
8月23日、今日は何の日?
2026年8月23日(日曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1939年の独ソ不可侵条約、1989年のバルトの道、2023年のチャンドラヤーン3号月面着陸。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1939年の独ソ不可侵条約/1989年のバルトの道/2023年のチャンドラヤーン3号月面着陸 |
| 代表的な記念日 | 処暑/奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー/全体主義体制の犠牲者追悼の日(欧州) |
| 2026年の暦 | 日曜日・旧暦2026年7月11日・国民の祝日ではありません |
- 8月23日に起きた主な事件
- 1305年|ウィリアム・ウォレスが処刑される
- 1514年|チャルディラーンの戦い
- 1572年|サン・バルテルミの虐殺が始まる
- 1799年|ナポレオンがエジプトを離れる
- 1856年|ユーニス・フートの温室効果研究が発表される
- 1914年|日本がドイツへ宣戦布告
- 1921年|ファイサル1世がイラク国王に即位
- 1927年|サッコとヴァンゼッティが処刑される
- 1939年|独ソ不可侵条約が調印される
- 1944年|ルーマニア王政クーデター
- 1958年|金門砲戦が始まる
- 1966年|月軌道から地球を初撮影
- 1973年|ストックホルム症候群の由来となる銀行人質事件
- 1989年|バルトの道
- 1990年|アルメニアが主権宣言
- 2023年|チャンドラヤーン3号が月面着陸
- 8月23日の歴史を読み解く
- 8月23日の記念日・世界の祝日
- 8月23日が誕生日の有名人
- 8月23日が命日の有名人
- 8月23日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年8月23日の暦
8月23日に起きた主な事件
- 1305年|スコットランド独立戦争の指導者ウィリアム・ウォレスがロンドンで処刑されました。
- 1514年|オスマン帝国軍がサファヴィー朝軍を破り、東アナトリアで優位に立ちました。
- 1572年|パリでユグノー指導者への襲撃をきっかけに、プロテスタント住民の大量殺害が始まりました。
- 1799年|ナポレオン・ボナパルトが軍を残し、密かにエジプトからフランスへ向けて出航しました。
- 1856年|米国科学振興協会の会合で、二酸化炭素が熱を保持する実験結果が紹介されました。
- 1914年|日本政府が第一次世界大戦でドイツに宣戦を布告しました。
- 1921年|英国委任統治下のイラクでファイサル1世の戴冠式が行われました。
- 1927年|米国マサチューセッツ州で移民の無政府主義者2人が電気椅子で処刑されました。
- 1939年|ナチス・ドイツとソ連が相互不可侵条約をモスクワで結びました。
- 1944年|国王ミハイ1世がアントネスク政権を解任し、ルーマニアが枢軸側から離脱しました。
- 1958年|中国人民解放軍が台湾側の金門島へ大規模砲撃を行い、第2次台湾海峡危機が始まりました。
- 1966年|NASAのルナ・オービター1号が月の周回軌道から地球を撮影しました。
- 1973年|ストックホルムの銀行で武装犯が人質を取り、6日間の立てこもりが始まりました。
- 1989年|エストニア、ラトビア、リトアニアで約200万人が手をつなぎ、600キロ超の人間の鎖を作りました。
- 1990年|アルメニア共和国最高会議が国家主権宣言を採択しました。
- 2023年|インドの無人探査機が月の南極域に軟着陸し、インド初の月面着陸を達成しました。
1305年|ウィリアム・ウォレスが処刑される
1305年8月23日、スターリング・ブリッジの勝利後に守護官を務めたウォレスは、捕縛されて反逆罪に問われましたが、彼はイングランド王への臣従を否定しました。
残酷な公開処刑は抵抗を終わらせず、ウォレスは独立の象徴となりました。後世の映画的英雄像と、限られた同時代史料を分けて考えます。
1514年|チャルディラーンの戦い
1514年8月23日、セリム1世の軍は大砲と火器を組織的に運用し、騎兵を主力とするイスマーイール1世の軍を押し返しました。
