
8月11日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢44名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】8月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1661年 | 宝井其角 | 俳諧師 |
| 1795年 | 林玄仲 | 医師・役人 |
| 1833年 | 木戸孝允 | 政治家・明治維新の指導者 |
| 1881年 | 潮恵之輔 | 政治家 |
| 1892年 | 吉川英治 | 小説家 |
| 1894年 | 城戸四郎 | 実業家・松竹社長 |
| 1897年 | 小山敬三 | 洋画家 |
| 1904年 | 袴田里見 | 政治家・社会運動家 |
| 1909年 | 古関裕而 | 作曲家 |
| 1912年 | 寺下力三郎 | 政治家 |
| 1912年 | 夢虹二 | 作詞家 |
| 1929年 | 近藤鉄雄 | 政治家 |
| 1929年 | 早坂暁 | 脚本家・小説家 |
| 1932年 | 小林亜星 | 作曲家 |
| 1933年 | 廣松渉 | 哲学者 |
| 1934年 | 鈴木武樹 | ドイツ文学者・翻訳家 |
| 1936年 | 古谷三敏 | 漫画家 |
【海外】8月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1086年 | ハインリヒ5世 | 神聖ローマ皇帝 |
| 1384年 | ヨランド・ダラゴン | フランス王族・政治的後援者 |
| 1673年 | リチャード・ミード | 医師 |
| 1748年 | ヨーゼフ・シュースター | 作曲家 |
| 1794年 | ジェイムズ・ロングエーカー | 彫刻師・造幣局主任彫刻師 |
| 1799年 | ヨアヒム・バランデ | 地質学者・古生物学者 |
| 1833年 | ロバート・G・インガーソル | 演説家・不可知論者 |
| 1837年 | サディ・カルノー | フランス大統領 |
| 1858年 | クリスティアーン・エイクマン | 生理学者 |
| 1882年 | ロドルフォ・グラツィアーニ | 軍人・植民地総督 |
| 1892年 | ヴワディスワフ・アンデルス | 軍人 |
| 1897年 | イーニッド・ブライトン | 児童文学作家 |
| 1900年 | アレクサンドル・モソロフ | 作曲家 |
| 1902年 | クリスティアン・ド・カストリ | 軍人 |
| 1905年 | エルヴィン・シャルガフ | 生化学者 |
| 1908年 | ドン・フリーマン | 児童書作家・画家 |
| 1910年 | ジョージ・ホーマンズ | 社会学者 |
| 1911年 | タノーム・キッティカチョーン | タイ首相・軍人 |
| 1913年 | フランク・プゥルセル | 指揮者・作曲家 |
| 1919年 | ジネット・ヌヴー | ヴァイオリニスト |
| 1921年 | アレックス・ヘイリー | 作家 |
| 1927年 | スチュアート・ローゼンバーグ | 映画監督 |
| 1933年 | ジェリー・ファルエル | テレビ伝道師 |
| 1933年 | イェジー・グロトフスキ | 演出家 |
| 1936年 | アンドレ・デビュース | 短編小説家 |
| 1936年 | ジョナサン・スペンス | 歴史学者 |
| 1943年 | パルヴェーズ・ムシャラフ | パキスタン大統領 |
8月11日生まれの代表的な偉人
木戸孝允
- 生没年:1833年8月11日(天保4年6月26日)~1877年5月26日(明治10年5月26日)
- 国:日本
- 肩書き:政治家・明治維新の指導者
