
6月17日、今日は何の日?
2026年6月17日(水曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1775年のバンカー・ヒルの戦い、1953年の東ドイツ民衆蜂起、1972年のウォーターゲート事件発覚。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1775年のバンカー・ヒルの戦い/1953年の東ドイツ民衆蜂起/1972年のウォーターゲート事件発覚 |
| 代表的な記念日 | 砂漠化および干ばつと闘う世界デー/アイスランド国民の日/世界ワニの日 |
| 2026年の暦 | 水曜日・旧暦2026年5月3日・国民の祝日ではありません |
- 6月17日に起きた主な事件
- 1579年|ドレークが「ニュー・アルビオン」を宣言
- 1631年|ムムターズ・マハルが死去
- 1775年|バンカー・ヒルの戦い
- 1789年|第三身分が国民議会を宣言
- 1843年|ワイラウ事件
- 1885年|自由の女神像がニューヨークへ到着
- 1900年|連合軍が大沽砲台を占領
- 1939年|フランスで最後の公開処刑
- 1944年|アイスランド共和国が成立
- 1953年|東ドイツ民衆蜂起
- 1963年|米最高裁が学校での聖書朗読を違憲判断
- 1967年|中国が初の水爆実験
- 1972年|ウォーターゲート侵入事件
- 1985年|初のアラブ人宇宙飛行士が出発
- 1991年|南アフリカが人口登録法を廃止
- 1994年|O・J・シンプソンの低速追跡
- 2015年|チャールストン教会銃撃事件
- 2017年|ポルトガル中部で大規模森林火災
- 2018年|プレスパ協定が署名
- 6月17日の歴史を読み解く
- 6月17日の記念日・世界の祝日
- 6月17日が誕生日の有名人
- エドワード1世(1239年生)
- ジョン・ウェスレー(1703年生)
- シャルル・グノー(1818年生)
- ウィリアム・クルックス(1832年生)
- カール・ヴァン・ヴェクテン(1880年生)
- イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882年生)
- ハインツ・グデーリアン(1888年生)
- M・C・エッシャー(1898年生)
- フランソワ・ジャコブ(1920年生)
- チグラン・ペトロシアン(1929年生)
- ジョン・バルデッサリ(1931年生)
- ケン・ローチ(1936年生)
- ジョージ・アカロフ(1940年生)
- モハメド・エルバラダイ(1942年生)
- エディ・メルクス(1945年生)
- ビーナス・ウィリアムズ(1980年生)
- ケンドリック・ラマー(1987年生)
- 6月17日生まれの有名人一覧
- 6月17日が命日の有名人
- ウスマーン・イブン・アッファーン(656年没)
- ボレスワフ1世(1025年没)
- ムムターズ・マハル(1631年没)
- ヤン3世ソビェスキ(1696年没)
- ジョゼフ・アディソン(1719年没)
- ジョセフ・ウォーレン(1775年没)
- マルティン・ミゲル・デ・グエメス(1821年没)
- オイゲン・ヴァイトマン(1939年没)
- アーサー・ハーデン(1940年没)
- ドロシー・リチャードソン(1957年没)
- トーマス・クーン(1996年没)
- ドナルド・クラム(2001年没)
- ラルフ・ダーレンドルフ(2009年没)
- ロドニー・キング(2012年没)
- クレメンタ・ピンクニー(2015年没)
- ムハンマド・ムルシー(2019年没)
- ケネス・カウンダ(2021年没)
- 6月17日が命日の有名人一覧
- 6月17日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年6月17日の暦
6月17日に起きた主な事件
- 1579年|フランシス・ドレークが北米太平洋岸でイングランド王権による領有を宣言しました。
- 1631年|ムガル皇帝シャー・ジャハーンの妃ムムターズ・マハルが出産後に亡くなりました。
- 1775年|米独立戦争で植民地軍が英国軍へ大きな損害を与えました。
- 1789年|フランス三部会の第三身分代表が自らを国民議会と宣言しました。
- 1843年|ニュージーランド南島で土地測量をめぐり、マオリと入植者側が衝突しました。
- 1885年|フランスから贈られた自由の女神像の部材が船でニューヨーク港へ届きました。
- 1900年|義和団事件の中、列強連合艦隊が天津近くの大沽砲台を攻撃・占領しました。
