8月10日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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8月10日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢43名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】8月10日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1732年土屋篤直土浦藩主
1771年松平定剛今治藩主
1782年松平宗発老中・宮津藩主
1783年加藤泰儔新谷藩主
1823年池田慶政岡山藩主
1874年南次郎陸軍軍人・朝鮮総督
1882年河野省三神道学者
1893年須田正継イスラム研究者
1896年溝口三郎美術史家・漆芸家
1897年藤原あき政治家
1898年宇賀田順三法学者
1899年小室達彫刻家
1902年加藤進官僚

【海外】8月10日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
941年黎桓前黎朝大瞿越皇帝
1267年ハイメ2世アラゴン王
1296年ヨハン・フォン・ルクセンブルクボヘミア王
1397年アルブレヒト2世ローマ王
1602年ジル・ド・ロベルヴァル数学者
1645年エウセビオ・キノ宣教師・地理学者
1709年ヨハン・ゲオルク・グメリン植物学者・探検家
1782年ビセンテ・ゲレロメキシコ大統領
1797年ヨーゼフ・ゲアハルト・ツッカリーニ植物学者
1806年ユリウス・ワイスバッハ数学者・工学者
1810年カミッロ・カヴールイタリア王国初代首相
1814年アンリ・ネスレ実業家
1821年ジェイ・クック銀行家
1845年アバイ・クナンバイウル詩人・思想家
1858年アンナ・J・クーパー教育者・著述家
1860年セルゲイ・サゾーノフ外交官
1865年アレクサンドル・グラズノフ作曲家
1868年フーゴー・エッケナー飛行船技術者
1874年ハーバート・フーヴァーアメリカ大統領
1874年アンターナス・スメトナリトアニア大統領
1877年フランク・マーシャルチェス選手
1878年アルフレート・デーブリーン小説家
1884年パナイト・イストラティ作家
1894年V・V・ギリインド大統領
1895年ミハイル・ゾーシチェンコ小説家
1900年李奉昌朝鮮独立運動家
1900年王力言語学者
1902年アーネ・ティセリウス生化学者
1924年ジャン=フランソワ・リオタール哲学者
1935年ギヤ・カンチェリ作曲家

8月10日生まれの代表的な偉人

カミッロ・カヴール

  • 生没年:1810年8月10日~1861年6月6日
  • 国:サルデーニャ王国・イタリア
  • 肩書き:政治家・イタリア王国初代首相

サルデーニャ王国首相として鉄道、財政、軍制を近代化し、フランスとの同盟と戦争、外交交渉を組み合わせてイタリア統一を主導しました。ガリバルディの南部征服を王国へ統合し、1861年に成立したイタリア王国の初代首相となります。議会主義と経済発展を重視しましたが、統一は北部エリートと王朝の主導で進み、南部住民、共和派、教皇領の意思を十分反映しませんでした。民族統一の英雄であると同時に、地域格差と中央集権を残した国家形成者です。

アンリ・ネスレ

  • 生没年:1814年8月10日~1890年7月7日
  • 国:ドイツ・スイス
  • 肩書き:薬剤師・実業家

薬剤師として油、肥料、飲料などを製造した後、母乳で育てられない乳児のため小麦粉と牛乳を加工した代用栄養食品を開発しました。保存と調理のしやすい乳児食は都市化する社会で需要を得て、後の世界的食品企業ネスレの基礎となります。乳児死亡を減らす可能性を持つ一方、後世の企業による粉ミルク販売は、安全な水の乏しい地域で母乳育児を損ない健康被害を招くと批判されました。発明者個人の目的と、製品が巨大市場で使われる倫理を分けて考えさせる人物です。

アンナ・J・クーパー

  • 生没年:1858年8月10日~1964年2月27日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:教育者・著述家・女性参政権運動家

奴隷制下に生まれながら教育を受け、教師と校長として黒人学生へ古典語と高等教育の機会を広げました。『南部からの声』では、黒人女性が人種差別と性差別の双方に直面する経験を論じ、後のインターセクショナルな思想を先取りします。女性参政権と黒人の教育を訴え、67歳でソルボンヌ大学の博士号を取得しました。中産階級的な教養と道徳を解放の道として強く重視した限界はありますが、黒人女性自身を知識と政治の主体として公に位置づけた先駆者です。

アレクサンドル・グラズノフ

  • 生没年:1865年8月10日~1936年3月21日
  • 国:ロシア帝国・フランス
  • 肩書き:作曲家・指揮者・音楽教育者

リムスキー=コルサコフらの民族楽派の色彩と西欧古典形式を結び、交響曲、バレエ『ライモンダ』、協奏曲を作曲しました。サンクトペテルブルク音楽院院長として革命と内戦の時代にも学校を維持し、ショスタコーヴィチを含む若い音楽家を支援します。新しい音楽へ慎重だったため保守的と批判され、ラフマニノフの交響曲初演を酩酊状態で指揮したという逸話もありますが、真偽には議論があります。作曲上の革新より、伝統と教育制度を危機の中でつないだ役割が大きい人物です。

