9月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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9月20日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢49名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】9月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月20日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1830年吉田松陰思想家・教育者
1837年浜田彦蔵(ジョセフ・ヒコ)通訳・新聞発行者
1875年久保田金僊日本画家
1880年大山郁夫政治学者・政治家
1882年杉本京太発明家・邦文タイプライター開発者
1882年池田謙三冶金学者
1887年黒田重太郎洋画家
1890年大野伴睦政治家・衆議院議長
1898年中山伊知郎経済学者
1900年草薙正夫哲学者
1905年杉本健吉画家・装丁家
1906年石塚友二俳人・小説家
1910年田中龍夫政治家・山口県知事
1915年藤堂明保中国語学者
1916年小田切秀雄文芸評論家
1917年小田切美文物理学者
1917年堤千代小説家
1922年佐藤巧建築史家
1937年野呂邦暢小説家
1938年鷲尾悦也労働運動家・連合会長

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】9月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1599年クリスティアン・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテルドイツの軍人・領主
1608年ジャン=ジャック・オリエフランスの司祭・神学校創設者
1614年マルティノ・マルティニイタリアの宣教師・地理学者
1778年ファビアン・ゴットリープ・フォン・ベリングスハウゼンロシア帝国の海軍軍人・探検家
1819年テオドール・シャセリオーフランスの画家
1822年エリザベス・スミス・ミラーアメリカの女性参政権運動家
1833年エルネスト・テオドロ・モネータイタリアの平和運動家
1842年ジェイムズ・デュワースコットランドの化学者・物理学者
1853年ラーマ5世シャム国王
1875年マティアス・エルツベルガードイツの政治家
1878年アプトン・シンクレアアメリカの小説家・社会運動家
1879年ヴィクトル・シェストレムスウェーデンの映画監督・俳優
1880年イルデブランド・ピツェッティイタリアの作曲家
1884年マックスウェル・パーキンズアメリカの書籍編集者
1893年ハンス・シャロウンドイツの建築家
1899年レオ・シュトラウスドイツ出身の政治哲学者
1902年スティーヴィー・スミスイギリスの詩人・小説家
1908年アレクサンダー・ミッチャーリヒドイツの精神分析家
1917年フェルナンド・レイスペインの俳優
1922年ウィリアム・カペルアメリカのピアニスト
1923年アッキネーニ・ナゲシュワラ・ラオインドの俳優・映画製作者
1925年ラーマ8世タイ国王
1925年ジェームズ・バーナードイギリスの映画音楽作曲家
1927年レッド・ミッチェルアメリカのジャズ奏者
1928年ドナルド・ホールアメリカの詩人
1929年ヴィットリオ・タヴィアーニイタリアの映画監督
1930年リチャード・モンタギューアメリカの論理学者・言語哲学者
1935年キース・ロバーツイギリスのSF作家・イラストレーター
1937年モニカ・ゼタールンドスウェーデンの歌手・俳優

9月20日生まれの代表的な偉人

吉田松陰

  • 生没年:1830年9月20日(天保元年8月4日)~1859年11月21日(安政6年10月27日)
  • 国:日本
  • 肩書き:思想家・教育者

長州藩の兵学師範の家に生まれ、山鹿流兵学と各地遊学を通じて海防と政治改革を考えました。米艦へ乗り込み密航を試みて投獄された後、松下村塾で身分を越えて学ぶ場を作り、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文らへ行動的な政治思想を伝えました。安政の大獄で処刑され、明治維新の精神的先駆者として祭られました。一方、尊王と主体的学習の思想には、朝鮮・満洲・琉球などへの対外膨張を唱える議論も含まれます。弟子の後世の成功から本人を民主的教育者として理想化せず、暗殺計画を含む急進主義と帝国主義への系譜を検討する必要があります。

大山郁夫

  • 生没年:1880年9月20日(明治13年9月20日)~1955年11月30日(昭和30年11月30日)
  • 国:日本
  • 肩書き:政治学者・政治家

早稲田大学教授として政治学を教え、普選運動と大正デモクラシーの言論に参加しました。労働農民党の委員長として労働者・農民の議会代表を目指しましたが、弾圧と暗殺の危険から米国亡命を余儀なくされました。戦後に帰国して参議院議員となり、再軍備反対と国際平和を訴えました。一方、ソ連圏が授与したスターリン平和賞を受け、冷戦下で共産圏の政治宣伝へ近いとの批判も受けました。国家弾圧の被害を明確にしつつ、平和運動の内部にあった陣営論理や、政党指導者と大衆の距離も検証すべきです。