戦いはオスマンとサファヴィーの国境・宗派対立を長期化させました。スンナ派対シーア派だけでなく、帝国の領土・交易競争として理解します。
1572年|サン・バルテルミの虐殺が始まる
1572年8月23日、王妹の婚礼で多くのユグノーが集まる中、コリニー提督襲撃後に王権側が指導者排除を命じ、民衆の暴力が各地へ拡大しました。
フランス宗教戦争を激化させ、数千人規模の犠牲を生みました。開始は23日深夜から24日にまたがるため、両日の記述を明確にします。
1799年|ナポレオンがエジプトを離れる
1799年8月23日、遠征軍はアッコで進撃を阻まれ、英国海軍に補給路を断たれていました。フランス本国の政治危機を知ったナポレオンは指揮をクレベールへ委ねました。
帰国後のブリュメールのクーデターにつながりました。ロゼッタ・ストーンなど学術成果の背後に、侵略、略奪、現地住民の抵抗があったことも扱います。
1856年|ユーニス・フートの温室効果研究が発表される
1856年8月23日、女性会員が自ら論文を読むことを認められず、ジョセフ・ヘンリーが代読しました。フートは気体を入れた円筒を日光にさらして温度差を測りました。
大気中の二酸化炭素増加が気温を上げ得ると早く指摘した研究です。後のティンダルの精密分光研究と競争関係に単純化せず、忘れられた女性科学者の可視化を進めます。
1914年|日本がドイツへ宣戦布告
1914年8月23日、日英同盟を根拠に、ドイツが中国山東省と太平洋に持つ権益・島嶼の攻略へ動きました。参戦範囲をめぐり英国との思惑には差がありました。
青島と南洋諸島の占領、日本の対中権益拡大へつながりました。連合国側参戦を「民主主義のため」とだけ説明せず、帝国主義的利害を見ます。
1921年|ファイサル1世がイラク国王に即位
1921年8月23日、1920年の大反乱後、英国は直接統治の費用を抑えるため、シリアから追放されたハーシム家のファイサルを国王に選びました。
近代イラク国家の制度化が進む一方、国境と統治体制には帝国の都合が強く反映されました。クルド人やシーア派を含む多様な社会との緊張が残りました。
1927年|サッコとヴァンゼッティが処刑される
1927年8月23日、強盗殺人事件の証拠と裁判官の偏見をめぐり世界的な抗議が起きましたが、再審請求と恩赦は退けられました。
移民排斥と赤狩りの時代を象徴する裁判です。完全な無実を断定する資料論争とは別に、公正な裁判を受けたかという問題を重視します。
1939年|独ソ不可侵条約が調印される
1939年8月23日、公表条約の裏で秘密議定書が東欧を勢力圏に分割し、ポーランド、バルト三国、フィンランドなどの扱いを定めました。
ドイツのポーランド侵攻とソ連の東部侵攻を可能にし、第二次世界大戦開戦の条件を作りました。「不可侵」という名称だけで侵略の共同準備を隠せません。
条約はモロトフ=リッベントロップ協定とも呼ばれます。ソ連が1941年にドイツの侵攻を受けた事実は、1939年の秘密議定書による近隣諸国分割の責任を消しません。
1944年|ルーマニア王政クーデター
1944年8月23日、ソ連軍が迫る中、国王と反ファシズム勢力は独裁者アントネスクを逮捕し、連合国との停戦とドイツへの抵抗を宣言しました。
東部戦線の軍事状況を変えましたが、ソ連占領と共産化を防げませんでした。戦後の公式記憶が体制ごとに変化した日でもあります。
1958年|金門砲戦が始まる
1958年8月23日、中国大陸沿岸の島を国民党政権が保持する中、人民解放軍は補給線と陣地を砲撃し、米国は台湾への補給支援を強めました。
核保有国を巻き込む危機でした。砲撃は後に奇数日の宣伝的砲撃へ変わり、1979年まで続きました。現在の海峡緊張の歴史的背景です。
1966年|月軌道から地球を初撮影
1966年8月23日、本来はアポロ着陸候補地を撮影する探査機でしたが、管制チームは機体を地球方向へ向け、月の地平線越しの地球像を送信しました。
人類が別の天体の近くから地球を見た最初の写真です。後の「地球の出」より画質は粗いものの、惑星としての地球像を先取りしました。
1973年|ストックホルム症候群の由来となる銀行人質事件
