。晩年には首都の飲食店差別へ抗議し、最高裁が人種分離を禁じる旧法を認める流れを支えました。一方、「向上することで人種全体を示す」という尊敬可能性の政治は、中産階級的規範を貧しい黒人女性へ課す限界がありました。肌の色による黒人共同体内部の特権や、運動を支えた無名の労働者を含め、彼女の到達点と制約を併せて見る必要があります。

ジョン・ボイド・オア

  • 生没年:1880年9月23日~1971年6月25日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:栄養学者・FAO初代事務局長

医師・生理学者として家畜栄養から人間の食生活へ研究を広げ、英国の所得と健康の関係を大規模調査で示しました。『食糧・健康・所得』は、貧困による栄養不足を個人の無知ではなく社会政策の問題として可視化しました。第二次世界大戦後に国連食糧農業機関の初代事務局長となり、世界食糧計画と国際協力を唱えて1949年のノーベル平和賞を受けました。一方、世界食糧委員会構想は加盟国の主権と市場利益に阻まれ、FAOは飢餓を解決できませんでした。栄養基準を上から普遍化する方法には地域の食文化や植民地支配による土地問題を弱く扱う限界もありました。

9月23日に起きた歴史的な出来事

  • 1122年9月23日|ヴォルムス協約
    神聖ローマ皇帝ハインリヒ5世と教皇カリストゥス2世が、司教任命をめぐる叙任権闘争の妥協に達しました。聖職叙任と世俗権限を区別して中世ヨーロッパの政教関係を組み替えましたが、王侯と教会の権力分配であり、一般信徒の意思や教会内部の腐敗を解消したものではありません。
  • 1338年9月23日|アルネマイデンの海戦
    百年戦争中、フランス艦隊がイングランドの輸送船団を攻撃し、艦上砲が用いられた最初期の海戦として知られます。海戦技術の転換点でしたが、降伏後の乗員が殺害されたと伝わり、技術史の「最初」という評価だけでは捕虜への暴力を見落とします。
  • 1779年9月23日|フランボロー・ヘッドの海戦
    アメリカ独立戦争でジョン・ポール・ジョーンズの艦隊が英国船セラピスと激戦を行い、損傷したボノム・リシャールを失いながら敵艦を降伏させました。米海軍史の英雄譚となりましたが、双方の死傷、私掠的な通商攻撃、フランスの支援を除いて個人の勇気だけに還元できません。
  • 1780年9月23日|英軍将校ジョン・アンドレを拘束
    米独立戦争中、私服で英軍へ戻ろうとしたアンドレが民兵に捕らえられ、ベネディクト・アーノルドによるウェストポイント引き渡し計画が発覚しました。要塞の喪失は防がれましたが、アンドレはスパイとして絞首刑となり、軍法と捕虜交換をめぐる論争を残しました。
  • 1803年9月23日|アサイェの戦い
    第二次マラーター戦争でウェルズリー率いる東インド会社軍が数で勝るマラーター連合軍を破りました。英国のインド支配拡大と後のウェリントン公の名声を支えましたが、現地兵の犠牲と会社による領土・徴税権の拡張を「名将の勝利」で覆ってはなりません。
  • 1806年9月23日|ルイス・クラーク探検隊が帰還
    太平洋岸まで往復した探検隊がセントルイスへ戻り、米国政府へ地理・動植物・交易路の情報を持ち帰りました。北米内陸部の科学知識を広げましたが、情報と生存はサカガウィアを含む先住民の助力に依存し、成果は後の領土拡張と先住民排除にも利用されました。
  • 1821年9月23日|トリポリツァ陥落
    ギリシャ独立戦争で反乱軍がオスマン側の要衝トリポリツァを占領し、ペロポネソスの戦局を有利にしました。しかし占領後、イスラム教徒とユダヤ人を含む多数の住民が虐殺されました。独立運動の正当性と民間人への集団暴力を分けずに記憶する必要があります。
  • 1846年9月23日|海王星を観測で確認