- 1939年|ドイツ人殺人犯オイゲン・ヴァイトマンがヴェルサイユの刑務所前でギロチン処刑されました。
- 1944年|アイスランドがデンマークとの同君連合を解消し、共和国を宣言しました。
- 1953年|東ベルリンの建設労働者のストライキが東ドイツ各地の反政府蜂起へ広がりました。
- 1963年|米連邦最高裁が公立学校主導の聖書朗読と主の祈りを違憲としました。
- 1967年|中国が新疆ロプノール実験場で熱核兵器実験に成功しました。
- 1972年|民主党全国委員会本部へ侵入した5人がワシントンのウォーターゲート・ビルで逮捕されました。
- 1985年|スペースシャトル・ディスカバリーがSTS51G任務で打ち上げられ、スルタン・ビン・サルマンが搭乗しました。
- 1991年|アパルトヘイトの人種分類を支えた人口登録法が廃止されました。
- 1994年|元アメリカンフットボール選手O・J・シンプソンを乗せた車を警察がロサンゼルスで追跡しました。
- 2015年|白人至上主義者が米サウスカロライナ州の黒人教会で9人を殺害しました。
- 2017年|ペドローガン・グランデ周辺で森林火災が急拡大し、66人が死亡しました。
- 2018年|ギリシャとマケドニア共和国が国名紛争を解決する協定へ署名しました。
1579年|ドレークが「ニュー・アルビオン」を宣言
1579年6月17日、世界周航中に船を修理するため現在のカリフォルニア周辺へ上陸し、土地をニュー・アルビオンと名付けました。
正確な上陸地点には議論があります。欧州人の「発見」や領有宣言の前から先住民社会が存在したため、航海記録を主権獲得の事実としてそのまま受け取りません。
1631年|ムムターズ・マハルが死去
1631年6月17日、デカン遠征に同行中、14人目の子の出産後にブルハーンプルで死去し、遺体は後にアーグラへ移されました。
皇帝が建てたタージ・マハルは愛の象徴とされますが、帝国の財政、職人の技術、権力表象からも見る必要があります。建設開始は死去当日ではありません。
1775年|バンカー・ヒルの戦い
1775年6月17日、植民地軍がチャールズタウン半島のブリーズ・ヒルに陣地を築き、英国軍の正面攻撃を二度退けた後、弾薬不足で撤退しました。
戦場は主にブリーズ・ヒルでした。英国側の戦術的勝利でも死傷者が非常に多く、植民地軍が正規軍に対抗できると示した戦略的意味があります。
1789年|第三身分が国民議会を宣言
1789年6月17日、身分別投票ではなく個人別投票を求め、聖職者・貴族の一部にも合流を呼び掛け、課税と立法の正統性を国民代表に置きました。
20日の球戯場の誓いへ続き、絶対王政の身分制議会を主権在民の制憲議会へ変える革命的転換となりました。宣言と憲法制定は別段階です。
1843年|ワイラウ事件
1843年6月17日、ニュージーランド会社の土地取得主張に対し、ンガティ・トアの首長テ・ラウパラハらが測量を阻止し、逮捕を試みた入植者武装隊と戦闘になりました。
ワイタンギ条約後初の重大な武力衝突で、死者を出しました。単なる「虐殺」とせず、不正確な土地購入と植民会社の越権を背景に置きます。
1885年|自由の女神像がニューヨークへ到着
1885年6月17日、像は分解して木箱に収められ、フランス海軍船イゼールで運ばれました。台座建設資金は米国内の寄付運動で集められました。
翌1886年に完成・除幕され、移民歓迎の象徴へ意味が広がりました。到着日と除幕日を区別し、自由の象徴と当時の人種・女性参政権の制約の落差も見ます。
1900年|連合軍が大沽砲台を占領
1900年6月17日、清軍へ砲台引き渡しを要求した後に海上砲撃と上陸戦を行い、北京の公使館救援路を確保しようとしました。
清朝が列強へ宣戦する流れを加速し、戦争を拡大しました。「救援」の名の下の主権侵害と、清朝内部の複雑な指揮関係を併記します。
1939年|フランスで最後の公開処刑
1939年6月17日、早朝にもかかわらず群衆と報道が集まり、処刑の様子が密かに撮影され、見世物化への批判が高まりました。
政府は以後、処刑を刑務所内で行うと決めました。フランスの死刑制度自体が廃止されたのは1981年で、公開終了と死刑廃止を区別します。
1944年|アイスランド共和国が成立
1944年6月17日、ドイツ占領下のデンマークと連絡が断たれる中、国民投票で連合解消と共和制が圧倒的支持を得て、シンクヴェトリルで宣言しました。
独立運動の指導者ヨン・シグルズソンの誕生日が国民の日になりました。戦時占領下の英国・米国との関係も独立過程の背景です。
1953年|東ドイツ民衆蜂起
