11月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

偉人
  1. ホーム
  2. 偉人
  3. 11月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

11月15日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢40名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】11月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月15日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1698年堀直為越後村松藩主
1737年池田政員備中生坂藩主
1754年松平直行出雲母里藩主
1769年森快温播磨三日月藩主
1815年田崎草雲南画家
1815年稲葉正巳安房館山藩主・老中
1834年宇都宮三郎洋学者・化学技術者
1872年岡本綺堂小説家・劇作家
1875年宇野哲人漢学者
1881年正宗敦夫国文学者・歌人
1885年野尻抱影随筆家・星の和名研究者
1887年芦田均外交官・政治家・内閣総理大臣
1890年富田砕花詩人・歌人
1890年和田清東洋史学者
1893年中山歌子新劇俳優
1896年大下宇陀児探偵小説家
1902年小宮孝経済学者・教育者
1903年星野立子俳人
1905年三木茂撮影監督・映画プロデューサー
1905年原民喜小説家・詩人
1906年野々村一男彫刻家
1907年飛田多喜雄国語教育学者
1909年マキノ光雄映画プロデューサー
1913年宮口精二俳優

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】11月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1316年ジャン1世フランス王
1397年ニコラウス5世ローマ教皇
1498年レオノール・デ・アウストリアポルトガル王妃・フランス王妃
1607年マドレーヌ・ド・スキュデリフランスの小説家
1708年ウィリアム・ピット(大ピット)イギリスの政治家・首相
1738年ウィリアム・ハーシェルドイツ出身のイギリス天文学者
1741年ヨハン・カスパー・ラヴァータースイスの思想家・牧師
1778年ジョヴァンニ・ベルツォーニイタリアの探検家・考古学者
1852年タウフィーク・パシャエジプト副王
1862年ゲアハルト・ハウプトマンドイツの劇作家
1874年アウグスト・クローグデンマークの生理学者
1882年フェリックス・フランクファーターアメリカの法学者・連邦最高裁判事
1887年ジョージア・オキーフアメリカの画家
1891年エルヴィン・ロンメルドイツの陸軍軍人
1897年アナイリン・ベヴァンイギリスの政治家
1930年J・G・バラードイギリスの小説家

11月15日生まれの代表的な偉人

田崎草雲

  • 生没年:1815年11月15日(文化12年10月15日)~1898年9月1日(明治31年9月1日)
  • 国:日本
  • 肩書き:南画家

江戸の足利藩邸に生まれ、谷文晁門下の画家らに学び、幕末の政治動乱と明治の美術制度再編を経験しました。山水、花鳥、人物を漢画系の筆法で描き、足利で門弟を育てる一方、尊王攘夷運動に関わって郷里の治安維持にも動きました。地方を拠点とする文人画家として近世南画から近代日本画への連続を示し、作品と白石山房は地域文化の重要な遺産となりました。一方、草雲の勤王家像は後世に顕彰されましたが、政治活動の実態には伝承も混じり、漢文人文化が男性知識層の特権に支えられた点を忘れてはいけません。

宇都宮三郎

  • 生没年:1834年11月15日(天保5年10月15日)~1902年7月23日(明治35年7月23日)
  • 国:日本
  • 肩書き:洋学者・化学技術者

尾張藩士の家に生まれ、蘭学と砲術を学び、幕末から明治にかけて西洋化学を鉱山・軍需・産業へ応用しました。セメント、炭酸ソーダ、耐火煉瓦の製造研究に携わり、工部省で官営工場と技術教育を支え、化学用語の整備にも寄与しました。外国人技師への依存を減らす国産化を進め、日本の化学工業と材料技術の草創期をつくった実務家として評価されています。一方、技術移転は殖産興業と軍備拡張の双方に奉仕し、工場労働の危険や公害、海外技術者・職工の共同作業を個人の国産化功績だけに吸収できません。

岡本綺堂

  • 生没年:1872年11月15日(明治5年10月15日)~1939年3月1日(昭和14年3月1日)
  • 国:日本
  • 肩書き:小説家・劇作家

東京高輪に旧幕臣の子として生まれ、新聞記者をしながら新歌舞伎が近代の観客と歴史意識を獲得する時代に執筆しました。『修禅寺物語』『鳥辺山心中』などの戯曲を発表し、『半七捕物帳』では江戸の聞き書きという形式で犯罪、町並み、人情を描きました。歌舞伎の古典的技法と近代劇をつなぎ、日本の捕物帳・歴史ミステリーの原型を確立して小説、映画、テレビへ長く影響しました。一方、作品の江戸像は明治人の郷愁と選択的記憶で構成され、身分差別や女性の制約が情緒へ回収されることもあるため、史料そのものとして扱うべきではありません。