長州藩士桂小五郎として尊王攘夷運動に関わりながら、薩長同盟と倒幕へ向けて藩の方針を現実的に転換しました。新政府では五箇条の御誓文、版籍奉還、廃藩置県に関与し、岩倉使節団で欧米の制度を調査します。帰国後は急進的な征韓論に反対し、立憲政治と内政整備を求めました。一方、中央集権化は旧藩秩序を解体するだけでなく、士族反乱の抑圧と琉球・アイヌを含む領域統合へ進み、近代国家形成の自由と強制の両面を担った人物です。
ロバート・G・インガーソル
- 生没年:1833年8月11日~1899年7月21日
- 国:アメリカ
- 肩書き:弁護士・演説家・不可知論者
『大不可知論者』と呼ばれ、聖書の権威と宗教的教義を公開演説で批判し、理性、科学、世俗国家を擁護しました。奴隷制廃止後の共和党を支持し、女性参政権、人種的平等、表現の自由、家族計画にも理解を示します。巧みな弁舌は多くの聴衆を集めましたが、先住民政策や当時の帝国主義への見方には一貫しない部分がありました。宗教者を敵として侮辱するだけでなく、人間の幸福と寛容を倫理の基礎に置こうとした点が、米国の自由思想へ長く影響しています。
クリスティアーン・エイクマン
- 生没年:1858年8月11日~1930年11月5日
- 国:オランダ
- 肩書き:医師・生理学者
オランダ領東インドで脚気を研究し、精白米を与えたニワトリが神経症状を示し、米ぬかを含む餌で回復することを観察しました。当初は毒素説で説明しましたが、研究は食物に微量の必須因子があるというビタミン概念と、ビタミンB1欠乏症としての脚気理解へつながります。功績は1929年のノーベル賞で評価されました。一方、植民地の囚人・患者と現地知識を研究資源とした環境に支えられており、発見を欧州科学者だけの物語にしない視点が必要です。
吉川英治
- 生没年:1892年8月11日(明治25年8月11日)~1962年9月7日(昭和37年9月7日)
- 国:日本
- 肩書き:小説家
家計を支えるため早くから働き、多様な職業経験を経て新聞連載の大衆小説家となりました。『宮本武蔵』『新・平家物語』では歴史上の人物を成長と葛藤を持つ主人公として描き、長編歴史小説を広い読者の日常へ定着させます。戦時中には従軍作家として戦地へ赴き、作品と言論が国民動員へ組み込まれた責任を持ちます。戦後の国民文学作家という評価だけでなく、読みやすい歴史像が武士道や国家への感情をどう形づくったかまで考えるべき人物です。
イーニッド・ブライトン
- 生没年:1897年8月11日~1968年11月28日
- 国:イギリス
- 肩書き:児童文学作家
『五人と一ぴき』『おちゃめなふたご』など、子どもが大人から離れて冒険し、仲間と謎を解く物語を大量に発表しました。明快な語彙と速度のある筋は読書習慣を作り、多くの言語へ翻訳されます。一方、階級、人種、ジェンダーに関する固定観念や植民地主義的表現が含まれ、後年の版では改訂が行われました。作品を無批判に保存するか消去するかの二択ではなく、楽しさがどの社会規範に支えられているかを子どもと考える教材にもなる作家です。
エルヴィン・シャルガフ
- 生没年:1905年8月11日~2002年6月20日
- 国:オーストリア=ハンガリー・アメリカ
- 肩書き:生化学者
さまざまな生物のDNAを分析し、アデニンとチミン、グアニンとシトシンの量がほぼ等しいという『シャルガフの規則』を発見しました。この関係はワトソンとクリックが二重らせん構造と塩基対を考える決定的な手がかりとなります。本人はDNA構造の栄誉から外れたことに不満を持ち、分子生物学が還元主義へ傾くことや遺伝子操作へ厳しい警告を発しました。慎重さには先見性がある一方、後進研究を一括して悲観した態度は科学の可能性を狭く見る面もありました。
古関裕而
- 生没年:1909年8月11日(明治42年8月11日)~1989年8月18日(平成元年8月18日)
- 国:日本
- 肩書き:作曲家