杉本京太

  • 生没年:1882年9月20日(明治15年9月20日)~1972年12月26日(昭和47年12月26日)
  • 国:日本
  • 肩書き:発明家

漢字と仮名を用いる日本語を機械で効率よく印字する課題に取り組み、活字を盤上から選んで打つ邦文タイプライターを開発しました。1915年に特許を得た方式は官庁、企業、軍で文書作成を標準化し、和文タイピストという新しい職業も広げました。情報処理の機械化という点で、後の写植や日本語入力へ続く重要な段階でした。一方、数千の活字から選ぶ方式は習熟と重い肉体労働を要し、仕事を担った女性の技能が「事務補助」として低く評価されがちでした。標準字体と定型文書の普及は効率を上げる一方、異体字や地域的表記を排除し、軍事・植民地行政にも利用されました。

野呂邦暢

  • 生没年:1937年9月20日(昭和12年9月20日)~1980年5月7日(昭和55年5月7日)
  • 国:日本
  • 肩書き:小説家

長崎県諫早で育ち、陸上自衛隊勤務などを経て、地方都市の風景、戦争の記憶、若者の孤独を精密な文体で描きました。自衛隊体験を扱った『草のつるぎ』で芥川賞を受賞し、『諫早菖蒲日記』『落城記』では土地の古層と近代史を重ねました。42歳での急死後も、記憶と場所を書く作家として再評価が続いています。一方、寡作で早世した「幻の作家」という売り出し方は作品の幅を狭め、地方を失われた共同体として美化する危険があります。男性の内面を中心にした語りが女性や基地・自衛隊周辺の多様な経験を十分に描けたかも問い直す必要があります。

ファビアン・ゴットリープ・フォン・ベリングスハウゼン

  • 生没年:1778年9月20日~1852年1月25日
  • 国:ロシア帝国
  • 肩書き:海軍軍人・探検家

バルト・ドイツ系の海軍士官として世界周航に参加した後、1819年から2隻のロシア南極探検隊を率いました。1820年1月に南極大陸沿岸の氷棚を視認した記録は、大陸を初めて目撃した有力な例とされ、航海は島々の測量と海洋観測にも成果を残しました。南極地理の基礎資料を世界へ加えました。一方、同年にはブランスフィールドやパーマーも接近しており、「最初」の優先権は観測対象と日付の定義で変わります。探検は帝国海軍の威信と領域知識の拡張であり、乗組員の労働や訪問先住民社会への影響を提督一人の発見史に埋没させてはなりません。

ジェイムズ・デュワー

  • 生没年:1842年9月20日~1923年3月27日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:化学者・物理学者

低温で物質がどう変化するかを追究し、二重壁の間を真空にした断熱容器を考案して液化気体を長く保てるようにしました。1898年には水素の液化に成功し、分光学や低温物性の研究を押し広げました。デュワー瓶の原理は研究室だけでなく医療、食品、家庭用魔法瓶まで広く使われています。一方、容器を特許化しなかったため商業用「サーモス」をめぐる権利を失い、低温技術ではオンネスやリンデらとの競争・対立もありました。成功はガラス職人、助手、王立研究所の資源に依存しており、危険な高圧ガス実験を孤高の発明家物語にしてはなりません。

ラーマ5世

  • 生没年:1853年9月20日~1910年10月23日
  • 国:シャム王国
  • 肩書き:国王

欧米列強が東南アジアを植民地化する時代に即位し、官僚制、教育、司法、鉄道、郵便を整えて王国の中央集権化を進めました。奴隷・債務隷属と賦役を段階的に廃止し、英仏との交渉でシャム本土の形式的独立を維持しました。改革は近代タイ国家の基礎として記憶されています。一方、独立維持のためラオス、カンボジア、マレー諸地域への宗主権を列強へ譲り、周辺住民の意思は交渉から外されました。バンコク中心の行政は北部やパタニの自治を弱め、王権と課税を強化したため、「奴隷解放の名君」だけでは改革の負担を捉えられません。

