
11月20日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢52名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】11月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月20日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1619年 | 山名矩豊 | 但馬村岡領主 |
| 1646年 | 松平重栄 | 第2代杵築藩主 |
| 1689年 | 加藤泰統 | 第4代大洲藩主 |
| 1696年 | 徳川宗春 | 第7代尾張藩主 |
| 1779年 | 酒井忠実 | 第4代姫路藩主 |
| 1840年 | 小笠原貞正 | 第9代小倉新田藩主 |
| 1843年 | 品川弥二郎 | 長州藩士・内務大臣 |
| 1865年 | 三並良 | 牧師・ドイツ哲学研究者 |
| 1870年 | 中田重治 | 牧師・大衆伝道者 |
| 1871年 | 細田安兵衛(3代目) | 実業家・政治家 |
| 1878年 | 斎藤常三郎 | 法学者 |
| 1889年 | 中井一夫 | 裁判官・弁護士・政治家 |
| 1889年 | 小野竹喬 | 日本画家 |
| 1892年 | 末川博 | 民法学者・大学総長 |
| 1896年 | 林達夫 | 思想家・評論家 |
| 1899年 | 田嶋一雄 | 実業家・ミノルタ創業者 |
| 1900年 | 加藤精三 | 政治家・鶴岡市長 |
| 1903年 | 大田洋子 | 小説家 |
| 1904年 | 中馬馨 | 政治家・大阪市長 |
| 1914年 | 見坊豪紀 | 国語学者・辞書編纂者 |
| 1915年 | 市川崑 | 映画監督 |
| 1915年 | 庄野英二 | 児童文学者 |
| 1917年 | 今堀宏三 | 生物学者 |
| 1922年 | 野村泰治 | アナウンサー |
| 1926年 | 赤羽賢司 | 天文学者 |
| 1928年 | 小杉仁三 | 作曲家・編曲家 |
| 1932年 | 内藤ルネ | イラストレーター・デザイナー |
| 1932年 | 安東ウメ子 | アイヌ文化伝承者・音楽家 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】11月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1625年 | パウルス・ポッテル | オランダの画家 |
| 1752年 | トーマス・チャタートン | イギリスの詩人 |
| 1753年 | ルイ=アレクサンドル・ベルティエ | フランスの軍人 |
| 1803年 | エフィム・プチャーチン | ロシアの提督・外交官 |
| 1816年 | アントニオ・リナルディ | イタリアの画家 |
| 1841年 | ウィルフリッド・ローリエ | カナダ首相 |
| 1851年 | マルゲリータ・ディ・サヴォイア | イタリア王妃 |
| 1858年 | セルマ・ラーゲルレーヴ | スウェーデンの小説家 |
| 1862年 | エドワード・ウェスターマーク | フィンランドの社会学者 |
| 1871年 | ウィリアム・キルパトリック | アメリカの教育学者 |
| 1886年 | カール・フォン・フリッシュ | オーストリアの動物行動学者 |
| 1889年 | エドウィン・ハッブル | アメリカの天文学者 |
| 1903年 | アレクサンドラ・ダニロワ | ロシア出身のバレエダンサー |
| 1907年 | アンリ=ジョルジュ・クルーゾー | フランスの映画監督 |
| 1912年 | オットー・フォン・ハプスブルク | 欧州議会議員・ハプスブルク家当主 |
| 1914年 | エミリオ・プッチ | イタリアの服飾デザイナー |
| 1915年 | 胡耀邦 | 中国共産党総書記 |
| 1922年 | ノエル・ミュートン=ウッド | オーストラリアのピアニスト |
| 1923年 | ナディン・ゴーディマ | 南アフリカの小説家 |
