11月13日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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11月13日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢39名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】11月13日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月13日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1848年原亮三郎銀行家・出版人・政治家
1850年波多野敬直官僚・政治家・宮内大臣
1860年有賀長雄国際法学者・社会学者
1861年武内桂舟浮世絵師・挿絵画家
1865年野村三四郎官僚・実業家
1869年南弘官僚・政治家・台湾総督
1874年真島利行有機化学者・大阪帝国大学総長
1876年中山太郎民俗学者
1880年布施辰治弁護士・社会運動家
1880年野村芳亭映画監督・脚本家
1881年松平濱子教育者・歌人
1884年俵田明実業家・宇部興産初代社長
1886年太田正孝官僚・政治家
1891年古野伊之助通信事業経営者
1893年望月春江日本画家
1896年岸信介官僚・政治家・内閣総理大臣
1897年足立仁農学者・微生物学者
1899年水野成夫実業家・翻訳家
1906年滝沢修俳優・演出家
1906年久保喬児童文学作家
1906年後藤鉀二教育者
1914年三淵嘉子裁判官・弁護士
1924年木村資生集団遺伝学者
1925年鳥飼欣一物理学者
1930年高岩淡映画プロデューサー・経営者
1932年原子修詩人・劇作家
1946年大原麗子俳優

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】11月13日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
354年アウグスティヌス北アフリカ出身のキリスト教神学者・哲学者
1312年エドワード3世イングランド王
1760年嘉慶帝清朝第7代皇帝
1767年ベルンハルト・ロンベルクドイツのチェリスト・作曲家
1850年ロバート・ルイス・スティーヴンソンスコットランドの小説家
1856年ルイス・ブランダイスアメリカの法律家・連邦最高裁判事
1866年エイブラハム・フレクスナーアメリカの教育改革者
1874年マルグリット・ロンフランスのピアニスト・教育者
1886年マリー・ヴィグマンドイツの舞踊家・振付家
1922年オスカー・ウェルナーオーストリアの俳優
1938年ジーン・セバーグアメリカの俳優
1940年ソール・クリプキアメリカの哲学者・論理学者

11月13日生まれの代表的な偉人

真島利行

  • 生没年:1874年11月13日(明治7年11月13日)~1962年4月19日(昭和37年4月19日)
  • 国:日本
  • 肩書き:有機化学者

京都に生まれ、帝国大学で学んだ後、日本の化学研究が輸入知識から独自研究へ移る時期に東北帝国大学と大阪帝国大学で活動しました。ウルシオールの構造研究を長年進め、漆の主成分が不飽和側鎖をもつカテコール誘導体であることを明らかにし、天然物有機化学の方法を確立しました。大阪帝国大学初代総長として研究組織を整え、多くの化学者を育て、日本の天然物化学と高等教育の国際的地位を高めました。一方、研究は植民地を含む帝国大学制度と国家の産業化に支えられ、科学者個人の成功だけを語ると標本採取者や技術者、戦時動員に組み込まれた大学の責任が見えにくくなります。

布施辰治

  • 生没年:1880年11月13日(明治13年11月13日)~1953年9月13日(昭和28年9月13日)
  • 国:日本
  • 肩書き:弁護士・社会運動家

宮城県に生まれ、足尾鉱毒事件、米騒動、朝鮮支配、治安維持法など国家と民衆の対立が強まる近代日本で弁護士となりました。労働争議、小作争議、思想事件の被告、在日朝鮮人の権利を弁護し、三・一独立運動後の朝鮮でも裁判支援と植民地支配批判を続けました。法廷を人権運動の場へ広げ、死後には韓国政府から建国勲章を受けるなど、日韓の市民社会と公益弁護の先駆者として再評価されています。一方、弁護活動を英雄一人の良心に還元すると、依頼者、家族、地域組織の主体性や、法制度自体が植民地主義と階級支配を再生産した構造を見落とします。

岸信介

  • 生没年:1896年11月13日(明治29年11月13日)~1987年8月7日(昭和62年8月7日)
  • 国:日本
  • 肩書き:官僚・政治家・内閣総理大臣

