
5月16日、今日は何の日?
2026年5月16日(土曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1929年の第1回アカデミー賞、1960年の世界初のレーザー発振、1975年の田部井淳子エベレスト登頂。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1929年の第1回アカデミー賞/1960年の世界初のレーザー発振/1975年の田部井淳子エベレスト登頂 |
| 代表的な記念日 | 平和に共存する国際デー/光の国際デー/HAEデー |
| 2026年の暦 | 土曜日・旧暦2026年3月30日・国民の祝日ではありません |
- 5月16日に起きた主な事件
- 1204年|ボードゥアン1世がラテン皇帝に戴冠
- 1770年|マリー・アントワネットがルイ王太子と結婚
- 1811年|アルブエラの戦い
- 1868年|アンドリュー・ジョンソン大統領が弾劾裁判で無罪
- 1877年|フランスで「5月16日の危機」
- 1916年|サイクス・ピコ協定が成立
- 1920年|ジャンヌ・ダルクが列聖
- 1929年|第1回アカデミー賞授賞式
- 1943年|ワルシャワ・ゲットー蜂起が終結
- 1943年|チャスタイズ作戦が始まる
- 1960年|世界初の実用レーザーが発振
- 1966年|中国共産党が「五・一六通知」を採択
- 1969年|ベネラ5号が金星大気を観測
- 1975年|田部井淳子が女性初のエベレスト登頂
- 1991年|英国女王が米議会で演説
- 2005年|クウェートで女性参政権が成立
- 2011年|スペースシャトル・エンデバー最終飛行
- 5月16日の歴史を読み解く
- 5月16日の記念日・世界の祝日
- 5月16日が誕生日の有名人
- 5月16日が命日の有名人
- 5月16日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年5月16日の暦
5月16日に起きた主な事件
- 1204年|第4回十字軍後に成立したラテン帝国で、初代皇帝の戴冠式が行われました。
- 1770年|オーストリア皇女とフランス王太子の婚礼がヴェルサイユで行われました。
- 1811年|半島戦争で英葡西連合軍とフランス軍が激突し、双方に大損害が出ました。
- 1868年|米上院の採決が有罪に1票届かず、大統領罷免は回避されました。
- 1877年|マクマオン大統領が共和派首相を退け、議会との深刻な対立を起こしました。
- 1916年|英国とフランスがオスマン帝国領の分割構想を秘密裏に取り決めました。
- 1920年|ローマ教皇ベネディクトゥス15世がジャンヌ・ダルクを聖人に加えました。
- 1929年|映画芸術科学アカデミーが最初の賞をハリウッドの晩餐会で授与しました。
- 1943年|ドイツ軍が大シナゴーグを爆破し、蜂起鎮圧を宣言しました。
- 1943年|英空軍の爆撃隊がドイツのダムを特殊爆弾で攻撃するため出撃しました。
- 1960年|セオドア・メイマンがルビー結晶を使い、初めて動作するレーザーを実現しました。
- 1966年|文化大革命を本格化させる党内文書が採択されました。
- 1969年|ソ連の探査機が金星大気へ突入し、降下中の観測データを送信しました。
- 1975年|日本女子登山隊の田部井淳子が世界最高峰の頂上へ到達しました。
- 1991年|エリザベス2世が英国君主として初めて米国議会合同会議で演説しました。
- 2005年|国民議会が女性に国政選挙の投票権と立候補権を認めました。
- 2011年|NASAのエンデバーが最後の任務STS-134へ打ち上げられました。
1204年|ボードゥアン1世がラテン皇帝に戴冠
1204年5月16日、フランドル伯ボードゥアンはコンスタンティノープルのアヤソフィアで皇帝に戴冠しました。十字軍が同年4月に都市を攻略・略奪した後、西欧諸侯が東ローマ領を分割していました。
ラテン帝国は東ローマ系のニカイア帝国などと争い、1261年に滅びました。聖地を目指したはずの十字軍がキリスト教都市を征服した矛盾と、東西教会の亀裂を深めた出来事です。
1770年|マリー・アントワネットがルイ王太子と結婚
1770年5月16日、14歳のマリー・アントワネットと15歳のルイ王太子、後のルイ16世が結婚しました。婚姻は長く対立したブルボン家とハプスブルク家の外交同盟を固める目的でした。