1973年8月23日、人質が犯人への同情を示したとの報道から「ストックホルム症候群」という語が広まりましたが、正式な医学診断名ではありません。
人質の行動を非合理と決めつけず、警察対応への不信や生存戦略という文脈で見る必要があります。通俗心理用語の限界を示す事件です。
1989年|バルトの道
1989年8月23日、独ソ不可侵条約50年に合わせ、秘密議定書による併合の不法性と独立回復を訴える非暴力行動が組織されました。
大規模な市民協働は世界の注目を集め、1991年の独立回復へ力を与えました。ユネスコの「世界の記憶」にも関連資料が登録されています。
参加人数は推計に幅がありますが、三共和国を縦断する非暴力行動だった点は共通します。人間の鎖の映像だけでなく、組織した民族戦線と各地域の参加者を記憶します。
1990年|アルメニアが主権宣言
1990年8月23日、ソ連末期の民族運動とナゴルノ・カラバフ紛争の中、共和国法の優位、独自軍・通貨への方向を示しました。
独立国への法的道筋を開きました。正式な独立は1991年9月の住民投票と宣言であり、主権宣言日と独立記念日を区別します。
2023年|チャンドラヤーン3号が月面着陸
2023年8月23日、着陸機ヴィクラムと探査車プラギャンは、2019年の2号機失敗を踏まえて誘導・脚・試験設計を改善し、予定地点へ降下しました。
インドは月面軟着陸を達成した4番目の国となりました。低コストだけを強調せず、長期の宇宙技術蓄積と国際的な月探査競争を見ます。
着陸地点は後に「シヴ・シャクティ・ポイント」と命名されました。南極点そのものではなく、南緯約69度の高緯度地域への着陸である点を誇張せず示します。
8月23日の歴史を読み解く
8月23日は、独ソ不可侵条約とバルトの道が半世紀を隔てて同じ日に重なります。大国が秘密議定書で地域を分割した記憶に対し、市民が身体をつないで主権回復を訴えました。
サン・バルテルミの虐殺は23日夜の指導者排除から24日の都市暴力へ拡大しました。単一時刻へ押し込まず、命令、民衆参加、地方への波及という段階を分けます。
ユーニス・フートの研究を「温室効果の唯一の発見者」と言い切るのも、後のティンダルだけに帰すのも不正確です。装置、精密度、公表機会の違いと、女性が学会で発表できなかった制度を示します。
金門砲戦は中国内戦の未解決部分と米中対立が重なった危機です。台湾海峡の現状を理解するには、島の住民が長期砲撃を受けた日常まで含める必要があります。
チャンドラヤーン3号は着陸直後の成功だけでなく、探査車の元素測定、越夜を前提としない設計、過去の失敗からの改善まで見ると意義が明確になります。
処暑は天文学上の瞬間を含む二十四節気で、2026年は日本時間8月23日11時19分です。気象上ただちに涼しくなる日ではなく、暦の目安として扱います。
ウォレスの処刑をスコットランド対イングランドという民族対立だけで説明すると、当時の封建的忠誠関係とスコットランド内部の対立が見えません。後世の国民的英雄化と分けます。
チャルディラーンでは火器の有無だけでなく、戦場選択、補給、指揮系統が勝敗を左右しました。技術決定論にせず、その後の東アナトリア支配への影響を追います。
日本の対独宣戦は青島攻略と南洋諸島占領へ直結し、戦後の山東問題・五四運動にもつながりました。欧州戦線から離れた東アジアの帝国再編として扱います。
サッコとヴァンゼッティ事件は弾道鑑定の再検討が続き、二人の関与をめぐる見解は一致していません。ただし移民・無政府主義者への偏見が裁判を覆った問題は独立に検証できます。
ルーマニアの8月23日は社会主義時代に解放記念日として強く祝われ、体制転換後に意味付けが変わりました。過去の祝日制度と2026年の休日を同じものとして記載しません。
ストックホルム症候群は事件後に広まった説明語で、DSMやICDの独立診断ではありません。人質が警察への不満を語った背景を無視して、加害者へ恋愛感情を持ったと単純化しません。
バルトの道は正確な参加人数を競うより、三共和国の組織が国境を越えて時刻と位置を調整した社会運動として読むと、非暴力行動の規模が理解できます。
アルメニアの8月23日は主権宣言の日で、現在の独立記念日は9月21日です。宣言、住民投票、国際承認という国家独立の段階を整理します。
処暑と七十二候の切り替わりは日本標準時で記載します。海外の暦や民間カレンダーが日付だけを示す場合でも、国立天文台の時刻を基準にします。
