
8月22日、今日は何の日?
2026年8月22日(土曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1485年のボズワースの戦い、1864年の第1回ジュネーブ条約、1910年の日韓併合条約調印。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1485年のボズワースの戦い/1864年の第1回ジュネーブ条約/1910年の日韓併合条約調印 |
| 代表的な記念日 | 宗教・信条に基づく暴力の犠牲者を想起する国際デー/国旗の日(ロシア)/マドラス・デー(インド・チェンナイ) |
| 2026年の暦 | 土曜日・旧暦2026年7月10日・国民の祝日ではありません |
- 8月22日に起きた主な事件
- 1485年|ボズワースの戦い
- 1639年|マドラス建設の土地譲渡
- 1770年|クックがオーストラリア東岸を英領と宣言
- 1851年|アメリカ号がワイト島一周レースで勝利
- 1864年|第1回ジュネーブ条約が調印される
- 1902年|キャデラック社が設立される
- 1903年|東京で市街電車が営業開始
- 1910年|日韓併合条約が調印される
- 1922年|マイケル・コリンズが暗殺される
- 1942年|ブラジルがドイツとイタリアへ宣戦布告
- 1962年|ド・ゴール暗殺未遂
- 1968年|教皇が初めてラテンアメリカを訪問
- 1972年|米共和党大会への反戦抗議
- 1989年|ノーラン・ライアンが通算5000奪三振
- 2004年|ムンク美術館から「叫び」が盗まれる
- 2015年|ショアハム航空ショー墜落事故
- 8月22日の歴史を読み解く
- 8月22日の記念日・世界の祝日
- 8月22日が誕生日の有名人
- 8月22日が命日の有名人
- 8月22日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年8月22日の暦
8月22日に起きた主な事件
- 1485年|薔薇戦争の決戦でリチャード3世が戦死し、ヘンリー・テューダーが勝利しました。
- 1639年|東インド会社が現チェンナイの海岸部を取得する契約を結びました。
- 1770年|ジェームズ・クックがポゼッション島で英国旗を掲げ、東岸の領有を宣言しました。
- 1851年|スクーナー「アメリカ」が英国王立ヨットクラブ主催のレースで優勝しました。
- 1864年|戦地の傷病兵と救護要員を保護する最初のジュネーブ条約が12カ国により調印されました。
- 1902年|ヘンリー・リーランドらがデトロイトでキャデラック自動車会社を設立しました。
- 1903年|新橋と品川八ツ山の間で東京電車鉄道が路面電車の営業を始めました。
- 1910年|日本が韓国の統治権を全面的に奪う日韓併合条約が漢城で調印されました。
- 1922年|アイルランド自由国暫定政府のマイケル・コリンズが待ち伏せ攻撃で死亡しました。
- 1942年|ブラジル政府が枢軸国潜水艦による商船攻撃を受け、ドイツとイタリアへ宣戦を布告しました。
- 1962年|フランスの極右武装組織OAS系の一団がド・ゴール大統領の車列を銃撃しました。
- 1968年|教皇パウロ6世がコロンビアに到着し、在位中の教皇として初めてラテンアメリカを訪れました。
- 1972年|マイアミビーチでベトナム戦争に反対する大規模デモと警察の衝突が起きました。
- 1989年|テキサス・レンジャーズのノーラン・ライアンがMLB史上初の通算5000奪三振を達成しました。
- 2004年|武装した男たちがオスロのムンク美術館から「叫び」と「マドンナ」を奪いました。
- 2015年|英国の航空ショーで旧式ジェット機が道路へ墜落し、地上の11人が死亡しました。
1485年|ボズワースの戦い
1485年8月22日、ヨーク朝のリチャード3世と王位請求者ヘンリー・テューダーがイングランド中部で戦い、スタンリー家の動向が勝敗を左右しました。
ヘンリー7世の即位とテューダー朝成立へつながりました。「中世の終わり」という単純な区切りではなく、王権と有力貴族の再編として見ます。
1639年|マドラス建設の土地譲渡
1639年8月22日、フランシス・デイらはヴィジャヤナガル系領主から交易拠点用地を得て、翌年以降セント・ジョージ要塞を建設しました。
