11月29日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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11月29日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢35名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】11月29日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月29日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1624年酒井忠清江戸幕府大老・前橋藩第4代藩主
1745年島津重豪薩摩藩第8代藩主
1815年井伊直弼江戸幕府大老・彦根藩第15代藩主
1867年大石誠之助医師・社会主義者
1882年藤井浩佑彫刻家
1893年外山ハツ教育者・政治家
1903年手塚富雄ドイツ文学者
1909年田中絹代俳優・映画監督
1923年小関隆祺農学者・環境学者
1927年長谷川慶太郎経済評論家
1927年古田足日児童文学作家・評論家
1928年尾崎秀樹文芸評論家・大衆文学研究者
1930年滝田裕介俳優
1931年勝新太郎俳優・映画監督
1934年倉俣史朗インテリアデザイナー
1965年尾崎豊歌手・作詞作曲家

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】11月29日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1427年英宗明第6代・第8代皇帝
1627年ジョン・レイイングランドの博物学者
1690年クリスティアン・アウグストアンハルト=ツェルプスト侯
1728年ヨハン・ゲルハルト・ケーニヒドイツの植物学者・医師
1797年ガエターノ・ドニゼッティイタリアの作曲家
1803年ゴットフリート・ゼンパードイツの建築家・建築理論家
1803年クリスチャン・ドップラーオーストリアの物理学者
1813年フランツ・ミクロシッチスロベニア生まれの言語学者
1832年ルイーザ・メイ・オルコットアメリカの小説家
1835年西太后清の皇太后・政治指導者
1849年ジョン・アンブローズ・フレミングイギリスの電気工学者
1856年テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェークドイツ帝国宰相
1876年ネリー・テイロー・ロスアメリカの政治家・州知事
1895年ウィリアム・タブマンリベリアの政治家・大統領
1898年C・S・ルイスイギリスの文学者・作家
1905年マルセル・ルフェーブルフランスのカトリック大司教
1925年アイヴァン・モリスイギリスの日本文学研究者・翻訳家
1932年ジャック・シラクフランスの政治家・大統領
1933年ジェームズ・ローゼンクイストアメリカの画家

11月29日生まれの代表的な偉人

井伊直弼

  • 生没年:1815年11月29日(文化12年10月29日)~1860年3月24日(安政7年3月3日)
  • 国:日本
  • 肩書き:江戸幕府大老・彦根藩第15代藩主

彦根藩主家の十四男として生まれ、長く部屋住みを経験した後に藩主となり、欧米艦隊への対応で幕府が分裂する時期に大老へ就きました。勅許を得ないまま日米修好通商条約へ調印し、将軍継嗣を徳川家茂に定め、反対派を安政の大獄で処罰しました。開国条約は日本を国際通商へ踏み出させ、茶道・国学にも通じた政治家として幕末史の中心に位置します。一方、不平等条約を避ける時間が乏しかった事情はあるものの、拷問、投獄、死刑を伴う弾圧が政治的暴力を激化させ、桜田門外の変へ至った責任を『開国の英断』だけで消せません。

大石誠之助

  • 生没年:1867年11月29日(慶応3年11月4日)~1911年1月24日(明治44年1月24日)
  • 国:日本
  • 肩書き:医師・社会主義者

紀伊国新宮に生まれ、アメリカで医学を学んだ後に帰郷し、近代産業化の恩恵が地方へ十分届かない時代に診療を行いました。貧しい患者を治療し、公娼制度や差別、戦争へ批判的な文章を書き、地域で幸徳秋水らの社会主義思想と交流しました。大逆事件で処刑された十二人の一人となり、国家が思想と人間関係を犯罪化した明治末の言論弾圧を示す象徴となりました。一方、天皇暗殺計画への直接関与を示す証拠はなく裁判は秘密・短期で進みましたが、本人を完全に無政治的な犠牲者とするのでもなく、急進思想と司法手続の双方を史料から検討すべきです。