西洋音楽の和声と日本語の抑揚を結び、応援歌、校歌、歌謡曲、ラジオドラマ音楽など数千曲を作りました。戦後は『長崎の鐘』『栄冠は君に輝く』など、復興と大衆の記憶に残る旋律を生みます。一方、戦時中には『露営の歌』『若鷲の歌』など軍歌を多数作り、兵士と銃後の感情動員に大きな力を持ちました。本人の意図だけで免責せず、音楽が人を励ます力と戦争へ動員する力を同時に持つことを示す作曲家です。
アレックス・ヘイリー
- 生没年:1921年8月11日~1992年2月10日
- 国:アメリカ
- 肩書き:作家・ジャーナリスト
マルコムXへの長期取材を『マルコムX自伝』にまとめ、本人の語りを通して人種差別、犯罪、宗教、政治的変化を伝えました。『ルーツ』ではアフリカから奴隷として連行された祖先クンタ・キンテから家族史をたどり、テレビ化とともに米国社会へ奴隷制の記憶を広く突きつけます。しかし系譜調査の正確さと、他作品からの盗用をめぐり訴訟と批判を受けました。歴史的想像力が沈黙させられた家族の記憶を回復する力と、事実を物語へ整える際の責任を併せて示します。
イェジー・グロトフスキ
- 生没年:1933年8月11日~1999年1月14日
- 国:ポーランド
- 肩書き:演出家・演劇理論家
豪華な舞台装置や衣装を削ぎ落とし、俳優の身体・声と観客との直接的な関係だけを核心とする『貧しい演劇』を提唱しました。厳しい訓練と小人数空間での上演は、演技を模倣ではなく自己をさらす行為として捉え直し、世界の実験演劇へ影響します。後年は公演そのものから離れ、異文化の歌と儀礼を用いる共同研究へ進みました。その探究は深い身体知を生んだ一方、カリスマ的指導、閉鎖的集団、他文化の儀礼を芸術資源化する権力関係への批判も必要です。
パルヴェーズ・ムシャラフ
- 生没年:1943年8月11日~2023年2月5日
- 国:パキスタン
- 肩書き:軍人・大統領
陸軍参謀長としてカルギル紛争を主導した後、1999年のクーデターで政権を掌握し、2001年に大統領となりました。9・11後は米国の対テロ戦争へ協力し、経済成長と一部の社会改革を進める一方、軍と情報機関の権力を維持します。非常事態宣言で憲法を停止し、裁判官と反対派を拘束したため、民主制度を損なった責任が問われました。過激派との戦いを掲げながら二重政策をとり、民政移管と軍の恒常的介入というパキスタン政治の矛盾を体現した人物です。
8月11日に起きた歴史的な出来事
- 紀元前3114年8月11日|マヤ長期暦の起点
広く用いられるGMT相関に従うと、マヤ文明の長期暦はこの日を現在の創世周期の起点とします。実際にその日に暦が作られたのではなく、後世の碑文が神話的過去を数える基準であり、西暦との換算にも研究上の前提があります。 - 1492年8月11日|アレクサンデル6世が教皇に選出
ロドリーゴ・ボルジアがコンクラーヴェで教皇となりました。芸術保護と教皇領政治を進めましたが、親族登用、財産、選挙買収の疑惑がルネサンス教皇庁の腐敗像を強め、後の宗教改革前夜の教会批判を象徴します。 - 1584年8月11日|天正遣欧少年使節がリスボン到着
九州のキリシタン大名が派遣した少年使節がポルトガルへ到着し、欧州各地で教皇や君主に迎えられました。日本と欧州を直接結ぶ文化交流でしたが、イエズス会の宣教戦略とポルトガルの海洋帝国の枠内で企画された旅でもありました。 - 1804年8月11日|フランツ2世がオーストリア皇帝に即位
ナポレオンがフランス皇帝となった情勢に対応し、神聖ローマ皇帝フランツ2世がオーストリア皇帝フランツ1世の称号も採用しました。王朝領を一つの帝国名で束ねる措置で、1806年の神聖ローマ帝国解体に備える意味を持ちました。 - 1858年8月11日|アイガー初登頂
チャールズ・バリントンと山岳ガイドのクリスティアン・アルマー、ペーター・ボーレンがアイガー山頂へ到達しました。近代アルピニズムの成果ですが、名声が外国人登山者に集中し、危険を支えた地元ガイドの専門知が脇役化される構図も見えます。 - 1909年8月11日|アラパホ号がSOSを発信
