9月16日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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9月16日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢43名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】9月16日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月16日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1866年久米桂一郎洋画家・美術教育者
1881年米窪満亮船員・労働運動家・政治家
1884年竹久夢二画家・詩人・図案家
1898年河西三省アナウンサー・放送人
1922年山本健一技術者・マツダ社長
1927年緒方貞子国際政治学者・国連難民高等弁務官
1927年坂本義和国際政治学者・平和運動家
1928年古橋廣之進競泳選手・スポーツ行政家
1930年吉田桂二建築家
1943年須田正己アニメーター・キャラクターデザイナー

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】9月16日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1462年ピエトロ・ポンポナッツィイタリアの哲学者
1615年ハインリヒ・バッハドイツの作曲家
1651年エンゲルベルト・ケンペルドイツの医師・博物学者・旅行家
1666年アントワーヌ・パランフランスの数学者・物理学者
1745年ミハイル・クトゥーゾフロシア帝国の軍人
1777年ネイサン・メイアー・ロスチャイルドドイツ出身の銀行家
1782年道光帝清朝第8代皇帝
1797年アントニオ・パニッツィイタリア出身の司書
1823年フランシス・パークマンアメリカの歴史家
1827年アルベール・ゴードリーフランスの古生物学者
1837年ペドロ5世ポルトガル国王
1838年ジェームズ・J・ヒルカナダ出身の鉄道経営者
1844年ポール・タファネルフランスのフルート奏者・作曲家
1853年アルブレヒト・コッセルドイツの生化学者
1856年ヴィルヘルム・フォン・グレーデンドイツの写真家
1858年ボナー・ローイギリス首相
1859年袁世凱中国の軍人・政治家
1876年エルズワース・ハンティントンアメリカの地理学者
1881年クライヴ・ベルイギリスの美術批評家
1886年ジャン・アルプフランス・ドイツの芸術家
1887年ナディア・ブーランジェフランスの作曲家・音楽教育者
1888年W・O・ベントレーイギリスの自動車技術者・実業家
1888年フランス・エーミル・シランペーフィンランドの小説家
1891年カール・デーニッツドイツ海軍軍人・国家元首
1893年セント=ジェルジ・アルベルトハンガリー出身の生化学者
1893年アレクサンダー・コルダハンガリー出身の映画製作者
1898年H・A・レイドイツ出身の絵本作家
1921年アーシュラ・フランクリンドイツ出身の物理学者・平和運動家
1923年リー・クアンユーシンガポール初代首相
1924年ラウール・クタールフランスの撮影監督
1925年B・B・キングアメリカのブルース歌手・ギタリスト
1933年スティーヴ・シャーリードイツ出身のソフトウェア起業家・慈善家
1935年カール・アンドレアメリカの彫刻家

9月16日生まれの代表的な偉人

竹久夢二

  • 生没年:1884年9月16日(明治17年9月16日)~1934年9月1日(昭和9年9月1日)
  • 国:日本
  • 肩書き:画家・詩人・図案家

新聞・雑誌の挿絵から出発し、憂いを帯びた女性像、詩、楽譜表紙、広告、日用品の図案までを横断して大正期の視覚文化を形作りました。『宵待草』や「夢二式美人」は、純粋美術と商業印刷を分けない新しい作家像を広め、今日のイラストレーションやグラフィックデザインにも連なります。平民社系の媒体へ風刺画を寄せるなど社会への関心も持ちました。一方、女性を受動的で感傷的な美の型に収めたとの批判があり、モデルとなった女性たちの生活や創造的関与はしばしば作家神話の陰に置かれます。人気商品として反復された「夢二式」を、本人だけの天才性ではなく印刷業者・編集者・消費者との共同産物として見る必要があります。

山本健一

  • 生没年:1922年9月16日(大正11年9月16日)~2017年12月20日(平成29年12月20日)
  • 国:日本
  • 肩書き:自動車技術者・マツダ社長

戦後に東洋工業へ入り、実用化が難しいとされたロータリーエンジンの開発チームを率いました。チャターマークと呼ばれる異常摩耗を材料・潤滑・シール設計の反復試験で克服し、コスモスポーツやRX系列の量産につなげました。その技術文化はマツダの企業アイデンティティーを支え、ル・マン制覇に至る長期的な蓄積を生みました。一方、成果は多数の技術者と協力企業によるもので、「ロータリーの父」一人へ集約すると集団開発の実像が失われます。燃費、排出ガス、石油危機への弱さも抱え、独創技術を維持する費用と環境負荷を含めて評価すべきです。