1953年6月17日、労働ノルマ引き上げへの抗議が自由選挙と政権退陣の要求へ発展し、ソ連軍と東独警察が戦車と武力で鎮圧しました。
多数の死傷者と逮捕者を出し、東独政権がソ連軍事力に依存する現実を示しました。西ドイツでは1990年まで「ドイツ統一の日」として記憶されました。
1963年|米最高裁が学校での聖書朗読を違憲判断
1963年6月17日、アビントン学区対シェンプ判決で、宗教実践を学校が義務・推奨することは憲法修正第1条の国教禁止に反すると判断しました。
宗教について客観的に学ぶ授業まで禁じた判決ではありません。信教の自由には信じる自由と、国家から信仰を強制されない自由の両方があります。
1967年|中国が初の水爆実験
1967年6月17日、1964年の原爆実験から約2年8か月で水素爆弾級の装置を航空機から投下し、核兵器能力を拡大しました。
核抑止力を得たと中国政府は位置づけましたが、大気圏核実験は住民・兵士への放射線影響と環境汚染を残しました。技術達成だけでなく被害の検証が必要です。
1972年|ウォーターゲート侵入事件
1972年6月17日、盗聴器設置と文書撮影を目的とした犯人の所持品と資金が、ニクソン大統領再選委員会関係者へつながりました。
侵入そのもの以上に、ホワイトハウスの隠蔽、司法妨害、議会調査と録音テープが政権を崩壊させました。1974年の辞任までを一連の制度的検証として見ます。
1985年|初のアラブ人宇宙飛行士が出発
1985年6月17日、サウジアラビアの通信衛星運用担当として参加し、アラブ人・イスラム教徒として初めて宇宙へ行きました。
任務は複数衛星の放出と科学実験を行いました。王族という背景と専門訓練の双方を示し、「宇宙旅行客」と誤って分類しません。
1991年|南アフリカが人口登録法を廃止
1991年6月17日、出生時に住民を白人、カラード、黒人などへ分類し、居住、教育、婚姻を分離する基礎となった法律を議会が撤廃しました。
制度解体の決定的な一歩でしたが、過去の土地・所得・教育格差は法の廃止だけで消えません。1994年の普通選挙へ至る交渉過程の一段階です。
1994年|O・J・シンプソンの低速追跡
1994年6月17日、元妻ら殺害容疑で出頭しなかったシンプソンが友人運転の車に乗り、高速道路の追跡がテレビで生中継されました。
刑事裁判は無罪、民事裁判は責任ありという異なる結論となりました。報道が事件を娯楽化し、家庭内暴力の被害者が脇へ追いやられた問題を見ます。
2015年|チャールストン教会銃撃事件
2015年6月17日、聖書研究会へ参加した犯人がエマニュエルAME教会の信徒と州上院議員クレメンタ・ピンクニー牧師らを銃撃しました。
人種テロとして南部連合旗とオンライン過激化が議論され、州議会議事堂から旗が撤去されました。被害者の信仰共同体と反人種差別の取り組みを中心に記憶します。
2017年|ポルトガル中部で大規模森林火災
2017年6月17日、高温、乾燥、強風の中で火が道路を包み、避難中の車両を含む住民が犠牲になりました。
土地管理、ユーカリ植林、通信障害、避難情報が検証されました。気候条件と人為的な森林・防災政策を切り離さず、複合災害として捉えます。
2018年|プレスパ協定が署名
2018年6月17日、マケドニア共和国が「北マケドニア共和国」へ改称し、ギリシャがNATO・EU加盟手続への反対を解除することで合意しました。
両国で強い反対を受けながら2019年に発効し、北マケドニアのNATO加盟を可能にしました。名称、歴史、言語をめぐるアイデンティティ外交の事例です。
6月17日の歴史を読み解く
バンカー・ヒルは英国軍の戦場勝利、植民地側の政治的・心理的成功という二面を持ちます。勝敗を占領地だけで決めず、損耗、補給、世論、次の作戦へ与えた影響で評価します。
1789年の国民議会宣言、1953年東ドイツ蜂起、1991年南アフリカ法廃止は、国家の正統性が代表、抗議、法改正によって組み替わる局面です。制度転換後に残る格差や抑圧も追います。
ウォーターゲート事件は記者2人だけの功績でも、侵入犯逮捕だけでもありません。裁判所、上院委員会、内部告発者、行政文書、最高裁判決が相互に働いた権力監視の過程です。
チャールストン銃撃とO・J・シンプソン報道は、テレビやネットが事件理解を形づくる力を示します。犯人や著名人の物語へ偏らず、被害者、家庭内暴力、人種的背景を中心に置きます。
自由の女神像とニュー・アルビオン宣言は、後世に自由や開拓の象徴となりました。しかし象徴を受け取る側の先住民、移民、女性、奴隷制下の人々が実際に持った権利との落差を検討します。
6月17日の記念日・世界の祝日
砂漠化および干ばつと闘う世界デー
