
9月15日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢55名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】9月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月15日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1603年 | 徳川頼房 | 常陸水戸藩初代藩主 |
| 1864年 | 杉山茂丸 | 実業家・政治運動家 |
| 1877年 | 山崎今朝弥 | 弁護士・社会運動家 |
| 1884年 | 前田房之助 | 政治家・ジャーナリスト |
| 1896年 | 土光敏夫 | 技術者・実業家 |
| 1896年 | 村山槐多 | 洋画家・詩人 |
| 1900年 | 粟田賢三 | 哲学者・編集者 |
| 1904年 | 西川正身 | アメリカ文学者 |
| 1912年 | 成田知巳 | 政治家・日本社会党委員長 |
| 1915年 | 鯨岡兵輔 | 政治家・衆議院副議長 |
| 1920年 | 田中徳三 | 映画監督 |
| 1922年 | 粟屋和彦 | 医師・解剖学者 |
| 1923年 | 築地米三郎 | 特撮技術者 |
| 1925年 | 阿部保夫 | クラシックギター奏者 |
| 1926年 | 今村昌平 | 映画監督 |
| 1927年 | 小宮山重四郎 | 政治家・実業家 |
| 1931年 | 安水稔和 | 詩人 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】9月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1461年 | ヤコポ・サルヴィアーティ | フィレンツェの政治家・銀行家 |
| 1592年 | ジョヴァンニ・バッティスタ・リヌッチーニ | イタリアの聖職者・外交官 |
| 1613年 | ラ・ロシュフコー | フランスの貴族・箴言作家 |
| 1715年 | ジャン=バティスト・ヴァケット・ド・グリボーバル | フランスの砲兵将校 |
| 1736年 | ジャン=シルヴァン・バイイ | フランスの天文学者・政治家 |
| 1739年 | フアン・デ・ビジャヌエバ | スペインの建築家 |
| 1759年 | コルネリオ・サアベドラ | リオ・デ・ラ・プラタの政治家 |
| 1787年 | ギヨーム=アンリ・デュフール | スイスの軍人・地図製作者 |
| 1789年 | ジェイムズ・フェニモア・クーパー | アメリカの小説家 |
| 1808年 | ジョン・ハットン・バルフォア | スコットランドの植物学者 |
| 1830年 | ポルフィリオ・ディアス | メキシコ大統領 |
| 1857年 | ウィリアム・タフト | アメリカ大統領・連邦最高裁長官 |
| 1857年 | アンナ・ウィンロック | アメリカの天文学者 |
| 1858年 | イェネー・フバイ | ハンガリーのヴァイオリニスト |
| 1858年 | シャルル・ド・フーコー | フランスの司祭・探検家 |
| 1861年 | M・ヴィシュヴェーシュヴァライヤ | インドの土木技術者・行政官 |
| 1876年 | ブルーノ・ワルター | ドイツ出身の指揮者 |
| 1879年 | ジョセフ・ライオンズ | オーストラリア首相 |
| 1881年 | エットーレ・ブガッティ | イタリア出身の自動車設計者 |
| 1886年 | ポール・ピエール・レヴィ | フランスの数学者 |
| 1890年 | アガサ・クリスティ | イギリスの推理作家 |
| 1890年 | フランク・マルタン | スイスの作曲家 |
| 1892年 | シン・ピーラシー | イタリア出身の彫刻家・美術教育者 |
| 1894年 | ジャン・ルノワール | フランスの映画監督 |
| 1894年 | オスカル・クライン | スウェーデンの理論物理学者 |
| 1895年 | ヴァルター・シュピース | ドイツ出身の画家・音楽家 |
| 1904年 | セルゲイ・ユトケーヴィッチ | ソ連の映画監督 |
| 1904年 | ウンベルト2世 | イタリア王国最後の国王 |
| 1906年 | ジャック・ベッケル | フランスの映画監督 |
| 1914年 | レオ・ベラネック | アメリカの音響学者 |
| 1914年 | アドルフォ・ビオイ=カサーレス | アルゼンチンの小説家 |
| 1918年 | アルフレッド・チャンドラー | アメリカの経営史家 |