人物欄ではコービー・ブライアントの競技実績だけでなく、性的暴行事件の告発と示談という論争も省きません。死後の英雄化が未解決の問題を消さないようにします。
8月23日の記念日・世界の祝日
処暑
太陽黄経150度となる二十四節気で、暑さが峠を越すころとされます。2026年は8月23日11時19分に処暑へ入ります 暦上の節目で、日本の国民の祝日ではありません。
奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー
1791年8月22日夜から23日にサン=ドマングで起きた蜂起にちなみ、ユネスコが奴隷貿易の歴史と抵抗を記憶する日としました ユネスコの国際デーで、公休日ではありません。
全体主義体制の犠牲者追悼の日(欧州)
1939年8月23日の独ソ不可侵条約にちなみ、ナチズムとスターリニズムなど全体主義体制の犠牲者を追悼します EU域内の記念日で、各国一律の公休日ではありません。
国旗の日(ウクライナ)
独立記念日の前日に青と黄色の国旗を掲げ、独立運動と国家主権をたたえる国家記念日です ウクライナの国家記念日ですが、公休日の扱いは戒厳令下の法令を確認します。
湖池屋ポテトチップスの日
1962年8月23日に「コイケヤポテトチップス のり塩」が発売された歴史にちなみ、湖池屋が制定しました 企業制定の商品記念日です。
油の日
859年8月23日に清和天皇の勅命で大山崎の離宮八幡宮が遷座したとの伝承にちなみ、油の歴史と文化を伝える日です 業界・文化団体制定の記念日です。
乳酸菌の日
カゴメが「にゅう(2)さん(3)」の語呂から毎月23日を、乳酸菌と食生活への関心を高める日としています 企業制定の毎月の食品記念日です。
不眠の日
睡眠改善薬を扱うエスエス製薬が「ふ(2)み(3)ん」の語呂から2月3日と毎月23日を睡眠を考える日としました 企業制定の健康啓発日です。
ふみの日
郵政省が「ふ(2)み(3)」の語呂から毎月23日を手紙に親しむ日とし、特に7月23日を文月のふみの日としています 公的事業由来の毎月の記念日です。
国産小ねぎ消費拡大の日
小ねぎ主産県の協議会が「23」を「ふたば・みどり」と読み、毎月23日に国産小ねぎの利用を呼びかけています 生産者団体制定の毎月の食文化記念日です。
踏切の日
「ふ(2)み(3)きり」の語呂から毎月23日に踏切事故防止と安全確認を意識する通称記念日です 交通安全の民間記念日で、公休日ではありません。
今日(2026年8月23日)が祝日の国
2026年8月23日は日曜日です。日本は国民の祝日ではありませんが、11時19分に二十四節気の処暑へ入ります。国連教育科学文化機関は奴隷貿易とその廃止を記憶する国際デー、欧州では全体主義体制の犠牲者追悼の日、ウクライナでは国旗の日です。
- 日本|処暑(11時19分)
- ユネスコ|奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー
- 欧州連合|全体主義体制の犠牲者追悼の日
- ウクライナ|国旗の日
- 日本|国民の祝日ではありません
8月23日が誕生日の有名人
ルイ16世(1754年生)
財政危機と革命の中で王権を維持できず、1793年に処刑されました。旧制度の崩壊を個人の優柔不断だけで説明せず制度的危機を見ます。
ジョルジュ・キュヴィエ(1769年生)
比較解剖学と古生物学を体系化し、絶滅が実在することを示しました。一方で人間集団を序列化する人種論にも関与しました。
ジーン・ケリー(1912年生)
「雨に唄えば」などでバレエ、タップ、日常動作を映画空間へ統合し、ミュージカル映画の撮影と振付を刷新しました。
ケネス・アロー(1921年生)
社会的選択理論の不可能性定理と一般均衡理論で、個人の選好を社会の決定へ集約する限界を数学的に示しました。
ロバート・ソロー(1924年生)
技術進歩を組み込む成長モデルを示し、生産性、資本蓄積、長期成長の研究を形作りました。分配問題はモデル外に残ります。
ディック・ブルーナ(1927年生)
単純な線と限られた色でミッフィーを生み、幼児が読み取れる視覚言語と簡潔な物語を世界へ広げました。
キース・ムーン(1946年生)