国連が、土地劣化の防止、干ばつへの備え、生態系回復と土地利用者の権利を国際課題として共有するため制定しました 国連の国際デーで、公休日ではありません。
アイスランド国民の日
1944年6月17日の共和国成立と独立運動家ヨン・シグルズソンの誕生日を記念します。2026年は水曜日です アイスランドの公休日です。
世界ワニの日
動物園や保全団体がワニ類と生息地の保護、違法取引防止、人との共存を考える国際的な啓発日として展開しています 国連制定日ではなく、公休日でもありません。
おまわりさんの日
1874年6月17日に東京で巡査制度が始まったとされることにちなみ、近代警察の歴史と地域安全を振り返ります 日本では国民の祝日ではありません。
生命・きずなの日
臓器移植を考える市民団体が、ドナーと家族、移植を待つ人の命とつながりを考える日として制定しました 日本では国民の祝日ではありません。
沖縄返還協定調印の日
1971年6月17日に日米両政府が沖縄返還協定へ署名したことを記憶します。実際の施政権返還は1972年5月15日です 日本では国民の祝日ではありません。
旧・ドイツ統一の日
西ドイツが1953年の東ドイツ蜂起を記念して6月17日を祝日としました。1990年の統一後は10月3日に変更されています 現在のドイツの祝日ではありません。
国産なす消費拡大の日
冬春なすの主産県で構成する協議会が、毎月17日と4月17日に国産ナスの消費を広げる取り組みを行います 日本では国民の祝日ではありません。
いなりの日
みすずコーポレーションが「い(1)な(7)り」の語呂から毎月17日をいなりずしに親しむ企業記念日としています 日本では国民の祝日ではありません。
減塩の日
日本高血圧学会が毎月17日に、食塩摂取量を見直し血圧管理と循環器病予防へつなげるよう呼び掛けます 日本では国民の祝日ではありません。
世界テセレーションの日
反復模様で知られるM・C・エッシャーの誕生日にちなみ、数学、教育、芸術で平面充填の面白さを伝える民間の国際記念日です 日本では国民の祝日ではありません。
今日(2026年6月17日)が祝日の国
2026年6月17日は水曜日です。アイスランドでは共和国成立を祝う国民の日が公休日です。国連の砂漠化および干ばつと闘う世界デーは啓発日で、世界共通の休日ではありません。日本では国民の祝日ではありません。
- アイスランド|国民の日(公休日)
- 国連|砂漠化および干ばつと闘う世界デー
- 国際的な保全啓発|世界ワニの日
- 日本|おまわりさんの日/生命・きずなの日
- 歴史的記念|沖縄返還協定調印の日
6月17日が誕生日の有名人
エドワード1世(1239年生)
ウェールズを征服し議会制度を整える一方、スコットランド侵攻とユダヤ人追放を行った強権的君主です。
ジョン・ウェスレー(1703年生)
野外説教と小集団活動でメソジスト運動を組織し、信仰と社会的実践を結び付けました。
シャルル・グノー(1818年生)
オペラ『ファウスト』や『ロメオとジュリエット』、宗教曲でフランス音楽の旋律美を発展させました。
ウィリアム・クルックス(1832年生)
タリウムを発見し真空放電管を研究して、後の電子・X線研究へつながる実験技術を発展させました。
カール・ヴァン・ヴェクテン(1880年生)
ハーレム・ルネサンスの芸術家を支援・撮影しましたが、人種表象と題名選択には批判もあります。
イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882年生)
『春の祭典』のリズム革新から新古典主義、十二音技法まで作風を変え続け、20世紀音楽を方向づけました。
ハインツ・グデーリアン(1888年生)
機甲部隊の集中運用を推進しましたが、ナチ体制下の侵略戦争を担った責任と戦後自己弁護を批判的に見る必要があります。
M・C・エッシャー(1898年生)
不可能建築、無限、平面充填を精密な版画にし、数学的発想と視覚芸術を結び付けました。
フランソワ・ジャコブ(1920年生)
遺伝子発現を調節するオペロン説を共同で築き、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
チグラン・ペトロシアン(1929年生)
堅固な予防的戦略と交換犠牲で相手の可能性を封じ、「鉄のチグラン」と呼ばれました。
ジョン・バルデッサリ(1931年生)
写真、文字、色面を組み合わせ、作品の意味と美術教育の慣習をユーモラスに問い直しました。
ケン・ローチ(1936年生)
労働、貧困、福祉制度を当事者に近い視点で描き、『麦の穂をゆらす風』などで社会派映画を代表しました。