王妃は浪費の象徴として攻撃されましたが、多くの風説は誇張や捏造でした。個人の性格だけで革命を説明せず、財政危機、身分制、政治的宣伝を合わせて見る必要があります。
1811年|アルブエラの戦い
1811年5月16日、スペインのアルブエラ付近でベレスフォード指揮下の連合軍がスールト元帥のフランス軍と戦いました。激しい歩兵戦で両軍合わせて多数の死傷者を出しました。
フランス軍は退却しましたが、連合軍も追撃できず、戦略的成果は限定的でした。勝敗の名称だけでなく、補給線と損耗がナポレオン戦争の作戦を左右した例です。
1868年|アンドリュー・ジョンソン大統領が弾劾裁判で無罪
1868年5月16日、上院は最初に審理した弾劾条項について35対19で有罪としました。必要な3分の2に1票足りず、ジョンソンは大統領職にとどまりました。
争点は陸軍長官解任と在職権法違反でしたが、南北戦争後の再建政策をめぐる議会との対立が背景にあります。弾劾が刑事裁判ではなく政治的・憲法的手続きであることを示します。
1877年|フランスで「5月16日の危機」
1877年5月16日、王党派のマクマオン大統領は共和派のジュール・シモン首相を事実上辞任へ追い込みました。下院解散後の選挙でも共和派が勝利し、大統領側は後退しました。
危機は第三共和政で議会優位の慣行を確立し、大統領が独自に政府を動かす余地を狭めました。憲法条文だけでなく、政治的敗北が統治慣行を形成した事例です。
1916年|サイクス・ピコ協定が成立
1916年5月16日付で、英国のマーク・サイクスとフランスのフランソワ・ジョルジュ=ピコによる交換文書が整いました。ロシアの同意を得て、中東を勢力圏へ分ける構想でした。
実際の戦後国境は協定通りではありませんが、アラブ側への約束やバルフォア宣言との矛盾を象徴します。今日の国境を一枚の地図だけで説明するのは単純化です。
1920年|ジャンヌ・ダルクが列聖
1920年5月16日、サン・ピエトロ大聖堂で列聖式が行われました。ジャンヌは1431年に異端として処刑され、1456年の復権裁判で有罪判決が取り消されていました。
宗教的崇敬とフランスの国民的英雄像が重なり、共和派、王党派、教会が異なる意味を与えました。中世の人物が近代国家の記憶政治へ組み込まれた例です。
1929年|第1回アカデミー賞授賞式
1929年5月16日、ハリウッド・ルーズベルト・ホテルで約270人が出席し、1927~28年公開作を対象とする賞が贈られました。受賞結果は式前に公表されていました。
作品賞に相当する部門は『つばさ』が受賞し、特別賞ではチャップリンも顕彰されました。テレビ中継も封筒開封の演出もない小規模な業界行事が、世界的イベントへ変化しました。
1943年|ワルシャワ・ゲットー蜂起が終結
1943年5月16日、親衛隊指揮官ユルゲン・シュトロープはワルシャワ大シナゴーグを爆破し、ゲットーの破壊完了を報告しました。ユダヤ人戦闘組織は約1か月抵抗していました。
組織的戦闘の終結後も潜伏者の抵抗は続き、多数が殺害または収容所へ送られました。絶滅政策の被害者を受動的存在とみなす偏見を覆す抵抗の記憶です。
1943年|チャスタイズ作戦が始まる
1943年5月16日夜、英空軍第617飛行隊は反跳爆弾を搭載して出撃し、翌朝までにメーネ、エーダー両ダムを破壊しました。低空飛行と精密投下を必要とする危険な作戦でした。
工業・電力施設へ損害を与えましたが、洪水で民間人や強制労働者が多数死亡しました。技術的大胆さを称える物語と、攻撃を受けた人々の被害を併せて見る必要があります。
1960年|世界初の実用レーザーが発振
1960年5月16日、米ヒューズ研究所でメイマンはフラッシュランプによりルビーを励起し、短い赤色のレーザーパルスを発生させました。理論とメーザー研究を小型装置へ結実させました。
当初は用途のない発明とも評されましたが、通信、医療、測距、製造、記録、科学計測へ広がりました。発明は一人だけでなく、競合研究者と量子論の蓄積に支えられています。
1966年|中国共産党が「五・一六通知」を採択
1966年5月16日、中国共産党中央政治局拡大会議は文化革命小組設置と「ブルジョア代表者」批判を定める通知を採択しました。毛沢東の党内権力再編が進みました。
紅衛兵運動、知識人迫害、文化財破壊、派閥闘争へ拡大し、社会に甚大な被害を残しました。運動開始日を一日に固定できませんが、公式に本格化した重要な節目です。