| 1924年 | ブノワ・マンデルブロ | フランス・アメリカの数学者 |
| 1925年 | マイヤ・プリセツカヤ | ソ連・ロシアのバレエダンサー |
| 1925年 | ロバート・ケネディ | アメリカの司法長官・上院議員 |
| 1937年 | ルース・ラレード | アメリカのピアニスト |
| 1946年 | デュアン・オールマン | アメリカのギタリスト |
11月20日生まれの代表的な偉人
小野竹喬
- 生没年:1889年11月20日(明治22年11月20日)~1979年5月10日(昭和54年5月10日)
- 国:日本
- 肩書き:日本画家
岡山県笠岡に生まれ、京都市立絵画専門学校で竹内栖鳳に学び、日本画が西洋絵画の写実と構成を吸収した時代に活動しました。土田麦僊らと国画創作協会を結成し、欧州旅行後は瀬戸内や山野の風景を簡潔な色面と透明な色彩で描きました。伝統的な筆墨と近代的な色彩感覚を結び付け、人物中心だった日本画で風景表現の自立と詩情を深めました。一方、穏やかな自然美は農漁村の労働や環境改変を背景へ退けやすく、近代日本画の制度が官展・画壇の権威に支えられた点も考慮が必要です。
末川博
- 生没年:1892年11月20日(明治25年11月20日)~1977年2月16日(昭和52年2月16日)
- 国:日本
- 肩書き:民法学者・大学総長
山口県に生まれ、京都帝国大学で民法を学び、自由主義的学問が国家統制と衝突した昭和初期に研究と教育へ携わりました。滝川事件では大学自治を守るため辞職し、戦後は立命館大学総長として「平和と民主主義」を掲げ、権利濫用論など民法研究を進めました。学問の自由を大学運営と市民社会の理念へ結び付け、戦後法学と私学教育の象徴的存在となりました。一方、人格的指導者としての評価が強い一方、大学経営における権限集中や、抽象的な市民法理論が家族・階級・ジェンダーの不平等を十分扱わなかった限界もあります。
林達夫
- 生没年:1896年11月20日(明治29年11月20日)~1984年4月25日(昭和59年4月25日)
- 国:日本
- 肩書き:思想家・評論家
東京に生まれ、京都帝国大学で哲学を学び、マルクス主義、ファシズム、戦後民主主義が交錯する二十世紀日本の知的状況を編集者としても経験しました。百科全書的な読書を背景に西洋思想、芸術、社会史を論じ、雑誌『思想』編集や『世界大百科事典』の企画を通じて知識の公共化を進めました。体系を掲げるより既成観念を疑う批評精神を示し、日本の思想史・出版文化・百科事典編集へ広く影響しました。一方、断片的な随筆と沈黙を重んじる姿勢は政治的責任を曖昧にする場合があり、戦時下の知識人としての位置とエリート男性中心の教養観も検討すべきです。
大田洋子
- 生没年:1903年11月20日(明治36年11月20日)~1963年12月10日(昭和38年12月10日)
- 国:日本
- 肩書き:小説家
広島市に生まれ、新聞記者や女性雑誌の仕事を経て作家となり、1945年8月6日の原子爆弾を市内で体験しました。被爆直後から記録を書き、『屍の街』『人間襤褸』で破壊された身体、都市、記憶と被爆者差別を描きました。原爆を抽象的な悲劇でなく生活者の感覚と言葉から記録し、被爆文学という領域を切り開いて核兵器の非人道性を伝えました。一方、初期作品には戦時体制へ順応した表現もあり、被爆体験の代表者として一人の証言へ集約すると、朝鮮人被爆者や多様な生存者の経験が見えにくくなります。
市川崑
- 生没年:1915年11月20日(大正4年11月20日)~2008年2月13日(平成20年2月13日)
- 国:日本
- 肩書き:映画監督
三重県に生まれ、アニメーション部門から実写映画へ移り、撮影所システムとテレビが並存した戦後日本で多様なジャンルを手掛けました。『ビルマの竪琴』『炎上』『野火』『東京オリンピック』『犬神家の一族』で、鋭い画面構成、文字、音響を用いて戦争、欲望、群衆を描きました。文芸映画、記録映画、娯楽大作を横断する映像設計は日本映画とテレビ表現へ広く影響し、脚本家の和田夏十との共同作業も重要です。一方、洗練された造形が戦争や貧困の苦痛を美的対象へ変える危険があり、監督中心の評価が妻・和田を含む共同制作者の寄与を隠してきた点にも注意が必要です。
セルマ・ラーゲルレーヴ
- 生没年:1858年11月20日~1940年3月16日