| 1919年 | ヘダ・マルゴリウス・コヴァーリ | チェコの翻訳家・回想録作家 |
| 1927年 | マーガレット・キーン | アメリカの画家 |
| 1928年 | キャノンボール・アダレイ | アメリカのジャズ奏者 |
| 1929年 | マレー・ゲルマン | アメリカの物理学者 |
| 1932年 | ニール・バートレット | イギリス出身の化学者 |
| 1937年 | ロバート・ルーカス | アメリカの経済学者 |
9月15日生まれの代表的な偉人
徳川頼房
- 生没年:1603年9月15日(慶長8年8月10日)~1661年8月23日(寛文元年7月29日)
- 国:日本
- 肩書き:常陸水戸藩初代藩主
徳川家康の十一男として伏見城で生まれ、幼くして常陸へ封じられ、水戸徳川家の基礎を築きました。城下と家臣団を整え、尾張・紀伊家と並ぶ御三家の一つとして将軍家を支える地位を確立しました。子の光圀を世子に定めたことは、後の水戸藩政と歴史編纂へつながります。一方、藩の形成は領地替えと家臣・農民への負担、厳格な身分秩序の上に成り立ちました。後世の水戸学や「水戸黄門」の名声を頼房自身へ遡って投影せず、幕藩体制を構築した大名として権力と負担の両面を見る必要があります。
土光敏夫
- 生没年:1896年9月15日(明治29年9月15日)~1988年8月4日(昭和63年8月4日)
- 国:日本
- 肩書き:技術者・実業家
石川島造船所でタービン技術者から経営者となり、会社再建と合併を進めた後、東芝社長・会長、経団連会長を務めました。第二次臨時行政調査会長として国鉄、電電公社、専売公社の改革を提言し、質素な生活から「メザシの土光さん」と呼ばれました。製造業の技術管理と戦後企業統治に大きな影響を与えました。一方、合理化は人員削減、労働強化、公共サービスの採算性重視を伴い、民営化の利益と負担は均等ではありませんでした。清廉な個人像が財界の政策影響力や企業の戦時生産を覆い隠さないよう、制度的結果まで検証する必要があります。
今村昌平
- 生没年:1926年9月15日(大正15年9月15日)~2006年5月30日(平成18年5月30日)
- 国:日本
- 肩書き:映画監督
松竹で小津安二郎らの助監督を経験した後、日活で監督となり、社会の底辺を生きる人々の欲望と生命力を粘着的な映像で描きました。『にっぽん昆虫記』『神々の深き欲望』、記録映画『からゆきさん』などを経て、『楢山節考』『うなぎ』で二度のカンヌ国際映画祭パルム・ドールを得ました。日本映画学校を設立し、実地教育にも力を注ぎました。一方、女性や被差別地域を「土着的生命力」の象徴として撮る視線は、対象を異文化化・性的に消費する危険があります。長期取材と演出の境界、出演者との権力差を含め、反権威的作家という評価自体を問い直す必要があります。
ラ・ロシュフコー
- 生没年:1613年9月15日~1680年3月17日
- 国:フランス王国
- 肩書き:貴族・箴言作家
名門貴族として宮廷陰謀やフロンドの乱に関わり、失敗と負傷を経験した後、パリのサロンで文章を磨きました。『箴言集』では、勇気、友情、徳の背後に自己愛や虚栄が潜むと短い逆説で暴き、心理的散文とモラリスト文学の規範を作りました。その凝縮した文体は哲学、批評、会話文化へ長く影響しました。一方、人間行動を自己利益へ還元する洞察は、協力や制度的条件を過小評価する冷笑主義にもなり得ます。洗練されたサロン文化は貴族的余暇と女性知識人の編集的貢献に支えられており、著者個人の孤高な知恵として読むべきではありません。
ウィリアム・タフト
- 生没年:1857年9月15日~1930年3月8日
- 国:アメリカ合衆国
- 肩書き:第27代大統領・第10代連邦最高裁長官
法律家・植民地行政官を経て1909年に大統領となり、反トラスト法の執行、関税、保全政策をめぐって共和党内の改革派と対立しました。退任後は法律教育に戻り、1921年に連邦最高裁長官となって、米国史上唯一、行政府と司法府の双方の頂点を務めました。裁判所の運営改善と独立庁舎の実現にも関わりました。一方、フィリピン総督として米国の植民地支配を制度化し、「ドル外交」は中南米・東アジアへの経済介入を強めました。法の支配という評価は、現地住民の自己決定を制限した帝国統治や、当時の人種的偏見を除外して成り立ちません。
M・ヴィシュヴェーシュヴァライヤ
- 生没年:1861年9月15日~1962年4月14日
- 国:インド
- 肩書き:土木技術者・マイソール藩行政官