田中絹代

  • 生没年:1909年11月29日(明治42年11月29日)~1977年3月21日(昭和52年3月21日)
  • 国:日本
  • 肩書き:俳優・映画監督

山口県に生まれ、家計を支えるため少女期から舞台と映画へ入り、無声映画からトーキー、戦時統制、戦後復興まで日本映画を横断しました。『愛染かつら』『西鶴一代女』『雨月物語』などで女性の欲望と受難を多面的に演じ、1953年からは『恋文』など六本を監督しました。半世紀に及ぶ演技は小津、溝口、成瀬らの作品を支え、女性監督が極端に少ない時代に制作現場へ道を開きました。一方、役柄には犠牲的女性像が多く、女性監督としても男性中心の会社制度と批評に制約され、渡米後の『アメリカ化』批判に晒されたため、国民的女優像だけで主体性と抑圧を捉えられません。

古田足日

  • 生没年:1927年11月29日(昭和2年11月29日)~2014年6月8日(平成26年6月8日)
  • 国:日本
  • 肩書き:児童文学作家・評論家

愛媛県に生まれ、戦争と敗戦を青年期に経験し、戦後民主主義の中で子どもを教化対象でなく生活する主体として捉え直しました。『宿題ひきうけ株式会社』『おしいれのぼうけん』などを著し、児童文学評論で大人の道徳を一方的に押し付けない現代的リアリズムを提唱しました。子どもの集団、遊び、恐れ、社会矛盾を具体的に描く作品は学校や家庭で読み継がれ、戦後児童文学の批評基準を高めました。一方、子どもの主体性という理念も世代、性別、障害、家庭環境の差を十分描けない場合があり、教育現場で名作を固定的な教材へ変えると作品の反抗性が失われます。

倉俣史朗

  • 生没年:1934年11月29日(昭和9年11月29日)~1991年2月1日(平成3年2月1日)
  • 国:日本
  • 肩書き:インテリアデザイナー

東京に生まれ、桑沢デザイン研究所を経て、消費文化と新素材が都市空間を変えた高度成長期に店舗・家具設計へ進みました。透明アクリルに造花を封じた椅子『ミス・ブランチ』、金網の椅子『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』などで重力感を消す空間を作りました。工業素材を詩的な感覚へ転換する仕事は日本のポストモダンデザインを国際的に知らしめ、店舗設計と家具の境界を広げました。一方、高価で量産しにくい作品は日常の普遍的デザインより美術市場へ近く、バブル期の商業空間に支えられたため、軽やかな造形を社会的・資源的コストから切り離せません。

ジョン・レイ

  • 生没年:1627年11月29日~1705年1月17日
  • 国:イングランド
  • 肩書き:博物学者

エセックスの鍛冶屋の家に生まれ、宗教改革後の大学と野外観察が自然研究を変える十七世紀に植物・動物を調査しました。植物を形態の共通性で分類し、種を生殖によって連続する集団として記述して、動物も解剖学的特徴から体系化しました。リンネ以前の分類学と自然神学を結び、観察可能な形質に基づく生物分類の基礎を築いて博物学の専門化を進めました。一方、種を固定的な創造物とみなし進化を想定せず、収集知は帝国的旅行網にも依存したため、近代生物学の直接的完成者とするのは行き過ぎです。

ガエターノ・ドニゼッティ

  • 生没年:1797年11月29日~1848年4月8日
  • 国:イタリア
  • 肩書き:作曲家

ベルガモの貧しい家庭に生まれ、ナポレオン後のイタリア諸国で公開歌劇場と歌手文化が急成長する中、作曲教育を受けました。『愛の妙薬』『ランメルモールのルチア』『連隊の娘』など七十作近い歌劇で、旋律、劇的速度、声の技巧を結びました。ロッシーニからヴェルディへ至るベルカント・オペラの中心を担い、喜劇と悲劇双方の人物心理を音楽で進める方法を発展させました。一方、短納期の劇場制度で自己借用と改訂が多く、女性の狂乱や犠牲を見世物化する筋も目立つため、美声の魅力とジェンダー表象・興行労働を併せて読む必要があります。