ジョージ・アカロフ(1940年生)
中古車市場の「レモン」で情報の非対称性を理論化し、ノーベル経済学賞を受賞しました。
モハメド・エルバラダイ(1942年生)
IAEA事務局長として核査察と不拡散を進め、機関とともにノーベル平和賞を受賞しました。
エディ・メルクス(1945年生)
グランツールとクラシックを圧倒的に制し、ロードレース史上屈指の総合選手と評価されます。
ビーナス・ウィリアムズ(1980年生)
四大大会7勝と五輪金を獲得し、女子選手の賞金平等を求める運動でも大きな役割を果たしました。
ケンドリック・ラマー(1987年生)
人種、地域、信仰、暴力を複数の声で構成し、ヒップホップ作品でピュリツァー賞を受賞しました。
6月17日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1239 | エドワード1世 | イングランド王 |
| 1703 | ジョン・ウェスレー | 聖職者 |
| 1818 | シャルル・グノー | 作曲家 |
| 1832 | ウィリアム・クルックス | 化学者・物理学者 |
| 1880 | カール・ヴァン・ヴェクテン | 作家・写真家 |
| 1882 | イーゴリ・ストラヴィンスキー | 作曲家 |
| 1888 | ハインツ・グデーリアン | ドイツ軍人 |
| 1898 | M・C・エッシャー | 版画家 |
| 1919 | ベリル・リード | 俳優 |
| 1920 | フランソワ・ジャコブ | 生物学者 |
| 1928 | 白柳誠一 | カトリック枢機卿 |
| 1929 | チグラン・ペトロシアン | チェス世界王者 |
| 1931 | ジョン・バルデッサリ | 現代美術家 |
| 1936 | ケン・ローチ | 映画監督 |
| 1939 | クシシュトフ・ザヌッシ | 映画監督 |
| 1940 | ジョージ・アカロフ | 経済学者 |
| 1942 | モハメド・エルバラダイ | 外交官 |
| 1943 | ニュート・ギングリッチ | 米国政治家 |
| 1943 | バリー・マニロウ | 歌手・作曲家 |
| 1945 | エディ・メルクス | 自転車競技選手 |
| 1945 | アート・ベル | ラジオ司会者 |
| 1957 | フィリップ・シェヴロン | 音楽家 |
| 1963 | グレッグ・キニア | 俳優 |
| 1965 | ダン・ジャンセン | スピードスケート選手 |
| 1976 | スコット・アドキンス | 俳優・武術家 |
| 1980 | ビーナス・ウィリアムズ | テニス選手 |
| 1985 | マルコス・バグダティス | テニス選手 |
| 1987 | ケンドリック・ラマー | ラッパー |
6月17日が命日の有名人
ウスマーン・イブン・アッファーン(656年没)
クルアーン本文の標準化を進めましたが、統治への反発が強まり自宅で殺害され、第一次内乱の契機となりました。
ボレスワフ1世(1025年没)
ピャスト朝の領域を拡大し、死の直前に初代ポーランド王として戴冠しました。
ムムターズ・マハル(1631年没)
シャー・ジャハーンの妃として宮廷で影響力を持ち、死後に建てられたタージ・マハルで知られます。
ヤン3世ソビェスキ(1696年没)
1683年の第二次ウィーン包囲で救援軍を率い、オスマン軍を退けた軍事指導者です。
ジョゼフ・アディソン(1719年没)
雑誌『スペクテイター』で都市中産階級の日常、礼節、趣味を平明な散文で論じました。
ジョセフ・ウォーレン(1775年没)
マサチューセッツの革命組織を率い、バンカー・ヒルの戦いへ一兵士として参加して戦死しました。
マルティン・ミゲル・デ・グエメス(1821年没)
北西部の騎馬民兵を率いて王党派の侵攻を阻み、南米独立戦争を支えました。
オイゲン・ヴァイトマン(1939年没)
フランスで最後に公開処刑された人物です。犯罪の見世物化と死刑制度史の文脈で扱います。
アーサー・ハーデン(1940年没)
糖の発酵における酵素と補酵素の働きを研究し、ノーベル化学賞を受賞しました。
ドロシー・リチャードソン(1957年没)
意識の流れを用いた長編連作『巡礼』で女性の内面と都市生活を描きました。
トーマス・クーン(1996年没)
『科学革命の構造』でパラダイム転換を論じ、科学が累積だけで進まないことを示しました。
ドナルド・クラム(2001年没)
特定分子を選択的に取り込むホスト・ゲスト化学を発展させ、ノーベル化学賞を受賞しました。
ラルフ・ダーレンドルフ(2009年没)