植民都市マドラスの形成と英領インド拡大の起点です。現在のマドラス・デーは都市の多言語・多文化史も祝いますが、植民地主義の背景を外せません。
1770年|クックがオーストラリア東岸を英領と宣言
1770年8月22日、エンデバー号の航海記録では8月22日に式が行われました。日付変更線や航海日誌の補正により21日とする資料もあるため、英国・豪州の標準的な整理に従います。
一方的な宣言は先住民族の法と土地権を認めず、後の入植を正当化しました。日付の照合と同時に「無主地」論の暴力性を説明します。
1851年|アメリカ号がワイト島一周レースで勝利
1851年8月22日、ロンドン万国博覧会期に開催された外洋レースで、米国艇は英国艇団を破り「100ポンド・カップ」を獲得しました。
杯は後にアメリカズカップと呼ばれ、国際スポーツ最古級の継続大会となりました。艇の技術革新と富裕層中心の競技文化の両面があります。
1864年|第1回ジュネーブ条約が調印される
1864年8月22日、ソルフェリーノの惨状を見たアンリ・デュナンの提唱を受け、赤十字標章と中立的救護の国際ルールが条約化されました。
国際人道法の礎ですが、規則の存在だけで戦争被害は防げません。対象は後の条約で捕虜、海戦、民間人へ拡張されました。
赤十字の標章はスイス国旗の配色を反転したものと説明されます。宗教的記号ではなく保護標章であり、赤新月・赤水晶を含む標章の尊重が救護活動の安全に直結します。
1902年|キャデラック社が設立される
1902年8月22日、解散予定だった企業の工場と設備を再利用し、精密加工技術を自動車生産へ導入しました。社名はデトロイト建設者カディヤックに由来します。
交換可能部品と量産品質を重視し、自動車工業の標準化を進めました。後にゼネラルモーターズ傘下の高級車ブランドとなります。
1903年|東京で市街電車が営業開始
1903年8月22日、東京では博覧会場の電車運行例がありましたが、市街地の営業路線としてはこの日が節目とされます。電車は騒音を知らせる鐘を鳴らしました。
都市交通の電化は通勤圏と商業活動を広げました。「チンチン電車の日」は営業開始の歴史にちなむ民間の呼称です。
1910年|日韓併合条約が調印される
1910年8月22日、日本は保護国化、外交権剥奪、軍隊解散を段階的に進め、軍事的威圧と政治的統制の下で寺内正毅統監と李完用首相が条約へ署名しました。
条約は29日に公布・発効し、植民地支配が始まりました。調印日と発効日を分け、「合法的合意」として支配の強制性を覆いません。
韓国では条約の強制性と法的無効をめぐる議論が続きます。日本政府の植民地統治で土地、言語、政治参加が大きく制約された具体的結果を、形式的な文書論だけで覆いません。
1922年|マイケル・コリンズが暗殺される
1922年8月22日、英愛条約をめぐる内戦中、コリンズの車列は故郷コーク県ベール・ナ・ブラーで反条約派部隊の攻撃を受けました。
独立運動の指導者が内戦で倒れた事件です。英国からの独立達成と北アイルランド分割、共和派内部の亀裂を一人の英雄譚にまとめません。
1942年|ブラジルがドイツとイタリアへ宣戦布告
1942年8月22日、大西洋岸でブラジル商船の撃沈が相次ぎ、多数の民間人が死亡すると国内の参戦要求が高まり、ヴァルガス政権は中立方針を転換しました。
ブラジル遠征軍は後にイタリア戦線へ派遣され、ラテンアメリカ諸国で最大規模の地上部隊となりました。独裁政権が連合国側で戦う政治的矛盾もありました。
1962年|ド・ゴール暗殺未遂
1962年8月22日、アルジェリア独立を認めた政策に反発した実行犯は、パリ郊外プティ=クラマールで多数の弾丸を浴びせましたが大統領夫妻は無事でした。
事件は植民地戦争が本国政治を暴力化した例です。実行犯バスティアン=ティリーは翌年処刑され、フランス最後の銃殺刑となりました。
1968年|教皇が初めてラテンアメリカを訪問
1968年8月22日、ボゴタの聖体大会とラテンアメリカ司教会議に参加し、都市貧困や農村格差の中で社会正義と暴力回避を訴えました。
訪問後のメデジン会議は「貧しい人々への優先」を打ち出しました。解放の神学と教会内部の対立を理解する転機です。
1972年|米共和党大会への反戦抗議
1972年8月22日、ニクソン再指名を決める共和党全国大会に合わせ、退役軍人、学生、活動家が抗議し、催涙ガスと多数の逮捕が生じました。