アプトン・シンクレア

  • 生没年:1878年9月20日~1968年11月25日
  • 国:アメリカ合衆国
  • 肩書き:小説家・社会運動家

社会主義運動に参加し、シカゴの食肉加工場へ潜入取材して移民労働者の低賃金、労災、住宅難を小説『ジャングル』に描きました。読者は衛生問題へ強く反応し、1906年の食肉検査法と純正食品薬品法の成立を後押ししました。多数の小説と告発文、1934年のEPIC運動を通じて企業権力と貧困を公共問題にしました。一方、本人が訴えた労働搾取より「汚れた肉」が注目され、改革は消費者保護へ狭まりました。作品の人物造形はしばしば教説的で、白人改革者の視点や当時の優生学的発想も含むため、正義の告発者という像を批判的に読む必要があります。

ハンス・シャロウン

  • 生没年:1893年9月20日~1972年11月25日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:建築家

表現主義的な「ガラスの鎖」グループから出発し、住宅を生活の動線と共同体に合わせる有機的な空間として設計しました。戦間期のジーメンスシュタット住宅や、客席が舞台を囲むベルリン・フィルハーモニーは、画一的な軸線を崩して人と音楽の関係を再編しました。戦後ドイツの民主的な公共建築へ大きな影響を与えました。一方、ナチ期の国内残留を「内的亡命」と美化すると、体制下で仕事を続けた妥協の実態が曖昧になります。複雑な建物は建設費、利用者の方向感覚、維持管理にも課題を持ち、設計者個人より技術者・音響家・施工者の共同作業として評価すべきです。

レオ・シュトラウス

  • 生没年:1899年9月20日~1973年10月18日
  • 国:ドイツ出身・アメリカ合衆国
  • 肩書き:政治哲学者

ユダヤ系研究者としてナチ台頭前後のドイツを離れ、米国でプラトン、マイモニデス、ホッブズらの古典を精読しました。迫害を避ける哲学者は表向きの教えと少数者向けの秘教を使い分けるという読解を示し、価値中立的な社会科学と歴史相対主義を批判しました。シカゴ大学を中心に政治思想史へ強い学派的影響を残しました。一方、秘教的読解は反証が難しく、著者の沈黙へ解釈者の意図を投影するとの批判があります。弟子や「ネオコン」との関連はしばしば誇張されますが、エリートだけが真理を扱えるように見える議論が民主政治への不信を招く点は検討が必要です。