1969年|ベネラ5号が金星大気を観測
1969年5月16日、ベネラ5号は金星へ到達し、パラシュート降下しながら温度、圧力、大気組成を送信しました。想定より高い圧力により地表到達前に通信が途絶えました。
翌日のベネラ6号と合わせ、二酸化炭素主体の過酷な環境を明らかにしました。失敗と成功を二分せず、装置の限界から次の探査機設計が改善された点が重要です。
1975年|田部井淳子が女性初のエベレスト登頂
1975年5月16日、田部井淳子はシェルパのアン・ツェリンとエベレスト山頂に立ち、女性として世界で初めて登頂しました。隊は雪崩でテントを埋められる危機も乗り越えました。
成果は本人の力量だけでなく、女性だけの海外遠征を組織し資金を集めた共同作業の結果です。その後は七大陸最高峰を登り、環境保全と若者支援にも取り組みました。
1991年|英国女王が米議会で演説
1991年5月16日、エリザベス2世はワシントンの議会で英米関係、湾岸戦争後の国際協力、民主主義について述べました。英国君主による初の合同会議演説でした。
演説台の高さが合わず帽子だけが目立った場面も話題になりました。象徴君主の外交は政策決定権を持たない一方、国家関係を儀礼と記憶で支える役割があります。
2005年|クウェートで女性参政権が成立
2005年5月16日、クウェート国民議会は選挙法改正を可決し、女性の投票と立候補を可能にしました。女性運動は長年、政府案の否決や保守派の反対を越えて権利を求めてきました。
女性は2006年選挙から参加し、2009年に初の女性議員が誕生しました。法的権利の獲得は重要ですが、代表性や社会的平等が自動的に実現するわけではありません。
2011年|スペースシャトル・エンデバー最終飛行
2011年5月16日、エンデバーはケネディ宇宙センターから国際宇宙ステーションへ出発しました。アルファ磁気分光器を運び、宇宙線や暗黒物質研究の観測装置を設置しました。
6月1日の帰還で同機の25回の飛行が終了し、同年7月にはシャトル計画全体も幕を閉じました。有人宇宙輸送が再使用機から民間宇宙船へ移る転換期です。
5月16日の歴史を読み解く
5月16日は、王朝外交から大衆民主政治まで「代表する者」をめぐる出来事が多い日です。王族の婚姻、米大統領の弾劾、女性参政権は、権力の正統性が血統、議会、選挙へ移る長い変化を映します。
サイクス・ピコ協定は秘密外交の象徴ですが、現在の中東国境をこの協定一つだけの結果とする説明は不十分です。戦時中の複数の約束、戦後の委任統治、現地社会の政治運動を合わせて考える必要があります。
レーザー、金星探査、スペースシャトルは、成功が試行錯誤の連鎖から生まれることを示します。最初の装置や一度の任務だけでなく、測定結果が次の設計と産業利用へどう渡ったかが科学史の核心です。
ワルシャワ・ゲットー蜂起、ダム攻撃、文化大革命はいずれも、国家目標や英雄物語の背後で民間人が受けた被害を可視化する必要があります。歴史の評価は勝敗だけでなく、誰が記録され誰が忘れられたかで変わります。
アンドリュー・ジョンソン弾劾裁判では、結果が1票差だったことばかり注目されます。しかし本質は、南部再建を誰が主導するのか、解放された黒人市民の権利を連邦政府がどこまで守るのかという憲法秩序の衝突でした。人事法違反だけでは全体像をつかめません。
田部井淳子の登頂を「女性にもできた」という一文に縮めると、登山界やスポンサーから受けた偏見、隊員全体の準備、シェルパの支援が消えてしまいます。個人の初記録を称えつつ、それを可能にした組織と労働を可視化することが公平な記述です。
世界初のレーザー発振は、完成した用途から逆算して必然だったわけではありません。メイマンの装置は競合研究所より小さく、当初の評価も低いものでした。基礎研究が通信、医療、製造へ広がるまでには材料開発と需要形成の長い時間が必要でした。
第1回アカデミー賞は現在の巨大なテレビイベントとはまったく異なり、受賞者を事前に知ることのできる業界晩餐会でした。賞の権威は初めから存在したのではなく、映画産業、報道、スター制度、放送ビジネスが長年かけて作ったものです。
サイクス・ピコ協定を中東の「すべての問題の原因」とする説明は分かりやすい反面、地域社会の主体性とその後の外交を消します。秘密協定の影響を認めながら、サンレモ会議、委任統治、民族運動、資源政治を続けて見る必要があります。