山口県に生まれ、東京帝国大学から農商務官僚となり、総力戦体制の形成と戦後の保守政治を連続して生きた政治家です。満洲国の産業統制を進め、東條内閣の商工大臣を務めた後、戦後は首相として新日米安全保障条約の締結と保守政権の再編を主導しました。高度成長期の産業政策と日米同盟の枠組みに長く影響し、自由民主党の派閥政治やアジア外交を理解するうえで重要な存在です。一方、満洲国での強制労働を伴う統制経済と侵略戦争への責任、A級戦犯容疑から不起訴となった経緯、安保条約を警察力で強行採決した民主主義上の問題を功績と切り離せません。

三淵嘉子

  • 生没年:1914年11月13日(大正3年11月13日)~1984年5月28日(昭和59年5月28日)
  • 国:日本
  • 肩書き:裁判官・弁護士

シンガポールに生まれ、女性が法曹資格や公職から制度的に排除されていた時代に明治大学専門部女子部で法律を学びました。日本初の女性弁護士の一人となり、戦後は裁判官へ転じて名古屋地方裁判所所長を務め、家庭裁判所で少年・家事事件にも携わりました。女性法曹の職域を切り開き、憲法上の男女平等を司法の現場へ移す象徴となり、後進の進学と採用を励ます歴史的先例をつくりました。一方、先駆者像だけを強調すると、当時の女性法曹が受けた配置・昇進差別や家事労働の負担、家裁制度が家族規範を強制し得た側面が個人の努力の陰に隠れます。

アウグスティヌス

  • 生没年:354年11月13日~430年8月28日
  • 国:ローマ帝国・北アフリカ
  • 肩書き:キリスト教神学者・哲学者

北アフリカのタガステに生まれ、ローマ帝国の政治的不安とキリスト教公認後の教義対立が続く時代に修辞学教師から聖職者へ転じました。『告白』『神の国』で記憶、時間、意志、悪、恩寵を論じ、聖書解釈と古典哲学を結びながら西方教会の原罪・救済論を体系化しました。中世神学から宗教改革、近代哲学、文学的自伝まで広範な伝統へ影響し、内面を探究する文章の一つの原型をつくりました。一方、ドナトゥス派への国家強制を容認し、性と身体を罪に結び付ける議論も後代の抑圧へ使われたため、思想の深さを宗教的排除やジェンダー規範から切り離せません。

エドワード3世

  • 生没年:1312年11月13日~1377年6月21日
  • 国:イングランド
  • 肩書き:国王

ウィンザーに生まれ、王権と諸侯の均衡、フランス王位継承、スコットランド支配をめぐる争いが続く十四世紀に即位しました。フランス王位を請求して百年戦争を開始し、クレシーとポワティエで勝利を収め、ガーター騎士団を創設して軍事貴族の結束を演出しました。議会による課税承認と英語の公的使用が進み、騎士道文化と軍事国家形成に大きな影響を残しました。一方、長期戦争はフランス住民への略奪と重税を広げ、黒死病後の労働者統制も強化されたため、勝利王という評価だけでは民衆と被征服地の犠牲が隠れます。

ロバート・ルイス・スティーヴンソン

  • 生没年:1850年11月13日~1894年12月3日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:小説家・詩人

エディンバラの灯台技師一家に生まれ、結核性の病気を抱えながら旅を重ね、帝国拡張と大衆出版が進むヴィクトリア朝に執筆しました。『宝島』『ジキル博士とハイド氏』『誘拐されて』で冒険、人格の二重性、法と暴力を鮮明な語りと象徴によって描きました。児童向け冒険小説、ゴシック文学、心理小説を結ぶ作品は映画・演劇・漫画へ反復され、英語圏の物語文化に深く定着しました。一方、南太平洋で植民地支配を批判した一方、作品には先住民や非欧州世界を冒険の背景として類型化する視線があり、帝国文学の枠内で読み直す必要があります。

ルイス・ブランダイス

  • 生没年:1856年11月13日~1941年10月5日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:法律家・連邦最高裁判事

ケンタッキー州のユダヤ系移民家庭に生まれ、巨大企業と都市労働問題が拡大する革新主義時代に企業法務から公益訴訟へ進みました。事実調査と社会科学資料を提出するブランダイス・ブリーフを用い、競争政策、労働時間規制、プライバシー権、言論の自由をめぐる法理を発展させました。連邦最高裁初のユダヤ人判事として、法を経済的権力の抑制へ用いる姿勢は公益法務と現代の権利論へ大きな影響を与えました。一方、女性労働時間規制の弁護は保護を得る一方で性別役割を固定し、シオニズム支持もパレスチナ住民の政治的権利との緊張を抱えた点に注意が必要です。