- 国:スウェーデン
- 肩書き:小説家
スウェーデン中部の地主家庭に生まれ、教師として働きながら、工業化と人口流出が農村社会を変える時代に創作しました。『イェスタ・ベルリングの伝説』『ニルスのふしぎな旅』で民話、風景、歴史を物語へ織り込み、1909年に女性初のノーベル文学賞を受賞しました。教育用地理読本を世界文学へ高め、女性作家の社会的地位と北欧文学の国際的評価を押し上げました。一方、国民的風景を統合する語りはサーミ人など少数者を周縁化し、教育的な動物物語も近代国家の領土観を自然なものとして示す限界があります。
カール・フォン・フリッシュ
- 生没年:1886年11月20日~1982年6月12日
- 国:オーストリア・ドイツ
- 肩書き:動物行動学者
ウィーンに生まれ、動物の感覚と行動を実験的に研究する学問が形成される中で、魚類とミツバチを研究しました。ミツバチが餌の方向と距離を尻振りダンスで仲間へ伝えることを解明し、色覚・嗅覚の実験とともに1973年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。動物を単純な反射機械と見る考えを改め、コミュニケーション、認知、生態を結ぶ動物行動学の基礎を築きました。一方、ナチ体制下でユダヤ系の祖先を理由に圧迫されつつ研究を継続した経歴には妥協もあり、初期実験を人間社会の言語へ安易に類推しない慎重さも必要です。
エドウィン・ハッブル
- 生没年:1889年11月20日~1953年9月28日
- 国:アメリカ
- 肩書き:天文学者
ミズーリ州に生まれ、巨大望遠鏡と写真乾板が宇宙の規模を測れるようになった二十世紀初頭に観測天文学へ進みました。アンドロメダ星雲のケフェイド変光星を確認して銀河系外天体であることを示し、銀河の距離と後退速度の関係を観測的に確立しました。宇宙が多数の銀河からなり膨張しているという近代宇宙論の基盤を築き、宇宙観を根本から変えました。一方、距離―速度関係の理論と先行観測にはルメートル、スライファーらの貢献があり、「ハッブルの発見」だけへ集約すると共同性と測定誤差の歴史を隠します。
胡耀邦
- 生没年:1915年11月20日~1989年4月15日
- 国:中国
- 肩書き:中国共産党総書記
湖南省の農村に生まれ、少年期に中国共産党へ入り、長征と抗日戦争を経て毛沢東時代の党・国家建設に参加しました。文化大革命後に失脚者の名誉回復と知識人政策の改善を進め、党主席・総書記として鄧小平期の改革開放を支えました。政治的寛容と法制化を求める象徴となり、死去への追悼が1989年の天安門広場を中心とする民主化運動の契機になりました。一方、党の一党支配そのものを否定したわけではなく、少数民族政策などで国家中心の枠組みを共有したため、自由主義的英雄像だけで評価するのは不十分です。
ナディン・ゴーディマ
- 生没年:1923年11月20日~2014年7月13日
- 国:南アフリカ
- 肩書き:小説家
南アフリカの白人中産階級家庭に生まれ、アパルトヘイトが制度化される過程を身近に観察しながら小説を書き始めました。『保護管理人』『バーガーの娘』『July’s People』などで人種支配が家庭、愛情、土地、言語を歪める様子を複数の視点から描きました。検閲を受けながら反アパルトヘイト運動を支持し、1991年のノーベル文学賞を通じて南アフリカ文学を世界的議論の中心へ置きました。一方、白人作家が黒人の経験を代弁する権限には批判があり、政治的正しさだけで作品の階級差・語りの不均衡を免罪せず、民主化後の矛盾も含めて読む必要があります。
ブノワ・マンデルブロ
- 生没年:1924年11月20日~2010年10月14日
- 国:ポーランド・フランス・アメリカ
- 肩書き:数学者
ワルシャワのユダヤ人家庭に生まれ、ナチ占領を避けてフランスで暮らし、戦後に純粋数学と情報通信研究を横断しました。海岸線、乱流、市場価格など不規則な形に共通する自己相似性を研究し、「フラクタル」という概念とマンデルブロ集合を広めました。自然の粗さを定量化する新しい幾何学を示し、物理学、地理学、医学、コンピューター画像、金融研究へ大きな影響を与えました。一方、美しい画像が理論の万能性を誇張しやすく、金融市場への応用も極端な変動を説明しても予測を保証しないため、視覚的魅力と実証的妥当性を区別すべきです。