ワルシャワ・ゲットー蜂起の終了宣言は、抵抗者がいなくなったことを意味しません。地下壕での潜伏や都市外への脱出は続きました。加害者の報告書が設定した日付を使う際は、その文書の目的と、そこからこぼれる被害者の時間を意識します。
クウェートの法改正は投票資格を与えましたが、女性候補が当選するまでにはさらに選挙と運動が必要でした。権利獲得の記事では、法律の公布、初投票、初当選、政策参加を別々の段階として示すと、制度変化の実像が伝わります。
文化大革命の始まりを五・一六通知だけで固定することはできませんが、党中央が敵の摘発を正当化した文書として重要です。曖昧な「党内のブルジョア代表」という表現が、地方や学校で広範な迫害へ拡大した過程を追います。
チャスタイズ作戦は精密爆撃の技術物語として映画化されましたが、洪水で亡くなった強制労働者や住民の存在は長く周縁化されました。兵器の独創性と作戦の人道的結果を同じ記事に置くことで、称賛一辺倒を避けます。
光の国際デーはレーザーだけを祝う日ではありません。太陽光、光合成、天文学、映像、光通信、文化遺産保存まで対象とし、科学教育と持続可能な社会を結ぶ日です。企業の商品記念日とは性格を分けて示します。
5月16日の記念日・世界の祝日
平和に共存する国際デー
国連総会が2017年に定めた国際デーで、差異を認めながら対話、寛容、連帯を進めることを呼びかけます。各国の公休日ではなく、教育・啓発のための日です。
光の国際デー
ユネスコが、1960年5月16日のレーザー初発振にちなみ定めました。光科学が医療、通信、エネルギー、文化、持続可能な開発へ果たす役割を伝えます。
HAEデー
遺伝性血管性浮腫への理解を広げ、診断の遅れを減らす国際啓発日です。突然の腫れは部位によって生命に関わるため、専門的な診断と治療体制が重要です。
国際セリアック病啓発デー
小麦などに含まれるグルテンへの免疫反応で小腸が障害されるセリアック病について、診断、食品表示、食生活の支援を考える日です。
旅の日
日本旅のペンクラブが、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅へ出た旧暦元禄2年3月27日を新暦換算した日にちなみ制定しました。旅と文化の関係を考えます。
マレーシア教師の日
1956年5月16日に同国の教育制度の基礎となるラザク報告が承認されたことにちなみ、教師の役割と教育への貢献をたたえる国家的記念日です。
抗疲労の日
健康関連事業を行う企業・研究組織が「こう(5)ひろう(16)」の語呂から、疲労の測定、休養、睡眠、食事の大切さを伝える目的で設けた記念日です。
工事写真の日
工事写真管理ソフトを手がける企業が、建設記録の重要性と撮影技術を伝えるため制定した企業記念日です。写真は品質、工程、安全を後から検証する資料になります。
十六茶の日(毎月16日)
アサヒ飲料が、16種類の素材を組み合わせたブレンド茶の商品名にちなみ毎月16日に設けた企業記念日です。固定の国民的行事や祝日ではありません。
トロの日(毎月16日)
回転ずしチェーンを運営するカッパ・クリエイトが「ト(10)ロ(6)」の語呂を16日に見立て、まぐろのトロを楽しむ機会として制定しました。
今日(2026年5月16日)が祝日の国
2026年5月16日は土曜日で、日本の国民の祝日ではありません。国連の平和に共存する国際デー、ユネスコの光の国際デーが実施されます。マレーシアの教師の日は国家的記念日ですが、一般の公休日とは区別します。
- 日本|国民の祝日ではありません
- 国連|平和に共存する国際デー
- ユネスコ|光の国際デー
- マレーシア|教師の日(国家的記念日)
- 国際患者団体|HAEデー
5月16日が誕生日の有名人
ウィリアム・スワード(1801年生)
リンカーン政権で奴隷制廃止と南北戦争外交を支え、後にアラスカ購入を実現しました。
タマラ・ド・レンピッカ(1898年生)
幾何学的な身体と磨かれた表面でアール・デコを象徴し、近代都市の自立した女性像を描きました。
ヘンリー・フォンダ(1905年生)
『怒りの葡萄』『十二人の怒れる男』などで、平静さの内側に倫理的葛藤を抱える人物を演じました。
スタッズ・ターケル(1912年生)
労働者、市民、戦争経験者の語りを聞き取り、名もない人々の生活をオーラルヒストリーとして残しました。
フアン・ルルフォ(1917年生)