エイブラハム・フレクスナー

  • 生没年:1866年11月13日~1959年9月21日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:教育改革者

ケンタッキー州に生まれ、大学と専門職教育が急拡大した二十世紀初頭に学校経営と教育調査へ携わりました。医学教育の実態を調査したフレクスナー報告で科学的基礎、臨床実習、大学との統合を求め、後にはプリンストン高等研究所の創設を主導しました。医師養成の水準を引き上げ、研究大学と自由な基礎研究を支える制度設計へ長期的な影響を与えました。一方、改革により資金の乏しい学校、とくに黒人医師を養成した学校や女性向け学校の多くが閉鎖され、医療者の人種・地域格差を拡大した負の結果があります。

マルグリット・ロン

  • 生没年:1874年11月13日~1966年2月13日
  • 国:フランス
  • 肩書き:ピアニスト・教育者

南フランスに生まれ、パリ音楽院で学び、公開演奏会と音楽院教育が近代フランス音楽の権威を形づくる時代に活動しました。ドビュッシー、フォーレ、ラヴェルの作品を演奏し、ラヴェルのピアノ協奏曲初演を担い、独自の奏法と解釈を教育書にまとめました。ジャック・ティボーと国際コンクールを創設し、フランス作品の演奏伝統と若手音楽家の国際的登竜門を築きました。一方、国民的演奏様式の規範化は多様な解釈を周辺化し、コンクール制度も審査権威、資金、国籍による格差を再生産し得る点を考慮すべきです。

マリー・ヴィグマン

  • 生没年:1886年11月13日~1973年9月18日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:舞踊家・振付家

ハノーファーに生まれ、第一次世界大戦前後の身体文化と前衛芸術のなかでエミール・ジャック=ダルクローズやルドルフ・ラバンに学びました。音楽に従属しない動き、仮面、打楽器、沈黙を用いた表現舞踊を発展させ、『魔女の踊り』などで感情と身体の暗い強度を示しました。ドイツ表現舞踊を国際化し、学校と弟子を通じてモダンダンス、舞踊教育、舞台身体論へ大きな影響を与えました。一方、ナチ体制下でも活動を続け、学校からユダヤ系関係者を排除した経緯があり、前衛芸術の革新性を政治的適応と分けて称賛することはできません。

ジーン・セバーグ

  • 生没年:1938年11月13日~1979年8月30日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:俳優

アイオワ州に生まれ、スター発掘企画で映画界へ入り、ハリウッドの大作制度とフランスのヌーヴェルヴァーグが交差する時期に活動しました。ゴダール監督『勝手にしやがれ』で即興的な街頭撮影と軽やかで不安定な人物像を体現し、近代映画の新しい俳優表現を象徴しました。短髪と自然な演技は世界の若者文化とファッションに影響し、国境を越える映画制作の象徴的存在となりました。一方、黒人解放運動への支援を理由にFBIの違法な監視と偽情報工作を受け、私生活を消費する報道が精神的苦痛を深めたため、悲劇をスター伝説として美化できません。

ソール・クリプキ

  • 生没年:1940年11月13日~2022年9月15日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:哲学者・論理学者

ニューヨーク州に生まれ、少年期から様相論理を研究し、分析哲学が言語と形式論理を中心に展開した戦後期に活動しました。可能世界意味論を整備し、『名指しと必然性』で固有名を記述の束とみなす説を批判して、固定指示子とアポステリオリな必然性を提示しました。論理学、言語哲学、形而上学、数学の哲学を再編し、名前、同一性、本質をめぐる議論の共通語彙をつくりました。一方、直観に依存する思考実験は文化差や言語使用の実証研究を軽視するとの批判があり、講義中心で著作化が遅れたため編集者・聴衆の寄与も明示すべきです。