野尻抱影

  • 生没年:1885年11月15日(明治18年11月15日)~1977年10月30日(昭和52年10月30日)
  • 国:日本
  • 肩書き:随筆家・星の和名研究者

神奈川県横浜に生まれ、英文学の編集・翻訳に携わりながら、専門天文学と一般の星空文化をつなぐ文章を書き続けました。各地の古老や漁民・農民から星の呼び名と伝承を収集し、『日本星名辞典』『星三百六十五夜』などで天文学、民俗学、文学を結びました。星を観察する楽しさを広め、地域ごとに異なる生活知を記録して、日本の天文普及と民俗語彙研究へ独自の基盤を残しました。一方、聞き取りは話者名や採集条件が十分でない例もあり、方言を失われゆく純粋な伝統として固定すると、語り手の変化と女性・少数者の知識を見落とします。

芦田均

  • 生没年:1887年11月15日(明治20年11月15日)~1959年6月20日(昭和34年6月20日)
  • 国:日本
  • 肩書き:外交官・政治家・内閣総理大臣

京都府福知山に生まれ、東京帝国大学から外務省へ入り、帝国外交、敗戦、占領改革を経て政党政治家となりました。戦後の憲法改正で戦力不保持条項に「前項の目的を達するため」という文言を加える芦田修正に関わり、首相として連立政権を率いました。憲法9条解釈、安全保障、保守・中道政党再編に長く影響し、外交官出身の国際派政治家として戦後政治史の要所に位置します。一方、昭和電工事件で内閣が総辞職し本人は無罪となったものの政治と企業の癒着疑惑を招き、戦前外交への関与と再軍備志向も含めて評価すべきです。

ウィリアム・ピット(大ピット)

  • 生没年:1708年11月15日~1778年5月11日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:政治家・首相

ウェストミンスターの政治家一家に生まれ、議会派閥と王権が競合し、欧州と植民地で英仏対立が激化する十八世紀に頭角を現しました。七年戦争で海軍力と植民地戦線へ資源を集中し、カナダ、インド、西アフリカでフランス勢力を後退させ、戦時指導者として名声を得ました。イギリスの海上覇権と大英帝国拡大の基礎を築き、議会演説による世論政治と首相権力の発展にも影響しました。一方、勝利は先住民の土地喪失、奴隷貿易、インド支配を拡大し、北米植民地への戦費負担が独立革命を促したため、帝国の繁栄を国内政治の成功だけで語れません。

ウィリアム・ハーシェル

  • 生没年:1738年11月15日~1822年8月25日
  • 国:ドイツ・イギリス
  • 肩書き:天文学者・作曲家

ハノーファーの軍楽家家庭に生まれ、七年戦争を避けてイギリスへ移り、音楽家として働きながら自作望遠鏡で夜空を観測しました。1781年に天王星を発見し、連星、星雲、銀河系の構造を調べ、赤外線の存在も温度測定から示しました。太陽系の境界を古代以来の惑星体系から拡張し、大口径望遠鏡による体系的な恒星・星雲観測を近代天文学の中心へ置きました。一方、観測記録と計算には妹カロラインの継続的な労働が不可欠で、発見を兄一人の天才物語にすると女性科学者の制度的不可視化を繰り返します。

ジョヴァンニ・ベルツォーニ

  • 生没年:1778年11月15日~1823年12月3日
  • 国:イタリア・イギリス
  • 肩書き:探検家・古代遺物収集家

パドヴァに生まれ、見世物興行の怪力男や水力技師として欧州を渡った後、列強がエジプト古代遺物を競って集める時代に発掘へ入りました。アブ・シンベル神殿の砂を除き、セティ1世墓を調査し、ラムセス2世像など大型遺物を大英博物館へ運びました。初期エジプト学への欧州の関心を高め、墓室の記録と遺物公開を通じて古代建築研究を発展させました。一方、発掘は破壊的で、オスマン支配下の許可と英国外交を利用して文化財を搬出したため、探検の英雄像は植民地主義と返還問題から切り離せません。

ゲアハルト・ハウプトマン

  • 生没年:1862年11月15日~1946年6月6日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:劇作家・小説家