9月20日に起きた歴史的な出来事

  • 1187年9月20日|サラディン軍がエルサレム包囲を開始
    ヒッティーンで十字軍を破ったサラディンがエルサレムを包囲し、10月の降伏へ追い込みました。住民の身代金と退去を認めた点は1099年の虐殺と対比されますが、貧者の奴隷化や宗教施設の再編もあり、寛容な征服者像だけでは捉えられません。
  • 1378年9月20日|教会大分裂が始まる
    ウルバヌス6世に反発する枢機卿たちがクレメンス7世を対立教皇に選び、ローマとアヴィニョンに教皇が並立しました。各国の政治同盟と結び付いて西方教会を約40年分裂させ、聖職者の権威を損ない、税と戦争の負担を信徒へ広げました。
  • 1519年9月20日|マゼラン艦隊が世界周航へ出航
    スペイン王の支援を受けた5隻の艦隊が香料諸島への西回り航路を求めて出航しました。最終的に一隻が初の世界周航を完成しましたが、マゼラン自身はフィリピンで死亡し、航海は反乱、飢餓、先住民社会への武力介入と植民地競争を伴いました。
  • 1697年9月20日|レイスウェイク条約
    フランスとアウクスブルク同盟諸国が講和し、九年戦争を終結させました。欧州の勢力均衡を一時回復しましたが、植民地の領有と交易も欧州君主間で扱われ、現地住民の意思は排除されました。未解決の王位問題は間もなくスペイン継承戦争へ続きました。
  • 1792年9月20日|ヴァルミーの戦い
    フランス革命軍がプロイセン・オーストリア軍の進撃を止め、革命政府の崩壊を防ぎました。国民軍と共和政の象徴となりましたが、砲撃と疫病で兵士が犠牲となり、勝利はその後の対外戦争と徴兵拡大を正当化する国民国家神話にも使われました。
  • 1807年9月20日(文化4年8月19日)|永代橋崩落事故
    深川富岡八幡宮の祭礼へ向かう群衆の重みで隅田川の永代橋が崩れ、多数が転落して千人規模の死者・行方不明者が出たと伝わります。都市人口と催事管理の弱さを示す惨事ですが、被害数は史料で異なり、正確な数を断定しない注意が必要です。
  • 1848年9月20日|アメリカ科学振興協会が設立
    自然科学者と技術者がフィラデルフィアに集まり、分野横断の学会AAASを設立しました。研究発表と科学普及を支え、後に『Science』を刊行しましたが、初期の会員制度は女性、黒人、先住民を事実上周縁化し、科学と国家・企業の利害も常に分離してはいませんでした。
  • 1870年9月20日|イタリア軍がローマを占領
    イタリア王国軍が教皇領のローマへ入り、教皇の世俗支配を終わらせて統一国家の首都化へ進みました。イタリア統一の完成とされますが、住民投票は軍事占領下で行われ、教皇庁との対立は長く続き、南北格差も統一によって解消されませんでした。
  • 1875年9月20日(明治8年)|江華島事件
    日本軍艦「雲揚」が朝鮮の江華島付近へ接近して砲撃を受け、反撃して砲台を占領しました。日本は事件を口実に翌年の江華島条約を結ばせましたが、測量・挑発を伴う砲艦外交であり、朝鮮の主権を侵害する不平等条約と植民地化への一歩でした。
  • 1903年9月20日(明治36年)|日本初の営業バスが運行
    京都で二井商会が自動車を使った乗合営業を始めたとされ、公共道路交通の端緒となりました。鉄道を補う移動手段へ発展しましたが、初期車両は安全性と定時性が乏しく、後の自動車中心の都市形成は事故、公害、地方交通の採算問題も生みました。
  • 1946年9月20日|第1回カンヌ国際映画祭が開幕
    戦争で延期されていた国際映画祭がフランスのカンヌで開幕し、映画を通じた文化復興と国際交流を掲げました。世界映画の評価と流通を変えましたが、国家代表制、欧米中心の選考、スターと市場の力が、植民地や女性の作り手を周縁化してきました。
  • 1954年9月20日|中華人民共和国憲法を採択
    第1期全国人民代表大会が国家機構と市民の権利を定める最初の憲法を採択しました。新国家の制度化を進めましたが、中国共産党の一党支配の下で権利保障は政治運動に従属し、反右派闘争や文化大革命を防ぐ実効的な制約とはなりませんでした。
  • 1957年9月20日(昭和32年)|カッパ4C型ロケット打ち上げ成功
    糸川英夫ら東京大学の研究班が秋田県道川海岸で国産観測ロケットの打ち上げに成功しました。日本の宇宙科学と高層大気観測の基盤になりましたが、ロケットは軍事転用可能な技術でもあり、実験場周辺の安全と漁業者の理解、公費配分が不可欠でした。
  • 1960年9月20日(昭和35年)|豊州炭鉱水没事故
    福岡県川崎町で豪雨により中元寺川の堤防が決壊し、濁流が上尊鉱業豊州炭鉱へ流れ込んで67人が死亡しました。自然災害とされがちですが、危険な立地、避難・排水設備、石炭産業の労働安全という人為的要因を含む産業災害でした。
  • 1977年9月20日|ベトナムが国連加盟
    統一後のベトナム社会主義共和国が国連へ加盟し、長い植民地戦争とベトナム戦争を経た国家が国際社会へ正式参加しました。一方、戦後の再教育収容所、難民流出、カンボジア紛争が続き、加盟が国内の和解や地域の平和を直ちにもたらしたわけではありません。
  • 1986年9月20日|ウルグアイ・ラウンド開始を宣言
    GATT閣僚会議が農業、サービス、知的財産を含む多角的貿易交渉の開始を宣言し、後のWTO設立へつながりました。貿易規則を広げた一方、途上国の政策余地、農民の生計、医薬品アクセスより多国籍企業の権利を優先したとの批判が残ります。
  • 2001年9月20日|米大統領が「対テロ戦争」を表明
    同時多発テロ後、ジョージ・W・ブッシュ大統領が議会演説で国際的な対テロ戦争を掲げました。アルカイダ追及と安全保障再編の起点となりましたが、アフガニスタン・イラク戦争、拷問、秘密収容、監視拡大、多数の民間人被害を生む包括的な戦争枠組みとなりました。
  • 2017年9月20日|核兵器禁止条約の署名開始
    国連本部で核兵器禁止条約の署名が始まり、被爆者と核実験被害者の人道的観点を国際法へ反映しました。核廃絶の規範を強めましたが、核保有国と核の傘に依存する日本などは参加せず、検証と安全保障をめぐる隔たりが残っています。

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