階級と権力の対立を分析し、自由主義政治と欧州統合にも携わりました。
ロドニー・キング(2012年没)
1991年にロサンゼルス市警から暴行を受けた映像が人種差別的警察活動を可視化しました。
クレメンタ・ピンクニー(2015年没)
エマニュエルAME教会の牧師として公民権の伝統を継ぎ、教会銃撃事件で殺害されました。
ムハンマド・ムルシー(2019年没)
民選大統領となりましたが軍に追放され、拘束下の裁判中に死亡しました。
ケネス・カウンダ(2021年没)
独立運動を率いて初代大統領となり、南部アフリカ解放運動を支援しましたが一党制統治も行いました。
6月17日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 656 | ウスマーン・イブン・アッファーン | 第3代正統カリフ |
| 1025 | ボレスワフ1世 | ポーランド王 |
| 1631 | ムムターズ・マハル | ムガル皇妃 |
| 1696 | ヤン3世ソビェスキ | ポーランド王 |
| 1719 | ジョゼフ・アディソン | 随筆家・政治家 |
| 1775 | ジョセフ・ウォーレン | 医師・独立運動家 |
| 1821 | マルティン・ミゲル・デ・グエメス | アルゼンチン軍人 |
| 1939 | オイゲン・ヴァイトマン | 死刑囚 |
| 1940 | アーサー・ハーデン | 生化学者 |
| 1956 | ボブ・スウェイカート | レーシングドライバー |
| 1957 | ドロシー・リチャードソン | 作家 |
| 1968 | ホセ・ナサシ | サッカー選手 |
| 1979 | ダフィー・ルイス | 野球選手 |
| 1996 | トーマス・クーン | 科学史家・哲学者 |
| 2001 | ドナルド・クラム | 化学者 |
| 2008 | シド・チャリシー | 俳優・ダンサー |
| 2009 | ラルフ・ダーレンドルフ | 社会学者・政治家 |
| 2012 | ロドニー・キング | 警察暴力被害者 |
| 2015 | クレメンタ・ピンクニー | 牧師・州上院議員 |
| 2019 | ムハンマド・ムルシー | エジプト大統領 |
| 2021 | ケネス・カウンダ | ザンビア大統領 |
6月17日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 双子座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 6月の誕生石 | 真珠、ムーンストーン、アレキサンドライト |
2026年6月17日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 水曜日 |
| 和暦 | 令和8年6月17日 |
| 旧暦 | 2026年5月3日 |
| 六曜 | 先勝 |
| 干支 | 壬戌(みずのえいぬ) |
| 二十四節気 | 芒種の期間(2026年の芒種は6月6日0時48分、夏至は6月21日17時25分) |
| 七十二候 | 梅子黄(うめのみきばむ) |
| 月齢 | 2.0(東京・正午) |
| 十二直 | 定(さだん) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年6月17日の暦を読む
2026年6月17日は水曜日、旧暦5月3日です。二十四節気は芒種、七十二候は「梅子黄」。東京の正午月齢は2.0、六曜は先勝、干支は壬戌、十二直は定です。15日の新月から2日がたち、日没後の西空で細い月を探せる頃です。日本では国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 国連・World Day to Combat Desertification and Drought
- レイキャビク市・June 17
- アイスランド政府債務管理・2026年休日
- 米国国立公園局・Bunker Hill
- 米国国立公文書記録管理院・Watergate
- 南アフリカ政府・Apartheid legislation
- 米連邦最高裁・Abington v. Schempp
- 米国司法省・Charleston church shooting
- NATO・Prespa Agreement
- 日本高血圧学会・減塩の日
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年6月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