ハーバート・フーヴァー

  • 生没年:1874年8月10日~1964年10月20日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:第31代アメリカ大統領・鉱山技師

国際的な鉱山技師として富を築いた後、第一次世界大戦中のベルギー食糧救援と米国食糧庁で大規模な人道・物流行政を組織しました。大統領就任直後に世界恐慌が起こると公共事業や金融支援を行いましたが、均衡財政と自発的協力を重視して失業・困窮への直接救済が不十分でした。退任後は対外援助の調査と政府再編に貢献します。『何もしなかった大統領』像は単純化ですが、危機の規模に対し限定的な国家観が政策を遅らせた責任は免れません。

南次郎

  • 生没年:1874年8月10日(明治7年8月10日)~1955年12月5日(昭和30年12月5日)
  • 国:日本
  • 肩書き:陸軍軍人・朝鮮総督

陸軍大臣や関東軍司令官を経て、1936年から1942年まで朝鮮総督を務めました。日中戦争から太平洋戦争へ進む中、皇民化政策を強め、創氏改名、神社参拝、日本語教育、人的・物的動員を朝鮮社会へ押しつけます。戦後は極東国際軍事裁判で終身禁錮となり、のちに仮釈放されました。軍歴や行政能力としてではなく、植民地住民の文化・名前・労働を戦争へ従属させた統治責任を中心に位置づけるべき人物です。

アルフレート・デーブリーン

  • 生没年:1878年8月10日~1957年6月26日
  • 国:ドイツ・フランス
  • 肩書き:小説家・精神科医

小説『ベルリン・アレクサンダー広場』で新聞、広告、歌、街の雑音をモンタージュし、都市に翻弄される元囚人フランツの生活を多声的に描きました。精神科医として労働者地区の患者に接した経験を、近代都市の速度と社会的排除の表現へ変えます。ユダヤ系知識人としてナチ政権を逃れ、亡命中にカトリックへ改宗しましたが、戦後ドイツでは十分な読者を得られませんでした。革新的な形式が、犯罪者や女性への暴力をどこまで批判しどこまで再演するかという問題も残す作家です。

アーネ・ティセリウス

  • 生没年:1902年8月10日~1971年10月29日
  • 国:スウェーデン
  • 肩書き:生化学者

溶液中の分子が電場で移動する速度の違いを利用し、タンパク質を分離・測定する電気泳動装置を改良しました。血清タンパク質が複数の成分からなり、抗体が特定の分画に含まれることを示して、生化学と免疫学に定量的な分析手段を与えます。ノーベル財団と科学政策にも関わり、基礎研究の国際協力を支えました。装置による分離は試料条件と解釈へ依存するため、きれいな帯を実在の固定分類とみなさない注意も、分析科学が発展するほど重要になりました。

ジャン=フランソワ・リオタール

  • 生没年:1924年8月10日~1998年4月21日
  • 国:フランス
  • 肩書き:哲学者

『ポストモダンの条件』で、進歩、解放、理性といった社会全体を正当化する『大きな物語』への信頼が失われたと論じました。知識が情報化され、大学・国家・企業の性能や効率で価値づけられる状況を早くから分析します。異なる言語ゲームの間で共通の裁判基準を持てない『争異』を重視し、少数者の被害が支配的な言葉では表現できない問題を示しました。一方、『何でも相対的』という安易なポストモダン理解へ利用され、事実や普遍的権利の擁護を弱めるとの批判も受けています。