マイヤ・プリセツカヤ
- 生没年:1925年11月20日~2015年5月2日
- 国:ソ連・ロシア
- 肩書き:バレエダンサー
モスクワのユダヤ系芸術家家庭に生まれ、父をスターリン期の粛清で失い、母も収容所へ送られる中でバレエ教育を受けました。ボリショイ・バレエで『白鳥の湖』『カルメン組曲』『瀕死の白鳥』を踊り、強い跳躍、腕の表現、劇的個性で古典役を刷新しました。国家バレエの代表として世界的名声を得ながら現代振付家との新作にも挑み、二十世紀バレエの女性像と上演様式へ影響しました。一方、ソ連の文化外交に利用され海外活動を制限された一方、特権的地位も得ており、国家の被害者または象徴という一面だけで複雑な立場を説明できません。
ロバート・ケネディ
- 生没年:1925年11月20日~1968年6月6日
- 国:アメリカ
- 肩書き:司法長官・上院議員
マサチューセッツの有力政治家一家に生まれ、冷戦、黒人公民権運動、ベトナム戦争が重なる時代に兄ジョンの選挙と政権を支えました。司法長官として組織犯罪対策と公民権法執行に関わり、上院議員として貧困地域を訪れ、1968年大統領選で反戦と人種的和解を訴えました。暗殺によって選挙運動は途絶えましたが、権力の内側から社会的不平等へ接近した政治家として米国自由主義の記憶に残りました。一方、初期にはマッカーシー委員会や盗聴、強硬な対キューバ政策に関与し、公民権への姿勢も政治的に変化したため、後期の理想像だけで免責できません。
11月20日に起きた歴史的な出来事
- 1805年11月20日|オペラ『フィデリオ』初演
ベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』初稿版が、ナポレオン軍占領下のウィーンで初演されました。政治犯救出と夫婦愛を描く作品は自由と人間尊厳の象徴となり、改訂を経てオペラ史の重要作として定着しました。なお、初演は観客不足と構成上の問題で不評に終わり、女性が男性に変装して夫を救う筋も当時のジェンダー秩序を根本から変えるものではありません。 - 1889年11月20日|マーラー交響曲第1番初演
グスタフ・マーラー自身の指揮により、ブダペストで後の交響曲第1番に当たる作品が交響詩として初演されました。民謡、自然音、葬送行進、巨大な管弦楽を結び付け、二十世紀交響曲へ向かう表現の拡張を示しました。なお、初演は理解されず作曲者が繰り返し改訂しており、現在の四楽章版を当初から完成した傑作だったとみなすのは不正確です。 - 1910年11月20日|メキシコ革命の武装蜂起
フランシスコ・マデロがディアス長期独裁と不正選挙に反対し、この日を全国蜂起の日として呼びかけました。各地の農民・労働者・地方指導者が異なる要求で戦い、独裁崩壊、1917年憲法、土地・労働改革へつながりました。なお、十年余りの内戦で百万人規模の死者と移民が生じ、革命政府も権力集中と反対派弾圧を行ったため、単一の民主革命として美化できません。 - 1917年11月20日|ウクライナ人民共和国宣言
ロシア革命後、ウクライナ中央ラーダが第三次ウニヴェルサールを公布し、ロシア共和国との連邦を想定するウクライナ人民共和国を宣言しました。近代ウクライナの議会制、社会改革、国家主権を制度化する出発点となり、翌年の完全独立宣言へ進みました。なお、領土と民族構成をめぐる対立、赤軍・白軍・ドイツ軍などの介入で戦争が続き、宣言が直ちに安定した国家を生んだわけではありません。 - 1917年11月20日|カンブレーの戦い開始
イギリス軍がフランス北部カンブレーで多数の戦車と予測射撃を組み合わせ、ドイツ軍陣地へ奇襲攻撃しました。戦車の集中運用が塹壕線突破に有効であることを示し、歩兵・砲兵・航空機を統合する近代戦術の発展へ影響しました。なお、機械化の革新は戦争を人道化せず、故障、補給難、ドイツ軍反撃で戦果の多くを失い、双方に大きな死傷者を出しました。 - 1936年11月20日(昭和11年11月20日)|尾去沢鉱山鉱滓ダム決壊