植民地期インドの公共事業技師として洪水防止用の自動水門を考案し、灌漑と上水道の計画に携わりました。マイソール藩のディーワーンとしてクリシュナラージャサーガラ・ダム、工業、銀行、高等教育を推進し、技術による国家建設の象徴となりました。誕生日はインドの「技術者の日」として記念されています。一方、大規模ダムと工業化は土地の水没、住民移転、資源配分の格差を伴い、成果を行政官一人へ帰すと現場労働者の貢献が消えます。植民地官僚制と藩王国の身分・カースト構造の中で誰が利益を得たかも問う必要があります。
ブルーノ・ワルター
- 生没年:1876年9月15日~1962年2月17日
- 国:ドイツ帝国出身
- 肩書き:指揮者・ピアニスト・作曲家
グスタフ・マーラーの助手として働き、『大地の歌』と交響曲第9番の初演を任され、作品の解釈と普及に重要な役割を果たしました。ミュンヘン、ベルリン、ウィーンでオペラと管弦楽を指揮しましたが、ユダヤ系のためナチ政権下で職を追われ、米国へ亡命しました。晩年の録音はマーラー、モーツァルト、ブラームスの演奏史に大きな影響を残しました。一方、温かく人間的な名匠という評価は、オーケストラ内の強い指揮者権力やクラシック音楽の男性・欧州中心の正典を見えにくくします。録音も多数の奏者と技術者による共同制作です。
アガサ・クリスティ
- 生没年:1890年9月15日~1976年1月12日
- 国:イギリス
- 肩書き:推理作家・劇作家
第一次世界大戦中の薬局勤務で得た毒物知識を生かし、エルキュール・ポアロやミス・マープルを主人公とする長編・短編を多数執筆しました。『アクロイド殺し』『オリエント急行の殺人』『そして誰もいなくなった』は、語りの視点、閉鎖空間、読者への手掛かりを駆使して推理小説の形式を刷新しました。戯曲『ねずみとり』も異例の長期上演を続けました。一方、作品には大英帝国中心の世界観や人種・階級・障害への固定観念があり、旧題の変更を含む批判的な受容が必要です。巧妙な謎解きが殺人を娯楽化し、使用人や植民地住民を背景へ退ける構造も検討されます。
ジャン・ルノワール
- 生没年:1894年9月15日~1979年2月12日
- 国:フランス
- 肩書き:映画監督・脚本家
画家オーギュスト・ルノワールの次男として育ち、無声映画から出発して、移動撮影と奥行きある画面で人物同士の関係を捉えました。『大いなる幻影』は戦争を階級と国境の交差から描き、『ゲームの規則』は上流社会と使用人の偽善を群像劇として批判しました。人民戦線期の作品や米国亡命後の制作を通じ、イタリア・ネオレアリズモや作家主義へ影響しました。一方、「誰にでも理由がある」という人間主義は権力差や加害責任を曖昧にする危険があります。植民地を舞台にした作品の異国趣味、父の名と資産による出発条件も、普遍的な映画作家像に含める必要があります。
マレー・ゲルマン
- 生没年:1929年9月15日~2019年5月24日
- 国:アメリカ合衆国
- 肩書き:物理学者
多数発見された素粒子を対称性によって整理する「八道説」を提案し、陽子や中性子などがより基本的なクォークから成るという模型を1964年に示しました。予言されたオメガ粒子の発見と深非弾性散乱の実験は分類の有効性を裏付け、1969年のノーベル物理学賞につながりました。後年はサンタフェ研究所の創設に関わり、複雑系や言語にも関心を広げました。一方、クォーク模型はジョージ・ツワイクも独立に提案しており、命名と受賞が信用配分を一人へ集中させました。複雑系への広範な発言には専門外での過度な一般化との批判もあります。
9月15日に起きた歴史的な出来事
- 1821年9月15日|中央アメリカ独立法に署名
グアテマラ市でスペイン領中央アメリカの有力者が独立法へ署名し、現在のグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカにつながる独立が宣言されました。ただし先住民や農民の参加は限られ、植民地期の土地・人種格差は新国家にも残りました。 - 1830年9月15日|リバプール・マンチェスター鉄道が開業
蒸気機関車による都市間旅客・貨物鉄道が本格開業し、産業革命の輸送を大きく変えました。開業式では議員ウィリアム・ハスキソンが機関車にはねられて死亡しており、速度と大量輸送の利益が新しい労働災害・公衆安全の危険と同時に生まれたことを示します。 - 1835年9月15日|ダーウィンがガラパゴス諸島に到着
ビーグル号がガラパゴス諸島へ到着し、チャールズ・ダーウィンは生物と地質を観察・採集しました。後の進化論形成に重要な資料となりましたが、標本採集は英国海軍の測量航海と帝国的移動に支えられ、現地住民・案内人の知識が記録から薄められています。 - 1868年9月15日(慶応4年7月29日)|二本松城が落城