ゴットフリート・ゼンパー

  • 生没年:1803年11月29日~1879年5月15日
  • 国:ドイツ・スイス
  • 肩書き:建築家・建築理論家

ハンブルクに生まれ、古代建築研究と工業化が装飾の意味を問い直す十九世紀に、ドレスデンで建築家・教授となりました。ドレスデン歌劇場、ウィーンの美術史美術館などを設計し、『建築の四要素』と『様式』で織物、材料、技法から建築形態を説明しました。構造だけでなく制作技術と色彩を重視する理論は近代建築史、デザイン史、博物館建築へ長期的な影響を与えました。一方、1849年革命参加で亡命した一方、歴史様式と帝国的公共建築に依存し、非欧州文化の造形を比較材料として抽出した点には植民地主義的分類の問題があります。

クリスチャン・ドップラー

  • 生没年:1803年11月29日~1853年3月17日
  • 国:オーストリア
  • 肩書き:物理学者・数学者

ザルツブルクの石工家庭に生まれ、鉄道と波動研究が進む十九世紀前半にプラハ工科大学などで数学・物理を教えました。光源や音源と観測者の相対運動で観測周波数が変わる原理を1842年に発表し、音響実験によって基本的妥当性が確かめられました。ドップラー効果は天体の運動、気象レーダー、超音波血流測定、速度計測の基礎となり、宇宙から人体まで共通する測定原理になりました。一方、恒星の色をすべて運動で説明した初期論文の適用には誤りがあり、原理の確立は後続の実験者・理論家による修正を含むため、一度の発見で完成したわけではありません。

ルイーザ・メイ・オルコット

  • 生没年:1832年11月29日~1888年3月6日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:小説家

ペンシルベニア州に生まれ、超越主義者の父の教育実験と家計不安の中で育ち、教師、家政婦、従軍看護師として働きました。家族経験を基に『若草物語』を著し、姉妹が創作、結婚、仕事、自立の選択に悩む姿を家庭小説の枠内で生き生きと描きました。少女の野心と労働を文学の中心に置き、児童文学と女性の職業観へ世界的影響を与え、自身も女性参政権と奴隷制廃止を支持しました。一方、出版社の要求で結婚結末を加えた事情があり、家庭の温かさは貧困と母の負担を和らげて表すため、自伝的事実と作品の理想化を区別して読む必要があります。

西太后

  • 生没年:1835年11月29日~1908年11月15日
  • 国:清
  • 肩書き:皇太后・政治指導者

満洲旗人の家に生まれ、咸豊帝の后妃として同治帝を産み、第二次アヘン戦争後の国家危機で幼帝を補佐する皇太后となりました。クーデターで政権を掌握し、同治・光緒両帝の時代に軍機処と人事を統制しつつ、洋務運動や新政を時期によって支援しました。半世紀近い政治関与は清末の外交、軍事、宮廷制度を左右し、単なる『悪女』像を超えて女性権力者の可能性を示します。一方、戊戌政変で改革派を弾圧し義和団を利用した判断は甚大な被害を招き、同時に敗戦責任を女性一人の浪費へ帰す俗説も、構造的危機と男性官僚の責任を隠します。

ジョン・アンブローズ・フレミング

  • 生没年:1849年11月29日~1945年4月18日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:電気工学者

ランカシャーに生まれ、電信、電力、無線が別々の技術から工学体系へ統合される時代に大学と企業で研究しました。エジソン効果を利用した二極真空管を1904年に発明し、交流回路の表現法と『フレミング左手・右手の法則』を教育へ定着させました。真空管整流は無線受信、増幅、放送、初期電子計算機の発展を支え、電気工学を職業的学問として整えました。一方、特許優先権をめぐりマルコーニ社やデ・フォレストと争い、晩年は進化論へ反対したため、電子技術の権威が他分野の科学判断まで保証するわけではありません。

C・S・ルイス

  • 生没年:1898年11月29日~1963年11月22日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:文学者・作家