短編集『燃える平原』と小説『ペドロ・パラモ』で死者の声と土地の記憶を重ね、ラテンアメリカ文学へ影響しました。
マートン・ミラー(1923年生)
モディリアーニと企業価値・資本構成の関係を理論化し、現代企業金融の基礎を築きました。
エイドリアン・リッチ(1929年生)
詩と評論でジェンダー、母性、権力、言語を問い、フェミニズム文学の重要な声となりました。
ビリー・コブハム(1944年生)
ジャズ、ロック、ファンクを結ぶ強靱な演奏でフュージョンの発展を支えました。
ピアース・ブロスナン(1953年生)
映画『007』シリーズのジェームズ・ボンド役などで国際的な人気を得ました。
オルガ・コルブト(1955年生)
ミュンヘン五輪で大胆な技と表現力を示し、女子体操の高度化と世界的人気を促しました。
ジャネット・ジャクソン(1966年生)
『コントロール』『リズム・ネイション1814』で音楽、ダンス、映像を統合し、自己決定と社会問題を歌いました。
IU(1993年生)
繊細な歌唱と自作曲、ドラマ出演を通じ、韓国の大衆音楽と映像文化で幅広い支持を得ています。
5月16日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1801 | ウィリアム・スワード | 米国務長官 |
| 1804 | エリザベス・パーマー・ピーボディ | 教育者・出版人 |
| 1831 | デイヴィッド・エドワード・ヒューズ | 発明家・音楽家 |
| 1883 | ジェラール・エンカウス | 医師・神秘思想家 |
| 1898 | タマラ・ド・レンピッカ | 画家 |
| 1905 | ヘンリー・フォンダ | 俳優 |
| 1912 | スタッズ・ターケル | 作家・放送人 |
| 1913 | ウディ・ハーマン | ジャズ・クラリネット奏者 |
| 1917 | フアン・ルルフォ | 作家 |
| 1919 | リベラーチェ | ピアニスト・芸能人 |
| 1921 | ハリー・ケリー・ジュニア | 俳優 |
| 1923 | マートン・ミラー | 経済学者 |
| 1929 | エイドリアン・リッチ | 詩人・思想家 |
| 1930 | フリードリヒ・グルダ | ピアニスト・作曲家 |
| 1936 | ロイ・ハッド | 俳優・コメディアン |
| 1937 | イヴォンヌ・クレイグ | 俳優・バレエダンサー |
| 1944 | ビリー・コブハム | ドラマー |
| 1951 | ジョナサン・リッチマン | シンガーソングライター |
| 1953 | ピアース・ブロスナン | 俳優 |
| 1955 | デブラ・ウィンガー | 俳優 |
| 1955 | オルガ・コルブト | 体操選手 |
| 1959 | メア・ウィニンガム | 俳優・歌手 |
| 1966 | ジャネット・ジャクソン | 歌手・俳優 |
| 1969 | デヴィッド・ボレアナズ | 俳優 |
| 1970 | ガブリエラ・サバティーニ | テニス選手 |
| 1973 | トリ・スペリング | 俳優 |
| 1975 | サイモン・ウィットフィールド | トライアスロン選手 |
| 1986 | ミーガン・フォックス | 俳優 |
| 1991 | グリゴール・ディミトロフ | テニス選手 |
| 1993 | IU | 歌手・俳優 |
5月16日が命日の有名人
シャルル・ペロー(1703年没)
『赤ずきん』『シンデレラ』など口承物語を文学として定着させ、後世の児童文学と大衆文化へ影響しました。
ジョゼフ・フーリエ(1830年没)
熱伝導を三角関数の級数で表す手法を発展させ、解析学、物理学、信号処理の基礎を築きました。
ブロニスワフ・マリノフスキ(1942年没)
長期の参与観察を人類学の中心的方法にしましたが、植民地主義的環境と私的日記の偏見も批判的に検討されています。
ジャンゴ・ラインハルト(1953年没)
左手の障害を独自の奏法へ変え、ステファン・グラッペリらとジプシー・ジャズの語法を築きました。
ジェームズ・エイジー(1955年没)
『名高き人々をほめよ』で貧困家庭を記録し、映画批評と脚本でも重要な仕事を残しました。
アンディ・カウフマン(1984年没)
演技と現実の境界を崩すパフォーマンスで、観客が笑いの仕組みそのものを疑う実験的コメディを行いました。
ジム・ヘンソン(1990年没)