シュレージエンに生まれ、急速な工業化で労働者問題が可視化されたドイツ帝国期に彫刻から文学へ転じました。戯曲『日の出前』『織工』で貧困、アルコール依存、階級対立を日常語と群衆劇によって描き、自然主義演劇を確立しました。社会問題を舞台の中心へ置き、ドイツ近代演劇を国際化した功績でノーベル文学賞を受賞し、後代のリアリズムへ影響しました。一方、ナチ政権下で国内にとどまり公的栄誉を受けた態度は体制への適応と批判され、初期の社会批判を晩年の政治的沈黙の免罪に使えません。

アウグスト・クローグ

  • 生没年:1874年11月15日~1949年9月13日
  • 国:デンマーク
  • 肩書き:生理学者

ユトランドに生まれ、実験生理学が動物の器官機能を精密測定する学問へ成長する時代にコペンハーゲンで研究しました。毛細血管が組織の需要に応じて開閉する仕組みを示し、呼吸、代謝、体温調節を多様な動物で比較してノーベル生理学・医学賞を受賞しました。適切な動物を選ぶ「クローグ原理」は比較生理学の指針となり、妻マリーの糖尿病を契機に北欧でのインスリン製造も実現しました。一方、ノーベル賞は共同研究者と妻の役割を薄め、動物実験の倫理や、インスリン企業が後に巨大な市場権力を持った問題も科学的功績と併せて考える必要があります。

ジョージア・オキーフ

  • 生没年:1887年11月15日~1986年3月6日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:画家

ウィスコンシン州の農家に生まれ、美術教育を受けた後、抽象表現と写真が近代アメリカ美術を変える時期に独自の制作を始めました。拡大した花、ニューヨークの高層建築、ニューメキシコの骨と砂漠を簡潔な形と鮮明な色で描き、場所と身体感覚を再構成しました。男性中心のモダニズムで最も著名な女性画家の一人となり、アメリカ南西部の風景表現と女性芸術家の自立像へ影響しました。一方、作品を女性器の象徴だけに還元する解釈を本人は拒み、夫スティーグリッツの写真と宣伝が性的イメージを作ったため、主体的制作と市場のジェンダー化を区別すべきです。

エルヴィン・ロンメル

  • 生没年:1891年11月15日~1944年10月14日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:陸軍軍人

ヴュルテンベルクに生まれ、第一次世界大戦で戦功を重ね、ナチ体制下で機甲部隊と北アフリカ軍団を指揮しました。フランス侵攻と北アフリカ戦で高速機動と前線指揮を用い、敵側の宣伝も含め「砂漠の狐」と呼ばれる軍事的名声を得ました。戦術研究と将兵統率の事例として戦後の軍事教育にも影響し、ヒトラー暗殺計画との関係から抵抗者像も形成されました。一方、ナチ政権の侵略戦争に仕え、ヒトラーとの近さを利用して昇進しており、北アフリカでの略奪やユダヤ人迫害計画から切り離した『清廉な国防軍』神話は批判されています。

J・G・バラード

  • 生没年:1930年11月15日~2009年4月19日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:小説家

上海のイギリス人居留地に生まれ、日本軍の収容所で少年期を過ごし、戦後イギリスで医学と空軍勤務を経てSFを書き始めました。『沈んだ世界』『クラッシュ』『ハイ・ライズ』『太陽の帝国』で災害、消費社会、都市建築、メディア暴力が人間心理を変える過程を描きました。宇宙より内面と現代環境を扱うニューウェーブSFを代表し、広告、映画、建築批評にまで「バラード的」という語を残しました。一方、暴力と性的欲望を冷徹に反復する表現は被害者の苦痛を美学化する危険があり、上海の記憶も植民地居留民という特権的位置から語られている点に注意が必要です。