秋田県の尾去沢鉱山で鉱滓をためたダムが豪雨後に決壊し、濁流が下流集落を襲って三百六十二人が死亡しました。鉱山開発に伴う人工構造物の危険と企業・行政の保安責任を示す、日本の産業災害史上の大惨事となりました。なお、自然災害とだけ説明すると設計・管理と労働者住宅の配置が見えず、鉱業利益のため危険を負わされた地域住民の視点を失います。 - 1937年11月20日|中国国民政府が重慶遷都を宣言
日中戦争で上海が陥落し南京への脅威が迫る中、蔣介石の国民政府が内陸の重慶へ首都機能を移すと宣言しました。中国が長期抗戦を続ける政治・軍事基盤となり、重慶は連合国側中国の戦時首都として外交と工業移転を担いました。なお、日本軍の長期爆撃で多数の市民が死亡し、強制移転や物価高も生じたため、抗戦の象徴だけで住民の犠牲を覆えません。 - 1938年11月20日(昭和13年11月20日)|岩波新書創刊
岩波書店が時局、歴史、科学を一般読者へ廉価に届ける叢書「岩波新書」の刊行を開始しました。専門知と社会問題を携帯しやすい形式で普及させ、戦後の教養文化と公共的な論争を支える出版モデルとなりました。なお、知識人中心の選題と文体は読者層を限定し、戦時下の出版統制に対して完全に自由だったわけではない点も考慮が必要です。 - 1945年11月20日|ニュルンベルク裁判開廷
連合国がナチス・ドイツの主要指導者を、侵略戦争、戦争犯罪、人道に対する罪で裁く国際軍事裁判を開始しました。国家指導者にも国際法上の個人責任があると示し、ジェノサイドや人道犯罪を裁く後の国際刑事法へ大きな影響を与えました。なお、敗戦国だけを裁く「勝者の裁判」との批判、連合国側の爆撃やソ連犯罪が対象外だった選択性、事後法の問題を併せて検討すべきです。 - 1947年11月20日(昭和22年11月20日)|任天堂株式会社設立
京都の花札・トランプ製造業を法人化し、山内積良を社長として株式会社丸福が設立され、後の任天堂となりました。玩具、ゲーム機、ソフトへ事業転換を重ね、家庭用ゲームを世界的な文化産業へ発展させる企業基盤となりました。なお、成功の陰には下請・開発者の労働、知的財産権をめぐる強い統制、電子機器の資源利用と廃棄という課題があります。 - 1963年11月20日|国連人種差別撤廃宣言採択
国連総会が植民地主義と人種隔離への反対を明示し、あらゆる形態の人種差別撤廃を求める宣言を採択しました。1965年の人種差別撤廃条約へ道を開き、人種平等を各国の国内問題でなく国際的人権義務として位置付けました。なお、宣言自体に強制力はなく、植民地支配国や人種隔離国家の抵抗、制度的人種差別の持続が理念と現実の隔たりを示しました。 - 1979年11月20日|アル=ハラム・モスク占拠事件
武装したイスラム過激派がメッカの聖モスクを占拠し、巡礼者を人質にしてサウジ王政の打倒を訴えました。約二週間の鎮圧作戦はサウジ政治と宗教政策を保守化させ、現代イスラム主義運動の転機の一つとなりました。なお、戦闘で多数の人質、治安要員、占拠者が死亡し、死者数や外国軍事顧問の関与には情報統制による不確実性が残ります。 - 1980年11月20日(昭和55年11月20日)|川治プリンスホテル火災
栃木県川治温泉のホテルで火災が発生し、複雑な増改築と避難設備の不備の中で宿泊客ら四十五人が死亡しました。旅館・ホテルの防火区画、非常口、従業員訓練、消防査察の実効性を全国的に見直す契機となりました。なお、経営者の責任だけでなく、違反を長く是正できなかった行政監督と、観光成長を安全より優先した構造を検証する必要があります。 - 1985年11月20日|Windows 1.0発売
マイクロソフトがMS-DOS上で動くグラフィカル操作環境Windows 1.0をアメリカで発売しました。初期の普及は限定的でしたが、ウィンドウ、マウス、複数アプリという操作体系をIBM PC互換機市場へ広げる出発点となりました。なお、後の市場支配は互換性の利益と同時に競争制限・独占訴訟を招き、技術発展を一社の革新だけへ帰すと先行システムの貢献を隠します。 - 1998年11月20日|国際宇宙ステーション建設開始
ロシアの機能貨物ブロック「ザーリャ」が打ち上げられ、軌道上で組み立てる国際宇宙ステーション最初の構成要素となりました。冷戦後の米露を含む多国間協力で長期有人滞在と微小重力実験を続ける基盤を築きました。なお、巨額費用、宇宙ごみ、打上げ環境負荷、参加国間の利益格差があり、平和協力の象徴だけで運用上の政治依存を見落とせません。