マペットを通じ子ども向け教育と大人の風刺を結び、人形表現をテレビと映画の中心へ押し上げました。
サミー・デイヴィス・ジュニア(1990年没)
歌、踊り、演技を横断するエンターテイナーとして活躍し、人種差別の壁と向き合いながら舞台文化を変えました。
ロニー・ジェイムス・ディオ(2010年没)
レインボー、ブラック・サバス、ディオで力強い声と幻想的な歌詞を示し、ヘヴィメタルを代表しました。
ボブ・ホーク(2019年没)
労使合意を軸に経済改革と社会保障拡充を進め、同国の1980年代政治を方向づけました。
5月16日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1703 | シャルル・ペロー | 作家 |
| 1830 | ジョゼフ・フーリエ | 数学者・物理学者 |
| 1862 | エドワード・ギボン・ウェイクフィールド | 植民地政策論者 |
| 1915 | ヘルマン・クナックフス | 画家・美術史家 |
| 1942 | ブロニスワフ・マリノフスキ | 文化人類学者 |
| 1944 | ジョージ・エイド | 作家・劇作家 |
| 1953 | ジャンゴ・ラインハルト | ジャズギタリスト |
| 1955 | ジェームズ・エイジー | 作家・映画批評家 |
| 1957 | エリオット・ネス | 法執行官 |
| 1984 | アーウィン・ショー | 作家・劇作家 |
| 1984 | アンディ・カウフマン | コメディアン・俳優 |
| 1985 | マーガレット・ハミルトン | 俳優 |
| 1990 | ジム・ヘンソン | 人形作家・映像制作者 |
| 1990 | サミー・デイヴィス・ジュニア | 歌手・俳優 |
| 1995 | ロラ・フローレス | 歌手・俳優 |
| 2008 | ロバート・モンダヴィ | ワイン醸造家 |
| 2010 | ロニー・ジェイムス・ディオ | 歌手 |
| 2012 | チャック・ブラウン | ギタリスト・歌手 |
| 2019 | ボブ・ホーク | オーストラリア首相 |
5月16日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡牛座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 5月の誕生石 | エメラルド、翡翠 |
2026年5月16日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 土曜日 |
| 和暦 | 令和8年5月16日 |
| 旧暦 | 2026年3月30日 |
| 六曜 | 友引 |
| 干支 | 庚寅(かのえとら) |
| 二十四節気 | 立夏の期間(2026年の立夏は5月5日20時49分、小満は5月21日9時37分) |
| 七十二候 | 竹笋生(たけのこしょうず) |
| 月齢 | 28.6(東京・正午) |
| 十二直 | 納(おさん) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年5月16日の暦を読む
2026年5月16日は土曜日、旧暦3月30日です。二十四節気は立夏の期間、七十二候は「竹笋生」。東京の正午月齢は28.6で新月直前、六曜は友引、干支は庚寅、十二直は納です。日本の国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 映画芸術科学アカデミー・The 1st Academy Awards
- 米国上院・Andrew Johnson Impeachment Trial
- 米国国務省歴史局・Sykes-Picot Agreement
- スミソニアン・Theodore Maiman and the Laser
- 田部井淳子基金・プロフィール
- 在ネパール日本国大使館・登山史
- NASA・STS-134
- 国連・International Day of Living Together in Peace
- ユネスコ・International Day of Light
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年5月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