11月13日に起きた歴史的な出来事

  • 1002年11月13日|聖ブリスの日の虐殺
    イングランド王エゼルレッド2世が国内のデーン人殺害を命じ、複数地域で共同体への襲撃が起きました。ヴァイキング侵攻への恐怖と王権の危機が民族集団への集団処罰へ転化した事件で、後のデンマーク王による征服を促す一因となりました。なお、被害規模と実施範囲には史料上の不確実さがあるものの、王命による排外暴力を単純な防衛策として正当化できません。
  • 1720年11月13日(享保5年10月14日)|紙屋治兵衛と紀伊国屋小春の心中
    大坂網島で治兵衛と小春が心中し、近松門左衛門の浄瑠璃『心中天網島』の題材になりました。町人社会の金銭、家制度、遊郭、義理と情の葛藤を劇文学へ結晶させ、近世演劇と後世の映画・舞台に影響しました。なお、作品の美学が心中をロマン化すると、女性の売買、家族への損害、模倣自殺を防ぐため上演規制が行われた社会問題を見失います。
  • 1904年11月13日(明治37年11月13日)|日本語訳『共産党宣言』掲載
    幸徳秋水と堺利彦による『共産党宣言』の日本語訳が『平民新聞』に掲載されました。日露戦争下で反戦と社会主義を訴える理論的基盤を提示し、日本の労働運動、社会主義思想、翻訳文化に長く影響しました。なお、新聞は直ちに発禁処分を受け、国家弾圧が強まったほか、欧州の階級理論を日本と植民地の社会へどう適用するかという課題も残りました。
  • 1911年11月13日(明治44年11月13日)|柏崎大火
    新潟県柏崎町で強風下に火災が広がり、およそ七百戸が焼失して市街地の広い範囲が失われました。木造密集市街の防火、道路整備、消防体制を見直す契機となり、近代地方都市の災害復興を考える重要な事例です。なお、家屋だけでなく商売と地域資料も失われ、保険や資産を持たない世帯ほど再建負担が重かったため、都市改造の成功譚だけでは語れません。
  • 1918年11月13日|連合国軍のコンスタンティノープル占領開始
    第一次世界大戦でオスマン帝国が降伏した後、英仏伊など連合国艦隊が首都へ入り軍事占領を始めました。帝国解体と講和交渉を進める一方、トルコ民族運動の反発を強め、共和国成立と首都移転へつながる政治的転機となりました。なお、占領統治は主権を制限し、住民間の民族・宗教対立と報復を激化させたため、旧帝国から国民国家への単純な解放とはみなせません。
  • 1921年11月13日(大正10年11月13日)|高橋是清内閣成立
    原敬暗殺を受けて高橋是清が内閣総理大臣に就任し、政友会を基盤とする内閣を組織しました。政党内閣の継続とワシントン体制への対応を担い、原内閣の政策を引き継ぐことで政治的空白を埋めました。なお、党内対立を収められず短命に終わり、植民地統治と軍事費を維持したため、憲政の進展だけを示す政権ではありません。
  • 1938年11月13日|長沙大火
    日中戦争で日本軍の接近を恐れた中国国民党側が焦土作戦として長沙市内へ放火し、延焼で市街の大半が壊滅しました。戦時撤退で資源を敵に渡さない政策が自国都市と住民を破壊し得ることを示し、中国の抗戦史に深い傷を残しました。なお、命令系統の混乱と早過ぎる点火で多数の市民が死亡し、責任者処罰だけでは軍と行政が住民保護を軽視した構造を説明できません。
  • 1941年11月13日|空母アーク・ロイヤル被雷
    地中海で任務を終えたイギリス空母アーク・ロイヤルがドイツ潜水艦U-81の魚雷を受け、翌日に沈没しました。航空母艦も潜水艦攻撃と損傷管理に弱いことを示し、地中海の補給戦と海軍設計の見直しへ影響しました。なお、退艦は進んだものの乗員一人が死亡し、艦船の技術史だけを強調すると商船員やマルタ住民が受けた長期包囲の被害が見えません。
  • 1956年11月13日|モンゴメリーのバス人種隔離に違憲判断
    アメリカ連邦最高裁判所が市営バスの人種隔離を違憲とする下級審判決を維持し、法的決着をつけました。一年余り続いた黒人住民のバス・ボイコットを勝利へ導き、公民権運動が非暴力直接行動と訴訟を結ぶモデルとなりました。なお、判決後も白人至上主義者の爆破や暴力が続き、法改正だけで住宅、雇用、警察に残る構造的人種差別が消えたわけではありません。
  • 1966年11月13日(昭和41年11月13日)|全日空松山沖墜落事故