11月15日に起きた歴史的な出来事

  • 1533年11月15日|ピサロ軍がクスコ入城
    フランシスコ・ピサロ率いるスペイン勢力がインカ帝国の首都クスコへ入り、都市を占領しました。皇帝アタワルパ処刑後の権力空白を利用し、アンデスの政治秩序を植民地支配へ組み替える決定的段階となりました。なお、征服は同盟先住勢力の協力もあったものの、虐殺、略奪、強制改宗、疫病と労働搾取を伴い、発見や文明化とは呼べません。
  • 1777年11月15日|大陸会議が連合規約採択
    アメリカ独立戦争中の大陸会議が十三邦を結ぶ最初の成文的な連邦規約を採択しました。外交と戦争を共同で行う制度を設け、独立国家から合衆国へ移る政治的枠組みをつくりました。なお、中央政府に課税権と強制力がなく機能不全を招き、政治参加も奴隷、先住民、女性を排除したため、民主国家完成の文書ではありません。
  • 1864年11月15日|シャーマンの海への進軍開始
    南北戦争で北軍のシャーマン将軍がアトランタを出発し、サバンナへ向けて鉄道、農場、物資を破壊しながら進軍しました。南部連合の補給力と戦意を挫き、総力戦的な戦略が戦争終結を早める一因となりました。なお、奴隷解放を進めた一方、民間財産の大規模破壊と食料収奪を伴い、解放された黒人へ土地と安全を十分に保障しませんでした。
  • 1874年11月15日(明治7年11月15日)|犬吠埼灯台初点灯
    千葉県銚子の犬吠埼で英国人技師ブラントン設計の煉瓦造灯台が完成し、灯火をともしました。太平洋岸の海難防止と近代航路整備を進め、日本人職人が国産煉瓦で築いた技術史的建造物となりました。なお、灯台網は交易の安全だけでなく軍事・植民地拡張にも利用され、建設労働と地域の海難史を外国人技師一人の功績へ還元できません。
  • 1889年11月15日|ブラジル帝政崩壊と共和政宣言
    軍人デオドロ・ダ・フォンセカらがクーデターを起こし、皇帝ペドロ2世を退位させて共和国を宣言しました。奴隷制廃止直後のブラジルで君主制を終わらせ、連邦共和制と地域寡頭支配の時代を開きました。なお、民衆の直接参加は乏しく、解放奴隷への土地と権利を保障せず、軍の政治介入を共和国の出発点に組み込んだ問題があります。
  • 1903年11月15日(明治36年11月15日)|『平民新聞』創刊
    幸徳秋水、堺利彦らの平民社が週刊『平民新聞』を発刊し、社会主義と日露戦争反対を訴えました。普通選挙、労働者の権利、反戦を結ぶ言論空間をつくり、日本の社会主義運動と政治ジャーナリズムを前進させました。なお、政府の発禁・検挙で短命に終わり、運動内部にも男性知識人中心性や植民地の声を十分に組織できない限界がありました。
  • 1911年11月15日(明治44年11月15日)|日本初の公共職業紹介所開設
    東京市が芝と浅草に無料の職業紹介所を開き、失業者と求人を公的に結ぶ事業を始めました。都市化と不安定雇用が広がるなか、民間口入れ業の弊害を抑え、後の職業安定行政へつながる制度的出発点となりました。なお、紹介だけでは低賃金や劣悪な労働条件を改善できず、女性、日雇い、植民地出身者が受けた差別も残りました。
  • 1920年11月15日|国際連盟第1回総会
    第一次世界大戦後のジュネーヴで、国際連盟の加盟国代表が初めて総会を開きました。集団安全保障、紛争調停、難民・保健・労働問題を多国間で扱う恒常的国際機関の実践を始めました。なお、アメリカ不参加と全会一致原則で強制力が弱く、植民地委任統治は支配を別名で継続したため、平和秩序の完成ではありません。
  • 1923年11月15日|レンテンマルク発行
    ドイツ政府がハイパーインフレーションを止めるため、土地と産業資産を担保とする新通貨レンテンマルクを発行しました。旧通貨一兆マルクを一レンテンマルク相当とし、財政・金融への信頼を回復して経済安定化の転機となりました。なお、貯蓄を失った中間層と賃金生活者の損失は戻らず、緊縮と社会的不満が後の急進政治へ利用される土壌も残りました。
  • 1935年11月15日|フィリピン自治領発足
    マニュエル・ケソンがフィリピン・コモンウェルス初代大統領に就任し、独立準備政府が始まりました。アメリカ植民地支配から十年後の独立を目指し、憲法、行政、国語政策、国防を整える段階となりました。なお、外交・軍事は米国が握り、地主支配と農民不平等も維持されたため、実質的主権を得た完全独立とはいえません。
  • 1942年11月15日(昭和17年11月15日)|関門鉄道トンネル旅客営業開始