米国船アラパホ号がハッテラス岬沖で故障し、無線でSOSを発信して救助されました。米国船による初期の使用例で、複数方式が競合していた遭難信号を簡潔な国際標準へ統一する必要性を示しました。 - 1910年8月11日(明治43年)|明治43年の大水害
二つの台風と前線による豪雨で関東の河川が氾濫し、東京を含む広域で多数の死者と家屋被害が出ました。荒川放水路など近代治水を促しましたが、河川改修に伴う移転と地域負担も生じました。 - 1918年8月11日(大正7年)|米騒動が全国へ拡大
富山の女性たちによる米の県外移出阻止から始まった抗議が都市と農村へ広がり、京都では米店や派出所が襲われました。物価高とシベリア出兵への不満が噴出し、寺内内閣退陣と本格的な政党内閣成立を促しました。 - 1919年8月11日|ヴァイマル憲法認証
ドイツ大統領エーベルトが、普通選挙、社会権、議会制を定める共和政憲法を認証しました。民主的で先進的な権利を備えましたが、大統領緊急令と比例代表制下の分断が反民主勢力に利用される余地を残しました。 - 1920年8月11日|ラトビア・ソビエト平和条約
ラトビアとソビエト・ロシアが講和し、ロシア側はラトビアの独立を承認しました。独立戦争を終えた重要な条約でしたが、1940年のソ連占領で主権は再び奪われ、条約の法的意味は後の独立回復で重視されました。 - 1936年8月11日(昭和11年)|前畑秀子が日本女子初の五輪金
ベルリン五輪の競泳200メートル平泳ぎで前畑秀子が優勝し、日本の女性選手として初の金メダルを獲得しました。女性スポーツの可能性を広げましたが、国家的期待と報道の重圧を一個人へ集中させた大会でもありました。 - 1942年8月11日|周波数ホッピング特許取得
俳優ヘディ・ラマーと作曲家ジョージ・アンタイルが、無線誘導の妨害を避ける周波数切替方式の米国特許を得ました。戦時には採用されませんでしたが、後の拡散通信技術と無線ネットワークを考える先駆的発想として再評価されました。 - 1952年8月11日|フセイン1世がヨルダン国王に即位
健康上の理由で退位したタラール1世に代わり、17歳のフセインが国王となりました。長い在位中、戦争、パレスチナ難民、国内衝突を経て外交的均衡を図りましたが、王権中心の政治と反対派抑圧も続きました。 - 1960年8月11日|チャド独立
フランス領赤道アフリカのチャドが独立しました。主権獲得後も植民地期の南北格差と国境、外部勢力の介入が内戦と権威主義を長期化させ、政治的独立を安定した国家建設へつなぐ難しさを示しました。 - 1965年8月11日|ワッツ暴動始まる
ロサンゼルスのワッツ地区で黒人運転者の逮捕をめぐる対立から暴動が拡大し、6日間で34人が死亡しました。単なる犯罪ではなく、住宅隔離、失業、警察暴力という構造的不平等が公民権法成立後も残ることを可視化しました。 - 1988年8月11日|アルカイダ結成
アフガニスタン戦争へ参加したアラブ人戦闘員のネットワークを基礎に、ウサーマ・ビンラーディンらが組織を形成しました。冷戦期の武装動員が国境を越えるテロ組織へ転化し、後の攻撃と対テロ戦争によって各地の民間人へ甚大な被害をもたらしました。 - 1989年8月11日(平成元年)|しんかい6500が最大深度へ
海洋科学技術センターの有人潜水調査船しんかい6500が試験潜航で6527メートルの海底へ到達しました。深海の地質、生物、地震帯を人が直接観察する基盤を作り、日本の海洋研究と災害理解を前進させました。 - 2003年8月11日|NATOがISAF指揮権を継承
北大西洋条約機構がアフガニスタン国際治安支援部隊の指揮を引き継ぎ、欧州・北米域外で初の大規模任務を担いました。治安と国家建設を支援しましたが、長期介入は民間人被害と現地政府への依存を残し、2021年の撤退で限界が露呈しました。