選挙政治と街頭運動が対立した場面です。秩序維持の名の下の過剰警備と、運動内部の多様な戦術を一括りにしません。
1989年|ノーラン・ライアンが通算5000奪三振
1989年8月22日、オークランド・アスレチックス戦でリッキー・ヘンダーソンから三振を奪い、長い現役生活で積み重ねた前例のない数字へ到達しました。
速球投手の耐久性と奪三振能力の象徴です。一方、勝敗や制球を含む投手評価は単一の通算記録だけでは測れません。
2004年|ムンク美術館から「叫び」が盗まれる
2004年8月22日、開館中の美術館で来館者を脅し、2作品を壁から外して逃走しました。作品は2006年に回収され、修復後に再展示されました。
著名作品の公開性と安全確保の難しさを示しました。「叫び」には複数版があり、盗まれたのは1910年頃のテンペラ画と整理します。
オスロ国立美術館所蔵の別版は1994年にも盗難被害を受けました。複数の「叫び」を同じ作品として混同せず、2004年事件の所蔵館と版を明示します。
2015年|ショアハム航空ショー墜落事故
2015年8月22日、ホーカー・ハンターが低空の宙返りから回復できず、幹線道路上の車両へ衝突しました。操縦判断、機体性能、展示飛行の監督が調査されました。
事故後、英国で旧式ジェット機の展示飛行規制が強化されました。観客だけでなく会場外の第三者を守るリスク評価の重要性を示します。
8月22日の歴史を読み解く
8月22日は、戦争を制限する国際法と、植民地支配を固定した条約が同じ日に並びます。「条約」という形式だけで合意の自由や正当性を判断せず、交渉力と強制の差を調べます。
第1回ジュネーブ条約は傷病兵の中立的救護を制度化しましたが、その保護対象は当初限定的でした。後の四条約と追加議定書による拡張まで含め、完成済みの制度として扱いません。
日韓併合では22日の調印、29日の公布・発効を区別します。韓国側の抵抗と日本側の軍事・警察力を無視し、対等な二国間合意のように表現しません。
ボズワースの戦いはリチャード3世の悪王像と結び付きますが、その像はテューダー朝期の政治と文学で形成されました。戦場考古学と同時代史料から人物像を見直します。
マドラス建設は現代チェンナイの誕生日として祝われますが、都市の歴史は1639年以前の漁村、交易、タミル社会から続いています。植民会社の契約を都市の始まりそのものにはしません。
美術品盗難と航空事故は、公開の利益と安全の均衡という現代的課題を共有します。事件後の回収・修復・規制改正まで追うことで、単発のニュースから制度史へつなげます。
ボズワースの戦場位置と軍の配置は発掘調査で見直されてきました。シェイクスピアの台詞を史実の記録として使わず、王朝交代と後世の記憶形成を分けます。
ポゼッション島の宣言はクック航海日誌の日付補正により21日・22日の両方が現れます。本稿では豪州国立機関で一般的な22日を中心にし、日付差を隠しません。
アメリカズカップの名称は勝利艇アメリカに由来し、開催国そのものを意味するわけではありません。1851年の単独レースと、後に寄贈杯を争うマッチレース制度を区別します。
ジュネーブ条約は戦争を正当化する免罪符ではなく、戦争が起きた場合でも守る最低基準です。開戦の合法性を扱う法と、戦闘方法を制限する国際人道法を混同しません。
東京の路面電車史には京都電気鉄道など先行都市があります。「日本初の電車」ではなく、東京市街での営業開始日として8月22日を説明します。
日韓併合条約は日本語・韓国語の名称、署名形式、公布過程をめぐる研究があります。植民地支配の実態を、条約文の形式だけで合法・違法の一語に閉じ込めません。
マイケル・コリンズは英愛条約を独立への足掛かりと考えましたが、反対派は共和国の放棄と分割固定化だと批判しました。内戦の双方を単純な善悪役にしません。
プティ=クラマール事件は小説・映画「ジャッカルの日」の着想源としても知られます。フィクションの暗殺計画と、実際の車列銃撃を混ぜないようにします。
ショアハム事故では観客席でなく公道上の人々が主な犠牲者となりました。催事主催者の敷地外まで含むリスク評価という、航空ショー安全の転換を示します。
2026年に亡くなったシェリー・フェブレーは、過去版の人物事典には反映されない情報です。家族発表を伝えたAPの訃報で日付を確認し、同名人物との混同を避けました。