    ベルリン天文台のヨハン・ガレとハインリヒ・ダレストが、ルヴェリエの計算が示した位置近くで新惑星を確認しました。数学的予測と観測の結合を象徴する成果ですが、アダムズとの優先権争い、観測助手の貢献、既存星図の役割を一国・一人の発見へ単純化できません。
  • 1862年9月23日|ビスマルクがプロイセン首相に就任
    軍制改革予算をめぐり議会と国王が対立するなか、ヴィルヘルム1世がオットー・フォン・ビスマルクを首相兼外相に任命しました。ドイツ統一へ至る権力政治の出発点となりましたが、議会の予算権を迂回し、戦争と少数派抑圧を伴う国家形成でもありました。
  • 1868年9月23日|ラレスの叫び
    プエルトリコのラレスでスペイン植民地支配と奴隷制に反対する蜂起が起こり、短期間ながら共和国が宣言されました。独立運動の象徴となりましたが、準備不足から速やかに鎮圧され、参加者は殺害・投獄されました。後世の国民的神話だけで地域差と多様な政治目標を消さない注意が要ります。
  • 1871年9月23日(明治4年8月9日)|散髪脱刀勝手令
    明治政府が髪形を自由とし、華族・士族が刀を帯びないことも認める太政官布告を出しました。身分の外見的標識を弱め近代的生活様式を広げましたが、断髪は文明化の尺度として半ば強制され、地域の習慣や身体の自己決定を軽視する同調圧力も生みました。
  • 1889年9月23日(明治22年)|任天堂の前身が創業
    山内房治郎が京都で花札製造の山内房治郎商店を始め、後の任天堂へ発展しました。伝統的なカード製造から玩具、電子ゲームへ事業を転換した長期企業史の起点です。一方、花札市場は賭博規制と密接で、世界企業の成功を創業者一人の先見性だけで語ると職人・開発者・下請けの労働が隠れます。
  • 1905年9月23日|カールスタード条約を調印
    ノルウェーとスウェーデンが、ノルウェーの連合離脱をめぐる交渉をまとめ、国境要塞の撤去などに合意しました。戦争を避けた平和的分離の重要例ですが、外交は男性エリート中心で、当時参政権を制限された女性や先住民サーミの意思が十分に反映されたわけではありません。
  • 1932年9月23日|サウジアラビア王国成立
    アブドゥルアズィーズ・イブン・サウードが支配地域をサウジアラビア王国として統合し、現在の国号が成立しました。部族・地域を中央集権国家へまとめ石油国家形成の基盤となりましたが、征服戦争、宗教的画一化、女性や少数派の権利制限を伴った過程でした。
  • 1955年9月23日|エメット・ティル殺害事件で無罪評決
    ミシシッピ州の白人男性二人に対し、黒人少年エメット・ティルの誘拐・殺害を審理した白人陪審が無罪を言い渡しました。公然たる不処罰は公民権運動を加速させましたが、遺族は差別的司法と脅迫にさらされ、被害写真の反復利用にも尊厳への配慮が必要です。
  • 1999年9月23日|マーズ・クライメイト・オービター喪失
    NASAの火星探査機が軌道投入時に通信を失い、メートル法とヤード・ポンド法の単位不一致が主要因と判明しました。複雑な開発で共通仕様と独立検証が不可欠だと示しましたが、単純な『単位ミス』だけでなく、予算圧力や組織間の確認不足を含む管理失敗でした。
  • 2008年9月23日|カウハヨキ銃乱射事件
    フィンランドの職業学校で学生が発砲し、犯人を含む11人が死亡しました。前年の学校銃撃後にも危険兆候が見過ごされたことで、銃規制と警察対応の見直しが進みました。加害者の映像をセンセーショナルに拡散する報道は模倣と遺族の二次被害を招く問題も残しました。
  • 2022年9月23日(令和4年)|西九州新幹線が開業
    武雄温泉―長崎間で西九州新幹線が開業し、長崎と博多方面の所要時間が短縮されました。観光・地域交通への期待が高まりましたが、新鳥栖までの整備方式は未決着で乗り換えが残り、巨額の建設費、並行在来線の利便性、地域間の負担配分が課題です。

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