緒方貞子

  • 生没年:1927年9月16日(昭和2年9月16日)~2019年10月22日(令和元年10月22日)
  • 国:日本
  • 肩書き:国際政治学者・国連難民高等弁務官

国際関係史の研究者から外交・国連実務へ進み、1991年から2000年まで国連難民高等弁務官を務めました。湾岸戦争、旧ユーゴスラビア紛争、ルワンダ虐殺などで大量避難が続くなか、国境の内側にいる避難民も視野に入れ、職員が現場へ出る保護活動を強化しました。退任後はJICA理事長として人間の安全保障と開発援助を結び付け、日本の国際協力へ長い影響を残しました。一方、UNHCRの活動は国家の許可と拠出金に制約され、安全地帯や難民キャンプが暴力を防げなかった事例もあります。個人の決断力を称えるだけでなく、先進国の庇護拒否や紛争当事国の責任を問わなければ、難民問題を援助機関へ委ねる物語になります。

エンゲルベルト・ケンペル

  • 生没年:1651年9月16日~1716年11月2日
  • 国:神聖ローマ帝国リッペ侯国
  • 肩書き:医師・博物学者・旅行家

スウェーデン使節団とオランダ東インド会社に仕え、ペルシア、インド、東南アジアを経て1690年から長崎・出島に滞在しました。江戸参府に同行して社会制度、宗教、動植物、鍼灸などを観察し、没後刊行の『日本誌』は18世紀ヨーロッパの日本像を大きく形作りました。イチョウの名称を西欧の学術世界へ伝えたことでも知られます。一方、記述は通詞や日本人協力者の知識に大きく依存しながら、その名前と判断は本文で十分に可視化されませんでした。また「閉ざされた国」という像は後世の鎖国観を強めたため、限られた滞在と東インド会社の植民地交易網から得た観察として批判的に読む必要があります。

ミハイル・クトゥーゾフ

  • 生没年:1745年9月16日~1813年4月28日
  • 国:ロシア帝国
  • 肩書き:陸軍元帥

対オスマン戦争などで経験を重ね、1812年のナポレオン侵攻時にロシア軍総司令官となりました。ボロジノで大損害を受けた後、モスクワを放棄して主力を温存し、補給難と冬に苦しむ大陸軍を追撃して撤退へ追い込みました。この戦略はロシアの国家的記憶やトルストイの『戦争と平和』で忍耐深い名将像として定着しました。一方、判断を一人の先見性へ帰すと、兵士、農民、他の将軍、地理と補給の役割が隠れます。焦土化、徴発、戦闘と寒冷でロシア側の住民と兵士にも甚大な犠牲が出ており、祖国防衛の英雄譚だけでは戦争の代価を捉えられません。

アルブレヒト・コッセル

  • 生没年:1853年9月16日~1927年7月5日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:生化学者・医師

細胞核に含まれる物質を分析し、核酸の塩基であるアデニン、グアニン、シトシン、チミンなどの化学的理解を進めました。さらにヒストンやタンパク質構成成分を研究し、遺伝情報を担う物質の構造を解く20世紀分子生物学の土台を築きました。これらの業績により1910年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。一方、DNAの二重らせんや遺伝暗号を直接発見したわけではなく、後世の知識を遡って「遺伝学の完成者」とするのは誇張です。成果は試料調製を担った研究室の労働と当時の分析技術に支えられ、生体を成分へ分解する方法だけでは細胞内の動的な関係を説明できない限界もありました。

ナディア・ブーランジェ

  • 生没年:1887年9月16日~1979年10月22日
  • 国:フランス
  • 肩書き:作曲家・指揮者・音楽教育者

パリ音楽院で学び、妹リリの死後は教育と指揮へ重心を移して、フォンテーヌブローのアメリカ音楽院などで数十年にわたり教えました。アーロン・コープランド、エリオット・カーター、アストル・ピアソラ、クインシー・ジョーンズら背景の異なる音楽家に、和声、対位法、作品分析を徹底させました。女性が主要オーケストラを指揮する道も切り開き、20世紀音楽の国際的な人材移動を支えました。一方、厳格な教育はフランス・ドイツ系の正典を基準とし、弟子の個性を伸ばしたとの評価と権威的だったとの証言が併存します。自作を早く断念した経緯にも当時のジェンダー秩序が影を落とし、「偉大な教師」という称賛だけで女性作曲家としての可能性を消してはなりません。