ザ・フーで爆発的なドラム演奏と舞台表現を確立し、ロックのリズム楽器の役割を前面へ押し出しました。破壊的生活の美化は避けます。
パク・チャヌク(1963年生)
「オールド・ボーイ」「別れる決心」などで復讐、欲望、階級を精密な画面設計とジャンル横断で描き、韓国映画の国際的評価を高めました。
コービー・ブライアント(1978年生)
ロサンゼルス・レイカーズ一筋で5度優勝し、得点技術と競争心で世代を代表しました。性的暴行告発を含む人物像を単純な賛美にしません。
8月23日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1741 | ラ・ペルーズ伯ジャン=フランソワ | 探検家 |
| 1754 | ルイ16世 | フランス国王 |
| 1769 | ジョルジュ・キュヴィエ | 博物学者 |
| 1847 | サラ・フランシス・ホワイティング | 物理学者・天文学者 |
| 1864 | エレフテリオス・ヴェニゼロス | ギリシャ首相 |
| 1868 | エドガー・リー・マスターズ | 詩人 |
| 1883 | ジョナサン・ウェインライト | 軍人 |
| 1900 | エルンスト・クルシェネク | 作曲家 |
| 1910 | ジュゼッペ・メアッツァ | サッカー選手 |
| 1912 | ジーン・ケリー | 俳優・ダンサー |
| 1921 | ケネス・アロー | 経済学者 |
| 1924 | ロバート・ソロー | 経済学者 |
| 1926 | クリフォード・ギアツ | 文化人類学者 |
| 1927 | ディック・ブルーナ | 絵本作家 |
| 1930 | ミシェル・ロカール | フランス首相 |
| 1931 | バーバラ・イーデン | 俳優 |
| 1933 | ロバート・カール | 化学者 |
| 1934 | ソニー・ジャーゲンセン | アメリカンフットボール選手 |
| 1940 | ゲイレン・ローウェル | 写真家・登山家 |
| 1944 | アントニア・ノヴェロ | 医師 |
| 1946 | キース・ムーン | ドラマー |
| 1947 | リンダ・トンプソン | シンガーソングライター |
| 1949 | ヴィッキー・レアンドロス | 歌手 |
| 1949 | シェリー・ロング | 俳優 |
| 1951 | ヌール王妃 | ヨルダン王妃 |
| 1958 | フリオ・フランコ | 野球選手 |
| 1961 | アレクサンドル・デスプラ | 映画音楽作曲家 |
| 1963 | パク・チャヌク | 映画監督 |
| 1970 | リヴァー・フェニックス | 俳優 |
| 1970 | ジェイ・モーア | 俳優 |
| 1974 | レイ・パーク | 俳優・スタントマン |
| 1978 | コービー・ブライアント | バスケットボール選手 |
| 1988 | ジェレミー・リン | バスケットボール選手 |
| 1989 | TeddyLoid | 音楽プロデューサー |
| 1990 | セス・カリー | バスケットボール選手 |
| 1997 | リル・ヨッティ | ラッパー |
8月23日が命日の有名人
ウィリアム・ウォレス(1305年没)
イングランド支配へ抵抗し、スターリング・ブリッジで勝利しました。捕縛後の公開処刑を経て独立の象徴となりました。
シャルル・ド・クーロン(1806年没)
ねじり秤で電荷間の力を定量化し、クーロンの法則として電磁気学の基礎を築きました。電荷の単位にも名が残ります。
黒田清隆(1900年没)
北海道開拓使を率い、首相として大日本帝国憲法発布期を支えました。植民地的開拓がアイヌ社会へ与えた影響も見ます。
ルドルフ・ヴァレンティノ(1926年没)
無声映画の大スターとして国際的なファン文化を生み、早すぎる死が大衆メディアによるセレブリティ現象を示しました。
オスカー・ハマースタイン2世(1960年没)
「オクラホマ!」「王様と私」などで歌と物語を統合し、現代的なブロードウェー・ミュージカルの形式を確立しました。
デイヴィッド・コーク(2019年没)
コーク・インダストリーズを率い、リバタリアン系組織と保守政治へ巨額資金を提供しました。慈善活動と政策影響力の透明性を併せて評価します。
テリー・ファンク(2023年没)