戊辰戦争で新政府軍が二本松藩領へ進攻し、二本松城を占領しました。東北戦線の帰趨を左右しましたが、少年隊を含む藩士と住民が犠牲となり、幼い戦死を忠義の美談として称えることは、動員した大人と政治の責任を見えにくくします。 - 1894年9月15日|平壌の戦い
日清戦争で日本軍が清軍の拠点だった平壌を攻撃し、清軍は北方へ退却しました。朝鮮半島での戦局を日本優位へ変えましたが、朝鮮の主権をめぐる日清両国の介入であり、兵士だけでなく都市住民の死傷、略奪、避難を伴いました。 - 1900年9月15日(明治33年)|立憲政友会が結成
伊藤博文を総裁として官僚と旧自由党系政治家が合流し、衆議院を基盤とする大政党が成立しました。政党内閣への道を開いた一方、藩閥との取引、利益誘導、男性の限られた有権者を前提とし、植民地住民と女性は政治参加から排除されていました。 - 1915年9月15日|陳独秀が『青年雑誌』を創刊
上海で陳独秀が雑誌を創刊し、翌年『新青年』と改題して民主、科学、口語文を訴えました。新文化運動と五四運動の思想的拠点になりましたが、西洋化を進歩と同一視する傾向や、女性解放を男性知識人が代弁した限界も指摘されています。 - 1916年9月15日|戦車が初めて実戦投入
ソンムの戦いのフレール=クルスレット攻撃でイギリス軍が新兵器の戦車を投入しました。塹壕線突破の可能性を示しましたが、初期車両は故障が多く、搭乗員は高熱と排気に苦しみました。技術革新は戦争を短くせず、機械化された殺傷を拡大しました。 - 1932年9月15日(昭和7年)|日本が満洲国を承認
日本政府と満洲国が日満議定書へ調印し、関東軍が作った政権を正式に承認しました。日本は権益と駐兵を確保しましたが、中国の主権を侵害する侵略の制度化であり、国際連盟からの孤立、植民地支配、住民への暴力を深めました。 - 1935年9月15日|ニュルンベルク法を制定
ナチ党大会に合わせ、ユダヤ人から公民権を奪い「ドイツ人の血」を守るとする法律が成立しました。人種差別を官僚的な身分分類へ変え、財産剝奪、追放、ホロコーストへ道を開きました。法形式を備えることが正義を保証しない典型です。 - 1940年9月15日|バトル・オブ・ブリテン・デー
ドイツ空軍がロンドンなどへ大規模攻撃を行い、イギリス空軍が迎撃して大きな損害を与えました。侵攻断念につながる象徴的な日ですが、撃墜数は戦時宣伝で誇張され、双方の搭乗員と空襲下の市民の犠牲を勝利神話だけで扱うべきではありません。 - 1947年9月15日(昭和22年)|カスリーン台風が関東を襲う
台風による豪雨で利根川・荒川水系の堤防が決壊し、関東地方で千人を超える死者・行方不明者が出ました。戦後直後の住宅・治水基盤の弱さが被害を拡大し、河川改修を促しましたが、流域開発と堤防依存が生む新たな危険も残りました。 - 1949年9月15日|アデナウアーが西ドイツ初代首相に選出
連邦議会がコンラート・アデナウアーをドイツ連邦共和国初代首相に選び、西側統合と議会制民主主義の再建が始まりました。一方、冷戦下の安定を優先して旧ナチ党員が行政・司法へ復帰し、被害者への補償と加害責任追及が遅れた面があります。 - 1950年9月15日|仁川上陸作戦
朝鮮戦争で国連軍が仁川へ上陸し、北朝鮮軍の補給線を断ってソウル奪回へ進みました。戦局を逆転させた大胆な作戦でしたが、その後の北進と中国参戦で戦争は長期化し、上陸・市街戦・報復の中で多数の民間人が犠牲になりました。 - 1963年9月15日|バーミングハム教会爆破事件
白人至上主義者がアラバマ州の16番街バプテスト教会へ爆弾を仕掛け、黒人少女4人を殺害しました。公民権法制定を促す怒りを広げましたが、捜査と有罪判決は長く遅れ、制度的人種差別と法執行機関の黙認が暴力を支えたことを示します。 - 1995年9月15日|DVD統一規格で合意
競合していた二つの企業連合が次世代光ディスクの単一規格へ合意し、DVDの世界的普及への道が開かれました。映像流通とデータ保存を変えましたが、地域コードやコピー制御は利用者の権利を制限し、短い製品周期は電子廃棄物も増やしました。 - 2008年9月15日|リーマン・ブラザーズが破綻申請
米投資銀行リーマン・ブラザーズが連邦破産法の適用を申請し、世界金融危機が急激に深まりました。信用収縮は失業、住宅差し押さえ、財政緊縮を世界へ波及させましたが、救済は金融機関を優先し、損失を市民へ転嫁したとの批判が残ります。 - 2017年9月15日|土星探査機カッシーニが任務終了
NASAなどの探査機カッシーニが土星大気へ突入し、約13年の周回観測を終えました。環、衛星タイタン、地下海を持つエンケラドゥスの理解を一変させました。意図的な突入は微生物による衛星汚染を避ける惑星保護策でしたが、巨額の費用と国際的な成果配分も検討課題です。