セント=ジェルジ・アルベルト

  • 生没年:1893年9月16日~1986年10月22日
  • 国:ハンガリー出身・アメリカ合衆国
  • 肩書き:生化学者・医師

副腎やパプリカから還元性物質を分離し、それがビタミンCであることを明らかにして、欠乏症と細胞酸化の研究を進めました。クエン酸回路に関わる反応や筋収縮も研究し、1937年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。第二次世界大戦中は反ナチ抵抗に関わり、戦後は米国へ移って研究と核兵器反対運動を続けました。一方、ビタミンCの同定と大量調製は複数の研究者・技術者による国際的競争の成果で、単独発見の物語にはできません。晩年のがんと電子移動に関する大胆な仮説は刺激的でしたが十分に実証されず、ノーベル賞の権威と検証済み知識を区別する必要があります。

リー・クアンユー

  • 生没年:1923年9月16日~2015年3月23日
  • 国:シンガポール
  • 肩書き:初代首相・政治家

イギリス植民地支配と日本占領を経験し、人民行動党を率いて自治獲得、マレーシア編入と分離を経たシンガポールの初代首相となりました。公共住宅、英語を含む教育、港湾・工業化、汚職抑制を進め、資源の乏しい都市国家を国際的な金融・物流拠点へ転換しました。その行政モデルはアジアの開発国家論へ強い影響を与えました。一方、国内治安法による無期限拘禁、野党や報道への訴訟、集会・表現の制約により、選挙があっても政治的競争は狭められました。優生学的な発言、移民労働への依存、格差も含め、「繁栄と引き換えの権威主義」という評価を実績だけで免責してはなりません。

B・B・キング

  • 生没年:1925年9月16日~2015年5月14日
  • 国:アメリカ合衆国
  • 肩書き:ブルース歌手・ギタリスト

ミシシッピ州の小作農家に生まれ、メンフィスのラジオ出演を足場に巡業を重ね、鋭い単音のビブラートと歌に応答するギター奏法を確立しました。愛器を「ルシール」と呼び、『The Thrill Is Gone』などでブルースをR&B、ロック、国際的な大衆音楽へ橋渡ししました。年間数百公演を続けた活動は、後続のギタリストと黒人音楽の世界的評価に大きな影響を与えました。一方、成功の背後には人種隔離下の危険な巡業、楽曲著作権や録音契約で黒人音楽家が不利だった産業構造があります。個人の温厚なスター像だけでなく、ブルースを生んだ貧困と搾取、バンド奏者の共同作業まで含めて記憶する必要があります。