ベルファストに生まれ、第一次世界大戦で負傷した後、オックスフォードで中世・ルネサンス文学を研究し、無神論からキリスト教へ回心しました。『ナルニア国物語』『悪魔の手紙』などの物語と『キリスト教の精髄』などの弁証論で、神学的主題を平明な比喩へ変えました。ファンタジー文学、児童文学、一般向け宗教思想へ国際的な読者を広げ、トールキンらとの交流も創作共同体のモデルとなりました。一方、作品の女性像、人種・文化表象、キリスト教中心の救済観には批判があり、親しみやすさが神学内部の多様性や植民地主義的前提を覆わないよう読む必要があります。

11月29日に起きた歴史的な出来事

  • 1830年11月29日|十一月蜂起開始
    ロシア帝国支配下のポーランド立憲王国で士官候補生らがワルシャワの武器庫を襲い、独立回復を求める蜂起が始まりました。国民政府と正規軍を生んだ抵抗は翌年鎮圧されましたが、ポーランドの亡命文化と民族運動を長く方向づけました。なお、蜂起指導部は農民解放と諸民族の要求を十分統合できず、戦闘、処刑、シベリア流刑、大亡命という大きな人的損失を招きました。
  • 1864年11月29日|サンドクリーク虐殺
    コロラド準州の義勇騎兵隊が、和平の意思を示していたシャイアン族とアラパホ族の野営を襲撃しました。女性や子どもを含む多数を殺害・損傷し、平原部の報復戦と先住民追放をさらに激化させました。なお、当時から米議会調査が残虐行為を非難しており、『開拓者防衛の戦闘』という呼称は国家による土地収奪と民間人殺害を隠します。
  • 1875年11月29日(明治8年11月29日)|同志社英学校開校
    新島襄が京都の旧薩摩藩邸で同志社英学校を開き、キリスト教精神と英学を基礎に教育を始めました。官立学校とは異なる私学の自治と人格教育を掲げ、後の同志社大学と近代日本の私立高等教育へ発展しました。なお、宣教師資金と宗派的背景に依存し、女子教育や社会的階層の参加も当初は限定されたため、自由教育の理念が最初から完全に実現したわけではありません。
  • 1877年11月29日|エジソンが蓄音機を公開実演
    トーマス・エジソンが錫箔円筒へ音を記録・再生する蓄音機を米雑誌社の編集部で実演しました。音を時間と場所から切り離して保存する技術を社会へ示し、録音産業、放送、音声資料保存の出発点となりました。なお、発明の普及は研究所職員や改良者の共同作業に依存し、演奏者の権利、音源の所有、文化の商業化という新たな問題も生みました。
  • 1890年11月29日(明治23年11月29日)|大日本帝国憲法施行と帝国議会開会
    前年公布された大日本帝国憲法が施行され、貴族院と衆議院からなる第一回帝国議会が開かれました。選挙と議会審議を制度化して近代立憲国家の枠組みを作り、政党政治発展の舞台となりました。なお、主権は天皇に置かれ、選挙権は高額納税の男性に限られ、植民地住民や女性は排除されたため、同時代の『立憲』を現代民主主義と同一視できません。
  • 1910年11月29日(明治43年11月29日)|白瀬南極探検隊出航
    白瀬矗が率いる開南丸が東京・芝浦を出航し、日本初の本格的な南極探検へ向かいました。南緯八十度付近へ到達して『大和雪原』と命名し、日本の極地探検と後の南極観測の先駆けとなりました。なお、資金と装備が不足して科学調査は限定され、地名付与は国際的領有競争の文脈にあり、隊員・樺太犬の危険を冒険美談だけで覆えません。
  • 1919年11月29日(大正8年11月29日)|大和運輸設立
    小倉康臣が東京で大和運輸を設立し、トラックによる都市間貨物輸送事業へ乗り出しました。鉄道中心だった物流へ自動車輸送を加え、後の宅急便による個人向け配送網へ発展する企業基盤を作りました。なお、物流の利便性は運転者の長時間労働、交通事故、再配達、排出ガスを伴い、企業成長をサービス革新だけで評価できません。