    下関と門司を海底で結ぶ関門鉄道トンネルで旅客列車の運行が始まり、本州と九州が鉄路で直結しました。人員・物資輸送の所要時間を短縮し、戦後の全国鉄道網と九州経済を支える重要インフラとなりました。なお、開通は太平洋戦争下の軍事輸送を主目的の一つとし、難工事の労働災害と朝鮮人を含む動員労働の実態を近代化の陰に置けません。
  • 1950年11月15日(昭和25年11月15日)|大型曳船LT636号触雷事故
    朝鮮戦争中の元山沖で米軍の大型曳船が機雷に触れて沈没し、徴用された日本人船員二十二人が死亡しました。占領下の日本が法的に参戦国でないまま掃海・港湾任務へ動員された実態を示す重要な戦後史の事件です。なお、長く秘密にされ補償と顕彰が遅れたため、朝鮮戦争を国外の出来事として扱うと日本人労働者と朝鮮半島住民の犠牲が見えません。
  • 1955年11月15日(昭和30年11月15日)|自由民主党結成
    自由党と日本民主党が保守合同して自由民主党を結成し、鳩山一郎を初代総裁代行委員の中心に据えました。社会党統一に対抗して保守勢力をまとめ、長期政権と一党優位を特徴とする五五年体制を成立させました。なお、政策継続と成長を支えた一方、派閥・企業献金・官僚依存を固定し、野党との力の不均衡が政治参加を狭める問題も生みました。
  • 1971年11月15日|Intel 4004発売
    インテルが一つのチップに中央処理装置の機能を集積した商用マイクロプロセッサ4004を発売しました。計算機を小型・低価格化し、組み込み機器、パーソナルコンピューター、デジタル社会へつながる半導体革命を加速しました。なお、開発は日本のビジコンとの共同事業で複数技術者の成果であり、電子廃棄物、資源採掘、労働環境というデジタル化の負担も伴います。
  • 1975年11月15日|第1回先進国首脳会議開幕
    石油危機後の不況と通貨不安へ対応するため、フランスのランブイエに六か国首脳が集まりました。主要工業国が少人数で経済・通貨・エネルギー政策を調整する枠組みをつくり、後のG7へ発展しました。なお、意思決定力の一方で途上国と国際機関を排除し、世界経済のルールを富裕国中心に決める正統性の問題があります。
  • 1977年11月15日(昭和52年11月15日)|横田めぐみ拉致
    新潟市で中学生の横田めぐみが下校中に北朝鮮工作員によって拉致されました。後に北朝鮮が国家関与を認め、日本社会が拉致問題と主権侵害、人権救済を認識する中心的事件となりました。なお、家族は長期にわたり不確かな情報と政治利用に苦しみ、被害者救出の要求を在日朝鮮人への差別や軍事的扇動へ結び付けてはなりません。
  • 1986年11月15日(昭和61年11月15日)|伊豆大島三原山噴火
    伊豆大島の三原山が十二年ぶりに噴火し、溶岩流と割れ目噴火が集落へ迫りました。翌週の全島避難へつながり、火山観測、自治体と船舶の連携、大規模住民避難の防災経験を蓄積しました。なお、観光地の火山を安全な景観として扱う危険を示し、避難生活、家畜・財産の残置、帰島後の生活再建に長期負担が生じました。
  • 1988年11月15日|パレスチナ独立宣言
    アルジェで開かれたパレスチナ民族評議会がパレスチナ国の独立を宣言し、国連決議を政治的根拠として示しました。二国家解決と外交承認を進める転機となり、多数の国が国家承認してパレスチナ人の自決権を国際議題へ押し上げました。なお、領土を実効支配できず、占領、入植、難民問題と内部政治分裂が続くため、宣言を独立達成と同一視できません。
  • 2007年11月15日|サイクロン・シドル上陸
    大型サイクロンがバングラデシュ南西部へ上陸し、高潮と強風で数千人が死亡し家屋・農地が広範囲に破壊されました。過去の災害後に整備された警報と避難所が死者を減らした一方、気候災害への地域社会の脆弱性を示しました。なお、貧困層、女性、子どもが避難と復旧で大きな負担を負い、温室効果ガス排出の少ない国が深刻な損失を受ける気候正義の問題があります。
  • 2020年11月15日|RCEP署名
    日本、中国、韓国、ASEAN諸国など十五か国が東アジア地域包括的経済連携協定へ署名しました。関税削減と原産地規則の共通化により世界最大級の自由貿易圏をつくり、域内供給網の統合を進めました。なお、経済規模の差から大企業と大国が利益を得やすく、労働・環境基準や農業への影響が弱く扱われるとの批判があります。

関連記事

11月15日前後の偉人と出来事

11月15日生まれの人物