8月22日の記念日・世界の祝日
宗教・信条に基づく暴力の犠牲者を想起する国際デー
国連総会が宗教や信条を理由に受ける暴力をなくし、被害者と宗教的少数者の権利を守るため8月22日に定めました 国連の国際デーで、各国一律の公休日ではありません。
国旗の日(ロシア)
1991年8月22日にロシアの白・青・赤の三色旗が公的に復活した経緯を記念し、国旗の歴史をたたえる日です ロシアの国家記念日ですが、一般の公休日ではありません。
マドラス・デー(インド・チェンナイ)
1639年8月22日の東インド会社による土地取得を起点に、チェンナイの歴史、建築、言語文化を学ぶ市民行事です 地域の文化記念日で、法定公休日ではありません。
チンチン電車の日
1903年8月22日に東京の新橋―品川間で市街電車が営業を始めた歴史にちなみ、路面電車文化を振り返ります 交通史に基づく通称記念日です。
金シャチの日
名古屋城の金の鯱を象徴する記念日で、名古屋市の市章「八」と鯱の姿を表す数字「2」を組み合わせた8月22日に制定されました 地域団体制定の観光・文化記念日です。
はいチーズ!の日
写真サービスを運営する千株式会社が「はい(8)チーズ(22)」の語呂から、写真で思い出を残す価値を伝えるため制定しました 企業制定の写真文化記念日です。
ショートケーキの日
カレンダーで毎月22日の上に15日があり、「15=いちご」が上に載る形をショートケーキに見立てた毎月の記念日です 洋菓子店発祥の民間記念日です。
ラブラブサンドの日
日糧製パンが2個入りの菓子パン「ラブラブサンド」にちなみ、夫婦や友人で分け合う毎月22日の記念日としています 企業制定の毎月の食文化記念日です。
カニカマの日
水産加工会社スギヨが、かにのはさみを「二二」に見立て、別の「かにの日」がある6月を除く毎月22日を記念日としています 企業制定の毎月の食品記念日です。
聖母マリアの元后の記念日
カトリック教会で聖母マリアを天の元后として記念する典礼日で、被昇天祭の8日後に当たります 宗教上の記念日で、日本の公休日ではありません。
歯の妖精の日(米国の民間記念日)
乳歯が抜けた子どもの枕元に贈り物を置く「歯の妖精」の文化を楽しみ、口腔ケアのきっかけにする日です 民間文化上の記念日で、公休日ではありません。
今日(2026年8月22日)が祝日の国
2026年8月22日は土曜日です。日本に国民の祝日はありません。国連の「宗教・信条に基づく暴力の犠牲者を想起する国際デー」であり、ロシアでは国旗の日、インドのチェンナイではマドラス・デーとして行事が行われますが、いずれも一般の法定公休日とは区別します。
- 国連|宗教・信条に基づく暴力の犠牲者を想起する国際デー
- ロシア|国旗の日(記念日)
- インド・チェンナイ|マドラス・デー
- 日本|チンチン電車の日
- 日本|国民の祝日ではありません
8月22日が誕生日の有名人
ドニ・パパン(1647年生)
蒸気圧を利用するパパンの圧力鍋とピストン機関を考案し、蒸気機関と高圧調理の発展へ先駆的役割を果たしました。
ヘンリー・モーズリー(1771年生)
ねじ切り旋盤と精密測定を発展させ、交換可能部品による機械工業の基盤を作りました。弟子たちも英国工業を支えました。
クロード・ドビュッシー(1862年生)
機能和声に縛られない音色と響きを追究し、「海」「牧神の午後への前奏曲」などで20世紀音楽の感覚を更新しました。
レニ・リーフェンシュタール(1902年生)
革新的な映像技法を用いる一方、ナチ体制の宣伝映画を制作しました。形式美と政治的責任を切り離せない人物です。
鄧小平(1904年生)
改革開放を主導して中国経済を市場化しましたが、1989年の民主化運動弾圧を承認した政治責任も負います。
アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908年生)
小型カメラで「決定的瞬間」を捉え、マグナム・フォト創設を通じて報道写真家の自立した活動モデルを築きました。
レイ・ブラッドベリ(1920年生)
「華氏451度」「火星年代記」で検閲、技術、記憶を詩的に描き、SFを社会批評と主流文学へ広げました。
カールハインツ・シュトックハウゼン(1928年生)
電子音楽、空間配置、セリー技法を実験し、戦後前衛音楽と録音スタジオの可能性を押し広げました。