  • 1924年11月29日(大正13年11月29日)|日本でベートーヴェン第九全曲初演
    東京音楽学校の演奏会で、ベートーヴェン交響曲第九番が日本人による管弦楽と合唱で全曲演奏されました。西洋音楽教育の制度化を示し、のち年末に『第九』を演奏する日本独自の大衆的慣行へつながりました。なお、徳島のドイツ人捕虜による1918年演奏など『初演』の定義に違いがあり、国家的文化受容が植民地・戦争捕虜の歴史を消さないよう区別が必要です。
  • 1929年11月29日|バード隊が南極点上空を初飛行
    リチャード・バードらの航空隊が南極の基地から飛び立ち、南極点上空を通過して帰還しました。航空機、無線、補給基地を結ぶ極地探検の新段階を示し、南極の測量と国際的関心を高めました。なお、航法記録の精度や到達判定には検討があり、探検競争は領有権主張、スポンサー宣伝、隊員の危険と環境負荷を伴いました。
  • 1947年11月29日|国連パレスチナ分割決議
    国連総会が英国委任統治領パレスチナをアラブ国家とユダヤ国家へ分け、エルサレムを国際管理とする決議を採択しました。イスラエル建国の国際的根拠の一つとなる一方、アラブ側の反対と1948年戦争へ進む決定的な節目となりました。なお、人口と土地所有に比して領域配分が不均衡との批判があり、戦争、パレスチナ人の追放・難民化、長期紛争を生んだため、単純な二国家解決の成功とはいえません。
  • 1972年11月29日|ゲーム『ポン』商業稼働
    アタリ社が卓球を模した業務用ビデオゲーム『ポン』をカリフォルニアの酒場へ設置し、商業展開を始めました。単純な操作と対戦性で成功し、アーケードゲーム、家庭用機、ソフト産業が大衆市場となる契機を作りました。なお、原型には先行ゲームの影響があり、知的財産争い、依存的利用、電子廃棄物、開発労働の問題も含むため、単独企業の発明神話にできません。
  • 1973年11月29日(昭和48年11月29日)|大洋デパート火災
    熊本市の大洋デパートで改装工事中に火災が広がり、避難の遅れと煙により百人を超える死者が出ました。百貨店の防火区画、非常口、誘導、工事管理の欠陥を明らかにし、建築・消防法規強化を促しました。なお、買物客だけでなく従業員も犠牲となり、窓からの転落など過酷な被害があったため、設備の不備を個人の避難判断へ転嫁してはなりません。
  • 1985年11月29日(昭和60年11月29日)|国電同時多発ゲリラ事件
    国鉄分割民営化へ反対する中核派が首都圏などの通信・信号設備を同時に破壊し、広範囲で列車運行を止めました。労働政策をめぐる対立が利用者を巻き込む実力闘争へ転じ、国鉄改革への世論と警備体制へ影響しました。なお、国家・経営側の雇用政策への批判があっても、公共交通の安全を脅かす破壊行為は正当化できず、一般労組員と実行組織を混同してはなりません。
  • 1987年11月29日|大韓航空858便爆破事件
    バグダッド発ソウル行き大韓航空機がアンダマン海上空で爆破され、乗客乗員百十五人全員が死亡しました。韓国政府は北朝鮮工作員によるソウル五輪妨害工作と認定し、東アジアの航空保安と南北関係を緊張させました。なお、国家テロによる民間人殺害が中心である一方、捜査・供述をめぐる異説を政治宣伝へ利用せず、公開資料と被害者の権利に基づいて検証すべきです。
  • 1990年11月29日|国連安保理決議678採択
    国連安全保障理事会が、クウェートを占領するイラクに撤退期限を設け、加盟国へ必要なあらゆる手段の使用を認めました。翌年の湾岸戦争に多国籍軍の法的根拠を与え、冷戦後の集団安全保障の可能性を示しました。なお、空爆と地上戦は軍人・民間人の死、インフラ破壊、環境汚染を招き、制裁も長期の人道危機へつながったため、国連承認が被害を免責しません。

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