9月16日に起きた歴史的な出来事

  • 1620年9月16日|メイフラワー号がプリマスを出航
    宗教的分離派を含む乗客と乗組員を乗せた船がイングランドを発ち、のちのプリマス植民地建設へ向かいました。米国の建国神話で自由を求めた航海として語られますが、入植は先住民の土地利用、疫病、戦争と結び付き、乗客自身も航海と最初の冬に多数を失いました。
  • 1810年9月16日|ドローレスの叫び
    司祭ミゲル・イダルゴがドローレスで蜂起を呼びかけ、スペイン植民地支配に対するメキシコ独立戦争が本格化しました。現在の独立記念日の起点ですが、戦争は長期化して住民に甚大な犠牲を出し、独立後も先住民・農民の土地問題と人種的格差は解消されませんでした。
  • 1877年9月16日(明治10年)|モースが大森貝塚の発掘を開始
    動物学者エドワード・S・モースが東京の大森貝塚で調査を始め、出土品と層位を記録して報告しました。日本の近代的考古学・人類学の出発点の一つとなりましたが、先史社会を一つの人種像へ結び付けた初期解釈には限界があり、出土資料の国外流出という問題も残しました。
  • 1887年9月16日(明治20年)|哲学館が開校
    井上円了が東京に私立哲学館を開き、哲学や宗教を限られたエリートだけでなく広く学べる教育を目指しました。後の東洋大学へ発展し近代日本の私学を支えましたが、教育内容は国家の道徳秩序や当時の文明観とも折り合いを付けており、自由な思索が常に保障されたわけではありません。
  • 1890年9月16日(明治23年)|エルトゥールル号遭難
    親善訪日を終えたオスマン帝国軍艦が和歌山県沖で台風に遭い、500人を超える乗員が死亡しました。地元住民の救助と日本側の送還は日土友好の象徴となりましたが、老朽艦を長距離航海へ出した政治的威信と安全軽視を、美談だけで覆わないことが必要です。
  • 1908年9月16日|ゼネラルモーターズが設立
    ウィリアム・デュラントが複数の自動車会社を統合する持株会社としてGMを設立し、大量生産と多ブランド戦略を発展させました。自動車社会と雇用を拡大した一方、都市の道路依存、排出ガス、労働争議、公共交通の衰退など巨大企業が生んだ社会的費用も大きなものでした。
  • 1920年9月16日|ウォール街爆破事件
    ニューヨークの金融街で馬車に積まれた爆弾が爆発し、38人が死亡、数百人が負傷しました。戦後の労働対立と反急進主義の緊張を象徴し、捜査・警備を強化させましたが、犯人は確定せず、事件は移民や左派全体への弾圧を正当化する材料にもされました。
  • 1923年9月16日(大正12年)|甘粕事件
    関東大震災後の戒厳下で、憲兵が無政府主義者の大杉栄、伊藤野枝と甥の橘宗一を拘束して殺害しました。国家機関が混乱と流言を利用して思想家と子どもの生命を奪った事件であり、軍の裁判は責任を甘粕正彦個人に狭め、組織的背景を十分に解明しませんでした。
  • 1939年9月16日(昭和14年)|ノモンハン事件の停戦が発効
    前日に成立した日ソ間の停戦合意が発効し、日本・満洲国側とソ連・モンゴル側の大規模な国境戦闘が止まりました。日本の対ソ戦略を南進へ傾けた転機とされますが、現場では多数の兵士が補給不足と火力差で死亡し、満洲・モンゴル住民の被害は国家の戦史から見落とされがちです。
  • 1945年9月16日|香港の日本軍が降伏文書に署名
    香港総督府で日本軍代表がイギリス側へ降伏し、1941年以来の軍政が正式に終わりました。捕虜・市民への虐待と食料不足を伴った占領の終結でしたが、返還されたのは植民地統治であり、香港住民の自己決定が直ちに実現したわけではありません。
  • 1948年9月16日(昭和23年)|アイオン台風が上陸
    台風が関東・東北を襲い、岩手県の北上川流域などで洪水と土砂災害を起こして多数の死者・行方不明者を出しました。戦後の治水事業を促しましたが、被害は住宅不足、脆弱な堤防、情報伝達の遅れと重なっており、自然現象だけを原因とする説明では不十分です。
  • 1963年9月16日|マレーシアが成立
    マラヤ連邦、サバ、サラワク、シンガポールが連邦を結成し、マレーシアが発足しました。脱植民地化と地域統合の試みでしたが、ブルネイは参加せず、インドネシアとの対立や民族間の緊張が続き、シンガポールは1965年に分離しました。
  • 1975年9月16日|パプアニューギニアが独立
    オーストラリアの信託統治から独立し、英連邦王国として主権国家になりました。多数の言語と地域社会を一つの国家制度へ結ぶ出発点でしたが、植民地期に引かれた境界、資源開発による土地紛争、行政サービスの地域格差は独立後にも残りました。
  • 1982年9月16日|サブラー・シャティーラ虐殺が始まる
    イスラエル軍が包囲するベイルートの難民キャンプへレバノンのキリスト教右派民兵が入り、パレスチナ人とレバノン人の民間人を殺害しました。犠牲者数には幅がありますが大規模な虐殺であり、直接実行者だけでなく、進入を許し照明などで支援したイスラエル側の責任も問われました。
  • 1987年9月16日|モントリオール議定書を採択
    各国がオゾン層を破壊するフロン類の生産・消費を段階的に削減する議定書へ合意しました。科学的警告を国際規制へ結び付けた成功例ですが、代替物質にも温室効果や安全性の問題があり、技術・資金を持つ国と途上国の負担格差を調整し続ける必要があります。
  • 1992年9月16日|ブラック・ウェンズデー
    投機売りを受けた英政府がポンドを欧州為替相場メカニズムから離脱させ、金利防衛を断念しました。固定相場の限界を示し英国の欧州統合観へ長い影響を与えましたが、巨額の公的損失と高金利は住宅ローン利用者や企業にも重い負担を与えました。

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