嶋正利(1943年生)
インテル4004の論理設計を担い、世界初の商用マイクロプロセッサ実現に中心的役割を果たしました。
8月22日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1647 | ドニ・パパン | 物理学者・発明家 |
| 1771 | ヘンリー・モーズリー | 工作機械技術者 |
| 1818 | ルドルフ・フォン・イェーリング | 法学者 |
| 1834 | サミュエル・ラングレー | 天文学者・航空研究者 |
| 1860 | パウル・ニプコウ | 技術者 |
| 1862 | クロード・ドビュッシー | 作曲家 |
| 1873 | アレクサンドル・ボグダーノフ | 思想家・科学者 |
| 1874 | マックス・シェーラー | 哲学者 |
| 1880 | ジョージ・ヘリマン | 漫画家 |
| 1882 | レイモンド・ド・ラロッシュ | 飛行家 |
| 1893 | ドロシー・パーカー | 作家 |
| 1902 | レニ・リーフェンシュタール | 映画監督 |
| 1904 | 鄧小平 | 政治家 |
| 1908 | アンリ・カルティエ=ブレッソン | 写真家 |
| 1913 | ブルーノ・ポンテコルボ | 物理学者 |
| 1917 | ジョン・リー・フッカー | ブルース歌手 |
| 1920 | レイ・ブラッドベリ | 作家 |
| 1920 | デントン・クーリー | 心臓外科医 |
| 1928 | カールハインツ・シュトックハウゼン | 作曲家 |
| 1934 | ノーマン・シュワルツコフ | 軍人 |
| 1935 | アニー・プルー | 作家 |
| 1939 | カール・ヤストレムスキー | 野球選手 |
| 1941 | トーマス・ラブジョイ | 生物学者 |
| 1943 | 嶋正利 | 半導体技術者 |
| 1945 | デヴィッド・チェイス | 脚本家・プロデューサー |
| 1949 | ダイアナ・ナイアド | 長距離水泳選手 |
| 1957 | スティーヴ・デイヴィス | スヌーカー選手 |
| 1958 | ヴァーノン・リード | ギタリスト |
| 1963 | トーリ・エイモス | シンガーソングライター |
| 1967 | レイン・ステイリー | 歌手 |
| 1971 | リチャード・アーミティッジ | 俳優 |
| 1973 | ハウィー・ドロフ | 歌手 |
| 1973 | クリステン・ウィグ | 俳優・コメディアン |
| 1978 | ジェームズ・コーデン | 俳優・司会者 |
| 1995 | デュア・リパ | 歌手 |
| 1997 | ラウタロ・マルティネス | サッカー選手 |
| 2001 | ラメロ・ボール | バスケットボール選手 |
8月22日が命日の有名人
リチャード3世(1485年没)
ボズワースの戦いで戦死し、プランタジネット朝最後の王となりました。後世の悪王像はテューダー朝の政治宣伝とシェイクスピア劇に強く影響されています。
ケイト・ショパン(1904年没)
「目覚め」で結婚制度と女性の欲望・自立を描き、同時代に批判された後、米国フェミニズム文学の先駆として再評価されました。
コルビニアン・ブロードマン(1918年没)
大脳皮質を細胞構築の違いから区分し、現在も脳機能研究で使われるブロードマン領野を提示しました。
マイケル・コリンズ(1922年没)
アイルランド独立戦争の情報組織を率い、英愛条約交渉後は自由国側を指導しました。内戦中の待ち伏せで死亡し、評価は今も分かれます。
ジュセリーノ・クビチェック(1976年没)
ブラジリア建設と工業化を進めました。成長を象徴する一方、債務、地域格差、労働者の負担も残しました。
ジョモ・ケニヤッタ(1978年没)
独立運動の象徴から初代大統領となりましたが、土地再配分の不平等と権力集中も進みました。建国者像と統治の実績を分けます。
ヒューイ・P・ニュートン(1989年没)
ブラックパンサー党を共同創設し、警察暴力への抵抗と地域の給食・医療事業を進めました。組織内暴力や法的問題も含む複雑な遺産です。
トゥーツ・シールマンス(2016年没)
ハーモニカをジャズの主要な即興楽器へ高め、「Bluesette」などで親しまれました。ギターと口笛でも独自の音色を残しました。