    大阪発松山行きの旅客機が着陸やり直し後に瀬戸内海へ墜落し、乗客乗員五十人全員が死亡しました。航空需要が急増するなかで運航、訓練、事故調査、救難体制の安全性を問い、民間航空行政の改善を促しました。なお、機体が深海へ沈み原因を完全に確定できなかったため、推測を事実として扱わず、犠牲者遺族が真相究明に直面した困難も記憶すべきです。
  • 1969年11月13日(昭和44年11月13日)|東京地下鉄駅火炎瓶事件
    泉岳寺駅と銀座駅で過激派学生が火炎瓶を投げ、通行人や乗客十六人がやけどなどの重軽傷を負いました。大学紛争が公共交通を巻き込む都市暴力へ拡大したことを示し、駅の警備と消防、過激派取締りを強化する契機となりました。なお、政治的主張は無差別攻撃を正当化せず、事件後の治安政策も広範な学生運動や市民の自由を一括して抑圧する危険を伴いました。
  • 1981年11月13日(昭和56年11月13日)|ヤンバルクイナ発見発表
    沖縄本島北部で調査された飛べない鳥が新種と確認され、ヤンバルクイナと命名されました。島嶼の進化とやんばるの生物多様性を象徴し、森林保全、外来種対策、交通事故防止を進める科学的・社会的契機となりました。なお、発見後も開発、道路、マングースや猫による捕食が個体群を脅かしており、希少種を観光資源として消費するだけでは保全になりません。
  • 1982年11月13日|ベトナム戦争戦没者慰霊碑除幕
    ワシントンD.C.でマヤ・リン設計の黒い花崗岩の壁が公開され、死亡・行方不明者の氏名が刻まれました。勝敗や英雄像より個々の死者と遺族の記憶を前面に出し、戦争記念碑の造形と社会的追悼の方法を大きく変えました。なお、建設時には抽象性、設計者の人種と若さをめぐる反発が起き、碑もベトナム側の膨大な犠牲や反戦者の経験を十分に表しません。
  • 1985年11月13日|ネバドデルルイス火山噴火とアルメロ壊滅
    コロンビアの火山噴火で氷雪が融けて巨大な火山泥流が発生し、アルメロなどで約二万三千人が死亡しました。ハザードマップと警告が存在しても行政連絡と避難が実行されなければ防災にならないことを世界へ示しました。なお、災害を不可抗力と呼ぶと、貧困層が危険地へ住まざるを得なかった事情、当局の判断遅延、被災者を見世物化した報道の問題が隠れます。
  • 1989年11月13日(平成元年11月13日)|日本初の生体肝移植
    島根医科大学で、父親の肝臓の一部を乳児へ移植する日本初の生体肝移植手術が行われました。脳死移植が進まない日本で重い肝疾患を治療する道を開き、移植医療、外科技術、提供者管理を発展させました。なお、健康な提供者へ手術危険を負わせるため、家族内の同意に圧力がないか、長期追跡と公平な移植機会をどう保障するかが今も重要です。
  • 2001年11月13日|北部同盟がカーブル制圧
    アメリカ同時多発テロ後の軍事作戦で、反タリバーン勢力の北部同盟がアフガニスタンの首都カーブルへ入りました。タリバーン政権は主要都市の支配を失い、国際支援下の暫定政府と新たな国家建設へ向かう転機となりました。なお、空爆による民間被害と軍閥の人権侵害があり、二十年後にタリバーンが復権したため、制圧を民主化の完成として語ることはできません。
  • 2008年11月13日|太陽系外惑星の直接撮像発表
    フォーマルハウトとHR 8799を回る惑星候補の画像が公表され、恒星光を抑えて惑星系を直接観測する成果として注目されました。惑星の明るさと軌道を画像から調べる道を開き、系外惑星研究を間接検出から大気・形成過程の観測へ進めました。なお、フォーマルハウトbは後に塵雲の可能性が強まり、最初という表現や惑星認定は更新され得るため、発見発表時と現在の評価を区別すべきです。
  • 2015年11月13日|パリ同時多発テロ事件
    パリと郊外の劇場、競技場、飲食店が武装集団に襲撃され、百三十人が死亡し多数が負傷しました。過激派組織ISの越境テロが欧州社会へ与えた衝撃から、国際的な捜査協力、非常事態、対IS軍事作戦が拡大しました。なお、犠牲者追悼と安全確保が必要な一方、非常権限の長期化、ムスリム住民への偏見、シリア空爆での民間被害を連鎖させた点も検証が必要です。

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