8月10日に起きた歴史的な出来事

  • 843年8月10日|ヴェルダン条約締結
    ルートヴィヒ敬虔帝の三人の息子がカロリング帝国を東・西・中部へ分割しました。後のフランス、ドイツ、イタリアの政治地理に影響しましたが、近代国民国家の誕生ではなく、王家の相続と家臣関係による領土再編でした。
  • 955年8月10日|レヒフェルトの戦い
    東フランク王オットー1世の軍がアウクスブルク近郊でマジャル軍を破りました。西方への大規模な襲撃を終わらせ、オットーの権威と後の皇帝戴冠を支えましたが、キリスト教世界対異民族という単純な文明対立で捉えるべきではありません。
  • 1628年8月10日|戦列艦ヴァーサ沈没
    スウェーデンの新造戦艦ヴァーサがストックホルムで処女航海へ出た直後、横風を受けて沈没しました。上部の重武装と復原性不足、権力者の要求を止めにくい組織が重なった事故で、引き揚げ後は設計失敗と17世紀生活を伝える資料となりました。
  • 1675年8月10日|グリニッジ天文台着工
    航海で経度を正確に求めるため、イングランド王チャールズ2世が設けた王立天文台の建設が始まりました。観測と時刻標準化を進めましたが、後の本初子午線が世界標準となる過程は、イギリス海運と帝国的影響力にも支えられていました。
  • 1680年8月10日|プエブロの反乱
    現在の米国ニューメキシコで、プエブロ諸民族がスペイン植民者の宗教弾圧と強制労働に蜂起しました。植民地勢力を約12年間追放し、北米先住民による最も成功した反植民地抵抗の一つとなりました。
  • 1792年8月10日|テュイルリー宮殿襲撃
    パリの民衆と義勇兵が王宮を攻撃し、立法議会はルイ16世の王権を停止しました。フランス革命が立憲君主制から共和政へ進む転換点でしたが、護衛兵と民衆の大量死、続く政治暴力の激化も伴いました。
  • 1793年8月10日|ルーヴル美術館開館
    王室コレクションを公開する中央美術館としてルーヴルが開館し、芸術を王侯の所有物から国民の財産へ位置づけました。一方、後に戦争と植民地支配を通じて各地から取得した作品も集まり、普遍美術館の理念と返還問題が現在まで続きます。
  • 1846年8月10日|スミソニアン協会設立法に署名
    英国人ジェームズ・スミソンの遺贈をもとに、米国で『知識の増進と普及』を目的とする研究・博物館機関が設立されました。巨大な公共コレクションを育てましたが、先住民の遺骨や文化財の収集方法は返還と研究倫理の見直しを迫られています。
  • 1902年8月10日(明治35年)|鳥島噴火の全島被害が確認される
    伊豆諸島の鳥島が噴火し、アホウドリ羽毛採取に従事していた全島民125人が死亡したことが船から確認されました。遠隔島で利益を求める事業が、監視・避難手段を欠いた労働者を火山災害へさらした事件です。
  • 1904年8月10日(明治37年)|黄海海戦
    旅順から脱出を図るロシア太平洋艦隊と日本連合艦隊が黄海で交戦しました。ロシア艦隊は旅順へ戻り、日本側が制海権を維持しましたが、近代的な砲戦は双方に多数の死傷者を出し、日露戦争の総力化を進めました。
  • 1913年8月10日|ブカレスト条約締結
    第二次バルカン戦争の講和条約によってブルガリアは獲得地の多くを周辺国へ割譲しました。オスマン帝国後の領土配分をめぐる対立は解消せず、民族混住地域の国境変更と難民化が第一次世界大戦前の不安定を深めました。
  • 1920年8月10日|セーヴル条約調印
    第一次世界大戦の敗戦国オスマン帝国へ領土分割と軍備制限を課す条約が結ばれました。帝国解体を進めましたが、トルコ民族運動が拒否して独立戦争を戦い、条約は実施されずローザンヌ条約へ置き換えられました。
  • 1945年8月10日(昭和20年)|ポツダム宣言受諾を条件付き決定
    未明の御前会議で日本政府は、天皇の国家統治上の地位を変更しないとの了解を条件にポツダム宣言受諾を決め、連合国へ通告しました。即時無条件の終戦ではなく、回答解釈と軍部の抵抗を経て15日の放送へ至る過程の一段階です。
  • 1950年8月10日(昭和25年)|警察予備隊令公布
    朝鮮戦争で在日米軍が出動した治安上の空白を理由に、GHQの指令を受けて警察予備隊が創設されました。後の自衛隊へつながり、憲法9条下で実力組織をどこまで持てるかという再軍備論争の出発点となりました。
  • 1956年8月10日(昭和31年)|日本被団協結成
    広島・長崎の被爆者団体が日本原水爆被害者団体協議会を結成し、核兵器廃絶と国家補償を求めました。被爆体験を国境を越えて証言し続け、健康被害と差別を個人の不幸ではなく国家と世界の責任として訴える運動を作りました。
  • 1988年8月10日|米国市民の自由法成立
    レーガン大統領が第二次世界大戦中の日系人強制収容を政府の過ちとして謝罪し、生存者へ補償する法律へ署名しました。被害者運動による歴史的回復の成果ですが、失われた財産や世代的損失を金銭だけで償えない限界もあります。
  • 1990年8月10日|探査機マゼランが金星周回軌道へ
    NASAのマゼランが厚い雲に覆われた金星へ到達し、レーダーで地表の大部分を高精度に地図化しました。火山地形と衝突跡の分布から惑星の地質史を理解する基盤を作り、光学観測が難しい天体を電波で探る力を示しました。

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