半世紀を超えて多様な団体で活動し、テキサス式レスリングからハードコアまで世代を橋渡ししました。
エフゲニー・プリゴジン(2023年没)
ワグネルを率い、ロシアの海外軍事介入とウクライナ侵攻に関与しました。反乱の2カ月後、搭乗機墜落で死亡しました。
8月23日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 634 | アブー・バクル | 初代正統カリフ |
| 1176 | 六条天皇 | 第79代天皇 |
| 1305 | ウィリアム・ウォレス | スコットランド独立運動指導者 |
| 1628 | 初代バッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズ | 政治家 |
| 1806 | シャルル・ド・クーロン | 物理学者 |
| 1819 | オリバー・ハザード・ペリー | 米海軍士官 |
| 1900 | 黒田清隆 | 政治家・第2代内閣総理大臣 |
| 1926 | ルドルフ・ヴァレンティノ | 俳優 |
| 1927 | ニコラ・サッコ | 労働者・無政府主義者 |
| 1927 | バルトロメオ・ヴァンゼッティ | 労働者・無政府主義者 |
| 1933 | アドルフ・ロース | 建築家 |
| 1960 | オスカー・ハマースタイン2世 | 作詞家・脚本家 |
| 1982 | スタンフォード・ムーア | 生化学者 |
| 1987 | ディディエ・ピローニ | レーシングドライバー |
| 1989 | R・D・レイン | 精神科医 |
| 2006 | メイナード・ファーガソン | ジャズ・トランペット奏者 |
| 2014 | アルベール・エボセ | サッカー選手 |
| 2019 | デイヴィッド・コーク | 実業家・政治資金提供者 |
| 2023 | テリー・ファンク | プロレスラー |
| 2023 | エフゲニー・プリゴジン | 民間軍事会社指導者 |
| 2024 | ラッセル・マローン | ジャズ・ギタリスト |
8月23日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 乙女座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 8月の誕生石 | ペリドット、スピネル |
2026年8月23日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 日曜日 |
| 和暦 | 令和8年8月23日 |
| 旧暦 | 2026年7月11日 |
| 六曜 | 大安 |
| 干支 | 己巳(つちのとみ) |
| 二十四節気 | 処暑の期間(2026年の処暑は8月23日11時19分、白露は9月7日23時41分) |
| 七十二候 | 綿柎開(わたのはなしべひらく) |
| 月齢 | 10.4(東京・正午) |
| 十二直 | 納(おさん) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年8月23日の暦を読む
2026年8月23日は日曜日、旧暦7月11日、大安、己巳です。東京正午の月齢は10.4。11時19分に太陽黄経150度となって処暑へ入り、七十二候も綿柎開へ移ります。日本の国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 国立天文台・暦計算室
- Encyclopaedia Britannica・On This Day
- 国立天文台・2026年暦要項
- 内閣府・国民の祝日
- ユネスコ・奴隷貿易廃止記念国際デー
- 欧州議会・European Day of Remembrance
- NASA・Lunar Orbiter 1 Earthrise
- ISRO・Chandrayaan-3
- 米国ホロコースト記念博物館・独ソ不可侵条約
- ユネスコ世界の記憶・Baltic Way
- APS・Eunice Foote
- 在日ウクライナ大使館・国旗の日
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年8月の月齢(東京)