シェリー・フェブレー(2026年没)
「ドナ・リード・ショー」「コーチ」などで長くテレビに出演し、歌手として「Johnny Angel」をヒットさせました。家族発表により2026年8月22日にロサンゼルスで死去しました。
8月22日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 408 | スティリコ | 西ローマ帝国軍司令官 |
| 1155 | 近衛天皇 | 第76代天皇 |
| 1241 | グレゴリウス9世 | ローマ教皇 |
| 1358 | イザベラ・オブ・フランス | イングランド王妃 |
| 1485 | リチャード3世 | イングランド王 |
| 1553 | ジョン・ダドリー | 政治家 |
| 1584 | ヤン・コハノフスキ | 詩人 |
| 1664 | マリア・クニッツ | 天文学者 |
| 1806 | ジャン・オノレ・フラゴナール | 画家 |
| 1818 | ウォーレン・ヘースティングズ | 植民地官僚 |
| 1828 | フランツ・ヨーゼフ・ガル | 医師 |
| 1891 | ヤン・ネルダ | 作家 |
| 1903 | 第3代ソールズベリー侯爵 | 英国首相 |
| 1904 | ケイト・ショパン | 作家 |
| 1918 | コルビニアン・ブロードマン | 神経学者 |
| 1920 | アンデシュ・ソーン | 画家 |
| 1922 | マイケル・コリンズ | 革命家・政治家 |
| 1942 | ミハイル・フォーキン | 振付家 |
| 1958 | ロジェ・マルタン・デュ・ガール | 作家 |
| 1976 | ジュセリーノ・クビチェック | ブラジル大統領 |
| 1978 | ジョモ・ケニヤッタ | ケニア大統領 |
| 1989 | ヒューイ・P・ニュートン | 政治活動家 |
| 2011 | ジャック・レイトン | 政治家 |
| 2016 | トゥーツ・シールマンス | ジャズ・ハーモニカ奏者 |
| 2026 | シェリー・フェブレー | 俳優・歌手 |
8月22日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 獅子座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 8月の誕生石 | ペリドット、スピネル |
2026年8月22日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 土曜日 |
| 和暦 | 令和8年8月22日 |
| 旧暦 | 2026年7月10日 |
| 六曜 | 仏滅 |
| 干支 | 戊辰(つちのえたつ) |
| 二十四節気 | 立秋の期間(2026年の立秋は8月7日20時43分、処暑は8月23日11時19分) |
| 七十二候 | 蒙霧升降(ふかききりまとう) |
| 月齢 | 9.4(東京・正午) |
| 十二直 | 成(なる) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年8月22日の暦を読む
2026年8月22日は土曜日、旧暦7月10日、仏滅、戊辰です。東京正午の月齢は9.4。二十四節気は立秋の最終日、七十二候は蒙霧升降の最終日です。翌23日11時19分に処暑へ移ります。日本の国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 国立天文台・暦計算室
- Encyclopaedia Britannica・On This Day
- 国立天文台・2026年暦要項
- 内閣府・国民の祝日
- 国連・宗教暴力犠牲者の国際デー
- ICRC・1864年ジュネーブ条約
- 英国Battlefields Trust・Bosworth
- Cadillac・ブランド史
- 外務省外交史料館・韓国併合関係条約
- 英国AAIB・Shoreham事故報告
- AP・Shelley Fabares obituary
- ムンク美術館・The Scream
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年8月の月齢(東京)
